No.351940

双子物語-26話-

初音軍さん

過去作より。高校生編。ようやく人間関係が少しずつ濃くなって
きました。色々とアレかもしれませんがwさてはて、学園祭は
どうなることやら(´∀`*)   雪乃の高校一年生完結編。

2011-12-24 17:09:50 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:10617   閲覧ユーザー数:370

親しくなった人たちとで学園祭の出し物を考えていたところ、私らしい考え方と私の

やりたいことを入れるともう、これしかないと思ったのを、瀬南、倉持さん、柊さん、

美沙先輩とで話し合った結果。OKをもらい、いざ最後のまとめのHRで発表することに

した。もし、不評だった場合の切り札は揃っている状況でもあるし、みんなと後に残る

ものを作りたいという気持ちが強く、どうしても実現させたいことであったのだ。

 

 学園祭出し物が確定するHR。先生が、もう他に提案する生徒はいないかと呼びかけた

とき、私は咄嗟に手を挙げて立ち上がった。

 

「はい、先生」

「なんだ、澤田。随分ギリギリまでかかったな」

「すみません」

 

 軽く頭を下げて私は先生に呼ばれて教壇に立って、白のチョークを掴んで黒板に

カッカッと小気味の良い音を立てて字を書いていく。その際に、少しざわざわした

声が聞こえてきたのを先生は黙らせてくれた。はっきりと字が見えているわけでも

ないのに、なんだろうか。その答えを先生が代わりにか答えてくれた。

 

「澤田。お前、字が綺麗だな」

「は?」

 

 その時に周りの反応を見ると再び口ずさむ生徒がいなかった所をみるとどうやら

そのことにざわついていたらしい。苦笑しながら続きを書いていって、書ききった後、

みんなに見えるように少し横に移動をする。すると、一度収まったざわつきが再度

私の耳に飛び込んできた。まぁ、当然といえば当然か。

 

 黒板に書いてあるのは「同人誌作り」だ。

 

「同人誌・・・?」

「あのオタクとかが描く本のこと?」

 

 様々な言葉を吐く生徒たち。不思議な気持ちや悪意のある言葉などを連ねていく。

しかし、肝心の語源の意味を彼女たちはわかっていない。

 

「この本は過去、遥か昔に詩を嗜む貴族達が集い様々に感じた詩を一つの誌に記した

ことから伝わっている、とも言われている手法でね」

 

 私は少し低めの声で目を細めて鋭さを増す。私の気配にざわついていた声が一本の

緊張感から少しずつ、だが確実に静かになっていく。私は生徒達が落ち着いていくのを

感じて、少し表情を緩めて話した。

 

「つまらなさそうに、イベントを消化しようという気持ちが強いのを見ていて、

もったいないなぁと思って。これを企画しました」

 

 私は目の前にある机に置いてあった先生の教科書を片手でもって一言で済ませた。

 

「みんなで、世界で一つの本を作らない?」

 

 私の言葉の後に、また少しずつ、ざわめきが聞こえてきた。確かにこれだけでみんなが

一致団結するとか甘い考えは持たない。少しでも考えてくれるだけでいい、そんな考えを

していた私の読みは大体は当たっていた。

 

「何を書けばいいの?」

 

 一人の生徒からの質問が飛ぶ。私はありきたりだが、他に言いようもない言葉を

使ってかえす。「好きなものを書いていい」と、そうすると、どういうものを書けば

いいのかわからなくなるだろう。だから、自らの詩でも、4コマ漫画でも、イラストでも

紙に、字や絵が踊るモノであればなんでもいい。そう、説得した。

 

「テストの結果でもいいの?」

 

 と、冗談交じりにからかい口調で言う生徒にも私は笑顔で返した。

 

「えぇ、いいわよ。ただし、他の人の手にも渡るから、恥ずかしかったり不都合が

なければね」

「あぅ・・・」

「そして、同人誌のもっとも大切なことは製本作業、大変だけど貴重な経験になると

思います。そして・・・」

 

