「だぁああああ! もうどうなってんだよここは!」
深い深い森の中、陽射しは隠れ辺りは薄暗くジメジメした地面が広がっている。
辺りは不気味なほど静まり返り、微かに葉が揺れる音がするばかり。
その森の中を、走りながら叫ぶ。
けれども、その声に応えてくれる人間は居ない。
代わりに現れたのはフクロウにコウモリの翼を生やしたような姿をした、魔物(・・)。
「くっ! またこいつらか!」
サイズこそ魔物の中ではそこまで大きくないが、空を飛ぶタイプの厄介な魔物。
牙と翼の爪に毒を持つ。効果は神経が麻痺し感覚が途切れる事。腕程度なら何とかなるが、頭に喰らえば致命傷は免れない。
懐を探るが、どうやらナイフは先程の魔物で使い切ってしまったらしい。右手には金属の冷たい感触は無かった。
「……ッ! こんな時に不便な……」
他に武器は無い。剣は落としてしまったし、生憎と矢や盾などの即席の武器になりそうなものさえない。
フクロウの魔物は既に距離を詰めつつある。恐らく数秒後には俺の体に牙を突き立てるだろう。
こうなると、やはりアレしかないか。あまり頼りたい力ではないのだが……命あっての物種だ。
「ロード!」
叫ぶ。
腹の底から、世界に響き渡るように。
『“闇剣”夜叉断ち』
声は奇跡に。奇跡は声に。
叫び声に呼応して、背後の空中にぽっかりと黒い穴が開く。
そして、そこに迷わず手を突っ込み真っ先に手に触れた物を引き摺り出す。
「だっ、らぁぁぁあああああ!」
再び黒い穴から出てきた右手には、それまでには無かった剣が握られていた。
艶消しの黒が塗られた刀身が鈍く輝く、鍔(つば)の無いこの世界独特の形をした剣。
刀身はちょうど真ん中あたりと先っぽ直前で2度折れ曲がり、三日月刀のような形だ。
柄はもともとは金属がむき出しだったのを、適当な布を巻いて握りやすくしてある。
死神の鎌を模したという剣で、名の通り夜叉さえ殺す対魔物用の剣だ。
スキルは<軽量化>と<鋭利>、<魔物殺し>が宿っている。まさに魔物のためにあるような構成である。
そして、この魔物殺しの剣は見事コウモリ野郎を真っ二つに叩っ斬った。
「っよし! この剣ならやっぱ効く」
再度柄を握り直し正眼に構えなおす。
この森は“迷いの森”グリーシス。人界の中でも有数の大量の魔物が住む森、らしい。
まったく酷いところに放り込まれたものだ。
未だに魔物だの人界だのはよく分からないが。それでも、どうにかしていくしかない。
もっとも、死ぬ死ぬ言いながらも俺の今の力量なら死ぬことはまずない。
けれど、それでも――怖い。
目の前の魔物にあっさりと殺されてしまう事が。ついさっきまで隣で笑っていた人が死んでいくという事が。死の恐怖がすぐそこにあるという事が。
俺は平和な世界で適当にRPGでもしていれれば良かったんだ。
それがこんな……異世界に飛ばされるなんて羽目になるとは。
「キィィィィイイイ」
「くっ……またかよ……」
再び現れた3匹のコウモリの魔物に剣を向ける。
「俺は、俺はこんな所では死にたくない……」
人を殺すのは怖い。魔物を殺すのも怖い。何かから命を奪いと言う事が怖い。
けれども、死ぬのはもっともっと怖い。
だから、俺は剣を構える。
「絶対に、死ぬ訳にはいかねぇんだっ!」
気合一発、怒号と共に剣を横に撫で斬りにした。
当たり。だが、外れ。
3匹の内、2匹にはヒット。けれど最後の1匹に剣を避けられた。
いくら軽くなっていても、鋼の塊である剣だ。俺の手には重い。1度外せばもう1度構えなおすのに時間がかかる。
「くっ……」
バックステップで魔物の初撃を躱して後ろに転がる。
だが、剣を落としてしまった。
「届けっ!」
1メートルほどの所に落ちている剣に向かって走り出すも、足元が滑った。
「ぐぁがっ」
そのまま横滑りに泥の上を転がる。
不運、としか言いようが無い。
けれど、無情にも魔物は首筋を狙って突っ込んでくる。
「ここ、までかよ……」
俺は、死ぬのか?
