No.355061

真・恋姫無双~君を忘れない~ 七十九話

マスターさん

第七十九話の投稿です。
孫呉の王、雪蓮。彼女がいまもっとも興味を寄せる存在は北郷一刀だった。御遣い君と呼び、何かと絡みたがる彼女であるが、一刀にどのような興味を抱いているのだろうか。
今回は雪蓮のお話です。駄作なのはいつも通り。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-12-30 16:24:22 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:8059   閲覧ユーザー数:5263

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*注意*

 

 

 

 

 

 この物語は雪蓮の拠点回となっています。

 

 

 

 

 

 紫苑さん以外と一刀くんがいちゃつくのが嫌という方、また本編をさっさと進めろと思っている方にとっては不快な思いをするかもしれませんので、そういう方は進まずに「戻る」を押して下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀視点

 

 朝日が部屋の中を明るく照らす。

 

 しかし、温かな日差しが部屋の温度を上げるにはもうしばらくかかるようで、俺は布団の中で未だに包まっている。少しでも温もりを感じられるように、膝を抱えながら寝てしまうのが常である。

 

 冬の朝――暖房器具の充実しているわけではないこの時代の朝は、俺がもっとも苦手とするものの一つである。元の世界にいたときも、冬は出来るだけギリギリまで布団の中にいて、よく爺ちゃんや婆ちゃんに叱られたものだ。

 

 まぁ、それはこっちの世界でも大して変わっていないのだけれど――俺も君主として他人の模範的な行動を心掛けてはいるが、こればかりはどうしても慣れず、よく起こしに来てもらう人から苦言を呈されている。

 

 今日も変わらないそんな朝――だが、一つだけ決定的に違うものがあった。

 

 ――ムニュン。

 

 俺の顔を包み込む柔らかな感触。そして、そこから広がる心地良い温もり。

 

 湯たんぽのように丁度良い温度――人肌のそれを思い起こさせる。懐かしいような温もりに――寒くて苦手な冬の朝が幸福に感じられ、その温もりをもっと求めるように、思い切り身体を寄せ、しがみつく。

 

「……あンっ」

 

「……ん?」

 

 何か声が聞こえたような気がする。しかも、その声は俺のすぐ近く――目の前から聞こえたのではないだろうか。しかし、布団の中に包まっている俺の側に人がいるわけなく、寝ぼけているのか、あるいは空耳ではないかとすぐに忘れた。

 

 今朝はいつもより寒い気がした。一度、身体を起こして朝食でも食べれば、すぐに慣れてしまうのだけれど、それまでがもっとも大変なのだ。

 

 後五分、こうしていよう。

 

 俺はそう決めて正体不明の温もりに再び身を任せた。そうすると、不思議なことに、その温もりはとても良い匂いがした。甘くて、だけど、その中には強烈なまでに、脳を直接揺り動かすような興奮的な香り。

 

 その香りに刺激されたのか、俺の意識はすぐに覚醒状態へとなり、一つの事実に気付いてしまった――現在、俺が抱いているものは、湯たんぽなどではなく、人であるということに。さっきの声は聞き間違いではなく、その人が発したのだと。

 

 俺の布団の中に潜り込むなんて、美羽などはしそうなことだけれど、この香りは美羽のものでもない。もっと言えば、紫苑さんでも桃香でも愛紗でもないのだ。彼女たちはもっと落ち着いた甘さが特徴的な匂いだったから。

 

 ということは一体誰なのだろうか――俺はおそるおそる顔を上へと向けた。

 

「あら、御遣い君、おはよう」

 

 俺が抱きしめていた人物――うっすらと火に焼けた褐色の肌色に、鮮やかな桃色の髪、悪戯っぽく海色の瞳を細めて、俺の髪をそっと撫でたのは、江東の小覇王として恐れられる、俺の同盟国の主、雪蓮さんだった。

 

