第五話 ~~北郷家集結!~~
―――――――ここは、蜀から見て大陸の北方。
大国、魏との国境付近。
見渡す限りは、黄土色の大地と青い空に二分された壮大な景色。
時おり吹く風は土煙を巻き上げては、この景色をかすませる。
その土煙の中を、悠然と進む軍隊・・・・と呼ぶには少し小規模な馬と人の群れがあった。
そしてその群れの先頭には、後ろに続く兵士達と同じように馬に乗った二人の少女。
知らない人がみれば少し違和感のある光景だが、実は後ろの兵士たちを統率しているのはこの少女たちである。
「♪~♫♪~~・・・・」
並んで荒野を行く二人の少女の内、頭に大きな向日葵の髪飾りを付けた少女は、馬を操りながら上機嫌で鼻歌を口ずさんでいる。
太陽の光をあびて光る向日葵の髪飾りは少女にとてもよく似合っているが、その要因の一つははきっと彼女自身の名前が髪飾りの花と同じ名前だからだろう。
そんな少女を隣で見ながら、もう一人の長髪の少女は少しあきれ顔。
「おい、日葵(ひまわり)。 嬉しいのは分かるけど少しは落ちつけよ」
「え~! だってお姉さま、これが落ちついてられる分けないよ♪」
苦笑いを浮かべる長髪の少女を横目に見ながら、向日葵と呼ばれた少女は変わらずに嬉しそうな笑顔をみせる。
ちなみにこれは余談だが、この二人は同じ父親を持つ姉妹でありながら、互いの母親は従妹同士なのではとこでもあるというちょっと複雑な関係である。
「だって、お兄様が帰って来たんだよ!」
「分かってるって。 でもちょっとおおげさじゃないか?」
「そんなこと言って~。 本当はお姉さまが一番うれしいくせに」
「なっ・・・・・! ば、バカ! 私は別に・・・・・」
向日葵の言葉に長髪の少女は顔を真っ赤にして反論するが、それを見て向日葵はいたずらっぽく“ニヒヒ”と笑う。
「もぅ、素直じゃないなー。 いいもん。 お姉さまがそんな風なら、向日葵だけお兄様に甘えちゃおーっと!」
「あ! こら、待て向日葵 !」
からかいの笑みを浮かべて先を行く向日葵を、長髪の少女は相変わらず顔を赤くして追いかけて行った。
――――――――――――――――――――――――――――――
―――◆―――
ところ変わって、ここは大陸の東方。
ここにも似たような規模の兵士の一団があった。
その先頭を行くのは、こちらも同じく二人の少女。
一人は青い髪に特徴的な切り目の少女で、もう一人は幼いながらも艶やかな黒髪のの少女だった。
「ほら姉さま! 早く早くー!」
「ははは。 わかったから少し落ちつけ。」
先ほどの二人と似たような光景だ。
黒髪の少女はプレゼントを開ける前の子供の様にはしゃいで、釣り目の少女はその後ろを笑いながらついて行く。
「そんなに急がずとも、兄上は逃げたりせんよ」
「でもでも、私まだ小さかったから兄さまの顔覚えてないんだもん。 もー楽しみでしかたないよー♪」
「フフ、それもそうか。 あれから八年・・・・はたしてどれほど立派な男に成長しておられるか、私も楽しみだ」
そんな風に笑い合いながら、二人と兵士たちは目的地へと歩を進めていた。
この二組の目的地は、どちらも同じ。
目指すは大陸の西方・・・・・
蜀の都、成都――――――――――――――――――――――――
―――◆―――
またまたところ変わって、ここは噂の成都の都。
・・・・っと失礼。
さっきまでの語りと同じノリでいってしまったが、ここからは俺こと北郷章刀がお送りさせていただこう。
とは言っても、こんなナレーションに意識を向けているほどの理由は今の俺にはなかったりする。
「・・・・・・・・・・♪」
「もぉ~。 お兄ちゃんってば、少しは落ち着いたら?」
「へ?」
桜香に指摘されて、初めて自分の顔がニヤついていたことに気が付いた。
ここは執務室。
今日も今日とて、俺は桜香と向かい合って書類の対応に追われていたのだが、今の桜花の一言で筆を走らせていた手が止る。
まぁそもそも、走らせていたと言うほど俺の筆は進んでいなかったわけだけど。
「だってお兄ちゃんってば、さっきからずっとソワソワしっぱなしだよ?」
「あはは、そうかな?」
どうやら目の見えない桜花にも分かるほど、俺はウキウキしていたらしい。
いや、そもそも桜花は音や気配で周りの状況を把握しているわけだから、むしろばれて当然なのか・・・・・?
