No.329224

新旧地獄茶会話(プレビュー版)

FALSEさん

11月6日のイベント「地底の読心裁判」にて頒布する予定のコピー誌のサンプルであります。A5版、36ページ、200円の予定。覚-29「偽者の脳内」にてお待ちしております。校正が甘ったるいので誤字がありましたらこっそり教えていただけると助かります^^;

2011-11-04 01:05:28 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:984   閲覧ユーザー数:977

 

 一

 

 小野塚小町は長年死神として三途の渡しをしているが、その船の往路、すなわち彼岸から此岸に向けての航路で舟客を乗せることはほとんどない。

 彼女の客とは彼岸で閻魔の裁きを受ける死者達である。次の行き先は天界か冥界か、はたまた地獄か。いずれにせよ戻ることのできない死出の旅だ。そのため復路では死者を乗せても、往路では死者は乗らない。

 往路の僅かな例外とは死者以外、つまり小町の同僚である是非曲直庁の職員達だ。

「よろしく頼むよ」

「あいよ」

 短く言葉を交わして、一人の死神を船に乗せる。三途へと出て、此岸に着くまでの間も会話はほとんどない。普段の小町の仕事ぶりをよく知る者なら、それは異様な光景に映っただろう。三途の渡しより死者とのお喋りの方が好きだと、自他共に認める彼女が無言なのだ。

 正直、小町は他の死神達とあまりそりが合わなかった。庁の最底辺で呑気に仕事をする小町にとって、地位欲にまみれた彼らとの会話は退屈だ。二言目に昇進試験対策の話を始める死神達の話には、とてもうんざりしている。

 生憎、彼らも万年下っ端である小町を蔑んでいる節があるので、したいようにさせている。

 そんなことよりも、気になることがあった。この時期、死神が此岸に向かう用件はたった一つしかないからだ。

 ――今年も近いね。恒例の、映姫様の旧地獄訪問が。

 幻想郷担当の閻魔である四季映姫・ヤマザナドゥは、一年に二度ある閻魔賽日の中間である四月半ばに此岸の地底を訪問する。非番ではなく列記とした出張、仕事の延長線にあたる。そこはかつて地獄の規模縮小に伴って切り離された、もとはあの世であった場所だ。そこには地獄の名残がいくつも点在している。

 一つは焦熱地獄。無間地獄に次ぐ重罰を与えられる者が落ちる地獄であり、八熱地獄の熱源でもある。火力が落ちても上がっても地底に悪影響をもたらすため、管理の手を止めることはできない。

 もう一つは、閻魔の裁きを経ず地獄へ落ちた怨霊達だ。地獄に落ちても過酷な拷問に耐えれば輪廻転生できるが、彼等にはその道も絶たれている。消えるまでの間延々と恨みを撒き散らし続けて周囲に悪い影響を与えるので、生活圏からは隔離しないといけない。

 その両方を管理するのが地底の中心、焦熱地獄の真上に建つ地霊殿である。そこには是非曲直庁の死神達すら恐れる妖怪が住み、焦熱地獄と怨霊達を見張っている。

「じゃあな。しっかり働けよ」

「余計なお世話」

 職員が此岸の桟橋に降り立ち、岸に向かって歩き出す。行き先は恐らく地底だ。代わりに死者を一人船に乗せ、復路を漕ぎ出しながら小町は考える。

 映姫は律儀だ。今日地霊殿に訪問の通知が届くとして、実際の訪問日はきっかり一週間後か。

 何も映姫本人が地底まで出向かなくたっていいのにと、そう思わずにはいられない。しかも相手は、地底随一の嫌われ者とも称される妖怪だ。

 地霊殿の主人、古明地さとり。

 第三の眼を用いて他者の心を読み取る恐るべき妖怪。他者のトラウマを探り当てることを呼吸より簡単に行う、厄介な相手。地底に向かった職員も彼女とは直接会わず、さとりに付き従う妖獣、ペット達に言伝を頼むだろう。

 彼岸に運んだ死者を送り出すと小町もまた船を降り、職員休憩室で一服するために法廷に向かう。この時間、他の職員は多忙のため、小町以外が休憩室にいることはほとんどない。

 ――四季様がわざわざ行かれることは、ないのではありませんか?