 私が周囲に目を配らせると、倉持さんが席を立って手を挙げて口を出してきた。

 

「私もそれには賛成の意を唱えたいと思います」

 

 入ったばかりとはいえ、生徒会の名前を背負う生徒が積極的に手を挙げたのだ。

それだけで、大半の生徒は驚いて、そっち側につくことだろう。お嬢様は内申が悪く

なるのを恐れて恐れて仕方ないのだ。更に今まで私の敵についていた、影代さんも

仕方ないといった感じに席を立って私の言葉に同意をしてくれた。

 

「確かにね。やりごたえもあるだろうし、ここの生徒達には珍しい体験だから悪い、

ということはないね」

 

 予想外にも先生も同意をしてくれて、更にぼやいたり、抵抗しようとしたりする

生徒は口を開けなくなった。基本、生徒たちが本気で嫌がる理由としては何をするのか

どこまでやるのか、明確な証拠も目で見たこともないから萎縮してしまうからだ。

 だから、始まったら私が責任を持って全てに関わることにする。わかりやすく指示を

したりする。追加にこの説明をしてからは誰も何も言わなくなった。本を作った後の

即売会場はこの教室で行う。生徒の数が多いからページ数も限られ、いくつかに分ける

効率の悪いやり方になるし、時間もかかるが、それだけ、終わった後の達成感というもの

を感じることができるだろう。

 そして、更に風を呼び込むために、瀬南も同じように意見を述べてもらい、小さく

丸まって私に見つからないようにしていた影代さんも私が微笑みを向けると慌てるように

挙手をしてくれた。いざ、敵と見ていた人も参加を表明するのを見た生徒も少しずつ

表情が和らいでいき、最終投票で私の案が通ることになった。

 

「ごり押しやね」

「まぁね~」

 

 休み時間、コートを着込みながら広がる町並みを眺めながら紙パックのジュースを

啜ると、瀬南が楽しそうに笑う。

 

「どうせ、黒いと思ってるんでしょう?」

「んなことないわぁ」

「でも、せっかくだから、楽しくやりたいなぁって思っていたのは本当」

 

 人生の中で、もっとも短いのが学生。特に中学、高校である。こういうことは県先生が

一番やりたがるのだが、先生はここにはいない。人のためじゃなく、私のため。私が

やりたいと思えることを他のみんなも楽しんでくれれば、それが一番だと思ったのだ。

 

「やるからには、徹底的に指導するけどね!」

「ほどほどにな・・・」

 

 高揚した気分が少しずつ落ち着いてきたら、私と瀬南は寮に戻ることにした。

本格的に始めるのは翌日。なので、少しでも疲れを取るために早めの下校をすることに

なったのだ。この時ばかりは部活動も全て休みになるため、初めてこんな静かな学園を

見た。

 寮に戻った私と瀬南はいつも通りの生活をしていても、どこか翌日からの準備の感覚

にそわそわしていた。何だか落ち着かないし、どこか不安だけど、決して嫌ではない。

この感覚が不思議な気持ちにさせてくれる。今日はベッドに入っても眠れないような

気がしてならない。まだ、本番にすらなっていないのに。だけど、そんな気持ちとは

裏腹に、私の睡魔はあっさりと私の意識を夢の中に引きずり込んでくれた。

翌日、HRで何が書きたいのかをまとめた結果。4コマ漫画、女子が好きそうな情報を

新聞風にまとめた記事類、外部から男性が来ることを配慮しての、クラス一、モテ情報に

詳しい女子が書いた「男性のモテ秘訣」とか、思ったより色々個性が強い作品が並んだ。

最初は私に不満や後ろに生徒会が関わっていると思ってびくびくしている生徒も

ちらほらいたが、採用基準が曖昧で、面白そうなものは優先的にOKを出していたら、

いつの間にか、みんなが少しずつまとまっているような気がした。

 

