No.346429

天馬†行空 六話目 開戦

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説です。
 処女作です。のんびり投稿していきたいと思います。

※主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。

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2011-12-12 01:48:48 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:6462   閲覧ユーザー数:5094

 

 

 

 

 

 眼下に広がる光景を眺め李正は思わず溜息を吐く。

 

「……どうやら兵法の基本も知らぬ将のようですね」

 

 思わず口に出てしまうほどに攻め手の二将の陣立ては『愚』の一言であった。

 

「うわー、また馬鹿正直に正面から来る気かねぇ……しかも騎馬隊だけかよ! 歩兵の姿が殆ど無ぇし」

 

「それだけ功を焦っているのか、それともこちらを見下しているのか……両方が該当しそうですね」

 

「南蛮に頭を下げて太守やってる漢人の名折れ、ってか。……まあ、どう思われようと勝手だがよ」

 

 勝手、と言われる割には怒気が隠しきれてないですねと雍闓の姿を見て思う李正。

 

「話は変わるんだが、李正……ちょっと聞いていいか?」

 

「何でしょうか?」

 

「お前、李権(りけん)殿の縁者か?」

 

「! ……いえ、食客(しょっかく)……でした」

 

 李権というのは益州で有名だった豪族の一人である。

 しかし、劉焉が豪族の取り込みを始めた際に反対した勢力に加わっていた為に既に処刑されている。

 

「そっか……わあった。それ以上は聞かねぇよ」

 

 そう言って踵を返す雍闓の背に李正は問う。

 

「よろしいのですか? 私は……」

 

「いいんだよ」

 

 李正の問いに振り返り雍闓は穏やかな口調で返す。

 

「この戦には多かれ少なかれ復讐ってだけで加わってる奴は何人もいるさ。お前だけじゃ無い」

 

 だから気にすることは無えんだよ、と手を振りながら雍闓は本陣へと歩いていく。

 

「……雍闓殿、私は」

 

 立ち去る雍闓の背に掛けられたそれはあまりにもか細く、届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物資の準備が済んだ次の日、輜重隊は雲南の北、街から半日ほどの距離に築かれた陣へと出発した。

 道中は特に何も起こらず無事に到着し、今は荷降ろしも終わったところだ。

 

「徳昴さん、この後は何を?」

 

「う~ん、特には指示を受けていないんですよ」

 

 李恢さんに尋ねてみると、とりあえずの作業は終了したと返事が返ってきた。

 ……となると、後は明日に備えて休むだけかな?

 

「貴女が李徳昴殿、ですか?」

 

 とは言ってもまだ夕方にすらなってないし……部隊の皆と話でもしようかな、と思っていると聞き覚えのある声がする。

 

「はい、私がそうですが……ええと、どなたですか?」

 

「失礼、私は今回の戦の軍師を務める李正と申します。」

 

 振り返ると思ったとおり、李正だった。李恢さんに用がある風だが……あ、こっちに気付いた。

 

「あ、北郷殿もおられたのですか、丁度良かったです。あなた方の隊に用がありまして」

 

 そういうと李正は俺たちを手招きする……大きな声では話せない内容のようだ。

 

「実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「では作戦を説明します」

 

 本陣の中央に設営された天幕に十数人程が集まっている中、雍闓の傍に控えていた李正は切り出した。

 自身に集まる視線を受けても萎縮(いしゅく)した様子も無く淡々と作戦を語ってゆく。

 

「我々は籐甲兵を最前列に、本陣から北へ四里(二キロ)の場所に布陣します。敵方はその大半を騎兵が占めており、昨日までの雨で地面がぬかるんでいる為、その動きは大幅に鈍くなると思われます」

 

 藩臨、子龍をはじめ前曲の部隊長達が頷く。

 

「前曲の皆さんは戦が始まった後は合図があるまでは防戦に徹して下さい。こちらからは前進しないように」

 

 が、続けられたその言葉に大半の者が不思議そうな顔をした。

 

「オウ、ちょっと待ってくれ」

 

「何でしょうか、藩臨殿?」

 

「俺はそうじゃねえんだが、ここの兵は足場の悪さには慣れてる奴が多いみてえだし、こっちから攻めた方が良いんじゃねえか?」

 

 藩臨の言葉にうんうんと頷く部隊長達。

 

「はい、兵力差がそれほど無く、且つ敵に増援が無い状況でならばそれでも良いのですが……」

 

