No.351260

放課後の雨を見ながら。 (後編)

高校生、明里のほんのりとした恋愛模様。平沢くんへの好意が、自分でもはっきりしない明里。平沢くんを好きらしい、ギャルの田中さんの行動に後押しされるように、一歩踏み出す勇気をだします。

2011-12-23 13:44:28 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:334   閲覧ユーザー数:333

4「ホームで」

 

明里達は話し込んでバスを逃したので、瑞希ちゃんと一緒に駅までの道を歩いていた。だいぶ遅く、曇っているので薄暗くなってきた。

信号を待っていると、柳と平沢くんが後ろを歩いてくるのが見えた。

 

「平沢くんだ」瑞希ちゃんが言う。振り返っていると。柳が手を振る。平沢くんもこっちを見ている。

「柳、じゃまだけどぉ。平沢くん、田中さんと何話してたか気になるから、待とうよ明里ちゃん」明里はしかたないって顔をした。

 

「よーー青山。なんだ、今日は見に来てくれなかったのーさびしいぞー」

「ごめんー。バトミントンあるから…」

「おれより、クラブが大事?」

「あたりまえでーす。大会にでもでたら考えるよ」

「つめてーー」体をゆすり柳は大きくリアクションする。明里はだまってる。

 

「よす」平沢くんがいった。いつもの顔付だ。

「うん」明里は答えたが、それ以上言葉がでない。

「疲れた?」

「でもないけど。ああ、油をやったよ。試しだけど…」

「油彩ってやつ?」

「うん」

 

瑞希ちゃんが笑顔で、「平沢くん、短距離ですか?」と聞いた。

「そうだよ」

「でもー平沢くんはやる気ないですー」柳が言う。

平沢くんは迷惑そうな顔をした。

「やるきないんですか?」瑞希ちゃんが不思議そうに聞く。

「そうでもない」

「だったら、毎日でてこいよーーなんて…」柳がそう言うと。平沢くんはますます迷惑そうな顔付だ。柳はちょっとだまる。

 

瑞希ちゃんは、田中さんの話題に持っていきたそうだが、どうもチャンスをつかみかねている。

「平沢くんって、どんな人がタイプなんですか?」

瑞希ちゃんは、どストレートに話題をふった。

 

「ふうん…」平沢くんは空を見た。歩きながらみんな少し黙るが、そのまま言葉は続かず足音だけが響く。歩道が狭くなってきたので自然と2人づつになってしまった。瑞希ちゃんは困っている。

「どうなんだよ平沢ー」柳がじれて言った。

 

「浮かばないな」

「こういうやつなんだよー。いつもそうなんだぜ。青山ー、お前はどうなんだ?」

「かっこ良いタイプなら。マッチョでも、細身でも何でも来いだね」

「ポリシーなさそうだなー。ええと織部さんあんたは?」

明里はそう言われてとまどった。

 

「ううんー」と言って。そのままだ。

「おなじょかよー」

 

瑞希ちゃんはくすくす笑った。

「なんか、明里ちゃんと平沢くんって似てるねー」そう言った。

明里は困ったように笑った。普通に歩く平沢くんの背中が見えた。

 

駅に着いた。明里たちは、平沢くんと柳と階段で別れた。別のホームだ。

 

階段を下り、ふと見ると線路越しのホームに田中さんの姿が見えた。ベンチに座って携帯を広げている。平沢くん達が階段から降りて近くにきているが、気づいてないのか無視してるのか顔を上げない。

 

柳が準急に乗った。明里達の電車も来る。平沢くんがケータイを取り出して何かを見ている。

 

「3番線電車入りまーす。お下がり下さい。お下がり下さい!」自動音声の声を遮って、駅員のアナウンスが聞こえる。

 

入ってきて流れる車体の窓越しに、チラチラと途切れるように、いつの間にか立ち上がった田中さんが、平沢くんの方に歩いていく姿が見えた。

 

瑞希ちゃんは携帯でメールをうっていて気がついていない。プシュッとドアが開き、明里は荷物を抱え乗り込みながら、瑞希ちゃんに気づかれないように2人を捜した。さっきいた場所には2人ともいない。

なんとなく明里は焦る。

 

車両が動き出した。揺れる体をドアに押し付け支えながら、反対側のホームに目をやる。少しずつスピードが上がってくる。視線だけで2人をさがす。流れるホームの景色の中、平沢くんと田中さんが階段を上がっていくのがちらりと見えた。

 

明里はそっと目を床に落とした。

〈田中さんは跳ぼうとしている…。いや、もう跳んだのかな…〉明里はそう思った。

 