こんな所で? 泥まみれのまま?
そんな、そんなのは――
「嫌だ……」
何か、何か助かる方法は……。
「…………ぁぁ……ぁぁぁ」
……声が、した?
魔物も動きを止め、こちらに目を向けながら耳で音源を探っている。
「………ぁ……ぁぁ………ぁぁ……ぁ…ぁぁぁ」
けれど、一体何処から?
右にも左にも人の影は無い。
地面の下、は無いから――上?
「え?」
「――――ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
空に顔を向けた瞬間、視界が何かで埋め尽くされた。
次の瞬間、頭にハンマーでも振り下ろされたような衝撃に襲われた。
一瞬頭が真っ白になった後、真っ赤な痛みが噴き出す。
「痛(いつ)ぅ……」
「痛っ……」
意味が無いと分かっていても頭を押さえる。あー、こぶになってる。
俺は魔物と向き合っていたことも忘れて、空からの侵入者に叫んだ。
「一体誰だよっ!」
「……うー、セバス君の馬鹿っ!」
深い深い森の中。
人なんていない筈の魔物の巣窟の中。そこに倒れていた俺。
そんな俺の胴体に跨っていたのは、
輝くような真っ白なプラチナブロンドの髪と対比するような黒い大きな瞳。
保護欲を刺激するような幼い童顔。さらには恐らく相当低いだろう身長。
肌も真っ白で、まるで日の当たらない屋敷の中で育てられた深層のお嬢様の様だ。
全体的に人形の様な、壊れてしまいそうなイメージを抱かせる。
――――そんな、綺麗な綺麗な、女の子だった。
~β~
「……うー、セバス君の馬鹿っ!」
まったく。今日は厄日だよっ!
ついさっきまで屋敷に引きこもって紅茶でも飲みながらゆっくりしていたのに。
ほんの出来心で言ったのに外に出れるなんて。
しかも、急に人界に行くとか言い出すし。訳分かんないよ。
セバス君は即決型だから何かをやらかす時は3倍速で事が進むけど……それにしても超展開過ぎる! せめてもう少しゆっくりすれば良いのに。
「それにしても一体何処まで来ちゃったんだろ……?」
辺りを見回しても木々が広がっているだけ。薄暗いから視界も悪い。
人界である事は間違いないんだけど……久しぶりに来たからどこら辺か分かんないや……。
エルスの近くだから、リグかコーレィオの辺りかな?
「って聞いてんのか!? お前誰だよ?」
「え? あ、……うん?」
…………誰? この人。
というか何で私はこの人の上に座ってるんだよ。
「だーかーら。お前誰だよ」
「私? 私は、リィナ。苗字は……今は無い、かな」
今の私は、苗字は名乗れない。
……それが、私の拙い償いだから。
こんなこと言うと、またセバス君に怒られちゃうけどね。
今はそんな事より、この状況を何とかしよう。
セバス君もよく“まずは歩け。話はそれからだ”って言っているし。
「それで、キミは誰?」
目の前の少年、いや青年かな。とにかく、その彼に聞いてみる。
この世界では珍しい、セバス君と同じ真っ黒の髪をした男の子。
革製の軽鎧に同じくお揃いの革製のズボン。それに腰に括りつけてある空っぽの鞘。
装備から見て冒険者の卵かな。
それ以外にはいたって普通。どこにでもいるような、青年。
けれど、その青年は、普通過ぎる格好からは想像できないほど予想外の言葉を言った。
「俺は…………“訪問者”」
「……はいぃ?」
今、この人なんて言った?
「どうせお前も信じないだろうけどな。俺は、――――“訪問者”クラサキ・ロア。地球人だよ」
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お嬢様の気紛れ異世界譚の続きの続きの続き。
お嬢様の気紛れ異世界譚及びお嬢様の気紛れ異世界譚2及び(ryを読んでから読むことをお勧めします。