No.337173

真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~ 40:【動乱之階】 己が立つ舞台

makimuraさん

約二ヶ月が経過した。(作者が)

槇村です。御機嫌如何。


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2011-11-20 19:51:55 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:4743   閲覧ユーザー数:3293

◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

 

40:【動乱之階】 己が立つ舞台

 

 

 

 

 

かつて、関雨鳳灯呂扶華祐らのいた外史。その世界において、"北郷一刀"という存在は特別なものであった。

彼女ら個人にとってとはまた別に、世界そのものにとってもまた同様である。"天の御遣い"という名の下に群雄割拠の中心を翔け抜け、乱れた世を統一に導いた一条の光。その名は世界のあらゆるところに鳴り響いたという。

 

だが、"此処"では違う。

この世界における北郷一刀は、一介の料理人。自他共に認める、ただの民草である。彼の名を知る者など、幽州の中のごく一部だけだ。

 

とはいうものの。彼をただの民草と呼ぶのは、傍から見れば無理があるかもしれない。

そもそも、"ただの民草"の名など、狭い中であれ知られることなどまず皆無に等しいのではなかろうか。

北郷一刀という名は、幽州の一角、またそこに関連するごく一部の中でそれなりに高いものとなっている。その事実だけでもう、"ただの"と称するには難があろう。

 

彼は料理人である。そのこと自体に間違いはない。

だが、料理人として店を構えた遼西において、彼は当時の太守である公孫瓉に気に入られ、その周囲の高官らからも覚えを得ている。公孫瓉などは州牧就任に際して転地が決まると同時に、一刀に対して「ついて来い」と直々に誘うほどの入れ込みようである。普通に考えれば、"普通"ではない。

いわゆる地元のお偉いさんに対する印象もよく、一方で一般の町民らにも手が届く料理を振舞っていたために、彼の営む酒家はよく繁盛し、話題にもなっている。料理人としての彼は、十分に名を上げているといっていいだろう。

 

料理人であると同時に、彼は商売人でもあった。

"この世界"に墜とされ、右も左も分からず途方に暮れていた彼を保護してくれたのは、幽州の商人たち。そうせざるを得ない状況だったとはいえ、彼は"現代社会で得た教養"を駆使し、彼らの側で懸命に働いた。

時代の違いによる教養の違いもあるのだろう。それは有用に働いた。

また彼が持つ人柄もあったのだろう。がむしゃらで誠実な働きぶりは、着実に信用を重ねていき。その信用から、商人らと共に方々へと出向くことも多くなった。

自然と、彼の考え方が商人のものへと書き換えられていく。彼が持つ、人同士のやり取りの機微や計算高さといったもの。それらは幽州の商人らをして、目を見張るようなものがあった。

いわゆる三国志の世界では、読み書き計算というものさえ、十分に使える民は多くはなかったのだ。それらを基本的なものとしてたちまち習得してみせた彼が、"この世界"において質の高い人材と見られたのは当然といってもいい。

ちなみに、読み書きはともかくなぜ言葉が通じるのか、といった疑問は抱く余裕もなかったために無視してしまっている。通じてるんだからいいじゃん、といって許容してしまえる大らかさは、また違った意味で大物の一端を表していたのかもしれない。

 

遼西郡でそうだったように、公孫瓉が州牧に就いたことによって、商人の働きを重視する傾向が幽州全体へと広がっていた。

政庁のあるここ薊は、商人の動きが最も活発になった町といっていい。公孫瓉のやり方を熟知している商人の幾人かも遼西から移って来ており、商売の流れを再編成するのにもさほど時間は掛からなかった。

一刀もまた、そんな商人たちのひとりとして数えられている。

公孫瓉に近い立ち位置を確保しており、このところ話題に上がる陳留の太守・曹操と知己を得ているのだ。物事の機微に聡い商人たちが、彼を放って置くわけがない。事実、放って置かなかった。

商人連中は、陳留及び曹操の治める地との通商を取り持つ窓口として一刀をあてがうことに決める。

ちなみに一刀に拒否権はない。彼のあずかり知らぬところですべてが決められていた。

逆にしていえば、それだけ信用されているのだ、ともいえるだろう

彼としても、これまで世話になった人たちである。頼まれれば嫌というのも憚れる。

一刀は、馴染みである商家の旦那に引き摺られるような形で、商人たちの集まりに参加するようになっていた。

 

こういったあれこれの現状を鑑みれば、彼を"ただの民草"と呼ぶのは疑問である。

少なくとも、"ただの民草"という括りの中においては、一刀はこの上なく上位に位置するところにいるといえよう。

それでも、実際はどうあれ、「一般市民でしかない」という気持ちは、彼の中では揺らいでいない。

俺は俺。"北郷一刀"とは違う。

それだけは確かなようである。

張り合うわけではないだろうが。

 

