「てれ、てれ、てれれれれ。てれれれれ、てれれれーれ♪」
自作の鼻歌を歌いながら廊下を歩く月。
「月?嬉しいのは分かるけど、ちゃんと前見ないと落としちゃうわよ?」
その横を呆れた様子で付き添う詠。
「分かってるよぅ、詠ちゃん。」
ニコニコといつもより上機嫌な親友に向かって指摘する詠だったが、とびきりの笑顔で返されてしまい、溜息をつくしかなかった。
「まったく。」
「うふふ♪」
時は三国。
場所は蜀。その首都である成都の城に、月と詠はいた。
そして今は、主である北郷一刀に朝食を持っていっている途中である。
だが、それだけならばいつもの日常と大して変わらない。通常運転だ。
月のテンションが異様に高いのは『月特製・朝食に一つだけついているお菓子1号』の作成が成功したからだ。
「ご主人様、喜んでくれるかなぁ…。」
「当然じゃない。あいつなら月が作ったものなら何でも喜ぶわよ。っていうか喜ばなかったら殴る。」
「詠ちゃん、だめだよ?ご主人様にそんなことしちゃ。」
「分かってるって、冗談よ。」
「もう…」
そう言いつつも、もしかしたらやりそうな親友を見て、そして自分が持っているお盆に乗っているお菓子を見た。
「でも、市場にアレがあってよかった。」
「本当にね。…何て名前だったっけ?」
月は昨日、詠と訪れた市場の女商人が言っていたこの豆の名前を必死に思い出す。
「ええと…確か《かかお》?だっけ?」
「そうそう!この大陸から海を越えたところにあるのよね。…ちょっと胡散臭いけどね。」
「でも、こんな小さなお豆で色んなのが作れるなんて…すごいよね?」
「うん。…でも、あいつは《ちょこれえと》しか知らないらしいから、自分でこれを作った月はホントに凄いよ。」
惜しみなく賞賛してくる詠の言葉に顔を真っ赤にする月。
「えへへ…。…名前は…《ヒヨコちょこれえと饅頭》でどうかな?」
「分かりやすくていいと思うよ!…そうだ。いっそのこと蜀の名物にするよう、頼んでみたらどう?」
「ええ!?だ、駄目だよ。恥ずかしいよ。」
「だーいじょうぶだって!他の国のより絶対においしいって!」
「で、でもぅ…。」
自信が無いわけではない、自身の有無については『むしろ問題ない』のレベルに達している。
ただ、月は“カカオ豆を使ったこれよりさらに美味しいお菓子”の案がもうすでに出来ているのだった。
「ね!?」
できれば“試作品25号”あたりを名物にしたいのだ。
このまま行けば、試作品1号が“蜀の名物”になってしまう。それはまずい。
月は一旦この件をうやむやにするべく言った。
「と、とりあえず!ご主人様の感想を聞いてからにしない!?」
「あ、それもそうね。」
以外にアッサリと引いてくれた詠にホッとしつつ歩を進める。
『ーーーーーーーーーーーー!!!』
『ーーーーーーーーーーーー!!!』
すると、突如何か“叫び声のような物”が聞こえた。
「……詠ちゃん?」
『松岡修●』状態から一転。緊張した表情で声を掛けてくる。
「月も聞こえた?」
うん、と頷くと、詠は立ち止まるように言った。
「静かにして。賊かもしれない。」
賊
すなわち侵入者。
蜀には女ながらに凄腕の武将が多数存在するが、2人は武将ではなく、ただのメイドである。
賊に襲われでもしたらどうすることもできない。
本来ならばすぐに離れるべきだが、音をたてて逃げればバれるかもしれない。
だから2人は慎重に行動する必要があるにだった。
そして2人は段々大きくなる叫び声に耳をすました。
『ま、待ってくださぁーーーーーーい!!』
『か、返してくだしゃいぃぃーーーーーー!!』
「朱里ちゃんと…雛里ちゃん?」
「…この声からしてそんなに深刻そうじゃなさそうね。」
侵入者かと思っていたので、脱力した2人。
近づく足音。
「ちょっと朱里?いったい何のさわ、」
だが、2人の前に走ってきたのは魔女の帽子をかぶった1人の『少年』だった。
しかも2人よりも遥かに年下であろう容貌である。
完全に朱里と雛里が走って来ると思っていたため、詠はポカーンとしてしまった。月も同様。
「あ、月ちゃん。詠ちゃん。」
