その日、とある教室の一角で黒づくめのフードを被った男達が集まっていた。
「これで全員だな」
「ああ」
総勢20名前後の集団は一種異様な雰囲気をかもしだしていた。負のオーラというか、嫉妬の炎的なものを。
「では、これより第38回フラレテルビーイング臨時会議を行う」
世間は彼らの事を侮蔑と畏怖を込めてフラレテルビーイングと呼んでいた。
「今回の議題は特に重大だ」
議長らしき男が取り仕切る中、一枚の写真が集団の中央に置かれる。そこには一人の少年の姿があった。
「諸君もよく知る顔だろう。我らがフラレテルビーイングのマイスター、桜井智樹だ」
「それは分かるが…同志山田よ、なぜフラレテルマイスターの桜井が議題にあがる?」
桜井智樹はフラレテルビーイングの中でも中核を担う存在である。そもそも、この会議に彼がいない事の方が異常なのだ。
「うむ、先日入手した情報なのだが…」
山田と呼ばれた議長を兼任する男が苦虫を噛み潰したような顔で言葉を続ける。
「イカロスさんを始めとする女性陣から、クリスマスケーキをプレゼントされるらしい…!」
『な、なんだってーーー!』
そらのおとしもの 聖夜の選択
「そんなバカな…!」
「俺達フラレテルビーイングに対する裏切り行為だ!」
「…ああ、そういえば美香子も何か作っていたな」
怒号に包まれる教室の中、静かに納得をしている男がいた。守形英四郎である。
「同志守形の証言はこの情報の信ぴょう性を裏付けているな…」
「おのれ桜井…! 許さん!」
「女子の作ったケーキを口にする機会なんて俺達には… くぅっ!」
「…フッ。ならば、渡される前に奪い取るしかないね」
口々に呪いの言葉を発する男子をしり目に、一人の男が悠々と宣言する。彼の名は鳳凰院=キング=義経という。
「それは無謀だろう、鳳凰院。イカロス達がケーキを奪われるのを良しとする訳が無い。全力で反撃してくるだろう」
「むぅ。確かに、全力のイカロスさんと戦いながらケーキを奪取するというのは至難か…」
守形の言葉に思いとどまる鳳凰院。
「一応だが、奪い取る場合の敵戦力と収穫できるケーキの味を比較してみるか」
守形が黒板に一人一人の名前と情報を書き込んで行く。
イカロス
戦力:説明不要。正面突破は自殺行為。
戦果:桜井家の家事全般を担う。料理の味は十二分に保障できるだろう。
ニンフ
戦力:大。エンジェロイド中では弱い方だが、パラダイス・ソングを始めとする広範囲攻撃がある。
戦果:味は中の下と予想される。最近料理を始めたがまだ経験不足。
アストレア
戦力:小~大。力は強いがドジで騙されやすい。相手をするのは比較的容易だが、美香子の入れ知恵が予想される。
戦果:期待できない。そもそも料理経験がない。
見月そはら
戦力:強大。普段は大人しいが智樹が絡むと驚異的な攻撃力を発揮。触らぬ
戦果:イカロスの料理の師匠だけあって、腕は確か。目玉焼きだけはダークマターと化すが、今回は関係ない。
風音ひより
戦力:中。荒事は苦手だが、天候操作は集団戦に特化している。彼女本人もしたたかな一面があるので、ダミーくらいは用意している可能性がある。
戦果:姉として弟の面倒をみていることからも料理の腕に疑いの余地はない。
カオス
戦力:絶大。イカロスに匹敵する戦闘能力を持ち、加減を知らないので非常に危険。
戦果:未知数。料理経験は無いハズだが、イカロスが指導をしているという情報がある。
五月田根美香子
戦力:危険。どんな搦め手を使うか予想が至難。ある意味イカロスやカオス以上に恐ろしい存在。
戦果:特定不能。料理の腕は確かだが、そもそも智樹へまともなケーキを贈るとは思えない。
「こんな所か」