 

 

 

そんなこんなで、いろいろと忙しい北郷一刀。

この日もまた商人らの集まる会合に顔を出し、いろいろと話し合いをこなして来た。そろそろ仕入れのために遠出をしなければいけないな、等と考えつつ、背中に覆いかぶさるようにしがみついている呂扶を引き摺りながら、酒家への帰路を辿っている。

 

意外に感じるかもしれないが、こういった会合などにも、呂扶はよくついて来ている。

とはいえ、特に彼女がなにかをするというわけではない。彼の邪魔にならないように、傍らにちょこんと、おとなしく座っているだけである。

ただそれだけにも関わらず、彼女の存在は周囲に癒しを与えていた。一刀曰く、「マイナスイオンでも出てるんじゃないの?」というほどに。

互いに利益を重要視し、集まれば喧々諤々となることも少なくない、商人らの会合。これが呂扶の同席した際は、なぜか驚くくらい穏やかにまとまるのだ。

彼女が参加するようになってからというもの、茶程度しか用意されていなかった会合に、点心やら甘味やらが大量に用意されるようになった。すべて、幸せそうにそれらを口にする呂扶の姿を見んがためである。そんな彼女を見るだけで商談が滞りなく収まるのなら、数人分の食費など安いものだ、と。

恐るべし呂奉先。商人の旦那衆からも、彼女は大人気であった。

そんな彼女の姿に心の癒しを受けつつも、商人の旦那衆はやるべきことはしっかりとやり、決めるべきことは漏らさずに決めている。そのあたりはさすがというべきかもしれない。

 

その日の会合はいろいろと決め事も多く、終わるまでかなりの時間がかかった。

呂扶も最後まで付き合い、あれこれと間食を挟んではいたものの、傍目以上に疲れを表している。

仮にも飛将軍とまで呼ばれた勇将である。じっとしているだけというのは、やはり性に合わないのかもしれない。

もっともそれ以前に、なにもすることがない、というのが逆に疲れさせているのかもしれないが。

 

それでも出来るだけ一刀と一緒にいようとする様は、微笑ましいものがある。とはいえそれは、想い人に寄り添おうとする女性、というよりも、兄や父に向ける親愛さゆえにじゃれ付いている、といった方が適当かもしれない。

彼女の内心がどちらにせよ、共に在りたいという気持ちが、彼女を密着させるに至っているといえる。本能であるとか、感じるものを直接表に出す傾向のある呂扶だからこそ、こういった行動を取らせているのかもしれないが。

 

「お腹すいた……」

「はいはい。帰ったらなにか作るから、もうちょっと我慢しようなー」

 

呂扶にとって、疲労すなわち空腹といっていい。体力もそうだが、気力というか精力というか、そういった活力のようなものが削られていくのだろう。

空腹を訴え、もう動けない、とばかりに一刀にもたれかかる彼女。自分の足で歩くことさえ放棄して、彼にしがみつき引き摺られるに任せている。そんな呂扶に苦笑しながら、背負った子供をなだめる様に、一刀は身を揺らしつつ声をかける。

 

「……ん?」

 

一刀らが歩く通りの遥か先。よく顔を知る面々が連なり歩いているのが見えた。

遠めに見ても、その雰囲気は物々しいもの。町中にも関わらず武器を手にし、周囲に気を配っている様が見て取れた。周囲の人たちも、なにごとか、と、遠巻きに意識を向けている。

 

「愛紗、か?」

 

その兵たちの中心にいるのは、関雨。彼女の視線はすぐ前を歩く三人の女性に向けられており、少しの反意も許さない、といわんばかりの物々しさを醸し出している。

傍目には、なにか粗相をした輩を取り押さえるべく出動したようにも見えた。だがその程度のものに、警備責任者である関雨が直々に出張る理由はない。

 

「女の子三人が下手人か? なんだか、捕り物にしては物騒過ぎるような」

「…・・・張、三姉妹」

 

背中の方から漏れ聞こえた言葉に、一刀が振り向く。目の前には呂扶の顔。肩越しに見える彼女の表情が真剣になっているのを知る。

 

「……多分、張角、張宝、張梁。だと思う」

「それって、黄巾賊の?」

 

一刀の言葉に、うなずく呂扶。

また厄介ごとか、と、彼は少しばかり機嫌を悪くする。

彼自身よりも、関雨や呂扶に対して降りかかるであろう厄介の種。

せっかく平穏に暮らしているのだから、天とやらも、自分たちを放って置いてくれてもいいんじゃないか。

一刀は、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

夜。客のいない酒家にて。

蝋燭一本の灯りでも分かるほどに、関雨は難しげな表情を浮かべている。

そんな彼女の前に一刀と呂扶は大人しく座り、伝えられた言葉を反芻していた。

 

