No.350773

EX’S-exceed excessive execution exit- episode1 雨

(壊)さん

3つの人種が戦争を繰り返す時代。
「戦争」を舞台背景に、数多の想いと思惑が交差する物語。

※この作品はそこそこに厨二要素を含んでおります。
※タイトルに意味はありません。ケータイの英和辞典見て、目に付いた単語を並べただけです。

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2011-12-22 10:12:54 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:402   閲覧ユーザー数:394

 

EX'S-イクス-episode1 雨 1

 

 繰り返される歴史。

 時代が変わっても、何処へ行っても無くならない戦争。

 人が変わっても、文化が変わっても変わらなかった未来。

 人が違って、想いがすれ違っておきた悲劇。

 いまだ涙が枯れることはなく、涙の雨が世界を濡らしつづけている。

 

 

 

 見渡せば赤。

 形を失っていく建物だったもの。

 それらの赤に囲まれた交差点。

 足元をみれば夥しい量の血。

 雨が降って水たまりが出来るように、道路は赤い液体で真っ赤に染まっていた。

 煌々と燃え盛る炎に囲まれ、交差点の中心に立つ小柄な少女の白い肌を汗が伝っていく。

 少女の印象は白。

 綺麗過ぎるほどに白い肌、輝きすら見えそうな艶のある金色の髪、その下にはエメラルドのような瞳が覗き、幼い容姿ながら、この少女を“美しい”と評するに疑いの余地など無い。

 時と場所、服やこの状況がもっと違うものであったなら、老若男女に関わらず絶句するほどであるかもしれない少女。だというのに、少女は自らの意思でこの時、この場所、その衣装で、しかし望まぬこの状況に置かれていた。

 白い衣装は自らの血や返り血で紅く染まり、白い柔肌にもいくつのも傷が付けられている。

 肩で息をつき、血と汗が肌を伝う。すでに重傷といっていい身体をそれでも立たせ、握った“ソレ”を構えなおす。切っ先がアスファルトを擦る音は、周囲の建物がただの瓦礫になっていく様の中でも、交差点に強く重く響いた。

 “ソレ”は剣。少女の小柄な身体に似つかわしくない巨大な刃と、それと同等近い長さの柄を持つ大剣だ。

 黄金の柄と鍔、鍔の中心で輝く白銀の十字。ミスマッチな巨大さとは裏腹に、この少女以外に持つことを許されないような輝きを放つ大剣。

 そんな剣を、少女の細腕では想像できないほど軽々しく持ち上げ、見据える正面に構える様子は、疲れが見えつつも自然な動きであったが故に、むしろ不自然に見える。

 満身創痍の少女の様子を見ながら、相対している男は心から愉快そうに嗤っている。といっても、男の表情は暗い色のバイザーのせいで口元でしか判別できないし、幾人ものヒトの壁でそれすらよく見えない少女にとっては、印象としてそう感じる、という程度だが。

 隔てるヒトの壁は赤。

 それぞれに血を流し、致命傷をものともしない様子で立ちはだかる死者の壁。

 男の魔術か、それとも別の敵がどこかに潜んでいるのか、兎にも角にもこれでは男に刃が届かない。男の余裕にはそれも理由に含まれているだろう。

 男の印象は少女とは逆に黒。

 細身な身体のラインが判る暗い色の服。そして、服やバイザーの暗い色に対し、相対する少女とは違う冷たく白い肌、そして銀に近い白い髪が、男の不気味さをより際立たせている。

「くっ、・・・・・・ハァ、・・・ハァ」

 戦いが始まって数時間。

 場所の確認をしようと見回しても、疲れで正しく思考できなくなっているからか、場所の把握は出来そうになかった。まだ焼けていない看板を見つけても、描いてあるものの情報が全く思考に入ってこない。

 少女は自分で気づいていた。

 身体の疲弊もそうだが、思考の低下がミスを招く可能性に、気づいていた、はずだった。

「・・・・・・ッ!」

 もう何波目になるか判らない襲撃に、同じように刃を振るった少女は見た。

 襲い掛かる血まみれの大人たちの中に、子供が混じっていた。

(生きてるっ?!)

 振り下ろされる刃物や遠距離からの銃撃ばかりで、至近距離、しかも下方からの攻撃に反射的に剣を振るっていた。思考の低下が、少女を“ただ敵を斬る”存在に変えようとしていた。

 寸前で刃を返した少女は、大剣を振るう腕を無理矢理に止め、不安定な体勢になりながらも殺陣の中から子供を蹴り出した。

 子供は蹴り飛ばされた痛みからか少し咳き込んだが、身体が自由になったらしく、血まみれの大人たちの足元をくぐるように逃げ出す。

 そのまま逃げ延びることを祈りつつ、瞬時に整えた構えから大剣を薙ぐ。

 反射で剣を振るってはならない。戦いは相手を見て、その行動の先を読むものだ。

 そう自分に言い聞かせるが、焦りから集中力までも欠いてしまう。

(しまっ・・・!)

 飛んできた何かを大剣の腹で受けようとして、それが手榴弾だと遅れて気がついた。

 瞬時に対応を切り替え、剣に手榴弾が接触する瞬間に振り上げる。弾かれて再び宙に浮いたそれが光と爆風を放つころには、視線を自分に向ける凶器に戻し、最小限のダメージにとどめるために可能な限り最大限に身体を動かす。

 体勢を崩していたはずの少女の身体を弾丸や刃が掠め、受ければ大事に至るような攻撃の直撃を避けた。

 しかし、これまでの出血と疲労に重ねて新たな傷は、そう楽観視できるものではない。

 少女は死に場所を覚悟しつつ、バイザーの男だけはこの場で始末をつけなければ、と剣を握る手を強くした。あの男は危険だ。この場で仕留めておかなくては。そう思いなおして顔を上げた少女の目に、絶望が映った。

