晴天の霹靂とは、まさにこのことだ。あまりのことに、当の本人は呆然とするしかない。
「わたしに、縁談……、ですか……」
エリーゼが呆けたように呟く。内容を噛み砕いて説明してくれているドロッセルの言葉も、右から左に抜けていく。
「お相手は、エレンピオスの貴族だそうよ。ご丁寧にも、陛下の推薦状まで添えられていたわ」
縁談といい貴族といい、何もかもが自分とは縁遠い単語ばかりな中、唯一反応できたのが陛下、という音だった。
精霊とマナに祝福された、緑溢れる世界リーゼ・マクシアを統べる王。部族間のしがらみに喘いでいた祖国ア・ジュールを武功によって平らげ、国王を失った敵対国ラ・シュガルを併合した男。
「ガイアス……」
覇王は武ばかりに秀でた人間ではない。数奇な巡り会わせで数度となく刃を交えたことのあるエリーゼには、恐ろしいまでに他者を信服させる、その性質が何よりも印象強かった。
そして今の統一王の傍らには、あの軍師が控えている。まるで合奏を纏め上げるかのように軍を指揮したことから、指揮者と謳われた老参謀ローエン・J・イルベルト。彼は、仲間として共に旅していた頃から、多くの知識と経験で未熟な自分達を支えてくれた。
その彼らの頭から生み出された縁談である。ごく普通の見合いでないことは明らかだった。
「ただの婚姻では、ないのね?」
「……ええ」
その憚るような肯定から察するに、ドロッセルもまた二人からあらかじめ色々と言い含められているようだ。帝都へ呼び出された本題はこれか、と少女は醒めた心で納得する。
女領主はゆっくりと、順を追うように語り出した。
「今回の縁談は、リーゼ・マクシアとエレンピオスの上流階級同士で婚姻関係を結ぶのが目的よ。本当は独身の陛下が嫁取りをなさればいいんでしょうけど、そうすると二つの世界の力関係が微妙になるでしょうし。適度に大きな屋敷に属する人間で、適度な年齢と美貌を兼ね備えているっていうことで、エリー、あなたが選ばれたみたい」
「でも、それならドロッセルが選ばれていても」
少女の疑問はもっともだった。花嫁候補の要求項目は、目の前の女領主だって充分に満たしている。
友人の言葉に、領主は苦笑交じりの溜息を落とした。
「なんというか、この辺の匙加減がまた色々あるのだけど。要するに、要職についてなくて、独身で、身寄りはないけど由緒正しい屋敷の当主が後見人になっている。それだけで、エリーの一人勝ちなのよ」
「あ……」
そこまで暗に言われて、ようやく少女は気づいた。
「わたしなら、被害が一番少ない……。そういうこと、ですね?」
「有り体に言ってしまえばね」
エリーゼは現在、シャール家で当主と家族同然の暮らしをしているが、両親は既にこの世の人ではない。幼い頃に孤児となった少女は、金銭目当てに売り飛ばされ、実験の道具にされた。そこから多くの幸運と、巡り会った人々の好意だけで、今、六家の当主を後見人にしている。
今でこそ貴族の令嬢として扱われているエリーゼだが、戸籍を遡ればシャール家とは何の縁故もない人物だ。そういった情報は役所できちんと明文化されているから、異国の人間であっても、彼女の血筋を調べることなど朝飯前だろう。
なまじ良家の娘が嫁ぐより、人的損失は少ない。頼れる肉親も存命していないのなら、万が一国家断絶という危機に陥り見捨てたとしても、文句を言う人間が皆無だからだ。
エリーゼは心細さを覚えた。これでは、友と慕っていたドロッセルにさえ見捨てられたも同然ではないか。
結局自分の将来は、シャール家当主ドロッセルの胸先三寸なのだ。屋敷に一緒に住まわせてもらっているのも、学校に通わせてもらっているのも、後見人になってもらっているのも、全ては彼女の厚意によるものに他ならない。逆を言えば、彼女に見捨てられたら最後なのだ。
エリーゼは、己の立ち居地の不安定さを突きつけられた気がした。
「それで、どうする?」
「え?」
顔を上げると、当主は既に便箋を仕舞い始めていた。
「この縁談を、よ。エリーはどうしたい?」
「どうって……。もう、わたしだけの問題じゃないでしょう?」
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うそつきはどろぼうのはじまり 7