「……それ、本気?」

「はい」

「恋を護衛にして、俺に洛陽へ行けって?」

「はい」

「適材適所というべきなのか、苦肉の策というべきなのか……」

「一刀さんにこんな役目をお願いするのは心苦しいのですが……」

 

腕を組みながら苦笑する一刀を見て、関雨は苦虫を噛む。呂扶はただ首を傾げるばかりであったが。

 

関雨が、一刀に告げたお願いごと。

それは、洛陽にいる鳳灯に、張三姉妹の身柄を確保した旨を伝えて欲しいということ。

この夜、合わせて告げられた話題は、彼にしてみればあまりに荒唐無稽なものだった。

 

 

 

唯の旅芸人として薊の町へとやって来た、張角、張宝、張梁の三姉妹。

以前の世界において、彼女らは黄巾賊の乱が起こる発端であった。

この世界においても、黄巾賊の頭領として三姉妹の名は知られている。

現在どういった立場にいるのかは分からないが、黄巾賊の蜂起に多少なりとも関わっているだろうことは予想がつく。

 

関雨は数人の兵を背後に控えさせつつ、三人の前に進み出た。同行を求めるといえば聞こえはいいが、半ば脅迫でもある。関雨にしても、場合によっては強引に身柄を確保するつもりでいた。

幸いにも、張三姉妹は大人しく同行を受け入れた。自分たちの身元と経緯を知った上でのものなら逃げ切れない、という思いもあったのだろう。結果的に、互いに不要な諍いが起こることもなくその場は治まった。

 

関雨が行った聞き取りにより、彼女らは、黄巾賊の首領と見做されていた張角張宝張梁らであることが分かる。黄巾賊が、旅芸人である彼女たちを偏愛し持ち上げ続けた集団であることも、そしてその発端となった"太平要術の書"の存在も明らかになった。

 

「太平要術の書?」

「はい。私たちがいた以前の世界においても、この書の存在が黄巾賊拡大の要因になっています」

 

一刀の疑問の答えも織り交ぜつつ、関雨は言葉を繋げる。

 

流しの旅芸人として地方を転々としていた張三姉妹が、あるとき一冊の書物を手に入れた。

それがなんなのかは分からなかった。だがその書には、自分たちの歌や踊りで、人々をより魅了する術が事細かに記されていたという。

この内容を早速、自分たちの歌や踊りに組み込む三人。途端に、彼女らの歌や踊りに熱狂する人たちが増えに増えた。

気をよくした彼女らは方々で公演を重ね、熱狂する人たちをどんどん増やして行く。その数の増え方から自発的な親衛隊のようなものが結成され、それが後にいわゆるファンクラブのようなものになり、張三姉妹は行く先々で持て囃された。その熱狂の度は回数を重ねるごとに跳ね上がっていく。あるときは町そのものすべてが声を挙げ、彼女たちの歌に踊りに心酔したという。

 

町ひとつを呑み込むほどの熱狂。それにあてられたのか、その町を治める領主の息子が張三姉妹に相当入れ込んだ。

そして、領主の息子という地位を用い、彼女らを自分のモノにしようとしたという。

それを知った熱狂的なファンは激怒し、領主の息子を糾弾、集団をもって殴り殺すという事件が起きる。

彼ひとりの死ではこの興奮は収まらず、ファンクラブの面々は、彼の父親、つまり領主の下へと乗り込んだ。元より統治に難のあった領主であったがために、便乗するかのように数がとてつもなく膨らみ、大規模な暴動へと発展した。

 

結果として、その地域を治めていた上層部分は皆殺しにされ、代わりにファンクラブの面々がその地位を私物化。この地を基点として張三姉妹の素晴らしさを国中に広めていこう、という、ファンクラブの面子による統治が行われるようになった。

彼らの一連の行動は、旗印として身につけた黄色い布によって目を引いた。それにちなんで、彼らは後に"黄巾党"と呼ばれるようになる。

 

切っ掛けは、権力を嵩に着た暴挙。

この時代には珍しくないことかもしれない。

だがこれに逆らい、果ては領主を力ずくで排除するようなことは、これまでに見られないことだった。

 

民が、領主に対して反旗を翻す。この出来事が、やがて周辺地域にまで伝播する。

横暴な治世を執り行う領主に対して蜂起すべし、という、反発する気質が人々の中に芽生えたのだ。

彼らの多くは、一番初めに蜂起を成功させたファンクラブの面々にあやかるべく、黄色い布を身体に締めていたという。

だが、現領主に代わって良政を敷こうと立ち上がった者も、本当にごく一部でしかなかった。

三姉妹を崇めるという意思統一が出来ていたファンクラブらと違い、後続して蜂起した輩は総じて統制が利いていなかった。大多数は、便乗するかのように、己の欲望のまま動いたに過ぎない。