 ―――

 先程蹴り飛ばして助けたはずの子供の胸から刃が生えていた。

 違う。

 子供は背中から剣で突き刺され、胸を突き抜かれていた。

 まだ死んではいないようだったが、まともに息が出来ずに苦しそうな音をのどから発し、苦悶すらもない表情の抜けきった顔からはみるみる生気が失われていく。

 痙攣する身体も、その動きを弱々しくしていき、まもなく動かなくなった。

 動かなくなったのは子供だけではなかった。全力で動かし続けてきた身体から力が抜けたように、少女は足を止めてしまった。

「・・・・・・ッッ!」

 子供は一人ではなかった。

 いま、二人目の子供が握った、その見た目に似つかわしくない剣が、少女の左腿を貫いていた。

 この状況でのその一撃は致命傷と言って差し支えないだろう。骨や動脈を傷つけた可能性もあるかなり大きな一撃だった。

 ここまでを支えていた足を失うほどのダメージは、少女の精神のも大きな衝撃を与えることになった。

 少女の足に突き立てた剣を離して後ずさった子供の首を、その後ろから現れた左腕の無い血まみれの初老の女性がバールで薙ぐ。

 子供の首からなんとも形容しがたい、悪寒と不快感だけを感じさせる音が発せられ、倒れ伏した子供が立ち上がることは二度と無かった。

「おっと、今のが最後の1人だったみたいだねェ」

 その言葉を合図にしたように、一瞬前までさも当たり前のように動いていた血まみれの者達が崩れ落ちるように倒れこみ、物言わぬただの肉塊になった。

 無数、とは言わないが、常に十数人に取り囲まれていたという状況は、あっけなく終わりを告げる。

「目的は達成したし、君は“似ている”から見逃してあげるヨ。なかなかイイ退屈しのぎにもなったし」

 言って、男は手首に装着していた装備から数本の糸を射出し、先にウェイトの付いた糸が少女に突き立てられた剣の柄に巻きついた。

(糸。まさかこれが、死体を操っていたモノ?)

「これはサービスだよ」

「・・・うぁああ!!」

 一瞬、全身を内から焼かれるような感覚が少女を襲う。少女はその感覚の正体が電流によっていくつかの臓器を“選んで”焼かれたことに気づいた。致命傷にならないように焼かれている。

 男が腕を引き、糸に引っ張られた剣が少女の足から引き抜かれていく。

「・・・ア、あああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああああああッッ!!」

 少女の悲痛が道に響き、男は実に満足そうに繰り返し頷いている。

 完全に剣を引き抜かれ、まともに立つ力さえも失った少女は大剣を支えに、まだ男に敵意を向け続けた。

 男はそんな少女の表情に、やはり満足そうに頷いた。

「『クラス・ミカエル』なんて肩書き持っててもさ、やっぱ魔力尽きてたらこんなもんなんだねェ。安心したよ。・・・・・・じゃ、機会があったらまた」

 少女の実力は、たしかにこんなものではないはずだった。しかし、その実力を裏付けていた生体エネルギーの一種である『魔力』が、底を尽きようとしていた。

 前日の深夜から続いていた、バイザーの男の仲間たちとの戦闘でかなりの魔力を消費していたためだが、そもそもこの町に立ち寄ったのが休息のためであり、街に入った時点で少女の魔力は万全ではなかった。

 今では、昨夜から終始少女の戦闘を支えていた身体強化がなんとか、という程度で、攻撃に使用できるのはせいぜい一撃分といったところか。

 踵を返し、男は町の中心方面へ向かう道を進む。その様子は実に愉快そうで、血溜りの中を水遊びでもしているかのようにビチャビチャと音を立てて歩いていく。

 その背中を睨みつけながら、アスファルトに突き立てた大剣を支えに上体を起こし背筋を伸ばす。ボロボロであるはずなのに、凛とした少女の纏う空気が、周囲の空気までも張り詰めた雰囲気に変えていく。

「・・・・・・ま、て」

 まともな声は出ていなかった。当然、男に届いているはずもない。

 刺された足の激痛に意識を取られながらも、そこに当てていた左手を突き出し、男の背中に合わせる。

「まだ、尽きて、・・・ない」

 声が届いているわけがなかった。だが、男は振り返った。

 歪んだ笑みを崩さぬままに。

「・・・・・・貫け」

 突き出した少女の掌に現れた金と銀に輝く魔方陣。それは少女の手より僅かに大きい程度のもので、少女がそこにこめた“モノ”も自身に残った僅かな一滴でしかなかった。

 だが、少女はこの一撃に勝利を確信していた。

 ―――!

 魔法陣の中心から“射出”されたのは剣だった。光り輝く一振りの純白の剣は一瞬遅れた軌跡を残し、男の腹に深々と突き刺さり、そのまま貫いた。

「・・・オ?」

 腹に風穴を開けられ、くの字に折れた男の体を次いで衝撃波が襲い、上半身と下半身が別離する。

 2つの肉塊が血を噴出しながら地に伏し、男が遊んでいた血溜りに、その男自身の血もとけていく。

 歪んだ笑顔のまま男も周囲の死体と同じように冷たくなっていった。

 

 少女もまた、なんとか近くのビルの壁にもたれて腰を下ろしたが、そのまま意識が薄れていく感覚を自覚していた。このままでは死ぬかもしれない、と思いなんとか意識を保とうとすると、今度は思考が混濁し始まったようだ。

 町の人は誰一人守れなかった。

 敵は全て殺した。

 子供を助けた。

 でも殺された。

 自分は何も出来なかったのか?

 自分は何かをやり遂げたのか?

