「だから、あやしいって言ったじゃない」
ベジータがリビングに入ってくると、呆れた様子で母親に諭しているブルマがいた。
「だって… 本当だと思ったんですもの」
いつも笑顔を絶やさず、脳天気そうにしているブルマの母は、珍しく意気消沈しているようだった。
「大体、そんなものが見つかっていたら、売りに出される前に、あたしか父さんが知っているはずでしょ」
「おい」
手厳しい口調をするブルマの背中に、彼は声をかけた。
「メシだ」
あら、と彼女は振り返る。
「帰ってたの。ただいまくらい言いなさいよ」
彼は無視して、ささと窓際のテーブルについた。
「お帰りなさい、ベジータちゃん。こちらでお食べになる?」
返事を待たずに、ブルマの母は、いまから用意するわね、と慌ててキッチンに歩いて行った。
「遠くまで行ってたみたいね。ずいぶん前に顔を見たっきりよ」
ブルマは軽く嫌味を言いながら、反対側の椅子に腰を下ろした。彼は、ちらっと彼女に視線を送り、ふん、と鼻を鳴らした。
「何を騒いでいやがる」
あんたが気にするなんて明日は雷かしら、と彼女は呟いて
「母さんがまた花の苗を買ったんだけど、ニセモノを掴まされちゃったのよ。大金振り込む前に聞いてくれればねえ」
植物に偽物? 花を愛でる習慣など持ち合わせないサイヤ人は、眉を寄せた。
「うーん、正確じゃなかったわね…… 要は商品に嘘があったのよ」
どうせ、地球人はつまらないことにこだわるとしか思わないんだろうけど。それでもブルマは説明を続けた。
「青い薔薇なんて、そうそうあるもんじゃないってのに」
「くだらん」
彼女の予想通り、吐き捨てるように彼は言った。簡単に騙された母親を情けないと感じたブルマだったが、ベジータにそう決めつけられると、わずかな反発が生まれた。
「そうでもないのよ。青い薔薇は園芸家のロマンなんだから」
ベジータにそんなことを力説するなんて、我ながら無駄な努力をしてるわ。彼女は口にしてから、そう思った。
「青い花なら、いくらでもあるだろう」
大体、色が違うから何だというのだ。
「そうじゃないのよ、青い薔薇なんてあり得ないのよ。ふつうは」
彼はテーブルの上に置かれた一輪挿しを指さした。
「薔薇、というのはコレか」
花の種類、覚えてたんだわ、と彼女は一瞬驚いたが、ガーデニングが大好きな母親が何本もの薔薇をきれいに咲かせていたし、建物のそこかしこに飾ってもいた。それほど意外でもないかと彼女は思い直した。
頷いた彼女を冷たい目で眺め、彼は断言した。
「この形で、青い花なら見たことがある」
「嘘!」
反射的に、ブルマは叫んでいた。
「嘘をつく理由が、どこにある」
彼の言葉の通りだったが、わかってないわね、と彼女は首を振った。
「薔薇に青がないのは、遺伝的に青い色素を持っていないからなのよ? 見間違いじゃないの? 一体、そんなの、どこにあったって言うのよ」
「場所はわからん」
やっぱりね、と彼女は肩を竦めた。
「在野の研究家が成功したとか、どこかの山奥にあるって噂は立つけど、ほとんどはでまかせだったり、後から色をつけたものだったりするのよ」
そこで良い匂いが漂い、彼の意識は一瞬そちらに動いた。ブルマの母親がベジータ用に、大量の昼食を持ってきていたのだ。
「青い薔薇には、あり得ないって意味もあるくらいなんだから…… ま、あったんなら、今度持ってきて見せてよ」
ブルマは立ち上がり、廊下へ向った。
あり得ない、か。
ふと思いついて、彼女は食事を取り始めた小柄な男を見た。
地球を滅ぼしにきた男、別の惑星で自分を殺そうとした男。それが、子どもの父親になり、彼女の母の手料理を平らげている。
まるで、あんたのことみたいだわ。
早めに切り上げたトレーニングの後、彼はちょっとだけ足を伸ばした。すぐ近くまで来ているからだ、と言い訳したことは、不問にして。
見つからなければ、それでいい。
しかし、星明かりの下、割れたガラスが空を突き刺すように鋭く屹立している場所にたどり着いたので、彼は浮遊を止めて地面に降り立った。草を踏みしだき、かつてはサンルームだった部分を抜けると、そこには真っ直ぐに天上を仰ぐ花があった。
ささやかな光では、黒っぽく地味な色合いに見えるが、彼の記憶と一致する以上、これがそうなのだろう。
根ごと引き抜こうとしかけて、それは止め、彼は手刀で茎を切った。大きな棘も、彼の手袋を貫くことはない。
ふだんのスピードを出したら、花は壊れてしまいそうだったので、彼はゆっくりと帰途についた。
寝静まったCCに戻る頃には明け方になっていた。ブルマの部屋に入った彼は、眠っている彼女の上に花を投げようとして、それも止めた。
彼女の寝相ときたら、サイヤ人も驚くほどだったからだ。
適当なコップに水を入れて花を挿し、彼は彼女のベッドに横になった。ベッドの振動で、彼女は一度、ううんと呻いたけれど、瞼を開けることはなかった。
明日になったら、オレが正しかったことがわかるだろう。疲れていた彼は、すぐに寝息を立て始めた。
しかし早くも数時間後、深い眠りは彼女の嬌声で遮られた。
「ねえ、ちょっと!」
ちっ、寝足りねえぞ…。彼は片目で、彼女の背中を確認した。花に気付いたようだ。
「これ、あんたが? すごい、本当に青いわ…!」
うるせぇ…。それは後にしろ…。そう言い返したかったけれど、声を出すのも億劫だった。
彼女は彼の無反応は気にせず、信じられない… あんたが… と小声を漏らしている。
「あんたが花をくれるなんて… すてき…」
なに?
彼は重たい瞼をカッと開いて、上半身を起こした。
「それは…」
貴様が、存在しないとか抜かしやがったから…。
彼女は、くるりと振り返って微笑んだ。
「ありがと、ベジータ」
肩で切り揃えられた髪は、花びらを広げた花のように、ふわりと広がった。
ちょうど彼女の手の中の薔薇に似て。
続きの言葉は、彼の喉元で消えた。
ああ、くそっ。
彼は舌をならして、優しい眼差しを湛えるブルマから視線を外す。彼女は唇を綻ばせ、そっと恋人に寄り添った。
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ドラゴンボール、ベジブル。素材はこちら(http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=23354105 )からお借りしました。■サイトからの再録なので、目新しいものはありません。