そんな行動も、傍から見れば、強欲な領主に天誅を行ったと映る。

ファンクラブの面々も黄色い布を巻く彼らを見、自分たちの想いがこうして広がっていくのだという風に受け取っていた。

黄巾賊の熱狂と心酔ぶりは、担がれている張三姉妹に恐怖を抱かせるほどまでになる。

 

やがて、ファンたちの規模と重圧に耐えられなくなった三人は逃走。

それに気がついたファンクラブの面々は総動員をかけて捜索をおこなった。

張三姉妹を探す彼らの形相は、必死という言葉では足りない、正に鬼気迫るものがあったとか。

 

「……ひょっとして、黄巾賊の出没地域が広がっていった理由って」

 

一刀の想像した通り。

地域を問わず黄巾賊が跋扈し出した原因は、三姉妹を捜索するファンが四方八方に散っていったことに端を発していた。

あちらで姿を見たという情報があればそこへ、こちらでそれらしい女性たちがいたと聞けばそちらへと。数に任せてあちらこちらへと駆け回る。

そして、その情報が誤りで無駄足を踏んだと分かれば、彼らは総じて発狂した。

周囲を憚ることなく三姉妹への妄信と親愛を触れ回り、または感情の赴くままに暴れ回る。

共に迷惑なものではあったが、実際に被害を生むのは、主に前者よりも後者の方だった。

先に挙げた通り、全員がすべて張三姉妹に対し盲目なわけではない。彼女らよりも金銭、酒、その他目先の欲望を重視する者も多くいる。また生粋のファンらの暴走も少なからぬ被害を生んでいたために、被害の程度に差はあったとしてもすべて「黄巾賊が引き起こした被害」として受け取られた。

 

そんな中、張三姉妹は北へ、幽州へ向かったらしいという情報を得た黄巾賊。実際に姿を見たという声も多く聞かれたために、ファンらはこれまでにないほどの徒党を組み北上した。強奪目的の輩も数え切れないほどに合流し、幽州近辺へと集結していく。

公孫瓉らの幽州軍と、曹操や劉備らがこれを制圧した、幽州南部での騒乱。これの経緯はこのようなものだった。

 

「じゃあなにか? あの一連の黄巾騒動は、旅芸人の追っ駆けが膨らみ過ぎた結果の産物ってこと?」

「そういうことになります」

「……ありえねー」

 

一刀は頭を抱えた。

 

「一刀さんのいう通り、普通に考えればそんなことはありえません。

しかし、実際に起こりました。

そしてそれを引き起こした要因は、"太平要術の書"にあります」

 

張三姉妹はどういう経緯からか手に入れた書。彼女らはそれに書かれていたという、人心掌握の術を自分たちの歌と踊りに組み込んだ。

その結果、彼女らを追いかけるファンが爆発的に増え。気をよくした三人は更にその規模を広げていき。

やがて御しきれなくなったファンが暴走を始めた。これは既に前述した通りである。

 

「あの三人から聞きだした言葉と、私が持つ"天の知識"から考えるに、この世界においても原因はその書ではないかと。

ただ、私たちがかつて"以前の世界"で体験した黄巾賊の騒乱は、"華琳"らの勢力が、三人の身柄と太平要術の書を共に押さえたことで終わりました。

しかし"此処"では、そうはなっていません」

「張三姉妹は逃げ延びていて、なおかつ書の行方は知れないまま、と」

 

何処とも知れない誰かがまた手にする可能性は大いにある。

そういって締め括った一刀の言葉に、関雨は静かにうなずいて見せた。

 

 

「そもそも、太平要術の書ってなに?」

 

一刀のもっともな疑問に、「あくまで"以前の世界"でのもの」という前置きをしつつ、関雨は答える。

 

太平要術の書というのは、簡単にいうと「望んだものを手にする術が書かれた書」。

望んだものがなんであれ、それに至るまでの方法を浮き上がらせ、持つ者に知識と術を与えるという。

 

張三姉妹は、自分たちの歌と踊りで民を虜にしたい、という願いを持った。それが形となることで、御しきれなくなるほどの人数が彼女らに熱狂し、果てには暴走し国中を巻き込む騒乱にまで膨れ上がった。

確かに、望んだものは手に入った。だがその果てに起きたことの規模は、彼女たちはもちろん、誰にも想像することは出来なかったろう。

 