「敵の先陣だけでも兵力差はこちらの倍、しかも後に二陣目が控えている状況……ですな?」

 

「……その通りです子龍殿、ですので可能な限り兵の損耗を少なく緒戦に勝たねばなりません」

 

「ふむ、つまり今回の作戦の(きも)となるのは――」

 

 そこで子龍は言葉を止め、視線を左右に巡らせ、

 

「――少し前にいずこかへ出発した部隊……数はおおよそ五千程か。――彼らと見たが? 李正殿」

 

 ここに居ない少年の姿を思い浮かべた。

 

「正解です」

 

 李正の目がすっと細くなる。

 

「――先程の続きです。合図を出した後の動きですが……」

 

 

 

 

 

 ――雲南軍の軍議が行われるよりも少し前

 

 鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々を横目に騎馬が行く。馬上の人間はいずれも疲れた様子だ。

 

「ええいクソ! 蒸し暑くて敵わん!」

 

 先頭を行く男が口汚く吐き散らかす。男は僅かに蓄えた口髭を(しき)りに撫で付けているが、その仕草は男がかなり神経質であることを如実に表していた。

 

「まったくだな。こんな辺鄙(へんぴ)な地に住む者共の気が知れんわ」

 

 口髭男に並んで馬を歩かせていた男が相槌を打つ。こちらの男は小奇麗な軍装に身を包んでいるが、間を置かずぶつぶつと愚痴を叩いており、服装が立派であればあるほど男の狭い器量が際立っている。

 

「楊将軍、高将軍。斥候(せっこう)が戻ってきたようです」

 

 彼らのやや後ろに随行していた兵の一人が前方よりこちらに近づく兵の姿を認めて声を掛けた。

 

「……只今戻りました!」

 

「挨拶はいい、サッサと報告しろ」

 

「……はっ! 雲南の軍は城外に陣を張りました。その数、およそ一万!」

 

 息を切らせて戻った斥候に(ねぎら)いの言葉を掛けるでも無く楊将軍、と呼ばれた男は性急に先を促す。

 

「ほう、これはこれは。南蛮かぶれ共は戦う前から既に臆病風(おくびょうかぜ)に吹かれたと見えるぞ、楊懐(ようかい)

 

「おお、確か事前の情報では敵兵力は一万五千……成る程な。これは楽な戦になりそうだな、高沛(こうはい)

 

 高沛と呼ばれた小奇麗な男が心底可笑しそうにそう漏らすと、楊懐は短い口髭を撫でながら歪んだ笑みを浮かべる。

 

「うん? ……ふ~、漸く鬱陶(うっとう)しい所を抜けたか」

 

 左右を囲む木々が疎らになり、やや開けた地に出ると楊懐は大きく息を吐き出した。

 高沛も進軍中に軍装に纏わり付く羽虫や木の葉に悩まされることが無くなったのか、ぶつくさと愚痴を吐きつつも先程までは眉間に刻まれていた(しわ)が消えている。

 しばらくは平坦な地形が続いているが、先の方にはまた鬱蒼と茂る木々や、それらが生い茂る丘陵などが見える。

 斥候によるとその付近が戦場になる可能性が高いようだ。このあたりで陣を張るか、と楊懐は考えた。 

 

「よし! ここに陣を張るぞ! 急いで取り掛かれ!!」

 

「馬に餌と休息を取らせよ。お前達の飯はその後だ……二度は言わせるなよ、解ったらすぐに動け」

 

 楊懐の甲高い声と高沛の低い声に疲労困憊(ひろうこんぱい)していた兵士達は彼らの前で顔を(しか)めることなど出来ず、陣の設営に取り掛かり始めた。

 そんな兵士達を横目に楊懐はうろうろとその場を歩き回り、落ち着かない様子を見せている。

 

「なあ高沛、雲南の奴らの様子からすると明日を待つまでも無い気がするが」

 

 問われた高沛は(うっす)らと笑みを浮かべて、

 

「一日休む程度なら問題あるまい。二陣が来るまでに勝敗は付く……此度(こたび)の戦、侠客(きょうかく)上がりの女に出番など無い」

 

 そう答えた。

 

「――そうだな、よし、なら明日の朝にやるか」

 

「ああ、尤も戦にすらならん気もするが」

 

「全くだ」

 

 楊懐、高沛の頭の中には既に雲南に意気揚々と入る自分達の軍の姿が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、翌日――

 

「ふん、南蛮かぶれ共め。サッサと降参しておけばいいものを――かかれぃ!!!」

 

「騎馬の足が鈍るだろうが、それは向こうとて同じはず……踏み潰せ」

 

 ――おおおおおおおおっ!!

