No.347640

人類には早すぎた御使いが恋姫入り 幕間3 桃香√・愛紗√

TAPEtさん

拠点、ニ分割しました

2011-12-15 09:04:04 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:5329   閲覧ユーザー数:4308

拠点:桃香 題名:夢と現実のバランス感覚が大事

 

 

 

 

桃香SIDE

 

「………はぁ…」

 

昼間は朱里ちゃんたちと一緒に軍の整備と城に入って早速君主としての政務をすることになって、初日から大変でした。

軍に関しての仕事は愛紗ちゃんと雛里ちゃんがやってくれたし、大体の整理も朱里ちゃんがしてくれるから、私に回ってくる仕事なんて、本当ちょぴっとしかないけれど、これからこんな日々が続くと思えば、やっと定着出来ることが嬉しかったり、この先のことが心配だったり……ちょっと複雑な感じです。

 

で、そんなこれからのことを考えれば、なんだか眠れなくなってきて、早く寝ないといけないって分かってるくせに、今城壁に立って、これから私が治めることになる街の一面を見つめています。

 

「私、ちゃんと出来るかな」

 

 

 

 

 

「誰だ、お前は。どうやって入って来……」

「…寝てろ」

「うっ!」

 

……へっ?何?

今の声って、確か離れた所で番をしていた兵士さんの声……

ということは……

侵入!?

 

ええー!しょ、初日から侵入者なの!?

泥棒?強盗?もしかして奇襲!?

 

「おい」

「キャーーー!!!愛紗ちゃうっ!」

「……俺だ」

 

口を塞がれて顔を振り向かせられたら、暗い中暗い顔をした人が居ました。

…あ

 

「一刀さん?」

「……はぁ…」

 

一刀さんはため息をつきながら離してくれました。

 

「番の兵が俺を侵入者と勘違いして鐘鳴らそうとしていたから気絶させたが、流石君までそうするわけには行かないだろ」

「ご、ごめんなさい、でも、驚いちゃって…」

「………」

 

一刀さんは不機嫌そうに城壁に腕を乗せて私が見ていた街の方を見つめました。

 

「雛里ちゃんからどっかで寝ちゃったって話は聞いたんですけど、忙しくて探せませんでした」

「御託は良い。寧ろ俺も邪魔されずに休憩取れたから良しとしよう」

「は、はい……」

「……怒ってるわけじゃないぞ」

「え?怒ってないんですか?」

「何で俺が怒ってると思ってる」

「だって、なんか顔がご機嫌斜めで……あ、そういえば、一刀さんって最初あってから不機嫌そうな顔でしたね」

「…………」

 

あれ?なんか睨まれてる、何で?

 

「はあ…」

 

ため息つかれた!?

なんか不味かったかな。

 

「え、えっと……今のは冗談です。一刀さん凄い別嬪さんです」

 

あれなんか違う?

 

「お前もう喋るな」

 

口封じられちゃいました(涙)

 

「………」

「………」

 

気不味いです。

というかしゃべることを禁じられてもう話すこともできません。

 

「……玄徳」

「………」

「…喋って良い」

「は、はい」

「…己の地を持った感想はどうだ?」

「……正直、ちょっと複雑です」

「ふむ?嬉しくないのか?やっと土台ができたじゃないか」

「そう考えればそうなんですけど、官位を持った以上、自分が治める地でなければ、苦しんでる人たちが居るって知っていても、助けに行くことができなくなるじゃないですか。だから、そういうのはちょっと嫌だなって思ってます」

「なるほど」

「でも、…一刀さんとお話して、それはちょっと変わった気がします」

 

自分の能力の範囲を越えることができなくて哀しむことなんて馬鹿なことでしかないと。自分に出来ることを精一杯することが大事だって、一刀さんはそう言いました。

 

「だから、私がこの平原を治めることになった以上、今はここの人たちを幸せにすることに、全力を出そうと思います」

「……それでは困る」

「ふえ?」

「こんな小さい地を治めることにお前の全力出すぐらいなら、困るということだ」

「……え、でも、一刀さんが…」

「俺は己の能力が及ばぬ範囲の仕事が出来ないことに嘆くなと言ったんだ。こんな小さな場所を治めるに全力出すぐらいなら、天下なんて見れるもんじゃない」

「天下……ですか」

「そうだ。それが君の最終目標だろ?」

「……天下……

 

それは、ちょっと違うと思います」

 

