【絆される】
不意に、ぼすん、と腹部に衝撃を受け咄嗟に呻きを上げることは堪えたが、瞬時に止めた息を吐く際、知らず大きな音になりザンザスは思わぬ失態に渋面になった。
平素と変わらずノックらしいノックも無しに山本が執務室に足を踏み入れたのは、目を開けずとも気配でわかっていた。
これまでにも何度かこのようなことはあり、ソファに身体を長々と横たえている相手を気遣ってか、山本は口を開くことはなく動き回ることはあっても足音、気配も極力殺しており、ザンザスも休息の妨げにならないのならと好きにさせていたのだが、今回ばかりはきつくお灸を据える必要がありそうだ。
「……おい」
どけ、と低く告げるも山本の頭は、ザンザスの腹の上から、ぴくり、とも動く気配はない。ソファ横に膝を着き、まるで神前で祈りを捧げるかのようなその姿に、ザンザスの眉が不快感も露わに寄せられる。
「どけって言ってんだ。重い」
再度、告げるも反発するかのように乗せていただけの頭を左右に振りながら、ぐりぐり、と押しつけてくる山本に、苛立ちが沸かないと言えば嘘になるが、怒鳴りつける気にはならなかった。認めたくはないが、これが『絆されている』と言うことなのだろう。
一体いつまでこうしていればいいのか、と先の見えない状況に諦めの息を吐きつつ、ザンザスが、ぽふっ、と山本の頭に掌を乗せれば、更に、ずん、と腹部への圧迫が増した。
「俺も暇じゃねぇんだぞ」
そう口では言いながらも、柔らかく髪を梳く手はそのままだ。
ふと、触れ合っている肌に震えを感じ、ザンザスが訝るように目線を下げたのと、のそり、と山本の頭が持ち上がったのは同時であった。やっとどいたか、とザンザスが油断したのを察知したか、僅かに弛緩した相手の身体を己の全身で撫でるかのような動きで、山本はザンザスに乗り上げ、ぴたり、と寄り添う。
「今度はなんのつもりだ、おい」
「んー、肉布団?」
ザンザスの胸に顔を伏せたまま山本が空とぼけたことを言えば、乗られている本人は隠すことなく大きな溜め息と共に「阿呆か」と一言で斬り捨てる。
これまで頑なに口を閉ざしていたせいか山本の声音は僅かに掠れているが、口調は普段通りであることに、ザンザスは内心、安堵の息を漏らす。事ある毎に調子を狂わされるが、今回のこれは正直、好ましくない部類なのは確かだ。
「甘ったれてんじゃねぇぞ」
言葉とは裏腹に、緩慢に持ち上げられた両腕が流れるような自然な動作で、ぎゅう、と山本の身体を抱きしめる。しなやかな筋肉に覆われた身体は女性のような柔らかさは持ち合わせていないが、じわり、と伝わるその体温は不快ではない。
「重いって言わねぇの?」
くくっ、と喉を鳴らし肩を震わせる山本の髪を、無言で、ぐしゃぐしゃ、と乱暴に掻き乱せば、「ひでーのなー」と更に喉を鳴らす。
なにがあったかなど聞く気は毛頭無いが、ある程度察しは付く。
不器用でありながら人の機微には敏感なこの男は、なにがあろうとも仲間の前では折れるわけにはいかないのだと、頼られる側で居ることを知らず己に課している節がある。
だが、全てを受け止めるにはまだまだ未熟で、身の裡にたまっていく澱を洗い流す術を模索しているのだろう。
他人のために自分が苦しむなど到底理解できない理念だが、これはそういう男なのだとどこか諦めにも似た心境で、ザンザスは未だ顔を伏せたままの剣豪を見下ろす。
「サンキューな、元気出た」
タイミング良く、ぱっ、と顔を上げた山本と、ばっちり、目が合ってしまい、不意のことにザンザスは言葉も出ない。当然、己がどのような表情で居るかなどわかろうはずもない。驚きを隠さず目を見張った山本の様子で、再び失態を晒したと気づいた時には既に遅く、柔らかな戒めから逃れた山本の手がザンザスの頬に伸ばされ、伸び上がるように近づいた唇は緩く弧を描いている。
「珍しいモン見たなー。なんか得した気分」
「黙れ、カス」
