No.331618

【サンナミ】忘れじの花

りくさん

11/23大宴海発行の本よりサンプル。サンナミだけどラブくもエロくもないです。パラレルのようなもの。

2011-11-08 18:12:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:6268   閲覧ユーザー数:6265

 浜辺に寄せる騒がしい水音、満ちては引く波の冷たさに気づいて彼女は目を覚ました。瞳に映るのは、海と陸とを隔てる白い砂。その境界のうえには点々と人が倒れていた。

 地上を見れば、椰子の葉は風に揺れている。背後には鬱蒼とした森林が控え、やがてそれは島全体を形作る山となる。海上を見れば、どこまでも続く海…… 見慣れた紺色の光景が、彼女たちをぐるり取り囲んでいた。孤島ではない証拠に、小さな島々が点在しているのがわかる。しかし、それはどうやら人の営みを期待できる大きさではないようだった。

 一体……。

 彼女は、頬についた砂粒を払い、ゆっくりと起きあがって、錆び付いた身体をメンテナンスするかのように伸びをする。同時に自分が驚くほど軽装であることに、心許なさを感じた。身体にぴったりしたキャミソールと太腿を辛うじて覆い隠す程度の短いスカート。ミュールではなく、踵のないサンダルであったのはせめてもか、と彼女は、自分の姿を検分した。

 どう見てもピクニック程度の外出着だ。回りの人たちも同じく、我が身につけた服くらいしか持ち物はなさそう。それにしても、鞄ひとつ落ちていないなんて…… 彼女はもう一度、海を見やる。船の気配はない。

 とすれば……。

「うわ、遭難かよ…… 参ったな」

 背後で台詞に反する脳天気な声がしたので、彼女は思わず飛び退いた。

 ひょろ長い、金髪の男が頭を掻きながら立っている。きょろきょろ周囲を見回している様子からは、彼が彼女と近い結論に達したと推測できた。

 彼女は舌を鳴らしかけたものの思い止まり、くるりと向きを変えてさっさと海岸から移動することにした。未だ現状把握もできていない連中に、わざわざヤバい状況なんだと喧伝する必要はない。パニックが始まる前に距離を置いた方がいい、と彼女の直観は告げていた。

 それに、彼女には気になることもある。

「あれ、キミ、どこ行くの?」

 男は気軽に声をかける。

 こんなところでナンパ? 彼女は呆れた顔で、「女が黙って集団から離れてんのよ? 察したらどうなの」と肩を竦めた。

「ああ、ごめんごめん。な、オレはサンジ。せめて、名前くらい教えて行ってよ」

 彼女は後でね、と背中を向けた。もちろん、戻るつもりなどない…… が、彼のおかげで、新たな事実に気づくことができた。

 自分の名前は、ナミ。

 けれど、それだけ。個人名にまつわるはずのパーソナルデータは、まったく脳裏に浮かばなかったのだ。

 木陰で濡れた服を脱いで水気を絞り出す間、ナミは何が起きたのか思い出そうとした。そんな素振りは見せなかったけれども、必死に集中してみた。

 見たところ、みなは同じ船に乗り合わせた客で、おそらく振り落とされて甲板から落ちたか、船そのものが難破したかのどちらかだろう。荷物がまるで流れ着いていないことからすれば、遊覧船が揺れて甲板にいた客が海に投げ出された…… というのが妥当なあたり。

 でもねえ。

 その推察に、彼女は納得できなかった。

 海岸の向こう、遠く海原を見渡す。

 船遊びしようなんて気になるような気楽な海とは思えない。どう見ても外洋で、しかも大陸からはかなり遠い場所らしい。風景に加えて、雲の形や風、空を泳ぐ海鳥たちの様子から考えて、まず間違いないだろう。遭難者たちの面々も、お上品な遊びを楽しみそうな面子ではない。一癖も二癖もあり、それなりに修羅場をくぐった者の顔をしている。単なる善良な市民にしては、服で隠せない古傷の数が多すぎるのだ。

 まあ、海賊船ならわかるけど。

 不自然な同行者たちと、理屈に合わない難破。その矛盾や違和感をぬぐい去るには、何かしら特別な背景がなくては。

 最後には、一番の問題に行き着く―― それは、自分の記憶がまったくないということだった。波に浚われたショックなのか、外傷はないが頭でも打ったのか、とにかく過去を覚えていない。とはいえ、さほど不安はない。個人史は抜け落ちていても、活動に十分な知識と経験はあるらしかった。

 こういうとき、女の子ってもっと騒いだり、慌てたりするもんじゃないの?