 子供を助けて、敵は殺した。

(・・・・・・そうか、わたしは―――)

 少女はもう、頬に落ちて来た雨粒の冷たさを感じられなかった。

 

 

 

 Episode.1 雨

 

 

 

(さて、どうしたものか)

 少年はふいに込み上げてきたそんな気持ちを溜息にして吐き出した。

まだ肌寒い5月下旬の雨に濡れた肩をすくめ、思い当たる複数の理由で重くなっていた気持ちが宿ったような足を前に踏み出す。

 どうやら重いのは気持ちと足だけではないらしい。

 普段はツンツンに跳ねた黒髪も雨に濡れてなりを潜めている。

雨水を吸った厚手の作業着が肩を重くし、シャツが肌にくっついて実に気持ち悪い。ズボンも靴の中も、言わずもがな。

 嫌な予感は、昨日の昼前に土砂崩れに巻き込まれて、バイクをオシャカにした辺りからしていた。

(ゴメンな。オレのバイク・・・)

 崩れる瞬間にバイクを投げ出して回避行動をとっていたので、怪我は当然のこと泥にもまみれていないが、流れていくバイクが岩に潰されていく光景にはゾッとした。

 予定が狂いに狂って、徒歩で帰ることになった自分が哀しい。愛車の最期も哀しい。

 そういえば、とふいに一つの約束を思い出した。

 約束の日時はとうに過ぎているが、今はそのことに焦る気力も無い。少年の溜息はそれではなく、目の前で起きている現在進行形ingに対して吐き出されている。

「戦争、か」

 猛々しい熱気を吐き出す赤い草原。いや、森か。―――海に行ったことのないこの少年には「海」という表現はイメージできなかった。

 つい先日まで町があったはずのそこは真っ赤な森と化していて、確たる形を保つ建物は一つとして残っていない。

 鎮火している建物も無くはないが、黒ずんだ何かが積まれているようにしか見えなくなっていて、説明のひとつもなければ「炭?」と首を傾げてしまうかもしれない。

 降り注ぐ雨が無ければ、あまりの熱に顔を上げてもいられなかっただろう。

 焼けた“赤黒い”アスファルトに墜ちた雨粒が蒸気の結界を作り出している。まるでサウナにいるようで、重ね着のような自分の格好に苛立ちを覚えた。

 中央の通りを歩きながら、本来あったこの場所を思い描こうとするが、酸素不足か憂鬱な気持ちのせいか、どうにも思考できない。

 すれ違う小さな塔のような消火栓を破壊していくと、噴出した水が雨と混じり、炎を消そうと働き出す。

 その水はアスファルトを赤黒く染めた“モノ”も徐々に解かし、少年が通り過ぎて行く後ろから少しずつ本来の姿を取り戻そうと浄化を広げていく。

 町に入る前からその様子がおかしいことは黒煙で気づいていたため、炎を視認する頃には戦闘に備えて既に剣を手にしていた。

 複雑に重なった装甲に挟まれた片刃の剣に、背から別の刃が伸びた、剣と鎌が融合したような異形の剣。機械的な装甲やディテールが、自身を無機質な『武装』であると規定しているようにも見える。

 装甲の継ぎ目などの細かい部分から紅い光を放つパーツが覗き、消火栓を破壊するたびに血のような紅い軌跡を浮かび上がらせている。

 厚みのある刃は鋭利に砥がれ、鋼の消火栓を難なく斬り裂いていく。切れ味と重量を兼ね備えた厚い刃には一切の刃こぼれも無く、燃え盛る町の姿を鏡のように映していた。

 ただぶちまけ続けられるだけの水に、これだけの大火事を収めることなど期待出来ないが、たった一人で消火活動に勤しむよりはマシな結果に繋がるだろう。

 サウナ感がより鬱陶しくなる可能性を考えなかったわけではないが、減った酸素を確保しなくては、という優先度が高いと思われる方を選んだ。

 しかし少年はこういった事態への対処などという講習を受けたことが無い。いや、そもそもそんな講習を受けさせてくれる所があるのかどうかすらも知らないが。

 とにかく、遭遇したことには自分が正しいと思った行動を取るしかない以上、知識や経験が無いからといって立ち止まっているわけにはいかない。

 ただ、火事に遭遇するだけならそう珍しいことでもないので、自分も燃えないようにすることと、酸素の確保にだけは気をつけていた。

 

 それにしても、生きているものの気配が全くしない。

 火災による熱や酸素不足によって感じ取れなくなっているわけではない。生きているものと出会う以前に、歩けども死体だらけなのだ。

 かなりの数の死体に共通点があり、四肢を保っていないものが多いようだ。直接の死因とは別に、何か圧倒的な斬撃で斬り裂かれ、胴ごとバラバラに切断されている。

 と同時に、一般人とは思えない武装を持った死体も相当な数が転がっている。

 “戦争”であるならば当然のことではあるが、妙なのは武装の有無ではなくその服装や装備だ。

 統一された軍服ではなく、それぞれがバラバラな格好で、統一性の無い装備は組織性を全くと言っていいほど感じさせない。

 少年はその組織性の無い者達がどういった連中なのか、確信に近い予想を持っていた。

 テロリスト集団『ティアファントム』。

 この『天使』『悪魔』『人間』という人種カテゴリのある世界において、多人種・多国籍の無法者の集団で、確たる信念や目的を持った者もいれば、ただ頭がイカレているだけの者も多く所属している世界最大の規模を持つ。

 しかし、大都市や特定の人物を標的にすることが多いのは当然のことだが、この町はそう大きくもない。ならばどこかの国の要人が立ち寄りでもしたか、ということも考えにくいような町だ。

(こんなことをする理由がわからないな・・・・・・)