 

 

「よっし、お前ら気合入れろ! 雲南はオレ達の街だ、劉焉の犬なんかに一歩たりとも入れさせんなよ!!」

 

 ――ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!

 

「ヨシ、俺達は作戦通りここを動かず敵を食い止めるぞ! 相手は馬上だ! 相手の足を狙うか、馬を狙え!」

 

『応ッ!!』

 

「――ふむ、始まったか。よし、我々左翼も指示通りこの場にて敵を迎え撃つ。本陣に上がる旗を見逃すな!」

 

『了解しました、趙隊長!』

 

(ふふ、私も気付かぬ内に『隊長』と呼ばれているな。……そう言えばあ奴は『アニキ』だったか)

 

 アニキと呼ばれて困っていた少年の顔。そして、あの時聞いた少年の『真名』らしき名と、それを呼ぶ長身の兵士。ふと脳裏によぎったそれを振り払う。

 今は目の前に集中しなくてはと、子龍は思わず浮かびかけた苦笑を噛み殺す。

 

「――北郷、お前も上手くやるのだぞ?」

 

 ここにいない相手にそっと一言だけ口にして、子龍は向かい来る騎兵に槍を構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 号令と共に馬を駆る楊懐は雲南の兵が動かないのを見てやはり怖気づいたのだ、と感じた。

 加えて敵前曲の兵の幾らかはいかにも粗末な木の皮で作られたような鎧を纏っているのが見える。

 

「見ろ! 南蛮かぶれ共は戦支度も(ろく)に出来ぬと見える、我等の敵ではないわぁ!!」

 

 自らの軍装を誇る高沛も楊懐と同じく前曲の兵を見ると、やはり敵の兵は戦も知らぬ素人の集まりだ、と断じた。

 

「……警戒するまでも無い、あのみすぼらしい乞食(こじき)共を蹴散らすのだ」

 

 二将の激が飛び、騎兵達は意気を高めて馬の速度を上げる。

 

 ――が。

 

「うわあっ!?」「なあっ!?」「おわあああああっ!?」

 

 (とき)の声と共に馬を走らせた騎兵達は敵の前曲まであと一駆け、といったところで驚きの声を上げながらある者は落馬し、またある者は馬ごと地面に転倒した。

 

「なんだ、どうした!?」

 

「楊将軍、地面がひどくぬかるんでおります!」

 

「そんなことは行軍中から分かってる事だろうがぁ!! ――うおっ!?」

 

 兵に怒鳴り散らす楊懐は、突然馬が低くなったような感覚に襲われ反射的に下を向く。

 

「な、こ、これは!」

 

 見ると馬の右の前足が地面に沈みこんでいる。そして楊懐が驚愕している間にもずぶずぶと音を立てて馬の足は泥水を吹き出す地面に飲まれていく。

 

「ええい! ……おい! 貴様! 馬を寄越せ!!」

 

「――は?」

 

「貴様の馬を寄越せと言っている! この俺に馬から降りて指揮を取れとでも言うつもりか!!」

 

「――は、はっ! ただ今!」

 

 語気も荒く部下に怒鳴りつけた楊懐は完全に片足がはまり込んで動けなくなった自分の馬から降りて、部下の馬に乗り換える。

 

「よし……うん? ――成る程な」

 

 馬上から楊懐は自軍を見ると混乱しているのは一部(といっても三割方はまともに動けないが)で他はそうでもないのに気付く。

 沼のようになった地に足を踏み入れることなく敵前曲に突撃を敢行している兵を見て楊懐は混乱している兵に声を張り上げた。

 

「動けぬのであれば馬を下りろ! その後、既に敵と戦闘に入った者達の辿った道を進め!」

 

 ここに至っても敵は消極的に防戦に徹するのみで、こちらの混乱に付け入ろうともしない。矢張り戦など出来ぬ腰抜け共よと楊懐は(わら)う。

 

「進めぇ! この程度で我等を止められると思い上がった腰抜け共に目に物見せてやれ!!」

 

 後ろを振り向いた楊懐は兵が次々と進んでいくのを見て満足そうに口髭を撫で付けた。

 