私が願うのは、皆が笑顔で居られる世の中になること。

それが叶うのだとすれば、別にそれを可能にするのが、私自身でなくてもいいと思います。

例えば、私以外にも、人々を守ってあげて、十分に幸せにしてあげられる人がその地を治めているのだったら、私とその人が戦う理由なんてまったくないわけじゃないですか。

私は、ただ、皆が幸せでいれればそれでいいと思います。

 

「……なら、玄徳。君は他の何物かが、『私が君よりも良くこの地を治めることが出来る。より人を幸せにすることが出来る』と言ったら、快く自分の座から降りて来られるか」

「それは……うーん……」

 

それは…考えたことがありません。

確かに、そうすると人たちがもっと幸せになれると思いますけど……でも、ここまで来るまで、私のことを信じて来てくれた愛紗ちゃんや朱里ちゃんたちのことを考えたらそうすることがそんな皆の苦労を無駄にしてしまう気がします。それでは…

 

「駄目……だろうと思います」

「なら、結局最後に残るのは一人になるんだ、玄徳。誰も自分だけが残るまでこの戦いを止めない。君の理想の難しさはそこから生まれる。君の理想を叶えるために、他の誰かの幸せを踏み潰さなければ前に進めない」

「そんな………ちゃんと話し合えば、他の人たちも分かってくれるはずです」

「口だけでは誰も従わない。君が自分の理想を人に託さないように、他の者たちも自分の理想を諦めない。俺が知っている奴の中には、この大陸の覇者となることを夢見る者も居る。そいつは君の話なんて聞きもしないだろう。もちろん、十の九は君の話を夢物語としか思わない」

「っ……」

 

「そんな君の話を夢から現実に引き下ろすためには、先ず君自身を磨くことが必要だ」

 

私自身を磨く……?

 

「己の夢を忘れないまま、その夢を叶う能力を得ることは非常に難しいことだ。人間誰もが己の夢を叶うために頑張るが、その夢のための能力を得ることも難しければ、それが出来るようになってからその夢を実現しようとする者も少ない。時間がかかればかかるほど、最初の覚悟は薄れて、いつの間に夢を失いただ戦い続ける君の姿だけが天下に残るかもしれない」

「………」

 

そんなこと……ないとも言えないかも知れません。

でも、

 

「頑張ります」

 

それでも、私は皆を幸せにしてあげたい。

『今』そう思っています

『明日』も、この思いは霞むことはありません。

そうやって少しずつ、この夢を保ったまま前に進んで行こうと思います。

 

「……興味を持って観察させてもらおう、君の成長を」

「あ、……はい」

 

一瞬、一刀さんが少し笑ったかなぁと思ったけど、勘違いだったかな。

 

「帰って寝ると良い。明日から忙しくなるだろうから」

「はい。あ、あの、一刀さん」

「ん?」

「私のこと、桃香って呼んでください」

「……真名か」

「はい、他の皆とも真名で呼んでるから、一刀さんもこれから仲間になるわけだし、真名で呼んでほしいです」

「俺は俺が認めた人間じゃないと真名で呼ばない、『玄徳』」

「え?」

「……俺は真名はない。これからも一刀と呼ぶか好きに呼ぶと良い」

「あ」

 

一刀さんはそう言いながら先に城壁を降りて行っちゃいました。

 

……最後も、玄徳って言われちゃいましたね。

認めた相手じゃないと真名で呼ばない……か。普通見たら当然ですよね。

 

「…良し、頑張ろう」

 

一刀さんに認めてもらえるように。

私の理想、皆の笑顔のために。

 

 

・・・

 

・・

 

 

 

「先日、歩哨の兵一人が奇襲されて気を失ったまま発見されました。誰か侵入した跡はありませんが、何者かの刺客だったかも知れませんので、これから桃香さまのお部屋の周り警備を三倍にしようと思います」

「……ずいぶんと大袈裟だな」

「黙れ!大袈裟なんてものがあるか!大体、貴様のような不審極まりない者が居るから尚且つ用心せねばならんのだ」

「………」

 

 

あ、あはは……

 

 

 

拠点:愛紗 題名:正しい人への接し方    

 

 

「以上が、ここ平原の人口及び、概略的な経済状況に付いてのまとめ上げです」

 

桃香さまが平原の相の座に任じられて数日、やっと最初の忙しい場面を乗り越えて、現在状況が纏まった。

これで、本格的にこの地の民たちのために働くことが出来る。

 