 そして・・・。

 

「ゆきのんの願い通り、みんな楽しそうにしてるやんか」

「本当・・・びっくり」

 

 自分で言っておいてなんだが、こんな簡単にみんなが自らの意思でまとまってくれる

とは思いもよらなかったのだ。私が呆然と見ている横で瀬南はふざけるような笑みで私の

肩を叩いた。

 

「あんた、この学園の大物になるかもしれんな」

「茶化さないで」

 

 そんな冗談めいた言葉を指摘すると、瀬南は少し寂しげな眼差しで再度私を見つめて

くる。今度は真剣な面持ちで言葉を紡いだ。

 

「いや、嘘やないで」

「・・・」

 

 何か、こんなに身近にいる瀬南がどこか遠くに行ってしまうのではないか。そんな錯覚

から、無意識に彼女の手をとっていた。すると、彼女の口から今更な言葉が出てきた。

 

「私と、ずっと友達でいてくれな?」

「何を・・・。当たり前でしょう」

 

 不安で仕方なかった一人の時から、ずっと私の傍にいてくれた。彼女のことは私の中

ではもう親友といえるくらいありがたい存在なのだ。私は手を握る力を少し強くして返す。

 

「親友でしょう?」

「そやな」

 

「でも・・・」

「?」

 

「時々見せる変態的な視線は何とかして欲しい・・・親友としては」

「あっ・・・」

 

 手を握ったまま、瀬南の表情は恍惚としたものに変わっていてせっかくの雰囲気も

台無しに見えてしまった。だが、瀬南が誤魔化しの笑いをしていた時、何だかわからない

けど、私もおかしくて笑ってしまった。

 残り数日、私もみんなも残る時間は決して多くないためにいつもより時間も手間も

かけて作業に力を入れる。その間に倉持さんが職員室でコピー誌作成のためのコピーに

ついての検討をしていた。おそらくは職員室のコピーのOKが出ても紙もインクも

足りないだろうと踏んで、先にコピーするためのコンビニ等への外出の許可を

もらっていた。

 学園からの周囲は歩いてだと、商店街や多くの店へ行くのにかなり距離があるため、

足についても、話を進めると、そこは私のクラスの担任の先生が名乗りを上げてくれた。

おかげで、途中までの段階の心配はなくなった。

 

「みんな、お疲れ様―」

 

 途中で美沙先輩が差し入れにと、大量のジュースとお菓子が入った袋をぶら下げて

教室に訪れてきた。当然、学園のアイドル的存在の先輩を知らない生徒はいなく、一気に

騒がしくなる。そんな暇はないというのに。そんな中、倉持さんが先輩のもっていた袋を

取って生徒達を呼びかけて視線を集めていた。そんな中、先輩は私の隣に近づいて

声をかけてきた。

 

「何か手伝おうか」

「いりません、邪魔です」

「つ、つれないこといわないでよぉ・・・」

 

 情けない声を上げる先輩に私は溜息を一つ吐いて言葉を訂正した。

 

「そうじゃ、ありません。先輩のクラスだって、先輩自体もやることはいっぱい

あるでしょう?倉持さんもクラスのために貸し出しているのだから、先輩は先輩の方に

力を入れてください」

「・・・そうだね」

 

 いつもよりあっさり引き下がるのは、やはりいっぱいいっぱいだからだろう。

だからといって、最初から手伝う気がなければ言わないから、もし私が手伝ってと

言おうものなら本気で手伝いそうで怖い。この人はそういう人なのだ。

 そうなると、先輩の労働はすごい過酷なものとなりそうで、私は断った。そのことには

先輩は気付いているのだろうか。だけど、その後の先輩の台詞で、私の言いたいことが

伝わったのかが疑わしく思えた。

 

「ちぇ~・・・。・・・! じゃあ他のことで手伝ってあげる」

「言っておきますけど、万が一にもウチのクラスを特別扱いはしないでくださいね。

宣伝とか呼び込みとか」

 

