No.340761

とある騎士の秘密手紙 1

01_yumiyaさん

秘密結社編、アカエリスタ王国捏造。  作品背景だけ借りた半オリジ話。

2011-11-28 17:17:09 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:509   閲覧ユーザー数:500

[とある騎士の秘密手紙]

 

 

『兄さんへ

 

朝ごはんはキッチンのテーブルの上、

飲み物は棚に入ってます。

 

ちゃんと食べてください。

 

僕は少し出掛けてきます』

 

(…、これでいいかな)

 

書き置きを軽く見直して、僕は頭を掻きました。

僕は兄さんと二人暮らし。今日は買い出しに行く予定でしたが、兄さんがまた起きてきていません。

朝早いとはいえ、市場も開き始める時間。兄さんが起きるのを待とうかとも思いましたが、しばらく待っても起きてくる気配が全くしません。

諦めてひとりで出掛けることにしたんです。

 

僕らは騎士隊に所属しています。とはいえ、最近この辺りは異変もなく平和な日々。

そのためか、本日は久々の休日を頂きました。ゆっくりと休もうかと思いましたが、保存食や消耗品が少し減ってきています。

無いからといってすぐに困るわけではありませんが、この休日を利用して買い足しに行こうと思ったわけです。

 

 

家を出て、自然が溢れたのどかな道を進みます。

僕は朝の爽やかな風を浴びつつ少し歩みを早めました。

市場は少し遠いんです。

 

…ただ市場まで歩いた、というだけではつまらないですね。

 

少し僕らのことを話しましょうか。

僕らは「騎士」です。騎士というものは、一般的に騎乗して戦う兵士のことを言います。

ライダーですね。

しかしそう表記すると、変身っ、とか言いたくなりますね。…ああいや、なんでもないです。

 

まあいろいろややこしいのですが、最大の矛盾点からお話しましょう。

 

騎士のいる王国に騎士団はなく、

騎士団のある王国に騎士はいません。

 

つまり騎士のいる騎士団は、王国のものではないんですよ。

 

『騎士』とは武器を持って戦う人です。

『騎士団』とはその人たちの集まりなんですが、

『王国騎士団』になると武器を持って戦いません。

 

王国が創る『騎士団』は、名誉といいますか、勲章的なものなんです。

戦闘組織ではありません。称号のひとつですね。名誉貴族となります。

 

基本的に王室に属する戦闘組織は貴族の子弟の方です。

任期は1年間で40日程度、嫌になったら帰っていいんです。

それが貴族です。

 

王室は専用直属の兵士など持っていません。

…持てないんです。お金がなくて。

基本的に王室には、兵士を常日頃から雇うための金銭的余裕はないんです。

日頃から城を守り、常に城にいるのは少数の家臣くらいですね。彼らは王室に住んでいますし。

 

貴族も王室も戦えないわけではありません。

ですが、手が足りない場合や相手が強敵だった場合。

 

そんなときに依頼され前線にたつのが、僕ら騎士隊。戦うために存在する『騎士』の集まりです。わかりやすく言えば傭兵ですね。

つまり『騎士』と『騎士爵』は別物なんですよ。

 

ただ、僕らの場合は少しややこしくて。…王室から名誉称号も貰ってるんです。

 

『アカエリスタ王国騎士団』と。

 

僕らは以前、王国が危機に晒されたときに先頭にたって戦いました。

その功績を讃えられて、騎士団の称号を頂いたんです。

 

つまりまぁ、王国から認められているけど雇われてはいないんです。

つまり王室直属ではないため、ある程度自由に動けるのですが、何かあったら王室からの依頼がなくとも優先的に国を護る。

そんな立場なんです。

 

僕ら騎士隊は王国のものではありません。

その王国の領地に居住している騎士隊、という表現が一番近いですね。

 

ですが、なんだかんだで王国から口出されたりします。

仕方ないことですが、若干鬱陶し……いえ、王室の悪口はやめておきます。

働けば働いただけの報酬はもらってますし。

 

騎士というものは華やかなものではなく、ガテン系の肉体労働者です。

そんなしんどい仕事のなかで、責任を伴う隊長はさらにしんどい立場だと思います。

 

僕の兄さんは、そんな騎士隊を率いる隊長なんですよ。

 

兄さんが率いてくれるため、僕らはなんとか騎士として生きていけます。

今の世の中、火薬の発達によって騎士の需要は下がってしまいました。

僕らのような騎士よりも、火薬を使った武器のほうが扱いやすいと、僕らはただの無機物に居場所を奪われています。

元騎士でも、強盗や犯罪者としてしか生きれなくなった人なんかたくさんいるんですよ。

 

僕らが騎士として生きていけるのは、兄さんが隊長として僕らを率いてくれているからです。

 

そうだ兄さんの話をしましょう。僕の兄さんはとてもカッコいいんです。

 

的確に指示をし、武器の扱いも馬の扱いも右に出る方はいません。

場数もたくさん踏んでいるため、突然のアクシデントにも強く、何があっても最善の選択をとれる人です。

また言葉遣いも、礼儀も所作も完璧です。

 

『これぞ、最高の騎士隊長!』

 

そんな評判が王国内だけでなく諸国にも広まっています。

王国の方も兄さんを信頼して何かしら会いにきます。王室に入って欲しいみたいですね。

…兄さんは断り続けていますが。

 

「自分はそんな評価される人間じゃない」

 

兄さんが断る度に、謙虚で慎ましい、とさらに評価が上がっています。

他の騎士隊員の方も、うちの隊長は自分の強さを自慢しない良い隊長だ、と街で自慢しまくっています。

 

僕にとっても自慢の兄さんです。

が、

兄さんは謙虚とかではなく、本気で王室に入る気がないことを僕は知っています。

面倒そうだから絶対嫌だ、と思ってることを僕は知っています。

 

兄さんは、なんというか、

…少し、駄目な人です。

 

この間なんかは急に僕を呼んで、ソファーに寝っ転がりながら、

 

「それ取ってくれ」

 

と、少し体を起こせば手に取れるものを僕に取らせました。

 

取ってやった僕も僕ですが、少しは自分で動いて欲しいです。

 

他にも、毎朝起きてくるのは遅いし、家事も手伝わないし、放っておくとゴロゴロするし、食べ物は底なしに食べるし…

 

…えーと…。

 

兄さんは、悪い人ではないです。

嫌な人でもないです。

ただ少し、駄目な人なだけです。

 

こんなこと誰も知りません。

兄さんが駄目な人だなんて誰も、知りません。

 

「ただでさえ、王室に目をつけられて異様に評価されている。

それだけで面倒くさいのに、王室入れとかさらに面倒くさい」

 

兄さんは以前そう僕に愚痴りました。

そして、「おかしいよな、俺らは生きるために戦っただけなのに」と不思議そうに柔らかく笑いました。

 

「面倒くさい」「わからない」、兄さんはそう僕に愚痴りますが、世間の期待に答えようとしているのか、騎士隊長として働く兄さんはキリッとして本当にカッコいいです。

キビキビ働きます。

が、

おかげで家での駄目っぷりが悪化しました。

基本的にゴロゴロして働きません。

 

僕としては、外でもう少し気を抜いてもいいと思うのですが…。

 

苦笑いしながらぼんやりと考え考え歩いていたら市場に到着しました。

 

では、少し失礼して

買い物をしてきます。

のんびりと市場を回り、減っていた消耗品等の買い足しをしました。

減っていたとはいえ、大量に買う必要はなく、買い物は意外とあっさり終わりました。

普段からあまり家にはいないので、買い足すものが少ないのは楽ですね。

 

市場に来たついでに、今日の食事に使う食材を探します。

食事も普段は店でとるのであまり用意はしないのですが、今日は休日。

何かしら作ろうと思ったわけです。

 

何にしようか、と市場をうろうろしていたら、店の人に声を掛けられました。

 

