隻眼の男が一人立っていた。
荒野にただ一人、無数の死体とともに。
男はニヤリと笑っている。この世に存在するすべての倫理に唾を吐きかけるような不敵な笑みだった。
砂漠の町サハラ。この町は巡礼の地ラエルに向かう者が多く立ち寄る。
金・情報・物品が揃っている豊かな町だが、人間が多いため必然的に問題も発生しやすくなる。
「やめてください!」
叫び声が聞える。そこに目をやると複数の男に囲まれた美しい少女がいた。
「大丈夫だって!事がすめばすぐ開放してやるから!な!一発だけ!一人につき一発だけだから!」
下卑た笑いが聞える。この町は聖地の近くだが不道徳者も多い。
「放してください!主のお近くでこのようなことをして恥かしくないのですか!」
「俺らはあいにくと神に見捨てられた人る間でね!あとはもう地に堕ちていくだけのさ。だからちっとも恥かしくもないし怖くもないのよ。」
このまま見過ごす事もできるが、それは世間的によくない。こんななりをしている以上困っている人間は助けなくてはならない。
「すみません。それくらいでいいのではないでしょうか?」
「おや?神様のケツ穴舐めて喜んでるありがたいお人が何のようだい?俺らは牧師だろうがなんだろうが平気でぶっ殺しちゃうよ?」
「そう物騒なことは言わないでください。それにこれ以上続けるのならこちらもしかるべき処置を取らざるを得なくなります。ここは私の顔に免じてお引取り願えないでしょうか。」
そういって俺は懐から剣の十字架を出した。
聖戦十字証。通称剣十字。教団における異端排除と治安維持を担う者がこれを持つ。彼らは守護隊といわれ高い戦闘力をもつ。
「・・・・・・ふん!犬でも狂犬の方かよ!主様の名の下に殺されちゃあたまらねぇぜ!」
そういって男達は去っていった。抜け出す時に持ってきておいてよかった。大概の問題はこれでかたがつく。
「あの・・・・神父様。助けてくれてありがとうございました。」
「いえ、これも運命です。では、主のお導きのままに。」
さっさとここを去りたい。そう長い時間ここに留まっているわけにもいかないのだ。
が、そうはさせてくれないようだ。
「あぶない!」
叫びと共に後ろから何者かに殴打された。まぁ誰かはだいたい想像はつくが。
「狂犬はよぉ・・・しっかり駆除しとかないとな!」
そういってさっきの男達がいっせいに俺を殴りにかかる。面倒な事だ。
俺は男達を変形した右腕でなぎ払った。
「てめぇ・・・・聖職者のくせに・・・魔女と取引・・・・その右目は・・・代償か・・・・」
「これ以上危害を加えるつもりはありません。どうぞお逃げください。」
今度こそ男達は逃げていった。こんなところで異形の力を使ってしまった。早々に立ち去らなければ今度こそ嗅ぎ付けられる。
「あの・・・」
さっきの少女が立っていた。困ったことだ。何か話しかけようとしている。
「すみませんが急いでいるので・・」
「まってください!その力・・・魔女との取引ですよね・・・?その右目は・・・・」
「・・・・そうです。しかし驚きましたね。あなたの様な方が魔女を知っているとは。」
「はい・・・実は・・・私も魔女と取引をしたいんです!お願いします!魔女の場所を教えてください!」
「・・・・止めときなさい。魔女との取引は不幸しか生まない。」
こんなことを言ってはいるが本当は面倒なだけだ。それに俺は今ほど幸福を感じている瞬間はない。
魔女との取引。サハラの町にいる魔女に多額の金を渡す事で人外の力を手に入れることができる。しかしその力を得るためには自身の一部を材料にしなければならない。五感や臓器。本能、信念や信条。その他その人間の持っているもの全てが力の材料の対象になる。
また本人が強い思い入れがあればあるだけその力は強力となる。たとえば料理人なら味覚。
歌い手なら声といったようなものだ。
「お願いします。どうしても力がほしいんです!」
少女は聞きたくもないその身の上を語りだした。
戦争で家族を失い、奴隷商人に拾われ、今にも売られそうなところを隙を見て逃げ出してきたそうだ。
「教会へ行きなさい。そこならあなたを向かいいれてくれます。」
「駄目なんです・・・私・・・東の人間ですから・・・」
そういって少女は深いローブをめくりその腹部をあらわにした。そこには異端信仰の印が深く刻まれていた。
「・・・・わかりました。ならば今夜、町の一番大きな宿にきてください。私の名はクリフ。宿の人間に部屋まで案内してくれるよう言っておきます。」
もちろん嘘ある。こんな小娘と関わっている時間はない。
「ありがとうございます!」
そういって少女は去っていった。私は町を出た。
しばらく歩いていると後ろから声をかけられた。今日で二回目になる声にうんざりする。
「今度なんですか?聖書でも読み聞かせればいいんでしょうか?」
俺はため息混じりにそういった。
「聖書ならテメーのために唱えてな!今度はさっきのようにいかないぜ!こいつがいるからな!」
男はそういって病弱そうな別の男を前に出してきた。
「取引した人間ですか・・・」
「そうだ!こいつわぁ俺の弟だがな!体が頑丈なだけでくその役にもたたねぇ!だからそれを使える能力に変えたのさ!金はかかったが今じゃそれ以上に儲けてくれるぜ!」
「死ね・・・死ね・・・死ね・・・」
どうやら肉体だけではなく精神まで病弱になっているようだ。
病弱そうな男はナイフで手首を切り始めた。
「へへへ・・・これでお前は終ったよ・・・」
男が下卑た笑いを浮かべた。町でもあんな顔をして笑っていたことを思い出した。あいつは自分が圧倒的有利だと思った時あぁいう下品な顔をして笑うのだろう。
そんなことを思っていると病弱な男から流れ落ちた血が突然俺の方に向かって飛び掛ってきた。かわす時に服の一部に血がかかったようだが、その部分が蒸発していた。
「弟の能力はなぁ!自分の血を操ることだ!そしてその血は強力な酸!貴様に逃げ場はねぇ!液体は無限にその形を変えられるからな!」
「うるせぇな豚が。」
「あ?なん・・・」
男が言葉を言い切る前に俺はそいつの右腕をもぎ取った。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「そのまま汚ねぇ血流して死ね。」
「う・・・くそ!やれ!」
男が弟に命令する。弟の血が飛んでくるがそれを右腕でうける。
「なんで!」
男が叫ぶ
「俺の腕はすべての物理的被害・呪術・拘束を受けない。傷は負わず痛みも感じない。変型は自由自在。剣にも盾にもなる。腕力も人間の腕とは比べ物にならない。」
「そんな!片目だけでそんな強力な力が手に入るわけ・・・」
「うるさい。」
俺は男とその弟を殺した。
そう。片目だけでそんな強力な力が手に入るわけがない。
俺が素材として提供したのは道徳心と信仰心だ。
今朝方数人殺し教会から逃げ出した。
この力を手に入れたのは二日前。われながら一日良く持った方だと思う。
教会の教え。聖戦の誓い。主への絶対的忠誠。なにもかもがうんざりだ。よくもまぁ20年間もあんなところにいたもんだ。
足を聖地から遠ざける。目指すは港。教会の力が及ばない東の大地へ。
神父が遠ざかっていくのを見届ける少女の目。
呼び止めることはできない。少女は既に声を失っていた。
彼女はなにを思い力を手に入れたのか。何を思い神父を見たのか。
それを知るすべはもうない。
少女も歩き出す。彼が向かっていった道へ向かって。
続かない。
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