No.341614

そらのおとしもの きみののぞむもの 『表編』

tkさん

『そらのおとしもの』の二次創作になります。
 今回のテーマ:鳳凰院視点で送る智樹とイカロス達の関係。そして自己を省みるちょっといい話。

本編でのイカロス達の行動の裏側は、次回投稿予定の『裏編』にて。できるだけ早く投稿したい所です。

2011-11-30 20:49:29 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:804   閲覧ユーザー数:783

 僕の名は鳳凰院=キング=義経。

 本来なら君ら市井の者が呼ぶのもおこがましい高貴な名前だけど、特別に鳳凰院と略する事を許してあげよう。

 はっはっは。僕は寛大な精神の持ち主だからね。

 

 さて。突然で恐縮なのだが、最近の僕はある悩みを抱えている。

 その悩みとは二種類。

「マスター。今月のお小遣いは残り500円です」

 一つは鈴の音の様な可憐な声を持つ女性の事だ。もちろん美麗な容姿、清楚な佇まいも魅力的な素晴らしい女性である。

 そう、僕は恋をしているのだ。

「分かってる。でも今月の目玉である『ドキッ! おっぱいだらけの秘密プール』と『大好き! 縞パン溢れるアイランド』。どっちにするか決められないんだ」

 もう一つは品性下劣な言葉を並べる男の事だ。短小な体に煩悩しかない脳を持つ下等な男である。

 正直に言おう、僕はあの男を憎んでいる。当然その理由も自覚してる。

「…どっちもは駄目か?」

「駄目です」

 あの素敵な女性が生活を共にする相手が、よりにもよってあの男だという事だ。

 彼女の前で平然とわいせつな本の購入を検討し、あまつさえ相談する男。まったくもって度し難い。

 

 女性の名をイカロスさんといい、男の名をミスター桜井という。

 否、あの男など猿で十分だ。それほどに僕はあの類人猿が憎らしいのだ。

 

 

 

 きみののぞむもの 『表編』

 

 

 

 僕がイカロスさんを密かに見守り始めて一週間が経った。

 もっとあの人の事を知りたいと思い始めた事だが、貴重な発見と共に見たくもない物まで見せられる日々が続いている。

「無念だ… 俺にもっと財力があれば、一方のエロ本に寂しい思いなんてさせないのに…」

「マスターの場合、財力よりも浪費癖の方が問題です。無節操です」

「うぐ。お前も言うようになったな」

「ありがとうございます」

「いや皮肉だからな!?」

「そうですか」

 イカロスさんとミスター桜井は親しげに買い物をしている。やはり僕の知らぬ間に二人は距離を縮めているらしい。

「ま、皮肉を言われるという事は人間らしくなってるって事か。良い事だよな」

「そうです、良い事です。なので、今後もマスターのエロ本の購入にストップをかけたいと思います」

「うん、お前はお前のままでいいんだぞ? 無理して変わる必要は無いんだ」

「言動が矛盾しています、マスター。良い笑顔で誤魔化そうとしても無駄です」

「くっそぅ! もしやニンフが裏で入れ知恵してるな!?」

「ご指摘の通りです。さすがマスター」

「全然嬉しくねぇ…」

 会話だけ聞けば二人は口論しているように見えるが、傍から見れば楽しんでいる事は一目瞭然だった。貴重な発見とはこれだ。

 あのミスター桜井と会話している時だけ、イカロスさんは心底楽しそうなのだ。逆に一人の時のあの人はどこか寂し気なのだ。

 決して目に見えて笑ったり泣いている訳では無い。だがこうして観察を続けると日に日にそれが分かってくる。

 

 それが、僕には辛い。

 あの人が心を開いているのは、僕ではなくあいつなのだと思い知らされる様で。

 