「桃香さまの噂を聞いた平原の人たちからの期待も大きいらしく、既に色んな経済的手伝いを求める嘆願などが上がってきています」

「うーん、出来るなら皆が望むようにしてあげたいけど、流石にそうはいかないよね」

「はい、税収も以前より下げていますので、全部を叶えてあげることは難しいでしょう。でも、出来るだけ民たちのことを優先した政をすることが、桃香さまと私たちの役目です」

「うん、皆がんばろうね」

 

義勇軍の時は色んな所で桃香さまの名をあげることができたものの、落ち着いて居られる拠点がないことはいつも残念なことであった。

己が治める地を持ってからの桃香さまのご様子は、以前よりも遙かに成長なさったように見受けられる。

これからも桃香さまの天下のために頑張ろうと覚悟を決める私であった。

 

「では、他に報告することがなければ、本日の朝議はこれにて終了としよう」

 

・・・

 

・・

 

 

 

朝議を終えた後、朱里と今後のことを相談しながら歩いていたら、

 

「孔明」

「はわっ!」

「!」

 

突然の声で朱里は驚き私は身構えた。

 

「……」

「あ、ほ、北郷さん」

「…」

 

何だ、コイツだったのか。

 

髪はいつ整えたのか分からないようにぐちゃぐちゃになっていて、佝僂のように腰を曲げて歩く様子を見たら、思わず驚いてしまう。

おまけに顔には大きな隈まであってどうも顔を合わせたくない奴だ。

 

黄河近くで桃香さまに助けてもらってここまで連れてきたわけだが、桃香さまはコイツを仲間にするつもりらしい。

朱里の話では曹操軍でかなりの立場であったらしいが、この様子を見ればその話もただの偽りの噂としか思えん。

 

「貴様は、朝議にも出ずに今まで何をしてきたんだ」

「朝議…?……ふむ、そういえばそういうものがあったな。そんなことよりだ」

「そんなことよりだと!」

 

奴の話を遮って私は叫んだ。

 

「貴様が何様のつもりでここに居るつもりかは知らんが、それらしき言葉で桃香さまを誑かし桃香さまの高貴なる想いを傷つけるようなことがあらばこの関雲長が許さん。それだけは分かっていることだな」

「………コレはどこに行っても同じか」

「何?」

「ところでだ、孔明。これを今後の政の参考にするといい」

 

私のことを無視して、奴は孔明に何かしらの書物を渡した。

 

「あ、ありがとうございます。なんですか?」

「孟徳の所で俺が軍内部の人事や制度などに手を入れた改革案とその結果を数値で表したものだ。参考にして、こっちで使えるか見てもらおう」

「!!」

 

それを聞いた朱里は驚いた顔で目を丸くした。

 

「い、良いんですか?」

「…??」

 

何故そこまで驚くんだ?

 

「君の好きなようにすれば良い。要らないと思った場合は他の所に流れないように処分してもらおう」

「いえ!あの……ありがとうございます。助かります」

「……じゃあ、そういうことで、俺は失礼するぞ」

「どこに行くんだ」

「お前に話す義理はない」

 

私の言葉にそう答えになってならぬ答えをして、奴は向こうへと消えて行った。

まったく、挙動一つ一つが気に入らん奴だ。

 

「朱里、一体それが何でそんなに改まるのだ」

「…これは、曹操軍であの人が行った政策案の詳細情報なんです。私たちみたいな新生の軍ではこのような長い間行われた政策についての情報は凄く大事な資料なんです。しかも北郷さんが曹操軍で行った政治改革案と言ったら、噂だけでも半端のない波及力を持ったものばかりなんです」

「そんなに凄いものなのか?いや、そもそもそのようなものが本当にあんな奴の頭から出てきたというのか?」

「政に置いて見た目なんてどうでもいいんですよ、愛紗さん。私だって、小柄で子供みたいだからって何もできないわけじゃないように、北郷さんだって見た目だけ判断すればどこかの廃人と思われてもおかしくないものの、その能力だけは確かなものなんです」

「まだ奴がここに来て数日も経たぬというのに、どうしてそうはっきりと言えるのだ」

「なぜならですね、愛紗さん」

 

 

朱里は奴からもらった資料に目を通しながらそう言った。

 

 

「こんな政策が、普通の人の頭から出てきたとしたら、私は今直ぐにでも水鏡先生の塾に戻って一からやり直したいぐらいだからです」

「……」

 

私は朱里のその言葉に息が詰まった。

 

 

 

 

そもそも何故奴は曹操軍に戻らないのだ?

