No.335306

閃光のプロキオン  第四話 深紅の欠片

今から17年前。東京を壊滅させる程の『何か』が起きた。日本は17年の歳月を経て首都を長野県へ移す。しかし、『何か』がもたらしたものはそれだけでは無かった。 MFLと呼ばれる遺伝的変異を遂げた生物。東京から現れるMFLとの戦いに巻き込まれた瀬田大輔はそこでプロキオンと呼ばれる兵器と出会う。

2011-11-16 15:51:43 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:435   閲覧ユーザー数:435

朝、ケータイのアラームで目が覚めた。即ちそれは作戦決行が翌日に迫ったということ。

布団に潜っていたいという日常と明日にはこの街はおろかこの国にいないという現実の狭間。僕は現実に淘汰され、渋々と羽毛布団を畳む。

一回の台所からは愛菜と彼女のお母さんが朝食を作っている。階段を降りる際に漂うその香り。鼻腔をくすぐるそれで明日という現実を騙す。

朝陽が窓から照りつける。目を擦りながら僕はリビングへと足早に降りた。

 

 

「おはよーっす」

ポン、と僕の肩を誰かが叩いた。恐らく涼介だろうと僕は思って振り返るとやっぱり涼介だった。

そもそも僕に声を掛けるのは涼介や愛菜、流希ぐらいで他の人は事務的な事や僕から話しかけなければ話すことはない。

その理由は明白で僕が東京出身だからだ。『何か』が起きた直後に生まれた僕は軍部の生き残りであった父さんと共に長野に来た。母さんは僕を生む際に死んだという。

東京差別。今でも続いている事だ。東京で起きた『何か』をウィルスのようなものとして捉え、東京出身者を病原菌のように扱う。

今では『東京』というワードを言ってはならないという暗黙の了解があるため。そして僕の父さんがVMFLの司令官ということもあってか表立って差別されることはない。

あるとしたらこれ以上の深い関係を作らせてくれない。という壁を作られている事だ。

僕は窓の方を見た。隣の流希が教科書をまとめながら「明日は遅れないでよ」と小さく呟いた。

「わかってるよ」

僕はそう答えるとカバンから教科書を取り出す。

何とも言えない圧迫感のような物を感じる。嫌な気分はない。でもいい気分はしない。

周りのクラスメートは東京で起きた何かが再び起ころうとしていると分かっているのだろうか。

ギュッと締め付けられるような苦しみを感じた。

 

ついに放課後となった。傾きかける日が廊下を照らしている。

「なあ、大輔?」

「うん?」

僕がカバンに教科書を突っ込んでいると涼介が振り向く。薄っぺらいカバンを振り回して僕の机の上に置いた。

「お前知ってるか?自営軍の新型兵器。昨日、A区画での戦闘で使われたって話だけど残念なことにADシュミレータに夢中でさ、警戒区域に侵入するタイミングを間違えちゃってさ」

てへへと笑いながら涼介言う。さらっとこんなことを言っているが一応「新長野市条例違反」である。

「まあ……知ってるというか知らないというか――――」

「おい、知ってるのか!?あれだけは幾ら長門様に聞いても答えてくれないんだよ」

いや、答えられないのは仕方ないだろう。彼女だって軍人だ。そう簡単に機密は――

不意に目を時計にやった。

まずい、A区画行きの電車が来る。

「なあ、涼介。今日はこれくらいにして帰ろうよ。な?」

僕がそう言うと涼介は「えぇー!」とブーイングをしながらも教室から出る僕を追いかける。

「今日は随分といそいでるんだな?」

「まあね」

適当に返す。ここで軍事機密をバラしたら流希になんと言われることか。

下駄箱に出る。靴をはきかえると校門前の駅に走った。

入口のエスカレーターは右側を通り、駆け上がる。隣でぺちゃくちゃ喋ってる生徒なんて気にせず。

僕にはそれよりもやらなければならない事がある。ここの人たちを守らなくちゃいけないんだ。

電子定期券をタッチしてA区画行きのホームに向かう。

「おいおい、C区画行きはこっちだぜ?」

後ろから涼介が言った。

「いいんだ、今日は父さんに用があるんだ。A区画方面に行く」

「ほう、奇遇だな」

「は?」

「俺、今日はちょっとD区画に行かねばならなくてな。そういうこと」

「はぁ……」

D区画。というと国際空港が面積の3分の1を占める新長野市最小のブロック。なんでそんな所に涼介が。旅行に行くにしても明日は学校だ。僕は公欠扱いだけど涼介は違う筈だが……