 

瑞希ちゃんの明るい声が遠くのように聞こえた。

 

 

5「田中さんの気持ち」

 

 

明里がクラブに移動しようとA 棟を歩いていると、前から田中さんが歩いてきた。

髪は金髪に近くて、胸元を大きくあけている。明里は表情を変えずにそのまま歩いていたが、田中さんは明里を見ると近づいてきて、目を合わせ少し笑った。

鼻にもピアスがある。

 

「ねえ、あんた。平沢の後ろの席の子?ちょっといい?」

 

「…そうだけど。なんですか?」なるべく自然に明里は答えた。

 

「ビビんなくていいよ。別に話をするだけだから。校庭でも会ったよね…」

田中さんは笑った。

そう言われても明里は身を固くした。さすがに緊張する。

 

「ふふふ。ほんとだから。ちょっとそっちに行こう…」

田中さんは開いている履修室に入った。

 

「ここでいいや。扉はあけておくから…心配ないよ。…ううんっ」一つ咳払いをする。

 

「ほんとは言いにくいんだけどさ…。言っておくと私の方がスッキリするから。わがままに言わせてもらっちゃうね。だまって聞いててくれればいいよ」

田中さんは壁に斜めに寄りかかると微笑む。

 

「あのさ、あたしさ、こう…言いにくいな。まあぶっちゃけ、平沢が好きだったわけよ。…でさ、あたしはこうじゃない。遊んでる感じに見られるけどさ。痛い目にも遭ってるし結構身持ちは固いんだ。あっちの男なんか家に入れたことなんてないんだよ。…でさ。わたしなりに平沢に気持ちを伝えたんだよ…」

 

田中さんは少し間を空けた。

 

「まあ素直じゃないね。こう言ったんだ。土日さ、あたしんとこ遊びにこないって…両親いないから。そんでさ、あたしを抱かないって」

 

明里は下を向いた。

 

「ま、ドストレートだね…。純情に好きって言えば良かったんだろうけど、キャラじゃないかもって…ふふ。大失敗。なんでって聞かれたよ。…なんでってはないでしょ、とは思ったけどさ。そこで初めて、好きだからってコクったわけね。」

 

少し自分の髪をいじってから田中さんは続ける。

 

「平沢はさ、それは出来ないな、っていうんだ。…悲しかったよ。やりたい盛りの男の子にさ、全部あげるって言ってんのにキョヒられたんだからね…。あたしを嫌いなんだなっ…て思った。こうさ、涙がうるうるって…」

田中さんはおどけたように首を振った。

 

「平沢は困ってたけど、関係ないじゃん。体が動かないんだからね。立ち去ることも出来ないんだから、ショックでさ。じっとそっぽをにらんでたら、平沢は、ちょっとオレ、今はフリーでいなくちゃなんないからって言い訳してんの。なんだそれっ、て思ったけど。気になる子がいるから、って言うんだよ。誰?って思ったけどさ…黙ってたら。顔付でわかったのか、後ろの席の子、って言って、平沢は行っちゃった…」

 

明里は戸惑った顔をした。

 

「どんなに美人かと思ったら…あ、ごめんね。いや、あんたはかわいいよ」

「かわいくないです」

「そう言わないでよ。私負けたんだから」

「勝ったとか負けたとかはおかしいよ…」

「そうだね。あんた、まじめだね。いいんだ、ま、何を言ってもあたしはこんなんだから…」

「田中さんは綺麗だよ。あたしなんかよりずっと」

「じゃ、なんで負けたの?」

明里は答えられない。

 

2人はしばらく沈黙していたが田中さんが口を切った。

 

「…勝った負けたじゃないか…。本当にそうだよね…。女のこんな考えがいけないのかな…」

 

明里は唇をかみながら、田中さんの首のあたりを見ている。

 

「ごめん。じゃましちゃったね。じゃね」田中さんは扉を出た。

「あっ」田中さんは振り返った。

「平沢なんか言ってきた?」

明里は首を振る。

 

「あんたはどう思うの?」

 

明里は下を向いたまま動けない。

 

「まあ、振ってくれると助かるけど…。いや。…もし好きなら。大事にしてくれるとうれしいかな…うん。本当に」

 

明里は泣きそうに目をつぶった。

 

「本当に好きだったんだよ」

 

寂しそうに笑いながら田中さんは言った。

明里はコクコクとうなずく。固くつぶった目から涙がにじみだす。

 

田中さんは微笑んだ。明里にそれは見えなかった。

 