でも、俺がソワソワしてるのもウキウキしてるのも顔がニヤついてるのも、そのせいで仕事の進みが遅いのも、今日に限っては仕方のない事なのだ。
なぜなら・・・・・
「ごめんごめん。 でも、久しぶりに皆に会えると思ったらやっぱり嬉しくてさ」
そう、今日は八年ぶりに皆が帰って来るのだ。
皆と言うのは、もちろん俺の妹たち。
言ってなかったけど、俺の妹は全員で九人いる。
今城にいるのは、長女の愛梨、次女の桜香、四女の心、六女の煌々、七女の麗々の五人。
つまり残りの四人が、今日この城に帰って来る訳だ。
先日、麗々から話があった野党の一団、紅蓮隊。
それに対抗する為の勢力を確保するべく、城を離れていた妹たちを急きょ招集することになってからおよそ二週間が経っていた。
俺が元いた時代なら、呼ぶと決めたらメールを送ってすぐ届くし、例え地球の裏側にいたって一日もあれば飛行機で飛んでこれるが、もちろんこの時代ではそうはいかない。
手紙を届けるための早馬を出して、更にそれから準備をして出発する。
同じ大陸にいても、移動手段が徒歩か馬しかない状態では時間がかかるのも致し方ない。
まぁこの時代の交通事情はさておいて、妹たちが帰って来る理由は今言った様にいささかドラマティックに欠けるものではあるが、それでも俺にとっては八年ぶりの妹たちとの再会には違いない。
こうして仕事をしていても、胸の高鳴りは抑えきれない訳で。
そんな上機嫌パラメーターの上がり具合が周りに分かるほどに溢れ出てしまった俺を、誰が責められるって言うんだ。
多少仕事ができていなくったって多めに見て欲しい。
「あはは。 お兄ちゃんったら子供みたい♪ でも、そうだよね~。 半年くらい会ってない私だって楽しみなのに、お兄ちゃんは八年ぶりだもんね」
「ああ。 みんながどんな風に変わってるのか、会うのが楽しみだよ」
ガチャ。
「うふふ。 お二人とも楽しそうですね♪」
「あ、うーちゃん」
桜香と二人で談笑していると、執務室の扉を開けて麗々が入ってきた。
その小脇には、いくらかの書類やら書簡やらが抱えられていた。
「げ・・・・麗々、もしかしてそれって追加の仕事?」
「えへへ・・・・残念ながらご名答です」
「ふぇ~? ひどいようーちゃん」
決して麗々のせいではないのだが、いきなり増えた仕事に桜花はうなだれて明らかな不満アピール。
今日という日に限ってこんなに仕事が舞い込んでくるのは、俺の日ごろの行いが悪いからなのだろうか・・・・
「まぁまぁ、私も手伝いますから、皆が帰って来る前に終わらせちゃいましょう」
「そーだな。 いっちょやってやるか!」
こうなりゃヤケだ。
麗々が参戦してくれるなら百人力だし。
俺は制服の袖をまくって、目の前に積まれた書簡と戦う覚悟を決めた。
―――◆―――
それからどれくらい経っただろうか・・・・・
「ん~! やっと終わったか」
椅子の背にもたれかかって、ぐ~っと伸びをする。
しばらくぶりに真っ直ぐ伸びた背骨がポキポキとなる音が妙に心地いい。
机の上にあれだけ会った書簡たちもすっかりと姿を消していて、ざま―見ろって感じだ。
まぁその代償として、朝から始めたはずなのに太陽はてっぺんをとっくに過ぎて少し傾き始めているが、あれだけの量をこの時間で終わらせられたのなら良い方だろう。
「ふぇ~、疲れたよ~」
向かいでは、桜花も机の上にダラッと両手を投げだして完全にスイッチOFF状態に切り替えたようだ。
「煌々と麗々もありがとう。 助かったよ」
「いえ、これも私たちの仕事ですから。 ね、きーちゃん?」
「“コクコク”」
満足そうにやり遂げた表情を浮かべる麗々の隣では、煌々も静かに頷く。
軍費の帳簿を整理していた煌々が、自分の方は終わったと言うので途中から合流してくれたのはかなり助かった。