 

(まだ動かぬか……やはり素人。戦の『い』の字も知らぬようだな)

 

 武器を構えたまま動こうとしない敵の前曲に高沛は内心で嘲笑(ちょうしょう)を浴びせる。

 先程、右翼の楊懐が止まったのを見て高沛は部下が幾らか脱落しているのに気付いた。

 どうも長雨で地が沼のようになっている箇所があるようだ、楊懐は愚かにもそれに足を踏み入れたに違いないと高沛は想像する。

 同僚の貧相な髭面が泥に塗れて驚愕に染まっているのかと思うと、高沛は愉快でたまらなかった。

 

「くくく……相も変わらずの(いのしし)ぶりだな、楊懐」

 

 口元を歪めてそう呟くと距離が詰まってきた敵の前曲を見据え、

 

「……潰せ」

 

 不気味なほどに低く、しかしやけにハッキリと通る声で高沛は敵に向け挙げていた右手を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ばあんっ!

 

 ――その音は楊懐と高沛だけでなく前曲と交戦に入った劉焉軍の騎兵全ての耳に高く響いた。

 一人の騎兵が馬上から眼下の粗末な木の皮を纏った槍兵に向けて繰り出した長刀が兵の胴を捉えた、その刹那。

 その騎兵はまるで竹竿(たけざお)で大きな岩を叩いたかのような奇妙な手応えを感じ――そして。

 

「があっ!?」

 

 脇腹に焼けた鉄串を押し当てられたような痛みを感じた。

 信じられない。騎兵は自らを刺している者が、今しがた自分に斬られて地面に倒れた(と思った)槍兵だったのを視界の端に捉え――

 

「くたばりやがれっ!!」

 

 別の兵が自分に迫ってくるのをただ呆然と眺めていた。

 

 

「へっ、んなもん効か無ぇんだよっ!」

 

 胴を薙がれた筈のその槍兵は何事も無かったかのように立ち上がると泥を拭うこともせず、気勢を上げる。

 

「ぎゃああああっ!?」「うわああああっ!?」「な、なんで、ごぶっ!?」

 

 その声に呼応するかのように前曲のあちこちから騎兵の悲鳴が上がった。

 突っ込んだ者は全てが同じ格好の兵を狙っていて、――その全てが同じ様に返り討ちにあっている。

 

 槍が、剣が、刀が、――()が通らない。

 

「なんでだよ! なんで……ぎゃああああっ!?」「くそっ、なんだこいつらぁああああっ!?」「まともに当たったんだぞ、それなのに……うわあああああああっ!?」

 

 騎馬の波がその奇妙な鎧を纏った兵の壁に当たる度に悲鳴が上がり、そして――じわじわと、前線に混乱が広がり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――戦場を見下ろす丘の上

 

「ただいまっ! 前曲は問題ないみたいだよ!」

 

「そろそろ敵の半数が差し掛かる……輝森、本陣から合図が来る頃かもしれない」

 

蓬命(ほうめい)ちゃん、竜胆ちゃん、ご苦労様です」

 

「徳昴さん! 弓隊の準備が出来たよ!」

 

「北郷さん! ありがとうございます! よし、では皆さんそれぞれ配置について下さいっ!!」

 

『了解です、頭!!』「頭は止めてとあれほど言ったのに!?」

 

「あはは、輝森……もう諦めたらどうかな?」「蓬命ちゃん!?」

 

「輝森は頭というより、……小頭(こがしら)?」「そこ、聞こえてますよ竜胆ちゃん!!」 

 

 作戦前なのにやたらとノリの良い兵士の皆さんプラス馬忠さんと張嶷さんに弄られる李恢さん。

 あ、あははは。フォローしたいけど俺が入っていっても多分収まらないかも。

 下手しなくてもあの『頭とアニキコール』がまた起こりかねない。

 

 

 ……しかしまあ、李正に作戦を伝えられたのはいいけど、李恢さんにいきなり五千の兵の指揮を頼んだのには驚いた。

 話があった時は李恢さん目を回してたからな。私一人じゃ無理ですよ~、と涙目になった李恢さんに、

 

「張伯岐殿、馬徳信殿のことは聞き及んでいます。彼女達にも兵を率いて貰えば良いかと」

 

 と助言をすると、くるりとこちらに向き直り、

 