 わからないのはそれだけではない。

 死体の連中が予想通りテロリストだったとして、それをここまで念入りに斬り刻んで殺したのは誰なのか。

 疑問を飲み込み、腰布から覗かせた携帯型多機能端末(ポータブルハンガー)(通称:PH)の画面の中央を軽く叩く。

 と、胸の前に一枚の絵が現れる。何の支えも無く宙に出現した絵はよくよく見ると微かに透過しており、絵自体にもパソコン画面のような電子的な動きが見える。

 タッチパネルのように端の四角い面に触れて操作を進めていき、いくつかの項目の中からWALS (広域生命反応感知(ワイドエリアライフサーチ))機能を起動させる。

 周囲5キロほどのスキャンを開始すると、画面には人間である自身を示す青い点が中心に表示され、周囲の簡易地図が円を広げるように表示されていく。

 周囲に転がる死体を機能は読み込まず、無機質な絶望だけを広げていく画面に、少年以外の点がたった一つだけ残されていた。

「生命反応は一つだけ。天使だな」

 右前方50メートル程に天使を表す白い点が一つ。

 その天使がたった一人でこの町を滅ぼした―――いや、武装集団を殲滅した―――というのなら、そいつは『クラス・ミカエル』か、それに匹敵する能力をもっているはずだ。魔力を操る術を持たない人間である少年の実力では、まともに戦って生き残れる可能性は万が一、いや、億分の一も無い。

 だが、交戦はあり得ないだろう。

「間に合えよっ!」

 画面を操作して画を消すと、気持ちが完全に切り替わり、それにあわせて足の重りが砕けた。

初動から全速力で走り出すと、炎の熱気もサウナのような鬱陶しさも頭から消え去り、たった一つ残った命にだけ集中を向ける。

 端末を閉じる直前、画面には『生命力低下』の警告が表示されていた。相手が何であれ、それほどの傷を負っているのは明らかな以上、放ってはおけない。

 雨水が滲んでいく炎と血の森の中を少年は駆ける。

 

 

 

 戦乱の世という呼び方は古いし、それほどに荒んでいるわけでもないが、現代(いま)はその真っ只中にある。

 戦いの規模は地域にもよるが、多くにおいては地域レベルの小競り合い程度であり、大規模な“戦争”は十数年に一、二度といったところか。

 3つの人種が種族間闘争を起こしている時代。

 きっかけなんてものは、おそらく差別だったのだろうが、具体的なことはとうの昔に忘れ去られてしまっている。

 人種差別の要因なんてものは多くが外見によるものだが、今この世界で起きている人種差別においては外見はまったく、でもないが多くの場合で関係が無い。

 肌の色、顔の造詣、文化、国家といった人種の区別ではなく、それらに関係無く発生している。これは『魔力』という、1000年ほど遡れば眉唾のオカルトと吐き棄てられていた、それの違いによって発生している差別なのだ。

 人々はお互いの『魔力』を感じ、それが自分との“違い”として壁をつくってしまった。

 西暦3266年。

 繰り返される魔術を使った戦争は、技術の進歩を後押ししなかった。

 戦争ばかりが世界を発達させてきたとは言わない。

 だが、『魔力』の存在が世界に及ぼした影響は計り知れないものがあった、という証明の一つであるのは間違いない。

 

 

 魔力を持たないわけではないが、それを行使する能力を持たない『人間』。

 他の人種とを魔力によって見分ける能力が無く、一方的な差別の対象となるケースが多かったが、現在ではポータブルハンガーなどの科学製品によって見分けるなどしている。

 5年前に『国連異種族掃討軍』なる、国連主導の軍隊が組織され、青い軍服に身を包んだ者達が各地で天使や悪魔と大小さまざまな規模の戦争を起こしている。

 それまでも様々な国連加盟国の軍隊や、国連主導の部隊が戦場に立ってきたが、同様の組織がこの1000年の間に幾度も崩壊と再編を繰り返しているためか、国連理事らの期待度はあまり高くないようだ。

 その期待度とは裏腹に、人間には行使できないはずの『魔力』を行使可能にする技術を生み出し、それまでの科学兵器と複合することで、着実に戦果を上げていっている。

 しかしそれら高水準の技術が一般に流通することはあまり無く、人々の生活は1000年前からさほど変化していないらしい、と言われるほどだ。

 実際にはそれなりのものが市場に出ているのだが、それでもまだ隠されている技術があると世間に思われているのも、決して間違いではなかったりする。

 天使や悪魔でも、これにより一般に出回っている技術を取り入れていることも少なくない。

 

 

 生体エネルギーの一種である『魔力』を行使できる『天使』。

 その柔軟で軽い性質から、魔力弾や砲撃、大気干渉などの放出系の魔術を得意とする。

 ヨーロッパに単一種族国家『ヘヴンズ』を興したのは500年以上も昔のことだが、領土は当時からあまり拡大しておらず、在籍している天使は全世界の15%程度だという。

 集まらない原因は貧富の差や生まれ育った土地への執着、周囲の環境など様々だが、それでも世界中の天使の約80%はヘヴンズを支持している。というのは流石に情報操作が影響しているが、ヨーロッパが中心ということで、それなりに改変されているが『十字教』を支持率確保に利用しているというのも、この80%という高い数字を支えている要因だろう。

 ヘヴンズには『アークエンゼルス』という軍隊が存在する。

 軍隊らしい階級の無い特殊な指揮系統や政治との関係を持ち、多彩な部隊が世界各地に展開されている。

 ヘヴンズ国民曰く、アークエンゼルスは『騎士団』であり、軍人は『騎士』と呼ぶらしい。

 血にまみれた汚らわしい軍隊ではない、らしいが、前線で戦う者達からすればそんな優雅さなんて余裕は無い。

 クラス・ミカエルとは、通常の部隊なら一個中隊にも匹敵する戦闘力を持つと言われる、絶大な力を持った個人のことである。・・・というのは一般に広がった間違いだが、高い能力を持った騎士に与えられる称号であることは間違いではなく、実際にそれほどの戦闘力を持つ者が居ることも間違いではない。