憮然と言い放つも寄越された返事は、鼻先への啄むようなキスひとつ。それでも怒る気になれないのは、やはり絆されているのか、と苦笑いを隠しもせず、ザンザスは間近で揺れる顎の傷に歯を立てた。
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2007.12.14
【言の葉】
廊下で擦れ違い様に「武、来てるわよ」とルッスーリアに告げられたが、ザンザスは眉一つ動かさず無言のまま悠然たる態度で絨毯を踏みしめ、執務室の扉を開いた。
室内は煌々と明かりが灯っているが人影はない。だが、いつの間にか彼の定位置となっていたソファの背に黒の上着が掛けられていることから此処に居るのは間違いなく、では何処に居るのかとの問いに対しての答えは容易に導き出された。
執務室に隣接した仮眠室という名のザンザスの第二の私室の扉を開け放てば、真っ先に目に飛び込んできたのは床に脱ぎ捨てられた上、その片方は普段拝むことの出来ぬ靴底を曝している革靴であった。
進路上にあったそれを無造作に蹴り飛ばしベッドへと寄れば、途中で今度は脱ぎ捨てられたスラックスと思しき物が足元に絡み付く。それも忌々しげに横へと払い、ようやっと到達したベッドには目的の人物が枕に顔半分を埋めていた。
「おい」
「んぁー……あー……わりぃ、借りてる」
むにゃむにゃ、と他にも何事か漏らしながら、ごろり、と仰向けになり寝惚け眼で見上げてきたが、意識は存外ハッキリしているようで山本は誰何の声を上げることなく、それなりに会話は成立している。
「まっすぐ戻るよりこっちの方が近かったからさ……うん」
「仕事だったのか」
「んー、なのかなー……」
半分閉じかかった瞼のまま、話すと言うより垂れ流すと言った方が正しい口調で、山本は、だらだら、と話し続ける。
「うん……小競り合いの仲裁ってヤツだ」
いろいろとすっ飛ばして結果のみを口にした感満載だが、ザンザスも言及するつもりは毛頭無く、目の前で一度瞼を伏せ、再度現れたそれまで纏っていた眠気など微塵も感じさせぬ強い光を放つ瞳をまっすぐに捉える。
「それで男前度を上げてきたってわけか」
はっ、と鼻で笑いながらザンザスの伸ばした指が、つい、と山本の口端に触れた。
「おぅ、いい男になっただろ?」
「ぬかせ」
カーテンの引かれていない窓から差し込む月光と隣室から届く明かりのみが頼りだが、それでも山本の顔が不自然に腫れているのは見て取れた。
小競り合いと山本は言ったがザンザスの知る限り、今現在、表立っての勢力争いはない。となると彼の負傷の原因は『内輪揉めの小競り合いの仲裁』といったところだろう。ボンゴレ十代目の崇高な精神は、末端までは行き渡っていないのが現実だ。
「どうせいつもみてぇに、へらへら、笑いながら割って入ったんだろうが。てめぇが本気出せば、カス共は一発で黙るだろうよ。なんでいちいちめんどくせぇ方を選ぶのか理解できねぇ」
「やっぱ穏便に済ませるのが一番だろ?」
不意に、ぐい、と強めに切れた口端を押され、僅かにくぐもった声を上げつつも、山本は負傷の理由を詳しく説明するつもりはないのか不敵に、にやり、と唇を笑みのカタチに吊り上げる。
本気か冗談か、一部では『仏の山本』などと呼ばれているが、彼の本質は修羅であることを知っている者達は不用意に手を出したりはしない。
己の力量を顧みず、無闇やたらと力を誇示したがる者に限って山本を軽んじる。仮にも現ボスの片腕に位置する者がそれでは示しが付かないと事ある毎にスクアーロがいらぬ世話を焼くが、当の本人は「言いたい奴には言わせておけばいい」とまるで他人事だ。
肩書きなど所詮は、絵に描いた餅でしかないのだ、と。
誰にも等しく優しさを。
誰にも等しく厳しさを。
そして、己には制約を。
「本当にめんどくせぇ奴だな」
口端に触れていた親指が下方にずれ、顎の傷に触れる。
「どうせこの傷も、めんどくせぇ理由でついたんだろうが」
「ん……まぁ、そんなトコだな」