「うぐぅ・・・」

「私はフェアでいきたいんです。もし、そんなことしたら先輩のこと軽蔑しますから」

 

 ちょっと手厳しいことを言った気がするが、そのくらい言わないと先輩みたいな人は

わかってくれないだろう。多分、彩菜くらいしつこい。だからか、このくらいきつく

言っても先輩は平気なんだと、思い込んでいた。

 

「あっ・・・ごめん。じゃあ、がんばってね」

「はい」

 

 私の傍から離れて周囲の生徒にいつものような感じで声をかけて黄色い声が上がって

いる中、先輩は徐々に遠ざかり去っていった。気のせいか、どこか背中を見たら寂しそう

に感じた。もしかしたら、私は喋る言葉を間違えてしまっただろうか。妙に先輩の去り際

が気になって仕方なかった。

 

 

 ようやく仕上げの段階まで入る。責任者代表で私と倉持さん。瀬南がコンビニに行って

はコピーをして枚数を揃えているうちに車の中がいっぱいになったりして先生も苦笑を

していた。それでもようやく、綴じる所まで来て、私は単純な手順を更にわかりやすく

生徒たちに伝えた。その時には既にみんなのモチベーションとテンションは最大級と

なっていて、動きがかなりよくなっていた。こうなればもう放っておいても大丈夫な

気がした。

 ついでに、翌日までの一日分の居残り許可もいただいた。残りの追い込みとしては

最高の状況である。

 私もその作業に加わろうとした前に出た瞬間、急に眩暈を起こして方向感覚がおかしく

なって、地に膝をつけて床に手をついた。静かに、みんなの邪魔にならないように

したかったが、私は自分の体に早く治れと念じたが一向に眩暈が治まる気配がない。

 

「雪乃・・・!?」

 

 あぁ、どこかで聞いたことのある声。そうか、瀬南か。駆け寄る音が聞こえるが

姿は確認できない。私は顔を上げることすらできずにいるから。体が重くなってきた。

いつもそうだ。やる気はあるのに、いつもより体に負荷をかけるとすぐ壊れてしまう。

 私は自分の体が恨めしく思えた。いつも外から眺めることしかできない自分が嫌い

だった。でも、私を必要としてくれる人が少しでもいれば、私の存在もまんざら悪くは

ないと思える。だから、この状況だって仕方ないと思えた。それにクラスの皆にも

最後の最後で責任を取れなくてすまないと。それより、何より。

 

 終わった瞬間を一緒に喜べないことが何より辛かった・・・。

 

「・・・」

「澤田さん・・・?」

 

 私は目を覚ました時に声をかけてくれたのは倉持さんだった。でも、あまり顔を

見られない。私は悔しくて腕を目元に当てていたから。匂いでわかった、ここは

保健室だ。いつも、どんなときにも私には欠かせない場所。

 

「澤田さん」

「ごめん、最後の方で迷惑かけちゃって」

 

 少し落ち着いてきて、腕をどかすとまだ少し目の前が滲んでいた。これは眩暈のせい

ではない。情けないと思えた私自身の涙。でも、気付かれるほどではないだろう。

上半身を起こして時計を見ると、もう日が変わりそうになる時間だ。

 

「このこと・・・先輩には」

「最初、報告しようとして顔を出したんだけど途中で先輩に止められて私が行くように

指示されたのだけど。何かあった・・・?」

「あぁ・・・やっぱり」

 

 先輩は気にしていたのだろうか。私が何気なく言った言葉に傷ついたのかもしれない。

思えば、彩菜が気にしないのも私のことをよく知っていたからに違いないのを、あたかも

先輩もそうだろうと決め付けていた。どうして私はこう、やること為すこと大事なものに

関しては考えが甘くなるのだろう。

 