 クラス・ミカエルの称号を得た騎士は、特務隊長として通常の指揮系統に縛られない自由な行軍が許される他、単騎戦力として部隊を持たない行動も許可されている。

 また、クラス・ミカエル程の特権は無いものの、能力や部隊での役割によって、ガブリエル、ラファエル、ウリエルといった称号を与えられる者もいる。

 しかしクラス・ミカエルは人数が絶対的に少なく、現在では十人といないと言われている。

 言われている、というのも、彼らの情報には報道規制がかかっていることが多いため、直接会ったことがあるでもない限り存在以外の一切を知らない、というのも不思議ではないからだ。ちなみに、実際には二十人近くのクラス・ミカエルが世界各地に散って、各々戦場に立っている。

 

 天使とは異なる魔力の能力適性を持ち、魔力の性質自体も天使に比べて重く鈍い『悪魔』。

 放出するには実戦向きではないため、モノに通し、上乗せしてぶつける戦闘スタイルを主体にしている者が多い。

 軽やかな魔力性質を持つ天使には長い間迫害され続けている。

 そして、その鬱憤晴らしの矛先となったのが人間だった。しかし魔力を行使できない人間にとっては天使も悪魔も平等にバケモノでしかなかった。人間は技術力を高め、結果的には一方的どころか抵抗以上の反撃を受けている。

 単一人種国家群による共同体『魔徒連合』を形成し、連合軍という人間の国連軍に近い形の軍隊を保有している。国連軍やアークエンゼルスに比べて情報規制が厳しく、目立った動きが報道されることもそうは無い。

 クラス・ミカエルに匹敵する単騎戦力がいるというのも、噂の範疇を超えない程度にしか無く、一般的には勝ち目が無いくせに抵抗を続けるゲリラのような軍隊、であるように見られている。

 報道されているのは大体が非正規武装組織である『フィアーズピース』による紛争地域の武力制圧ぐらいなものだ。

 フィアーズピースは戦場や紛争寸前の地域に介入し、武力によって戦闘行為や火種を抑えつけるという、かなり過激な方法をとる民間出資の軍事組織だ。

 人種戦争に疑問を持った魔徒連合の軍人が多く所属し、クラス・ミカエルに匹敵する者がいるという噂もあって、正規軍にとっては目の上のたんこぶのようだ。

 

 争いの規模は国にもよる。

 完全な単一種族で構成され、国家間での大規模な争いを行うヘヴンズのような国。多種族国家であるが故に国内での大小様々な諍いを起こす者たち。

 もっとも、現代では国境など有って無いようなものだが。

 とにかく、この争いにまったくの無関係でいられる者は世界にただの一人もいないはずだ。

 

 国境が機能していないということは危険も大きいが、それを好都合と取る一般人も多くいる。

 亡命や密入国など、それに類する事件も年間数百万件という規模になっており、一国の小さな自治体では殆ど手がつけられないという事態になっている。

 犯罪関係でなくとも国境を日常的にまたぐ者も多いようだが。

 『自由の大地(フリーランダー)』と名乗る者たちがいる。彼らには国家の隔たりも人種差別もほとんど無い。

 助けを求める人々の依頼を受けたり、旧世代の遺産を掘り起こして金にしたり、場合によっては戦闘も行う集団だ。そして、対価を求める者もいれば慈善事業のような者もいる。

 たった一つの消えかかった命のために走る少年もそんなフリーランダーの一人だ。

 

 

 

「オイッ! 諦めてんじゃねぇ!」

 見つけた生命反応の主は十代前半のように見える少女だった。

 通りのビルの壁に背中を預け、純白だったと思われる服は、少女自身の血と返り血であちらこちらに真っ赤な滲みを作っている。

 両腕両足に腹部・胸部・背部・頭側部と、外傷の無い部分の方が目立つほどの傷の数が見てとれる。しかし深そうな傷は左腿だけのようだ。

 生命維持に支障をきたしているのは、出血量と魔力の枯渇、そして満身創痍の精神面が原因だろう。

 橙色がかった金髪の下、薄く開かれた瞼の内にあるエメラルドの瞳には何も映っていないが、表情からは達成感のようなものを感じる。

 降り注ぐ雨が血を滲ませ、濡れた髪が煌き、何も映さないエメラルドの瞳が達成感らしき感情を表して、艶やかささえも得た綺麗な最期の演出のようだ。

 腰布の裏に隠れているらしいポータブルハンガーからのアラート音だけが、その演出を拒否しているようだった。

 少年はそういう表情が何より嫌いだった。思い出したくない過去のこともあるが、「満ち足りた死」などというものに納得できない、というのが直接的な理由だ。

「オマエ、自分(テメェ)の命をなんだと思ってる! ガキのくせにンな表情(かお)しやがって」

 端末を操作し小型格納庫(コンテナ)にアクセスすると、腰布の裏側にぶら下げられた、旧世代のUSBメモリ程のカプセル、通称『コンテナ』―――わざわざ正式名称で覚えている者と会ったことがない―――の一つが反応し、展開と共に中から質量を無視して救急箱が出現する。

 わかりやすく言うならば、まるで某猫型ロボットがポケットから超科学の便利道具を取り出すような。いや、野生動物をポケットに入る怪物と称して、捕獲する際に使用するナントカボールの方が近いか。どちらにしてもこの時代でそんな物を知っている者はいないが。

 とにかく、そんな『空間圧縮』だか『情報変換』だか少年には解らない科学技術がふんだんに使用された品だ。

 容量や用途などの違いで様々な種類が販売されているが、品質が良くなると値段も高くなるのは当然で、基本的に財布が寒いこの少年はあまり大容量のものは持っていない。なので本格的な医療具などほとんど持ち歩いてなどおらず、一般家庭にあるような小さな救急箱しか役に立つものを用意できなかった。