刹那、悼みに堪えるように僅かに瞼を伏せた山本に覆い被さるように、ザンザスが顔を寄せる。べろり、と顎の傷を舐めあげ、次いで口端に舌を這わせる。
「おいおい、なに盛ってんだ。一応、怪我人だぜ?」
「こんなモン、怪我の内に入るか」
ギッ、と片膝をベッドに乗り上げてきたザンザスに苦笑しつつ抗議をするも、そんな口先だけの物にザンザスが耳を貸すわけもなく、ごつごつ、と硬い掌が、するり、と頬を一撫でした。
ふ、と一瞬、くしゃり、と泣き出す寸前のように顔を歪めた山本に気をよくしたか、ザンザスがそのままこめかみの辺りから撫でるように髪に指を差し入れたその手に、山本は自分の手を重ねると、やんわり、と掴み、ゆっくり、と、だが、明確な意志を持って引き剥がした。
その行動を明らかに不満を宿した瞳で見下ろしてくるザンザスに、ゆるり、と眦を下げ、山本は自分から離したザンザスの掌と己の掌を、ぴたり、と重ね合わせる。
「やっぱり大きいな」
目に見える事実を確認するだけではない響きを伴った声音に、ザンザスは、ぴくり、と片眉を上げ、合わせた掌を見つめる山本の瞳を、その奥底に潜むなにかを探るように見据える。
滅多に感情を表に出さぬ静かな瞳が映している物などザンザスには知りようがないが、垣間見えた寄る辺ない幼子のような不安定な揺らぎに、苛立ちと憧憬と歯痒さを覚えたのは確かであった。
「どんなにでかくとも、取り零すものはあるぞ」
人一人が背負える物などたかが知れている。その見極めができないのではなく、わかった上でしないこの男は、いつまでも、なにがあっても変わらないのだろう。
「そうだな」
その言の葉が山本のどこに、ぽとん、と落ちたのかザンザスにはわからなかったが、なにかを納得させるには充分であったか、山本はまっすぐな視線をザンザスに向け、再度、ゆるり、と笑み、重ね合わせていた手を静かに離すと、僅かに震える唇を相手の掌に押し当て、軽く吸った。
「なに盛ってんだ」
「お互い様だろ?」
軽くふざけたやり取りに、どちらからともなく口角を吊り上げ、噛みつくような口吻を交わした。
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2007.11.20
2007.11.23 少々加筆。
2008.01.18 少々加筆。
【あたたかな】
しゃこしゃこ、と米を研いでいる山本の手元を覗き込みながら、ルッスーリアは感心したかのように小さく息を漏らした。
執務室の一角にある簡易キッチンは、山本のために作られたと言っても過言ではない。実際、彼以外はお茶を入れるために湯を沸かす程度にしか使っていないのだから。
「ねーぇ、いつもお米、空輸してるってホント?」
「んー、こっちにもいい食材はあるけど、やっぱ米だけは日本のじゃないとダメなのなー」
ははは、と笑いながらさりげなくこだわりを見せつつ、研ぎ終えた米を手早くザルに上げると、エプロンをしたまま山本はシンクから離れ、とすん、とソファに腰を下ろす。
「あら、休憩?」
「三十分くらい、そのままおいとくんだよ。続きはそれからな」
そう言えばこれがお目見えしたのはいつだったかしら? とルッスーリアは、ぼんやり、と思い返しながら傍らの冷蔵庫を開け、山本のために冷えた牛乳を、自分にはジンジャーエールの瓶を取り出した。
確か、冷蔵庫が届いた日は山本がスクアーロを引っ張って街へと飛び出し、大量に買い込んできた食材を前に庶民の食べ物に疎いザンザスが、非常にわかりにくくはあったが色々と興味を示していた、とルッスーリアは記憶している。
「なぁ、ザンザスの様子どうなんだ?」
瓶を手にしたものの、ついザルに上げられた米を物珍しそうに眺めていたルッスーリアはその問いに顔を上げ、滑らかな足取りで先に腰を落ち着けた山本へと歩みを進めると牛乳瓶を手渡し、そのまま向かいのソファへ音もなく静かに身を沈めた。
「ただの風邪……だとは思うんだけど、『寝てれば治る』って頑なに言い張って、お医者様も部屋に入れようとしないの。無理矢理入ろうとすれば怒鳴るし、手当たり次第なにか投げてくるし。ホ~ント困った人よねぇ」