「騎士さんか、今日はどうしたんだ?…お兄さんは?」

 

今日は食材の買い物に。兄さんは疲れているのか家で休んでいます、そう伝えると、

 

「そうか、騎士さんたちもたまには休まないとな!」

 

と、笑いながら本日のオススメを格安で譲ってくださいました。

毎日護ってもらっているから、と大量のオマケと共に。

 

こういうとき、兄さんの知名度は便利です。大概サービスしてもらえます。

ありがとう兄さん。

 

僕は他の騎士隊の人たちと比べて、比較的市場を利用するせいか、顔馴染みの方が多いのもあるんでしょう。

僕が市場を歩くと、声を掛けてきてくださる方が結構いらっしゃいます。

 

皆さん二言目には

「お兄さんは?」

なんですけどね。

 

一通り買い物も終わりました。

これから家に帰って、部屋を掃除して服を洗濯して食事を作る予定です。

 

朝、家を出てからかなりの時間が経ちました。

そろそろ兄さんも起きているでしょう。

市場の皆さんへの挨拶もそこそこに、荷物を抱えて若干早足で家へ向かいました。

のんびりしてると今日1日では家の仕事が終わりません。

 

外では騎士の仕事、中では家の仕事。

働き詰めです。

この仕事量に相応しいだけの給料を貰ってる気がしません。

 

せめて兄さんから

 

「いつもありがとな」

 

くらい言ってもらえれば嬉しいんですが。

 

不満があるわけじゃないですが、少し疲れました。

休みをください、と誰かに言えればいいんですけどね。

 

少し苦笑いながら、僕は荷物を抱きしめ、ほとんど走っているかの速度で帰路につきました。

 

急いだせいか、予想より早く家に到着しました。

僕は少し息を切らしながら、ただいま帰りました、と声をあげました。が、返事はありません。

 

…兄さんは、まだ寝てるみたいですね。

 

僕の書いた置き手紙も、用意した朝食も急いで帰ってきたのも無駄でした。

…少し虚しい気分です。

 

兄さんを起こそうとも思いましたが、掃除中ゴロゴロされるのも邪魔なので放っとくことにします。

昼食が出来た頃に起こせばいいでしょう。

兄さんは寝起きでもガッツリ食べれる人ですし。

 

僕は兄さんが食べなかった朝食を軽くつまんで家の仕事を始めました。

それほど本格的には掃除出来ませんが、埃をとるには十分な時間です。

ガタガタと部屋の掃除をしていたら、兄さんが起きてきました。

うるさかったんでしょうか。

 

おはようございます、と挨拶をしても、兄さんはぼんやりと生返事をするだけです。

そのままキッチンに向かいました。

 

朝用意した冷めきった食事をモソモソ食べ始めます。

せめて一言ほしいなぁと思いつつ、掃除を中断して兄さんの食事に飲み物と追加の食べ物を渡しました。

 

(ああまた寝間着のまま食べて…)

 

汚れるからなるべく着替えてから食べてもらいたいんですが。

軽くため息ついたら、兄さんは、何だ?という目でこちらを見ました。

なんでもありませんよ。

 

食べ終わった兄さんは、キッチンから出てソファーにゴロリと横になりました。

…着替え、しないつもりでしょうか。

 

そのまま、リラックスモードに突入した兄さん。今日1日このまま過ごすつもりのようです。

 

駄目人間に拍車がかかっています。

もう何か言っても無駄ですねこれ。

そこ掃除まだだったんですが。

 

ふうと兄さんに聞こえないようにため息をついてから、兄さんが食べた食事の片付けをします。

片付けが終わった僕は掃除を諦め、洗濯をすることにしました。

 

そんなに多くないとはいえ、結構な重労働です。

なんとか全部洗い終わり、さて干すか、と思った時に兄さんが

 

「腹減った」

 

と言い始めました。

さっき食べたばかりだと言うのに、燃費が悪すぎると思います。

まぁ僕も小腹が空いてきてますし、軽いおやつを用意しようと思います。

…さっき食べ物つまんだのに小腹が空いてきてるとは、…僕も燃費が悪いですね。

 

僕がおやつを用意してる間、兄さんは大人しく動かずちょこんと待っていました。

餌を待つ雛のようだな、と思いましたが、雛ならもう少しピーピー鳴きますね。

鳴かないだけ兄さんの方がマシです。

でも、

 

(…待つだけなら、手伝ってくれてもいいのにな)

 

と、少し思いました。

 

兄弟でティータイム。

物を食べながら兄さんは、今日1日外に出ないでゴロゴロする、と宣言しました。

わざわざ宣言しなくていいです。僕の心を折る気ですか?

兄さんに気付かれないように僕は目を伏せて、小さくため息をつきました。

 

ティータイムも終わり、僕は洗濯物を干す作業に戻ります。

男二人暮らしなので、洗濯物は大きなものばかり。干すのも一苦労でした。

 

太陽に照らされ、風を浴びる洗濯物は爽やかにハタハタと揺れています。

今日は天気が崩れることもなさそうです。

 

僕は洗濯物を見上げ、ふうと満足げな一息をつきました。

ひと仕事完了です。

 

そんな僕に、兄さんは窓から身を乗り出して、なあ、と声をかけてきました。

そして

 

「…腹減った」

 

と、現実に引き戻す一言を吐きました。

 

…昼食ですねわかりました。

…本当に、燃費悪いですね…。

 

時間がないので、昼食はざっと作ります。

朝か昼にしっかり食べた方がいいらしいのですが、忙しい時間にそんな凝ってる暇はありません。

市場で買った食材は夕食にまわすことにします。

僕が昼食を作っている間に、兄さんは大人しく待っています。

僕は少しだけ期待して、たまには手伝ってください、と呟きました。

 

「…」

 

返ってきたのは無言。

いえいいです。

予想はしてました。

そんな面倒臭そうな顔しないでください兄さん。

 

無駄な事を言ってしまった、と僕が反省していると、ガタンと音が響きます。

不思議に思ってそちらを見ると、兄さんが椅子から移動して、食器の用意をしはじめていました。

机の上に食器が並んでいきます。

 

…え?

 

兄さんが素直に手伝ってくれました。

びっくりです。

驚きました。

今日は雨でも降るんでしょうか。

それはそれで困ります。

 

思いとは裏腹に僕の顔が緩みます。

…これくらいで嬉しく感じてしまう僕は、…どうなんでしょうか…。

 

昼食を食べ終わり、掃除の続きをはじめます。

兄さんの部屋も掃除したかったのですが、兄弟間でもプライバシーって必要だろう?と言われてしまいました。

 

…これはなんか隠してますね?

 

軽く不信感を持ちましたが、そう言われてしまうと部屋には入れません。

大人しく自分の部屋を掃除することにします。

兄さんの部屋が汚くなってないことを祈ります。

 

僕はあまり物を持っていないせいか、部屋の掃除といってもあまり時間はかかりません。

目立つのは本。

幼いときに兄さんに読んでもらった絵本が、いまだに本棚に並べてあります。

 

それは昔々に大冒険をした船乗りの本。

幼い頃、何度も何度も兄さんにせがんで読んで貰ったことがある絵本です。

 

僕らのいる王国は海に面していません。

あまり身近でない『海』に想いをはせながら、兄さんの声で紡がれる物語を毎夜楽しみにしていました。

こればかりで飽きないのか?と笑う兄さんに、これがいいんです、と笑顔で返した記憶があります。

ボロボロになってしまってはいますが、今でも大好きな絵本です。

 

そういえば、何度も読んでもらって気付いたのですが、ひとり目の船乗りの本に出てくるキャラクターが、三人目の船乗りの本にも出てきてるような気がします。

明言はされていません、が、なんとなく似ている気がするんです。

 

小さい頃、それを兄さんに話したら「そうか?」と不思議そうな顔をしたあと、

 

『…ああ、こいつか。…ふーん…ほんの少しの出番だったキャラクターが、次にはメインに近い扱いになるのか』

 

