三十一、「いまりとめろんじゅーちゅ」
プリキュアショーを見終わると、私といまりちゃんはジャスコの三階にあるレストランに入った。可愛い子供と来たときくらい、ちょっと良い物を食べなくちゃいけない、そう思って中に入ったのだが、意外にも、いまりちゃんが頼んだのはもろきゅうと、サイドメニューもサイドメニュー、大人のおつまみの様な食べ物だった。
よくよく考えてみると彼女は河童だった、レストランに連れて行っても、やっぱりその本能には逆らえないのだろう。てっきりこのくらいの歳の女の子だ、パフェとかケーキとかそういうのを頼むかなと思っていたのだけれども、これはやられた。
「あのねー、おーかねーちゃん、あのねー、このもろきゅーはねー、こうやってね、おみそをつけてたべるんだよー。これはね、もろみみそっていってね、しょうゆとおみそのちゅうかんみたいなたべものなんだよ。ちゅうかんだよ、わかる、わからない?」
「中間ね、中間。ふぅん、そういう食べ物なんだ。いまりちゃんは物知りだね」
えへへとはにかんできゅうりを食べるいまりちゃん。褒められて嬉しいのだろう、なんて可愛らしいことだろうか。更に頭を撫でてあげると、彼女はむず痒そうに笑う。
「あのねあのね。きょうはおーかねーちゃんがきてくれて、ほんとにほんとにありがとうございますなんだよ。いまりね、かーちゃんがいっしょにいってくれなくて、おにーちゃんがあっちゃんとやくそくしてたから、どうしようっておもったんだ。せっかくプリキュアやってるのにって。だってね、とってもとってもみたかったの。だからね、ありがとうございます。おーかねーちゃん。ごはんまでごちそうになって。いまり、もうてんにものぼるきぶんだわ」
「どういたしましてよ。私も、いまりちゃんとこうして、一緒に休日を過ごせて楽しいわ。パチンコや競馬を見に行くよりも、よっぽどね」
半分ほど減ったブラックコーヒーに、銀のスプーンを突っ込んでかき回す。もちろん意味なんてない、大人の照れ隠しという奴だわ。
先程、プリキュアショーを見ていた時も感じたが、こういう風に年相応の女性らしい日常を過ごすことをできるのは、全ていまりちゃんが居てくれるおかげだ。
良い出会いに恵まれず、女の喜びの半分も、女の苦しみの半分も、未だに知らない私に、いまりちゃんはそれを教えてくれる。それは嬉しくもあり、時々、鬱陶しくもあるのだけれども、総じて考えた時に、あぁ、この娘が居てくれてよかったという所に落ち着いてしまうのだ。
本当、いまりちゃんがうちのアパートに来てくれてよかった。
「いまりちゃん、コップが空だけど、次は何が飲みたい? コーラ? オレンジ?」
めろんじゅーちゅと叫んだいまりちゃんが可愛くて、私はまた彼女を撫でた。
三十二、「あかりとかーちゃん」
「あー、きゅーりおいしいなぁ。おーかねーちゃんはふとっぱらだなぁ。ふとっぱらっていうとおこるけど、ふとっぱらだなぁ。いまり、こんなにいっぱいきゅうりとかたべたことないや。おにーちゃん、いつも、きゅうりはいちにちいっぽんまでとか、そんなけちなこというから。ほんと、おにいちゃんはけちだ。すこしはおーかおねーちゃんをみならうべきだよ。どうしてあんなにおにいちゃんてばだめにんげんさんなんだろう」
秀介が居ないのを良い事に好き勝手な事を言ういまり。日ごろ彼女のお兄ちゃんが彼女のきゅうり欲にどれだけ悩まされているか、そんな中で、その我儘を受け入れて、決して安くないきゅうりを一日一本与えているのか、彼女はよく分かっていない。
この年頃の女の子にそんなことを分かれというのが無理だというのももっともだ。何も知らない子供の残酷さ故に言えることなのだろう。
皿いっぱいにあったきゅうりを食べつくしたいまりは、けふぅと息を吐いた。ふとかかってきた電話の応対で、桜花は先程から席を外していた。席を外す前に持ってきてくれた、真緑のメロンジュースを手に取ると、いまりはストローを口につけ、ずずりとすすった。
「あー、めろんじゅーちゅ、おいしいなぁ。こんなおいしいのが、きゅーりからできるなんてなぁ。いったい、だれがかんがえついたんだろうなぁ」
