No.335402

【俺屍】一期一会【陰陽児中】

陰陽児中に夢一杯な感じで、プレイエピソードをふくらませてみた。

2011-11-16 20:32:12 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2092   閲覧ユーザー数:2078

 青い髪の娘がいた。

 生まれた時より当主になる事を定められた娘。

 初代の志を忘れぬ為に、同じ髪をした者が代々当主に選ばれてきたのだ。

 それは朱点童子を倒すという悲願を抱えた一族が選んだ道であった。

 私の髪は赤い。

 生まれた時から当主になれないと分かっていた事だ。

 けれど

 生まれた時から全てを持っていたあの娘が妬ましかった。

 

***

 

「……交神の義を頼みたい」

 縁側に座って庭を見ていた青い娘は、視線を庭に向けたまま私にそう言い放った。大した能力もなく、子をなすこともなくこのまま死ぬのだと思っていた矢先の言葉に、私は喜びよりも別の感情が己の心を蝕んでいくのを感じて、思わず唇を噛んだ。

「私の様なモノに子を成す機会を頂き感謝します」

 気持ちとは裏腹に、感謝の言葉を述べると、青い娘は驚いたような顔をして漸くこちらを向いた。緑の瞳も、青い髪も、初代から譲り受けた娘。そんな青い娘から情けをかけられたのだ。何一つ一族に残すこともなかった私への、せめてもの手向けのつもりなのだろうと。短命の呪いのせいで、既に体は言うことを聞かず、戦場に出ることもない私への同情。

「私はお前に一族のために死ねと言ったのだ。……恨まれる事はあっても、感謝される筋合いはない。許せともいわんが」

 どこか達観したような言い草が勘に触ったが、私は言葉を発する事無く青い娘を眺めた。妬ましいと思うことがきっと間違えなのだろうと分かっていた。一族の者は皆、当主を敬い、悲願は果たすためにと、当主を盛り立て力を合わせていた。けれど、私は何の能力もなく、足をひっぱるばかりであったし、ずっと青い娘に歪んだ感情を抱いていた。

 青い娘は当主として十分であった筈なのに、私はどうしてもその歪んだ感情を抱かずにはいられない。誰よりも強く、誰よりも志を持った青い娘。

「……誰か好いている神がいるのなら言っておけ。今なら奉納点にも余裕はある」

「お任せします。できれば、私などではなく、他の子達に良き神をあてがって下さい。私の血等大した子をなさないでしょう」

「そうか」

 私の言葉に青い娘はそう短く言うと、興味を失ったかのようにまた庭へ視線を向けた。

 

 その後イツ花が準備を整えてくれた。

 私の体は子を抱くことは叶わないだろうことは分かっていた。2年も生きられない。それが一族の呪い。子を成せばそのまま死ぬであろう事を考えると、少しだけ名残り惜しく、家の中を何の気なしに歩きまわってみた。

 何人かが交神の義を祝って声をかけてくれたが、それはそれで煩わしかった。家族だというのに、そんな感情しか抱けない自分に吐き気がしたし、最後まで自分はこの一族に不要だったのではないかという気さえしてきて気分は沈んだ。

 そんな中。

 青い娘は縁側で横になっていうたた寝をしていた。

 いつもならイツ花がベッタリとくっついているのに、交神の義の準備で忙しいのだろうか姿は見えなかった。肌寒い季節、流行り病にでもかかれば大騒ぎであろう。起こしたほうがいいのかと思案している間に、青い娘はぱっちりと瞳を開き、庭に視線を送った。

「……何が見えるのですか?」

「何も」

 ふとした気まぐれで声を掛けると、青い娘は短くそういうと、こちらに視線を送る。緑色の瞳も、青い髪も妬ましい。だから見るのも嫌だった。けれど青い娘はいつでも自分の前を歩いていて、それも腹立たしかった。

