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真・恋姫無双~君を忘れない~ 七十六話

マスターさん

第七十六話の投稿です。
桃香が倒れたと聞いた愛紗、義姉のために粥を作ろうとするのだが、どうにも上手くいかなかった。そこへ一刀が現れて、愛紗の粥作りを手伝うことになるのだが……。
投稿が遅れた上に、このような駄作を晒してしまって良いのだろうかと不安で死にそうです。注意書きをよく読んでお進みください。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2011-12-18 14:20:00 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:8537   閲覧ユーザー数:5069

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*注意*

 

 

 

 この物語は愛紗の拠点回となっています。

 

 

 

 紫苑さん以外と一刀くんがいちゃつくのが嫌という方、また本編をさっさと進めろと思っている方にとっては不快な思いをするかもしれませんので、そういう方は進まずに「戻る」を押して下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛紗視点

 

 ご主人様から桃香様が倒れてしまったという報告を受けた。そのとき私は部隊の調練をしていて、義姉上の一大事にそんなことなどしていられないと思ったのだが、御主人様が、自分が付き添うから、各員は職務を全うするようにと言われてしまった。

 

 私としてはすぐにでも駆けつけたかったのだが、自分のやるべき仕事を放り出すことも良くないだろう。幸いなことに、この調練も夕方には終わるだろうし、その後は特にやるべきこともない。

 

「よしっ! 皆、気合を入れていくぞっ!」

 

「応っ!」

 

 江陵に駐屯してある部隊は、この後に控えているであろう曹操軍との決戦では主力として働いてもらう精鋭揃いである。孫策殿の陣営の兵と比べても全く遜色なく、互角に戦えると自信を持って言える。だが、互角ではダメなのだ。

 

 私は刀――桃香様を守る存在だ。誰一人であろうと、あの御方に指一本触れさせるわけにはいかない。私にとっては、あの御方が全てであり、私を自分の何もかもを捧げると心に決めているのだ。

 

 そして、御主人様が私の鞘になってくれた。愚かな私は自分だけでは桃香様を支えることは出来なかった。だが今は御主人様がいる。御主人様が側にいてくれれば、私はどんな無謀な戦いでも制してみせよう。

 

 御主人様に出会い、私は自分の狭量さに気付いた。あのときの私は、ひたすらに桃香様ばかりを崇拝し、その他のものを全て排除していたのだ。そして、やがてそれは私の意地のようなものになり、益州侵攻という行為に走らせた。

 

 あの戦いで結果的に御主人様と出会えることが出来たのだから気にしないで――と桃香様は仰っていたが、一歩間違えれば、私は桃香様を大陸中の笑い者にするところだったのだから、あのことだけは心に深く刻みこんだ。

 

 二度とあのような愚行を犯さないと、二度と義姉上を泣かせないと。

 

 桃香様の理想を叶えたい――それは今も変わっていない。これまではただただ桃香様のためだけにそれを想っていた。その理想が正しいのか、実現することが出来るのか、なんてことを考えたことがなかったのだ。

 

 だが、今は違う。今は私の意志で戦い続ける。誰のためではない。私がしたいからだ。

 

 私は義姉上が大好きなのだ。初めて出会ったとき、賊を斬り殺し、鮮血で染まった真っ赤な私の手を、あの屈託のない笑顔で握りしめてくれた。私の力が必要だって言ってくれたのだ。私はあの笑顔をただ守りたい。

 

 この乱世の中、人を騙さずには生きていけないような世界を、あの御方だけは常に純粋な心を持ち続けている。他人はあの御方の想いを嘲笑するかもしれないが、私はそんな考えを持つことの出来ることを尊敬する。その穢れのない無垢な瞳は、私の掛け替えのない宝物なのだ。何人たりとも触れさせはせぬ。

 

 そうして、私は桃香様の許に行きたいという衝動を抑えながら、調練を終了させた。兵士たちの錬度には満足している。私の厳しい調練にも、何の文句を言うことなく、ついてきてくれている。これならば、曹操軍にも容易に負けはせぬ。