正直仕事をこれだけ早く終われたのは、この二人の力によるところが大きい。
煌々も麗々も、それぞれ俺の三倍くらいの早さで仕事を進めてた気がするし。
まったく、この兄たる俺の情けない事。
「あ。 そう言えば、愛梨はどうしたんだ?」
ふと思い出した事だが、今日は朝から愛梨の顔を見ていない。
いつもならこうして俺たちが仕事をしているとたいてい一度は様子を見に来るはずなんだけど・・・・・
「愛梨お姉さまなら、今日は朝から璃々お姉さまと一緒に仕事をされていますよ」
俺の隣に座っていた麗々が答えてくれた。
「璃々姉さんと? 珍しいね」
俺たちの仕事は、分野ごとにそれぞれ担当がある程度は決まっている。
俺や桜香は政務担当。
麗々は主にその補佐。
煌々は基本的に軍務の担当、といった感じだ。
そして璃々姉さんの担当はといえば、基本的に城の倉庫の管理といった城の内面的な部分な訳だけど。
当然・・・・といったら本人に怒られるかもしれないが、愛梨の担当は兵の訓練をはじめとした軍務全般。
あ。
ちなみに心はと言えば・・・・・特にこれと言った担当は無い。
まぁ、あの娘の場合は何か仕事を頼んだところで難しいのは城の皆が知っているし、理解もしてるからね。
ちょっと話がそれたけど、そんな訳で璃々姉さんと愛梨が一緒に仕事をするというのはなかなか珍しい事だったりする。
「今日は皆が帰って来る日だからね。 帰って来る兵隊さんの住居だったり、軍の編成だったりで忙しいんだって。」
「ああ、なるほどね」
桜香の答えで納得だ。
それなら確かに、あの二人が一緒にやった方が効率がいい。
「それにしても、随分忙しいみたいだな」
「ん~、そうだね」
あの二人が朝からこの時間までかかっても終わらないなんて、いったいどんな量の仕事なんだろうか。
なんだか麗々と煌々に手伝ってもらっている事が非常に申し訳なくなってきた。
「それじゃあ、こちらの仕事も終わった事ですし、お二人を手伝いに行きませんか?」
“パン”と手を叩いて、麗々が提案した。
「そうだね。 皆でやって方が早く終わるだろうし」
正直政務を終わらせた時点でかなりクタクタではあるが、だからといって俺たちだけ休んでいるのも二人に申しわけない。
覚悟を決めて、席を立とうとすると・・・・・
“ガチャ”
「その必要はありませんよ、兄上」
「あ。 愛梨」
噂をすればなんとやら。
俺たちが部屋を出ようとしたところで、扉を開けて愛梨が入ってきた。
「愛梨ちゃん、お仕事はもう終わったの?」
「ああ。 璃々様のおかげで、予定より大分早く片付いた」
そういう愛梨の後ろには、噂の璃々姉さんの姿はない。
きっと璃々姉さんのことだから、書類の後かたづけでもしているんだろう。
さすが我が軍が誇る縁の下の力持ちだ。
「それから、もうひとつ皆に知らせがある」
「あ。 もしかして・・・・・」
愛梨の言葉をきいて、俺の期待は一気に高まった。
「はい。 皆が帰って来ましたよ」
―――◆――――
城門の前には俺たちだけでなく多くの兵士が帰って来る皆を出迎えようと集まっていた。
長期の間城を離れていた仲間たちを心から歓迎し、なかなかの人だかりができている。
遅れて行った俺たちも、愛梨を先頭にしてその人混みの中へと分け入って行く。
「すまないが皆、通してくれ」
「ああ、関興将軍。 どうぞこちらへ」
愛梨が歩いて行くと、群れをなしていた兵士たちもすぐに道を開けてくれる。
この辺りはさすが一軍の将なんだなと、我が妹ながら感心する。
そうしてたどりついた人混みの中心には、兵士達と親しそうに話す青い髪の少女が居た。
「昴(すばる)。 帰ったか」
「! おお、姉上」
