No.346053

虚無かつ餞、餞または虚無

siroさん

獄寺に迫る雲雀。

2011-12-11 13:09:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:626   閲覧ユーザー数:626

 

 

「例えばの話だ。何万という蟻の子が一度に生まれる。たかが蟻だろうと、この世に生を受け、その命を全うするのは賛美な事だ。だがその何万の蟻の中で、最後まで命を全う出来るのは何匹だ?全う出来たとしても、一生女王の下で労働する人生。お前はどう思う?」

僕と獄寺隼人が喫煙所で鉢合わせたのは、ほんの数分前。ボンゴレに行く用事がある場合は必ず哲に任せるのだが、生憎哲はロシアに出張して(させた)いた。こういう時に限って外せない仕事が出てくる。面倒だ。

苛立つ体と心を落ち着かせ、僕は財団とボンゴレを繋ぐ通路を通る。沢田にとある仕事についての紙と嫌味を一つ叩き付けたが、それでも苛立ちが収まらない……不本意だがボンゴレの喫煙所に立ち寄った。

そしてフランス産の煙草を吸っていた時、奴は現れたのだ。

あっちも僕がいて嫌そうだったが、煙草を吸えばすぐ離れられる。それに僕は大人だ。一々ここで群れだの何だの言わない。

外方を向いて煙を漂わせていると、奴の煙草のそれも僕の鼻孔に届く。下品な匂いだった。

それから、奴は僕に例の言葉を掛けてきたのである。

「いきなり、意味が解らないんだけど。」

「深く考えるな。」

蟻なんて興味ないんだよ。煙草も不味くなるじゃないか。

そう顔に出し、奴と向き合う。悠々と下品な匂いを漂わせている。

……この獄寺隼人という人間は、この十年で一番変わった人間かもしれない。その眼が語っている。暇潰しだ、……答えてやろうじゃないか。

「人の人生はそれぞれだろう?いや、蟻の人生か……。脚光を浴びる奴もいれば、一生奴隷で終わる奴もいる。それだけの事だ。僕は興味ない。」

「……つまらねえ奴。」

奴の煙草が押し潰され、耳障りな音がする。そして、左手に刹那の灼熱。煙草の火を押し付けられたのだ、と気が付いたのは奴が笑った後だった。

熱い、痛い、だが奴は続ける。

「つまらねえな、本当。お前だって奴隷の癖に。」

「喧嘩なら買うよ。」

「売ってねえさ。」

僕の左手で消された煙草が床に落ちる。僕が吸っていた煙草も、もう役目を終えようとしていた。

床に落ちたものを拾おうともせず、鼻を慣らし、奴は僕から離れて行く。

(奴隷、か……。)

僕は急に、寒さと、それに対比する熱さを体に感じた。左手に押し付けられたあの火のような。

 

惹かれる、とはどういう事なのだろう。馬鹿な女のように、対象に必要とされたい、汚い言葉を使えば、「愛されたい」……だろうか。

 

「……。」

研究室でパソコンのキーボードを打ったり、煙草を吸う度、左の手の甲にあるあの焼き跡が眼につく。そして疼くのだ。傷ではなく、胸のもっと深い所が。同時に奴の姿がちらつく。

多分これは、汚い言葉の通り、奴に僕は「愛されたい」のだろう。

解らないふりをする程、僕は愚かじゃない。自分には正直に生きてきた。

だから正直でいれば、何もかも、手に入ると、思っていたの、かもしれない。

 

冷静な頭のまま、深夜に僕は奴の書斎を訪れた。そして正直な感情のままに奴を押し倒す。奴が僕に勝てないぐらいは奴も知っている。書類やら万年筆が宙を舞い、抵抗の為に手を掛けた奴の匣も投げてやる。雑な音が暫く続き、やがて静かになった。

「……何の真似だ。」

「なんだろうね。……なんなんだろう。」

僕は馬乗りになり、対象を見下ろした。また胸の深い所が疼く。

奴のネクタイを解き、面倒だったからジャケットとシャツをいっぺんに無理矢理開かせた。釦が飛ぶ。

「なんなんだよ。」

──愛されたいって、何なんだい?聞くか迷った。だがそんな自分を想像したらみっともなくて、やめた。

それを察知されたのかどうなのか、奴の眼はとても乾いていた。

「……そんな眼で見るな。」

「どんな眼て見てほしいんだ。」

「さあ?」

「どけ。」

「嫌だ。」

「死ね。」

「君が。」

抱いてくれるのなら。

言葉にするのには、まだ僕は怖がっていた。怖い?何故だ?

でもこれ以上無く、その解らないものを恐れていた。解らないから怖いのかもしれない。けれど僕は自分に正直でいたかった。

「死ねよ。お前と同衾するなんて真っ平ごめんだ。」

「じゃあじっとしときなよ。僕が自分で動く。」

「言葉が解らねえのか?」

「解ってるさ。」

僕が奴のベルトに手を掛けた時、左頬に衝撃を受ける。殴られたと理解する前に、僕の視界は百八十度反転し、床に頭をぶつけた。

今度は僕が、見下ろされる側になっている。

そして僕が奴にしたのと同じように、胸をはだけさせられた。僕に欲情してくれたとか、そんな事はどうでもいい。情が無い先にある虚しい快楽でも、僕は欲しかったのだから。

しかしそんな汚い感情とは裏腹に、奴の言葉は僕の小さく深い欲を潰す。

「俺に抱かれたいのか。」

「そう。」

「抱かねえよ。」

「へえ。」

「お前に欲情する要素は、何一つねえんだ。」

煙草の焼き跡が痛んだ気がした。

「蟻の話を覚えているか?お前はただの奴隷だ。そこら辺の奴と変わらねえ。女王の奴隷。働いて働いて死ね。または潰されろ。」

僕の下腹部にあった重みは無くなり、奴は離れてゆく。胸をはだけ、見下ろされる僕の姿は、哀れという他無かった。

「僕は誰の奴隷なのかな。」

「自分で考えろ。」

奴の足が僕の左手に乗り、体重を掛けられる。焼き跡が潰される。

「うっ……。」

下腹部がじんわりと熱かった。

「死ね。」

 

 

 

 

 

 


 
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