「陰陽児中様にお前をお願いすることにした」

「はい」

 どんな神様だったか余り覚えていない。けれど、一族の家系図にも名があった筈なので、古い神様なのだろう。

 私などあてがわれた神様も可哀想だと言う気がしてきて、気分はまた沈んでいった。

「何か私に言いたいことがあるなら今のうちに言っておけ」

「何もありません」

「……そうか。お前はいつも私に何か言いたそうにしている様な気がしたのだがな。まぁ、お前がそれでいいなら構わん」

 まるで自分の卑しい心を見透かされているようで、逃げ出したくなった。けれど、青い娘はそれ以上は何も言わずに、庭に視線を戻した。

 青い娘の見る庭と、私の見る庭は同じなのだろうか。

 ぼんやりとそんな事を考えた。

***

 一族のために子を成したいと、判を押したように言う哀れな一族の娘の中で、一番最初に寄越された娘だけはよく覚えていた。

 浅黒い肌をした、赤い髪の娘。

 どうせ褥を共にするならば、もっといい男がいただろうにと言葉を放ったら、その娘は笑ってこんな返事を寄越した。

──私が陰陽児中様を選んだんです。

 人に形は似ているが、俺はどちらかと言えば異形の部類であった。名の通り陰陽を司り、半分は赤い肌で、黒い刺青が入っていた。それを怖がること無く、娘はずいっと俺の傍によると、手をとって笑った。

──私は火の神の娘なんです。だから、貴方の火の力を根こそぎ頂きに参りました。

 呪われた一族の一番最初の男は色の白い、青い髪をした男だった。その娘は何一つ父から受け継がなかったが、母である火の神を誇りとし、こともあろうに、根こそぎ火の力を持っていくつもりでここに来たらしい。それが妙に可笑しかった。

 なんと図々しい女なのだ。

 神すらも己の糧にするつもりなのだ。

 けれど、長く陰鬱とした天界において、この娘に会えた事は俺にとってそう悪くないと感じた。

──ハハ、来なよ!!お嬢ちゃん。

 自然と笑いがこみ上げて、そう言うと、赤い娘は俺の腕の中に躊躇なく飛び込んできた。

 

 それからどれくらいの時が流れたのかは分からない。停滞した天界。

 ただ、ポツポツと呪われた一族が神々を開放しているという話は聞くし、時々娘は俺のところへ寄越される。ただ、名前も顔も余り覚えていない。一番最初に来た赤い娘が余りにも印象的で、後は余りにも没個性であったのだ。

 そもそも、神と人の間に生まれた鬼子を倒すために、同じように鬼子をぶつけるというのがいかんせん理解しがたい。無論、方針なのだから従うが、一方は同じ事を繰り返さないように短命の呪いをかけて送り出すという悪趣味極まりない予防線まではっているのだ。あの一族は、己が短命は朱点童子のせいだと信じて、討伐を繰り返している。確かに朱点童子を倒せば役目を終えて、その短命の呪いも解けるだろう。けれど、それは、あくまで天界の都合でしかない。だからこそ哀れであった。けれど、それだけだ。それ以上肩入れをすれば、昼子に追放された連中と同じになる。それはそれで面白くもない。

 そんな事を考えていると、又あの一族から娘が送られてきた。

 また一族の悲願の為等と、つまらない事を言うのだろうと思うと気は進まないが、役目を放棄するわけにはいかない。渋々用意された場所へ向かうことにした。

 

***

 

 陰陽児中は、部屋の隅に座る娘に視線を送ると、黙って正面に座った。俯き加減で表情や顔は見えないが、長い赤髪だけは確認できる。

「宜しくお願いします」

「……顔上げろ」

 俯いたまま、更に頭を下げる赤い娘に、陰陽児中は少しだけ苛立った様に口を開いた。強い口調に、怯えた様に赤い娘は顔を上げると、漸く陰陽児中と視線を合わせた。しかし、直ぐに視線を逸らして、蚊の鳴くような声で言葉を零した。

「申し訳ありません。私のような年寄りの相手で……」

 その言葉に陰陽児中は、あぁ、と少し声を漏らした後、何年生きた?と短く聞いた。

「1年と6ヶ月です。その、もう満足に体も動かせませんので……申し訳なく……」

 2年も生きれば大往生だと言う呪われた一族。見た目はいくら若くても、それ以上生きられないのだ。

「1年と6ヶ月なんざ、俺から見ればまだタマゴだ。年寄り何て言うんじゃねぇよ。俺は化石かなんかか?」

 陰陽児中の言葉に、赤い娘は驚いたように顔を上げた。

「まぁ、体動かねぇって言うんだったら、俺が勝手にやる」

 そういうと、陰陽児中は赤い娘との距離を縮めて、そばに寄った。緊張していると言う空気を感じられたが、それを陰陽児中はあえて無視をし、その赤い髪を一房つまんだ。

「……あの……」

「なんだ?優しくして欲しいなら、そう言いな。解んねぇよ」

 なにか言いたげな赤い娘にちらりと視線を送りながらそう言うと、陰陽児中は髪の質感を確かめるように指を通し梳く。

「髪は触らないで下さい」

「は?何で?」

 意を決したようにそう言った赤い娘に、陰陽児中は驚いたように返答をした。無論髪など触らず子を成すことはできるが、意味がわからなかったのだ。

「その髪、嫌いなんです」

「何で?」

 陰陽児中はそう言いながら、髪を触るのを止めなかった。彼は赤い娘とは逆に、赤い髪が好きだった。一番最初の娘がそうだったからなのかもしれないと、薄々感じてはいたが、好きなものが否定されて、些か意固地になった陰陽児中は彼女が自分の納得する理由を吐くまでは、髪を触るのを止めないのを決めた。