「あ、おはようございます――って、違うっ! 雪蓮さん、何をしているんですかっ!」

 

 ついつい挨拶を返してしまったけれど、待て待て、俺は物凄い状態にいるじゃないか。温もりを求めてついつい抱きしめているだけではなく、俺の顔を包んでいたものは、何と雪蓮さんの豊かな胸であった。

 

 雪蓮さんの服装はいつもと変わらない、胸元がかなり強調された意趣のチャイナ服である。これまであまり雪蓮さんの身体には意識を置いていなかったけど、雪蓮さんは相当の巨乳であり、しかもかなり柔らかい――なんて、こんなことを考えている間も、俺は身体を離すことが出来なかった。俺の煩悩の馬鹿。

 

「何って……、御遣い君の部屋に忍び込んで、あまりにも気持ち良さそうに寝ているから、つい私も何だか眠くなっちゃって」

 

「ついじゃないですよっ!」

 

「えー、御遣い君が強引に私を抱こうとするんだもん。私も目が覚めちゃったよ」

 

「い、いや、それは……」

 

 言い訳が出来ませんでした。いや、寝ている間はもちろん意識はないし――正確に言えば、意識は微妙にあったのだけれど、寝ぼけていたから、まさか雪蓮さんが俺の布団に潜り込んでいるとは思わなかった。

 

「ほらぁ、寒いし、もう少し寝ようよぉ」

 

 今度は逆に俺に抱きつこうとする雪蓮さん。その胸にさらに俺の顔が挟まってしまい、何とも幸せな――いや、不味い体勢になってしまったので、俺はすぐに彼女から離れようとした。

 

「何よぅ。私はもう少し寝たいの」

 

「いや、寝たいじゃないですよっ! こんなところを誰かに見られでもしたら――」

 

「別にいいじゃなーい。減るもんじゃないし。ほらほらぁ」

 

 雪蓮さんはそれでも俺を離そうとしないので、危うく流されかけてしまったが、何とか理性でそれを制御する。俺を逃さんとする雪蓮さんの手から、離れることに成功し、寝台から身を起こした。

 

「あーあ、私と一緒に寝るなんて滅多に出来ないのに、勿体ないなー」

 

「そういう問題じゃないです。何か俺に用だったんですか?」

 

「んー、何だったっけ?」

 

 首を傾げて惚ける雪蓮さん。

 

 全く、この人は一体何がしたかったというのだろうか。俺にはさっぱり分からない。

 

 

「それで、雪蓮さん?」

 

「なーに?」

 

「何か俺に用があるわけじゃないんですよね?」

 

「そうよ」

 

「だったら、いい加減離れてくれませんかね? 歩きにくいんですよ」

 

「嫌」

 

「はぁ……」

 

 起きて手早く朝食をとってから、政務を行おうと部屋に向かう途中まで雪蓮さんは俺と一緒に行動していた。しかも、移動中は、理由は分からないが俺の背中に抱きついているものだから、歩き辛いったらない。

 

 いやそれほどまでに密着されると、背中には雪蓮さんの豊満なものがばっちり当たっていて、意識せずとも感じてしまうのだけれど、それ以上に、雪蓮さんの存在感というか、威圧感に委縮してしまう。

 

 さすがに江東の小覇王と称されるだけあって、雪蓮さんは常に覇気のようなものを身に纏っている。後ろにいるだけで、まるで虎に抱きつかれているような圧迫感を覚え、胸の感触なんて正直な話、些細なものに思ってしまうのだ。

 

 雪蓮さんは俺の首に腕を回しているのだけれど、大丈夫だろうか。何かの拍子でボキっといくなんてことはないのだろうか。雪蓮さんは武人としての腕もかなりのもので、愛紗と同格の力だという。

 

 ということは、俺のこの貧弱な首なんて、雪蓮さんがほんの少しでも力をこめれば、簡単に折れてしまうだろう。そう考えると、さっきのように無理矢理に逃げようという気力もなくなってしまうのだ。