 しかし、どのみち雨が降り注ぐこんな場所ではちょっとした傷の部分しか手当てできない。近くの屋内ではもれなく一酸化炭素中毒というプレゼントを受け取ることになる。

 焦りで思考の遅れた自身に舌打ちをすると、救急箱をコンテナに収納し少女を抱きかかえて走り出す。

 町を出て少し行けば、以前金欠だった時に野宿のために掘った横穴があったはずだ。町の出口を間違えないよう注意を払いつつ真っ赤な気体の森を走る抜ける。

 横穴の状態やその後に不安を覚えたが、ふと覗き込んだ少女の顔を見たら途端に頭から不安が押し出されていった。

「オレはそういう表情(かお)が大っっ嫌いなんだよ!」

 意識が無いも同然な少女の表情にはやはり変化など無い。少年の存在を認識しているのかさえも定かでないようだった。

 だいぶ背の低くなってきた熱気の森を抜け、アスファルトの無くなったぬかるんだ地面に足を取られながら、それでもペースをなるべく落とさないよう足場を確かめながら山道に入っていった。

 たとえこの少女が、テロリストとはいえあれほどの命を惨く奪った張本人だとしても、この小さな命が消えるのを黙って見過ごすことなど出来ない。それが、少年の生きる意味だから。

 

 

 

 知らない天井、というか岩壁。

「洞窟・・・・・・?」

 洞窟というより横穴のようで、崖か山の斜面に掘ったのだろうか、少女の身長でも屈まなければならないぐらいの狭い横穴だ。

 自然に出来たものではなく、ヒトの手が入っているものだと判る凹凸の少ない横穴は、冷たい岩壁に囲まれて薄暗く、湿度が高くて肌寒い空間だった。

 出口と思われる方から雨音が聞こえるが、横穴はカーブを描くように掘られているらしく、外の様子は殆どわからない。

 電気ランタンに照らされた範囲だけでは窮屈に思えるくらいに狭い世界。

 状況整理をしょうとして、今が夜であるということすら直ぐに出てこないほど、思考が弱っているのがわかる。

「っ!」

 起き上がろうとして、全身の痛みに息が詰まる。

 なんとか上体を起こし、かけられた粗末なタオルケットをどけて自分の体に目を向けると、自分の物ではないぶかぶかのシャツの下に、丁寧に巻かれた包帯と適切な応急処置がされているのがわかった。

 そこにきて、ようやく自分が戦闘で負傷したのだということを思い出した。

しかし、いったい誰が手当てをしたのかと首を傾げていると、リズムのとれた水の撥ねる音が外の方から聞こえてくる。雨音に混じるリズムが異物のように思えるのは、足音以外の音に聞こえないからだろう。

「・・・・・・っ!?」

 まっすぐに近づいてくる。

 まだ目が慣れていないため外など全く見えない。

 武器を抜こうとして腰に手を当てるが、端末が無い。慌てて周りを見回すがどこにも見当たらず、急速に焦りが募る。そうしているうちに音は確実に近くなってくる。

 焦りが恐怖に変わりゆく感覚に身を縮め、タオルケットを胸に強く抱きしめる。

 水を撥ねる足音が乾いた音に換わり、誰かが横穴内に踏み入ったことを知らせた。

「っ・・・!」

 

「ん? 起きたのか」

 降りかかったのは恐怖するような何かではなく、聞き知らぬ男の声だった。しかし、固まった身体はすぐには動かず、声の主を敵ではないと理解するには少しかかってしまったようだ。

「まだ寝てろよ、どっちみち今日はここで野宿だ」

 身体を萎縮させたまま、ゆっくりと瞼を上げると、黒髪の少年がコンテナからバッテリー式の電気カセットコンロとやかん、水の入ったペットボトル、カップ麺を出す様子がそこにあった。

 カップ麺は、最近の開封するだけで一気に出来上がるタイプではなく、わざわざお湯を注いで数分待つタイプのようだ。少年の財布の寒さがわかる。

 少年はカップ麺を食べるためにテキパキと準備していく。呆然とした様子で見つめる少女の視線に気づいた少年は、少女の顔と手に持ったカップ麺を交互に見ると、

「これ? ・・・やらねぇぞ。怪我人だからってそこまでしてもらえると思ったら大間違いだ」

「いらないわよ! そうじゃなくて、あんた何?」

 思わず身を乗り出して大きくリアクションしてしまい、瞬間的な反応が傷口に響いて痛んだ。

「っ!」

 アバラに響く感覚。折れている感触は無いので、ひびでも入っているのだろう。胸に手を当てて痛みを堪えるが、バイザーの男に焼かれた内臓の痛みが、アバラに響いた痛みとは比べ物にならない熱さとなって駆け巡る。

「ちょっ、無理すんなよ。痛むんだろ」

「触らないでっ!」

 その様子を見て少年は慌てて少女の傍に寄るが、伸ばした手を少女は胸に当てていた手で振り払った。少女はまだ、少年に対する警戒を解いてはいないようだ。苦痛に耐える表情から、明らかな拒絶の意思を見せていた。

 拒絶の意思を察してか、少年は一つ小さくは溜息をついてコンロのもとに戻った。

「・・・何?は酷くねぇか? 誰?とかならまだわかるけどよ」

 そう言いながら片手でコンロを操作し、やかんをのせた平たい鉄の板に電気の熱が通り始める。

 少女の拒絶の態度を受けても少年の方の態度に変化は無く、子ども扱いされているような気分になった少女の様子は気に障ったと言わんばかりにむくれ、横目に少女の様子を見ていた少年の目にはより子供っぽく映っていた。

「あ ん た な に?」

 当然少年には柳に風で、特別気に障ったような態度を取ることはなく、むしろ余裕の笑顔で接する。

「オレはヴァイス・クローディア。フリーランダーだ」

「え?」

 素直に名乗るとは思っていなかった。もっとひとを小ばかにしたような態度をとり続ける様な、そういう男だと印象付けられていたからだ。

 この少年には、本当に悪意など無いのだろう。思ったことを言っているだけに過ぎず、天使である少女に対して否定的な感情も抱いていないように思う。

「あ」

 少年、もといヴァイスはふと何かに気づいたような挙動をとると、服のあちこちのポケットを探りだし、見つけたらしいそれを少女に向けて軽く放る。

「そうそう、ちょっとPH借りたぜ」

 少年が投げてよこしたものは確かに少女の端末だ。何故持っていったのかという不信感がこみ上げることは不思議と無く、何に使ったというのだろうかと首をかしげていると、少女の様子に気づいたヴァイスは立てた親指で横穴の出口の方を指して「崖を登りやすく削ぎ落とすのに使わせてもらった」と簡単に説明する。