愛梨が声をかけると、少女はこちらに気付いた様子でゆっくりと歩み寄ってきた。
「趙子英、ただいま戻りました」
そう言いながら、少女は愛梨に向かって一礼をする。
「うむ。 半年もの間ごくろうだったな」
「お疲れ様、昴ちゃん。 元気そうで良かったよ♪」
「ええ。 桜香姉上も、変わりないようで何よりです。 ・・・・が、皆少し出迎えがおそいのではないですか?」
出迎えた愛梨たちと嬉しそうに話していた少女は、冗談っぽく不機嫌な顔をして見せた。
「はは、許せ。 こちらも仕事が忙しくてな」
「フフ。 分かっておりますよ。 ところで、姉上たちとの再会はとてもうれしいのですが・・・・他にも私の帰りを心待ちにしていた素敵な殿方がいるのでは?」
「ああ。 兄上、こちらに」
愛梨に促されて、おれは少女の前に歩み出た。
「や、やあ昴。 ・・・・久しぶり」
けど、いざ前に出るとなんだか照れくさくて、おれは頭をかきながら視線を泳がせてしまう
「・・・・・・・・・・・」
対する少女も、俺の顔をじっと見たまま固まってしまった。
二人の間に、少しの間が空く。
その沈黙を先に破ったのは少女の方だった。
「本当に・・・・兄上なのですね」
その問いに、おれは静かに頷く。
「兄上・・・・ご無沙汰しておりました」
「えっと・・・綺麗になったね、昴。 お母さんそっくりだ」
「兄上こそ、父上に似て素晴らしい殿方になられました」
“ス・・・・”
「! 昴・・・」
取りとめのない会話を終えたとたん、少女は静かに俺の首に両手を回して抱きついてきた。
「兄上・・・・よくぞ帰ってきてくださいました。 ずっと待っておりましたよ」
「昴・・・・。 ああ、ただいま。 待たせてごめんな」
二人の間に、八年の再会をかみしめるような甘い時間が流れる・・・・・・
「ウォッホン! 昴、その辺にしておけ」
・・・・が、意味深な愛梨のせき払いによってすぐに現実の時間に引き戻されてしまった。
「おっと、これは失礼。 兄上、これ以上は姉上が許してくれそうにないので、続きはこの後人気のないところで・・・・」
「え!? い、いや・・・・・」
「昴っ!!!」
「はは、冗談ですよ」
愛梨に本気でどなられて、少女はいたずらっぽい笑みを浮かべて俺の首に回していた手をほどいた。
紹介が遅れてしまったが、この少女の名前は趙統子英(ちょうとう しえい)。
真名は昴(すばる)。
俺の父さんと趙雲様との娘で、愛梨と桜香に続く俺の三番目の妹に当たる子だ。
性格はと言えば、今見てもらった通りかなりの自由人。
子供のころから常にマイペースで、今みたいに俺にじゃれついてくる事は多かったんだけど、八年たって可憐な容姿と一緒にそれもランクアップしたようだ。
なんだか本当に彼女の母親を見ているような気分になって来る。
星様も相当な自由人(変人)だったもんなぁ・・・・・
「まったく、八年ぶりの再会だと言うのにお前と言うヤツは・・・・」
「あはは、でも昴ちゃんらしいよ♪」
「そうですね♪」
昴のマイペースっぷりにあきれ顔の愛梨の隣では、桜香と麗々は可笑しそうに笑っている。
そんなほのぼのした様子をほほえましく見守っていると・・・・・
「おにーーさまっ!!」
“ポス”
「おっ!?」
突然、俺の背中に柔らかな感触が降ってきた。
「わーい、本当にお兄様だー。 久しぶりっ♪」
「えっと・・・・もしかして、向日葵(ひまわり)か?」
背中にのしかかっている重みの正体を肩越しに確かめると、そこには満面の笑みを浮かべるポニーテールの少女が居た。
「えへへ、せーかい♪」
「こら向日葵! お前までいきなり兄上に抱きつくな!」
その様子を見ていた愛梨は、再会の言葉も言わないまま顔を真っ赤にして怒っている。
・・・・というか何で愛梨が怒ってるんだ?