そう言っている間に列車が到着した。僕らはアナウンスの後、その中へと足を踏み入れた。

 

ややあって、列車はA区画VMFL前に到着した。これから二駅先にいった所がDブロック新長野国際空港駅となっている。

ホームへと降りたものの今日は鏑木さんの姿は無かった。きっと明日の作戦で皆忙しいのだろう。そう考えると僕もこんなところでトボトボ歩いているのが失礼に思えて足が自然と早くなった。

 

 

基地へと入った頃には既に日が沈んでいた。中の兵隊さんたちは皆僕を見ている。やはり目立つのだろう。自衛軍の新型兵器を土壇場で動かし、二度も戦闘に介入した司令官の息子。

一部からは「七光り」だとか言われそうだけどそういった陰口には昔から慣れていた。東京差別の規制前と比べたらよっぽどマシだ。

「瀬田軍曹!」

「ハイッ!」

唐突に呼ばれて思わず声が裏返った。すると僕を呼んだ張本人が後ろでくすくす笑っている。

「……流希、笑わないでよ」

「少尉を付けなさい。――さて、どうせ案内が居なくて心細かったんでしょ?ほら、付いてきなさい。アンタの部屋はこっち」

そう言うと流希は僕の手を握り、歩き出す。柔らかいその小さな手が僕を引っ張る。

こんな小さな女の子が戦ってると考えると――

いや、彼女はお父さんに近づきたかったんだったな。僕は思い出すと余計を考えるのをやめにする。

視線を感じる。賑やかというより騒がしいというような基地の中、僕と流希は歩いていった。

 

「ここがアンタの部屋よ。一応たった一人のDE-S起動者ってだけあって結構な待遇なんだから」

「ありがとう」

「礼なら司令と鏑木顧問に言って。私は別に何もしてない」

そう言うと流希はそっぽを向いて足を動かし始める。

「あっちょっと!」

僕が呼びかける。それと同時、彼女は足を止める。

「――明日、頑張りなさいよ」

再び足を動かし始める。さっきよりも足早に彼女は歩いていく。僕は声をかけようにも出来なかった。

 

 

今日、大ちゃんが帰って来ないのは分かっていた。それでも私はいくばくかの期待があったのだろう。何時の間にか私は四人分の夕食を作っていた。

あれからまだ一週間も経っていない。それなのにこんなにも遠くに行ってしまった。

一緒に学校に行って、一緒に学校から帰って、道草して、一緒にご飯食べて―――

「私にも出来ることないのかな」

ふと思った。でも私にそんな事は出来ない。

私に出来ること。

私はこうしてお料理したり洗濯したり。それしかできない。

でも大ちゃんは何時の間にかこの街の――国の人を守る立場になっていた。大ちゃんのお父さんは軍人さんだし前々からそうなるこは分かっていた。

でも、あまりに唐突だった。

現実を受け止めきれてないのだ。

つくりすぎた料理を見てお父さんが「どうかしたか?」と聞いた。

私は潤んだ瞳から涙が溢れるのをこらえ、笑みを浮かべると「なんでもないよ」と返した。

 

 

 

 

 

ケータイが小刻みに震えた。三疊程のベッドしかない部屋で僕は寝転がっていた。

電気のついた部屋の中、僕はケータイを手に取る。メールが一件届いていた。愛菜からだ。

 

『こんばんわ。もうご飯は食べましたか?明日はついに作戦が始まりますね。絶対に生きて帰って下さいね。私は大ちゃんを待っています。』

 

愛菜らしいな。僕はそう思うと携帯を閉じる。

ベッドから体を起こす。いい加減適当にシャワーでも浴びないと気持ちが悪かった。

 

 

 

あれからシャワー室を探すのに一苦労し、さらに汗をかいた僕はそれを洗い流した。

使っているのは筋肉質なおじさん。もとい、お兄さんばかりで最初は気まずかったものの皆いい人ばかりで直ぐに打ち解けてしまった。

支給品のタオルで水滴を拭くと用意されたスウェットのような寝巻きに着替える。

今度は案内もあってか簡単に部屋に戻ることができ、僕は一日精神的に疲れた体をベッドに委ねた。

アラームを一時にセットする。作戦開始は三時。いつもはテレビでも見ているような時間だが今の僕には時間が惜しかった。

 