「む! フラレテルビーイングからの呼び出し(コールサイン)か!?」

「ただの携帯電話ですが」

「解説ご苦労! というわけで俺には使命ができたので買い物は任せた!」

 事もあろうにミスター桜井はイカロスさんとの時間より男同士のくだらない集まりの方が大事らしい。まったく、信じがたい事だ。

「待ってろ女湯もとい俺の仲間たち!」

 どうせする事は下劣な覗き行為だろうに。僕には彼の行動原理が理解できない。

 颯爽と駆けだすミスター桜井。

 …そしてそれを無言のまま追う一人の女性。

「………イカロス君」

「はい」

「俺は買い物を任せた、と言ったと思うんだが」

「…買い物は後でもできますので」

「いや、これは男同士の神聖な集まりなんだよ。だからだな」

 『神聖』というよりも『真性』の変態の間違いだろうに。

「マスターのお邪魔はしません。私はただ見届けるだけです」

「………それは駄目だっ!」

 逃げ出すミスター桜井だが、イカロスさんがそれを見逃すはずもない。

 そもそも身長、体力からして彼女の方が上なのだ。あっという間に追いつかれて並走される。それを追いかける僕も少し大変だ。

「ちょっとだけ、ちょっとだけですから」

「そりゃ詐欺師の台詞だっ! ニンフだな!? またニンフが入れ知恵してんだな!?」

「ノーコメントです」

 結局、ミスター桜井がイカロスさんを振り切る事はなかった。

 

 

 フラレテルビーイングとは、要するにモテない男子生徒が集まって下品かつ下世話な活動をする最低の集団である。

 しかしその数だけは馬鹿にできない。この場だけでも十数人、町内にはこの数倍のメンバーがいるという。

「…同志桜井よ。なぜイカロスさんがここにいる?」

「…すまん、振り切れなかった」

「我らの聖戦に女連れで現れた不届き者への処遇は?」

『死刑! 死刑! 死刑!』

「やっぱりかよおぉぉぉ!!」

「これが、神聖な集まり…?」

 違いますイカロスさん。どう見ても下賤な輩の私刑風景ですから。

 

 

 

 

 フラレテルビーイングから一通りの制裁を受けたミスター桜井と、何事も無かったように買い物を終えたイカロスさんは桜井家の玄関をくぐる。流石の僕も家屋に浸入してまで尾行はできない。よって外から様子をうかがうだけになる。

 ………いや、表現を間違えた。これは尾行ではなく、影ながら見守る真摯な好意なのだ。時としてこういう行為をストーカーと呼ぶ人間もいるが、断じて僕は違うのである。

 

 台所から会話が聞こえる。僕は耳を澄ました。

「なあイカロス、今日の晩飯は?」

「わ・た・し。です」

「ぶぅっ!?」

 ミスター桜井の噴き出す声が聞こえた。

 …危なかった。思わず僕まで噴き出しそうになった。

「………会長だな、吹き込んだのは」

「正解です。マスターの洞察力には時折ですが感嘆します」

「あの人以外の誰がいるんだよ」

 会長と言えばミス五月田根か。まったく、純真無垢なイカロスさんになんてことを教えるのだろう。

 本来は僕らが通う私立の方に通うべき家柄なのに、わざわざ田舎くさいの町立を選んだ彼女の嗜好も理解不能だ。

「とにかく、楽しみにしてるから」

「はい。もう少しお待ちください」

 ………さも当然という会話は、僕にとっては苛立ちを感じさせるものだ。

 そもそも何故イカロスさんはあいつの世話を焼いているのか。これまで色々と観察したが、炊事から洗濯、掃除まであの人が受け持っている。ミスター桜井はイカロスさんが家政婦か何かだと勘違いしていないか? そして何故あの人は今の立場に不満を持たないんだ。不公平だとは思わないのか?