 定石ではそう。でも、彼女は違う。安心材料であるはずのことは、さらに自分の人生に疑問を投げかける原因にもなっていた。

 彼女は、少しだけ不快感の消えた服を再度身につける。素肌につけていたのも下着ではなく、ビキニ。過酷な海水浴をしたことを考えれば、用意されていたとも受け取れる。まるで、こうなることがわかっていたかのように……。

 私って、何者なの?

 たくさんの謎のなかで、最後のものには解決の糸口があるかもしれない、と彼女は胸元でぎゅっと拳を作った。

 ナミは胸の谷間とビキニの間に挟み込んであった、小さな袋を引っ張り出す。彼女の荷物といえるのは、この袋ひとつだけだ。

 他の遭難者に気づかれないように、海に背中を向ける。

 なかには四角く折られた紙と、小さな折りたたみナイフがあった。

 ナミは落胆し、ため息をついた。こんなナイフでは身を守ることなんてとても無理。荒縄一本を断ち切ることも難しそうだ。役に立ちそうにもないわね、とがっかりしつつ、次に紙を開き…… 彼女は即座に考えを改めた。

 防水加工された小さな紙片には、タイプされた小さな文字で彼女への指示が書かれている。何をすべきか、最後にどうするのか……。

 理由があって、私はここに来たのね……。

 幾つかのことを、この島で為さなければならない。メッセージはそう告げていた。

 目的はわからない。わからないけれど……。

 それでも、最後の一文は彼女に希望を与えた。

―― 三日後、必ずあなたを助けに来る。From S

 そこだけは手書きだった。自分を知っている誰かがいる。その僅かな温かさが伝わった。

 彼女はちらっと天を見やった。リストの指示を考えれば、タイムリミットまでは短い。救助を期待できない以上、まずはこの紙片に従ってみようと、彼女はまばらな椰子の間を抜けて森に向かった。

 ちょっと! と後ろから声が飛んでくる。さっきの男だ。

「どこに行くんだ?」

 答える義務はない。不思議と、他のみんなと情報を共有しようとは思わなかった。むしろ、彼らからはできるだけ離れた方がいい…… このリストは私ひとりですべきこと…… そういう考え方が自然と身についているようだった。

 ほんと何者なの。

 記憶が戻ったときに、自分に失望しなきゃいいけど。

 そう考えて、自分の楽天家さ加減に笑いがこぼれる。そんなのは、無事に島を抜け出してから心配すればいいこと。

「待ってってば」

 男は案外としつこく長い足でひょいひょいと彼女を追い抜くと、進行方向に立って彼女の行く手をぱっと塞いだ。

「ここから離れるのは危険じゃないか? どんな場所かもわからないのに……」

 優等生の言い分に多少辟易しながら、彼女は「関係ないでしょ」と冷たく突き放した。彼女が身体をかわすと、サンジと名乗った男は素早く動きを合わせて彼女の足を止めさせる。

 反論しようと顔を上げたところに、彼はずいと身体を寄せてきた。つい後じさったナミは大木とサンジに挟まれる形になる。

「何……」

「キミ……」

 真剣な顔で彼女の瞳を覗き込む。もしかして知り合い? そう彼女が考えたほどまじまじと見つめたあげく、こう続けた。

「名前教えて?」

 はあ?

 ナミは肩を落とした。だって、さっき後でねって言ったデショ、と男は悪びれない。

「そうね……」

 彼女は気を変え、サンジの腰に手を回した。

「教えてあげてもいいわよ……」

 途端に、彼は相好を崩す。

「積極的だね…… 嬉しいけど…… みんなが見てるよ?」

「あら? 見られるのは嫌い?」


 
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