 

深夜。作戦開始まであと数分となったVMFL。その中枢に位置する巨大な司令室、つまりはVMFLの『脳』となる部分に私、瀬田 浩三は居た。

まだ夜も開けておらず、窓からの光は一切差し込んでいない。人工の光のみが部屋を照らしている。

司令席から私は見下ろすようにオペレーター達が忙しく動くのをみた。高速で動くその手がキーボードを叩き、軍部はそれによって連携をとり、動く。

視線を自分の手前に戻した。机の上には大量の書類が残っている。深夜からこんな事をやっている自分をアホらしく思いながら渋々とペンと印鑑を握る。

こんな物、会計にやらせておけばいいものを。そう思ってしまうのも仕方ない。VMFL自体急場凌ぎの独立愚連隊のような物で実際にVMFLの母胎となっているのは自衛軍でなく、東京探査班で有名な相模原遺伝子研究所だ。だからこそADやプロキオンのようなものが扱える訳だが。

ふと、一枚の書類が目に入った。「シリウス 整備費削減に関するレポート」書類にはそう書かれている。

東京探査班の遺産の一つ、『シリウス』これはプロキオンよりも後に作られたものだと思われ、当初はシリウスの起動実験を優先して行われていたが機体の動力部に未知のテクノロジーが使われており、それを統括するシステムが何らかの生涯を起こしたことで実験は中止となった。

そんなこともあって未だに整備の続けられているシリウスだが動かない兵器を大事に取っておくことに対し不満を抱くのは無理もない。

しかし、それも今回の調査が成功すれば変わるだろう。相模原教授が見たもの。それさえ分かればシリウスは―――

「ロシア探査部隊、離陸を開始」

オペレーターの一人がそう言ったのをきっかけに私は目をモニターへ戻した。巨大な薄型モニターには大きな輸送機が滑走路を飛び立つ姿が映っている。

「……答えは見つかったか」

私がそう言うと一番近くにいたオペレーターの女性が首をかしげる。私は「なんでもない」というとシリウスの整備費削減のレポートをゴミ箱へと投げ捨てた。

 

 

巨大な輸送艦に乗って僕らはロシアへと飛び立った。

小さな窓から僕は空を眺める。雲を突き抜けてゆく輸送艦からはほのかに陽の光が見える。

「アンタ、何やってんのよ?」

不意に流希が僕の後ろから声を掛けた。びくりと肩を震わせて振り返る。

「ほら、デッキはこっちよ。自分の機体を把握しておくのはパイロットの仕事。さっさと行きなさい!」

流希はそう言うとその小さな体で僕の体を押す。

「ったく、男ならはやくしなさいよ!」

すると途端にグイグイと僕を押していた手を離したかと思うとその手で僕の手を握った。

「ほら、同級生でもここでは私が先輩、上官。言うこと聞きなさい」

そう言って流希は僕の手を力強く引っ張って行った。

 

 

それから少ししてAD、そしてプロキオンの格納庫へとついた。灰色に包まれた格納庫はたくさんの電球にまみれ、壁がそれを反射する。

「はい、プロキオンはあっち。キャットウォーク伝ってそのまま真っ直ぐ」

流希は顎を使って前方を指す。その先にはADとは違う巨大な白亜の機体があった。

プロキオン。僕はアレに乗って二回も戦った。その周りには鏑木さんを始めとする整備班の人たちが忙しく動いている。

「……アンタはさ、何で戦う事にしたのよ」

僕がプロキオンの方へ歩き出そうとした途端、流希がそう言った。僕が足を止めようとすると流希は「歩きながらでいい」と言った。

「どうしてって……やらなきゃいけない気がしたからかな?」

「ハァ?」

流希は顔にシワを寄せて言う。

「いや、そんな事聞かれてもさ。僕だって何時の間にかこうなってたんだし……」

「ADの操作とプロキオンの操作は似てるって聞いたけどシュミレータを極めた如きじゃそう簡単に――」

流希は何かを言おうとしたが口を抑えた。それから少しして渋った顔をするともう一度口を開く。

「アンタの前任者――小宮山中尉。いや、今は二階級特進で少佐だったわね。あの人は私たちの中のエースだったの。それも私なんか比にならないほどのね?そしたらある日、ADと同じ相模原の遺産のテストをやるとかでAD隊を除隊してテストパイロットになったの。」