スイカバーとメロンバーの関係性から、いまりの頭の中で、メロンはスイカの一種となっていた。そして、西瓜は瓜、瓜は胡瓜の仲間という括りで、彼女の中ではメロンもきゅうりと同義という位置づけになっていた。
まぁ、あながち間違った解釈ではないのだけれども、この真緑のはじける液体がきゅうりのしぼり汁だと信じられるのは、やはり純粋さがなせるわざだろう。
「きょうはプリキュアショーもみれたし、いまり、ひゃくてんまんてんのいちにちだったなぁ。えにっきかいたらはなまるさんだなぁ。えへへ、いまり、いえにかえったらおにいちゃんいじまんしよう。きょうはこれなかったけど、かーちゃんにもじまんしよ」
にやつくいまり。そんな彼女の座っている椅子が突然揺れた。持っていたコップからジュースが毀れ、いまりの手が水浸しになる。
「かえでっ、かえでっ!! ほらっ、こっちの席が空いてるよ、はやくはやく!!」
「おちついて、あかりちゃん。プリキュアショーがみれてうれしいのはわかるけれど、そんなにはしゃいでたらころんじゃうわよ」
あっけにとられた顔で濡れた手を見つめているいまり。彼女の背中を押した子供と、その親が隣に座ったことで我に返った彼女は、なにするの、と怒鳴ろうとして、不意にそれを止めた。というのも、その隣に座ったのは、彼女のよく知る人物だったからだ。
三十三、「いまりとあかりのかーちゃん」
「かーちゃん!? あれ、なんで、どうしてかーちゃんがここにいるの!?」
いまりが座る席の隣に座った二人組。その背の高い方、大人の方の女は、彼女が仲良くしている友達、そして本来ならば今日一緒に来るはずだった女性、六崎楓だった。
驚きを隠せないいまり。それもそのはず、隣の席に座っている楓は用事があるといまりとのプリキュアショー行きを拒否したのだ。それが、どういう訳か自分の隣に座っている、加えて、プリキュアショーを見て、あまつさえ、知らない女の子と親しげに喋っているのだから、彼女は混乱せずにはいられなかった。
いまりの呼びかけにまったく気づかないという感じの六崎楓。前に座る、足下まである黒く長い髪をした少女と、彼女は楽しそうにメニューを選んでいる。
子供らしく、聞いてるのかーちゃんと、いまりは力いっぱい、レストランに響きわたるくらいの大声で叫んだ。
しかし、それでも六崎楓はいまりの事を見ようともしなかった。そう、微動だにせず に、彼女は目の前に座る少女を見つめていたのだ。いまりと同じく、黒い着物がよく似合う、白い肌をした少女の事を。
「あかりちゃん、せっかくのお出かけだからね、きょうはなんでも、すきなもの食べていいからね」
「本当? それじゃあね、わたし、このくろみつたっぷりあんみつパフェがいいわ。それでね、それでね、かえではね、このいちごたっぷりすとろべりーぱふぇにしない。ふたりでわけっこしようよ、ねぇ、いいでしょう、かえで」
「そうね、それはすてきなていあんだわ、ぜひそうしましょうか」
「なんで? どうしてかーちゃん、いまりのことしらないふりするの。かーちゃん、いまりのことわすれちゃったの? きらいきらいに、なっちゃったの?」
くすり、と、楓の前の座っている少女が笑った。それに気づいていまりが視線を楓から彼女の方に逸らす。見た瞬間に、いまりは違和感を覚えた。見たことはない、初めて合う相手のはずなのに、何故だろう、親近感を感じてしまうのは。
黒髪の彼女がゆっくりといまりの方に視線を向けた。赤い目。こうこうと宵闇に輝く赤い明星を髣髴とさせるそれを見た瞬間、いまりの中で、一つの答えが出た。
「くらら、ちゃん?」
「ふふふっ、ピンポンピンポーン、大正解ぃ!! そりゃそうよねぇ、ここまでしてあげて気づかないっていうのなら、本当の本当にお馬鹿さんだわ、馬鹿いまりっ」
かーちゃんに何したの、と、手を前に突出し水鉄砲の構えを取るいまり。しかし、彼女とくららの前に歩み出たのは、その守ろうとした相手、楓であった。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
河童幼女と暮らすほのぼの小説。短編なので気軽に読んでください。
pixivで連載していた前作「河童いまりと頭の皿」はこちら。⇒ http://www.pixiv.net/series.php?id=31613