『ということは、このキャラクターは二回も世界一周したのか。…変な設定だな』

 

『まあいいか。…よく気付いたな。凄いぞ』

 

そう言って兄さんは僕の名前を呼びながら、僕の頭を撫でてくれました。

少しばかり誇らしく、少しばかり気恥ずかしくなりながらも、誉められた嬉しさから笑みはこぼれた思い出。

僕は返された絵本を抱き締め、そのまま僕の宝物となりました。

兄さんが読んでくれた、兄さんが誉めてくれた思い出の詰まった絵本。

例え大掃除しようと、これを捨てる気はさらさらありません。

 

と、思い出にふけっていては掃除が終わりませんね。さっと終わらせますか。

 

自室の掃除も一段落し軽く伸びをしたあと居間に戻ると、完全にソファーと一体化した兄さんを発見しました。

だらけすぎでしょう…。

さっきまで美しい思い出に浸っていた自分が馬鹿みたいです。

寝るなら自分の部屋で寝てくださいよ兄さん。

 

完璧に掃除が不可能になった居間を横目で見て、僕は外に出ました。

やることは一段落しましたが、騎士たるもの毎日の鍛練を欠かすわけにもいきません。

たとえ休日でも、鍛練はしなくては。

そう考えて自主練をすることにしたんです。

 

兄さんはどうするのかな、と窓から覗き込んだら先ほどと変わらず部屋でゴロゴロしてました。

いいんですかね。

 

まぁ室内でも鍛練はできますし、見てないところでやってるんだろうと思うことにします。

剣を振り、走って、鍛練の時間を過ごしました。

日が傾き、そろそろいい時間です。

一汗かいて、爽やかな気分のまま、僕は井戸に向かいザッと水を被ります。

服が濡れようが構いません。頭から被りました。

 

ぷは、と大きく息を吐きます。

とても気持ち良いです。

フルフルと頭を振り、水気を払います。

 

ああそうだ、と思いつき、どうせ誰も見ていないから、と下着を残して全部脱ぎます。

 

濡れたついでに、いっそのこと着ていた服を全部洗うことにしました。

洗濯も終わり、洗った服をぎゅっと絞ります。

干場でしわをとるようにパンッと払い、隅に先ほど洗った服を干しました。

 

昼間干した洗濯物を確認し、自分の服を探します。一揃い回収し、その場で着替えることにしました。

 

乾きたての服は気持ちいいですね。

 

着替え終わって、他の洗濯物を回収していた僕に

 

「腹減った」

 

と兄さんが声をかけました。

…今日、兄さんの声は「腹減った」くらいしか聞いてない気分です。

兄さんは食に対する欲求が激しすぎると思います。

 

食べ物を置いておけば大人しくなるのかもしれませんが、そこら辺に食べ物置いとくと際限なく食べるので隠しときます。

食料尽きるのは困ります。

 

早く夕飯が食べたい、と言う兄さんに洗濯物を取り込んでからでいいですか、と言ったら若干切なげな顔になりました。

そんな顔しないでください。

僕は慌てて乾いた洗濯物を取り込みます。

 

結局天気は崩れず、洗濯物を干すにはいい日でした。

よかった。

 

休日が少ない僕らにとっては、晴れた日に洗濯物を干せるかは結構な賭けです。

洗濯しないで放っとくと物凄いことになりますし。

 

いちいち洗濯しない、服は使い捨て、という手もありますが、そんな余裕はありません。僕らはそんなにお金持ってません。

 

僕らは基本的に貧乏です。

武器も自腹、防具も自腹、馬も自腹。

それに加えて、食費と生活費も自腹ですから、遊びに使うお金はほぼありません。

 

宗教騎士団とかならばまだお金持っているんですけどね。傭兵ならこんなもんです。

 

そんなことを考えながらも手を動かし、洗濯物を取り込み終えました。

早めに洗濯物をたたみたいですが、これ以上兄さんを待たせると溶け始めてしまいそうです。

 

洗濯物をたたむのを諦めて、僕は夕食の用意を始めます。

今朝市場で買った食材を使ったガッツリとした食事。

 

兄さんは凄い量の食べ物を食べることの出来る人です。

味より量派の人かもしれません。

 

…そうだったら、若干虚しいですね。

せっかく作ってるのに。

 

今日に限った話ではありませんが、兄さんは僕の作る料理に文句を言ったことはありません。

その点は嬉しいです。

せっかく作った料理に文句言われると腹立ちますし。

 

ただ、味の感想くらい言ってくれてもいいんだけどな、と作る度に思います。

何作っても黙々と食べてくれるので、未だに兄さんの好みがわかっていません。

…やはり、味より量なんでしょうか。

 

(…今度、凄く甘いのか凄く辛いのか凄く苦いものを作ってみよう…)

 

そう決心しました。

覚悟していてください。

 

 

夕食も終わり、片付けも終わりました。

兄さんはまたソファーに寝っ転がります。

食べてすぐ横になるのはどうかと思います。

 

そんな兄さんを横目で見つつ、僕は洗濯物をたたみます。

兄さんの分の洗濯物をまとめ、兄さんの目の前に置きました。

ちゃんと部屋に持っていってくださいね、と言ったら生返事が返ってきました。

 

(…これはおそらく、持っていくのを忘れるな)

 

あとでまた声かけなくては。

 

もう日が落ち、辺りは暗くなりました。

明日のために早めに就寝することにします。

んっとノビをして兄さんがソファーから離れました。兄さんも就寝するようです。

 

おやすみなさい、と声を掛けたら、兄さんは

 

「おやすみ。……、明日起こしてくれ」

 

と言いました。

僕は目覚ましですか?

 

いや、まあ、いいんですけどね。なるべく自力で起きて欲しいです。

 

僕は微妙な気持ちになりながら部屋を回って戸締まりや片付けをしていたら、机の上に布の塊を発見しました。

 

…。あ。

 

案の定、兄さんは洗濯物を放置したまま部屋に行きました。

慌てて兄さんを追いかけて洗濯物を渡します。

 

ほんともう…。

もし僕がいなくなったら、兄さんはどうなるんだろうと、若干とても凄く不安です。

 

兄さんに洗濯物を手渡し、僕も部屋に向かいます。

兄さんみたいな人が規律の厳しい騎士隊の隊長やっているんだから、世の中わからないものです。

家で力が抜けてしまうのも、仕方ないのかもしれません。

 

(…まったく、本当に仕方ない人だ)

 

そう思いながら部屋に入り、ベッドに寝転がりました。

明日は早めに起きて朝食作って兄さんを起こさなくては。

 

目を瞑って寝る体勢に…、

…早く寝よう、と考えるとなかなか寝付けませんね。

困りました。

 

ああ、そういえば僕らは寝間着を着て寝てますが

素っ裸で寝たり、下着姿で寝たり、寝間着の下に何も着けずに寝る方もいらっしゃるようです。

 

グレートクインの方では、3人にひとりはそうやって寝てるみたいですね。

 

寝心地はどうなんでしょうか。

というか、僕らは少数派なんでしょうか。

ここは若干温暖ですし。

きっちり着込んで寝てる方は少ないかもしれません。

たしかに僕も暑いときは全部脱ぎたい衝動に駆られます。

 

脱いで眠るのも少し試してみたい気もしますね。

 

…そういえば、兄さんはどうやって寝てるんでしょう。

寝間着着てるのは知っていますが、

 

「何もはいてない」

 

とか言われたら対処に困ると言うか今日ずっとその格好だったというかあれ?兄さん変態ですか?

