No.352305

天馬†行空 七話目 鷹(たか)

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説です。
 処女作です。のんびり投稿していきたいと思います。

※主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。

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2011-12-25 02:29:05 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:6048   閲覧ユーザー数:4782

 

 

 

 

 

「ふむふむ、それで?」

 

「はっ! 楊将軍、高将軍は共に討ち死に、軍はおよそ二万が討たれ残りは逃亡、或いは投降したとの事です!」

 

「ありゃ……敵の被害は分かる?」

 

「はっ! おおまかにですが千にも満たないかと!」

 

「ご苦労様、下がっていいわ」

 

「はっ! 失礼いたしました!」

 

 

「……ふぅ~」

 

 伝令が天幕から出て行くのを見届けるとその女性――張任(ちょうじん)――は深い溜息を吐いた。

 すらりとしているが女性らしい豊かさが見て取れる体付き。耳の辺りで切り揃えられた短い髪は紫紺の色。

 鳶色(とびいろ)の瞳を曇らせて物憂(ものう)げにしているその姿は当人が意図せずとも妖艶な雰囲気を(かも)し出していた。

 

篭城(ろうじょう)すらしてない相手に二倍の兵力で一日も持たず完敗……しかも騎馬も殆ど失った、かぁ」

 

 どこまで無策だったのよ、と張任は独りごちた。

 

「……折角蜀の険路(けんろ)にも慣れてきた部隊だったのに」

 

 返す返すも楊懐達の短慮(たんりょ)が恨めしく思える。

 張任は頭痛を(こら)える様に額に手を当てて少しの間そうしていた。

 

(建寧と永昌が雲南に援軍を出せないように牽制している軍の退却があと五日、雲南の軍と戦に入るのにあと二日……時間はあまり無いわね)

 

 目蓋を閉じて眉のすぐ上の辺りを人差し指でとんとん、と叩きながら張任は思索に耽る。

 

(更に相手は野戦で二倍の兵力差を(くつがえ)している。それに刀や槍が通らない鎧っていうのも気になるし……油断は出来ないわね)

 

 指が止まり、張任はゆっくりと目を開く。

 

「でもまあ、そのくらいの悪条件のほうが遣り甲斐があるってものね」

 

 その表情から憂いは消え、口元にはどこか不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝ち戦から一晩明けた次の日の朝、こちらに向かっている後発の敵軍に対しての軍議があるということで李恢さん達と一緒に参加することになった。

 

「同じ作戦じゃダメなのか?」

 

「はい雍闓殿、あれは相手がこちらを(あなど)っており、しかも大部分が騎兵だった敵の苦手な地形を利用できたからこそ成功しました」

 

 雍闓さんの質問に首を横に振る李正。

 昨日の戦がほぼ完勝だったので作戦は変えずに行くのかと思ったんだけど。

 

「しかし二陣を率いる張任は劉焉の配下では三本の指に入る程の戦上手、加えて本人の武も楊懐や高沛などとは比較にならない剛の者であるとか」

 

「ほう」

 

 李正の言葉に興味を惹かれたのかすっ、と目を細める子龍。

 

 ……ん? 張任って名前……どこかで聞いたような?

 ……えーと、あ! 思い出した! 

『三国志演義』で鳳統を落鳳坡(らくほうは)で戦死させた武将で、確か劉備軍と対しても一歩も引かず城を守って敗れた後に捕まっても降伏しなかった人だ。

 劉璋(りゅうしょう)(劉焉の息子)の配下では名将と呼ばれてかなり有名だった筈。

 どうやらこっちでも名の通った人物のようだ、李正の口調も心なしか固い。

 

「それ以外にも作戦を変える理由があります。一つは先日の戦いで戦場の殆どが踏み固められている点。これでは敵の機動力を奪うことができません」

 

 びっ、と人差し指を立てて解説する李正。

 

「二つ目ですが、今度の敵の主力は歩兵になります。前回と違って丘に伏兵を置くと逆に各個撃破の的になりかねません」

 