「それに北郷殿も昨日は兵に(いた)く慕われていた様子、貴方も徳昴殿に力を貸してあげてはもらえませんか?」

 

 と頼まれた。視線を感じて振り向くと李恢さんも縋る様にこちらを見ていたので引き受けたのだけど……。

 

「李正、俺は兵を率いた経験なんて無いんだけど……」

 

「昨日の作業を見る限り貴方は兵の性質をよく把握していました、それに直接兵を率いなくとも徳昴殿や他の方の側で補佐にあたることも出来る筈です」

 

 不安を口にしたところ予想以上に高く評価されていてビックリした。

 そんなことは無いだろうと思ったのだけれど、横で李恢さんが頻りに頷いていたのを見てちょっとだけ自信がついた、頑張ろうと思った。

 昨日の事を思い出していた最中、俺はふと視界の端に青い物を捉え、って――ん? あれは!

 

「徳昴さん! 本陣に旗が揚がった!」

 

「! 弓隊、構えて下さいっ!」

 

 さっきまでの空気はなんとやら、一瞬で引き締まった顔つきになった李恢さんの号令で兵の皆がめいめい弓を引き、弩の狙いをつける。

 

「一……二……三……てえっ!!」

 

 五千の兵が並び一斉に矢を放つ。それはまるで黒い雨のようで。

 その雨は湿地帯を苦心しながら進んでいた敵の中曲と後曲に降り注いだ。

 

「二射目、構えっ! ……てえっ!!」

 

 弓持ちの人達はすぐさま二射目を放ち、弩の人達は急いで次の矢を装填している。

 間断なく降り注ぐ矢は前曲に邪魔されて前に動けず、かといって馬を後退させることも難しい状況にある敵兵を確実に減らしていく。

 そんな中、俺は敵歩兵部隊の動きを注視していた。

 

 ……こちらを無視、はしないよな、やっぱり。

 

「徳昴さん、敵後曲の歩兵部隊がこっちに来る。数は……大体二千くらいだ」

 

「解りました! 竜胆ちゃん! 蓬命ちゃん! 千ずつ兵を率いて(ふもと)の防衛を!」

 

「りょーかい!」「了解だ」

 

「北郷さんは兵を五百ほど連れて竜胆ちゃん達に付いて下さい! 増援が必要かどうかの判断は北郷さんに任せます!」

 

「了解!」

 

 さあ、ここからが正念場だ。

 

 

 

 

 

「もうすぐだ! 懐に入って奴等を止めるぞ!」

 

 泥で(まだら)に染まった他の者より幾分か上等な鎧の男、歩兵隊の隊長は頭上を飛ぶ黒い矢の雨を忌々しそうに睨むと後ろに続く兵に檄を飛ばす。

 目指す丘は既に目前に迫っていた。このまま突入し敵を撹乱(かくらん)する、あわよくば我等で討てば良い。

 兎に角、味方への射撃を止めねばならぬ、隊長は自らの隊の役割を再度確認し、

 

「よし、かかれ!」

 

 右手の剣を丘の上を目指して振り下ろした。

 

 ――それと、同時。

 

 ひゅっ

 

 正面にあった木の陰から何かが、剣を振り下ろした姿勢のままの彼の懐に飛び込んで来た。

 陽光を受けて光る赤、いや茶色か。それが人、それも少女の髪の色であることになんとか彼が気付けた時。

 

 ごっ!

 

 男の腰の高さよりも低く身を屈めていた少女が立ち上がりながら、掬い上げるように放った蹴りが彼の意識を刈り取った。   

 

「次っ!」

 

 声と共に少女は矢のような速さで呆然としている兵の群れに向けて駆け出していく。

 

 

 

 

 

「相変わらず速いな、蓬命は」

 

 先に行くね、そう告げて隣に居た馬忠さんが身を屈めた次の瞬間、その姿がブレたかと思うと一呼吸の間を置いて、やたらと鈍い打撃音が敵軍の先頭から聞こえて……って速っ!!

