ライトニングは自室にいた。
今日一日の成果はまあまあ、といったところか。カオス側の幾人かを撃退したことで、こちらの勢力拡大への足がかりを掴めたのは大きい。部屋の定位置に置いた愛用の剣も、少し誇らしく光っている。すぐ手入れをしてやりたいところだが、今は他に優先したいことがあった。彼女は作り付けの棚から、大き目のタオルと着替えを引っ張り出す。とにかく、今は身を清めたかった。全身が埃っぽくてかなわない。
早速とばかりに服を脱ぎ、湯殿に向かった彼女は、鼻歌交じりに勢い良く蛇口を捻った。
カインは自室にいた。
彼もまた武器を壁際に立てかけ、武装を解く。同行者のライトニングとは、先ほど互いの部屋の前で別れたばかりだ。
コスモス側の戦士達は、アシストシステムを有意義に活用するため、基本的に二人一組で行動するが、ここ最近は彼女と組むことが多い。
彼が慣れた手つきで鎧を外し、部屋着に着替えた時、玄関ベルが鳴った。それも1回ではない。連打である。
けたたましい呼び出しに、カインは苦笑しながら扉を開けた。
「分かった分かった今開ける・・・ライト?」
そこには自身を抱えた普段着姿の女剣士が、震えながら立っていた。
「悪いがカイン、風呂を貸してくれ・・・っくし!」
頼み込みながら、彼女は盛大なくしゃみをした。
カインはとりあえず彼女を中へ引き入れた。
男の部屋の前に立つ女、というこの構図。誰かに見られると色々と不味い。特にジタンあたりに目撃されでもしたら最後、カオス側にまで噂が広がるのは必至である。
とにかく入れ、と声をかけると、ライトニングは腕を擦りながら玄関をまたいだ。脇を通り過ぎる時に盗み見た髪は濡れていた。
「どうしたんだ」
「風呂釜が壊れた。今、モーグリ達に直してもらってる」
そういうことか、とカインは息をつき、バスタオルを差し出した。
「とにかく湯を浴びて来い。風邪引くぞ」
「すまない。恩に着る」
ライトニングは鼻をぐずらせながら、素直に受け取り、そのまま脱衣所の方へ向かった。部屋の構造は各人変わらないので、足取りにも迷いが無い。桃色の髪が、またたく間に廊下の向こうに消える。
彼女の姿が完全に消えてから、男は、やれやれとばかりに苦笑した。戦いの場ではあんなにも凛々しいというのに、給湯器の故障に気づかず水を浴びるとは、何とも間の抜けた話である。
カインは、ふ、と笑みを零した。共闘仲間の、意外な一面を垣間見た気がして、それは同時に、自分に気を許していることの証だと気づいたからだ。
踊る心を宥めつつ、男は台所へ向かう。彼女が風呂場に篭っている間、食事の準備をすることにした。
いくつか献立を頭に思い浮かべつつ、食材庫を開ける。彼女の食欲がどの程度のものかは残念ながら分からない。これまで一緒に食卓を囲んだことがないのだ。カインはとりあえず、数人分作ることにした。
一通りの料理が完成し、食卓を整え、料理を並べ始めた頃、廊下の奥から足音が聞こえてきた。
「はー・・・生き返ったー・・・」
ほこほこと湯気を纏って現れたのは、もちろんライトニングだ。
「温まったようだな」
「うん。助かった、ありがとう。すまないが色々と借りた。後で買って返す」
これも洗って返すから、と抱えていたタオルを示す。だが男はそれを笑って取り上げた。
「いや、構わん。大した量じゃない」
「そうか? 石鹸とかシャンプーとか、消耗品だろ?」
ライトングは心配顔で、まだ少し湿っている髪を摘む。途端に薄荷の匂いが強くなった。カインは急に、男物の洗剤の香りをさせる女に色情を覚えた。
普段から自分が使って慣れているはずなのに、まるで異次元の代物のように感じる。他人が使うと、こうも芳しく香るものなのだろうか。もし、仮にそうだとしても、この色気は何だろう。
カインが女の顔から何となく目が離せなくなっている中、彼女がふいに鼻をうごめかせた。
「良い匂いがする」
男は我に返った。
「食事だ。食べていくか?」
途端にライトニングの目が輝く。
「いいのか!?」
「そう言うと思って、数人分作っておいた」
お前はそっちの席な、と台所から遠い方を示してやると、彼女はいそいそと席についた。その間に男は残りの料理を食卓に運ぶ。
「すごいな・・・。これ、全部お前が?」
「他に作る人間がどこにいる?」
カインは苦笑しつつ、彼女の向かいに腰を下ろした。