「でも李正? 敵の数は一万だったよね。だったらこちらが兵を分けていても向こうはそれに対処するほどの余裕は無いんじゃあ?」 

 

 ふと疑問に思ったので手を挙げて質問してみると李正はふるふると首を横に振った。

 

「密偵からの情報ですが張任が率いているのは劉焉の兵の中でも山岳地帯や森林などの地形での戦闘、特に奇襲や撹乱(かくらん)戦法に長けている部隊です。

更には張任の直属の兵も数は不明ですが含まれているとか……正直、同じ条件ならばこちらの兵よりも強力だと考えたほうが良いかと。苦戦は(まぬが)れないでしょう」   

 

 先日の歩兵部隊の大半は徴収されたばかりで戦経験のない江州の農民兵と、騎馬が使えなくなって急遽(きゅうきょ)歩兵部隊になった者達の混成部隊でしたから、と李正は目を伏せながら言う。

 

「オウ、てぇコトは今回は策は無しでの戦か?」

 

「全く策を講じない訳ではないですがそれに近い状況での戦になります。昨日の勝利で兵の士気が高まっている今、正攻法で当たろうかと」

 

 李正の答えを聞くおやっさんは満更でもなさそうに口元に笑みを浮かべ……あ、子龍も似たような顔してる。

 

「李正さん、次の戦場はどのあたりになるんですか?」

 

「昨日の戦場から更に北、敵の先陣が陣を張っていた辺りです。ここは平坦な地形で木々などの視界を(さえぎ)る物が殆ど無い為、敵の得意とするであろう戦術を幾らかは制限できるかと思いまして」

 

 李恢さんの質問に机上の地図を指差しながら答える李正。

 

「今回の戦では敵部隊の連携に即応できるだけの『速さ』が必要になります。その一つとして戦況を逐次(ちくじ)本陣に報せる遊撃部隊を一つ置きたいですね」

 

「? いつも通り斥候をその都度出せば良いんじゃないのか?」

 

「いいえ雍闓殿、命令されてから情報を集めるのでは遅いのです。状況の推移を見て本陣に報告するのと戦闘を並行して行って貰わなければ」

 

 うわぁ……それはまた、色々と難しそうな……。

 

「うわ、しんどそうな部隊だなぁ。で、誰がやるんだ?」

 

 似たようなことは誰も思いつくのか雍闓さんが李正に尋ねる。

 まあ、本隊の中で斥候をやってる人達とかから集めて隊を作るんだろうな。 

 

 

 

 

 

 ――そう思っていた時期が俺にもありました。

 

 軍議があった次の日。

 俺の予想は見事に外れ、まあ、その……李恢さんの隊(つまり張嶷さん、馬忠さん、俺も含む)が遊撃部隊をやることになった訳で、

 

「う、うあ、うああああああ!?」

 

 只今絶賛李恢さんパニック中。

 

「ま、まあまあ、輝森落ち着いて」

 

「決まったものは仕様がないぞ、輝森」

 

「り、竜胆ちゃんは緊張してないんですか!?」

 

「してるぞ」

 

 いつもと変わらないクールな口調且つポーカーフェイスで返事をする張嶷さん。説得力が無いこと(はなは)だしい。

 

「してるようには見えませんよぅ……」

 

「あははは、でもね輝森、竜胆がいつも通りだとなんか安心しない?」

 

「う……確かに。私でも判る位に竜胆ちゃんが緊張してたら少し不安かも……」

 

「どういう意味だ……緊張と言うなら二人とも見ろ、私だけじゃなく一刀もいつも通りだぞ」

 

 いや張嶷さん別に緊張してない訳じゃないんです、俺以上に慌てていた李恢さんがいたからそう見えないだけなんです。

 

 それに、

 

「いや、俺も緊張してますよ竜胆さん。してるんですが……この筒袖鎧(とうしゅうがい)って意外に重いですね」

 