 

 そんな恐怖心を露とも知らず、雪蓮さんは何やら御満悦の様子だ。俺が天の御遣いということが彼女の関心を惹いてしまったのか、江陵に来てからは、雪蓮さんからこうやって絡まれることが多いような気がする。

 

 確かに天の御遣いなんて称してはいるのだけれど、中身は特に秀でたもののない、現代でいうところの、平凡な学生に過ぎないのだから、過大評価も良いところだ。そりゃ確かに、この時代に住む人では、考えられないようなことも、思いつくことはあるけれど、それは俺が優秀なわけではない。

 

「あの、俺、これから政務が待っている訳なんですが、雪蓮さんはどこまで一緒に来るんですか?」

 

「そうねぇ……。別に私はやることないから、ずっといるわよ」

 

「い、いや……、だから、俺は政務があるんですよ」

 

「ん、お構いなく」

 

 お構いなくというわけにはいかないだろう。相手は江東の主なのだからきちんと対応しなくちゃいけないし、何よりも、俺の部屋に堂々と忍び込んでくるような相手が、黙って俺が政務しているところを見守ってくれるとは思えない。

 

 そういえば、周瑜さんや蓮華さんが雪蓮さんの愚痴を零しているところを偶然目撃したことがあったのだけれど、彼女たちの気持ちが分かるような気がした。フリーダムな人間だから、しっかり見張っていないと何をするか分からないのだ。

 

 益州にもフリーダムな人間――まぁばれたら大変だから誰とは言わないけれど、植物の名前を真名に持つ二人の幼女であったり、幼女が大好きと公言して憚らない元大将軍さんとかがいるから、気持ちは充分に理解出来るのだ。

 

「あら? あらあらあらあらあらあらあら……」

 

「ふむ?」

 

 俺の政務室へ到着する直前に、俺たちが一緒にいることに気付いたのか、誰かが立ち止まって声をかけた。

 

「うわ、七乃さん」

 

「げっ、冥琳」

 

 その相手とは件の元大将軍さんと、雪蓮さんのお目付け役の周瑜さんだった。

 

「これはこれは孫策さんと一刀さんが仲睦まじく――というか、周囲の人間が普通に引く位の勢いでイチャイチャしてるじゃないですかー。そうですか、そうですか、そういうことですかー。これは、なるほど、面白――いいえ、面白いですねー」

 

 あっちゃー。絶対に見つかってはいけない人に出会ってしまった。ある意味では直接的に見られたわけではないから、紫苑さんよりも性質が悪いだろう。しかも、面白いって、言い直してないし、これはすぐに弁明しないと大変な事態に発展するかもしれない。

 

「……雪蓮?」

 

「……やばっ」

 

 言い訳を述べようとした俺を、周瑜さんの一言が制した――というよりも、静かな怒りを湛えた有無を言わさぬ口調に、俺に向けられたわけではないのだけれど、俺までも圧倒されてしまい、口を開くことが出来なかった。

 

「お前は確か蓮華様と視察へ行く予定ではなかったか? それともあれか? 私の頭の方が先にボケてしまったのか? そうだな、そうに違いないな。そうではなければ、お前がここに、しかも北郷と抱き合いながらいるわけないものな」

 

 こ、怖っ! 眼鏡が太陽の光を反射して、その瞳を隠しているにも関わらず、その瞳に冷徹なまでに研ぎ澄まされた冷酷さが宿っていることは、想像するに容易い。しかも、抱き合っているって、俺までその怒りの対象に含まれているのだろうか。だとしたら、状況は俺の想像以上に危険である。

 

「戦略的撤退をするわ。御遣い君、後をお願い。それから、今晩、街の中央のお店で待ってるわね。絶対に来てね」

 

「えっ!? ちょっとっ! 雪蓮さんっ!?」

 