 見えたのは敵陣の先頭でなにやら叫んでいたおじさんの顎に、アッパーカット気味な馬忠さんのキックが決まったところだけ。

 どうもその一部始終が見えていたらしく、どこか楽しそうに呟いた張嶷さんは背負っていた薙刀を抜いて、

 

「では往って来る。一刀、後方の兵の指示は任せたぞ。――張嶷隊、馬忠隊、私に続け!」

 

 俺を追い越しざまそう言い残すと、馬忠さん程ではないもののかなりの速さで敵陣に突っ込んでいく。

 馬忠さんの奇襲はどうも敵部隊の隊長を倒したらしく、敵兵が浮き足立っているのが分かった。

 張嶷さんに続いたこちらの歩兵隊の皆は、雄叫びを上げながら混乱し始めた敵陣に(くさび)を打つように突貫している。

 なら俺のやることは、――敵の混乱が収まる前に叩くことだ。――味方が突撃している正面を避けて横撃を入れる!

 

「北郷隊、迂回しつつ敵の側面を取る! 皆、駆け足!」

 

『了解、アニキ!!』「せめて隊長って呼んで!」

 

 腰に下げていた木刀を抜きながら、士気がやたらと高い皆と並んで走る。

 敵陣から悲鳴と怒号が上がり、何人か空を舞って……舞って!?

 走りながらそちらに目をやると案の定、馬忠さんと張嶷さんだった。馬忠さんはトンファーと蹴りで、張嶷さんは薙刀(の柄の部分)で敵兵をかち上げている。

 ……おやっさんで見慣れたと思ってたけど、女の子がやってるのを見ると新鮮というかその、なんというか。

 

「アニキ! 敵さんの横っ腹に出ましたぜ!」

 

 ……俺も李恢さんと同じでもう呼称は固定されてしまったのか。いや、考えるのは後だな。うん、そうしよう。

 

「よし、じゃあ攻撃開始! 但し前に出過ぎないようにね。先に突っ込んでる張嶷、馬忠隊の邪魔になるから」

 

『応っす!!!』

 

 

 

 

 

「ふっ! はっ! てりゃあっ!!」

 

 右拳、(かい)(トンファーのこと)の突き、止めに胴を薙ぐ回し蹴り。

 それら全てをまともに喰らい、吹き飛ぶ敵兵。馬忠は疾風のように敵陣を駆け、混乱の収拾に当たろうとしている兵を薙ぎ倒していく。

 

「くそっ! これ以上やらせるな!!」

 

 息を整える彼女の周りを兵が取り囲む。白刃を向ける敵兵に対し、馬忠はチラリと一瞥(いちべつ)すると突然、すっ、と初めにそうしたように地面すれすれまで四つん這いに近い体勢になると、

 

()ッ!!!!!」

 

 右足を軸に、その姿勢から上体を起こしつつ回転しながら周りを薙ぐように蹴撃を放つ!

 

「がっ!」「な、ぐっ!?」「ぶおっ!」

 

 囲んでいた敵兵は蹴りの間合いの外にいた者も何故か巻き込まれ、吹き飛んでいた。

 

「何だ今のは!?」

 

 辛うじて逃れた者は見た。少女の足、爪先から更に足一本分の長さ程、青白い光のようなものが軌跡を描いたのを。

 

「くそおっ! まだ――はっ!?」

 

 一歩後ずさり、周りに声を掛けようとしたその兵が最後に見たものは既に自分の目の前に迫っていた少女の姿だった。

 

 

 

 

 

「踏み止まれ! 算を乱すな!」

 

 目の前で隊長を討たれ混乱する兵を立て直すべく、声を張り上げた者がいた。

 

「よく見ろ! 敵は小勢だ、我等の半――『分でも十分だがな』――なっ!?」

 

 敵はあまり多くない、奇襲でこちらを撹乱して数の少なさを誤魔化す腹だ――そう言おうとした、が、

 

「果てろ」

 

 最後まで言葉を(つむ)ぐことは(あた)わず、気付かぬ内に正面に立っていた黒髪の少女の刃に掻き消された。

 

『小隊長殿ッ!?』

 

 倒れた男の側に集まってきた兵達が驚愕の声を上げる。

 

「おのれ貴様あっ!!」「小隊長殿の仇!」「死ねええええっ!!」

 

 人望があったのだろう、事切れた男の姿を目にするや否や怒りに駆られた三人の兵士が少女――張嶷――に切りかかり、

 

(ぬる)い」

 

 一閃――無造作に振るわれた一薙ぎで断ち切られた。

 

「うわああああっ!?」「くそおっ! よくも!」「皆、囲んで討ち取れ!」

 

 三人が一瞬でやられた事で少し冷静になったのか残りの兵は少女を包囲し始めようとする。

 

「いい判断だが……少しばかり遅かったようだな」

 