 

裸で寝るという国でも裸自体は犯罪というか裸で道歩いたら捕まります。

服は着てるけど下着はいてないって場合は犯罪なんでしょうか。

バレなきゃいいとか言われたら思考が犯罪者です。

もしくはそういうプレイですね。

勘弁してください。

興味ありません。

 

というか、こういうネタふりを女っ気皆無な時にするとか誰得ですか。

 

…疲れてるせいか考えが変な方向に走りました。

すいません。

 

むしろ、何故兄さんが寝るとき何もはいてないのが前提なんでしょうか。

普通に着てるでしょうに。

 

僕は寝転がりながらため息を吐き出しました。

夜中のテンションで何か考えるのはやめたほうがいいですね。

 

 

すいませんもう寝ます。

何も考えないようにして寝ます。

寝ることに集中します。

 

おやすみなさい。

 

小鳥の囀ずる音で目が覚めました。体を起こし、ベッドの上でノビをします。

さて、さっさと着替えて朝食の用意をはじめなくては。

 

急いで着替え、朝食を作り始めました。

簡単なものですが、おそらく一般的に朝食といわれる食事の量よりも、はるかに多いと思われます。

見ただけでお腹一杯になる方もいらっしゃるかもしれません。

 

僕らは体力勝負の騎士仕事。ガッツリ食べないと持たないんです。

 

テーブルいっぱいに出来上がった朝食。

知らない人が見たら客がたくさんいるのかな、と思われそうです。これで二人分なんだと言ったら、きっと驚くんでしょうね。

苦笑しながら軽くひとつまみ。さて、…兄さんを起こしますか。

 

兄さんの部屋をノックします。

返事はありません。

いいです別に。

予想はしてました。

 

やれやれ、と僕は細く扉を開け、兄さん朝ですよ起きてください、と声をかけました。

 

「…ん…」

 

凄く機嫌の悪そうな声を出しながら、まだ眠い、とオーラを発しつつ兄さんはむくりと起き上がります。

兄さんはうつ伏せに寝ていましたから、体を起こしたら正面は壁。

毛布を肩に乗せたまま、壁を向いてベッドの上に正座して座っています。

今日は素直に起きたな、と安心しその場から離れようとしたら

兄さんは、そのままパタンと頭から倒れこみました。

起きろと言ったのに、何で倒れるんですか。

というか、よくその凄い格好で寝れますね。

腕痛くないですか。

足痛くないですか。

なんというか

こう、…

…説明しにくいな!

 

僕が、兄さん起きて、と大声を出してもモゾッと動くだけで起き上がる気配がありません。

ああもう…。

 

(なるべく、部屋には入らないようにはしてるけど…)

 

軽くため息をつきながら部屋の扉を全開にし、兄さんの部屋に侵入。

力付くで兄さんを起こすことにします。

とりあえず毛布を剥がそうとしたら、兄さんは毛布をガッチリ手で掴んでおり、なおかつ体の下に巻き込んでいました。

何このでんでん虫。

兄さん、と声をかけつつ体を揺すります。

 

「…朝はもう少し寝てたい…」

 

多分それは誰もが思ってることです。

却下します。

僕は返事をし、さらに激しく揺すります。

 

「休日の次の日は起きるの辛い…」

 

それも多分皆誰もが思ってることですね。

いいから起きてください、とさらに激しく揺すります。

 

「…少し熱があるから今日は休む」

 

そんなガッチリ毛布掴んでる人が何言ってるんですか。

却下します。

二度目の却下。なんでこう、寝起きだというのにポンポン言葉が出てくるんでしょうか。さらに激しく揺すります。

 

「…まだ眠い」

 

皆そうです。

今日は騎士隊で模擬戦の予定でしょう?

隊長である兄さんがいないとはじまりませんよ。

だから早く起きてください、と揺すり続けます。

 

「…面倒、」

 

朝食冷めますよ。

 

そう言ったら、兄さんはピタッと何も言わなくなりました。

少し、考え込むような間があったあと、モゾリと兄さんが体を起こしました。

今度こそ起きた、でしょうか。揺するのをやめて、少し様子を見ます。

 

「…ー…」

 

おはようございます。と僕が挨拶をしたら兄さんは、ん…、という返事と共に大あくび。

軽く頭を振りながらポリポリと掻き、あくびを噛み殺しました。

ようやく起きる気になったみたいですね。

 

僕はほっと一息をついて再度兄さんに挨拶。

隊長が遅刻したら、……いやなんか皆さん許してくれそうですが…。

…遅刻したら隊長の面目丸潰れですよ。

それはなんか嫌です。

僕が。

 

僕の挨拶に兄さんは眠そうな声で挨拶を返し、軽くノビをしたあと、着替えを始めました。

僕は部屋を出て、兄さんがキッチンに来るのを待つことにします。

早めに来てください、と声をかけました。

返事はありませんでした。

 

朝食のスープが若干冷めそうになった頃、ようやく兄さんがキッチンに現れました。

まだ半分寝ているような顔です。

 

ぼんやりはしていますが、兄さんはちゃんと席につき、テキパキと朝食に調味料をかけはじめました。

器用ですね。

 

兄さんは一通り食べる準備が整うと、いただきます、と軽く頭をさげてから食べ始めました。

 

みるみるうちに大量の朝食が減っていきます。

っと、食べっぷりに見とれていては、僕の分の朝食が無くなってしまいます。

負けじと食べ始めました。

 

…兄さんそれは僕の皿です返し、

そう言い終わる前に取られた皿がカラになりました。

…早食いは体に悪いですよ…?

 

食って喰われて盗られて奪われて。穏やかな戦争のような朝食が終わりました。

静かなんですけどね。勢いが人外です。気付くと無くなっているというのは若干恐怖を覚えます。

 

食事も無事に終わり、僕は朝食の片付けを、兄さんは食休みを取ります。

時間もおしています。僕はさっと片付けて、出掛ける準備をはじめました。

今日は騎士隊の全員で模擬戦を行う予定です。

騎士の試合、一騎討ち。

今日は馬は使わず、単身での試合ですから、剣を持っていかなくてはなりません。

 

騎士にとって、馬に乗ったまま剣を振るうのは行儀の悪い戦い方です。

乗った場合は槍を使います。

 

剣は馬から降りている時の戦いに使用します。

平原での戦いなら馬に乗れるのでいいんですが、森や岩場、洞窟などで馬を連れていくのは自殺行為です。

夜に馬を走らせるのも危ないですし、火を怖がりますからかがり火や松明も使えません。

 

そんな時に、馬から降りて剣を持って戦うんです。

つまり騎士といえど、実戦で使えるくらいには剣と槍の両方を扱えなくてはいけないんです。

 

剣は馬に乗る時邪魔にならないくらいの、…えーと、腰に下げて歩けるくらいの長さですね。

それ以上長いと、絶対引っ掛かります。

騎士やめて剣士か戦士に転職することをオススメします。

 

世界には魔物が溢れかえるこの時勢。このあたりにも魔物がちょくちょく現れます。

真っ昼間から襲いに来る魔物は少ないので、必然的に剣を持って戦うことが多くなるんです。

とはいえ、夜でも騎乗して戦える方は、馬に乗ってもらっています。機動力が段違いですし。

 

槍の扱いが得意な人は騎乗していなくても槍を使いますが、今日は模擬戦。

全員剣を使用します。

兄さんは隊長という立場もあってか、剣を扱っても槍を扱ってもどちらも強いのですが、槍の方が得意そうです。

電光石火の速さで繰り出す突きのラッシュは、兄さんにしか出来ません。

 

僕はどちらかというと剣の方が得意ですが、それほど才能ありません。

『実戦で問題なく戦えるからいいんじゃないか?』

というレベルです。

 

…僕は、そういう方面に才能がないんです。

 

…ないんですよ。

 

 

用意が整い、ふたり揃って騎士隊の本拠地に向かいました。

本拠地はちょっとした城砦です。家からは若干離れています。

 

この城砦は王国から騎士団の称号を頂いた時に、同時に貰いました。

簡単に言ったら要塞ですね。防衛拠点です。

一応国境近くなので、第一防衛ラインですね。

それに合わせて、国では僕らの騎士隊を

『アカエリスタ王国・第一騎士団』

と呼ぶ方もいらっしゃいます。

聞こえはいいですが、何かあったら王国軍として真っ先に前線行ってね!と言われてるようで若干嫌です。

 

ちなみに城砦はそんなに珍しい物ではありません。

なんせ、城砦や副城はこの王国やその周辺合わせて1万近く建ってますから。

 

普通、城砦では隊長や数人の騎士が生活してるものなんですが、うちは違います。

隊長である兄さんが住んでません。

 

兄さんが城砦から離れて生活しているのは

「何かあった時に、すぐ現場に駆けつけたい」

と兄さんが皆さんに言ったからです。

まあ、城砦は賊の侵入に備えて少しややこしい作りになっています。

急な有事の際少し出発が遅くなりますし、利にはかなっているでしょう。

 

僕が兄さんと一緒に住んでるのは

「俺が現場に行く時、弟に本拠地や王室に連絡させる」

と兄さんが決めたからです。

わかってますパシリですね?

