「さてと。とは言ったものの、やっぱ面倒だし帰らねぇ?」
「嫌だ! 絶対出る!」
「あー、後悔するぞ?」
「……だいじょうぶだもん」
「後悔させるぞ?」
「どうやって!? というかそれただの脅しじゃん!?」
マスターに最後の忠告をしつつ、屋敷の正門である朱門の扉を開く。
屋敷の各設備は全て封印済み。
さらに生物は全て排除済み。食料に関しても特殊倉庫に保存済み。
この状態で、さらに朱門に組み込んである特殊な封印をかけることで、たとえ100年経とうが出てきたときとまったく同じ状態のまま屋敷の状態が維持される。
正確には時間軸を弄る事で時の流れを限りなく緩やかにしているのだが……まぁその説明はいいや。面倒だし。
「さて、なんだかんだ言って久しぶりだな。魔界」
「うん。ホント、久しぶり」
朱門を開いたその先に広がっているのは――
地獄。
天は雲に住まう竜達によって侵され紫色に染まり、
地は常に縄張り争いを続ける牙獣達の咆哮に満たされている。
一匹一匹が人をただ一瞬で殺すことのできる様な魔物達が幾千幾万と生き、そして殺し合い続ける、まさにこの世の地獄に相応しい場所。
それこそが、魔界。
「んー、良い空気だ」
「……どこが?」
え? だってほら。心地良いじゃん。
所々から聞こえてくる悲鳴のような牙獣の声とか。
怪鳥の鳴き声とか。素晴らしいじゃん。
「魔物もだいぶ増えたね」
「最近は冒険者も減ったからなぁ」
ここ魔界は、人外魔境の地。行くものは帰らず、ただ屍となる。
そのため、人界では様々な噂が絶えないらしい。
曰く、この世の何よりも美しい宝石が眠っている。
曰く、この世で一番強い竜が住む洞窟がある。
曰く、この世で最も強い武器が霊峰の頂に在る。
もっとも、その手の噂の殆どがマスターの創ったモノが元ネタと言うあたり悲しいところだが。
宝石はうちの物置に放っておかれてるし、三頭竜は番犬扱いにされてるし、最強の剣は中庭の端っこに刺さったままだし。
ま、しょうがないね。
ともかく、この世界には無謀と分かっていても冒険者がやってくる。
大概は速攻で死ぬのだが、極稀に生き残ってうちにたどり着いたり、居住区まで生き延びたりするのもいる。
まぁ、まずありえないけどな。ロイヤルストレートフラッシュ3連続分ぐらいの運があれば多分生き残れるさ。
「っと、言ってる傍からうざいのが出てきた」
森の奥から律儀にやってきたのは、20体ほどの魔物。
フクロウにコウモリの翼を生やしたような姿が4匹。
4メートル越えの体を持ち、体表から紫色の毒を滴らせる巨大ミミズが3匹。
1メートルほどのアリの体に、ハチの尾針と羽を生やしたのが6匹。
ネズミの体にバッタの足とトンボの翼を付けたのが7匹。
そしてサルにクワガタの角を五本ほど生やし、更にモグラの前足とカンガルーの足をくっ付けた奴が1匹。
おっと。正確には21体だったな。敵数は正確に把握しなきゃな。
「……セバス君。勝てるよね?」
「んー、両手両足束縛の上全身に致命傷有なら勝てないかも……いや、それでも勝てるか」
「致命傷受けてたら死んじゃうじゃん」
「あーそっか。じゃあアレだ、致命傷寸前」
「なにそれ」
「辛うじて致命傷は避けた! って奴」
「全身に?」
「全身に」
まぁ致命傷なんて滅多に受けないけどね。
ここ最近はめっきり戦ってないし。やばいなぁ。体動かさなきゃ。
「ギャアアアアアアアアアア」
「ああ、忘れてた忘れてた。お前ら居たんだっけ」
登場時に6行もかけて説明されたのにね。
所詮雑魚達に出番などないのです。
「ギャアアアアアアアアアア」
「馬鹿の一つ覚えが。お前ら五月蠅いから黙ってろ」
とりあえず何にしよっか。
なんか色々キモイしグロイしあんまり触りたくないなぁ。
となると、遠隔武器。
ただの銃じゃ面白みに欠けるし……あ、弓なんていいかも。