 

「王手飛車取りっ!」

「ぐおっ!? ニンフ、少しは手加減しろよ!」

「バカね。あんたがニンフ先輩に勝てるわけないじゃない」

「確かにそうだけど、お前に言われたくねぇ!」

 

 居間からはあの男が他の少女と楽しく談笑している声しか聞こえない。

 なんなんだ、あいつは。イカロスさんという人がいながら他の少女に粉をかけ、その幸福を当然の様に享受するその神経。

 やはり僕はあの男が憎い。出来る事なら今すぐあの場に足を踏み入れ、殴りつけてやりたい。

 

「お待たせしました」

「お、じゃあここまでだな。ふ、今日は引き分けだなニンフ」

「詰み一歩手前だったくせになに言ってんだか」

「わーい。ごっはんごっはん」

 

 だが、出来ない。出来る事ならとうにやっている。

 それをやってしまえば、イカロスさんが悲しむのだ。

 自分の八つ当たりで女性を悲しませるなど、それは僕の美学に反する。

 それに、なにより。

 

「うん、やっぱイカロスの作った飯は落ち着くな。俺、もう炊事の仕方忘れちまったよ」

「そうですか。それは結構な事です」

「あのねアルファー。そこは一応たしなめる所よ?」

「むぐむぐ」

 

 覗き見た食卓では、イカロスさんが幸せそうだったのだ。

 

「智樹のハンバーグもーらい!」

「甘いぜアストレア! お前のコロッケをいただく!」

「ああああー! 最期のコロッケー!」

 

 彼女は決して笑顔ではない。だが。

 

「ならニンフ先輩のをもらいますっ!」

「なんでこっちに飛び火すんのよ! 返しなさいデルタ―!」

「ふっふーん。ちっちゃいニンフ先輩の手じゃ届きませ~ん。ついでにイカロス先輩のも―」

「―絶対防御圏(イージス)展開」

「みぎゃあああぁぁぁぁ!?」

 

 やはり幸せそうなのだ。それくらい、誰が見ても分かるのだ。

 

「こらイカロスっ! アストレアごとちゃぶ台吹っ飛ばすな!」

「あたしの心配は?」

「いらん」

「そんなの無駄でしょ」

「不必要です」

「みんなしてひどっ!?」

 

 それが答えだ。あれを壊す事なんて僕には出来ない。

 ………ついでに言えば、今まさに彼女自身の手で物理的に食卓が破壊された訳だが。

 

 あの団らん。あれに対して異を唱える資格が僕には無い。

 少なくとも、僕の家の食卓とはああいうものではない。僕の家のそれは豪華ではあるがもっと無機質で冷たい物だ。あのように質素ながらも、どこか温かみのある食卓ではない。

 それを羨ましいとは思わない。桜井家の食卓は混沌として無秩序の極みだ。僕には絶対に合わない。

 だが、それを知らぬ僕があそこへ現れてそれを壊す資格など無いのも事実なのだ。

「…帰るか」

 音を立てない様に忍び足で桜井家をあとにする。覗き見まがいの行為に少しだけ後ろめたさがあった。

 

「待ってください」

 そんな僕を引き止める声が聞こえた。

 聞き違えるはずが無い、鈴の音の様な可憐な声。

 

「イカロス、さん…?」

 いつの間にか玄関から家を出ていた彼女は、僕に静かに歩みよって来る。

「…これを」

 渡された白い便せん。それを半ばマヒした思考で受け取った。

「必ず、来てください」

 それだけを言い残し、彼女は桜井家の玄関へ戻って行く。

 僕は唖然としてそれを見送る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 簡潔に言えば、それは呼び出しの手紙だった。

 しかも深夜。人気の無い大桜の下に、である。

 

「ふ、ふふふふふふ…」

 顔はさっきから緩みっぱなしだ。それを重々承知していても、止められないのだから仕方ないだろう。

「僕は罪な男だ…」

 そう、僕は罪な男なのだ。

 まさかイカロスさんが僕の視線に気づいていて、その想いまで見通されてしまっていたとは。

 これも僕が持つ圧倒的な存在感と高貴な雰囲気のせいに違いない。本当に罪な男だ、僕は。

 