 

 その後、すぐにでも桃香様の居室へと赴こうとも考えたのだが、手ぶらで行くのも無粋だと思い、食堂に行って何か身体に良いものでも持って行って差し上げようと思いついた。我ながら良い考えだと思う。

 

 食堂に行くと、普段から料理を振舞ってくれる者がいなかった。いつ戻ってくるとも分からないが、ふむ、ここはどうすべきか。幸いにして、材料の方はたくさん残っているようではあるし、よし、ここは私自らが作ることにしよう。

 

 私は武にも自信があるが、何も女を捨てているわけではない。あまり経験はないが、料理の一つくらいは自分でも作れるだろう。あまり凝ったものを作れば、桃香様を喜ばせることが出来るかもしれないが、時間がかかってしまう。

 

 うむ、ここは手軽に作れる粥で桃香様のために作るとしようではないか。

 

 私は机にかけてあった前掛けを身に付けると、袖を捲りあげて料理の準備にとりかかった。そういえば、時間的にも夕飯時であるから、桃香様が、私が手塩をかけて作ったと知れば、きっとお喜びになるに違いない。

 

 桃香様とは付き合いも長いから、あの御方がどのようなものを好むのかは熟知している。桃香様は甘いものがお好きであったな。そうだ、隠し味にでも砂糖を入れるのはどうだろうか。甘いものは疲れに効くというしな。

 

「む、これでは入れ過ぎか」

 

 手元を誤り、多く砂糖を入れ過ぎてしまった。これでは甘過ぎてしまうだろう。よし、それでは甘さを緩和するために、少し塩を足そう。

 

「むむ、塩も入れ過ぎてしまったか」

 

 何故だ、何故上手く出来んのだ。この程度の料理、この関雲長に出来ぬはずがなかろう。落ちつけ、日ごろの鍛錬を思い出すのだ。そうこれはただの粥に非ず。相当の使い手だと思い、全身全霊をもって対峙するのだ。

 

「これなら、どうだっ! ……って、しまったっ!?」

 

 鍛錬を思い出すあまりに、手の持つ塩と砂糖が全て粥の中に吸い込まれていってしまった。鍋の中にはドロドロに溶けた二つが混ざり合い、もう既に手の施しようがなかった。試しに一口食べてみたが、形容し難い複雑な味がした。

 

「あぁ……」

 

「お、愛紗じゃないか? こんなところでどうしたんだ?」

 

「御主人様ぁ……」

 

 そのときであった。入口からひょっこりと御主人様が姿を現したのだった。

 

一刀視点

 

 桃香のために何か食べ物でも持って行こうと食堂に足を運ぶと、そこには愛紗がいた。何やら一人でぶつぶつと呟いているようだが、愛紗が料理をしているなんて珍しいな。

 

「御主人様ぁ……」

 

 俺の声に反応して、愛紗が振り返ると、何故かは分からないが、完全に涙目だった。

 

「ど、どうした……?」

 

「実は……」

 

 ふむ、なるほど。桃香のために何かお見舞いを持って行ってやろうと思い、ここで粥を作っていたけれど、簡単だろうと思っていた料理が思う以上に難しくて、既に心が折れているのか。

 

 愛紗の後ろには鍋があり、粥を作っていたそうだが、どう考えても粥には――いや、もうすでに料理と呼称しても良いのかというレベルのものが置いてあった。これは何て暗黒物質なんだ?