 

とはいえ、はじめは難色を示されました。

まあ、隊長が本拠地にいないってのは若干変な話です。不満が出るのも仕方がないでしょう。

しかし、実際兄さんは有事の際現場に真っ先に駆けつけて前線で戦いました。で、大勝利です。

 

隊長は本拠地にいなくてもちゃんと真っ先に駆けつけてくれる、と皆さんに信用してもらえました。

また、隊長は本拠地にいないほうが早く解決する、と認識してもらえました。

つまり、兄さんは体を張って、本拠地から離れて暮らす権利をもぎ取ったんです。

 

…多分兄さんは、城砦で暮らすとか面倒臭いから離れたかったんだろうと思います。

というか、本拠地で暮らしてたら自分の駄目っぷりが他の皆さんにバレるから離れたかったんだろうと思います。

おそらく、ひとりで生活するとか面倒だから僕を巻き込んだんだと思います。

 

面倒臭いことを回避するために労力惜しまないとか、なんか間違ってる気がします。その根性に脱帽です。

 

「…なにをぶつぶつ言っているんだ?」

 

兄さんが不思議そうな顔でこちらを見てきます。

いえ別に、と僕は返事を濁し、兄さんから視線を逸らしました。

 

本拠地に近づくにつれ、おはようございます!とすれ違い様に挨拶をしてくる方が増えてきました。

 

本拠地自体もやや小さめなので、当番制で数人本拠地に待機。普段は街中でバラけて暮らしています。

あ、バラけてると言っても、本拠地から遠く離れている方はいません。

僕らが一番離れているかもしれませんね。

 

皆さんが挨拶をしてくるたびに、兄さんも挨拶を返します。

爽やかに笑顔で。

…家にいる時とは別人です。

 

毎回の事ですが未だに慣れません。

おかしくてついつい笑いそうになります。

地味に、毎日我慢するのが大変です。

 

「…ん?どうした、気分でも悪いのか?」

 

突然、兄さんがポンと僕の頭に手を乗せました。

って、痛い。

兄さん痛いです!

掴まないで!

力込めないでじわじわ力込めないで!

笑顔のまま僕の頭を鷲掴みしないでください!

じわじわ痛い!

 

兄さんの変わりっぷりに、僕の表情がつい緩んでしまったのでしょう。

それに気付いた兄さんは『笑うなよ?』とばかりに軽く脅しをかけてきました。

 

やめてください。

笑いませんからやめてください。

 

先ほど兄さんに捕まれた頭がまだジンジンしますが、本拠地に到着です。

 

僕は兄さんから離れて、今日の模擬戦の準備を手伝います。

試合場を整えたり、手当て用の薬を用意したり、…あと観客の皆さんの席を用意したり。

模擬戦をやろうとすると、どこからともなく噂が広まり本拠地が観客でいっぱいになります。

盛り上がるのでいいんですけどね。

 

用意していたら、ざわっと騒がしい雰囲気になりました。

驚いて入り口に目をむけると、派手な馬車がゆっくりと入ってくるのが見えました。

 

……。

あれは、王室の馬車じゃないか。

 

兄さんもそれに気付いたらしく、慌てて馬車に駆け寄りました。

兄さんと王国の方が2・3言葉を交わします。

会話を終えた後、兄さんは僕の方に駆け寄って、

 

「見学するらしい。…あっちの用意を優先で頼む」

 

と王室の馬車の方を軽く親指で指差して言いました。

凄く面倒そうな顔で。

 

僕は、了解しました、と返し今やっている模擬戦の準備を放り出して馬車の方に駆け出しました。

王様は、優先されて当然、という顔をして僕が観戦席を整えるのを待っています。

僕は家臣の方に注意やら指示やらされながら、なんとか席を整え終わりました。

 

王様はどかっとその席に座ります。そして、まだはじまらないのかね?と催促しました。

 

まだ準備が十分ではないのですが、王様のご要望です。

隊長に相談してきます、と僕は兄さんを探して駆け出しました。

 

…メイワク…。

 

心の底からうんざりしながら、僕は本拠地の中を走り回りました。

しばらく走り回り、ようやく食堂の中で王様にだす食べ物や飲み物の指示をしていた兄さんを発見し、王様からの要望を伝えます。

 

一瞬場が静まり返ります。

その場にいた全員が一斉にため息をついたあと、

 

「…ご命令通り、さっさとはじめようか」

 

と兄さんがなんとか言葉を紡ぎました。

心底面倒そうです。

というかこの場にいる全員が面倒そうです。

…そりゃそうです。

予定では昼近くから始める予定でしたから。

こんな朝早くから始める予定ではありませんでしたから。

はあ…、とまた誰かのため息が聞こえました。

 

まだ準備をしている騎士隊の皆さんに、王様の命令で今すぐ模擬戦を開始する、という旨を伝えるため僕はその場を離れます。

なんか今日走り回ってばっかだなぁ…。

 

 

室内に全員を集め、さて始めるかという時点で困ったことに気付きました。

模擬戦の組み合わせが決まっていません。

 

といいますか、隊員の今日の体調と今までの技量を照らし合わせて決めるつもりでしたから、決まっていないのも当然です。

だからと言って、今相談して決める時間もありません。

オウサマがオマチカネです。

仕方ない、と試合の組み合わせをくじ引きで決めることになりました。

 

順にくじを引いていきます。全員ハラハラとした顔で組み合わせが決まるのを待っています。

全員の顔に『隊長と当たりたくない』と書いてありました。

 

今日の模擬戦に、兄さんは参加しない予定でした。隊員の適性を確認するための模擬戦ですから、そっちに集中してもらうためです。

しかし、予定外にお偉いさんが見学に来てしまいました。

お偉いさんの目的は多分兄さんでしょう。ならば兄さんが参加しないわけにはいきません。

 

次々に組み合わせが決まっていきます。決まった方たちはほっとしながら、対戦相手と談笑しています。

僕の相手はまだ決まっていません。

 

…嫌な予感しかしません。

 

ほぼ対戦相手が決定して、残りは僕の対戦相手のみ。くじを引いていないのは兄さんだけ。

…予想通り、僕は兄さんと当たりました。くじ運のなさを呪います。

 

頑張れ…、と憐れみの目で見てくる皆さん。ですが、若干ウキウキしているように見受けられます。

 

すいません多分ご期待には答えられません。

 

多分騎士の才能は兄さんに全部持ってかれたんですよ。

僕に騎士の才能はありません。

 

組み合わせも決まり、早々に模擬戦を開始することにしました。

僕らは最後です。

 

若干暗い顔の僕以外は、若干緊張気味の騎士隊の皆さん。

まあオウサマが観に来ているのだから緊張するのも仕方ない話です。

僕らが外に出ると、町の方たちも観戦に集まっていました。城砦に王室の馬車が入っていくのを見られたらしく、多分いつもより早くはじまる、と皆さん慌てて集まったようです。

…暇なんですか?