「なにっ!? ――ぐふっ!?」

 

 敵兵の後ろや側面から自軍の兵が突っ込んできているのを見て張嶷は口元に僅かに笑みを浮かべた。

 

「後方の兵……一刀か、よく見ている。――さてと、そろそろ蓬命と合流するか」

 

 突然後方から現れた敵に驚く兵を切り倒しながら、張嶷は一際大きな怒号と悲鳴が上がっている場所を目指して走る。

 

 

 

 

 

「劉焉の兵に告ぐ! 降伏すれば命までは取らない、武器を捨てて投降するんだ!」

 

 混乱の極みにある敵軍に呼び掛ける。

 最初の馬忠さんの奇襲、その後は張嶷さんも入り敵の指揮を取れる人達はほぼ討ち取られた。

 鎧すら着ていない上に粗末な槍を持っているだけの兵は江州で徴兵された人達かもしれない、と突撃前に張嶷さんと馬忠さんには言ってある。

 そういった人達は最初の段階から既に戦意喪失した為、こちらからは手を出していない。

 加えて李恢さんから預かった五百で半分包囲している状況だ。李恢さんからは勝てそうなら投降を呼び掛けて下さいと言われている。

 

「繰り返す! 投降すれば命は保障する! 武器を捨てるんだ!」

 

 先程よりも声を張り上げる。呆然としていた彼らもそれで我に返ったらしい、次々に槍を捨てて投降し始めた。

 ……よし! 戦おうとしている兵は残り僅かだ、後は張嶷さんと馬忠さんの部隊でなんとかなりそうだ。

 もうここは大丈夫だろう、李恢さんに伝令を出しておかないと。 

 

 

 

 

 

「伝令! 麓の部隊から敵の撃退に成功したとの報! 張嶷殿、馬忠殿、北郷殿は健在!」

 

「ふぅ……良かったあ。あ――コホン、分かりました。では皆さんに引き揚げるように伝えてください」

 

「はっ!」

 

「本隊も反撃を始めた……決着は早めに付きそうですね」

 

 眼下に見える味方の前曲はこちらの射撃が始まってから反撃を開始していた。

 敵は後ろに下がろうと思っても足を取られて素早い退却は無理といってもいい。

 かと言って進もうにも士気が下がっている今の状態では突破も無理だろう。

 中曲、後曲はこちらの一斉射撃によって大きく数を減らしている。

 後は本隊が決めるだろう。李恢はそう思った。

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿な……こんなことが、こんなことがあって(たま)るかぁ!!」

 

 突撃した者は奇妙な鎧の兵に阻まれ、後方には矢が降り注ぎ、動くに動けない状況に楊懐は怒声を上げた。

 

「――見苦しい」

 

「何者だ! ――くっ! ええい、ここまで敵を通すとは兵は何をやっている!? どいつもこいつも無能者共めが!」

 

「……はぁ。――お主は一度鏡を見るべきだな」

 

「! な、こ、この下郎!! 南蛮かぶれの女がこの俺、楊懐に向かって何をほざくか! 死ぬが良いわぁ!!」

 

 この時点で辺りを見回せば護衛の兵達が倒れ伏しているのが見えたであろう、だが今の楊懐には最早目の前の生意気な女――趙子龍――しか映っていなかった。

 この戦は何かの間違いだ、役立たずの兵共め、内心でそう繰り返しながら抜き放った剣を振り下ろし、

 

 どっ!

 

 楊懐はまるで空に向かって落ちていくような奇妙な浮遊感に襲われ――次いで視界が急速に闇に覆われてゆくのを感じていた。

 

「――お主の首には一兵卒(いっぺいそつ)程の価値も無い」

 

 子龍は槍を一振りし、血を振り払うと誰も動かなくなったその場に背を向けた。

 

 

 

 

 

「な、なんだと。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。私の戦がこんな無様なものである筈は無い……そうか、楊懐だ、あの愚物(ぐぶつ)が――」

 

 楊懐と同じ状況に陥っていた高沛は一人、また一人と倒れていく味方をよそに親指の爪を噛みながらぶつぶつと同僚に対する呪詛(じゅそ)の言葉を口にしていた。

 

「喋ってるところ悪いんだけどよ」

 

「オウ、もう手前しか残って無ぇんだが」

 

「「覚悟は出来てんのか?」」

 

「え? ……ひいッ!?」

 