「まぁまぁ愛梨ちゃん。 向日葵ちゃんだって久しぶりにお兄ちゃんに会えてうれしいんだよ」
「そうですぞ姉上。 少しくらい心が広いところを見せても罰はあたりますまい?」
「ぐぅ・・・・・・・」
桜香と昴の集中砲火をあびて、愛梨はすこし悔しそうに口を閉じた。
・・・・いや、だから何で愛梨は悔しそうなんだ?
「そーそー♪ お兄様が帰ってきたって聞いてからもう会うのが楽しみすぎて夜も寝れなかったんだよ♪」
こんな調子でさっきから上機嫌で俺の背中に張り付いているこの少女は、馬秋若瞻(ばしゅう じゃくせん)。
真名は向日葵(ひまわり)。
見ての通り、名前の花と同じで元気で明るい女の子だ。
母親はと言えば、「ここにいるぞー!」でおなじみの蒲公英こと馬岱様で、俺の八番目の妹だ。
いきなりこんな風にじゃれつかれてしまったので、なんだか八年ぶりという雰囲気を味会う暇もなかったな。
この子もこの八年で、母親譲りの元気っ娘に成長したようで、兄としては喜ばしい。
「ところで向日葵よ。 涙(るい)のヤツはどうしたのだ? 一緒に帰ってきたはずだろう?」
「ああ、涙姉さまなら・・・・ほら、あそこだよ」
「ん?」
昴の問いかけに、向日葵は俺の背中に乗ったままピッっと城門の方を指差した。
すると、なにやら城門の柱の陰から動物の尻尾の様なものがピョコッっと出ているのが見て取れた。
・・・・・どうやらあれは髪の毛かな?
「あ奴はあんなところで何をしているのだ?」
「きっとお兄様に会うのが恥ずかしいんだよ」
「え? そうなの?」
「うん。 だからね、お兄様。 コショコショ・・・・」
――――◆――――
柱の陰に隠れて、少女は中の様子をうかがいながら独り言を言っていた。
「う~・・・・帰ってきたのはいいけど、何話せばいいのか分かんないよー。 だって八年ぶりだし、その、あんなにか・・・かっこよくなってるなんて・・・・・・・・・」
「涙(るい)?」
「ひゃう○〒☆~×÷§●±▼°Π!!!」
気付かれないようにこっそりと近づいて声をかけると、少女は声にならない声をあげてビクンととび跳ねた。
向日葵に言われてちょっと脅かそうとしただけなんだけど、まさかこんなに驚くとは思ってなかった。
流れるような長髪のこの子は馬承(ばしょう)、字は良起(りょうき)。
真名は涙(るい)。
西涼の錦馬超といわれた馬超様の娘で、心の次・・・俺の五番目の妹だ。
さっき柱の陰から覗いていたのは、やっぱり涙の長髪だったらしい。
「お、おに・・・・おににににに・・・・・・」
「待て。 落ちつけ涙」
いまだにマックスでテンパっている涙の肩を掴んで、呼吸を整えさせる。
「ほら、深呼吸してー」
「あぅ・・・すーはー、すーはー・・・・・」
「落ちついた?」
「・・・・・・“コク”」
まだ顔はかなり赤いままだが、涙は静かに頷いた。
そして少しの上目づかいで、俺の顔を見つめてくる。
「えっと、お兄・・・・・なんだよな?」
「ああ、そうだよ。 久しぶり」
「お兄・・・・・・」
「ん?」
「お兄ーっ!!」
“ガバッ!”