 

ともあれ、

模擬戦開始です。

 

カキンと剣がぶつかる音が響きます。

模擬戦とはいえ実践形式。真剣を使っています。

危ないのではないか、とお思いでしょうが僕らは一応プロです。

よっぽど下手な斬り込みとよっぽど下手な避け方をしない限りは大丈夫です。

 

試合を終わらせた隊員の皆さんに、兄さんは的確に良かった箇所と直したほうがいい箇所を指摘していきます。

そんな兄さんをぼんやり見ていたら、急に僕らの名前が呼ばれ、若干虚をつかれてビクッと僕の身体が反応しました。

 

え?…あ、もう僕の番ですか。早いな。

 

僕らの名前が呼ばれた瞬間、観客がざわめきました。兄弟対決かよ、これは見物だ、と楽しそうな声が囀ります。

隊長の出番だ、と騎士隊の皆さんも居住まいを直しました。

 

そんな彼らとは裏腹に、僕の表情は濁ります。

先ほど真剣を使っても致命的な怪我にはならない、とは言いましたが僕は少し危ないかもしれません。

兄さんとは実力差がありすぎますし。

 

(…骨の2・3本、多少の出血は覚悟しておこう…)

 

僕は重いため息をつきました。そのまま重い足取りで試合場所に向かいます。

試合前の礼儀として、対戦相手と挨拶。僕は兄さんと向かい合いました。

 

正面から対峙すると、兄さんが目で話しかけてきます。

「手加減してやろうか?」

と。

 

僕も視線で返します。

「結構です」

と。

 

兄さんは満足そうにニッと笑い、剣を構えました。僕も倣って構えます。

 

 

さあ、試合開始です。

 

 

開始の鐘が鳴り、すぐさま兄さんは距離を詰め打ち込んできました。

兄さんが素早いのは知っています。開幕に仕掛けてくるのは読めていました。

 

ガッと剣で受け、初撃は防ぐことは出来ました、が、そこから兄さんのラッシュが続きます。

防ぐので精一杯です。僕はじわりじわりと押されていきます。

 

ここにいる人間の中で、僕は兄さんと一番付き合いが長いです。

だからか、兄さんの太刀筋はなんとか読めますが…。

 

(反撃する暇がない…)

 

困りました。

このままでは押し負けて手痛い一撃を食らいます。

僕が怪我したら、兄さんが食事作ってくださいね、とか言えば隙ができそうな気がしますが、それは騎士道に反する気がします。

 

…でもまあ、戦略としてはありですよね。

 

若干騎士道から外れたことを考えつつ、僕はなんとかギリギリで兄さんの攻撃を防ぎ続けます。

 

「…どうした?」

 

打ち込んでこいよ、と兄さんは笑いました。余裕ですね流石です。

つーか、兄さん打ち込んだら倍返しするじゃないですか。兄さん凄く負けず嫌いじゃないですか。兄さんに下手に打ち込んだら怪我じゃすみませんよ。

 

余裕を見せつけられて、楽しそうに笑われて、好き勝手言われて、なんか少し兄さんにいじわるしたくなりました。

だから僕は、さっき考えた事を、ポツリと、呟きます。

 

『じゃあ今日は兄さんが夕食作ってくださいね』

 

だって兄さん相手に無傷で済むとは思いませんから。

そう、兄さんにだけ聞こえるように小さく小さく呟きました。

 

その瞬間、兄さんが一瞬、ほんの少しだけ、怯みました。

そのチャンスは逃しません。僕は兄さんを軽く押し込み、その反動で少しだけ後ろに飛びました。

 

軽く距離が空いたのを確認し、兄さんのバランスが若干崩れたのを確認した僕はキュッと踏み込んで兄さんに飛びかかり、打ち込みました。

 

ガッと辺りに響く音。

 

僕が打ち込んだ瞬間、に兄さんが剣を横に構え、僕の一撃を防ぎます。

切りかかったあたりでは、珍しい慌てたような表情だったのですが、防ぐあたりでは余裕の表情に戻ってしまいました。

少しムカつきます。

 

僕は剣を片手に持ち変え、再度兄さんに向かって振り上げました。何回か打ち込んでも全て防がれます。

全体的に余裕そうなのが腹立ちます。必死な僕を嘲笑ってるのかと少し心がささくれだちます。

 

ああもう、とまた打ち込もうとしたら、

カッと軽い音があたりに響き、

僕の手に衝撃が走りました。

 

(えっ?)

 

一瞬何が起こったのかわかりませんでした。わかったのは手に走った痛みと、剣が僕の手から離れた感覚だけ。

何が起きたかわからず思考が止まっていた僕は、間髪入れずガッと胸から腹にかけて入った重い衝撃によって、我に返りました。

反射的に僕は痛みを感じた身体を抱えて、地面に膝をついていまいました。

 

(……ッ)

 

思わず目を瞑り俯きます。そんな僕の耳に、カランと弾き飛ばされた剣が落ちてきた音が届きました。

意外と近い、と痛む胴を腕で抱えたまま視線を上げると、剣を僕の顔の前に向けて笑ってる兄さんと目が合いました。

僕が顔を上げたからか、その剣先はスッと移動し、僕の喉元にヒタリと当たります。

 

僕はごくりと息をのみました。

動けません。

 

実際は、ほんの一瞬のことだったのでしょう。

ほんの一瞬、剣先を首に当てられただけ。

それなのに、僕はかなり長い間に感じられました。冷たい剣先をつきつけられた感覚。その先には僕だけに向けられた兄さんの笑顔。

それだけが視界にうつり、それだけが認識できて。

その時間、僕の世界はそれだけが支配していました。

 

勝負ありと声が響いて、僕ははっと我に返ります。

周りから感嘆の息が聞こえました。ざわざわと兄さんを感心する声が聞こえだしました。

 

声を聞いて兄さんはスッと剣を下ろし、僕から視線を逸らしました。

剣を向けられた恐怖と兄さんの威圧感から解放され、ようやく僕も兄さんから視線を外して再度俯き、思わず息を吐き出します。

 

「なんで片手に持ち変えた?」

 

兄さんが僕に声をかけました。冷たく厳しい声でした。

急に声をかけられ、驚いて兄さんを見上げる僕に、兄さんは軽くため息をつきながら言葉を続けます。

 

「両手の方が振る速度は速いんだ。…力も強くなる」

 

…そうでしたか、と反省する僕に兄さんは呆れたように僕を見下ろし、

 

「攻撃範囲は狭くなるがな。…お前は剣の扱いをもうちょい覚えろ」

 

そう続けて、苦笑いをみせました。

すいません、と謝ったら、違うだろ、と兄さんは呟きます。

 

…えーと。

 

ご助言ありがとうございます。隊長。

 

僕がそう言ったら、兄さんは満足そうに笑いながら僕の背中を叩きました。

 

試合が終わりました。

凄く疲れました。フラフラです。

というか最後に一撃食らった胴体全体が凄くジンジンします。

 

あのあと、身に付けていた革ヨロイが肩口から斜めにスッパリと斬られていたことに気付きました。

壊れたヨロイを体から外し、小脇に抱えます。

手加減はしなくていいとは言いましたが、ここまでしなくても…。

また防具を買わなくてはいけなくなりました。

さよなら僕の給与。

 

僕が若干涙目になりながら、手当てや水分補給のために、兄さんと待機場所に戻ろうとした時です。

 

「隊長!」

 

と誰かの声が響き、同時に僕の周辺が、僕の視界が少し暗くなりました。

え?と思った瞬間ガラガラと何が落ちてきた音と衝撃が僕を襲います。

思わず目を瞑りました。

なにが起こったかわからないまま、体が地面に叩きつけられます。

 

しばらく僕の耳に何かが崩れているような騒音が襲い、ただそれに耐えるしかありませんでした。

カラン、と最後の音がしてまわりの騒音は静まります。

恐る恐る目を開けると辺りは薄暗く、周辺には瓦礫の山が積まれていました。

四方八方瓦礫の山。

 

(…瓦礫に、埋まった…?)