 肩の辺りも覆われているため見た目よりも結構重量がある鎧を着ている所為でいつもよりも勝手が違う。

 昨日は服の下に鎖帷子(くさりかたびら)鎖子甲(さしこう)と言うらしい)を着ていたんだけど、今日は昨日よりも激戦になりそうなこともあってこの鎧を勧められている。

 

「うん、確かに昨日の袖無しとは違って心地よい重みだな」

 

 ……二メートル以上はある薙刀(正確には眉尖刀(びせんとう)と言うらしい)を背負っているのに心地よい程度の重さって……さすがは武将、鍛え方が違う。

 ちなみに袖無しって言うのは、前面と背面で別々になっている鎧を肩の辺りでベルトを使って結び合わせていて肩や体の側面はカバーしていないタイプの鎧を指す。

 着るときには腰の辺りでベルトを固定して上半身から膝の辺りまでを保護できる物だ。

 

「僕は昨日のほうが肩が動かし易くて良かったんだけどなあ」

 

「前日と違って乱戦になりそうですからね、蓬命ちゃんも(しっか)りと着込んで下さい」

 

「う~ん、まあなんとかなるかな?」

 

 馬忠さんは少し動きにくいのか肩を回しているのだけれど、ぐりんぐりんと勢いよく回している姿を見る限りはとても動き辛そうには見えない。

 

「籐甲が貰えていたら蓬命ちゃんに着てもらったんですけどね」

 

「あれはほとんど前曲専用みたいな物ですからね、徳昴さん」

 

「そうなんですよね、もう少し数があれば……」  

 

 籐甲は前準備の段階で確認していたけど兎に角数が少ない。総兵力一万五千の内、前曲の兵数は六千でその中の千だけがこれを身に着けている。

 

 どどん! どん! どん!

 

「お、始まるみたいですね」

 

 などと話していたら本陣から太鼓の音が聞こえてきた、いよいよだ。

 

「……よ、よし! 私も覚悟は出来ました! 皆さん、行きますよ!」

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』「だから頭言わな……え?」

 

 おお!? 李恢さんが頭って呼ばれなかった! 

 

「あ、あれ? いつもと違……」

 

「輝森、指示を頼む」

 

「よーし、行こっか!」

 

「……徳昴さん、こういうときは突っ込むと(かえ)って頭って言われますよ」

 

「はっ! そ、そうですね! ……コホン、今回はいつでも前曲の右翼と左翼を援護できるように二手に分かれます。竜胆ちゃんは私と!」

 

「了解だ」

 

「蓬命ちゃんは北郷さんと組んで下さい!」

 

「りょーかい!!」「了解です!」

 

 わあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!

 

「――前曲が戦闘に入りましたね。よしっ! 李恢隊! 私に続いて下さいっ!!」

 

「同じく張嶷隊、私に続け!」

 

『おおっ!!!』

 

 李恢さんと張嶷さんの号令で二人の隊は右翼の斜め後方の辺り目指して移動していく。

 目でそれを追っている途中、最前線の辺りから大音量の雄叫びと共に大量の土埃が舞い始めた。

 ……この位置からでは敵の動きがよく判らないな。

 

「北郷さん、僕達も行こうか?」

 

「ええ、行きましょう徳信さん。先ずは戦況がもっとハッキリ判る位置に移動しないと」

 

「うん! ……馬忠隊! 行くよ!!」

 

「北郷隊は馬忠隊に続いて行軍するよ、遅れないように!」

 

『応っす!!!』

 

 

 

 

 

(――成る程。確かに初めの軍とは動きが違う)

 

 歩兵の一群を相手取りながら子龍は胸中で呟いた。

 前回の(ろく)に動けない騎兵やにわか歩兵とは違い、今眼前に迫る歩兵隊は格段に戦慣れしている。

 籐甲兵に刃が通らぬことは事前に知っていよう、だが身をもってそれを知れば僅かなりとも動揺するのが通常の反応であると子龍は考えていた。

 