「へ?」
しかもこの少年は2人と知り合いであるかのように話しかけてきた。
「えーーーーっと…?」
月も、いきなり現れた少年に戸惑ったようにしている。
「あ、2人とも今から朝ごはん?ぼく、もう食べたよ。」
「そ、そう。…おいしかった?」
「うん!」
「へ、へぇ…。」
とりあえず会話を試みてみる月を見ていると、少年がお盆の上を見た。
「あ!これもらうね!」
そう言って“ヒヨコちょこれえと饅頭”に手を伸ばした。
「あ!」
「ちょっ!」
ぱく
止める間もなく一口で食べてしまった。
「んむんむ…お。これチョコレートはいってるんだ。」
饅頭味わってさらっと中身を当てる少年。
それを呆然と見つめる2人。
「へ、ぅ、ぅ…。」
月は顔を青くしてヘナヘナと崩れ落ちてしまった。合唱。
「月ぇぇ!?…ちょっとあんたね!何してくれてるのよ!!」
もぐもぐと口を動かしながら ぽけーっとしている少年に詰め寄る詠。
「おー。おまんじゅうなのにモチモチとしてる。しかもチョコレートが染みこんでないから、チョコレートそのままを味わえる…。」
にも関わらず少年は平然と感想を述べている。まるで美食家の口ぶり。
「ーーーーッ!!このっ…。」
そんな様子にカッとなって詠が少年を怒鳴ろうとしたとき、
「んーーー……ぅおりゃっ!!」
ばさぁっ!!
少年は詠のスカートを勢いよくはねあげた。
まさに《おーぷん・ざ・すかーと》である。
「ひゃあああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
顔を真っ赤にして捲くれ上がったスカートを慌てて押さえつける。
と、同時に
「い、いましたぁーーーーーー!!!」
朱里と雛里が息を切らせてやってきた。
「私の帽子、返してくださいぃぃ~~~~!!!」
そして、朱里はともかく、雛里は いつもの帽子がない状態で走ってきた。
「朱里!?雛里!?」
「詠さん!その子を捕まえてください!」
「へ?え?」
次から次へと、もー何が何だか分からない詠。
「じゃ、ぼくはそろそろ行くね。」
いつの間にか20メートル程まで走っている少年が言った。
「え!?ちょっ。」
「はわわぁ!?行かないで下さい!」
「だめですぅ!帽子!私の帽子!」
顔に汗を浮かべながら悲痛に叫ぶ2人。
朱里の台詞だけを聞けば別れ話に聞こえたかもしれないが、雛里の台詞で台無しである。
「月ちゃん、詠ちゃん、ごちそうさまでした!!朱里ちゃん雛ちゃん、晩ご飯までには帰るから!!」
少年は走りながら振り向いて、かぶっている帽子(雛里の)のつばを押さえながら言った。
「え?雛ちゃん?え?…えーっと、…いってらっしゃい?」
「はわわわっわわわっわわわわわ!!!!!!行かないでぇぇぇご主人様ぁぁ!!」
「帽子ぃぃ!!!!!!」
「いやいや雛里。あんたさっきから帽子帽子って…。」
え?
「ご主人様?」
ガバッ!!
「うわっ!月!?」
仰向けになって倒れていた月が腰を90°にして起き上がってきた。(__が_|になる感じに)
「あれが、ご主人様なんですか?」
「えーっと、月?そんなわけないでしょ。あいつはあんなに小さくないし」
気絶なんてしてなかったかのように言う月を畏れつつ、詠は月に言う。
そして ねぇ?と朱里と雛里に同意を求めて振り向く。
が
「……………………。」
「ぼうし…ぼうし……ハゲちゃう……。」
失言を悔いたのか、無言のまま顔を背ける朱里。雛里は無視。視界から除外。
「…マジなの?」
おそるおそる尋ねる。
その声は 否定して欲しい、という願いが込められていた。
だが、
「………はい。あの子は、ご主人様です。」
《短編1号が終了してないのに2号を作った分際ですが続きます》
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《レインの暇つぶし日記》
あっぱれ!天下御免 のメロンブックスの『予約控え』を部屋のどこかに失くした。
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