 小町の思案ではない。誰か職員の声だ。場所は通路の途中。近くに会議室の扉が見える。

 映姫が地霊殿に向かっている間のシフト変更について話し合っているのだろう。閻魔の裁判は二交代制だが、映姫は仕事の一環だからと、あくまで自分の担当時間の中で地霊殿に出向くことにこだわっている。

 無意識に、小町は壁に耳を当てて中の会話を盗み聞きしていた。幸い、通路に他人の気配はない。

「審議にしても、空き時間は五行様が受け持って下さるそうですし。その方が書記官も手間がなくなって助かると申しております」

 と、事務官が五行星華・アルヤマザナドゥの名前を出して説得を試みている。幻想郷担当の第二閻魔である。

「すみません、皆に迷惑をかけてしまうことは百も承知なのですが。こればかりは、他人に任せるわけには参りませんので。私には、古明地に旧地獄の遺棄物を任せた責任があります」

 と、映姫の声が受け答えた。相変わらず彼女は自分の信念を曲げない。

 他者とは異なる次元に思考を持って、誰の意見にも、自分の感情にも左右されないのが閻魔という概念である。だが、映姫の頑固さは閻魔の中でも札つきだ。

 それにしても、映姫の地底に対するこだわりは並大抵ではない。古明地家を怨霊管理に推挙したのは彼女だが、それだけで時間を割いて地霊殿に赴く必要はあるのか。

 ――地底の覚り妖怪くらい、映姫様の代わりにあたいが相手してやるってのに。

「そうだ。小野塚を代わりに行かせてはどうですか? そも審議の時間に空きができてしまうのは、彼奴の怠慢が原因であります故」

 計らずも、自分の名が出てきたことに対し小町は若干動揺した。事務官の言葉に、会議に列席していた死神達からも賛同の声が上がる。

「そうそう、あれが適任ではないですか。どうせ渡しをサボるのですから、その罰に行かせりゃいいんですよ。覚り妖怪に心を洗いざらい暴き出されれば、あれも少し真面目に働こうという気になるかもしれません」

 小町のこめかみに青筋が浮く。いないと思って勝手なことを言ってくれる。いっそのこと偶然を装って会議室に乗り込んで、言った死神を締め上げて映姫の前で恥をかかせてくれようか。

「止めなさい、妹尾君。ここにいない者のことを、悪く言うべきではありません」

 それを思い留めたのは、誰ならぬ映姫の言葉であった。

「確かに小町は少々怠け者ですが、あの子を渡し守に任じた私にもその責任があります。もしも小町に罰として地霊殿へ向かわせると言うのなら、まずは私がその罰を受けなければなりませんね?」

「い、いえ、決してそんなつもりで言ったわけでは」

 死神の狼狽は少々愉快だったが、同時に心が少々痛む。何だかんだと言いつつも小町を免職させない映姫には、どう足掻いても頭が上がらない。

「ともあれ、もう地霊殿にも遣いを出してしまいました。これ以上のスケジュール変更が困難なことは、分かっているはずですね。あなた達は私に構わず、いつも通りに職務をこなしなさい。……無論、小町も含めてね」

 そこまでを聞くと、壁から耳を離し歩き出す。会議の収束を感じたからだ。見つかって厄介なことになる前に、退散するに限る。

 休憩室へと足を早めながら、小町は考える。死神達も言っていたが、地底訪問は映姫の空き時間を割いて行われる。それを作っているのが小町だということは。

 ――なるほど。

 それに気がついた小町は、通路を折れて歩調をさらに早める。向かうのは休憩室ではなく、外へ出る非常口だ。

 少しばかり、試してみたいことができてしまったのだ。そのためには「当日」だけ動いても、あまりに不自然だろう。早速、今日から下準備を始めなければなるまい。

 あんな性悪妖怪の相手を、映姫がする必要はない。

 外に出た小町は足早に渡し場へと向かい、自分の船に乗り込んで此岸に向け漕ぎ出していった。

 