守形が一通り書き終えた表を見て、各々の感想はほぼ同じだった。つまり―
「…これは、かなりのハイリスクだね」
鳳凰院の言葉はオブラートに包んだものだ。『どれも無理なんじゃね?』というのが彼らの総意である。
「やはり彼女達からケーキを強奪するのは困難を極めるだろう」
「残念だけど同感だよ、ミスター守形。となると別の方策を考えないとね」
腕を組んで考え出すフラレテルビーイングの面々。別の方策といっても、すぐに妙案が出るわけではない。
「クックック… これだからダウナーは愚かよな」
その様子を見ていた一人の男が彼らを嘲笑しだした。男の名はガタッさん、常に豪奢な椅子に座りふんぞり返る高慢な男であった。
「では、ミスターガタッさんには妙案があると?」
「当然だ。むしろなぜこの結論に至らんのか不思議でならん」
鳳凰院の挑むような視線を軽く流すガタッさんの貫禄は、どこか王侯貴族を彷彿とさせる。
ゲストとしてフラレテルビーイングの会議に参加する彼は、いつも的確な策を提示し続けてきた実績があった。
「そもそも、アルファーを始めとする奴らに正面から挑むなど愚策なのだ。戦力差が歴然な以上、結末は無残と決まっている」
「確かにそうだな」
ガタッさんの言葉に素直にうなずく守形。彼も直接戦闘が自殺行為である事は承知している。
「貴様らが欲するのは奴らを屈服させる事ではない。要するにケーキを奪えればいいのだろう?」
「戦わずに奪うだと? 本当にそんな事ができるのか…?」
議長である山田が疑問の声を上げる。ガタッさんは悠々とした態度で代替案を示した。
「答えは簡単だ。アルファー達から奪えないのならば、サクライトモキから奪えばいい」
「…困った」
こんにちは、智樹です。実は今、僕は非常に困った事態に陥っています。
「どーしたもんかな、これ」
僕の周囲には七つの箱があり、それぞれにケーキが入っています。
イカロス、ニンフ、アストレア、そはら、風音、カオス、会長からのクリスマスケーキです。
「まさか七つ一遍に渡されるとはなぁ」
彼女達が言うにはどれか一つを選んで味の感想を聞かせてくれ、との事。
箱にはそれぞれの待ち合わせ場所が書かれていて、時間は全部今夜を指定。
「………参った」
鈍感な僕でも、さすがにこれが何を意味するかは理解しました。
渡された時の彼女達の表情が真剣そのものだった事を思えば、当然の展開だったのでしょう。
つまりこれは、クリスマスケーキを使った告白なのです。
「いや、会長だけいつも通りだったけどさ」
会長のケーキは毒々しい紫色。絶対にまともな味じゃないし、毒物が入っていてもおかしくない。
うん、会長だけは選ばないぞ絶対に。俺はマゾヒストじゃないんだ。
「それでも、残り六つか」
某聖杯戦争よろしく皆で殺し合いを始めないだけマシなのだろうか。
…うわ、想像したらゾッとした。
「ってふざけてる場合じゃないよな。真面目に考えないと」
誰かを選んで、他の全の想いを蔑ろにする。要するに俺が困っている理由はそれだ。
自分の選択が誰かを傷つけ、泣かせるという結果が嫌なんだ。
「…決めた。全部食って全員に感想を言う。これだよな」
情けない回答かもしれないけど、やっぱり今の俺には選べない。
がっかりされるだろうし、軽蔑されるかもしれないけど、今はこれ以外の選択はできないと思う。
「つーかさ、俺まだ中学生なんだよなぁ」
そりゃ恋愛の一つや二つがあってもおかしくないけど、そのままゴールインするには早過ぎるんじゃないだろーか。
というわけで、成長期の男子らしく胃袋の限界に挑むとしよう。
「やはりそういう選択をするか。お前らしくはあるな」
「!? 守形先輩!?」
いや、先輩だけじゃない。これはフラレテルビーイングの面々!
