No.341572

【俺屍】佐和伝―ある娘とある男神の物語―

結城由良さん

前作( http://www.tinami.com/view/340108 )13代目から1世代飛んで15代目の当主のお話です。
14代では春菜の入手までしかできず、15代になってようやく、鳴神小太郎が倒せたのでその記念です。
また、一族の神々との関わり具合もちょっと描きたいなと思っていたので、その辺も入れてみました。
それで、久々に海法さんのノベライズ(「俺の屍を越えてゆけ―呪われし姉弟の輪舞 (ファミ通文庫)」ISBN:4757713215)を引っ張り出して読んでみたという。
この小説、クリアしていて未読の方にはお勧めです^^

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2011-11-30 19:18:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1222   閲覧ユーザー数:1213

「がはっ……!!」

 

 佐和(さわ)が剣を振り抜くと、鳴神小太郎という名の敵は、ずずずと音を立てて崩れ去った。後衛に萌子を重ね掛けしてもらった末の、渾身の一撃であった。

 

 止めを刺した真央岩鉄斬(しんおうがんてつざん)――その名の由来となった、かつて若くして散った第7代当主真央(まお)の、そしてその兄岩鉄(がんてつ)の恨みをようやく晴らせた瞬間だった。

 

「一族の悲願、ひとつ果たせましたね」

 

 (あきら)という名の大筒士が、よいしょと「ツブテ吐き」という散弾筒を肩に背負い直しながら言う。

 

「…そうだな。

 だが、終わりじゃない。

 まだ、先は長い」

 

 第15代当主佐和は、そんな晶に頷きながらも重々しく言った。戦いで乱れてはいたが、その長い金色の髪は、紅蓮の祠に満ちる溶岩の輝きを受けて、きらきらと輝いている。部隊唯一の男である一輝(いっき)は、照り返しでピンク色に色づく肌と共に一幅の絵のような美しさを形作るその髪を、うっとりと眺めていた。

 

「なにぼうっとしてんのよ」

 

 拳法家の初穂(はつほ)が、そんな一輝を小突く。他家との結魂で生まれた彼女は、同じ時に生まれた桔梗(ききょう)ととても仲が良かったが、戦力バランスの都合上、今回は一緒ではなかった。初の別々の出動で不安があるのか、初穂はちょくちょく4カ月年下の一輝を構っては紛らわせているようだった。

 

「うっせーな。

 桔梗ねーちゃんがいないからってイライラしてんじゃねーよ、ブス」

「な、なんですってぇ」

 

 いつものじゃれあいが始まったと、佐和は苦笑した。苦笑しつつも、残された時間の短さを思い出し、指示を出す。

 

「これからは未踏の場所になる。

 各人、装備・道具を点検するように。

 その点検が終わったら出発する」

 

 実際、鳴神小太郎など、先を思えば小物にしか過ぎない。ここ数年、力を付けてきた一族は、太刀風 五郎・雷電 五郎を倒し、今回ようやく鳴神小太郎を下した。しかし、まだ彼らの解放には至っていない。そして、かの朱点が仕掛けたという髪、また、朱点自身もまだ遠い。

 

 その実感は、すぐにあっさりと強化された。進んだ先で全滅しかけたのだ。

 

「あきら!!!」

 

 空に舞う巨大な天狗と謎の妖怪たち、それらが合体した巨大な妖怪が繰り出してきた芭蕉嵐という上位の術に、晶が力尽きた。なんとか敵を下したものの晶の傷は深く、非常用に常備していた養老水が初めて役に立った。

 

「死なないでくれ、

 お前が死んだら私は…」

 

 佐和にとって、晶は一族の中でも特別な存在だった。1月違いと歳が近いというだけではなく、第13代当主秋穂がその娘千早(ちはや)を大筒士としてから、彼女とその娘晶は当主を支える特別な位置にあった。

 

 1年2カ月になろうという佐和は、この戦いを最後に前線からは引くことに決めていた。それと共に晶も引退する。できたばかりの大筒士の血筋に伝えるべき奥義はなく、一族としては晶がここで死んだとしてもそれほどの損失ではない。

 

 だがしかし、人の思いがそんなもので計れるわけもなかった。少なくとも佐和は彼女のために生きていた。彼女のいない世界に何の意味があるだろう?