「うわっ!?」
昴や向日葵の時より強烈だ。
涙は目の端に涙を浮かべて、いきなり俺に抱きついてきた。
「お兄のバカっ・・・! こんなに長い間どこに行ってたんだよ! 父様も全然帰ってこないし、あたし、今までずっと・・・・・っ!」
「涙・・・・・」
少し前に、森の川原で愛梨と過ごした時の事を思い出す。
再会を嬉しいと思いながらも、胸が締め付けられるようなこの感じも、あの時と同じだ。
「寂しい思いをさせてごめんよ。 これからはずっと一緒にいるから」
「・・・・本当か?」
「ああ。」
この世界に帰って来てから、もう何度か口にしたこの言葉。
こんな事で何が許されるわけでもないけれど、今の俺にはこうして言葉にすることしかできない。
本当の償いは、これからの俺の行動で示して行くしかないんだから。
「あー!! 涙姉さまがお兄様と抱き合ってるー!」
「なっ!?」
あ~あ・・・・
せっかくハートフルな感じになってたのに、突然の向日葵の声によって一気にぶち壊しになってしまった。
同時に、今まで向こうで話していた皆もこちらへ寄って来る。
・・・というか向日葵の奴、最初からこうやってからかうつもりだったな。
「涙! お前まで兄上に・・・・」
「姉上、その展開はもうあきました。」
「ぬぅ・・・・・」
「み、皆っ!? 違うって、これはその・・・・・」
皆に見つかって、涙は慌てた様子で顔を真っ赤にして俺から離れた。
「あはは。 涙姉さまったら恥ずかしがっちゃって~♪」
「フム。 我らの事など気にせず抱きつけば良いものを」
「う、うるさいぞ向日葵っ!! 昴姉までっ!」
向日葵と昴にからかわれて、涙はさらに顔を真っ赤にする。
なんだか昔、翠様が蒲公英様と星様に同じようにからかわれていたのを見た気がする。
「向日葵ちゃんも昴ちゃんも、涙ちゃんをいじめるのはそれくらいにしてあげて」
三人の言い合いに、桜香が割って入る。
こういう時、桜香の良い意味でマイペースな性格は助かるな。
「そうだ。 ねぇ昴ちゃん?」
「はい?」
「愛衣(めい)ちゃんはどうしたの? 一緒に帰って来たんだよね?」
「あ! そうだよ。 愛衣がいないじゃないか。」
なんだかハイテンションな再会ばかりで俺も桜香が言うまで忘れかけていた。
さっきも説明したと思うけど、俺の妹は全部で九人だ。
今話に出て来た愛衣と言うのは、最後の一人。
俺たち兄妹の末っ子に当たる子なのだが・・・・・・
「おや? 愛衣の奴なら、街に着くなり一目散に城に向かって走って行ったのですが・・・・先に着いておらぬのですか?」
「ううん。 来てないよ?」
「なら、あの子の事ですからきっとどこかで寄り道でもしているのでしょう」
「はぁ~。 せっかく皆が集まると言う日にあの子ときたら・・・・」
笑って済ませる昴の横では、愛梨が呆れたように頭を押さえている
「街にいるなら、俺が探してこようか?」
と言っても、他の妹たちはともかく、愛衣に関して言うと別れる時は本当にヨチヨチ歩きの時だった。
もし見つけられたとしても、本人かどうか分からないかもしれない。
「兄上が行く必要はありませんよ。 放っておいてもその内帰って・・・・」
“ドドドドドドド・・・・・・!