それ以前にどういう訳で黄河に流されるようなことになったのだ。

奴のことはどう考えても不自然なことばかりだ。

 

朱里は彼の才能から彼をここに居させる価値があると言う理屈は分かるが、私にとっては奴が桃香さまに何か害を与えるような不審者にしか見えない。

私があまりにも過敏に対応しているのかも知れない。

桃香さまはお人好しで騙されやすい性格ではあるが、己の道を踏み間違えるような方ではない。

それでも、もし奴が桃香さまを誑かすようなことが在るとすれば、その時は私が……

 

「……さん…愛紗さん」

「うん?」

「大丈夫ですか?」

 

座っていた椅子で横を見ると、雛里が心配そうに私のことを見上げていた。

 

「あ、雛里、大丈夫だ。少し、考え事をしていただけだ」

「…北郷さんのことですか?」

「分かるか」

「なんとなく……さっき朱里ちゃんとの話しましたから」

 

そうか。

 

「確かに北郷さんは見た目がアレですし、それに曹操軍の人です。まだ完全にこっちの人になるかも判りませんし、もしかしたら間者として働いているのかもしれないでしょう」

「やっぱ、雛里もそう思ってるのか?」

「いいえ、私はそう思いませんけど」

 

何?

 

「でも、その愛紗さんはそう思ってますし、確かにそういう可能性もあります」

 

…何故

 

「何故、桃香さまも、鈴々も、朱里もお前も、そんなに奴のことが信用出来るんだ?」

 

 

 

 

「疑うべく理由がないからだ」

 

「!」

 

北郷一刀!

 

「士元、言っていた資料だ」

「あわわ、ありがとうございましゅ」

 

奴は雛里に朱里に渡したような形の書物を渡した。

 

「雲長、お前の疑いは至極当然のものだ。だが、それが正しい推測にも関わらず、お前のその考えは玄徳に何の得にもならない、それを他の奴らは知っているからこそ俺のことを疑わない」

「どういう意味だ。じゃあ、お前はやはり曹操の……」

「………」

「あわわ、愛紗さん、だからそういう考え方は意味がないんです」

 

雛里が奴が言いたいことを代わりに言うような言い草で口を開けた。

 

「そもそも、曹操軍で私たちみたいな新生勢力を警戒する理由もなければ、重臣の一人である北郷さんを間者に出すまでもありません」

「しかし、だとすれば何故コヤツはあんな所で桃香さまに出会ったのだ」

「それこそ結果論的な話。過程はお前が気にするものではない。要は俺が君の主を見て興味を持った、それだけのことだ」

 

奴は淡々と言葉を述べた。

 

「お前が俺を疑うことは自由だが、それが玄徳に何か良い影響を与えるかと言うと、そんなことは断じてない。寧ろ俺を無駄に警戒する分、劉備軍の成長は遅れる」

「減らず口を…貴様が裏で桃香さまの命をねらっているかも知れぬというのに…」

「そう思うならここで俺を斬れば良い話だ」

「!」

「北郷さん!」

 

コイツ…私を挑発するつもりか?

 

「分からないか、雲長。お前がやっていることは結果も出ない、結論もないただの妄想ばかりの行動だ。役に立つどころか、周りの足を引っ張るには丁度良い」

「何ッ!」

「お前が、俺が玄徳にとって害になると思えば即斬れば良い。そうでなければ無駄な警戒やめて俺をどうすれば十分に利用出来るかを考えるべきだ。どっちも出来ない癖に威嚇しているぐらいならこの軍で要らないのは俺じゃなくてお前の方だ」

「……上等だ!」

 

私は横に置いてあった青龍偃月刀を握って刃の先を奴の頸に当てた。

 

「あわわ愛紗さん!」

「………士元、雲長が俺を斬れば孔明と相談してこの軍を出ろ。こんなのが居る軍に未来なんてない」

「貴様、まだ言うか!」

「あわわ、二人ともおちちゅいてくだちゃい!」

 

雛里の噛み噛みな話を聞き入れず、奴と私は互いをにらみつついた。

 

「もっとも、それなら俺の目も相当節穴だったということになるが、雲長」

「何だ、言え。それが最後の遺言になるだろうが」

「玄徳のために言う、俺を斬ればこの軍を出ろ。貴様のような自分の能に酔った奴が居れば、玄徳の理想が曇る」

「っ!!」

 

「一刀さん!」

「……!」

「なっ!」

 

その時、いつの間からそこに居られたのか桃香さまが現れて、奴を振り向かせた途端、

 

ベチっっ!!