「……何でもです」

「理由言わねぇんだったら、俺の好きにする。嫌だったら理由を言えよ」

 陰陽児中の言葉に、赤い娘は視線を彷徨わせて、言葉を探す。理由は明確だった。全てを持っていた青い娘と、何もかもが違う自分が嫌いなのだ。青い娘への歪んだ感情を吐露することを躊躇った赤い娘は、じっと堪えるように視線を握りしめた己の拳に落とす。

「……頑固だな。タマゴはタマゴでも固ゆでか?俺の好みじゃねぇな」

 そう言われ、赤い娘は思わず体を固くした。子を授かれないかもしれない。そんな事を唐突に思ったのだ。今まで交神の義が失敗して子を授かれなかったという話は聞いたことはなかった。聞いたことはなかったが、あったかもしれない。そう考えると急に怖くなって、赤い娘は陰陽児中へちらりと視線を送る。

 しかし彼は、飽きること無く長い髪を撫で、赤い娘が口を開くのを待っている様子であった。

「理由ねぇの?」

「ないと、子を授けてくれませんか?」

 縋るように言う赤い娘を見て、陰陽児中は少しだけ落胆した表情を見せた。また同じかと。一族のために子をと言い続ける哀れな一族。

「別に。けど、髪を触るなってのは嫌だ」

「……どうしてです」

 逆に問われ、陰陽児中は陰鬱そうな笑いを浮かべた。

「好きだからだよ。悪いか」

 その言葉に、赤い娘は驚いたように瞳を見開いて言葉を失った。その反応に、陰陽児中は僅かに瞳を細めると、漸く赤い髪から手を放した。

「一番最初に俺の所に寄越された娘が赤い髪だったんだよ。いい女だった。そんだけ」

「……私は……」

 俯いた赤い娘は肩を震わせて言葉を零す。

「私は……何もないんです。一族に何も残せないんです。その上、あの人を妬んでばかりだった……。青い髪の娘が羨ましかった。一族の皆に愛されることを約束されたあの子が妬ましかった……私には何もないのに、あの子は全部持っていた」

 懺悔するように言葉を零す赤い娘を眺めて、陰陽児中は心の中で溜息をついた。これが神々の決定の代償だと。哀れな一族は、その中でイビツに歪んで捻れて行っている。悲願だけを抱えて、その身を散らす一族。そして、その悲願は人そのものを歪ませて行ったのだ。

「私……私なんかが子を成しても一族の為にならないんです。何にもない人間が子を成しても意味なんかないでしょ?」

 朱点童子に到達するまで、後何代重ねればいいのだろうか。そんな事を陰陽児中は考えて、赤い娘の髪を優しく撫でた。それに驚いた娘は顔を上げて陰陽児中を見上げる。

「俺は青い髪より赤い髪が好きだ。そんだけじゃ駄目か?」

 その言葉に赤い娘は小さく首を振った。

「……けど……」

 それでも己を否定しようとする赤い娘を見て、陰陽児中は瞳を細めた。悲願を叶えるために礎になれなかれば値打ちがないといわんばかりのその姿は痛ましかったし、彼女は己を恥じているのだと感じた。人間誰しも、妬ましいと思う気持ちは存在する。神でさえそうであるのだ。

 己を恥、そして、己自身を嫌う赤い娘。

「何にもねぇって言うんだったら……」

「……え?」

 髪を一房掬い上げ、それに口づけすると陰陽児中はそう呟いて赤い娘を抱き寄せた。

「思い出一つ、作ってやるよ」

 その言葉に赤い娘は驚いたように顔を上げる。視線を合わせると、陰陽児中は柔らかく笑って口を開いた。

「火の力全部くれてやる。根こそぎ持ってけ」

「……私に……ですか?」

「他に誰にくれてやるんだよ。いいか、俺が全部くれてやってもいいって思ったのはお前と一番最初の娘だけだからな。誇りに思えよ。まぁ、最初のじゃじゃ馬はこっちが拒否っても根こそぎ持って行きやがったけどな」