 雪蓮さんは素早く身を翻すと、目にも映らぬスピードで俺たちの前から姿を消してしまった。勿論、その場に残されてしまった俺の目の前には、邪悪な笑みを浮かべる七乃さんと、光彩の欠いた残忍な瞳をする周瑜さんがいる。

 

 さて、俺も撤退の準備を――。

 

「逃がしませんよー」

 

「逃がさん」

 

「ですよねー」

 

雪蓮視点

 

 御遣い君には悪いことしちゃったけど、まぁ仕方ないわよね。あのときの冥琳の顔は怒りが頂点を突破しちゃっているときのそれなんだもん。お説教程度じゃすまないもの、ぱっぱと逃げちゃうのが無難だわ。

 

 私は冥琳に見つからないように市街地へと足を運ぶと、そこで時間を潰すことにした。きっと御遣い君が上手いこと冥琳たちを引き付けてくれるだろうから、夕暮れまでここにいた方がきっと安全ね。

 

 私の目には活気に満ちている江陵の街が広がっている。

 

 これから私の妹の小蓮が袁術と共に治めることになる街――孫呉のものでも益州のものでもない、私たち両方の領土になる場所。その実現のために、二人はがむしゃらに、こまれまでに見せたことのないような努力を重ねているわ。

 

 そのきっかけになったのは紛れもなく御遣い君ね。あの子が小蓮にこの街を託してくれたの。どうして彼がそんなことを思い立ったのは分からないわ――というか、どうすればそんな途方もない提案が出来るのかすら、私には分からない。

 

 彼は天の御遣い――そう言ってしまえば簡単よね。私たちには理解出来ない存在だって認めたことになるのだから。だけど、私はそれだけじゃ納得は出来ないの。彼が何者であるか――彼がどんな人間なのか知りたい。

 

 彼への興味が尽きなかった。江陵の共同領地の件も、考えてみれば私が原因の一端を担っているわけだし、今日飲みに誘ったのは、その償いも兼ねてなんだけど、そのことを伝えていなかったわね。まぁ彼なら分かってくれるでしょう。

 

 私は民と触れ合いながら、この街の賑やかな雰囲気を身体で感じていた。もう随分と長い間、王として常に民と接しているけど、こうして民が幸せそうに笑っているところを見るのは本当に良いものね。

 

 蓮華にも冥琳にも言うことは出来ないけど、正直なところ、私は王という立場に固執しているわけではない。蓮華には早く私を超えてもらって、王座を引き継いでもらいたいと思う程だもの。私は単純に民に幸せになってもらいたいだけ。民は私の家族であり、何よりも大切な存在だから。

 

 そうやって民と時間を過ごしているだけで、時間の流れなんてとても早く感じてしまい、気付いたときには既に日も暮れようとしていたわ。御遣い君がいつ来るのか分からないから、少し早いと思ったけれど、私は彼と待ち合わせをしている店へと赴いた。

 

「あ、雪蓮さん、早かったですね」

 

 てっきりお店で、一人でちょっと寂しい思いをしながら御遣い君を待つ破目になると思ったのだけれど、予想外なことに、彼は既にお店で待っていた。知り合いなのだろうか、おじさんたち数人とお酒を飲んでいた。

 

「あ、ごめんなさい。連れが来ちゃったんで、ここで失礼しますね」

 

「何だい、あんちゃん、女連れだったのかよ?」

 

「ったく、これだから若いもんはいけねぇや」

 

「はは、すいません。今日は奢らせてもらうんで、存分に皆さんは楽しんでくださいね」

 

「おっ、あんちゃん、どっかの貴族か何かかい? そりゃ、すまねぇな」

 

「そういやぁ、確かに何かえれぇ上等な服着てるじゃねぇか」

 

「いえいえ、そんなんじゃないですよ」

 