 

「全く、料理なんて慣れないことを無理にやろうとするから」

 

「いや、料理くらいは私でも出来ると……」

 

「考えが甘いな。軍神と称される愛紗にも出来ないことはあるさ」

 

「め、面目ありません」

 

 しゅんと表情を曇らせる愛紗だったが、彼女なりに桃香を喜ばせたいと思ったのなら、それはそれで良いことだ。まぁ。義姉想いの愛紗らしいが、これを知ったら、きっと桃香だって喜ぶに決まっているだろう。

 

 それにしても、愛紗のエプロン姿は意外と似合っているな。普段は凛々しく振舞っているから、このような格好をすると、愛紗の持つ女の子らしさが強調されて、非常に可愛らしく見える。

 

 愛紗はかなりの美人だ。まぁ多少は堅苦しいところはあるだろうが、普段から彼女の行動をきちんと見ていれば、それだけではないことはすぐに分かる。繊細な心の持ち主で、感情豊かな面も多く持つ。

 

 益州に来たばかりの愛紗を思えば、最近の愛紗は本当によく笑うようになった。桃香のような無邪気な微笑みではなく、柔和で穏やかな微笑みは、大人っぽい色気があり、見ているだけでドキドキしそうなくらいだ。

 

「よし、だったら、もう一度作り直そう。材料はまだ残っているんだろ?」

 

「え? 御主人様は料理が作れるのですか?」

 

「あぁ。勿論、達人というわけではないけど、簡単な料理くらいなら出来るよ」

 

「さすがですっ!」

 

「だが、作り直すのは愛紗、君だよ。桃香のために作るのならば、俺が代わりをしちゃ意味がないだろう?」

 

「ですが……」

 

「安心して。愛紗でも出来るように、俺がしっかり教えるから」

 

「はいっ!」

 

 それから愛紗の粥作りの手伝いをした。本当に料理の経験がないようで、調味料の量などが本当に大雑把だった。よく見てみると、砂糖と塩の残りがかなりなくなっている。まさか、あれだけあったものが全部この正体不明の鍋に入っているのか。

 

 後はこれが致命的なことなのだろうが、料理のセンスというか、どうすれば美味しく作れるかという感覚が完全に欠如しているのだ。どうしてせっかく切った野菜を砂糖で揉もうとしているのか、俺には全く理解できない。

 

 勿論、そんな馬鹿な真似はすぐに止めたけれど、愛紗はあまり納得出来ていないみたいだ。甘いものが疲労に効くだと? だったら、粥ではなくて甘いデザートでも添え付ければ良いだけの話だ。

 

 青龍偃月刀などを扱わせたら、おそらく彼女以上の使い手はいないと思うのだが、そんな愛紗でも包丁の扱いは素人以下だった。野菜を切らせれば、全てバラバラのサイズになってしまっている。

 

 俺自身もアニメやゲームの主人公ではないのだから、料理が驚く程に上手いというわけではない。実家にも料理上手の婆ちゃんがいたから、常に料理をしている訳ではないのだが、その姿を見ている内に多少は作れるようになっただけだ。

 

「はい、じゃあ切った野菜と米を煮込もう」

 

「ここで砂糖の出番ですね?」

 

「そんなわけないだろっ」

 

「む? ではいつ使うのですか?」

 

「砂糖のことは忘れなさいっ」

 

 悪戦苦闘しながらも、必死に料理作りに励む愛紗の横顔を、俺はじっくりと眺めていた。やはり女の子の頑張っているときの表情は良いものだな。

 

「ふふ……」

 

「いかがしましたか?」

 

「いや、こうやって一緒に厨房に立っていると、新婚の夫婦みたいだなって」

 

「ふっ!? ご、御主人様、冗談は止めて下さい! それに私のような無骨の者が誰かの妻になるなんて……」

 

「そうかな? そのエプロン――前掛けもとても似合っているし、愛紗は良いお嫁さんになるよ。俺が立候補したいくらいだ」

 

「私と御主人様が……★■※@▼●∀っ!?」

 

「ん? 翠の真似か? 上手いな」

 

「もうっ! 知りませんっ!」

 

 何故か怒らせてしまった。せっかく誉めてあげたというのに、一体どうしてだろう? あぁ、俺が立候補したっていうのが気に入らなかったのかな。

 

愛紗視点

 

 ――愛紗は良いお嫁さんになるよ。俺が立候補したいくらいだ。

 