 ――しかし、彼らは違った。

 先ず真っ先に方形の大型盾を持つ兵が突撃して来て、部隊の先頭にいた籐甲兵の何人かが避けきれずまともに食らって転倒。

 そしてそれに続いて、小型の盾を片手に装備した歩兵が転倒している籐甲兵目掛けて斬り込んで来た。

 どうも右翼も同様の攻撃を受けたらしく、怒号と混乱の声が上がっている。

 

「敵将覚悟!」「その首貰い受ける!」

 

(それに、先日とは違い兵に気概(きがい)が有る。これは容易ならぬ相手のようだな)

 

 円形の盾をこちらの視界を遮るように突き出しながら突進してくる二人の兵に子龍は向き直り――

 

「はっ!」

 

 ど、どっ!

 

「ぐっ!?」「ぎゃあっ!?」

 

 ――短い掛け声と共に二条の光が(ひらめ)き、構えた盾の僅か下、腹部を貫かれ敵兵は二人同時に地に伏した。

 

「こっちだ!! 敵将がいたぞ!」「よし! 討ち取って大将の道を開けるぞ!」

 

 息つく暇も無く気勢を上げながら集まってくる敵兵。

 

(大将……ふむ、張任のことか? しかし、『道を開ける』とはどういうことだ?)

 

「覚悟おおおおっ!」「くたばれえっ!!」

 

 ひゅっ! どっ! どっ! 

 

「な!? がはっ!」「ぐうふっ!?」

 

 先程と同様、盾の隙間から一瞬垣間見えた閃光に新手の兵は地に倒れた。

 

(先程の言からすると……張任はこの部隊にはいない。だが、その『道』が出来れば恐らくはすぐに動く筈だ。ならば……)

 

「おのれええええっ!!!」

 

 ひゅ……ずどっ! 

 

「ぐおおっ!?」

 

 僅かの間に四人を殺され、逆上した兵長が子龍に斬り掛かるも部下と同じ末路を辿る。

 

(張任は……中曲、或いは前曲の後方で機会を窺っている!?)

 

 その考えに至った瞬間――

 

 ぐあああああああああああっ!?

 

「っ右翼!? 藩臨殿の方かっ!」   

 

 味方の右翼から上がった一際大きい悲鳴に子龍は(にわ)かに湧き上がる焦燥感(しょうそうかん)に思わず声を上げた。

 

 

 

 

 

「ぐあああああああああああっ!?」

 

「何だ!? どこから……ぐあっ!?」

 

「くそっ! こいつら速えぞ!」

 

「オウ、野郎共! バラけるな! 固まって対処するぞ!!」

 

『お、おうっ!!』

 

(ちっ、こっちに集中して来たか!?)

 

 開戦と同時に前衛を乱され、やたらと守りが堅い歩兵の突入。

 体勢を立て直しつつ、押し返そうとしていた藩臨の右翼に動きがあったのはそれからすぐの事だった。

 

「おうらあああああっ!!!」

 

 ずどんっ!!

 

「ぬぐっ!?」

 

「……!」

 

 ぶんっ! 

 ぎいいいんっ!

 

「っ! ……けえっ! ――しゃらくせえっ!!」

 

 目の前の兵を薙ぎ払うと同時、続け様に無言で斬り掛かって来た毛色の違う兵の太刀を受け止める藩臨。

 

 ……盾持ちの兵を盾ごと吹き飛ばしている最中、突如灰色の皮甲(ひこう)(皮鎧。兜も有り、ほぼ全身を覆うタイプ)を纏った一隊が横撃を掛けて来たのである。

 転倒している籐甲兵を援護させまいとして中曲の兵を投入したのか、藩臨はそう思った。

 しかし、よく見ると奇襲をして来た隊は多く見積もっても百名程度しかいない。

 

(こっちを潰すにしちゃあ数が少なすぎる。敵の将は張任だっけな……何考えてやがる?) 