 簡単に納得できる答えではなかったように思えるが、この少年がよからぬことに悪用したようにも思えなくて、適当に納得した風な返事だけをした。

「あー、あとついでに武装のコンテナにはロックかけておいたから」

「っな・・・!」

 少女は慌てた様子で端末を操作するが、本当に武器が取り出せない。他の日用品や食料のコンテナにはまったく触れず、武装を収納したコンテナにのみロックがかけられている。

 解除しようと試みるが、そもそもロックをかけた端末はヴァイスのもののようで、ID認証の時点で蹴飛ばされてしまいアクセスすらも出来ない。

「なんのつもり?」

 抗議の表情、というより敵意に近づいたような表情を向けられても、ヴァイスは気にしたふうも無く、体をコンロに向きなおす。

「怪我人が無茶できないようにしたつもり」

 ヴァイスは頻繁にやかんの蓋を開けて様子を見ているが、そんなに直ぐ沸くわけがない。

 少女はますますわからなくなった。

 この少年は、少女の抵抗を危惧するのではなく、少女を気遣うつもりで武装を無力化した、と言った。

 現在は人種間で戦争をやっていて、自分は天使でコイツは人間だというのに、殺しあうはずの相手なのに、と少女の思考は困惑が渦巻いている。

(こんな時代で、そんなものを押し通そうなんて・・・・・・)

 よほど幸福に育ったか、逆に相当不幸に育ったか。そうでなければ幸福からの転落かあるいは不幸からの脱出か。彼のこれまでの人生がどういうものだったかはわからない。

 そうだ。少女には何もわからない。

 彼の人生も、フリーランダーという人種の隔たりを超えることが出来た者たちの何もかもも、それに対して知りたいと思っているのかどうかも、何もわからなかった。

「とにかく今日は寝ろよ。明日の昼前にはギルドに帰りたいからな」

 水が沸騰している音が大きくなり、コンロの火を止めてカップ麺にお湯を注ぐ。カップ麺の匂いが部屋に充満するのに時間はあまり要らなかったが、逆に言えばこの匂いの中で寝なければならなくなったとも解釈できた。

 そんなのことは気にも留めていない様子でヴァイスは端末のタイマー機能を起動し、3分のカウントダウンを開始する。

「ま、医者に預けてハイさよなら、ってわけにもいかないし、暫くはオレが面倒見てやるよ」

 そこまで親切でいる少年に、少女は怪訝な表情を向けた。

 すると少年は少女の様子をどう受け取ったのか、少女とカップ麺を交互に見つめ、出会って初めて余裕な様子を崩した。

「なんだ、そのカオ。・・・確かにオレのふところは寒いさ。せっかくの臨時収入も、借金返済で引き落とされて入院費は無いかもしれないけどな、そのときはそのときで、ウチに泊めればいいだろ」

 ヴァイスの回答は少女の思惑にかすりもしないものだった。親切すぎることを不審に思ったというのに、貧乏を責めているようにでも受け取ったのだろう。

「・・・そうだ。それでいいんじゃないか?」

 ヴァイスは思いつきで言ったことを、自分の中で納得して飲み込んでいく。

「よし。・・・おまえさ、オレの家に来いよ。暫くの間、オレが一緒にいてやる」

 しかし少女はその言葉を理解するのに少し時間がかかって、やがて頬を紅色に染めて一瞬の小さな悲鳴のような声を上げた。その間固まってしまっていたので、「子供一人を介護するぐらい、なんとかなるだろ」と続けていたのは全く頭に入っていなかったようだ。

 これもまたヴァイスの無意識であって特別な意図など何も無かったのだが、コミュニケーション能力の低い二人の間に入ってフォローする者はいなかった。

「なぁっ・・・!!」

 少女にとってそれはかつてない衝撃だった。

 ヴァイスのように歩み寄ってきた他人というもの自体が、少女にとっては初めてに近い出来事だというのに、その他人(しかも男)といきなり同居など、完全に許容量を超えた話だ。

 どんな顔をしていいのか、何を言えばいいのかわからなくなってタオルケットを頭からかぶると、顔が熱くなっているのがわかってしまった。

「・・・・・・おやすみ」

「あぁ。おやすみ」

 紅潮した顔をタオルケットで隠して丸まった少女の気など知らず、ヴァイスは自分の案に自信あり、と言わんばかりに機嫌良さそうだった。

 この男にはなんの思惑も無い、ただのバカな善人なのだと少女は理解し、それは安堵と同時に、先程までとは違う不安と呆れの感情を少女に憶えさせた。

 

 

 

「ねぇ、起きなさいよ。もう7時過ぎなんだけど」

 外からは鳥のさえずりさえ聞こえてくる清々しい朝。薄暗い横穴にいても、朝の透明な空気が感じられる。

 しかしそんな清々しい朝も、清々しい気持ちが持続しなければ感動はすぐにでも薄れて消えてしまう。

「・・・あぁ、起きる。今起きるから」

「あんたそれ、10分前にも言ったんだけど」

 ヴァイスが自分でセットしていたらしいアラームが鳴ってから1時間以上経っている。少女は全身が痛むためあまり動けず強く揺すれないので、強引に起こすことも出来ずに1時間近くも同じことを繰り返していて、少女の目頭には涙が浮かび始めていた。

(疲れてきた。こんなに言ってなんで起きてくれないのよ・・・。)