「お前ら、どうしたんだ…?」
待て、落ち着いて考えろ俺。今の俺の状況と、フラレテルビーイングの存在根底を思い出せ。
こいつらの目的はおそらく…!
「ミスター桜井、その量をキミ一人では処理に困るだろう? 僕たちが手伝ってあげようじゃないか」
「クックック。カオスが初めて作った料理は卑しい貴様には似合わん。私が代わりに受け取ってやろうではないか」
「悪いな智樹。そういう事だ」
『というかよこせ!』
「やっぱりかよ!」
こいつら、目が血走ってやがる。マジで殺る気だ。
「くそ、まずい…!」
じりじりと包囲網を狭めてくる。このままだと一気に殺到されて全て奪い取られる。
そもそも七つもケーキを持って逃げるのは物理的に無理だ。
どうする…! どうすればいい…!?
「諦めろ智樹。全てを選ぶ事は不可能だ。…だがそうだな、一つくらいなら持って逃げられるんじゃないか?」
「先輩っ…!」
結局はそういう事だ。俺が選べるのは一つだけ。他は蔑ろにして傷つけるしか道は無い。
最初から分かっていた事じゃないか。それを俺は日和見的に問題を先延ばしにしようとしただけ。
「選べ智樹。今、ここで」
「キミの選択は尊重しよう。まあ、イカロスさんを選ぶというなら僕は全力でキミを止めるけどね」
「カオスは貴様には過ぎた存在なのだ。間違っても血迷うなよ?」
『コロセ! コロセ! コロセ!』
守形先輩以外は私怨しかねぇな。いや、先輩だけが俺に譲歩してくれているだけか。
どちらにしろ俺は選ばなければならない。その結果を背負ってやっていくしかない。
「………俺はっ!」
目を閉じ、真っ先に浮かんだ誰かの顔を胸に。
「今日、フラレテルビーイングを卒業するっ!」
そのケーキを手に取って走り出した。
それは誰かの想いに応える始まりであり、モテない男としての終わりだった。
あなたは桜井智樹が誰を選んだと思いますか?
これから無数の選択肢の先を少しだけ覗く事ができます。
イカロスを選ぶあなたは …3ページへ
ニンフを選ぶあなたは …4ページへ
アストレアを選ぶあなたは …5ページへ
そはらを選ぶあなたは …6ページへ
風音を選ぶあなたは …7ページへ
カオスを選ぶあなたは …8ページへ
会長を選ぶあなたは …智樹の強い意思と作者都合により選択不可となりました。ご了承ください。
イカロスを選ぶ
「…ぜぇ、ぜぇ」
息も絶え絶えに丘を昇る。陽はもうすっかり沈んでいた。鳳凰院を撒くのに手間取ったせいだ。
町から少し離れた大桜があるその小高い丘に人影を見つける。その表情はどこか寂しそうだった。
「まったく、そんな顔して待ち合わせしていても楽しくないだろ」
「…マスター?」
俺の声に気付いたイカロスが振り返る。
…なんでそこで予想外の人が来たって顔してんだ、こいつは。
「まあなんだ。美味かったぞ、あのケーキ。もう師匠のそはらを越えてるんじゃないか?」
「…どうして、こちらに」
「いや。待ち合わせの場所、箱に書いてあっただろ」
「ですが、私は…」
イカロスの表情は暗い。俺はその理由をなんとなく察していたりする。
それなりに付き合い長いからな、こいつとも。
「うん、まあ、なんだ。俺が選んだのはお前だよ。お前は他の奴に悪いとか思うだろうけど、俺はもう決めたから」
「………」
真っ赤になって俯くイカロス。正直、俺もなんかこっ恥ずかしい。
あの日、イカロスに会った日から俺の騒がしくも楽しい日常は始まった。
この出会いと、こいつとの思い出は俺の宝物のようなものだ。それだけは胸を張って言える事なんだと思う。
俺はもうこいつのいない生活を想像できないし、したくもない。
要するにそれが理由だ。俺はずっと前からイカロスという女の子に白旗を上げていたんだろう。
さて。イカロスの表情がいまいち晴れないのは困るし、そろそろ行くとしよう。
「さあ、行こうぜ」
「…? どちらにですか?」
「家だよ。帰って皆を集めてパーティしよう。本当はお前もそれが良かったんだろ?」
