「プリーズ」
そう天に向かって呟く姿に、私は無意識に手を伸ばしていた。いや、傍観など出来る訳が無いのだ。
「?!キャス?」
懇願する先が、どうして私では無いのかという苛立ち。そして飢餓を相手に力になれず、最悪の結末を押しつけた罪悪感で打ちのめされる。
「どうした?」
驚愕の声は最初だけで、背後から抱きつく私に、まるで先程までの空気が無かったかのように接する。
今もサムは取りこんだ悪魔の血を抜く為に、もがき苦しんでいるだろう。ディーンは、叫びのたうち回る弟に、抗う限界を感じたのかもしれない。
そんなディーンの痛みを、きっとサムは気付いていない。中毒者にあるのは、自分を享楽から遮断させる怒り。
それが私を理不尽に苛立たせ、同時に居たたまれなくさせる。
「……私は君に一つ、言っていなかった事がある」
これは私の、身勝手な懺悔だ。
「なにを、だ?」
一度味わった密を回避するのは難しい。だから人間は大なり小なり、何かに依存している。
無くならない飢えは、生きている意味をも示している。悪魔の血に屈したサムを、ディーンは責めない。逆に守り切れなかった自分を責め、悲みに溢れている。
私が懺悔するのも、恐らく抑えきれぬ飢えを抱えているからだ。
「肉好きのジミーの影響で、ハンバーガーを食べていたのは事実だ」
「あれは確かに食い過ぎだ」
微かに笑みを浮かべたのを、発する声で感じる。
人間が摂取する物を必要としない姿を見てきた分、二百前後のハンバーガーを夢中になって噛み砕く様は、異様だったに違いない。
「でも私の欲を抑える為に、代わりに増長させていた部分もある」
ビーフをひたすら噛んで代替品で誤魔化し、絶えず抱えていた浅ましい飢え。ジミーを体裁にし、告げなかった欲。
背後から抱きしめていた腕を幾分強めて、努めてゆっくりと懺悔する。
「私は、君を食らいたいという、欲に溢れていた」
本当は首筋に牙を立てるがごとく、欲望のままに抱きたかった。生肉を含んだ舌で、欲しい物はこれではないと叫びたかった。
天の恩寵が渇いていく身とはいえ、既に彼と夜を重ねたのも言い訳に出来ず、なんてザマだろうか。
ましてや、彼が飢饉の影響を受け無かった理由を、彼が言うまま鵜呑みしていたなんて。
ディーンは静かに絶望していたのだ。
私が必死に誤魔化して、醜い嘘がバレないかと戦々恐々していた時も。
私は一体、今まで彼の何を見てきたのだろう。
欲という欲に、過去にも未来にも、私がこうして掻き抱いている今ですら、彼は何も望んではいなかったのだ。
生きながら死んでいると、奴は言った。自分に正直に生きていると豪語しつつも、家族の為に強いてきた自己犠牲の果てを、私は真に理解していなかったのだ。
天使は神のために闘ってきた戦士だ。けれど、神が創造した人間を、背信してまで愛した彼を救えずして、何の存在価値があろうか。
「君の闇に気付けず、私は……」
「なあ、もう終わった事だろ?奴は倒したし、お前も元の、堅苦しい無愛想なキャスに戻った。それで良いじゃねえか」
私の葛藤を遮り、後はサムだけだと言わんばかりの空気に、眉を顰める。
どうしてはぐらかす?謝罪や言い訳をさせてくれないのか。
ならプリーズと呟いた先が、何であれあったのなら、そこに縋る気だったのか。
人格を軽んじ、器として狙い、日の光を自由に歩くのを阻む天だとしても?
拷問を与え、安らかな夜を奪った悪魔だとしても?
「君は、嘘ばかりついてる」
「なら俺は、大統領になれるな」
「今、この瞬間も、嘘をついている」
「キャァス」
私は、何の為にここに居る?
神なる父ではなく、彼に挺する事を決め、仲間を手にかけてきた。天使である私がたった一人の人間への傾倒を隠さず、ありのままに想いを伝えてきた事は、何一つ届かなかったのか。
一層、何も望まれていないのなら。
「君の嘘ごと、食らい尽くしてやりたい」
真の、底の無い闇を知った夜。
足掻いて吐露する私を嘲笑し、光なんていらないと何かが囁いた気がした。
それはきっと、私の腕を緩めた、嘘つきな誰かのキスに乗せて。
「なら、食らえよ」
そう言って私の首筋に唇を這わし、燻ったままの私の熱を煽った。
逃げる口実を受け入れるしかない私を、ディーンは飢えた眼差しで見つめてくる。
飢えさえも操る君に、私は翻弄される。
彼は嘘つきだ。
私もほんの少し、嘘を覚えた。
だが君だけだと愛を謳う、私の心に嘘は無い。
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スパナチュのキャスxディーンSS。この飢餓との回は、キャスの肉の歓びに狂った食べっぷりと、ディーンの底の無い心の闇ギャップ萌えだと思う。サム込の三つ巴KY回