「まぁ確かに、歌と踊りが上手くなりたいと願って、漢王朝が傾くほど荒れる切っ掛けになるとは思わないよなぁ」

「後から聞くならばその筋道に納得も出来ますが、渦中にあってはそこまで考えられないでしょう」

 

発端といえば確かにそうかもしれないが、時代の気運や状況といった様々なものが絡まりあったことで起きたともいえる。すべての原因が彼女らにある、というのは、やや酷といえるだろう。

 

事情を聞きだした後、張三姉妹はひとまず幽州軍部直々に保護されることになった。

関雨の命により、幽閉とまではいわないが、行動には制限が設けられ、護衛という名の監視役が常に着いている。

監視をする兵らには、まだ詳しいことは知らされていない。だが、「黄巾賊の騒乱に関係するかもしれない」と聞かされれば、慎重さと厳重さを規すのも無理はないと思い、その役目の重要度に身を引き締めたという。

 

「とはいっても、おそらく彼女たちは、もう黄巾賊と繋がってはいないでしょう。

しかし、その存在が知られれば、生き残った黄巾賊がこぞってやって来るやも知れません」

 

それを考えれば、張三姉妹の身柄を洛陽へ移すのはよろしくないだろう。残った黄巾賊すべてが洛陽に向けて駆け込んでくるなど、想像するだけで怖気が走る。

ならば、それなりの軍備を持ち、先だっての黄巾賊制圧により黄巾賊から忌避されている幽州で確保していた方がいい。関雨はそう考えた。

 

自分の頭では考えられることに限界がある。思いつくのはこの程度のことだ、と、彼女はいう。

だからこそ、鳳灯の意見が聞きたい。

場合によっては、董卓らにも事情を話し、朝廷を上げての対策を取るのもいいだろう。

まかり間違って、洛陽から逃げ出した宦官などが書を手にしたりすればどんなことが起きるか分かったものではない。そう考えれば、漢王朝を挙げて探索するのもひとつの手だと考えられる。

 

もっとも、太平要術の書が持つ危険性を正確に伝えることが出来るなら、であるが。

 

「私が幽州に残ったのは、来たる有事に備えて軍備を充実させるためです。それを指揮する立場にある私が、薊を離れるわけには行きません」

「うん、それはよく分かる」

「張三姉妹を見つけることが出来たのは、以前の世界の記憶、"天の知識"があってのことです。

その辺りが絡むとなると、私が出向けないなら、後は恋なのですが……」

「あー、うん。それもなんとなく分かる」

 

鳳灯相手に話をするだけならまだいい。

だがそうならなかった場合は、裏の事情を誤魔化しつつ、上に挙げたような表向きの理由を押し通さねばならない。

そんな器用な真似が呂扶に出来るかどうか。

関雨とて、彼女を信用していないわけではないのだが、少々不安が残るのも事実であった。

 

「となると確かに、後は俺しかいないよね」

 

一刀は一般人である。関雨らのような、歴史に名を残すような人物ではまったくない、と、彼は思っている。

ゆえに、なんで俺が、と、考えてしまう。

だがその反面、関雨らの頼みごとなら少しくらい気張ってみてもいいかな、という気持ちも湧いていた。

自分ごときになにが出来る、と思う一方で、自分に出来る範囲なら断る理由もないな、とも思う。

 

「要は、雛里に対する伝達役をすればいいんでしょ?」

「はい」

「行きだけで構わないよね?」

「こちらへの返答が必要ならば、おそらくはあちらで足の速い者を都合するでしょうから。平気だと思います」

 

関雨の言葉に、一刀はうなずきながら、少しばかり考え込む。

 

「分かった。

丁度、仕入れやらなにやらで遠出する必要もあったんだ。そのついでにまず洛陽に寄る、ってことで。

それでもいいかな?」

「はい。それで、お願いします」

 

なんのかんのといいながらも、やはり人がいいというべきか。関雨の頼みを聞き入れる一刀。

彼女もまた、聞き入れてもらえたことに胸を撫で下ろす。

 

「よし。恋、一緒にちょっと遠出してみようか」

 

ついて来るかい?