 

 これ以上の続行は危険だ。佐和はそう判断すると、撤退を指示した。

 

 

「すみません、足手まといになってしまって…」

 

 重傷の晶が、伏せた床から身を起こそうとするのを制して、見舞いに来た佐和はほほ笑んだ。

 

「いや、どうせ、私の交神の予定もある。

 それに、今回の討伐の戦果は飛びぬけている。

 まったく問題ないどころか、素晴らしい」

 

 事実、鳴神小太郎撃破だけでなく、他に得た物も多かった。七天爆、火竜、鳳招来、盾穿ち、と4種の上位の術に、扇の指南書。近年まれにみる快挙と言ってよかった。

 

「……よかった。

 これで心おきなく引退できますね」

 

 弱弱しく微笑む晶に佐和は、ああ、と頷いた。そして、思い出したかのように懐から包みを取り出す。

 

「これを。

 1日朝昼晩と3回服用しろ、

 ということだ」

「…これは?」

 

 初めて見る蝋引き紙の包みを手に取りながら、晶は怪訝な顔をした。

 

「漢方薬という。

 身体に良いというので買い求めてきた」

「!……わざわざ……ありがとうございます」

 

 晶の礼に、佐和は照れたように頭を掻いた。前世が神主と言い張るこの娘は、なぜか言葉や所作が男っぽい。そして、晶がひどく感謝している様子に、「東方淫羊根」という薬の名前は言い出しそびれてしまった。

 

 ……材料がなんであれ、効けばよいのだ、効けば。

 

「湯はイツ花に運ばせる。

 ああ、イツ花といえば、お前の好物の竹輪を沢山買って来たとか言ってたな」

「……あらあら、

 食べきれないかも」

「沢山食って早く元気になれ」

 

 ははは、と笑い合うと、佐和は晶の部屋を出た。引退した当主の仕事は山積みになっている。手始めに自分の交神、そして晶の交神、次世代の育成もある。

 

「一歩一歩進んではいる」

 

 ただ、それがいつか辿りつく先を、自分は見ることができないだけだ。佐和は頭を振って、そんな思いを振り捨てると、当主の間へと戻っていった。

 

 

 佐和が自身の交神の相手に選んだのは、虚空坊岩鼻という異形(いぎょう)男神(おがみ)だった。イツ花に連れて来られたその場所は山深い森の中に佇む(いおり)で、天狗の姿をしたその男神はそこに一人坐し、手酌で静かに酒を飲んでいた。

 

「人の女子(おなご)は、面白い」

 

 こと(・・)が終わり、臥せる佐和の床に広がる黄金の髪を、手で掬うようにしながら男神が呟くのに、佐和はくすり、と笑った。

 

「虚空坊さまも面白いと思う」

 

 ころんと転がるようにして、横に腕をついていた虚空坊の胸元にすり寄る。男神の逞しい胸に抱かれるのは、想像していたよりも随分と気持ちのいいものだった。そして、この男神は恐ろしい外見とは裏腹に優しいだけでなく、機微にも富んでいた。初めてのことに緊張する佐和の気持ちをほぐそうとしてか、愉快な話題で何度も笑わせてくれた。そんな優しさが好きだ、と佐和は思った。

 

「そうか?」

 

 虚空坊は、そんな佐和の答えがさらに面白かったのか、かかか、と笑って彼女を抱き寄せた。柔らかなその感触を楽しみながら、天界もだいぶ変わった、と虚空坊は思う。

 

 かつて、天界は終わらぬ時に倦み停滞していた。朱点との戦いの時まで、虚空坊自身もそんな日々に倦んでいた。朱点に封じされていた期間の記憶はほとんど残っていないが、戻ってみれば随分と様相が変わっていた。

