No.340096

外史異聞譚~幕ノ三十三~

拙作の作風が知りたい方は
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2011-11-27 10:57:34 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2692   閲覧ユーザー数:1460

≪漢中鎮守府/張公祺視点≫

 

可哀想に、伯達ちゃんは翌朝には張将軍に引きずられるように鎮守府を旅立っていった

 

華陀のやつが滋養強壮剤と軟膏を処方したらしいので、後は耐えるしかないだろうな、あれは

 

張将軍はあれで非常に抜け目なく、きちんと護衛となる人間は置いていった上で治安や警備の状況に関しては入念に聞き取りをし、アタシらに陛下達を任せて旅立っている

 

先触れで劉玄徳と孫仲謀ご一行が数日のうちに来る事も決まったので、他の連中もぴりぴりしはじめている状況だけに、誰も手助けする余裕はなかったというのが幸薄い感じだ

 

ま、アタシはそういう意味では一番気を張らなきゃならないんだろうがね

 

「さて…

 扱いを同じにしろって無茶には十全には従えないんですが、まずは何をしたいんで?」

 

アタシが陛下を前にこうも雑な対応になるのには、きちんとした理由がある

 

平たく言えば、陛下のせいではないとしても漢室のこれまでの在り方が非常に気に入らないからだ

 

都合の良いことに天譴軍に所属している身でもあるので、無理に頭を下げる必要も敬う必要もない、という無礼な態度を通せるって訳だ

表向きはアタシが上司になるってのもあるかね

 

アタシの態度が不快だろうに、そこを苦笑で済ませている点では、人の上に立つ資格はありそうだけどな

 

「張局長、私もそこを訪ねたいのだが、何をやらせてもらえるのかな?」

 

何を、ねえ……

 

極端な事を言えば、たかだか半月やそこらしかいない人間にやらせるような事は、どんな仕事でもありはしないんだ

殿下に関していうなら、勉学そのものよりも市井と触れ合う事そのものが重要だろうから、身辺に気を付けてさえいればいいんだろうがね

 

ちなみに、このふたりには“僅かでも身分を表に出すような言動”をした場合は洛陽に戻るまで鎮守府から出さない、と一刀が言い切っている

あの男の有言実行は陛下も思い知っているし殿下も理解しているようで、顔を強ばらせながら頷いていたから、そこはまあ大丈夫だろう

 

なのでアタシは無茶を承知でこう聞くしかない

 

「何をしたいんで?」

 

「出来るなら、ここでは司法隊と呼ばれている内容に従事してみたいのだが」

 

「真似事でよければ」

 

アタシの言葉に陛下は少し考え込む

 

「……説明してもらえるか?」

 

「一言で言ってしまえば、陛下が考えているより遥かに厳しい訓練をくぐり抜けて、司法隊っていうのは成り立ってるってことです

 いきなりアタシが連れてきて隊に組み込め、なんてなったら、漢中は大騒ぎになります」

 

「なるほどな……」

 

市井に紛れてやらせられる事とやらせられない事が漢中にだってある

この場合は能力の問題ではなく律と法の問題だ

これを曲げてしまっては、アタシらはその立場そのものを自分で否定する事になる

 

「局長の目から見て、私が従事して問題がない業務は何があるか教えてもらえるか?」

 

この言葉にアタシは少し考え込む

多分、陛下が知りたい事は、漢中での民衆の生活そのものなのだろう

 

「難しいところですが、極端な事を言えば単純作業しかないでしょう

 罪人に回すような仕事はないですが、それでも厳しいとは思いますよ」

 

「孤児院やら診療所やらは見せてもらえるのか?」

 

「それは隠す事ではないので何時でも」

 

陛下はそれに面白そうに笑っている

 

「なるほどな…

 では、私が滞在中に孤児院とやらの手伝いをしてみたい、というのは可能なのか?」

 

アタシはこれに少しだけ考える

基本的には色々な理由で親を亡くした子供達ばかりだから、長期的に接するには非常に難しい仕事なんだが、短期であれば逆に双方にいい刺激が得られるかも知れないな

 