 おじさんたちにぺこぺこと頭を下げながら、私を奥の席へと案内する。会話から考えると、知り合いではないみたいだけど、この人たちも彼が益州では天の御遣いと呼ばれて、誰よりも敬愛されている存在だと気付いていないみたい。

 

「いやぁ、雪蓮さんを待たせるのは悪いと思って、早めに来ちゃったんですけど、さっきの人たちと意気投合しちゃったんで、先に始めちゃいました。すいません」

 

「やっぱり知り合いじゃないんだ。あのおじさんたち、あなたが御遣い君だって知らないの?」

 

「そうみたいですよ。最近、江陵に商いに来た人みたいで、そういえば名前も聞いてないなぁ。まぁ悪そうな人たちじゃなかったんで、ついつい盛り上がっちゃいました」

 

 苦笑しながらも、楽しそうに話す御遣い君。

 

 私も分け隔てなく民とは接する方だけれど、さすがにこれには呆れちゃうわ。だって、素姓の分からない者なんて、どこかの間諜かもしれないし、最悪の場合、誰かに雇われた刺客だって可能性もあるから、私だって警戒しちゃうわ。

 

 だけど、御遣い君はそんなことすら頭に浮かばなかったみたいで、あの人たちと楽しくお酒を飲んで、既に顔も紅潮している。一国の君主としては、その警戒心のなさはどうかと思うけど、何故か御遣い君だったら大丈夫だって信じてしまえたの。

 

「ふふふ……」

 

「どうしたんですか?」

 

「何でもないわ。私より先に飲み始めるなんて、生意気ね。ほら、早くお姉さんにもお酌をしてよ」

 

「あ、はい、どうぞ」

 

 御遣い君に酒を注いでもらい、それを一気に呷ってみせた。

 

「さすがに良い飲みっぷりですね。まぁ、あれから周瑜さんと七乃さんに何をされたのか克明に教えてあげたいところですけど、まずはお酒を楽しみましょう」

 

「そうね」

 

 お酒は大好きよ。一人でだって暇さえあれば飲むこともあるし、祭や茴香ともよく飲むこともあるけれど、今日のお酒はいつもよりおいしく感じたの。あまり酔うこともない私だけど、今日は楽しく酔えるような気がした。

 

 どうしてかしら? 最初に思い浮かんだ疑問もすぐに消えたわ――だって、御遣い君とこうして盃を交わすのは初めてのことで、私が一番興味のある子と一緒に飲めるんだもん。それが楽しくないわけがないわ。

 

 

 それからどれくらい酒を飲んだのかしら、既に夜も更けて、店の中の客も徐々に減ってきてるわ。あれから御遣い君とはいろんな話をした。益州で黄忠や厳顔と出会ったこと、天の御遣いとしての覚悟を決めたこと、反乱を成功させたこと、ときに楽しくときに切なく話す口調に、私もついつい聞き入ってしまったわ。

 

 彼に最初に感じ興味――天の御使いの正体であり、彼がどのような人生を歩んできたのかということに関しては、確かに信じられないようなこともあった。別の世界からやってきたなんて、彼の口からではなければ、絶対に信じられないもの。

 

 だけど、彼の話を聞いて、感じたこと――それは、彼は特別ではないということだったわ。凡人という意味ではないの。彼自身は特異な才能というか――武や知略に秀でているわけではないのだけれど、何故か人を惹きつける何かを感じさせたわ。

 

 でも、それだけだった。

 

 天の御遣いだからといって、特別な力を有しているわけではないわ。他人から慕われるなんて、誰もが有している才能に過ぎないもの。彼はそれが人よりも少しだけ突出しているだけ。逆に言えば、それ以外は平凡な男の子といっても良いの。

 

 がっかりしたわけではないけれど、ちょっと拍子抜けしちゃったといえばそうかもしれないわ。私の御遣い君への興味は、彼が私たちには到底持っていないようなものを隠していると思ったからだもの。圧倒的なまでの求心力も、それが原因だと思ったの。

 