そういった一刀の言葉に、呂扶はこの上ない笑顔を見せつつ、うなずいた。

 

 

 

「しかし、私は損な役回りばかりのような……」

 

呂扶の無邪気なところを眺めながら、関雨がひとりぼやいていたりしたのはご愛嬌。

実のところは、自分も一緒に行く、と、口にしたくて仕方がない関雨だったりする。

 

先に自分が述べた通り、関雨の役割は、来るかもしれない有事に備えて軍備を充実させること。

仮想上の敵であった袁紹は、鳳灯曰く、幽州を狙う可能性はごく低いものだという。

だがそれでも、「あの麗羽だぞ?」という印象が、関雨の中から拭われていない。

更に、袁紹は洛陽を離れて自領である冀州に戻っているという。そう聞けばなおさら、関雨は幽州を離れることが出来ない。

状況だけではなく、彼女自身の気持ちがそれを許そうとしないのだ。

 

元々責任感の強い関雨であるからこそ、自らに課した役割に縛られ、それを優先してしまう。

自分で決めたことであり、それが必要なことだと彼女自身も考えている。

だが、かの関雲長といえども、理性と感情は別物のようで。

このときばかりは関雨も、自分のそんなところが憎憎しく思えたりもした。

 

もちろん、彼女のそんな生真面目なところも、自分自身を優先したくても出来ないところも、一刀はよく分かっている。

一緒に行けない分だけ濃く親密な接触をしようとばかりに、一刀は、関雨の頭を撫で、頬を撫で、言葉を交わす。

顔を真っ赤にさせながらも、抵抗せず、されるままに任せ。さらに呂扶まで撫で回す側に立ち、関雨はもみくしゃにされていく。

 

「いや、あの、一刀さん、それに恋?」

 

戸惑う彼女の言葉は聞き流され。

その夜の関雨は愛玩動物よろしく、ふたり揃ってべたべたと弄られ続けるのだった。

 

 

 

 

さて。

その夜から程なくして。洛陽から、公孫瓉と趙雲が帰って来た。公孫越も同様に薊に立ち寄り、関雨や呂扶、一刀らと顔を合わせている。

 

関雨は、張三姉妹について、公孫瓉に報告をする。

彼女が持つ"天の知識"にも関わることであるため、すべて正直に告げるわけにもいかない。詳細はいくらかボカしたものになった。

 

張三姉妹の特異性に目をつけられ、黄巾賊を統べる大首領に強要されていた。

何度目かの暴動の際にそれは死亡し、その隙をついて彼女らは逃走。幽州まで逃げ延びた。

黄巾賊への尋問により、三姉妹の風貌が聞き出されていたため、関雨は彼女らを確保することが出来た。

 

そんな筋書きを用意しつつ、太平要術の書についても説明する。

太平要術の書、それによって心ならずも扇動することになった経緯など。表向きのものとはいえ、その内容は相当規模の大きな話である。

内容を聞き、公孫瓉以下、その場に集まった武官文官らは総じて言葉を失った。

 

ではこれからどうするか。

これから取るべき幽州の立ち位置も含め、喧々諤々の話し合いが繰り広げられる。

 

とはいえ、書の行方も定かではなく、危険の程は理解出来たものの、具体的に動けることは黄巾賊の残党に対処するくらいしかない。

結局、漢王朝に、少なくとも近衛軍には報告をしておいた方がいいだろう、という公孫瓉の判断に落ち着く。

黄巾賊の残党もまだいるであろうことを考えれば、関雨のいう通り、張三姉妹の身柄を洛陽へ移すのは危険を感じる。

鳳灯に話を通した上で、近衛軍でどう扱うかの判断を委ねることになった。

 

ではさっそく伝達役を派遣せねば、というところで、関雨は、「一刀と呂扶が商用で遠出するらしいので、ついでに伝達役の護衛を頼んだらどうか」と進言。これがすぐさま取り入れられ、一刀は、公的な理由で鳳灯と顔を合わせることが可能となった。

 

役割の重要さを問わなければ、一刀は護衛役としての役割を幾度となく行っている。ましてや、文武を通しこの政庁の中で彼の名はよく知られているのだ。今回のように、護衛役として名前が挙がることも不自然なことではない。

皆そう思っていたのだが。

ひとり、趙雲は首をかしげていた。

 

 

 

伝達役が洛陽へ向かう、すなわち一刀が薊を離れる直前。

趙雲は、しばし彼が不在となる間のメンマを補充するために酒家を訪れた。

とはいえ、それは表向きの理由である。

もちろんメンマの方も、彼女にとっては重要なことではあったが。

 

「なぜ、わざわざ北郷殿が行かれるのです?」

 

趙雲が気にしたのは、その一点。

多少腕が立つといっても、彼は自他共に認める一般人。派手なことは出来ない、関わらないと公言している彼である。

にも関わらず、殊によれば漢王朝そのものに関わる騒動の一端に首を突っ込もうとしている。

なぜか。

彼女は疑問を感じていた。

 

「それは単に、近いうち遠出する予定が俺にあったからで。洛陽に寄るのはそのついで、ってだけなんですけど。

愛紗から聞いてません?」

 

もちろんそれは聞いている。そうなった経緯も、筋の通ったものではあろう。

だが、彼がそれを引き受けた理由が分からなかった。

趙雲は、一刀と知り合い、そう短くもない時間を経ている。彼がかねてから公言している通り、規模の大きな厄介ごとに進んで関わろうとするようには思えなかった。

ゆえに、今回の洛陽行きが意外に感じられたのだ。

 