田中さんが立ち去る音がする。田中さんは勇気を出して平沢くんに向かってジャンプした。

自分は逃げてばかりだ。明里は思った。

だけどどうすればいいか、今はわからない…。

 

頬に伝わる涙は凄く熱かった。

 

 

6「手を差しのべて」

 

「明里ちゃん大丈夫?」朝の電車の中、瑞希ちゃんはドアが開くとかけよって来て心配そうに言った。

 

「なにが?」

「だって、田中さんによびだされたって…」

「ええ?誰が言ったの」

「佐々木さんがメールで…今朝知って。びっくりして。なんか明里ちゃん泣いてたって…メールしようかと思ったんだけど…動揺しちゃって」

 

誰が見てたんだろう。明里は思った。

 

「大丈夫だよ。ぜんぜん。何でもないし」

「本当?」

「ウソついても仕方ないから」明里は笑う。

「でも、呼び出されたんでしょ」

「うん」

 

さて、どう言おう。

「ええと。平沢くんのことを…」

「平沢くん!」

「声大きいよ。瑞希ちゃん」明里は苦い顔をする。

「こめん。で、何か聞かれたの?」瑞希ちゃんは声を落とす。

「うん…」

 

本当とはちょっと違うけど、こちらの方が自然だろう。

 

「なにを?プロフィールとか?平沢くんプロフとかやってないし、ミクシーもモバゲーのもぜんぜん姿ないし。クラスのサイトで噂しかわかんないし…」

「どんだけ調べてんのよ」

明里は軽くあきれる。

「田中さんのことはわかるよ。なんかツイッターでマジ落ち込みしてるって…」

あーあネット社会だなって明里は思う。

「平沢くんのことでからまれたのかなって…」

外れてはいないが…。

 

「具体的なことなんか書いてあった?」それによって言い方が変わる。

「なにも…だからわかんないの。明里ちゃんのこともかいてないし…」

「かかれちゃ困るよ」

「それってどういう…」

 

しまった。

 

「いや、なんか嫌なだけ。本当になんでもなかったんだから」

 

田中さんは意外と口が堅い。それだけ平沢くんを好きだったのかもしれない。

 

「明里ちゃーん」瑞希ちゃんはじれったそうに言う。

 

「うん。平沢くんのこと聞かれてさ。えっとまあ2人っきりでちょっと怖かったから…少し涙目になってたかもしれないけど…田中さん、やさしかったし。それだけだよ。大丈夫」

「ああーよかった。明里ちゃんが、田中さんにナンカされたのかと思って…しんぱいだったよ」

瑞希ちゃんはなんだか体をくねくねさせる。

「安心してよ。田中さんいい人だったよ」

「平沢くんにアタックするのかな?」

「さあ…」

明里はとぼけた。ごめんねと、ちょっと思う。

 

それからは瑞希ちゃんは普通になって、電車に乗ってる間、いろんなうわさ話をした。明里も付き合い笑い声を立てたりしたので瑞希ちゃんはすっかり安心したようだ。

いくつか心配してる人にメールを打つっていっていた。サイトにも書き込むのかもしれない…。明里は、田中さんが何を聞いたかはナイショにしとかないとまずいよと釘を刺しておいた。

 

車窓から見える空は、雲が多いが日差しがさしていた。

 

 

「おはよ」

教室に入ると平沢くんはもう来ていた。今日はバッグに顔をつけていない。椅子の横に腰掛けて右を向き明里を見る。

「おはよ」明里も返す。

 

「なんか田中に会ったんだって?」

明里は急に緊張する。

「うん…」なるべく普通に答える。

「なんか言ってた?」窓に顔を向けながらだるそうに平沢くんは言う。

「えっと…だれに聞いたの」

「柳…」

 

瑞希ちゃんかな。明里は思った。黙っていると。平沢くんは天井を見て「ふう…あいつ」と言った。柳のことか田中さんのことかわからない。

 

明里は机にバッグをかけながら。

「田中さんいい人だったよ」と言ってみた。

「そうか…」

それだけ平沢くんは言うとちょっと首を傾けて苦笑いのようにも見える笑みを浮かべた。

「今日、1限なんだっけ?」平沢くんが言った。

「数学」

「あーーーやべ」

「どうしたの?」

「プリントやってない」

「写させてあげるよ」

「ありがたい」いつものように平沢くんは微笑んだ。明里がプリントを出すと平沢くんはペンケースを出しながら受け取り前を向いた。

 

はーと明里は心の中でため息をつく。

何でもなく楽にやっていたことがこんなにも力がいるなんて。いっそ全部話してしまおうか…いやそれは出来ない。明里は眉間にしわをつくる。

何かを決めなくては。

田中さんはそれを求めている。

〈でも〉

田中さんは跳んだ。明里は跳べない。

 

〈逃げてばかりいる〉そうは思うが…。

明里は泣きたくなった。

 

平沢くんは私を好きだ。田中さんの話が本当なら…。私は?