 ご主人様の台詞が繰り返された――御主人様が戯れに言ったことくらい分かっているのだが、私の心臓の高まりは収まることがなかった。私は一体どうしてしまったというのだ。どこか身体がおかしいのだろうか。

 

 ご主人様はお優しい方だ。今だってこうやって料理の出来ない私を助けて下さっている。自分だって、桃香様の分の政務をやっていて、疲れているに決まっているのに、困っている人を見たら、助けたくなってしまう方なのだ。

 

 いつもその優しさで我らを包み込んでくれるご主人様。そう、ご主人様は誰にだって優しいのだ。別に私にだけ特別なのではない。そんなことは分かっている。だけど、どうして、私はこんなにもドキドキしているのだろう。どうして、この笑顔が私にだけ向けられたら良いのにと思ってしまったのだ。

 

 ご主人様は桃香様と同様に我が主である。ご主人様のことを、私は尊敬している。天の御遣いとして、大陸を平和にしようとする姿勢は、ひた向きで、御自身では何も出来ない無能のように仰っているが、そんなことはないと思う。

 

 最初は尊敬していただけだった。私たちの犯した過ちを正してくれただけではなく、桃香様にも救いの手を差し伸べてくれたのだ。この人は私たちの恩人であり、私はその大恩を、一生をかけてでも返さなくてはいけない。

 

 自分の胸の中で駆け巡る感情が、幾度も交差して、私をさらに混乱へと突き落としていく。それは複雑に絡み合い、一つの塊へと変貌していくようで、またバラバラに分かれていってしまう。

 

「愛紗? どうした? ほら、もうそろそろ出来あがるぞ」

 

「え? あ、はい」

 

 いつの間にか粥が入った鍋から美味しそうに香りが漂ってきていた。ご主人様のおかげで今度は失敗せずに粥を作れそうだ。だが、残念ながら私は、粥が出来た嬉しさよりも、今の自分の気持ちで一杯一杯だった。

 

「おー、美味そうじゃないか。少し味見してみるか」

 

 御主人様が鍋に蓮華を入れて、掬い取ると、冷ますために息を吹きかけてから、それを口へと放り込んだ。

 

「うん。美味しいよ。ほら、愛紗も食べてみなよ」

 

 再び御主人様が蓮華を鍋に入れたかと思えば、そのままそれを掬って私の口元に運んでくれた。

 

「え? いや、自分で――」

 

「いいから、ほら、あーん」

 

「あ、あーん」

 

「どうだ、美味しいだろ?」

 

「は、はい……」

 

 正直な感想を漏らせば味なんて大して感じなかった。そんなことよりも、私の頭には既にご主人様のことしかなかったのだから。御主人様に食べさせてもらったということしか、考えることしか出来なかった。

 

「良かったな」

 

 御主人様が私の頭を優しく撫でてくれた。武人として他人にそのような行為を許すなどあってはならないのだが、何故かとても心地良かった。

 

 もしも、私と御主人様が本当に夫婦になったら――そんな馬鹿な妄想すらしてしまったのだ。本当にどうしてしまったというのだ、私は。

 

「じゃあ、これは桃香に持って行ってあげるね」

 

 御主人様はそう言って去ってしまった。食堂に一人になった私は、自分が抱いている感情が理解出来ずに、ただただその後ろ姿を見ていることしか出来なかったのだ。

 

 それから、食堂を出て、一人で中庭を歩いていた。

 

 ご主人様から笑顔を向けられると、嬉しいはずなのに、どうしてか胸が痛くなるのだ。辛くもないのに、何故か胸が切なくなって、今だってどうしようもなく胸にぽっかりと穴が空いたような心地がする。

 

「おう、愛紗ではないか」

 

「む? 何だ、星か」

 

「何だとは随分ではないか」

 

「そんなところで酒など飲んで、今日の仕事は終わっているのか?」

 

「私は非番だ。何の問題もなかろう」

 

「……そうか」

 

 中庭では星が一人で酒を飲んでいた。既にそれなりの量を飲みほしたのか、星の頬はほんのりと朱に染まっている。

 