湯気を立てる出来立ての料理に、ライトニングは神妙に手を合わせる。
「いただきます」
一口食べた途端、彼女は相好を崩した。
「おいしい!」
にこにこと料理を掬う手を休めず、彼女は手放しに男の料理の腕を褒めちぎった。
「お前がこんなにも料理上手だったとは、知らなかったぞ。昔から良く作っているのか?」
元の世界では騎士だったんだろうに、とライトニングは不思議そうだ。
「小腹が空いた時なんかに、よく作っていたからかもしれん。火も落とした真夜中に、わざわざ料理番に頼むのも気が引けたんでな」
「でもそういうのって、従者みたいなのがやるものなんじゃ?」
「従者がつくほどの役職にはついてなかった。そういうわけで、必然的に自分でやる羽目になったな。まあ、料理は嫌いではなかったし」
ふうん、とライトニングは魚の煮つけを解す。主菜である白身魚の煮付けは甘辛い味付けがなされていて、パンとの相性が抜群だった。他に野菜の汁物があるが、こちらは賽の目に切った根菜の他に、摩り下ろした玉葱や人参が加わっている。味付けは塩胡椒のみだが、別にとった出汁を使っているのか、香りも味も肉料理に負けないくらいだ。
どもこれも、趣味で片付けるには惜しいくらいの出来栄えなのである。
「お前はどうなんだ?」
逆に問われて、ライトニングは首を傾げる。
「私か・・・。料理はあまり得意ではないな。食事は配給制で、材料から作る、という機会があまりなかったし。だから、こういう手料理にありつけたのは、本当に嬉しいな」
ライトニングの過去において、家族で食卓を囲んだ記憶は数えるほどしかない。それも大半が出来合いの料理を買って並べる、というものだった。だから逆に誰かの手自ら作った料理を口にすることや、誰かと一緒に食事を摂ること自体が新鮮に感じられたのだった。
だがそんなライトニングの答えに、カインは別の感想を持ったらしい。怪訝な顔つきで、向かいの彼女に疑わしい目を向ける。
「ということは何か? お前、ろくな食事摂ってないんじゃないか?」
「う」
彼女の手が止まる。
ライトニングの生活には、元々食事に気を遣う、という意識が皆無だった。彼女にとっての食事は栄養補給が目的であって、味付けやその量、質は二の次であった。この世界に来てもその性格は変わることはなく、大概が携帯食料を貪って終わりであった。
カインは呆れた様子を隠そうともしない。
「お前も軍人なら、食事の大切さは身に染みて分かっているだろうに」
それは分かっているんだけど、と彼女は肩を縮める。
「一人だとどうしてもな・・・自分でもいけないとは思っているんだが、作っているうちに食欲が満たされてしまうんだ。でもお前はちゃんと自炊しているわけだし・・・」
彼女は考え込む。考えているふりをして、たまにちらりと男の方を見た。
カインは黙って食事を続けた。こっちから言ってやるつもりはさらさらなかった。
やがてライトニングが、おずおずと口を開く。
「また・・・食べに来てもいいか・・・?」
「食料費は貰うぞ」
椅子を蹴り倒す勢いで彼女は立ち上がった。
「本当か!? 本当に作ってくれるのか!?」
「二言はない。作ってやるから、とりあえず座れ。飯が冷める」
「あ、ああ。そうだな、分かった」
肩透かしを食らったような顔つきだったライトニングだったが、食事の続きを始めると、見る見るうちに笑顔に戻る。
「そんなに旨いか」
「美味いとも! この魚の煮つけなんか最高だな。残ったソース、パンにつけてもすごく合うぞ」
「ふむ。成程、俺もやってみるか」
カインはライトニングの勧めに従い、パンを一口大に千切った。
自分でも妙なことを引き受けたものだと思う。その反面、作り甲斐のある相手ができたことに喜びを覚えていた。
目の前の、同い年の女は健啖家だった。好き嫌いなく、残すことなく自分の料理を口に運ぶ、この気持ちのいい食べっぷりは、とても嬉しいものだったのだ。
何でも美味しそうに食べて、実際美味しいとその腕前を褒めてくれる。調理する人間にとって、これは大きい。
カインは次々と皿を空にする彼女を眺めつつ、また彼自身も舌鼓を打ちながら、脳裏では明日以降の献立を組み立て始めていた。
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