「美沙先輩だったら貴女が倒れたって聞いたらすぐ飛んでいくと思ったんだけど」

「ん、私も少しは言葉が過ぎたから・・・謝らないと」

「ダメ」

「えっ・・・」

 

 体を起こそうとする私に、倉持さんは笑顔で私の動きを止めた。

 

「まだ早い。以前も貧血とかで運ばれた子の世話したことあってね。もうしばらくは

安静にしていなさい」

「でも、準備とか・・・」

 

「もうほとんど終わってるわ。澤田さんが運ばれてからみんなの士気が上がってすごい

勢いよ」

「え・・・」

 

「特に無気力な生徒達ではなかったけれど、すごいわね、澤田さんは」

「別に私は何も・・・」

 

 言う途中、少し垂れた髪を手で救い上げる仕草が可愛かった。その表情には悔しさと

嬉しさが入り混じった不思議な顔をしていた。

 

「今まで仏頂面だった貴女のがんばっている姿や楽しそうに大変なことをやっている姿を

見て、みんなもそのやる気に釣られているのよ。この短期間でみんなをまとめるなんて、

すごいわ」

「倉持さん・・・」

 

「本当に生徒会に入る気はないのかしら。すごく、素質がありそうだけど」

「悪いけど・・・」

 

「そう、残念ね」

 

 残念そうに呟くが私を覗き込む目がどこか安堵したような感情が見えた。私も本当に

入る気がないからそう答えた。もし、そういう素質があったとしてもやる気がない人が

するものではない。私に欠けている気持ちが倉持さんには宿っている。

 

「倉持さんだって、そういう気持ちにさせてくれる何かを私は感じるよ」

「随分、抽象的に励ましてくれるのね」

 

 倉持さんが苦笑しているのを見て私も我ながらハンパな表現をしたと思え苦笑する。

 

「ごめん。何となく感じただけだから」

「ふふっ、貴女に言われると本当にそうかもって思えるから不思議だわ」

 

 すると、倉持さんは隣に腰をかけていた椅子から立ち上がって私に視線を合わせてから

まぶしいほどのステキな笑顔を浮かべて呟いた。

 

「残り、手伝ってくるわ。澤田さんはもう少し休んでいないと、怒るわよ?」

「わかりました・・・」

 

 釘を刺されたからにはジッとしていなければいけない。私の返事を聞いて満足げに部屋

を出て行った倉持さん。私は少しでも早く治るように目を瞑って体を休める。あぁ、

そうだ。なんだか以前にも同じように叱られたような気がする。それで、休んでいいんだ。

 と、心のどこかでホッとしたのを覚えている。その時と今は同じような気持ちでいた。

思い出した。あれは、小学校低学年の時にお母さんに言われたんだ。

 意識がぼやっとしている中、倉持さんの中にお母さんに似た母性を感じ取れていた。

久しぶりに感じた言葉の温もりに私は安心しきったのか、少しの間ウトウトと、夢の中に

吸い込まれてしまった。

 

 

 結局、あの後起きた私が教室に駆けつけた所、もう準備が終わって道具の片付けが

終わった後だった。何か肝心な部分を味わえない私は軽くションボリしながら中へ

入るとクラスメイトから心配そうな言葉とお疲れ様の言葉をくれる。

逆にそれは私が貴女たちにかけたい言葉だ。でもありがたいことに、私の理想に

近い仕上がりになっていたのは素直に嬉しかった。途中で抜けてしまったことや

指示するという約束を破ってしまったことを謝った。だが、そのことに関しては

みんなはそんなに大変ではなかったという。

 

「羽上さんが、澤田さんと同じように指示してくれたからね」

「瀬南が・・・?」

 

 私は視線を言われた彼女に向けると瀬南はテレ臭そうに私から視線を逸らして

口笛を吹いていた。そんなマンガみたいな表現はあまりに苦しすぎる。

 

「ありがとう、瀬南」

「まぁ、私は耳良いから一度聞いたもんなら、覚えとるよ」

「なんて天才的な記憶力」

 