こいつは無口で表情も硬いけど、本当は誰よりも他人を思いやれる奴なんだ。
こんないがみ合って奪い合うクリスマスより、皆でワイワイ騒げるパーティの方が好きなんだって事くらい、俺でも知ってる。
だから今まで通りに皆で楽しくやろう。完全には無理かもしれないけど、やっぱり俺達にはそっちが―
「………はい、マスター」
―似合う、と思ったんだけど。
「じゃあ、買い物だな。ちょっと買い物してから帰るぞ」
「…? 食材なら家に十分残っているハズですが?」
「い、いいんだよ。ちょっとくらい買い足しておいても」
参った。さっそく今まで通りになれなさそうだ。
「では、どちらから行きましょう?」
「そうだな、えっと、七面鳥、から…?」
「今からでは、下準備が間に合わないと思いますが」
くそ、うまく考えがまとまらない。これもイカロスのせいだ。
「じゃあ、ケーキだ!」
「マスターはまだケーキをご所望なのですか…?」
「と、とにかく買い物だ! まだ帰らないからな!」
「…? マスターの言動が理解できません」
だって仕方ないじゃないか。まだ二人だけでいたいと思っちゃったんだから。
きっと家に帰ったら、あの笑顔は見れなくなってしまう。
それが惜しいと思うくらいに、さっきの笑顔は綺麗だったんだから。
~了~
ニンフを選ぶ
「…よっと」
家の屋根に昇る。陽はもうすっかり沈んでいた。
俺の家の屋根は比較的登りやすい。だからこそあいつもここを待ち合わせ場所に選んだんだろう。
「おーい、ニンフ」
「っ!? トモキ!?」
「いや、なんで驚くんだよ。ここに呼び出したのお前だろ」
「そ、そうだけど…! アンタはてっきり…!」
「なんだよ。他の奴の所に行くと思ってたのか?」
俺ってそこまで信用ないのか。なんかちょっとムッとするぞ。
「だって、トモキはアルファーやソハラの方がいいんじゃない!! ボインちゃんがいいんでしょ!?」
「うむ、ボインちゃんは最高だな」
「速攻で肯定するなっ! ちょっとは否定しなさいよ!」
断る。
「んなこと言ってもなぁ、ボインはボイン。ニンフはニンフだし」
「別物!? つまり私は生涯ボインになれないって事!? うわーん!」
「ちげぇよ! ボインだろうがそうじゃなかろうがニンフはニンフだって事だよ!」
こいつ、かなりテンパってるなぁ。そんなに不安だったのか。
「とにかく、俺が選んだのはニンフだ。ちゃんと決めたんだからな」
「う、うん…」
真っ赤になって俯くニンフ。いきなりそういう反応されると、俺もなんか恥ずかしい。
「俺さ、ニンフの事は前から心配だったんだ」
「え?」
「いつも強気で、一人でやっていけるって顔してるけど、実はとても寂しいんじゃないかって」
「そ、そんな事ないわよ! 私は―」
いや、そんな事ある。お前、時々辛そうな顔してるじゃないか。
それがどんな理由なのか、俺にはわからないけど。
「だからさ、これからは俺が側にいる。嫌だと言っても離れないからな」
こいつが俯いて前に進めなくなっても、俺がちゃんと手を引いてやれる様に。
「―う、うん。トモキがそこまで言うなら…」
本当、大人しくしていれば可愛いのになぁ。いや、いつものニンフが可愛くないわけじゃないんだけど。
「さあ降りようぜ。ここいても寒いしな」
「そうね。………それにやる事もあるし」
「やる事?」
「うん、アルファー達に勝利宣言しないと♪ 今まで散々私の事をちっちゃいだのペタンコ(笑)とか、私の恋愛成就の確立は一割以下だとか言われてたから、ここらで思いっきり仕返ししてやらないとね♪」
「はい?」
良い笑顔で物騒な事をおっしゃるニンフさん。その笑顔は可愛い。うん、可愛いんだけど。
「うふふ… もちろん付き合ってくれるわよね、トモキ?」
それを補って余りあるくらいの負のオーラをなんとかしください、マジで。
「ま、待てニンフ! もう少し大人しめに復讐しよう、な?」
「い・や・よ♪」
ぐいぐいと手を引っ張られて屋根から降ろされる俺。
あれ? さっそく立場逆じゃね? 俺の方が手を引かれてね?