まるで子供の癇癪だ、と言葉に併せて肩を竦めてみせるルッスーリアに、山本は「ザンザスらしいな」と僅かに眉を寄せつつ、緩く笑む。無駄にプライドの高い彼だ。弱った姿を人目に晒すことはこれ以上はないほどに耐え難い屈辱なのだろう。
「こういうときに限ってスクアーロは任務で居ないし、あんまりにも意固地だから冗談のつもりで『武呼ぶわよ』って言ったら、途端にだんまり。ねぇ、なんなのコレッ!? もー、武ったらどんな魔法を使ってあのボスを手懐けたのよ!?」
親指で瓶の口を塞いでいた王冠を、すこーん、と真上に飛ばしつつ、ずい、と身を乗り出してきた相手の勢いに、さすがの山本も僅かに喉を詰まらせた。
「そうそう。ついでと言っちゃなんだけど、どうしてボスに手料理持ってくるようになったのか、その辺りも聞きたいわぁ~」
あわよくば了平相手に実践しようとでも言うのか、笑顔でありながらルッスーリアの瞳が放つ光は真剣以外の何者でもない。
「なにかきっかけがあったんデショ?」
かり、と人差し指で己の頬を掻きつつ遠い記憶を掘り起こしているのか、目線を上へと向けた山本に「勿体振らないで教えてちょうだいよ」と、声を弾ませるルッスーリアはまるでお昼休みに恋愛話で盛り上がるOLのようだ。
「んー……」
きゅぽん、と手にしたままであった牛乳瓶から蓋を外し、ぐび、と一口分を喉に流し込む。暫し、難しい顔で考え込んでいた山本の片眉が、不意に、ぴくり、と上がった。
サングラスに遮られようとも手に取るようにわかる、期待に満ちた眼差しを向けてくるルッスーリアに、山本は、こてん、と小首を傾げて見せた。
「覚えてねぇや。悪ぃな」
ははは、と陽気に笑う山本を前に、ルッスーリアは勢い込んでいた反動で激しく、がっくり、と肩を落としたのだが、続いた山本の言葉に今度は彼が小首を傾げる番だ。
「ただ、あったかいモン食わせてやりてーなー、って思ったことは覚えてる」
「武の持ってくるお料理、冷めてるじゃない」
「ん? まー、そーなんだけどな。うん」
額面通りに受け取るべき事ではないとわかっているが、ツッコむのがお約束だろう、とルッスーリアが言葉を返せば、山本は明確な答えは返さず、ただ、柔らかく笑むばかりであった。
こんこん、と出来るだけ丁寧にノックをした後、いつもならばそのまま応えを聞く前に扉を開けるのだが、先程のルッスーリアの話で多少、警戒心が沸いたか、山本は「ザンザス? 入るぞ」と一声掛けてからドアノブを握った。
その甲斐あってか物は飛んでこなかったが、僅かに身を起こしたザンザスからは代わりのように険しい眼差しが投げられる。一見すれば病人とは思えぬ強い眼光を放っているが、それは手負いの獣が見せる荒々しい光によく似ていた。
「お、ちゃんと寝てたか」
だが、敢えてそれには触れず後ろ手に扉を閉め、無造作とも言える足取りでベッドへと近づく山本の手には、盆に乗せられた小さな土鍋。
サイドテーブルに盆を乗せ、ザンザスの具合を窺うように山本が僅かに身を屈めれば、不快そうに顔を歪めザンザスは付いていた肘を外し、ゆっくり、とベッドに沈んだ。
「おかゆさん作ったのな」
「いらねぇ」
「そう言うなって」
片手で椅子を引き寄せつつ、ザンザスの額に逆の手で触れる。
「んー、まぁ驚くほどじゃないな」
さらり、とそう口にしてから山本は己の膝に盆を下ろし、ぱかり、と土鍋の蓋を開ければ、ふわり、と上がった柔らかな湯気に気を取られ、ザンザスは山本から目を離した。
そう言えば土鍋など此処にはなかったはずだ。それに米も。一人用の小さな物とはいえわざわざ持ってくるなど、それも米まで一緒となれば、呆れるしかない。
そのことに気づいたザンザスは小さく「莫迦か」と零した。
「ひでーのなー」
木製の匙で土鍋の中身を掻き回していた山本がその呟きを耳に留め、小さく笑う。一匙掬って、ふーふー、と粗熱を取り、片手を添えてザンザスの口元まで運べば、隠すことなくその唇が歪んだ。