 ほどなくして、待ち焦がれた相手が現れた。

 彼女の白いワンピースはウエディングドレスを想像させる。

「…来てくれましたか」

「もちろんです。この鳳凰院=キング=義経、淑女の頼みを断る事などできません」

 しかも他ならぬ貴女の願いならば、とは流石にキザが過ぎるだろうと口にしなかった。ふ、この謙虚さも僕の罪なのかもしれないな。

「では、私の要件については」

「予想はついてますが、やはり貴方の口から聞かせてほしい。…ああいや失礼。これは僕から言うべき事ですね」

 告白の言葉とは女性から言わせるものではない。やはりここは僕からプロポーズするべきだろう。

「…いいえ、これは私から宣言します」

 だというのに、イカロスさんは自分から先にプロポーズしたいらしい。

 積極的な人だ。だけどそれも愛おしい。

「では聞きましょう。イカロスさん、貴女は僕を―」

 ―愛しています。

 僕はその言葉を信じて待つ。

 

 

「―殲滅し、滅殺します」

 だというのに、そんな言葉が、返って来た。

 

 

「………む?」

 おかしい。これはおかしい。何故この流れで抹殺宣言なのか。

「ウラヌス・システム起動。マスターに仇なす外敵は、許さない」

 …うむ、イカロスさんは本気の様だ。噂によるとあの人の背後にあるアレは、町を丸ごと吹き飛ばすくらいわけないというし。

「イカロスさん、一ついいですか?」

「なんでしょう。遺言なら聞きますが」

 彼女の紅く輝く瞳はどこまでも真摯だ。そこに嘘は感じない。彼女はここで僕を亡き者にする気らしい。何故だ。

「貴女は僕を愛していないのですか?」

「………愛はよく分かりません。ですが、あなたに対する理解不能な衝動はありません」

 

 ………………そうか、わかったぞ。これは。

 

「はっはっは。ツンデレとはイカロスさんも可愛い所がありますね?」

 そう、俗に言うツンデレなのだ。

 相手に気が無いと見せつつ、実は気になって仕方ない。

 それを相手に指摘されるとついムキになって否定してしまうアレなのだ。

「いやぁ、僕は本当に罪な男だ」

 そうと分かれば何もおかしな事などない。要するにイカロスさんは照れ隠しに僕を殺す気らしいのだ。

 いやまいった。これほど女性から強烈なアプローチを受けたのは生まれて初めてだ。

「いいでしょう。この鳳凰院=キング=義経、不肖ながらも貴方の愛を受け取りましょう!」

 ならばここで逃げるという選択肢はない。僕は全力をもって彼女の愛を受けきるのみだ。

「良い覚悟です。愛がどうこうは分かりませんが、せめて苦しまないようにしますので」

 イカロスさんから無数の光弾が放たれる。

 さあ、いくぞ義経。ここが僕の正念場なのだ―

 

 

 

 

 この後、僕は全治二週間の怪我を負い入院した。彼女の愛を受け取るにはまだまだ修行不足だったのだろう。

 今でも時折彼女からの愛を受けては入院する日々だが、これはこれで充実している。

 これぞまさに『愛が痛い』というやつなのだろう。

 

 一つ気になる事といえば。

「なんで毎度ながらぴんしゃんしてんのアイツ…!?」

「マスターに勝るとも劣らない生命力と生還能力。強敵だけど、私は負けない…! ニンフ、援護を」

 イカロスさんとその姉妹から送られる視線が、時々ありえない生物を見る様なものになるのだが…

 まあ、些細な事だろう。

 僕は愛に生きる紳士、鳳凰院=キング=義経。その生き方が奇異の視線を集めようと、後悔はしない。

 それがイカロスさんの愛を得るのに必要な物ならば、安い物だ。

「さあ、イカロスさん! 僕をもっと痛めつけてくれぇ!」

「………今、少しだけ理解不能な衝動を感じた。これが、愛?」

「いや違うから。アルファーが感じたのは『気色悪い』って感想だから」

 

 青い空。そこに舞う天使からの砲撃が僕を焼き尽くす。

 そんな中で、『恋は盲目』という言葉をふと思い出した。

 

 

 

 

 ~了 裏編のニンフ編に続く~


 
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