 ごちゃごちゃしていて雑音がまみれている中でさらっと言ったことをよくぞ聞き取った

上で覚えていた。彼女もおそらく経験がないはずなのに。

 

「残りの作業は手伝わせてね」

『ダメ』

「!?」

 

 みんなでハモって答えることに驚いていると、近くにいた倉持さんが悪戯して

楽しんでいる子供のように無邪気に微笑みながら戸惑う私に言葉をかける。

 

「澤田さんは疲れているみんなの差し入れを一度、食堂近くの購買で買ってきてくれる?」

「あっ、うん」

 

 乗り気でいた私の気持ちを見事に粉砕してくれたが、確かに一見して疲れているように

見えるみんなのために、何か用意しておいたほうが良さそうだ。私は必要経費といわれ

渡されたお金を持って瀬南にかけてもらったコートを着て購買へと向かった。廊下に灯る

電気がなければ真っ暗な時間帯。私はその光る道を辿って先へと進むとやがて食堂の

プレートを見つける。

電気のおかげで昼間と変わらないはずなのに漂う空気が全く異質に感じた。

中へ入ると私に労いの言葉をかけてくれる、購買のおばさんと・・・美沙先輩の姿が

あった。先輩も私が来ることを知らなかったのか同じように驚いた顔をしていた。

 

「先輩、どうしたんですか?」

「あ、ああ・・・。楓に呼ばれてね、待ってた」

「そう・・・ですか」

 

 倉持さんが何かを企んでいることはわかった。そして、それは残り短い時間を私のため

に用意してくれたことも、先輩の持っている袋と、私が何かを言う前に渡された袋を見て

わかった。少しぎくしゃくしていた、先輩は私に向かって微笑んでくれる。

 途中、生徒会室前で柊さんが待ってましたと言わんばかりに走るような動きで待って

いた。私達が袋を持っているのを見ると柊さんは。

 

「ちょうどいいや。私、それらを先輩と澤田さんとこに届けたい気分だったんですよ」

 

 と、少々無理のある言葉を出しながら彼女なりの気遣いを尊重して私と先輩は差し入れ

の袋を柊さんに託した。柊さんは小刻みに足を動かしながら、見た目とは裏腹にすごい

勢いで私達の目の前から去っていった。その後。

 

「ちょっとオススメの場所があってね。来てくれる?」

「はい」

 

 先輩に連れられて階段を上っていく。その先はいつも何かあると気分転換に立ち寄る

屋上への道だっていうことは途中で気がついた。先輩は屋上に繋がる扉を開くと

冷たい風が一瞬私達を襲う。だが、コートを着用している私達は寒さを感じることは

なかった。

 手を引かれて向かう場所は下は町並みの灯りがまるで星のように綺麗で空はそれ以上に

輝く、まるで宝石が散りばめられたような輝きを見せていた。辺りは真っ暗な闇の中で

小さく輝くそれらの光はか細くも強さを感じさせる。

 

「先ほどはすみませんでした。せっかくの言葉に」

「いや、あれは確かにその通りだよ。言われても仕方ない。私としても初めての気持ちに

戸惑っている所だったんだ。普段はああ言われても気にしない性格だったんだけど」

 

 少し目が慣れて近くがうっすらと見えた所で隣にいた先輩の横顔を見つめた。すると、

少し表情がしかめていて複雑そうな顔をしていた。

 

「私は普通に人と接する時は何を言われても平気だった。だけど、ある条件が揃った

人にきついこと言われると自分でも驚くほどへこむんだ」

「条件・・・?」

 

「・・・好きになった人に・・・だよ」

「・・・」

 

 少しの間沈黙を作り、私は空を仰いで星を見つめていた。そして考えていた、これまで

先輩にも支えられていたことを。隣にいるその人が普段見せないような姿を私にだけ

見せてくれている。

 