 

ただ、ちょうど瓦礫と瓦礫の隙間に入り込んだらしく、潰されてはいませんでした。

おそらく、王様が急に来たため準備が不完全のまま模擬戦をはじめたツケでしょう。

あとで片付けようと積んでおいた瓦礫が降り注いだようです。

 

僕が瓦礫に埋まっているということは、隣にいた兄さんにも瓦礫が飛んだ、もしくは兄さんも埋まっている可能性があります。

 

慌てて兄さんの姿を探そうと痛む体を起き上がらせようとしましたが、身体に重みを感じ上手く起き上がる事が出来ません。

……何か体の上に乗ってるのでしょうか。

 

頭の周りに瓦礫がないだけで体は瓦礫に挟まれているのかと困った僕はなんとか首を起こし、体に乗っているものを確認しようと手を伸ばすと、

 

 

見覚えのある、髪色が、視界に入りました。

伸ばした手には、何度か触れた記憶のある、手触りが伝わります。

 

その髪が

あかく

染まって

 

伸ばした手には

生暖かい液体が

付着して

 

嫌な予感を否定するように、再度僕は手を伸ばします。

先ほどより長く手を伸ばし、無理やり自分の体を起こして。

 

ようやく触れたあたたかな感触は、

暗闇に慣れようやく視認できたものは、

毎日嫌というほど顔を合わせ毎日触れるあたたかさて毎日ほがらかに笑い喋り動く僕の、   。

 

柔らかい頬には赤い血が流れ、皮膚が切り裂かれ肉が露出し、閉じたまぶたは開かれず、眉はただぐったりと下がり、流れる赤い筋は時を追うごとに量が増えて、

 

顔色は青白くなっていってあたたかさがなくなっていってひんやりとしてきてかかる呼吸が、止まっ 、

 

たいちょ う、?

 ぁ、  、 さん 、

 

 

ッ 兄さん!

 

 

運良く兄さんの体も瓦礫に挟まれてはいませんでした。ですが、頭を打っている可能性があります。

動かすのは得策ではありませんでしたが、僕はただ必死に兄さんの体を抱えて瓦礫を掻き分けました。

 

外からも崩れない箇所を探して瓦礫をどかしてくれているようです。

光が見えた明るい場所に向かって、声のする方に向かって、僕は必死に兄さんの体を引きずりました。

 

出口が見えた瞬間に、騎士隊の皆さんの姿が見えた瞬間に、僕が発した言葉は

『兄さんを』

でした。

騎士隊にいるときは『隊長』と呼んでいるんですが、というかそう呼ばないと兄さんに怒られるんですが、思わず叫びました。

 

僕が珍しく大声を出したせいか、皆さんも緊急性を察知してくれたようです。僕に抱えられた血塗れの兄さんを見て、全員の顔が厳しく凍りつきました。

 

あまり動かさない方がいい、と瓦礫の側で兄さんの治療。

皆さん厳しい顔で冷静に見えますが、全員から慌てたような雰囲気が伝わってきます。

そんな空気のなか、地べたに横にされ治療を受ける兄さんの傍で僕はへたりこみました。

もしこのまま目を覚まさなかったら、と不安が僕を襲います。

 

(冷たくなっていって  止まって、あんなに血がたくさん、)

 

一応僕も前線で戦う身。空気の冷たさ、血の匂い、ひとの命の終わる瞬間、全てに対して経験はあります。

けれど、目のまえでたいせつな人が止まるなんて嫌だそんな経験いままで嫌だ嫌だ僕なんかほっといて逃げてくださいよなんでですか何やってんですか嫌だ嫌だ嫌だ兄さん兄さん兄さん 、

 

兄さん。

 

 

どうしていいのかわからず、ただ「嫌だ」という想いだけが頭の中を支配します。

治療してくれている方たちがいなければ、僕はぐったりとした兄さんに抱きついて泣き喚くことしか出来なかったと思います。

 

幸い兄さんはすぐに目を覚まし、命に別状はないと診断されました。隊員全員ほっと安堵の顔をします。

ヨロイを外し、全身の手当てを受ける兄さん。そんな兄さんを僕は霞む目で濁った頭でぼんやりと眺めていました。

兄さんの頭の怪我は大したことはなかったようですが肘を痛めたらしく、しばらく治療を続ける必要があるようです。

 

半泣きどころかガチ泣きしていたらしい僕に気付いた兄さんは、手当てを受けながら僕に顔を向けてこう言いました。

 

「…お前も早く手当て受けてこい」

 

僕はふるふると首を振ります。兄さんの手当てが終わるまで傍を離れたくありません。

 

「受けてこい」

 

ふるふると首を

 

「…」

 

頑なに動かない僕を見て、兄さんは無言のまますっと立ち上がりました。

動いて大丈夫なんですかまだ動かないほうがいいでしょう寝ててください。

そう兄さんに言おうと兄さんを見上げた僕に、兄さんは蹴りをぶちこみやがりました。

見事なローキックです。完全にみぞおちにはいりました。無様に吹っ飛び地面に叩きつけられます。

一瞬息がつまり、本気で動けませんでした。僕はなんとか身体を起こし、その場で蹴られた胴体を抱えながら咳き込みます。

 

辺りがざわめきました。

そんな周りの空気を物ともせず、兄さんは僕を怒鳴りつけます。

 

「いいから早く手当て受けてこい!俺の一撃くらったあと、瓦礫被っただろ!」

 

その一撃くらった箇所に追い討ちで蹴りいれたのは誰ですか…。

と言いたかったのですが声が出ません。かわりにコホッと咳き込みます。

 

(ああよかった兄さん元気だ)

 

そうほっとしたものの、声は出ず、身体は動きません、というか、あれ?なんか痛い凄く痛い。…あれ?

急に全身の痛みを自覚し心の底から戸惑っている僕の右手を、兄さんが掴んで引っ張りました。

しんどいなら早く手当ていけ、とため息つきつつ僕に言います。

行きたいのは山々ですが体動かない待って兄さん引っ張らないで痛い凄く痛いんですやめてください離して痛い痛い痛い!

 

「ぼんやりして動かないんですよ」

 

ショック受けてるみたいなので、落ち着くまで待とうかと…と隊員の方が言いました。

いや、あの、待って。放置されたら僕死にます。

どうしよう口動かな、ちょ、待っ、死ぬ。

 

さっきとはまた違った理由でパニックに陥った僕。兄さんの命の危機のあとは僕の命の危機ですか。

痛みで喋れず混乱のさなかにいる僕はなんとか兄さんを見上げました。

兄さんは困ったように頭を掻いたあと、僕の視線に気付いたのか、ん?と目を落とします。

兄さんはしばらく不思議そうに僕を眺めて、慌ててガバッと僕の上着をめくりました。

気付いてくれとは思いましたが何故いきなり人前で弟の上着めくりますか。

 

急に肌が外気に触れたためか、僕の身体に冷気が走り、自分の意志に関わらず寒さで身震いしてしまいます。

にーさん寒い。

 

「ああ、こりゃ動けないな…」

 

上着をめくって僕の体を確認した兄さんは、辛そうに言葉を吐きました。

自分の体を見ると無数の打撲痕でいっぱいです。

予想以上にアザだらけでした。

 

「…かばいきれなかったか」

 

すまなそうな顔をする兄さん。同時に他の隊員さんたちも僕の状態に気付き、驚いていました。

 

「『これは兄さんの血だから自分は大丈夫』と言っていたから気付かなかった…」

 

実際、僕は血が出てませんし。というか、痛みを自覚したのはついさっきですし。

そう伝えたくとも、どうにも言葉になりません。

喋ろうと思っても呼吸するだけで全身に痛みが走ります。

 

「ちゃんと処置すれば大丈夫だろうが…数が多いな…」

 

「すいません、先に手当てすべきでした」

 