 

「援軍だ!」「中曲の兵だ、これで立て直せるぞ!」

 

 味方の歓声が聞こえてそちらを見ると、中曲の兵(李恢隊とは別の部隊で前曲の予備部隊)が合流して来るのが分かった。

 

「ようし! 野郎共! 押し返すぞ!!」

 

 藩臨は漠然とした不安を無視し、号令する。

 

 ――灰色の部隊は離脱の動きを見せていた。

 

 

 

 

 

「……妙な動きをする部隊がいますね」

 

「ああ、突撃してそのまま離脱したな。あれが張任直属の兵かも知れんな……輝森、どうする?」

 

「本隊にあの少数部隊の事を伝令して下さい。竜胆ちゃんの推測も含めて」

 

「分かった」

 

 藩臨達が戦っているよりもやや後方、僅かに盛り上がり丘のようになっている場所で李恢と張嶷は戦況を見ていた。

 隊から本隊に向けて伝令が走るのを見届けると張嶷は李恢のほうを振り向き声を掛けようとして、

 

「――っ」

 

 息を飲み込んだ。

 いつもはどこか頼りなさ気に見える友人は目まぐるしく動く戦況に集中している。

 その横顔はいつに無く厳しく引き締まっており、声を掛けるのが躊躇(ためら)われる程だった。

 

「竜胆ちゃん」

 

「な、何だ?」

 

「本隊にもう一度伝令をお願いします」

 

「――分かった。内容は?」

 

「『動いている』灰色の部隊には張任の姿は無い、と」

 

 

 

 

 

「子龍は上手く敵をいなしてる……被害は殆ど無いみたいだ」

 

「うん。あ、あの灰色の鎧の部隊、もう一度突っ込む気だね……」

 

「徳信さん、伝令は」

 

「大丈夫、さっきから一刻(約十五分)毎に出してるから」

 

「分かりました……しかし、張任の姿が見えないですね」

 

 味方の左翼、その後方で俺と馬忠さんは敵前曲と中曲の動きを観察している。

 敵は籐甲兵に対し斬り込むのでは無く、転倒させて一時的に無力化する戦法を取った。

 

 なら、速攻を掛けてくるだろう。時間を掛ければ籐甲兵は復帰する、李正が警戒を促す張任がそんな一時凌ぎな作戦で来るだろうか? 

 ……それは無い。あの灰色の部隊も踏み止まって戦うのではなく、籐甲兵を援護する隊を狙って動いているように見える。

 確実に『何か』を狙って、その『瞬間』の為に時間稼ぎをしているように思えて仕方がない。

 ――こちらよりも兵力に劣る敵の本命は、恐らく本隊……だろう。

 ならば敵の切り札は何だ。……決まっている、今俺達が必死で捜している敵の本隊。 

 

「う~ん、いないね。……あれ? まただ」

 

「どうしたんですか?」

 

「うん、あの灰色の隊なんだけど」

 

 そう言いながら馬忠さんが指差す先、灰色の部隊は二度目の突撃を子龍にまたいなされていた。

 だが、彼らは気にした風も無くそのまま後方に下がって…………えっ!?

 

「中曲の部隊に!?」

 

 前曲の兵と同様、先頭に大型の盾を配した中曲の待機部隊の後ろに隠れるように急いで入っていく!

 よく見るとおやっさんのいる右翼に突撃を掛けたのだろう、同じ装備の隊が同じように中曲の隊の後ろに入って行くのが見えた。

 

 ――合流している? 

 

 ……待てよ、何で二度の突撃ですぐに退いたんだ? あの部隊は殆ど被害を受けていない、更に言えばこちらの隊も彼らの突撃でそこまでの被害を受けていない。

 しかし彼らが突撃を敢行する度に籐甲兵の復帰は遅れている。敵にしてみればそのまま続ける意味はある筈なのに。

 なら二回だけ攻撃を仕掛けた意図は何だ? そして分けた隊を何故合流させた? 

 

「北郷さん? どうした――」「すいません徳信さん、今は話しかけないで下さい」「あ、う、うん」

 

 被害を与えることを主とした訳ではない攻撃……これは多分、さっき考えた時間稼ぎと威力偵察が目的だと思う。いや、二度しかしなかったから寧ろ偵察の方が主なのかも。

 合流したのは……単純に考えれば時間稼ぎが終わった、と――っ、マズイ!!