「・・・・・・あれ? もう朝なのか」

 ようやく少し体を起こしたヴァイスが外の方に目をくれると、ゆっくりと正面に向き直る。寝癖は全くついていないようだ―――元々はねた髪型だったから寝癖なのかどうかも判別できない―――が、寝起きの半目の顔からは昨夜の様子より幼さを感じた。

 不意に昨晩のことを思い出し、ハッとして視線を逸らすが、頬の赤みは引かない。

「・・・・・・ん? 何で泣きそうなんだ?」

「っ!! 泣いてないっ!」

 反射的に振り下ろした拳がヴァイスの顔面に叩きつけられ、飛び起きたヴァイスは鼻を押さえて声にならない悲痛な声を呻かせる。

「イテェな! オマエッ、何しやがる!」

「オマエじゃないっ、アリッサよ!」

 勢いに任せてもう一発殴ってやろうかともう一度拳を振り上げるが、起き上がったヴァイスには届かない。

「わかったよ、アリッサ。オレが悪かった。ゴメン」

 痛む鼻をおさえながら言うものだから変な鼻声になっていた。涙目になって鼻血が出ていないことを確認し、押さえていた手を下ろす。

 さすがのアリッサも若干罪悪感がでてきたようで、決まりが悪そうに顔を背けた。

「・・・わかればいいのよ。わかれば」

 そう言ったアリッサの横顔に、それまでとは違う表情が見えたような気がしたが、ヴァイスはかける言葉も見つからず、数秒の間、沈黙が横穴内に流れていくのをただ感じるままに過ごした。

 何かを思い出しているのか、ただ呆としているだけなのか、アリッサは肩をすくめたヴァイスの挙動にはまったく気づいていないようで、やはり触れていいことではなかったらしいことを理解した。

「でもよく軍属になるの許されたな。オマ・・・、アリッサまだ12~3歳ぐらいだろ」

 沈んだ空気を破ろうと、不意に思いついた疑問を投げかけてみるが、その内容がよろしくなかった。

 

 何かが切れる音が横穴内に響いた。・・・気がした。

「・・・・・・わ、わたしは22だぁっ! 何よそれ何よそれ何よそれ!」

「ウソォ!? 年上!?」

「ウソじゃない! 子供じゃない! 成長止まってなんかない!」

「え? いや、ンなこと言ってな」

 驚愕の事実が発覚したこと以上に、感情を爆発させたようなアリッサの様子に困惑する。

 どうやらアリッサのもう一つの触れてはいけない何かに触れてしまったようだ。暴れていては顔もよく見えないが、一瞬潤んだエメラルドの瞳の下、頬を涙が伝う様子が見えたような気がした。

「ホントに、止まって・・・・・・なんか」

 怒りをあらわにしてひとしきり叫ぶと、今度は俯いて嗚咽を漏らすように小さくなってしまう。

(えぇぇぇぇぇ?! 泣かせちまったー?!)

 歳に触れたのはまずかったと反省しつつも、外見に印象が引っ張られているのか、会話をしていても幼い印象を拭えない。

 爆発した後は極端にいじける。これではまるで子供なのでそういう印象が拭えないのも仕方ないが、アークエンゼルスの騎士として、クラス・ミカエルの称号を持つ者として、かなりのプレッシャーに耐えてきたのだろう。その副作用か、本来の人格そのものが年齢に追いついていないのかもしれない。

 ヴァイスにはなんとなく想像してみることしか出来ないが、俯いて肩を震わせる少女の様子から大体間違ってはいないだろうと察した。

 しかしこれにはさすがに参ったので、ヴァイスは何かかける言葉を探してみるが、結局気の利いた台詞は出てこなかった。

 かといっていつまでもこうしているわけにもいかないので、意を決して「そうだ、そろそろ行こうぜ」と声をかけたが、涙目の少女に睨まれてしまった。

「昨日も言ったけど、昼前には着きたいからさ。たぶんもう無理だけど」

 苦笑するヴァイスを見上げるアリッサの瞳には静かな怒りの炎が灯っている。

「・・・ごめん」

 ヴァイスの中で何かが折れて堪らず謝っていた。というか、ヴァイスには他にどうしようもなかっただろう。

 少女の様子からは、一言謝っただけでは許してもらえないだろうという様子が伝わってきたものの、それ以上はヴァイスも声をかけられなくなってしまった。

 そしてやはりと言えばやはり、その後そっぽを向かれたり目潰しを狙われたり、アリッサの怒りを静めるのに時間がかかってしまい、結局横穴から出たのはそれからほぼ1時間後になってしまった。

 軽すぎるぐらいの少女を背負っていながらも、残った怒りのプレッシャーが体を重く感じさせた。

 速く着きたい目的地がひどく遠くにあるように感じられ、よりいっそう気持ちを重くしていく。

 だが同時に、何かが変わるかもしれない、という予感が胸をよぎっていく。何が、という疑問も、そう感じたことへの不思議さも、昨夜登りやすく抉った崖を前にして流れるように消えていった。

 何かが変わる

 何が変わる?

 何が始まり、何が終わる?

 期待も不安も無く、ただそう感じるだけの心が流れていく

 見上げた空に、雲は無かった

 

 

 

 男は嗤う。

 バイザーに隠された顔では、口元でしか表情を読み取れないが、男は確かに心から嗤っていた。

「やっぱり人生って愉しいね。こういう“運命”を感じるコトとか、胸が躍るよ」

 男はただ1人、鎮火したビルの屋上から遠くを見て言った。

 アリッサによって別離したはずの下半身に不自然な点は無く、五体満足で立ち、ヴァイスとアリッサが立ち去った方向に歪んだ笑顔を送っている。

「2人に幸多からんことを。なんて、僕が言えたことじゃないか。・・・・・・クッ、ククク。あははははははっ!」

 腹を抱えて子供のように笑う男の様子は、本当に、心から愉快そうだった。

 

 

 

 
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