「ふむ、どうやら何かあったようだな。どれ、私に聞かせてみんか?」

 

「べ、別に、何も――」

 

「仮に非番であっても、このように昼間から酒を楽しんでいても怒らないなんて、軍神関雲長らしくもない。酒の肴だ。聞かせてみろ」

 

「むぅ……」

 

 確かに、普段の私ならば、弛んでいると言って叱っていただろう。だが、今はそんなことにすら気付かなかったようだ。そして、もしかしたら、星ならば私の抱くこの感情の正体が分かるやもしれぬ。

 

 私と違って、星は様々なことに精通している。以前から私は堅物すぎると言われている。酒の肴にされるのは面白くはないが、このままでは自分の仕事にも身を入れられないだろう。だったら、話を聞いてもらうだけでも良いのかもしれない。

 

「うむ……、じ、実はだな……」

 

 私は先ほどのことを星に打ち明けた。

 

 

「はーっはっはっはっは……」

 

 話した結果、大爆笑された。

 

「くっ、やはりお前などに話すべきではなかった」

 

「いや………、くく……、悪かった」

 

「笑いながら、謝られても誠意を感じぬぞっ」

 

「だがなぁ、まさか、あの愛紗がこのようなことで悩んでいるとは、思ってもおらなかったのだよ」

 

「……私だって悩みたくなど――」

 

「いや、大いに悩むが良い。愛紗も大人の階段を歩んでいるのだよ」

 

「大人の階段だと?」

 

 何を言っているのだ。私はもう立派に大人である。ならば、私には無縁のことではないか。星が一体何の話をしているのか、私にはさっぱり分からなかった。

 

「いや、お主は子供だ。自分が主に対してどのような気持ちを抱いているのか、全く分かっておらぬではないか」

 

「そ、それは……」

 

「どうした? それは、何だ?」

 

「む……」

 

 星の言う通りだった。私が御主人様に抱いているのは敬意であるはずだ。しかし、それならばこんな気持ちになるはずがない。従って、私は御主人様に対して、敬意以外の何かを感じているということになる。

 

「ふふ……、やはり言えぬではないか」

 

「お主には分かるというのか」

 

「分かるとも。私にすれば、至極簡単なことだ」

 

「では――」

 

「だがな、それは人に教えてもらうものではない。自分で悟るものなのだ」

 

 自分で悟るもの、か。確かにそうかもしれない。星は冗談ばかり言う人間ではあるが、人が本気で悩んでいるときまで、軽はずみな言動をすることはない。だから、それが星の助言であるということだ。

 

 もしも、私が星の言う通り、まだまだ子供だというのであれば、これは自分自身で解決しなくてはいけない問題なのかもしれない。

 

「ふむ、多少はマシな顔になったな」

 

「まぁ、感謝はしておいてやろう」

 

「ほう、それは殊勝なことだ」

 

「では、私はここで失礼するぞ」

 

「どこへ行くのだ?」

 

「桃香様のお見舞いに行くことをすっかり忘れていたのだ。こういうときは義姉上の顔でも見て頭を冷やす。ではな」

 

「ふむ……、愛紗」

 

 踵を返してその場を去ろうとした私に、星が再び話しかけた。

 

「何だ?」

 

「一つだけ教えてやろう。もしも、その悩みを本気で解決したければ、主に直接訊くと良い。そうすれば、すぐに分かるさ」

 

「憶えておく」

 

 御主人様に直接訊けば本気で分かりそうな気がしたのだが、一体どう訊けば良いというのか。私は御主人様に対してどのような気持ちを抱いているのですか――とでも訊けるはずもなかろう。

 

 だが、星も私のことを考えてそう言っているのだから、何か機会があれば、それとなく訊いてみるのも一手かもしれない。完全に信用したわけではないが、星に話したことで多少楽になった気がする。

 