「繊細なんですね・・・先輩は」

「あはは、そうかもね・・・」

 

 驚くほど小さく見える先輩の姿。実際の大きさは変わらないのに気持ちが萎縮している

だけでここまで印象が変わるものなのか。それを見て、私は反省した。やはり雰囲気が

似ていても彩菜とは違う人間なのだ。不謹慎だが、そんな先輩を見ていて少し、愛しく

感じた。真っ暗な中の夢の中にいるような妙な感覚のせいか、私はほぼ意識しない状況で

先輩に声をかけていた。

 

「先輩、私の方を見てください」

「え・・・?」

 

 私の言葉に反射的に首を動かす先輩。その後、お互いに妙な空気が流れる前にすかさず

私は動いていた。私の顔が先輩の顔に、唇が唇に・・・重なる・・・。まるでその瞬間は

時が止まったように無音が訪れた。いや、実際には無音ではなかったのかもしれない。

 その時の私たちはその行動の予想範囲の外で頭が混乱していて周囲の音が

聞こえなかったのかもしれない。しかし、その一瞬の感覚がひどく熱く、胸がうるさい

ほど鳴り響いていた。一瞬がまるで何時間のような長さに感じるほどの錯覚。

 唇を離した私は一歩、二歩、先輩から離れる。

 

「えっ・・・これって・・・」

「あっ・・・お、お詫びです!今までの非礼の・・・。し、失礼します・・・!」

 

 私が駆けて去ろうとしたが、先輩の手が私の腕を強く掴んで引きとめた後、今度は

引かれて先輩の胸に抱き寄せられる。冷たい空気の中で確かな暖かさを私は感じていた。

こういうこと、嫌いなはずなのに、先輩に包まれている自体は、平気ではないけど。

 嫌ではなかった。その私を抱き留めている手がすごく優しく力を入れてくれたから。

 

「いかないで・・・」

「・・・ごめんなさい」

 

 先輩の寂しがる言葉に私は否定の言葉をかけた。それは、先輩に対する否定ではない。

この状況は心地よかったけど、まだ私達にはやらなければいけないことがあるから。

 

「先輩、私達はまだやることが沢山残っています」

「・・・そうだね」

 

 すると、同じように優しく手から力を抜いて私を解放してくれた。今度は私は逃げる

ことはなく、先輩に手を差し伸べて、手を繋ぎながら屋上から屋内に戻り、歩き始める。

途中で先輩と別れ、私も自分の教室に戻る途中、深くもない、ただ触れただけのキスとは

呼べない代物だったが、触れたそこがすごく熱く感じてドキドキしていた。

 今まで味わったどれとも異なる感情に浸りながら私はどんな顔をして戻るかを

考えながらゆっくりと歩いて戻っていった。

 

 

 

 どんなイベントも準備中が一番長く感じるものだ。あんなに忙しかった準備も、いざ

本番が始まると、文字通りあっという間に終わってしまった。ここの学園祭は2日間も

あったはずなのだが、どういうことなのだろうか。

 終わったあと、全校全員揃っての後夜祭が始まった。いらなくなった燃えるモノたちを

燃やしながら、皆思い思いの行動をとっている。私はこの2日間で学園祭に訪れた家族や

知り合いに会って少し恥ずかしいながらも、きちんと予定通りの動きをしてイベント自体

何も問題はなく終わらせることができた。私のクラスのミニ即売会も割と好評でお客用の

本も思ったより早く完売した。本が出来上がって、更に全て売れた時のみんなの表情の

興奮と明るさはとても良いものだった。

 ようやく全ての肩の荷が下りた私も気が抜けて人が少ない場所の学園の建物に背を

預けて、途中で購入したコーンポタージュで手を温めながら一息ついた。

 

「お疲れ・・・」

 

 自分に言い聞かせたつもりで呟いた言葉にわずかに反応があった。声がした方向へ

顔を向けるとそこには、同じように少しくたびれた顔をして笑っている先輩の姿。

 