 間近から聞こえた二つの声に意識を引き戻され、顔を上げた高沛の目に熊のような大男と炎のような髪を(なび)かせた少女の姿が飛び込んで来た。

 

「な、なななななにをしている。お前達、て、敵だ、こ、殺せ、殺せえええええ」

 

「いねーよ」

 

「へ?」

 

「もういねーよ。テメエがくっちゃべってる間、テメエを守って、オレ達にやられたんだよ」

 

「なっ、く、くくく役立たず役立たず役立たず共め、兵も騎馬も楊懐も全て役立たずだ。くそ、くそくそくそ、何故、何故何故私がこんな目に――」

 

「オウ、獅炎」「なんだよ墨水」

 

「……この野郎、俺がやってもいいか?」

 

「ダメだ」

 

 額だけでなく、その太い二の腕にも血管を浮き上がらせ怒りをあらわにしている藩臨に雍闓は静かな口調でそう告げて、

 

「オレが我慢の限界だ――こいつは、オレの、獲物だ」

 

 一言一言に隠しきれない激情を()めて雍闓は吐き捨てると左手に持った(げき)を高沛に突き付けた。

 

「は、ははははは。な、何が獲物だ、獲物は貴様だ。し、し素人がこの高沛に敵うと……敵うと思ったかーっ!」

 

 目の前に突きつけられた戟の先端を見つめ高沛は嗤いながら槍を構えて雍闓に突き掛かる。

 

 ぎんっ!!

 

「――テメエは」

 

 突き出された槍は戟の月牙(げつが)(『槍』の横に付けられた三日月の形をした刃)で受け止められ、

 

「もう――喋るんじゃ無ぇっ!!!」

 

 どかっ!!

 

 眼前の少女から(ほとばし)裂帛(れっぱく)の気合と共に繰り出された刃が、高沛の生を断ち切った。

 

 

 

 

 

「終わりましたね」

 

 前曲と、丘の伏兵部隊から送られてきた報告を受けて李正はそっと胸を撫で下ろす。

 勝てる戦だったとは言え、李正にとってはここまでの規模の戦は初めてだったのだ。

 だが、戦が始まれば味方の士気の高さや敵の攻めの稚拙(ちせつ)さ、籐甲兵の頑健さ、伏兵部隊の働きが李正の考えを上回っていた。

 

「……良かった、私、役に立てたんだ」

 

 伝令が去ると李正はぽつりと呟く。

 

 

「伝令! 軍師殿、劉焉軍第二陣の報が入りました!」

 

「あ……は、入って下さい」

 

「はっ! 失礼します!」

 

「二陣の将が分かりましたか?」

 

「はっ! こちらに向かっている軍を率いる将は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――雲南での戦が始まる二日前、江州にて

 

「のう、(よう)。お主までが行かなくても良いのではないか?」

 

「まぁ、確かに気は向かないけど……主命だからしょうがないわよ、桔梗(ききょう)

 

「しかしのう、今回の件と言いここしばらくの派兵はどれもこれも良いものとは思えんぞ」

 

「……特に今回は先行してるのが楊懐に高沛だしね、はぁ……気が重いわ」

 

「だろう、じゃから出兵してお主まで雲南の住民に恨まれることは――」

 

「桔梗、劉焉様の気性は分かるでしょう? 部下のことも考えると嫌だから行きません、は出来ないのよ」

 

「むぅ……」

 

「あ、でも心配してくれるのは嬉しいわよ。私はもう行くけど巴郡に帰ったら焔耶(えんや)ちゃんによろしく言っといてね」

 

「ぬぅ……仕方ないの。武運を祈っとるぞ、鷹」

 

「有り難う桔梗、じゃあ行って来るわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより雲南に向けて出発する! 張任(ちょうじん)隊、出るぞ!!」  

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき(短いですが) 

 

 天馬†行空、六話目です、お待たせしました。

 今回は雲南防衛戦、第一幕をお送りしました。

 次回は第二陣との戦闘になります。

 

 登場人物についての補足

 

 ●楊懐、高沛

『三国志』正史では劉璋配下の名将です。劉備が入蜀する際に二人とも殺されています。

 この作品では部下に対して横暴、自尊心は人一倍といったキャラクターになりました。

 出番は一話限りだったのですが、書いていてやけに濃いキャラになってしまった気もします。

 

 

 

 

 

 


 
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