 

「!」

 

奴の頬に思いっきりのピンタをした。

 

「……!」

「私言ったよね!愛紗ちゃんに酷いこと言わないでって言ったよね!」

「………」

「桃香さま」

「愛紗ちゃんも!一刀さんに何してたの?」

「わ、私はコイツが桃香さまと我々とって敵だと…それに、奴は桃香さまを侮辱しました」

「だから真昼間から一方的に仲間になる人に刃物を当ててたの?お姉ちゃんは愛紗ちゃんをそんな風に育てた覚えはないよ!」

 

私も貴女様に育てられた覚えなんてまったくありません?!

 

「二人とも互いに謝って!でないと、私もう二人の顔見ないよ」

「桃香さま!」

「………謝罪しよう」

「なっ!」

 

コイツ、先にあっさりと謝るとは…

そうやって私を桃香さまから遠ざからせるつもりだな!

 

「いや、私こそ申し訳なかった!!」

「…これで良いか、玄徳」

「うん、良いよ♪あ、後二人和解の意味も兼ねて握手して」

「だ、そうだ」

 

あ、握手。コイツとか?

 

「………」

「……<<ギュー>>」

「うん、もう二人とも喧嘩しちゃ駄目だからね」

「「……」」

 

互い無言のまま手を伸ばしておもいっきりの強さで相手の手を握りつぶしながら握手をすると、桃香さまの顔がいつもの穏やかな顔に戻られた。

 

「あ、ごめん、一刀さん。痛かったよね」

「打った者が言うか……まぁ、良い。俺は用事があるからもう行く」

「あ、どこ行くの?良かったら一緒にご飯……」

 

桃香さまのお話が終わることもまたずに、奴はまた無礼にこの修羅場を出て行った。

 

「…あわわ、び、びっくりしちゃいましゅだ。桃香さま、いつから…」

「うん、愛紗ちゃんをご飯に誘おうとしたら、なんか愛紗ちゃんと凄い剣幕で睨み合っていて……」

「………桃香さまは、何故あんな奴を信用できるのですか」

「へっ?」

 

見た目も元も不審極まりない奴なのに、何故桃香さまはそこまで奴のことを信用出来るのか、単にお人好しだからと終わらせるには、どうも釈然としなかった。

家臣として、義妹としても、あんな奴が桃香さまの近くに居ることが、私にはどうしても容赦出来ない。

 

「愛紗ちゃんと一緒だよ」

「…へ?」

「愛紗ちゃんと、一緒だよ」

 

私と…一緒?

何がですか?どういうことですか?

 

「愛紗ちゃんと、雛里ちゃんとも同じだよ。鈴々ちゃんと、朱里ちゃんとも同じ。一刀さんは、私にとって皆とかわらない仲間だよ」

「……どうして…」

「確か愛紗ちゃんが思っているみたいに私はちょっと馬鹿みたいな所もあって、お人好しで騙されやすいかも知れないよ。でも、愛紗ちゃんは他の皆はそうじゃないよね。皆自分なりの考えを持っていて、その上で私と一緒に居てくれるんだよね。だから一刀さんもそれと一緒だよ。何か黒心があるとかそんなもの一切無く、ただ私が望む理想が素敵だって、一緒に手伝って欲しいって思ってるんだよ、一刀さんも」

「どうして、そう簡単に信用できるんですか、桃香さまは?」

「だって、信じてるんだもん。皆のこと。疑うことより、それがずっと簡単なんだよ、愛紗ちゃん」

 

 

 

「………ふっ」

 

やはり、この人はいつもこうだ。

私に出来ないことが、あまりにも簡単に出来てしまう。

人を信じることも、私にはこんな風には出来ない。

一つだけ、奴が言った言葉が合ってるとすれば、私のこのような考え方――私以外の者は皆桃香さまを利用しようとする――は、桃香さまにとって邪魔になるのかも知れない。

根拠のない信用が危険なように、根拠のない疑いもまた、邪魔でしかないというわけか。

 

「……ふふっ」

「愛紗ちゃん?」

「一本取られたか……」

 

今は先ず、貴様のことをほうって置くとしよう、北郷一刀。

まだ貴様を信用するわけではない。もしも貴様が桃香さまの理想に邪魔になるようなことをするのが私の目に見えたら、その時は今回のように迷わずに、貴様を斬る。

だが、もし貴様がここに居ることが桃香さまのためになるのだとすれば、思う存分利用させてもらう。

 


 
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