でも、まあ―
「行くわよトモキ! もう離さないんだから!」
―これはこれでいいか。
こうなったら行ける所まで付き合ってやろうなんて思うくらいに、俺はもうこいつにやられているんだから。
~了~
アストレアを選ぶ
「…さむ。こんなところ待ち合わせ場所に選ぶなよな」
いつもは守形先輩がいる河原はすっかり冬の景色になっていた。
ここは夏なら涼しくて過ごし易いけど、逆に冬は冷え込んで少し辛い。
「うう、さ、寒い… やっぱりこんなところ選ぶんじゃなかったわ…」
あいつも俺と同意見らしい。
ならなんで選んだと言いたいが、多分ノリと勢いで決めたかニンフに家を追い出されたからだろう。
「おーい、寒いならさっさと帰るぞー」
「ひゃぁ!? なんで智樹がここにいんのよ!?」
「呼び出したのお前だろうがっ! そこは忘れちゃ駄目だろ!」
「え? …あ、そうそう! つまり私が勝者、びくとりーって事ね!」
寒さのあまり頭の回転まで凍ったのか、本当にきょとんとしていたから始末に悪い。
「…で、何の勝者だっけ?」
「…おい」
おまけに鳥頭ときたか。そろそろ本気でこいつの将来が心配になってきた。
「ケーキの感想は聞かなくていいのか?」
「あ、そうそう。あれ、どうだった?」
「不味かった」
「一言で一蹴!?」
でもまあ、こいつはこれでいいかとも思う。
「いいんじゃないか。初めてにしちゃ上出来だろ」
「そうなの?」
こういう奴だから、俺はこいつから目が離せなくなったんだし。
「ニンフなんて、初めて料理した時は劇物を錬成しやがったからなぁ」
「へー。ニンフ先輩もやらかしたのね」
傷だらけの指を見れは、こいつがどれだけ頑張ったのかもすぐわかる。
どこまでもバカで、どこまでも愚直で、どこまでも真っすぐな奴なんだよな、こいつは。
「で、お前の料理のコーチは誰だよ?」
「最初はイカロス先輩にお願いしようと思ったんだけど、忙しそうだったから師匠にしたわ」
「よくそれでまともなもん作れたな…」
俺がその真っすぐさに惚れ込んでるなんて、口が裂けても言えないけど。
「あー、でも帰ったらニンフ先輩怒んないかなー」
「俺も一緒に謝ってやるって」
「あんたが一緒だと余計に怒る気がするなぁ…」
こいつと一緒にバカをやっていたいと思う。
そんな我がままを出来る限り通そう。それが俺の選択なんだから。
~了~
そはらを選ぶ
「よっと」
「きゃあ!? なんでいつも窓から入って来るのトモちゃんは!! もっと常識を考えてよ!」
いつも通りにそはらの部屋を訪れると、丁度着替えの最中だった。
「何言ってんだよ。これが俺とそはらの常識じゃんか」
「う、それはそうだけど…」
