No.353370

うそつきはどろぼうのはじまり 16

うそつきはどろぼうのはじまり 16

2011-12-26 22:39:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:742   閲覧ユーザー数:742

貿易の街カラハ・シャールを後にしたレイアは、単身殴り込む勢いでシャン・ドゥに突入した。本当であればエリーゼも同行するはずだったのだが、結婚を目前に控えているだけあって連れ出すことは叶わなかった。彼女から半ば強引に引き取ってきた未完成の織布は、荷物にしっかりと括りつけてある。

彼女は天然の要害沿いに立ち並ぶ店先で、飛竜の描かれた運送屋の看板を目聡く見つけると、勢い良く扉を開け放って怒鳴った。

「アルヴィン君! いる!?」

中にいたのは二人の人間だった。一方の湯飲みにお茶を注いでいたのは黒髪の、眼鏡を掛けた知的美人である。その叡智に溢れた双眸が大きく見開かれ、ぱちぱちと数度、瞬きをした。

その横で民族衣装を纏った男は、すわ襲撃かとばかりに腰を浮かしている始末である。濃い臙脂色の布地に、零れた茶が掛かったことをきっかけに、部屋に再び時が流れ始めた。

「え、あ・・・ご、ごめんなさい!」

ようやく自分が思い込みだけで行動してしまっていたことに気づいたのか、レイアは顔を真っ赤にして平謝りをした。

「いいのよ、気にしないで。アルヴィンさんを探していたのね」

子供達に教鞭を執る傍ら、この運送事務所で事務職を買って出ているカーラが取り成すように言う。

間の悪いことに、男は留守であった。

「せっかく来てくれたのに、すまないね。5日前からエレンピオスの方を回っているから、帰りは早くても来週明けになると思うよ」

ユルゲンスは気の毒そうに、彼女に告げた。意気消沈、とばかりにがっくりと肩を落とすレイアに、カーラが淹れ立ての紅茶を差し出しながら提案した。

「もし良かったら、うちに泊まっていったら? 今、丁度繁忙期でね、手が増えると助かるのよ」

「繁忙期・・・。それってもしかして、闘技大会があるから?」

「それもあるけど・・・。ああ、そうだったわね。あなた達には祈布の制作をお願いしていたんだったのよね」

もしかしてわざわざ持ってきてくれたの、と促されて、レイアは荷物の中から二つの巻き布を取り出した。

「まあ、素敵」

早速とばかりに広げられたのは、レイアが作った方だった。ア・ジュールの住民であるユルゲンスも丁寧だと褒め、彼女は少しだけ鼻が高くなる。

「ありがとうございます。うれしいです」

「こっちはエリーゼのね。・・・あら」

レイアは慌てて止めるが、もう遅い。

「あ、カーラさん。そっちは・・・」

三人の目の前に広げられたのは、例の未完成品である。他人事ながら、期日に間に合わなかったことを詫びるように、レイアは身を縮めた。

だが、ユルゲンスの反応は予想を裏切るものだった。

「おお、これはワイバーンじゃないか」

「あ・・・はい・・・」

確かに、下絵は羽の生えた魔物の姿である。レイアでもそのくらいは分かっていたので、曖昧に頷く。

「いやしかし、見事な出来栄えだね」

「え?」

彼の突拍子もない感想に、カーラまでもが口を挟む。

「出来栄えって・・・これ、仕上がっていないのよ?」

「確かに刺繍は施されていないけれど、絵だけでも立派なものだよ、これは。見たまえ、この羽根の広げ方。この鉤爪の角度。よっぽど近くで、何度も見たのだろうね。良く観察している。本当、今にも布から抜け出して、動き出しそうだよ」

手放しで褒め称えるユルゲンスの言葉に、レイアの顔は曇った。

書き手は実際、何度も見たのだろう。実物のワイバーンと何度となく接触したのだろう。間近で、その鱗の一枚一枚を視認できる距離で、稀有な魔物と戯れたのだろう。

外出を著しく制限された、貴族の少女。そんな彼女が記憶を頼りに、空で描けてしまえるほど、彼女の元を幾度となく訪れていたワイバーン。そしてその主。

五年という歳月を、互いの居場所すら知れない距離を、アルヴィンとエリーゼは無数の逢瀬で埋め尽くしていた。季節の巡る度、燦燦と太陽の照りつける時節には涼しげな木陰で、落ち葉舞い落ちる頃には木枯らしと共に、雪の降る日には焚き火を絶やさず、そして春には桃色の花束を手にして――。

竜の描かれた祈り布に水滴が落ちる。

「レイアさん・・・?」

祈り布。ああそうだ、カーラに誘われ、彼女と作ろうと言い合ったのは、確かに祈布だった。

これは己の願望を祈願する飾り布。秘められた想いを込めて、胸の内の願いを託すように、一針一針紡いでゆく。願いが形を成したもの、それこそが祈り布なのだと、レイアは今更ながらに理解していた。

視界の中の竜が滲む。

(ああ、こんなにも、エリーゼは)

通りで針がさせなかったはずだ。婚約を受け入れてしまった以上、彼を想う気持ちが形に残せるわけがない。

急に泣き出してしまったレイアの肩を撫でていたカーラが、ユルゲンスと顔を見合わせる。一体どうしたものか、と目で問い合っていた時、少女が乱暴に甲で目を拭った。

「ユルゲンスさん。カーラさん。お願いがあるんです」

上げたレイアの顔は未だ涙に濡れてはいたが、そこには強い意志の光があった。

このままでいいわけがない。

男が不在で問い詰められないのなら、別の原因に話を聞けばいい。

「あたし・・・どうしてもガイアス王に会いたいんです。お願いします。イル・ファンへ、あたしを運んでください」

 


 
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