〈私は…〉答えたくない。ずっとこのままでいたい。このままで自然のままで。挨拶をして微笑んでつまらない会話をする。どうしてそれではいけないのか。

明里にはわからない。自分は子供なのかもしれない。平沢くんはどう思ってるんだろう。

 

何でもなく思っていた時が、すごく大切だったんだと明里は気づいた。

同時にすごく悲しくなった。失う怖さを明里はひしひしと感じた。

 

怖い。

そう思った。

 

平沢くんはプリントを返してきた。明里は微笑み返す。

 

どうすればいいか明里にはわからない。

 

田中さんに比べれば明里は平沢くんに近い。

毎日顔を会わせる。毎日会話する。

危険なジャンプをする必要はない。手を差し伸べればいい。

でも、それでも…それは明里にとって怖いことだ。

凄く怖い。

 

いつものことがいつものことでなくなってしまう。

明里はそれが怖い。

気持ちのよかったあの微笑みが、不安の種になることが。平沢くんの全部が欲しくなる、そんな自分が怪物のように怖い…。

 

時計の秒針が動いている。先生が来た。

 

 

 

放課後になった。

教室はざわめき、クラブに行く人や帰る人が荷物を片付けたり、いい加減に掃除をしたりしていた。平沢くんはなんとなく窓の外を見ている。

 

明里も教室の端に立ち、ぼんやりと外を見る。

雲は空一面を覆っていて、開け放たれた窓からは湿気って雨の匂いのする風が急に吹いてきた。

「雨になるな」平沢くんがそうつぶやいた。

人はどんどん減っていって、明里達以外は2~3人だけになった。

 

「クラブいかないの」平沢くんが自分の机に座りながら言った。

「今日はないんだよ。平沢くんは?」

「オレはフケ。室内練習つまんないから」

「不真面目だね」

「ふ、ごめん。行った方がいい?」

「さあ」

 

平沢くんはにっこり笑った。

 

雨が降り出した。残った生徒も教室を出て行った。いるのは明里達だけだ。

明里は窓を閉めるために立ち上がった。

 

平沢くんは前の席でバッグに顔をつけている。斜めに顔が見える。

 

明里は窓を閉めた後じっと平沢くんを見ていたが、立ったままゆっくり握手のように手を差し伸ばした。そのまま動かない。

 

平沢くんはしばらく気がつかなかったが、ふと顔を上げると軽く目をみひらいた。

 

さーと雨の音が響いてきた。教室には誰もいない。

明里は動かない。

平沢くんはちょっと指で額をかいた。

「握手かな?」

明里の目から涙があふれてきた。

「どうして泣くの」平沢くんは聞いた。

 

明里は微かな声で。

「知ってるの田中さんに聞いたから。だから私…これが私の答えだよ。わたしも平沢くんが気になってる…。でもね。あたしこわいの。今までがくずれちゃうのが…こわいの…」といった。涙がぽろぽろこぼれる。

 

平沢くんは明里を見上げていたが。

 

 

「大丈夫だよ」といって明里の手をそっと握った。

「今までのままで進んでいけばいいよ…。こんな形は不本意だったけどよろしく」

そう言って平沢くんは微笑むとぎゅっと握った後、軽く手を振り、そっと手を離した。温かい手だった。

 

平沢くんはもとの形にもどるといつもの微笑みを浮かべて外を見た。

横顔も変わらない。校庭には水が浮いてきた。

 

「傘持ってる?」平沢くんが聞いた。

明里は涙を拭きながらだまって折りたたみを出した。平沢くんは笑って。

 

「相合い傘は、俺たちらしくないだろな…」そう言って笑うとバッグから傘の柄をちょっと出す。明里は吐息のような笑みをもらした。

 

「もう少し雨見ていく?」平沢くんは前髪を少しあげながら言った。

 

「…そうだね。雨見るの好きだよ」

明里は自分の椅子に座りながら言う。

 

「おれも…」

そう言って笑うと平沢くんはもう一度バッグの上に顎をのせた。

 

 

 

雨の音は高くなってきた。窓は雨粒で濡れ、筋がいくつも流れていった。

 

2人はしばらく黙ってそれを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

                

                 『放課後の雨を見ながら』おわり

 

 


 
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