「構いませんが、やる以上は途中で投げ出したらアタシは陛下を軽蔑するでしょうが、それでも構いませんかね?」

 

いやあ、不敬もいいところだね

場所がここでなかったら、アタシは百回は死んでるよ

 

「うむ、それも当然であろう

 無理を言ってすまぬが宜しく頼む」

 

その言葉に頷いて、アタシは孤児院担当の官吏を呼んでくるように指示を出した

 

 

さてさて、陛下も殿下も何日持つことやら…

 

アタシは意地悪くそう考えていたんだけど、その見通しはかなり甘かったというのを認識する事になった

≪漢中/劉玄徳視点≫

 

ふわあ~………

 

洛陽もすごかったけど、ここもすっごいなあ……

 

私達が漢中に着くまで、案内役は星ちゃんがしてくれている

星ちゃんが僅かな間でもここに来たことがある、ということで、私や鈴々ちゃんみたいに呆然とする、という所まではいっていないからなんだけど

 

「はじめて漢中に足を踏み入れた人間はやはりこうなりますなあ」

 

そう言いながら笑う星ちゃんだけど、そう言う以上は彼女もしばし見とれていた、という事なんだと思う

 

「すごいのだー……」

 

「これは確かに、圧巻ですな…」

 

陽平関を出てからの私達は、みんなでぽかーんとしている

 

だって、宮中でもないのに石畳がずーっと続いてるんだよ?

 

水路も綺麗で、お魚さんが跳ねてるし

 

「これは聞きしに勝る、というやつですねー」

「噂に聞く大秦ってのがこんな道だと聞いた事があるぜ」

 

仲徳さんと宝譿ちゃんも興味深そうに視線を動かしてる

 

「宿場街っていったっけか?

 あれもすごいよな」

 

伯珪ちゃんも途中にあった街について感心しっぱなしだった

 

「確かにあれは、有事を考えても非常に合理的です

 厩の配置も旅人の休憩所を兼ねられるように作られているというのは考えてもいませんでした」

 

朱里ちゃんは漢中に入ってからずっと軍師の顔をしている

私と違って、朱里ちゃんの視点からだと、得られるものはものすごく多いんだと思う

 

「要衝とは言え僻地と言える漢中がここまでの豊かさを持っているというのは、話に聞いただけでは理解不可能ですね

 これを直接見るというだけでも来た価値はあります」

 

奉孝さんも眼鏡を光らせながらしきりに頷いている

彼女と仲徳さんは、特に他の地域とは比較にならない、青々とした田畑や植樹という事に注目しているみたい

宿場街できいたてみたんだけど、彼女達が持つ農耕知識ではここまでの生育はよほど土壌に恵まれないとかなり難しいんだそうです

 

「街道の幅がかなり広くとってありますから、軍の移動や輸送に関しても、漢中内部であればかなりのものが維持できるでしょうね

 裏を返せばそれは敵にも言える事なんですが」

 

雛里ちゃんが難しい顔をしながら呟いてるけど、その先は私にも理解できる

そのための宿場街や休憩所っていう事だよね

有事には柵なんかを用意できるだけの物資が用意されているのは、ちょっとでも軍政に関わればはっきりしてる

これも朱里ちゃん雛里ちゃんが言っていたんだけど、こうやって進軍行路を予測しやすくする事も、街道を大きく整備している理由だろうと言っていたし

 

愛紗ちゃんはかなり悔しそうだけど、私達とは何もかもが段違い

でも、私も何か悔しい

愛紗ちゃんじゃないけど、ここまでのものを私達も手に入れられるだろうか…

 

多分だけど、これは天の知識とかそういう問題だけじゃないと思う

漢中の人民が本当に上から下まで一緒になって、ひたすらに繁栄を目指した結果がこれなんだ

 

私はここまでのものをみんなにあげられるだろうか?

 

得られたとして、それを支えていく事ができるだろうか?

 

 

そんな事を考えていると、鈴々ちゃんが声をあげる

 

「おおっ!

 ようやく鎮守府が見えてきたのだ!」

 

みんなが一斉に前に顔を向ける

 

そこには洛陽や長安には及ばないけれど、それでも立派な城壁と城門が遠くからでも見えていた

 

 

よしっ!