俺がそはらの部屋を訪ねる時はいつも窓からだ。これは子供のころから変わらない。
「着替えるからあっち向いてて!」
「へいへい」
ちなみに十中八九そはらが着替え中である事も常識である。
………思えば運命めいているというか、因果律がおかしい方向へ動いてる気がする。役得だからいいけど。
「…もういいよ」
「んじゃ改めて、よっと」
ようやくそはらの部屋にお邪魔する事が出来た。
「でだ。ケーキの件なんだけど」
「う、うん」
う。そはらの奴、急にしおらしくならないで欲しい。俺も恥ずかしいじゃないか。
「まあ、その、あれだ。うまかったぞ」
「………それだけ?」
いやだから、悲しそうな顔しないでくれ。こっちが悪者な気がするんだってば。
「そ、それだけじゃねぇよ。ちゃんと意味も分かってんだからな」
「ほ、本当? いつもの勘違いじゃないよね?」
そはらの表情はころころ変わる。今度は驚きながらも嬉しそうだった。
「俺は、その、ちゃんと選んだから」
「………私で、いいの? イカロスさんやニンフさんは…?」
「そりゃドキッとした時もあるけど、あいつらは家族って感じが近いと思う。お前もそうだと思ってたんだけど…」
「思ってたんだけど?」
「………秘密だ」
「なんで!?」
あの追い詰められた状況で、真っ先に浮かんだのは泣いてるお前の顔だったなんて言えるわけないだろ。
しかも子供のころから今まで全部のそはらだ。それくらいに俺の中でこいつは大部分を占めていたって事だ。
「ったく。我ながらバカみてぇ」
ここまで追い詰められないと自分の本心に気付けない我が馬鹿っぷりには呆れるしかない。
「? トモちゃんは昔からバカじゃない?」
「しれっと断言すんな!」
「えへへ、ほんとーにバカなんだから」
くそ、嬉しそうに言うな。そんな満ちたりた顔されたら怒れないだろうが。
「あ」
「どうした?」
「………うん、あれ」
そはらが指差した先、部屋の窓には―
「随分とお熱い事ね、まあいいけど。…よくないけど」
しかめっ面のニンフが冷めた瞳で俺達を見つめていた。
「覗きかっ! ニンフのスケベっ!」
「あんたが言うな! というか家の屋根にいたら嫌でも目につくってのよ!」
ああ、そういえばニンフが指定した待ち合わせの場所って我が家の屋根の上だった。
こんな恥ずかしい所を見られるとは一生の不覚。
「もうあったまきた! やっぱり力ずくでトモキをモノにしてやるんだから!」
「冗談じゃねぇ! 逃げるぞそはら!」
「う、うん!」
そはらを手を取って部屋から脱出する。
「待ちなさいよトモキ!」
「待てるかっ!」
俺達だけでニンフから逃げ切るのは難しい。いっそ会長の家にでも転がりこむべきか?