そんな趙雲に対して、考えすぎだと、一刀は一笑に付す。

 

「こういってはなんですけど、たかが護衛ですよ? 更にいえば、その護衛の主役は恋で、俺はオマケです。

政治的ななにかに首を突っ込むとか、そんなことはありえない立場だし、そんなことをするつもりもありませんよ?」

「そういわれてしまえば、こちらも返す言葉がないのですが」

 

普段の趙雲らしくなく、自分の感じている違和感をうまく言葉にすることが出来ないでいるようだった。

一刀にしてみても、なんとなくではあるが、彼女のいいたいことが分かるような気がした。

 

「つまり、なんからしくねぇぞ、っていうことですか?」

「かなり乱暴ないい方ですが、そんなところですな」

 

我がことながら、確かに乱暴な言い草だ。一刀は苦笑してしまう。

ひとつ指を立て、いい含むようにゆっくりと。彼は言葉を紡ぐ。

 

「例えばの話。

家族でも友人でも誰でもいい。趙雲さんなら、将来仕えるかもしれない主、でもいいかな。

"誰か"のためになにかをしてあげたい。もしくは、自分がなにかをすることでその"誰かさん"が喜んでくれる。

そんな感じを、想像出来ます?」

 

今回、自分にとってその"誰かさん"が、関雨だった。

簡単にいえばそれだけだ、と、一刀はいう。

 

趙雲に詳しく話したことはないが、一刀が幽州へとやって来た過程は荒唐無稽なもの。

なにしろ時代を超えてやって来たのだ。話したところで到底信じられるようなものでもない。

だが、まったくといっていいほど同じ境遇の者たちが現れた。関雨鳳灯呂扶華祐の四人である。

彼と彼女らは、表に出せない過去を持ち、その過去ゆえに新たな絆を得ることが出来た。家族みたいなものである、と、一刀自身は思ってもいる。

 

その"家族"が頼ってきたのだから、なんとかしてやろうと思うのが人の情というものだろう。

 

「なるほど。確かに、頼られるのは悪い気がしませんな」

 

少し考えを巡らせて見れば、彼女もまたなにかと頼られていた。

誰もが認める偉い立場にも関わらず、あまりそういったものを感じさせない州牧の顔が、趙雲の脳裏にちらつく。

仮とはいえ仕える主である、公孫瓉その人だ。

立場としては格下である趙雲に対して、かの州牧は、命令だけではなく"お願い"も多用する。

人の上に立つ者なのだから、もっと毅然として指示を出せばいいだろうに。

公孫瓉という主に対して、そんな感想を抱えていたりする。

もっと毅然としろといいながら、そうなりきれないところがまた彼女の良さだということも理解はしているけれども。

 

 

「俺の目には、趙雲さんの方こそ違和感を感じるんですが」

 

偉そうにいうなら、何処に向かおうとしているのか分からない、と。

一刀の言葉に、趙雲は驚く。

 

「俺は武将とかじゃないんで、趙雲さんの考え方とはかなり違うと思うんですけど」

 

一刀はそう前置きをし、言葉を続ける。

 

「これはという主を得て、忠誠を誓い、主従の関係になる。いわゆる上下の関係ですよね。

普通の人、というよりも商人は、といった方がいいのかな。俺を含めて、上下よりも横の関係を重視します」

 

自分の上に立つのが、誰であれどんな暗愚であれ、その環境の中で、自分たちに都合のいいやり方を模索し組み上げていく。

もちろん、それはひとりでは出来ない。少なからず助けの手が必要になってくる。つまり共に働く仲間である。

上がどんな人かということよりも、共にある仲間がどんな人間かの方が重要なのだ。

 

目上を蔑ろにするって意味じゃないですよ? と、一刀はひと言付け加えた。

 

「趙雲さんは、仕えるに相応しい主を求めて放浪していた。幽州にいるのはその途上でしかない。

確か、そんなことをいっていましたよね?」

 

彼女はうなずく。

いずれ来るであろう動乱の中、悪しき世を正す槍として、その武を振るうに相応しい主を見つけるべく士官を繰り返していた。公孫瓉の客将となったのはその一端に過ぎない。

いい方は悪いが、一時の腰掛のつもりだったのだ。

 

「趙雲さんが目指している物がなんのなのか、俺みたいな民草には想像もつきません。

でも」

 

一刀の表情が、引き締まる。

 