 

悩んでも仕方ないもんね、私も一杯勉強しなくちゃ!!

 

逸る心を抑えながら、それでも足を早めるみんなと一緒に、私も馬の速度をあげた

≪漢中鎮守府/徐元直視点≫

 

「ようこそ漢中へ

 天譴軍一同、公孫伯珪樣と劉玄徳樣のご来訪を心より歓迎致します」

 

私は、恐らく“城門で揉める”と思っていましたので、先駆けて城門前で彼女らを迎えました

揉めると思った理由は“武具”にあります

 

青龍偃月刀に丈八蛇鉾という、その武器そのものが名前と直結するような豪傑を抱える劉玄徳です

それを手放すのには非常に抵抗があるでしょうし、もし暴れられでもしたら令明さんが謹慎中の現在、拮抗できるのは儁乂さんくらいでしょうから事前に手を打とうという事です

 

「ああ、急な訪問ですまないが宜しく頼む」

「こちらこそ、宜しくお願いしますね」

 

訪問団を代表するふたりの挨拶に礼を返して、早速本題に入る事とします

 

「さて、ご承知の方もいるとは存じますが、ここ漢中鎮守府下では例外はありません

 皆様の武具を預からせていただきたく思います」

 

やはりと言うべきでしょう、武官と思われる方々の顔に戸惑いが走ります

 

「申し訳ありませんが、先に漢中にこられた驃騎将軍にも武装解除についてはご納得していただいております

 漢中が信用できない、と申されるのでしたらどうぞこのままお帰りください」

 

やはり正解だったようです

いくら近衛とはいえ、強気で出るにはいささか覇気というか闘気というか、そういう部分が強い方が多いようで、これではかなり苦労したでしょうから

 

「ほら、雲長ちゃんも翼徳ちゃんも子龍ちゃんも、ここは我慢して

 ね?」

 

腰の剣…

確か“靖王伝家”とか言いましたか

それを差し出しながらの劉玄徳の言葉に渋々という感じではありますが、それでも素直と言える状態で預けてくれるのはありがたい事です

 

「むう…

 仕方がないな…」

 

「ここは折れると致しますか」

 

「仕方がないのだ…」

 

「決して粗略には扱いませんのでご安心ください

 修理や調整などをお考えでしたら、その時にはこちらの指示に従っていただければ大丈夫です」

 

頷くみなさんを案内しながら城門を潜りますと、全員が一斉に感嘆の溜息をついています

 

まあ、そうでしょう

私もはじめて来た時は同じでしたから

 

「元直ちゃん、すごいね…」

 

士元の言葉に私は苦笑を隠せません

 

「これでも天の御使いに言わせるとまだまだ足りないものだらけ、らしいけどね」

 

「こ、これで……?」

 

劉玄徳の呆れたかのような呟きに私は頷きます

 

「満足してしまえばそれで終わり、という事です

 これも欲と言うべきなのでしょうが」

 

他者や環境に迷惑や被害を与えない範囲での欲は肯定されるべき、と以前論議で言っていましたしね

言われてみればなるほど、当たり前の事を言っているに過ぎませんが

 

「なるほど…

 学ぶべき事は多そうです」

 

洛陽では見た覚えがない方です

詮議の後に劉玄徳か公孫伯珪の幕下に参じた方でしょうか

 

「これは失礼、私は郭奉孝と申します

 今は遊侠の身ですが、一時劉玄徳殿の元に身を寄せております」

 

「私は程仲徳です

 奉孝ちゃんと同じで食客のひとりとでも思っておいてください」

 

眼鏡の女性と頭に人形を乗せた少女が、そう言って礼をしてきました

なるほど、やはりそういう事のようです

道理で諜報から名前があがってきていなかった訳ですね

 

「ご丁寧にありがとうございます

 私は徐元直

 末席ながら天譴軍にて軍師の任をいただいております

 これを機会に覚えておいていただければ幸いです」

 

さて、道端で延々挨拶をする訳にもいきませんし、ご案内するとしましょうか

 

正直、さっさと一刀さんに丸投げして仕事に戻りたいですし…

 