「ん?」
どこからともなく、なにやら地鳴りのような音が聞こえて来た。
「おお。 噂をすれば、帰ってきたようですな。」
「え? 帰ってきたって・・・・・」
まさかこの音って・・・・・・
“ドドドドドド・・・・・・!”
「にーいーさーまー!!!」
“ドギュン!!!”
「ゴフッ!!?」
“ドッカーン!!!”
次の瞬間、突然聞こえて来た声の主はミサイルのごとき勢いで俺に突っ込んできた。
同時に、俺のボディに視界が一瞬暗くなるほどの衝撃が襲いかかり、俺は突っ込んできた何かとともに城の壁にダイブした。
「あ、兄上! 大丈夫ですか!?」
心配した愛梨たちが、俺のもとに駆け寄って来る。
「イテテ・・・まぁ、なんとかね」
普通の人なら多分アウトなダメージだが、幸い俺は父親譲りの丈夫な身体があるのでなんともない。
それでも少し痛む額を押さえながら顔を上げると・・・・・
「わーい♪ 本当に兄様だーーー!!」
そこには俺に馬乗りになりながら、すがすがしい笑顔を浮かべている黒髪の少女が居た。
分かるかどうかなんて、いらない心配だったかな。
八年経って見違えるほど大きくなっているけれど、あの頃の面影は十分残っている。
「あはは。 大きくなったね、愛衣」
紹介しよう。
この少女こそ、俺たち兄妹の末っ子にして、俺や愛梨と同じ関雲長の子。
関索維之(かんさく いの)、真名は愛衣(めい)だ。
「久しぶり、兄様っ♪」
“ガバッ!
「おっと・・・・」
今日だけで何回目だろう。
ニコっと笑った愛衣が、半ば飛びかかるようにして俺に抱きついてきた。
俺も別段嫌ではないし、愛衣は末っ子ということもあって可愛さもひとしおな部分があるのでされるがままになっているわけだけど・・・・
「えへへ~」
“ぎゅう~~・・・・”“
あれ・・・・?
なんだか心なしか愛衣の腕の力が強い様な気が・・・・
「ちょっ・・・・愛衣・・・・?」
“ミシミシミシ・・・・”
「ちょっと強・・・・ぎゃぁーーっ!!!
なんか効果音がおかしくなってきてるから!
人の身体から出ちゃいけない効果音になってるから!
「よせ愛衣! 兄上を殺す気か!」
「あっ・・・・」
それを見ていた愛梨が、慌てた様子で愛衣を俺から引き剥がした。
「ぶぅ~・・・・」
無理やり引き剥がされた愛衣は、頬を膨らまして不満アピール。
その様子は本当に可愛らしいんだけど、その可愛さに反して俺へのダメージは結構なものだった。
なんか骨がいまだにミシミシ言ってるし・・・・
「ははは。 兄上、大丈夫ですか?」
その様子を見ていた昴が、笑いながら歩み寄ってきた。
「えっと、正直何が起きたのかよく分かってないんだけど・・・・」
「驚くのも無理はありませんな。 実は愛衣のヤツは、我ら姉妹の中でも一番の怪力の持ち主なのですよ」
「えぇっ!?」
衝撃の告白だ。
姉妹で一番って事は、力だけなら心より強いって事?
まさかあんなに小さかった末っ子が怪力無双の女の子に育っているなんて冗談だと思いたいが、今のを体感してしまったら信じるしかないのか?
「大丈夫? おにいちゃん」
昴とは違って、桜香は本当に心配した様子で駆け寄ってきてくれた。
・・・というか、そんなに心配になるほどやばいんだ。
「ああ、なんとかね」
「愛衣ちゃんってすごい力だもんねー。 少し前に素手で城壁に穴空けちゃったことあるもん」
「・・・・・まじ?」
それって、あのままだったら俺粉々だったんじゃね?
