それなりにモテる人気学生ジャーナリストを自負する亜郎にとって、「あんた誰や」はさすがにガックリ来たが、ちらりと盗み見れば、例の二人組は顔を見合わせて早口に相談しているようだった。
しめた。もしや人違いではないか、と疑問を持ち始めたのだろう。だが、ここで当の夕美が騒いだのでは元も子もない。亜郎も二人組から見えないよう背中で隠しつつ、夕美に素早く身を寄せて口早に告げた。
(いいかい、須藤夕美さん。君はつけられてる。面倒だから人違いって事にしてしまおう)
「はあ?」
いいから僕を信じて、と小声でささやいた後はまわりにも聴こえるよう、わざと声高に話す。「悪かったよ、ほら、チョコパでも何でもおごるからさ、機嫌なおしてよ…」
「え、え?。えええ〜〜〜〜?」
夕美は混乱したまま、亜郎に引っ張られるまま手近な喫茶店へ連れ込まれた形になった。
ドアについている小さなカウベルが鳴る。いらっしゃいませー、とオキマリの声。
───が、亜郎は夕美だけを店の奥へ行かせ、自分は濃いスモークグラス製のドアの影にはりついて息を殺しながら外をうかがう。
「ちょっと、あんた」「しっ。待って」手で制する亜郎。
そのとき夕美は初めて、店の外からこちらを見ている二人組に気づいた。
ドアの色は真っ黒だが、外は初夏の陽射しのために店内からはシッカリ見える。二人は何事かをささやきあい、何度もこちらへ視線を投げてくる。どうやら彼らの意識はあきらかに自分に対して向けられているようだ。
ここにきて、夕美はようやく自分の身になんらかの災難が降りかかりそうになっている事実を認識した。
だが、いつまでも喫茶店の前に張り付いていては往来の人間に怪しまれるからだろう。時を置かず二人組は立ち去った。
「…よし。とりあえずは大丈夫…夕美さん、ほとぼりがさめるまでここで時間をつぶしましょう。」
「どーゆーこっちゃ。あいつら誰や?あたしに何の用やねん」
「それ、僕の方が夕美さんにいろいろ訊きたかったんですけど。まあ、少し話を聞かせてください。あっちへ座りましょう」
と、店の中ほどにあるこじんまりとした正方形テーブルの二人席を指さす。
「あかんあかん。あたしら、もろ制服やんか。それにいま、持ち合わせ全然あらへんから。」
「ずいぶん古風なんですね。いまどき、そんな事言う人がいるなんて考えたこともなかった。それにさっき言ったでしょ、おごるから、って。」
「あんたにおごられる理由はあらへん」
亜郎は目を丸くした。
(ンナ大袈裟な)と思ったが、同時にそんな夕美に奇妙な感動すら覚えていた。
「あなたみたいな女の人は初めてです。ますます興味が出てきました」
「何そのクサイ台詞。ごめん。あたしはあんたに興味はないねん。」
(痛いなあ。それともツンデレに発展するタイプなのかなあ)
その時である。コーラのように色の濃いスモークガラスのドアが、からんころん、と音をさせて開き、寝ぐせ頭の背の高い青年がぬう、と首をのぞかせた。
「ほ、ほづみ君!?」
「夕美ちゃん、何してんの。」
「それはこっちが言いたいわ。ほづみ君こそ何してんねんな」
「何って、夕美ちゃんを迎えに来たに決まってるだろ。テレビで事件のこと聞いたから。」
「あー、そうか。………せやけど、よおあたしがこのお店に居る事が判ったねぇ?」
「いや、学校まで行こうと急いでたら、たまたま店の中に夕美ちゃんが見えたからね。行き違いにならなくて良かったよ。さ、帰ろう」
「ちょ、ちょっと、夕美さん!?」
決死の思いで怪しい尾行者から夕美を救い出したつもりなのに、突然得体の知れないノッポがぬう、と割り込んできてイキナリ夕美をいざなって“帰ろう”とは何事か。
これでハイそうですかと引き下がったら亜郎はいい面の皮である。
しかも夕美はこの背の高い男とずいぶん親しそうだが、亜郎はほづみと呼ばれたこの青年に関する情報をまったく持っていなかった。
夕美が親しげである以上、この男に危険性はないにしても、亜郎が調べた限りでは夕美の周りには父親以外に男性は影も形もないはずだ。
それよりもナルシスト属性の亜郎としては、自分がこれから口説こうかとしている女の子に自分より親しい男が居るという事実が我慢ならないし、その事実を知らなかったということが、ジャーナリスト・亜郎には何よりも不愉快だった。
「あの。夕美さん、失礼ですが、この人は?」
「ああ、この人。お父ちゃんの助手や。長いこと外国いっとってん」と、ほづみのことについてお座なりな説明をする夕美。
「外国?」
須藤研究所に何年も海外へ行ったきりの研究助手が居たとは初耳だった。
しかもその未確認情報男は亜郎に対してあっさりと言った。
「ああ、夕美ちゃんのともだちかい?」
またそれに対して夕美も反射的に
「いや、さっきはじめて逢うた人やし」と返したものだ。
亜郎はこの二人の会話に軽い目眩を与えた。
もちろん亜郎は現時点で夕美の恋人どころか友達ですらないが、かといって夕美にアプローチし始めた亜郎としては、たとえ知り合って半日といえども既に“知人”のカテゴリーからは脱却したつもりだった。
ところが。
異性と一緒にいるとき、たまたま逢ったその人の知人から“コノヒトハ、オトモダチ?”と訊ねられた時点で“それ以上の仲”ではない、そしてこの後も発展しないだろう程度の相手だと値踏みされたに等しい。
しかもその程度の人間関係さえも本人に否定されたのである。
ほづみにしてみれば悪気も他意もないのだが、この台詞はナルシストで自意識過剰ぎみな亜郎にとってじゅうぶんな侮辱であった。
亜郎は胸の中にほづみに対する青白い炎が燃え上がったのを感じた、その時。
「あ〜〜〜!」
夕美が何かを思い出したらしい。
〈ACT:15へ続く〉
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毎週日曜深夜更新!フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ〜つ!!”なヒロインになる…お話、連載その14。