 

「馬忠さん! 中央の部隊に付いて下さい!」

 

「うわっと! ど、どうしたの北郷さんいきなり――」

 

「多分ですけど敵本隊が動きます! さっきから左翼と右翼にしか灰色の部隊は現れていません! 味方の前曲中央の兵が僅かですがそれに釣られてそれぞれの援護に動いています、合流したあの部隊が突破を試みるなら――」

 

 喋っている最中、敵中曲に後曲からまたあの灰色の部隊が入って行くのが見えた! くそっ! 一体どれだけいるんだ!?

 

「――っ! 了解っ!! 馬忠隊、行くよ!!」

 

『おおおっ!!!』

 

「伝令さん!」

 

「アニキ、ここにっ!」

 

「本隊に伝えて! 敵の動きが変わった! 張任が動き出す、って!!」

 

「分かりやしたっ!」 

 

 頼む! 間に合ってくれ!!

 

 

 

 

 

 ――劉焉軍、中曲のとある部隊

 

「うんうん。順調……とは言い難いけど、作戦通りね」

 

「はい。あの妙な鎧の連中も半分以上は転がしましたし、上手く『道』が出来そうです」

 

「油断は禁物、敵さんもよく食いついて来てるわ。気を抜いてるとすぐにひっくり返されるわよ」

 

「はっ!」

 

 返事と共に隊列に戻る灰色の皮甲を纏った部下を見遣(みや)りながら張任は前方、交戦中の前曲へと視線を移す。

 

(しかし、前曲にとんでもないのが一人いるわね。――アレは桔梗や紫苑(しおん)並みかしら)

 

 視線の先に遠目からでも見える深紅の双刃槍を目にも留まらぬ速さで繰り出す青い髪の少女。

 

(こういう戦じゃなかったら一対一で戦ってみたい相手だけど。……ふふ、ここに桔梗が居たら「わしに戦わせろ!」とか言い出しそうね)

 

 巴郡で慣れない政務を執っているであろう友の顔を思い出して表情を(ほころ)ばせる張任。

 

「大将! 残っていた敵中曲が中央に動き出しました!」

 

「――へえ、これはいよいよ油断出来ない相手のようね」

 

 駆け付けて報告する伝令、表情を引き締めた張任の目は、薄くなった中央を補う様に展開する二つの部隊を捉えていた。

 

(あれは右翼と左翼の後ろにいた部隊ね。先に動いたのは左翼側、それに呼応して右翼、か。もしかして軍師がそこにいるのかしら)

 

 張任は待機中、伝令と自身の目で戦場を把握している。

 当然、敵の中曲が頻繁に伝令を出しているのも頭の中に入っていた。

 

(敵は本隊の情報が少ないのよね。特に軍師については……ふむ) 

 

「大将、準備が整いました」

 

「いつも通り早くて結構。じゃあ、副長に続いて突撃開始」

 

「? 大将はどうされるので?」

 

 

 

 

 

「私? 私はね」

 

 そう言うと張任は自らの真名でもある『鷹』のようにある一点を見つめて、

 

 

 

 

 

「ちょっと、ひょっとしたら軍師さんかもしれない『少年』に挨拶でもしようかな、と思ってね」 

 

 

 

 

 

 どこか楽しそうな口調で部下に片目をつぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました。天馬†行空、七話目の更新です。

 これと並行してクリスマスの祭りの作品を考えていたのですがネタが浮かばず、結局通常の更新に落ち着きました。無念。

 

 今回は対張任戦、前半部分となっています。

 

 馬忠隊、張嶷隊が中央に駆けつける。本隊の救援は間に合うのか?

 鷹に狙われていることを知らない一刀はどうなるのか?

 次回、劉焉軍二陣との戦いの決着。ゆるりとお待ち下さい。

 

 

 

 

 


 
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