「また味のねぇソレか」
「そう言うなって。粥っていったら俺ん家じゃ昔からこれなんだよ」
世の中にはミルク粥やハーブ粥、たまご粥と様々な種類があるが、山本の記憶にある粥は剛の作った白粥しかないのだ。
ほれ、口開けろって、と促しつつ、山本は、ゆるり、と笑む。
「なに笑ってんだ」
気持ち悪ぃ、と吐き捨てるように付け加えたザンザスだが素直に口を開け、そっ、と流すように落とし込まれた粥を、ゆっくり、と咀嚼する。それを数度、繰り返してから山本が静かに口を開いた。
「一年くらい前だっけか。ツナの親父さんに呼ばれて日本に行ったの」
こくり、とザンザスが嚥下したのをみとめ、先と同様に匙を動かしつつ話を続ける。
「他に誰も都合が付かなくて、俺が同行したんだよな」
今にして思えばザンザスの付き人は建前で、なかなか帰郷することの出来ない山本に対する綱吉の計らいであったのだ。それがきっかけで今、こうしてザンザスと山本が共に居るなど、夢にも思わなかったであろうが。
「門外顧問に呼ばれるなんて、すんげぇ重要な用件かと思ったら……」
当時を思い出したのか、くつくつ、と喉を鳴らす山本を、下からザンザスが鋭く睨め付ける。
そう、家光は敬愛する九代目の息子を、食事に招いただけであったのだ。空港まで迎えに来た家光の運転する車が到着したのは彼の家で。状況が理解できず、ぽかん、としていたザンザスの手を取り「いらっしゃい」と優しく笑んだ奈々に毒気を抜かれたか、家光に怒声を浴びせることもなくぎこちないまでも笑みを返したザンザスに、山本は胸を撫で下ろしたものだ。
次々と卓に並べられ、「さぁ、たくさん召し上がれ」と勧められる奈々の手料理を前にどこか面映ゆい顔をする、山本がそんなザンザスを見たのもこの日が初めてであった。
そして実質、一週間もの休暇を与えられた山本はホテルではなく、自分の家で過ごすことにし、その際、「一応、付き人ってことになってるし」と強引にザンザスも引っ張り込んだのだった。
リング争奪戦の件を知っている剛からは、ちくり、と嫌味を頂戴したが、それは後を引くような物ではなく、むしろ口にした本人が先陣を切って笑い飛ばしてしまったほどだ。
息子の連れてきた人物が暗殺部隊の頂点にいることを承知の上で、特別扱いしない剛にザンザスは少々、面食らったようだが、ここでも面映ゆそうな顔を、一瞬、見せたのだった。
「今だから言うけど、こっちに戻る直前に熱出したのには、さすがに焦った」
「……うるせぇ」
「うん、まー、ザンザスも人間だし、仕方ないよな」
ほい、最後な、と差し出された匙を口に含み、ザンザスは決まり悪そうに眉を寄せる。山本にその意図があったかは定かではないが、話に気を取られ差し出されるそれを拒むことなく、結局、完食してしまったのだ。
「あとは薬飲んで寝てれば、明日には起きられるだろ」
こつん、と己の額をザンザスのそれと合わせてから、どこに隠し持っていたのか、ぺちょり、と冷却シートを貼り、空になった土鍋を乗せた盆を手に立ち上がった山本だが、ふと、何を思ったか盆をサイドテーブルへと戻すと、再度、ザンザスの顔を覗き込んだ。
「なん……」
閉じかけていた瞼を気怠げに持ち上げたザンザスの言葉は、否応なしに止められる。
ちょん、と触れただけで唇は直ぐ様離れたが、悪戯な舌は煽るようにザンザスの唇を舐め上げた。
「早くよくなるおまじないなのな」
「……上等だ」
覚悟しとけ、と低く笑うザンザスに応えるように、山本の唇も弧を描いた。
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2008.01.19
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■REBORN!の二次創作。
■10年後設定ザン山ザン3本詰め合わせ。
『絆される』
『言の葉』
『あたたかな』