そう言うと流希は僕の方を見る。

「アンタはあの人の命も背負ってるの、半端な真似したら後ろから撃つから」

流希は右手を銃の形にすると僕の方に向け「バンッ」とやった。

 

途端、機内の無線にロシア語の声が聞こえた。鏑木は急いで操縦席へと向かう。

「どうした、何があった?」

鏑木がそう問うとパイロットの男二人は急いで振り返り「ロシア空軍が警告を発してきました!」という。

「なぜだ、ロシア政府にしっかり許可は取っておいたはずだ。もう一回連絡を取ってみろ」

パイロットの男はインカムを握るしめるようにすると流暢なロシア語で敵航空機に向かって問いただす。「こちらは日本のVMFL、探査部隊だ。許可は取っておいたはずだ」と。

男の額をいやな汗が伝った。

「……どうだ」

鏑木が問う。副機長の男もじっとロシア語を話す男を見つめる。

「……駄目です!撃ってきます!!」

彼がそう言った途端、操縦室をはじめ、機内に取り付けられたミサイルアラートがけたたましく鳴った。

「クソッ、早く回避運動をとれ。探査ポイントまではあと少しなんだぞ!」

「了解です鏑木顧問」

そういって男はラダーコントロールスイッチを操作する。大きく機体が揺れる。鏑木は何とか座席の背もたれに捕まってやり過ごす。今頃格納ブロックの連中はてんてこ舞いだろう。

「……第二波きます。フォックス2!フォックス2!」

機長がそう言うと鏑木は口元を押さえ、考え込む。そうして機体が大きく旋回する前に言った。

「……仕方ないか、時間稼ぎを頼んだ」

「頼んだって、鏑木顧問はどこへ?」

「プロキオンとAD隊をここで降下させる。撃墜されるよりはマシだ」

鏑木はそう言うと壁に設けられたドアのコントロールパネルを使い、操縦室へのドアを開く。そして格納庫の方面へと歩き出した。

 

 

鏑木さんが格納庫に戻るや否や大声で「予定を早めるぞ!各員戦闘配置!」と叫んだ。AD隊の人たちは急いで体に装甲を取り付け始める。グレーの鎧のようなものを足から順にロボットアームが取り付けていく。プロキオンの隣であった流希は真っ赤な鎧をつけていった。

「大輔くん、予定通り僕等はプロキオンで目標地点まで接近して調査する。いいね?」

コックピットに仮設シートを取り付けながら鏑木さんは言う。

「あの……さっき大きくゆれましたけど何かあったんですか?」

僕がそう問うと鏑木さんは物思いにふけったような顔をした後、「なんでもない、気にするな」といった。

「そう……ですか」

レバーをつかむ。支給された軍服に専用のインカムを付けただけ。そんな簡素な装備のまま僕はメインコンソールをタッチしてプロキオンを起動させる。

低い重低音を轟かせながらエンジンは動き始める。コクピットを小さく小刻みに振動させながら。

「鏑木顧問、もう限界です!早く脱出を!」

途端、球体型モニターに通信ウィンドウが自動で開き、音声だけを伝えた。発信場所はこの輸送艦の操縦室。

「わかった、今すぐ降下させる。――大輔くん、今から前でのハッチが開く。そこから降りるんだ」

「分かりました」

僕はそう言うとフットペダルをゆっくりと踏んだ。プロキオンは少しづつカタパルトへと近づく。

「いいか大輔くん。今のプロキオンは飛行用のExternal Flight system、つまりは無理やり飛べるように改造してある。操作はADと一緒だが……いけるか?」

「やってみせます」

ペダルから足を離す。ガチャンと金属音がしてカタパルトへの接続が完了した。グレーの装甲板がゆっくりと開き、まだ朝日が出たばかりのロシアの空が姿を表した。

僕のみている方向からはちょうどよく太陽がまっすぐに見えた。つまりはほぼ真東を向いているわけだ。

装甲板が完全に開ききった。風がなだれ込む。発進用のランプが赤い灯りを点けた。次に隣のランプそしてもう一つ隣の3つ目のランプに明かりが灯る。その次に全てが青く染まってプロキオンのモニターには『Become a bird. 』と表示された。