『毎秒20発の100連発仕様全自動(フルオート)弓(マシンガン)』
声は奇跡に。奇跡は声に。
俺の脳内イメージをそのまま忠実に再現しながら、立体プリンターの様にモノが出てくる。
何も無い空中から、俺の右手のすぐ上に。無理矢理空間に捻じ込んだような感じで、引っ張り出される。
今回のイメージは和風の漂う木製の弓の真ん中に鋼鉄のボックスマガジンを突っ込んだような形。
連射用の矢を自動装填する為の機構を入れたから、どっちかっていうとクロスボウみたいになっちゃったな。
色々と台無しだが、まぁこれはこれで良し。
「全弾発射ー」
物凄くやる気の無い声と同時に、弓のボタンを押す。
ちなみに間違っても矢を引いたりはしない。何せ俺イメージのフルオート弓である。トリガーですらない。凸ボタンである。
けれども、その呑気な声と相対するように、手元の弓は轟音と共に矢を放つ。
ガガガガガガガガガガガガという、規則的かつどう聞いても弓に聞こえない発射音だが、これでも一応弓である。
弓、と呼ぶにはあまりにも別物と化したこの弓。強いて呼ぶなら文字通りのマシンガンか。
矢自体は特に何の工夫も無い鉄製の矢じりなのだが、何せ発射速度が段違いである。
破壊力は言わずもがな。毎秒20発と設定した速度は伊達では無い。
それをひたすらに目の前の魔物達に打ち込む。ただそれだけの代物なのだから。
そして、きっちり5秒後。
地面には血だまりが広がっていた。
ちなみにこの手のグロシーンおなじみの肉塊は無い。何せ発射速度が速すぎて吹き飛ばされてしまっているので。
「さて、終わったぞ。どうする?」
「何事も無かったかのように澄まし顔だね……」
「そりゃぁもう目障りだったものが消えたから嬉しくて」
「何で!? あの子達益虫だったんだよ、一応?」
マジでか。アレで益虫なのか。アレで。
どうみてもヒロインとかに襲いかかって何とか倒しても毒とかの後遺症を残しそうな厄介な奴なのに。
まぁミミズとかフクロウは生態系的にも役に立ってそうではいる……のか?
「ミミズ君三号改は身体から出る液体が植物を元気にするし、フクロウ君四号は侵入者避けだしサルサル君は動物の死体とかを綺麗に食べてくれるお掃除屋なんだよ!」
「えー、だってキモイしー」
「何その感想!? 物凄く頑張ってる子達なのに!」
「不快害虫ってこの世から消えればいいと思わねぇ?」
「そして酷い人間本位!」
「まぁ、冗談はさておいて」
益虫、とは思わなかったがこの森に住む、ひいてはこの魔界に住む魔物達の中に、根源的な“悪”はいない。
生存本能に従って最低限の獲物を狩る他、手を出しさえしなければ間違っても襲ってくることは無いのだ。
それは“創物主”がそういう風に創っているのだから、間違いない。
となると、だ。
「今の奴らは、何故俺達を襲ってきたか。ってのが問題だな」
「冒険者が逃げてきた、というのは有り得ない?」
「無いな。だったら魔物達より先に冒険者が現れるか、ここらに屍があるはず。人の腐臭は感じないからそれは無い」
「じゃあ……?」
「1つは、居住区の奴らがここまで来た」
「それも、どうかなぁ……。あの子達は基本的に洞窟専門でしょ?」
「もう1つは――」
簡単な答え。
あの凶悪な姿を持ち、一般人では到底敵わない魔物達は。
捕食者であり、そして同時に、
「どこぞの化け物に追い立てられてきたか」
哀れな獲物達でもあるのだ。
「グルルルルゥウ?」
「よぉ。久しぶり」
先程の数メートルの小粒など目では無い。
文字通りの巨体。100メートル越えの影。
懐かしき、我らが兄弟の姿。
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お嬢様の気紛れ異世界譚の続き。
またもや適当。
お嬢様の気紛れ異世界譚を読んでから読むことをお勧めします。