 この子は別に私たちとほとんど変わりはない普通の男の子――彼が自分でも言っていたけれど、特別な存在でもなんでもない。

 

「雪蓮さんは俺を評価し過ぎなんですよ。俺なんかよりも、皆の方がずっとすごいし、雪蓮さんに比べれば、俺なんてちっぽけな存在です」

 

 少し酔いが回ってきたくらいのときに、御遣い君は恥ずかしそうにそう言っていた。自分が私と肩を並べることに引け目を感じているわけではないけれど、それは能力のおかげではなく、皆が自分を支えてくれているからだと。

 

「俺は民の皆が笑えればそれで良いんです。民が笑っているのを見るのが何よりの楽しみですから。誰が大陸を治めようが関係ない。ただ皆が幸せに暮らせる世界を作ってくれるなら、俺もその手助けがしたいだけなんです」

 

 とびっきりの笑顔でそう語った御遣い君――それは建て前でもなんでもない。彼は本当に権力なんて欲しくないのね。もしも自分の代わりに、本当にそれを実現してくれる人がいるならば、彼は喜んで身を退くわ。彼の目的は大陸制覇ではなく、大陸の幸福――大陸制覇はその手段に過ぎないんだわ。

 

 私と一緒だわ。

 

 この子は私と同じで、ただ民が好きなだけ――民が一番大事で、苦しんでいる姿が見たくない。だから、自分で彼らを守ろうと兵を挙げたのね。ただその想いだけで、彼は私や曹孟徳と同じところまで登ってきたんだわ。私や曹孟徳とは違って、秀でた才能もないというのに、たった一つの人を魅了する力だけを武器にして。

 

 何て面白い子なの。地位も名声も金も力も何もいらない。ただ望むのは大陸の平和と民の幸福だけ。天の御遣いという名も――誰もが敬意を表するその名前すら、彼にとっては本当に必要とは思っていないのね。

 

 私は御遣い君を見損なっていたわ。私は彼が天の御遣いという名前だから皆が集まっているのだと思っていた。だけど、それは大きな勘違いだった。彼は天の御遣いではなく、北郷一刀だから皆が慕っているんだわ。特別な者なんかじゃない、ただ民を想う一人の男の子――その想いが本物だからこそ、彼はここまで力を得ることが出来たんだわ。

 

 そんな御遣い君は、現在どうしているかというと、酒を飲み過ぎて眠ってしまい、私の膝の上で幸せそうに寝息をたてている。無邪気で、だけど、どこか強い覚悟を持ったその表情も、今はただの可愛い寝顔を浮かべている。

 

「全く、私が酔う前に落ちちゃうんだもん。本当に生意気ね」

 

 そう悪態を吐いてみるものの、彼が聞いているわけではなく、私自身も本心から言っているわけではない。今日は冥琳たちを任せてしまったわけだし、これくらいのことは許してしまおうと思った。

 

「私の膝の上で寝られることを光栄に思いなさいよね」

 

「ん……」

 

 彼が私の言葉に反応したのを見て、驚いてしまい、くっと笑いが噴き出てしまった。普段の疲れも出ているのかしら? ここ最近は彼の動きを追っていたけれど、休んでいる時間なんてほとんどなかった。常に民や、自分を支える家臣のことを気にかけ、自身のことなんて二の次三の次みたいだったし。

 

「あーあ、結局、あのときのことも謝れなかったな」

 

 きっと謝ったところで、彼はそれを何とも思ってなんていないんでしょうね。笑いながら、あぁ、そんなこともありましたね、忘れていました――とでも言って、私がその責めを受けないように配慮するに決まっているもの。

 

「……雪蓮……さん」

 

「ん? なぁに?」

 

「んん……」

 

 本当に子供みたいね。私たちは三姉妹だから、男の兄弟がどんなものかは分からないけど、きっと弟がいればこんな感じなのかもしれないわね。妹たちも愛してやまない私だから、弟も可愛がっちゃうんだろうな。