「任せてトモちゃんっ!」
「うえ?」
「
「うきゃああぁぁぁ!?」
そはらが放った殺人チョップはその余波だけでニンフを空高く吹き飛ばしていた。
うわ、これまで見た中でも最高出力だったぞ今の。ニンフの奴は大丈夫だろーか。
「さあ、逃げよトモちゃん!」
「あー、うん」
もう逃げる必要は無くなった気がするけど、まあいいや。今夜はそはらにとことん付き合おう。
「ちなみに、浮気したら今のを直撃させるからねっ」
つまり数日後にはアレをくらうという事か。さすがに死ぬんじゃないかな、俺。
「…返事は?」
「イエス、マム!」
一応返事だけはしておく。たぶん気がついたら破ってるだろうけど。
それほどに俺の煩悩は業が深いのである。自分だからこそ分かるこのジレンマ。
「とりあえず会長の家に行こっか?」
「そうだな。あそこなら割と安全だ」
会長に散々からかわれるだろうけど、そはらの安全は確保できるだろう。
「…手、このままでいいか?」
「…うん」
繋いでいた手を離さないまま、俺達は夜道を歩きだした。
この手を離さない様にしていこうと、俺は改めて思うのだった。
~了~
風音を選ぶ
風音の畑は真っ白な雪で覆われていた。雪が俺と風音の間にも降り積もって行く。
「…桜井くん」
「…よ」
風音の呼びかけにそっけなく答える。緊張してうまく言葉が浮かんでこなかったせいだ。
「私の所で、良かったんですか?」
「良かったかは分からないけど、ちゃんと返事をしようと思ったんだ」
「返事、ですか…?」
「ああ。風音に告白された返事、ずっとしてなかったから」
俺がここにきた理由。それは他にあり得ない。
「あれは…もう、済んだ事じゃないですか」
「違う。俺はそう思ってない」
お互いに言葉を曖昧にして、風音の方から身を引いたあの顛末。俺はずっと心に引っかかっていた。
風音は本当に―
「風音だって本当は違ったんじゃないか?」
「…違いません」
「それに、風音だけに言わせておいて返事もしないなんて、やっぱりおかしいと思う。だから俺は来たんだ」
「…嫌です。聞きたくありません」
「なんでだよ」
「だって、桜井くんは…!」
「俺さ、お前が好きだ」
随分遠回りしたけど、やっとあの時の返事ができた。
「…え」
「俺さ、ずっと風音のこと名前で呼べなかったけど。それって風音の事を女の子って意識してたんだと思う」
名前で呼ぶのが照れくさくて、ずっとできなかった。それはきっとそういう意味だったと思う。
「でも、でも桜井くんは…!」
「ニンフやイカロスの事か? そりゃ家族みたいなもんだけど、やっぱ風音と同じ目では見れないぞ。なんかさ、距離が近過ぎてそういう気にならないというか」
「………そういう言い方ってズルイです。ニンフさん達、傷つくと思いますよ?」
「まあ、覚悟してる。特にニンフにはコテンパンにされそうだけど、頑張って耐えてみる」
耐えられるだけ相手が手加減してくれればいいんだけど、それは天に祈るしかない。
「じゃあその、桜井くんは、本当に私を」
「うん、俺はちゃんと風音を選んだ。努力して風音に見合う男になる」
う、お互いに恥ずかしくて会話が続かない。なんとかしないと。
「…あの」
「…なんだ?」
「じゃあ、名前で呼んでください」
「今、ここでじゃなきゃ駄目か?」
「駄目です。じゃないと桜井くんを好きになってあげません」
それは本当に困る。困るから頑張ってみる事にしよう。
「…ひより」
「はい、智樹くん」
「ぶっ!?」
いや、それは不意打ち過ぎる。こっちも名前で呼ばれるなんて考えてなかった。
「うふふ、顔真っ赤ですよ」
「う、うるさいな。卑怯だぞ今の」
「先にズルイ事をしたのは智樹くんだからいいんです」
参ったなぁ。やっぱり風音、もといひよりは俺より一枚上手だ。
この先付き合っていくとけっこう振り回されるかもしれない。
「ま、いいか」
「なにがですか?」
「いや、こっちの話」
「む、やっぱり智樹くんはズルイです」
こんな風に振り回してくれる子なら大歓迎だ。俺も頑張って付いていこうと思う。
「じゃあ今度、弟たちにも紹介しないといけませんね。それに結納も考えないと…」
「待ったひより。俺達まだ中学生だから、もちっとゆっくり行こう」
「そ、そうですね。ちょっと残念ですけど、まだ先の話ですよね」
先の分からない未来はそれだけでわくわくしてくるし、彼女とならどんな事も乗り越えて行けると思うのだ。
~了~
カオスを選ぶ
「あら桜井くん」
「ちわっす。カオスの奴います?」
「ええ、案内するわ~」
会長の家を訪ねると、案外あっさり通された。最近のカオスは俺か会長の家で過ごす事が多い。
情操教育的に会長の家は問題があるんじゃないかと思うけど、会長いわく俺の家も問題があるという事で相手にされない。
「あ、お兄ちゃん!」
「よう」
広い居間でカオスは会長のじいちゃんと遊んでいた。お馬さんごっこだ。
「お兄ちゃんもお馬さんごっこする?」
「フゴッ! フゴッ!」
「…いや、いい」
カオスに跨られたじいさんは口にギャグボールをしているけど、お馬さんごっこったらお馬さんごっこなんだ。そう信じるんだ俺!