「まったくお前は、少しは力の加減と言うものを考えろ!」
「あはは。 嬉しくってつい・・・・。 ごめんね兄さま」
「いやいや、ちょっと驚いたけど大丈夫だよ」
何にしても、元気に育ってくれたようでなによりだ。
とにかくこれで、北郷家の兄弟が全員集合したことになる。
「さて、なにはともあれ全員揃った事ですし、今夜は宴といきますか」
本当にうれしそうな顔をして、昴が提案した。
どうやら酒が大好きなところも母親に似たらしい
「さんせー! 向日葵もお酒のみたーい♪」
「うん、そうだね。 せっかく皆そろったんだし、今日ぐらいい良いよね? 愛梨ちゃん」
「はぁ~、仕方がないな。 麗々、煌々、準備を頼めるか?」
「はい! お任せ下さい♪」
「“コクコク”」
宴と聞いて、みんなテンションが上がったようだ。
なんだか騒がしい再開になってしまったけど、これはこれで我が家らしくていいかな。
近いうちに、恐らく大きな戦いに臨まなければならなくなる。
だけど今日くらいは、兄妹が再会できた喜びに浸っても罰は当たらないだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――
―――◆――――
同じころ、ここは大国・魏の都、洛陽。
その奥にそびえる城の玉座の間に、二人の少女が居た。
部屋の中心にある豪華に装飾された玉座に腰かけているのは、金髪の小柄な少女。
しかしその外見とは裏腹に、少女が纏う雰囲気は明らかにただの少女とは異質なもので、その玉座に座るにふさわしいだけの風格を備えている。
そしてその金髪の少女の前には、同じように小柄な少女が立っている。
「以上で報告は終わりです」
「ご苦労さま。 部屋に戻って休んでちょうだい。」
「はい」
玉座の少女に対して礼をすると、少女は部屋を出ようと踵を返す。
・・・が、数歩歩いたところで何かを思い出したように足を止めて振りかえった。
「ああ、すいません。 もうひとつ報告を忘れていました」
「あら、何かしら?」
「蜀の劉禅が、城を離れていた忠臣たちを呼び戻したようです」
「目的は?」
「恐らく、最近蜀の領土で勢力を拡大している紅蓮隊とかいう野党の群れを討伐する為だと思われます」
「そう。」
「それからもうひとつ」
「まだあるの?」
「これも蜀の話ですが、長い間姿を消していた天の御遣いの長子、関平が帰ってきたと」
「関平・・・・。 天の御遣いとあの武神・関羽の子ね・・・・・」
その話を聞いたとたん、金髪の少女の表情が少しだけ険しいものに変わった。
「関平がどれほどの人物かは知らないけれど、一応警戒はしておきましょうか」
「はい」
「心配はいらないよ、華音(かのん)」
「! 真(しん)・・・・・」
いつから居たのか、玉座の後ろから一人の青年が現れた。
真と呼ばれたその少年は、玉座に座る少女の横にゆっくりと歩み寄ると、少女の顎に手を当て、ごく当然の様に唇を奪った。
「ん・・・・・」
対する少女も、なされるがままに青年に身をゆだねる。
軽い口づけを終えると、青年は顔を離し、少女の頬を撫でる
「相手が何者であろうと、僕が傍にいる限り君に負けはない。 何も心配する事はないんだよ」
「ええ」
頬を撫でる青年の手の温もりに、少女は気持ちよさそうに目を細める。
それを見て、青年は細く笑った。
「全て僕に任せてくれればいいんだ。 ・・・・・この、司馬懿仲達(しばい ちゅうたつ)にね」――――――――――――――
キャラクターファイル No.004
正史では蜀を滅亡に追いやったバカ息子ということになっていますが、この話では病弱ながらも一生懸命な女の子という設定にしました。
見た目はかなり桃香に似てるかな?
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前回から約二カ月も空いてしまって申しわけありません 汗
やっとこさ他の妹達登場です。
「なんであのキャラの娘がいないの?」とかいろいろ不満はあると思いますが、そこはなんとか納得していただきたいです 汗