 

 朱点を討伐するために選ばれた一族。この一族は、天界に変化をもたらしていた。時が止まり、成長しないはずの神々が成長するようになっていた。例えば、この一族の初期から付き合っていた焼津ノ若銛の成長は著しい。今では、かつての中堅土々呂震玄と肩を並べるほどになっている。また、この一族から新しい神の参入も続いている。

 

 この数年間で、天界の勢力図は大きく変わった。この一族のもたらした変化は、天界の神々の間に困惑と混乱と、そして活気を生んでいた。

 

「面白いのう」

 

 虚空坊がそうしみじみ言うと、意味を取り違えた佐和がその腕の中でくすくすと笑った。

 

 

 

 虚空坊との間の子どもは、男であった。男では当主を継がせることはできない。剣士にすれば、刀や奥義の伝承もややこしくなる。このため、佐和はその子を新しく得た職業である踊り屋とすることにした。2月空けて、男神焼津ノ若銛との間に娘を得る。和歌(わか)と名付けたその娘が初陣から無事帰還するのを見届けると、1038年7月、1歳11カ月で佐和は息を引き取った。

 

「早すぎるってほどでもなし、

 私など、

 惜しい者でもないからな」

 

 だから泣くな、と最後まで気丈に振舞おうとする佐和に、晶は取り縋った。

 

「バカなこと言わないで…」

 

 佐和にとって晶が特別だったように、晶にとっても佐和は特別な存在だったのだ。

 

 

 

「あの娘は来なんだか…」

 

 新しく天界に女神を迎えるための宴席にて、その女神が挨拶してくるその顔をじいっと見つめた後、その男神はぽつりと呟いた。一瞬戸惑った後、人であった時の名を晶というその女神は、悲しげに頷いた。

 

「はい。

 私などよりも、氏神にふさわしい方でしたのに」

 

 その男神が言うところの娘、佐和は一族を率い、近年まれに見る快挙を成し遂げた当主であったが、氏神とはなれなかった。氏神となるための条件は成した成果でなく、ただその素質によるものだったからである。ひとり女神となった晶は、家族であり親友でもあった佐和が傍らにいないことを悲しんだ。

 

「そうか…」

 

 その男神――虚空坊岩鼻は、それだけ言うと手に持っていた杯をぐいと仰いだ。人と交わるのは面白い。だが、それは喜びと共に悲しみももたらすものだった。

 

 悠久の時の中で長らく忘れていたその痛みを、虚空坊は酒で流し込むのだった。

 

 

 天界に天橋立(あまのはしだて)という場所がある。かつて、ほとんど訪れる者もなかったその場所は、ここのところ人気が絶えることがなかった。

 

「おや、虚空坊どの、珍しい」

 

 ここへ足繁く通うようになった神のひとりである焼津ノ若銛が、新たな訪問者に声をかけた。

 

「う、うむ…」

 

 照れたように虚空坊が、その長い鼻を指で撫でる。焼津ノ若銛はその様子に無言でほほ笑んだ。

 

「…虚空坊どのもかの一族が気になりますか?」

 

 言いながら、雲を分けて下界を覗き込む。その視線の先には、彼らが気にするようになった一族の生き生きとした姿があった。

 

「……息子がいるから、の」

 

 焼津ノ若銛がその虚空坊の言葉に頷いた。

 

「ですね。

 私の娘なぞ、今代の当主をしておりましてな。

 どうにも気になって……」

 

 苦笑する焼津ノ若銛に虚空坊がかかかと笑う。

 

「まさか、我らが親として気を揉むことになるとはのう」

「まったくです」

 

 必死に世代を重ねて生きて死んでいく一族のその営みは、長い時の中で凍りついていた神々の心をも溶かすのか。天界を吹き渡る風には、確かに新しい時代の香りが混じっていた。

 


 
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