「お疲れさん」

 

 先輩の手には何もなく、少し寒そうにしていたから、半分くらいまで飲んでいた

ソレを先輩に向けて呟いた。

 

「飲みます?」

 

 すると、いつもの調子に戻ったかのように先輩は両手を挙げてまるで子供のように

ふざけるような喋り方で大袈裟に喜んでいた。

 

「わーい、ゆきのんの呑みかけの飲み物~!間接キスげっちゅー!」

「やっぱり気が変わりました」

「ええぇ・・・!?」

 

 あの一件があって、少し先輩と顔が合わせ辛かったからどうしようかと思っていた私が

アホらしかった。頭を何度も下げる、情けない姿をした先輩に私の笑いのツボのどこかに

ハマったらしく、思わず吹きそうになってしまった。

 悲しげにしている先輩に私は一度は引っ込めたコーンポタージュを先輩の手に握らせた。

その際に、少し手と手が触れたがあの時のドキドキ感は感じられなかった。

 

「ほらっ、あげますよ」

「あ、ありがとう」

 

 その手があまりにも冷えていたから、私は缶を両手で持った先輩の手を包むように

暖めた。先ほど、買ってからずっと暖めていた手だから少しは暖かくなるだろうと

思ってしたことだ。少し温まったかと思ったらすぐに手を離した。ずっと握っていては

渡したモノを飲むことができないだろうし。

 

「何か嬉しいな」

「・・・そんなに間接キスが嬉しいんですか・・・?」

 

 私は呆れた声で先輩を見ると、先輩は首を横に振ってそのことを否定した。

 

「雪乃ちゃんとこうやって二人でいられることが」

 

 さらっとかっこよく言うものだから、驚いて声が出せなくなってしまったではないか。

ポーズは少しかっこ悪いが。だけど、言われた方としては結構嬉しく感じるものだ。

 

「そうですか、よかったですね」

「あーん、あっさり返されたー」

 

 途端にかっこ悪くなった気がした。だけど、今は私と先輩のこの微妙に間がある距離感

がたまらなく居心地がいい。これ以上近くても、これ以上遠くても、なんだか嫌なのだ。

先輩の笑う顔が、声が、仕草が、疲れた私の気持ちが少しずつ和らげてくれるのがわかる。

先輩もこの間のことで、私のと間を少し空けているのを感じた。だから先輩も同じ気持ち

なんだと、そう思えた。

 周囲からにぎやかに声が聞こえてきた。何か学生同士での軽いイベントでも始まった

のだろうか、それでも二人は動かない。この特別で短い時間を二人は互いの存在を

確認できるだけで嬉しいのだ。それ以上のものは今はいらなかった。

 

 それから、季節が巡っても特にドタバタや問題が起こることはほとんど無くなり、

平和で特別楽しいこともなく時間が経過していく。だが何も収穫がないわけでもない。

クラスの人とは日に日に仲良くなるし、ルームメイトでもある瀬南とも意思の疎通が

更に簡単に通るようにもなった。今度、冬休みの際には夏に行けなかった彼女も連れて

いってあげよう。そのことで瀬南を誘ったら、良い餌を加える魚の如く飛びついて

喜んでいた。

 その些細なやりとりも大切な一瞬に感じるようになった。雪が降り、瀬南を迎えた

家族達は夏の時のように慌しく、楽しい一時、冷たい季節に暖かい空気に満ちる。

枯れた細い木々にも白い化粧がなされ、それぞれ、好きなことをして遊ぶ風景が

ひどく懐かしい。それに、一人、二人と新しい顔が増えても何も変わらない。

 私は笑いながら、みんなも笑いながら予定していた日々は過ぎ去っていった。

過ぎ去り、別れ、また再会する。そして、再びそれぞれの生活に戻っていく。

 

そうして、慣れていった日常は早く流れるように感じて、時は流れる――――

 


 
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