 

鎮守府に来た客人に街並みやらについて解説しながら、というのは既に慣例といえる感じでして、私達はこれを“観光案内”と称しています

つまり、表向き聞かせていい内容を予め台本として用意しておき、後は臨機応変にという事です

 

これは、基本的な発案は一刀さんで、そこに皓ちゃん明ちゃんが修正を加えたものです

 

これらに関しては司法隊や近衛にも教育が行われてまして、特に旅人と接する役人等にも周知しています

 

一行は特にといえるでしょう、民衆の生活水準や衣食についての質問が多く、それについては同行している部下が丁寧に答えています

こう言うと問題もあるでしょうが、やはり市井の生活そのものについては私等はあまり詳しくはなく、そういう部分を仕切っている公祺さんや令則さんの方が詳しいのは否めません

 

「ねえ元直ちゃん

 こういう街割りとかも、やっぱり天の御使いさんの発案なのかな?」

 

さすがは孔明、というところかな

やっぱり気付いたか

 

「基本的な部分は天の御使いの発案だと聞いてるよ

 これを大体的に行うために鎮守府を移転したってのは漢中では有名な話だしね」

 

「はわわ~……

 しゅごいでしゅ…」

 

身分による自然とできる街割りとは違うから、私達で思いつけって言われても無理だろうし、その気持ちは私にも解るよ

多分今の孔明の頭の中じゃ、鎮守府を横からでなく上から見た地図が描かれているんだろうな

 

「業種による区画整理ですか~

 なんとも合理的ですが、これだと大通りに面した場所は、相当に価値があがってるんじゃないですか?」

 

頭に人形を乗せた、程仲徳って言ったっけ?

眠そうにぽやんとしてるから、おかしな子と思って見てたけど、結構鋭いな

 

「ええ、そこは個人の努力と実力で、となりますね

 商売をする身にとっては、やはり大通りに面したところに店を構えるのはひとつの誇りともなるようですから」

 

「なるほどです~」

 

私の言葉に頷きながら、興味深そうに視線を漂わせています

 

はあ……

孔明と士元だけでも持て余すだろうに、どうしてこうも優秀な人間が劉玄徳のところに集うのか、コツでもあれば聞いてみたいものです

 

「警備の人なのかな?

 街の人に避けられてないんだね?」

 

士元の呟きに私は頷きます

 

「避けられる理由がないからね

 警備に携わる隊には必ず医者がいるのも特徴だから」

 

「え?

 お医者さんが?」

 

「そりゃあ、専門の医者もいるけどね

 私達は“救急医療士”って呼んでる

 とりあえず本当の医者に運ぶまでの判断や手当ができる、専門の人間も必ず一緒に巡回をする事になってるのよ」

 

親しまれる必要はないが怖がられるだけの警備なんかいらない、と言い切った一刀さんの構想はある程度の成功を納めている

有事には頼れるが普段は空気でもある、という気風は、やはり他の地域ではありえないものだろう

 

「食材もかなり充実して売られているようですが、行商などはどのあたりに?」

 

眼鏡の女性が大通りを見ながら尋ねてくる

郭奉孝、だったわよね

やっぱりよく見てるな…

 

「行商は大通りにそのままでは混乱を招く場合もありますので、行商専用の通りを大通りを基準に横に配しているんです

 場所は決まった時間から先着順ですので、毎朝警備も大変のようですよ」

 

なるほど、と頷いていますが、私の説明から視線が少し変わったようです

人の流れや商材を重点的に見ているようなので、その利便性などを考えているのでしょう

この方も優秀すぎるくらいの見識があるようです

 

とりあえず、私の仕事はここまでですね

細作の配置に関しての変更も目処がつきましたし、後は一刀さんと仲達に任せるとしましょうか

 

「さて、そろそろ鎮守府に到着します

 私の案内はそこまでですので、以降は天の御使いにでもお尋ねください」

 

 

忌避する理由はない訳だし、あんた達が得たいものを得られるといいよね

 

ね?

諸葛孔明に龐士元

 

漢中は多分、あんた達が思っているより深くて恐いところだよ?


 
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