 とにかく、今は桃香様の許へと向かおう。まだお休み中だろうか? それとも私が作った粥を食べているのだろうか? 味は分からなかったが、御主人様が美味しいと言ってくれたのだから、心配はないだろう。

 

 敬愛すべき義姉上の喜びは私の喜びに等しい。それで少しでも身体が良くなってくれれば嬉しいのだが――と、気持ちも晴れやかになったことで、桃香様の喜ぶ顔が見たくなってしまったのだ。

 

 桃香様の居室へ入ろうと思ったとき、中から声が聞こえた。どうやら、桃香様は既に起きていらっしゃるようだ。ということは、桃香様の分も政務をやっているのだから、相手は御主人様なのだろうか。

 

 扉が少しだけ開いていたので、私はその隙間から中を覗き込んだ。そんなことをしてはいけないと分かっていたものの、御主人様と桃香様が何を話しているのか、気になってしまったのだ。

 

 ――さっきずっと側にいるって言ったばかりじゃないか。

 

 ――私が眠るまで、手握ってて。

 

 全ての会話が聞こえたわけではなかったが、その言葉だけは聞こえた。

 

 その瞬間、胸の痛みが一気に増した。耐えられない程の激痛を放ったのだ。

 

 ずっと側にいる? 手を握っていて?

 

「それは……どういう意味だ?」

 

 御主人様は桃香様の手を優しく包み込んでいた。慈愛に満ちた瞳は――温かい笑顔は、今だけは桃香様だけに注がれていた。桃香様は布団に包まっているから、どのような表情を浮かべているか分からないが、おそらくは嬉しそうに微笑んでいるに違いない。

 

 どうしてだ? 桃香様の喜びは私の喜びだったはずだ。しかし、どうして、私は嬉しくないのだ。嬉しいどころか、胸が苦しくて、痛くて、切なくて、どうしようもなく悲しかった。その光景を見ているだけで、瞳から涙が零れそうだった。

 

「…………っ!!」

 

 私は逃げ出した。桃香様のお見舞いに来たというのに、桃香様の顔を見ることもなく、私は逃げ出していた。

 

 理由も分からない。

 

 原因も分からない。

 

 意味も分からない。

 

 私はただ胸の痛みから逃れるように、逃げだせば少しは和らぐのではないかと思いながら、ひたすらそこから逃げ出したのだ。

 

あとがき

 

 第七十六話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 もう限界だ。愛紗を書くのがここまで難しいとは思いませんでした。

 

 見ての通りの駄作ですが、あまり誹謗中傷はしないで頂けると幸いです。

 

 さて、今回は愛紗の拠点です。

 

 愛紗と言えば、料理が下手で有名なので、上手くそこを絡めたいと思っておりました。女性と二人で仲良く料理を作りつつ、俺たちって何だか夫婦っぽいな――なんてきゃっきゃっうふふな展開が書きたかったのですが、どうしてこうなった。

 

 愛紗の武人らしい堅物気質と恋する乙女心を上手く表現したかったのですが、どうしても上手く書けませんでした。構成は練ってあったのに、それを字にしようとすると、面白みのないものになってしまいます。

 

 もういっそのこと、完全に別の話にしようかなと思ったのですが、この後の桃香の絡みを考えると、このまま料理の話にした方が都合が良いと判断して、一気に書き切りました。

 

 さてさて、星のアドバイスが効いたのか、多少は気を楽にした愛紗でありましたが、桃香の自室で目撃してしまった二人の姿。

 

 桃香の手を愛しそうに握る一刀くんと、表情までは窺えないものの、義妹ならではの直感で、桃香がそれをとても嬉しく思っていると見抜く愛紗。

 

 激しく胸が痛む中、理由も分からずに逃げ出してしまいました。

 

 果たして次回はどんな展開になるのでしょう。

 

 早く書いてしまいます。これさえ書き切れば次は雪蓮。フリーダム小覇王様なら、きっと作者が頑張らずとも、勝手に動いてくれるでしょう。

 

 今回は調子が悪いので、ここら辺で筆を置かせて頂きます。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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