 二

 

 一年に一度、古明地さとりには多忙な時期がある。

 その時期になると、彼女はペット達に食事を自室へと持ってくるように言いつけ、寝ることも忘れてデスクと向かい合う。ペットとのスキンシップよりも妹のこいしとの会話よりも、優先させなければならない仕事だった。

 そのこいしはと言えば、さとりがデスクと睨み合っている背後から彼女の仕事を眺めていた。現在のこいしはさとりの無意識にいるので、気づかれることはない。

 さとりの肩越しに見えるデスクには、彼女が今ペンを走らせているものを含め大量の紙が散らかっている。

 焦熱地獄に落ちた怨霊、そこで燃え尽きて消えた怨霊、あるいは逃げ出した怨霊。それらの一霊一霊の動向を、ペット達からの報告を基にレポートとしてまとめ上げる。量が多く各霊の情報を詳細に書き記さねばならず、面倒極まりない仕事だ。

 報告に瑕疵があれば、最悪怨霊管理者の任を解かれ、ペットもろとも地霊殿から追い出される可能性もある。さとりはこの時期になるとこいしにも頭を下げて、定例報告の一週間前からこの作業に没頭する。

 いじったら怒られるので、こいしはいささか退屈だ。

「……はあ」

 大きな嘆息が、さとりの口から出る。前に回り込むと、彼女の目の下にくっきりとした影ができていた。

 嫌なら、やめてしまえばいいのに。それがこいしの、率直な感想だった。地霊殿を追い出されたらされたで、ペットを連れ気楽な流浪生活も悪くないんじゃないかと、身勝手なことを考えてみたくもなるのだ。

 ――でも。

 手元に近い位置にあるレポートを、目線で追いかける。とある怨霊のここ一年間における観察記録が、つぶさに記述してあった。ここまで誰も読まないだろうと思えるくらいに、レポートは細かく、そして丁寧である。

 ――多少の手抜きは、許されると思うのよね。

 しかしさとりは、それをやろうとしない。なぜかと聞いてみると、何か手抜きが見つかると閻魔様がうるさいからだと笑って言った。

 本当に、それだけなんだろうか。

 覚り妖怪の第三の眼を封じてしまったこいしには、さとりの心中を読む手段がない。しかし、無意識に考えていることだったら、何となく分かる。

 ――ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは閻魔に会うのが、本当に嫌なのかしら?

 答が返って来ない問いかけを、心の中で呟いた。

 さとりの作業はまだまだ続くだろう。こいしの退屈も、しばらくは紛れそうにない。かと言って、さとりの仕事を邪魔するわけにもいかない。

 ――あれ、待ってよ? 要はお姉ちゃんの仕事を邪魔しなければいいってことよね?

 名案が降りて来た。少なくとも、こいしにとっては。

 ちょうどいいタイミングで、外からノック音が聞こえてきた。こいしはそそくさと、扉の脇へ移動する。

「……そこのテーブルに置いてもらえるかしら?」

 多分、ペットが食事を持ってきたのだ。ドアが開いた隙に、こいしはペットと入れ替わり部屋の外へ出る。

「ふふっ」

 ようやく声が出せるようになったところで、計らずも笑いが漏れた。

 閻魔が地霊殿を訪れる日にちは分かっている。あとはその前日から、仕込みを始めればいい。

 大丈夫、きっと上手くいく。根拠のない確信が、こいしを支配していた。

 あんな説教閻魔の相手など、姉がする必要はない。

「じゃ、お姉ちゃん……無意識で会いましょう」

 部屋の中にいるさとりには聞こえないよう小さな声で呟くと、こいしは少しだけ歩きにスキップを交えながら地霊殿の通路を自分の部屋に去っていった。


 
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