「カオスちゃん。桜井くんがケーキの感想を言いたいそうよ~」
「え、本当? 食べてくれたんだ」
「まあな。結構うまかったけど、誰に教えてもらったんだ?」
「イカロスお姉様よ。お兄ちゃんにプレゼントするならちゃんとした物にしなさいって」
「ほー。イカロスがなぁ」
イカロスの奴は結構カオスを気にかけているらしい。
二人で愛を知る為に日々頑張っているとか。意外な同盟関係である。
「あのさ、一つ聞いていいか?」
俺がカオスを選んだのも、その件で確認したい事があったからだ。
「なあに?」
「俺にケーキをくれたのも、愛を知る為なのか?」
「………違うよ? なんかお姉様達が楽しそうだったから私もしようかなって思っただけ」
「…そっか」
それはきっと良い事だ。カオスが自分から望む事が『愛を知る』以外にもできたんだから。
「お前も成長してるんだな」
「…? 私はお兄ちゃんみたいに成長しないよ? エンジェロイドだもん」
「いや、してるさ。色々おっきくなった」
「そうなのかしら?」
不思議そうに首をかしげるカオスは、きっとこれからも成長するんだろう。
そして本当の意味で愛とか恋を知った時、こいつは俺にどう接するんだろう?
「あらあら~? 桜井くんってばそっちの趣味があったのね~」
「ち、違いますよ! 変なこと言わないでください会長!」
いきなり何を言うんだこの人は。俺のこれは保護者的な思考であって断じて恋愛的な意味はない。
「ったく。おれはボインが好きなんだから、幼女趣味なんて無いっすよ」
「あ、知ってるわ。そういうのロリコンっていうのよね」
「そうよ~。カオスちゃんは賢いわね~」
「なんてこと教えてんだあんたはっ!」
その前に会長による余計な部分での成長は食い止めるべきだ。
今は亡きシナプスのあいつもそれだけは賛同してくれるに違いない。いや、死んでないけど。死ぬほど悔しそうだったけど。
「カオス、今日は俺の家に泊れ。な?」
というわけで、さっそく元凶から引き離そうと思う。
この時期のお子様は影響を受けやすいから、一分一秒が大切なのである。
「ええ、もちろん!」
「うわっ! いきなり抱きつくな!」
「うふふ~。これは面白くなりそうね~」
カオスと会長が心底楽しそうに笑っているのを見て、俺はこんなクリスマスも悪くないなと思った。
「ニンフちゃんは怒り狂い、イカロスちゃんは悲しみの涙に沈むのね。会長、ゾクゾクしてきたわ~」
いや、ホントこの人どうにかしないと。俺には絶対無理だけど。
~了~
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『そらのおとしもの』の二次創作になります。
今回のテーマ:クリスマスと智樹ハーレムの終わり
投稿がギリギリになった理由は、ヒロインが多過ぎた事です。
つまりトモ坊のハーレムっぷりのせい。彼にはすべからく爆発していただきたい所存です。