「これだけ栄えて、民の生活もそれなり以上に富んでいる幽州。そこを治める公孫瓉様。

その他に、愛紗、恋、今はいませんが雛里に華祐。公孫範様に公孫越様、公孫続様。文官の皆さんや、公孫軍の将兵らもそうでしょう」

 

今まで、趙雲が見たこともないような顔。

真剣で、問いただすような目が、趙子龍に向けられている。

 

「これだけの繋がりを振り切ってまで仕えたくなるような、そんな未来の主君って、どんな人ですか?」

 

 

 

趙雲は、公孫瓉の客将として仕え、自分でも意外に思うほどに長く幽州に腰を据えていた。

その間に、あくまで仮のものと考えていた主、公孫瓉は、驚くほどの結果と出世を実現している。

 

いち地方の太守から州牧にまで成り上がり、政を行う立場としてもその良政ぶりはすでに名高い。

武においても、幽州の公孫軍といえば精強として広く知られる。また烏丸族との交流を実現させたために、強力さ強大さはより堅固なものとなった。

また先に触れた烏丸族との融和を実現させたことにより、漢王朝の悩みの種であった北部からの侵攻に一部歯止めをかけたという、政治的手腕も振るってみせている。

さらには現王朝の屋台骨というべき近衛軍の中枢に個人的な誼を持つ。

その気になれば上洛し我を張ることも出来る交友関係は、漢の臣下の中では髄一といっていい。

 

そこまでになる切っ掛けは、趙雲であったり関雨であったり、鳳灯呂扶華祐、はたまた一刀だったりするのかもしれない。

だが最終的に、それらをまとめ上げ形にして見せたのは、他ならぬ公孫瓉自身である。

 

対して、自分はなにを成し遂げたというのか。

趙雲は自問する。

世の悪を正す槍になる、といいながら、これまで自分はなにをしてきたのか。

 

仕えるに値する主を求めて放浪、といえば聞こえはいい。

この関係も一時のもの。そう考えながら、公孫瓉と自身を比較して、「自分に見合う主君はこの程度ではない」と、仮の主に評価を与える態度は傲岸といってもいいだろう。

公孫瓉と相対し、自分はこれだけのことをしたのだ、と、胸を張れることがどれだけあるのか。

 

単純に武を誇ろうといういうのならば、洛陽にいた際に、他の軍閥のいずれかに入り込めばよかった。

誇りを乗せて槍を振るう、ということならば、おそらく幽州に戻るよりもその機会は多いに違いない。

 

しかし、趙雲はなんの疑いもなく、幽州へと戻ってきた。

だが未だ、その身分は客将のままである。

 

自分の立とうと望むのは、そんな舞台なのか?

それが分からなければ、相応しい舞台を探すことさえ出来ない。

 

そんなことに、趙雲は今更ながら気付く。

 

 

 

既に冷めたお茶を、一刀は新しく淹れ直す。

目の前を舞う湯気に気付くこともないまま、趙雲は、思考の中に入り込んでいた。

 

 

 

・あとがき

異論は認める。むしろカモン。

 

槇村です。御機嫌如何。

 

 

 

 

 

黄巾の乱から、反董卓連合の空白期間。

原作では数クリックしかない部分の風呂敷が、ここまで広がるとは思わなかった。

全然先が見えねぇ。むしろみんな先を教えてくれ(おいこら)

 

えー。

いろいろ想定している展開の都合上、一刀を幽州から出すことにしました。

しましたが。

でも、ウチの一刀は前面には出しゃばりません。

要所要所で顔は出しますが、ストーリーの最前線で大活躍、みたいなことはありません。

少なくとも現時点では考えておりません。

 

ウチの一刀の立ち位置は、後方で主人公の帰りを待つヒロインポジションですから。

 

一刀が方々で大活躍、みたいなものを期待した方は申し訳ありません。

一刀は脇役のままでいい、という方はご安心ください(笑)

 

 

 

さてさて。

今回から、新たな面倒ごとに向けてお話が進んでいくわけなのですが。

その前に、各人の立ち位置をしっかりさせておこうかな、と考えた上での第40話。

特に星さん。ココにてこずっているうちに、時間ばかり経ってしまった。

おかしいな、もっとカラっとした展開にするつもりだったのに。

あげく悩ませるだけ悩ませて放置ですよ。超ドS(書いた奴がいうな)

 

……もう11月も末だよ。前回から2ヶ月弱経ってるよ。

なにをしてたかっていうと、なにをトチ狂ったのかエロ小説の下地作りに熱中していた。

自分で書いて自分で出すってエコだよね(やめろ)

 

そんなこんなで愛雛恋華伝ですが。

このペースだと、今年中にもう一話出来れば御の字、か?

せめて二話出来るよう頑張ります。

 

三日で一話を仕上げていた頃が懐かしいぜ。

 


 
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