 そう言った陰陽児中を見上げて、赤い娘はポロポロと泣いた。何もない。何もない。けど、漸く一つだけ。否、二つ。

 

──赤い火の力と、誇り。

 

「ありがとうございます」

 そういうと、赤い娘は淡く微笑んだ。生まれて初めて、ちゃんと笑えた気がして、赤い娘はそれが嬉しかった。

「髪は触っていいのか?やっぱり厭か?」

「……触れて下さい」

 恥じらったように言う赤い娘を見て、陰陽児中は愛おしげに髪に顔を寄せると、指で長い髪を梳く。赤い髪。一番最初の娘はそれを誇りにしていた。そしてこの娘はそれを恥じていた。

 神の都合で歪められた哀れな一族。

 せめて、一つだけでも与えてやりたいと思ったのは、きっと一番最初の娘が、停滞した己に沢山のモノを置いて行ったからであろう。そう考えて、陰陽児中は赤い娘を優しく抱きしめた。

 

***

 

 子をなして赤い娘は死んだ。

 手元にいる赤子に視線を落としながら、陰陽児中は言葉を零す。

「……その髪はかーちゃんと一緒だなチビ」

 この一族の成長は早い。一月もすれば、イツ花が迎えに来て、またあの呪われた家に組み込まれる。そこで漸く名を授かるのだ。

「陰陽児中様。この度はありがとうございました」

 後ろから声をかけられ、陰陽児中は不機嫌そうな顔を作る。立っていたのは、青い娘。

「イツ花が迎えに来るんじゃねぇのか。つーか、はえーよ。どんだけ俺から取り上げりゃ気が済むんだよテメェん所は」

「いえ、これを届けに」

 渡されたのは赤い髪であった。それがあの赤い娘のものであることは陰陽児中にも理解できた。当主自らそれを届けに来たことが不思議だった彼は、赤子をあやしながら口を開く。

「……何であの娘を俺にあてがった」

「彼女は火の娘ですから、それがいいと思っただけです」

 青い娘は瞳を細めて笑った。それを見て、陰陽児中はこの娘も歪んでいると感じて瞳を細めた。

 生まれながらの当主。

 赤い娘は全てを持っていると妬んでいた。

 けれど、青い娘が持っているのは決して幸せなモノばかりではない。

 時には身内を切り捨てる非情さも、己が手で悲願を叶えなければという強迫概念にも似た思考。

「火の娘の心を溶かすには、もっと強い火がいい。いい子をありがとうございます」

「碌な死に方しねぇよ、テメェは」

 子を成すことで赤い娘は死んだ。けれど、強い子は残った。それがこの一族のやり方なのだ。長く生きることより、強くあれと。

「どうせ鬼にも家族にも、神様にも恨まれる身ですから。今更恨みの一つや二つどうってことない。閻魔帳にでも書いておいて下さい」

 一身にその呪いを背負って立っている青い娘。あの赤い娘以上に哀れで、それでいて、大きく歪んだ存在。そう考えて、陰陽児中は赤子に視線を落とす。

「まだチビをそっちに寄越すのは先だ」

「そうですね。イツ花が迎えに来るまでよろしくお願いします」

 そういうと、青い娘は興味を失ったかのように踵を返したので、陰陽児中は思わずその背中に言葉を投げかけた。

「一族の悲願が叶ったら、テメェならどうすんだ?普通に生きるのか?」

「何言ってるんですか。他の子はともかく、当主筋の私がマトモに生きられるわけないでしょ。そんな風にできてるんです。でも、そうですね……悲願が叶ったら、昼子様でも一発殴りますよ。今までどうもありがとうございました、これであんたらの尻拭いはおしまいですよってね」

 クッと咽喉で笑うと、青い娘はその場を後にした。

 その言葉に陰陽児中は何一つ言い返すこと無く、青い娘を見送る。とっくにあの青い娘は気がついていたのだろう。歪な一族の根源に。けれど、それを黙殺して悲願を果たそうとしている。その悲願がなければ、己の一族が存続し得ないを承知しているのだ。

 本当に何も持っていなかったのは青い娘のほうだったのかもしれない。代々受けついだ悲願も誇りも、借り物で、青い娘自身は何一つ持っていない。空っぽの当主の器に貰ったものを入れているだけの存在。

「……恥じる事なんかねぇんだよ。青い娘よりお前はずっと沢山のモノ持ってたんだからよ」

 そう呟くと、陰陽児中は赤子の頬をそっと撫でた。


 
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