 

 私は御遣い君の髪の毛をそっと撫でた。女の子みたいにさらさらな髪の毛で、ずっと触っていたくなってしまう。それがくすぐったいのか、御遣い君はむずがるように表情を歪めた。その顔も堪らなく可愛く思ってしまう。

 

 あー、これは弟への感情じゃないかもしれないわね。最初は単なる興味――今日、彼の寝所に忍び込んだのなんて、単なる悪戯に過ぎなかったのに、こうして、彼の寝顔を改めて見つめていると、頬が熱くなるような感じがした。

 

「本当に生意気ね……。ふふ……、お休み、一刀」

 

 御遣い君――いいえ、一刀への興味は失うことはなさそうね。一層強くなってしまったような気がするわ。どこまでも生意気な子なんだから。

 

あとがき

 

 第七十九話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、年内最後の投稿になります。今回は雪蓮との拠点ということだったんですが、雪蓮はこの物語で一刀くんとは接点があまりなく、まずは手始めに彼女が一刀くんに抱いた感想的な部分から攻めてみようかなと。

 

 彼女は原作とは違い、彼のことを『御遣い君』と呼んでいます。

 

 それは彼女が一刀くんを天の御遣いだから優れている、皆の中心にいると思い込んでいたからなのです。まぁ、彼のことをほとんど知らない彼女からすれば、そう思ってしまうのも仕方ないのかなと思います。

 

 そんな彼女だから、自分の好奇心を満たすために彼の寝台に忍び込むなど、いつも通りのフリーダムっぷりで彼を翻弄します。

 

 そして、一応はプロポーズから発展してしまった江陵の共同領地の件で、彼に謝罪するために飲みに誘ったものの、そこで聞いた彼の本音で、彼は天の御遣いだから――というのが誤りであったことに気付き、彼自身に興味が湧いてしまいました。

 

 さてさて、そんな感じでお送りしたので、拠点であるにも関わらず、甘い展開はあまりありませんでした。接点がなさすぎだったので、いきなり雪蓮が一刀くんに惚れてしまうのは無理があるかなと。まぁ、今回も無理があったとは思いますけど……。

 

 フリーダムな雪蓮なので、桃香や愛紗とは違って、別段何かを考えなくても、勝手に動いてくれることを期待したのですが、寝台に潜む描写で動きが止まってしまいました。その後の描写で無理矢理、フラグを建ててみましたが、なかなか上手く書けませんね。

 

 雪蓮はどちらかといえば、お姉さん系で攻めてみようと思いましたが、紫苑さんという絶対的なお姉さんがヒロインのこの作品なのに、お姉さんを書くことが出来ないという堕落ぶりです。申し訳ありません。

 

 さてさてさて、おそらくはこれが今年最後の投稿になりますが、最後に謝辞を述べたいなと思います。

 

 今年はいろいろとリアルな方であり、大変な一年でしたが、この作品を執筆し続けることが出来たのも、皆さまからの温かいコメント・メッセージがあったからです。本当にありがとうございました。

 

 今年中に終わらせると宣言したこの物語も、拠点話や年末の忙しさから執筆作業に時間を割くことが出来ず、来年まで続けることになってしまいました。来年もこの作品ともども、駄作製造機を温かく見守って頂けると幸いです。

 

 次回以降の投稿ですが、正月はせっかくなので、次回作の導入編でも書こうかなと思っております。書くものが決まっているわけではありませんので、飽く迄も作品紹介および、皆様の反応を窺うということで、ご了承ください。

 

 その後は、次話は最終章の導入を行い、作者の気分を入れ替えて、その後は残りの月・詠→翠→雪蓮→麗羽様の順番で、一刀くんと結ばせたいと思います。

 

 いろいろと長くなりましたが、今回はこの辺で筆を置かせてもらいます。来年もより一層のご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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