「いや…」

 

正直、血まみれでぐったりしてた兄さんと、外傷が見えなかった僕を比べたら兄さんを先に手当てするのが普通だと思います。

兄さんもそれをわかっているようで、特に叱責したりはしませんでした。

兄さんは珍しく若干慌てたように治療の指示を飛ばします。

その声を聞いて少しだけ気が抜けたのか、僕は目の前で指示をする兄さんにふらっと寄りかかりました。

 

 

僕の手当ても終わり、帰宅する時間になりました。

といっても僕はまだ動けません。全身超痛いです。さっきよりはマシですが。

僕は全身に打撲を受けていたためか、外で治療するわけにもいかず、ひょいと抱えられて城砦の一室に運ばれました。

荷物になった気分でした。

 

僕は部屋で横になりながら、明日もあるし、今日はここに泊まっていった方がいいかな、と思いました。

動けませんし。

ちょうど、今日本拠地に待機する予定の方は僕の友人です。

待機のため泊まりの準備をしている友人を呼び止めて、その旨を話しました。

 

「うん。いいんじゃないかな」

 

まだしんどそうだしね、と友人は困った顔で笑いました。

 

「ごめん、怪我に気付かなくて。オレたちもパニックだったんだ」

 

まあ、いきなり瓦礫が落ちてきて隊長が埋まったらそりゃパニックになりますよ、と僕も笑いました。

じゃあ、部屋はここでいいかな、と友人が言った時、兄さんが入ってきてこう言いました。

 

「帰るぞ」

 

…。今兄さん『帰るぞ』って言いましたか?

ああ兄さんだけ帰る、…なら『俺は帰るな』とか言いますか。

…えーっと。僕、今『ここに泊まっていこうと思います』って今日の宿直当番の方に言っ、

 

「却下」

 

却下されました。

つまり僕も家に帰るんですね。うん。…あの、いま僕動けません兄さん。

僕がぽかんとしていると、友人は笑いながら、

 

「…わかりました。服持ってきます」

 

と部屋を出ていきました。ちょっと!僕今歩けないんですけど!

痛む身体を引きずってあの地味に遠い家まで歩くんですか?

痛いからあまり動きたくない、という願望と、兄さんが帰るって言った、という事実がせめぎ合います。

僕が葛藤している合間に、替えの服を持って友人が部屋に戻ってきました。

僕は大人しく服を着せられていきます。

いいですもう覚悟決めます頑張って歩きます。

 

「…よし。これで大丈夫かな」

 

ありがとうございます、と僕は友人に礼を言いゆっくりと小さく頭を下げます。

たかだかこれだけの動作がしんどいです。

じゃあ、気をつけて帰ってね、と友人は笑い、僕の着替えが済んだことに気付いた兄さんは僕に背を向けてかがみこみました。

 

「ん」

 

は?

 

よいしょ、と僕の手を引き兄さんが僕を自分の背中に乗せます。

…この年齢で、兄さんにおぶわれるとは、思ってみませんでした。

なんというかこう、

なんでわざわざそこまでして僕を家に連れ帰りたいかがわかりません。

兄さんも怪我してるのに。

呆けている僕を背負いながら、兄さんは宿直当番の方たちに声をかけて帰路につきました。

当番の方たちが、若干笑っているというか微笑んでいました。

あ、友人は完全に笑ってました。明日問い詰めたいと思います。

 

おぶわれての帰路。

気恥ずかしさと恥ずかしさと恥ずかしさでいたたまれない気持ちになった僕は、兄さんの後頭部に話しかけます。

 

なんでわざわざそこまでして僕を連れ帰るんですか?

 

「…隊員のひとりに、肘の治療したいから家に行きたい、と言われたんだ」

 

してもらってくださいよ。なるべく早く、と僕は返事を返します。

 

「弟の看病するから来んな、と断ったんだ」

 

……。

物が言えません。僕を理由に断らないでほしいんですけど。

 

「それに…」

 

僕は言葉の続きを待ちました。

しかし兄さんは、いや、なんでもない、と言葉を濁します。

僕は不思議に思って、兄さん?と声をかけようとしましたが、それを遮って兄さんは

 

「…そういや、お前、その、…試合中言ったことは本気か?」

 

と困った声を出しました。言いにくそうにたどたどしく。

僕なんか言いましたっけ。

 

「え? いやあのあれだあれは冗談でいいな?戦略だな?本気じゃないな?」

 

畳みかけるように言葉を発す兄さんは珍しく心底慌てていました。

兄さんがここまで必死になることなんて、何かありましたっけ。

悩む僕を尻目に兄さんは前を向いたまま僕に話しかけます。

 

「そ、か。うん、じゃあ、その、…夕食…」

 

あ。

それだ。

 

といいますか、怪我人に夕食作らせるって鬼ですか兄さん。もう兄さんが作ってくださいよ。

そう返したら兄さんは間髪入れず憮然とした態度で、

 

「嫌だ。飯は美味い物が食べたい」

 

と言います。そこまで拒絶しなくても。

じゃあ僕の作った料理はどうなんですか?

 

「残さず食べてるだろ」

 

…ええまあ。

えーと、…

つまり、

 

おぶわれててよかった、と思いながら頬の熱さに耐えつつ、僕は兄さんに呟きます。

簡単なあり合わせの物で良ければ作ります。

と。

 

「サンキュー」

 

僕の言葉を聞きとって、兄さんが笑ったのがわかりました。

兄さんも単純ですが、…僕もとても単純ですね。

 

暗い夜道を兄さんに背負われながら進みます。

おぶわれているという事実と先ほどの会話のコンボに若干耐えきれなくなってきたころ、ようやく家に到着しました。

ああよかったですあれ以上背負われてたら恥ずかしくて死ぬところでした。

 

忘れたいような忘れたくないような気持ちのまま、僕は兄さんに食材をとってもらい、痛む体に耐えつつ食事を作ります。

いつもより、時間がかかったわりには量の少ない食事。申し訳ないです。

 

「十分だ」

 

そう言って笑って兄さんは食べ始めました。

体が痛むせいで僕はあまり食べられませんでしたが、不思議とお腹いっぱいでした。

 

食事も終わり、片付けをしようとしたら、兄さんが今日は俺がやる、と洗い場に立ってくれました。

…食事後すぐ休めるとかはじめてかもしれません。

ソファーに移動させてもらい兄さんに感謝していたら、パリンと乾いた音が部屋に響きました。

 

…。

いえいいです皿の1枚や2枚。ええいいです。

でもこれ以上なるべく割らないようにしてくださ、

 

…。

 

食事の片付けもなんとか一応終わりました。自分で洗うより気疲れしました。

若干僕の心拍数がおかしいです。

少し申し訳なさそうな顔をする兄さんに、大丈夫でしたか?怪我とかしてませんか?と問いかけたら変な顔をされました。

 

割れた皿の片付けは明日に回すことにして、就寝することになりました。

僕は兄さんに寝室に運んでもらい、手当てを手伝ってもらいます。

打撲には患部に布を当てて冷やすべきなんですが、全身だと難しいですね。

面倒くせぇとばかりに僕は治療薬を塗って包帯で全身ぐるぐるまきにされました。兄さん若干苦しいですこれ。

ついでに兄さんの怪我も手当てします。

肘なので、ひとりでは包帯が巻きにくい、と一応僕がたどたどしく兄さんの腕に包帯を巻きました。

 

手当がおわり、軽く欠伸をした兄さんは部屋に戻ることにしたようです。僕に就寝のあいさつをしました。

 

「じゃあ…、おやすみ」

 

おやすみなさい。

 

 

僕も返事を返し、兄さんに軽く頭を下げました。

返事を聞いて、兄さんは僕の部屋を出ていく直前、ぽつりと呟きます。

 

 

「いつもありがとな」

 

 

…え?

聞き返す間もなく、部屋の扉は閉じられてしまいました。


 
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