「プロキオン、行きます!」

ペダルを強く押し込んだ。後方のスラスターが青い光を放ち、カタパルトによって押し出された機体は虚空へと飛びたって行く。

光は膜となり、機体の後ろへと広がる。その姿は彗星のようだった。

 

「こちらクリムゾン1、プロキオン聞こえる?」

モニターの左側、赤いウィンドウが開く。クリムゾン1というのは流希のコールサインだ。

「こちらプロキオン、どうかした?」

「どうかしたのなにもないわよ。先刻の緊急降下でAD隊が分断された。私は隊員の生存確認とロシア軍を何とかする。アンタは早く目標ポイントまで行きなさい。鏑木顧問を頼んだわよ」

流希がそう言うとウィンドウが勝手に閉じて通信終了の文字が表示される。レーダーを確認するとプロキオンとは逆方向に飛翔する機体があった。AD隊、クリムゾン1のIFF〈敵味方識別装置〉、流希だ。

「あの、鏑木さん、さっきロシアがなんとかって……」

「いいから君は操縦に集中しろ。心配するな、僕には作戦立案の責任者として君たちを生きてVMFLに送り届ける義務がある。今は君のやるべき事に集中するんだ」

わかりました。と僕は小声で言うと画面の奥、探査ポイントである爆心地を見る。土を抉られたような穴が見えた。ここからポイントまではおよそ5,6kmその距離にも関わらず結構な大きさに見える。けれどこれでも東京で起きた『何か』には到底及ばないらしい。そう考えると寒気がした。

 

 

真っ赤なAD〈アーマードレス〉を着た私は仲間を探してロシアの空を飛んでいた。太陽は雲に隠れ、寒さが世界を支配する。

どこにもいない。反応がない。音の鳴らないレーダー。その全てが私を恐怖へ陥らせる。

「クソッ、どうなってんのよ」

吐き捨てるように言う。ライフルを持った右手の感覚が寒さと重さでだんだんなくなっていく。

この極寒の地で、金属を体中に取り付けて。

フェイスマスクに搭載されたヘッドマウントディスプレイは仄かに白い針葉樹林を映すだけだ。

途端、耳元にセットされた骨伝導タイプのヘッドホンが『Warning!Warning! 』とシステム音声を鳴らす。

レーダーを見る。どこから湧いて出たのか熱源が高速で接近している。私は急いで脚部のスラスターを吹かして上空へと舞い上がる。

眼下は先程の急上昇でできた煙ともやで視界を遮っている。その中を何かの影がうごめいているのがうっすら見えた。

ライフルを構えた。左手はグリップではなく念のためにアンダーバレルグレネードを持つ。

AR方式のマルチサイトを見る。音声コントロールで私は「サーモスコープ」と言うとディスプレイにはAR技術による擬似的なサーモスコープがライフルのマウントに表示される。

赤い動体が見えた。その姿はなんというべきか。ロシアの戦闘機などではない。まるで花のような形だった。

 

 

 

探査ポイントは目に見えていた。あと数秒でそこに離陸できる。そうして探査が終了すれば僕の仕事は殆ど終わったことになる。

大きなクレーターのようなものが見えた。ドーム型にきれいにぽっかり開いた穴は土だけを残し、円の中に木は一切なかった。にも関わらず円の外に出るやいなや樹木が荒らされた形跡はない。

まるでピラミッドだとか地上絵だとかそういうものを見ている気分だった。

「よし、それでは僕は調査を始める。大輔くんは……そうだな、まずはあの円の中心に離陸してくれ」

「わかりました」

ペダルから足をゆっくりと離す。ラダーコントロールスイッチを押し、徐々に機体を下へ向ける。

しかし、僕はそこで何かに気づいた。慌てたバーニアを噴射して急上昇する。

「……ッ!何をしてる!?言われた通りにするんだ!」

「鏑木さん、待ってください!あの球の中に何かあります!……嫌な予感がするんです」

僕がそう言うと鏑木さんはシートから身を乗り出し、旋回するプロキオンから下を見る。

「あれは……」

鏑木さんがぼやく。

見えたもの。それは花だ。真っ赤な大きな花。

「薔薇……なんであんなものが……」

妖艶に輝くそれは僕ら吸い込むように円の中心に佇んでいた。


 
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