No.328829

パウチ(オタクと風俗嬢の恋物語)

anuritoさん

「電車男」がヒットする、はるか10年近くも前(1994年)に書いた、オタク主役の恋愛ドラマのシナリオです。もっとも、私は、ポジティブな風俗嬢の方が主役の話を書きたかったのですが。ヌードやエロシーンはありません。エコちゃんが脇役で特別出演してます。

2011-11-03 13:36:42 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:775   閲覧ユーザー数:775

      ○スナック店内  (夜)

   カウンターに、二十代後半の三人の女性が座り、会話をしている。

   三人は、ドッと笑っている。

女A「(笑ったあと)ああ、おかしい。

 (隣の女性へ)ねえねえ、もうそろそろ来る頃じゃないの?」

女B「(腕時計に目をやり)そうねえ、もうすぐここに来る約束の時間よね」

女C「(きょとんと)あら。誰か来るの?」

女B「(ハッとして)あ、ごめんなさい。うっかり、マッチには教えてなかったわね。

 実は、これからムーラが会いにくるって言う話なのよ」

女C「(びっくりして)ムーラ!あの、高校の時いっしょだった村雨夏子の事?」

女B「(笑って)そうよ。そのムーラよ。夏子ちゃんよ」

女C「(動揺して)ねえ、ねえ!彼女、今まで何してたの?

 卒業してから、もうずっと連絡が無かったじゃない。なんで、今ごろ急に?」

女B「あたしだって分かんないわよ。こないだ、突然電話をもらったの。

 久しぶりにこちらの方へ帰ってきたから、ちょっと会わない?って」

女A「あたしは、確か、今彼女は東京で暮らしてるって聞いたけど」

女B「詳しい事は知らないわ。

 でも、舞台の仕事で、こちらへ来たとかって、電話では言ってたけど・・・」

女B「(ほほえみ)ひょっとして、劇団で役者さんでもやってるのかしら。

 あの子ってさ、高校の頃から、とっても可愛かったじゃない。

 女優やモデルになってたとしても、おかしくはないわよね」

   その時、店のドアが開いたらしきカラカラと音がする。

女B「(声を潜め)噂をすれば・・・来たかしら」

   派手にオシャレした、背の高い美人が三人の方へとやって来る。

   彼女こそ、話の人物・ムーラこと村雨夏子である。

ムーラ「(陽気に)皆、ごめんね!待ってた?」

   三人の女は、あっけにとられて、ムーラの方を見る。

ムーラ「(パッとはしゃぎ)あっ、ミーキね。それに、サチコも!

 嬉しい!マッチも来てるんだ!良かった、皆、昔と全然変わってないじゃない」

女B「(ポカンと)・・・ねえ、あなた、村雨さんよね。

 皆からムーラって呼ばれてた——」

ムーラ「(笑って)あら、やだ。あたし、そんなに変わっちゃってる?

 久しぶりに皆に会えると思って、ちょっと着飾っちゃったんだけど・・・。

 でも、地味だったかな(と、ポーズをとってみせる)」

女C「いや、さ。あの頃のムーラって、おとなしくってさ、その・・・」

ムーラ「(ケラケラと)固い話は抜き!もう十年は経ってるのよ。再会を祝おうよ」

   ムーラは三人の間に割り込み、カウンターに座る。

   ムーラの前にもグラスが出され、ムーラはひょいとそれを手にする。

ムーラ「(リードして)はい、乾杯!」

   ムーラは、きょとんとする三人の前で、グイと飲んでみせる。

女A「(呆れながら)変われば変わるものね。

 あの頃のムーラは、お酒なんか全然口にしなかったじゃない。

 一体、今どんな生活をしてるの?

 ひょっとして、どっかの坊っちゃんとでも結婚して、豪邸暮らしだとか?」

ムーラ「(笑って)まさか。あたしは、相変わらず男運に恵まれてないもんね」

女C「じゃあ、何やってるの?やっぱり、女優さん?けっこう売れてる方なの?

 ミーキの話だと、こちらの方で舞台公演があったと言う話だけど・・・」

ムーラ「(きょとんと)女優?舞台?(すぐさま笑い出し)違うわよ、全然。

 ここの近くに駒崎の温泉街があるじゃない。

 そこのホテルのストリップの巡業に来てたの。

 たまたま人不足でね、お声をかけてもらっちゃったの」

女B「(呆気にとられて)ち、ちょっと、じゃあ、まさか・・・」

ムーラ「(すまして)そうよ。あたし、今はストリップダンサーとかやってるの。

 まあ、ショーに出るのは時々だけどさ。

 あたしなんて、まだまだアマチュアみたいなもんだから。

 普段はファッションヘルスなんかで働いてるわ。

 とし、メいっぱい誤摩化しちゃってね(と、無邪気に舌を出す)」

女C「(真剣な眼差しで、ムーラの手を握り)ねえ、ムーラ!一体、何があったの?

 本当の事を教えて。あたしたち、できる限り、力になってあげるからさ」

ムーラ「(驚いて)ち、ちょっと、どうしたのよ。何もないよォ、心配事なんて・・・」

女C「で、でも・・・」

ムーラ「(うろたえながら)本当だってば。

 あたしは、やりたい事をやって、毎日が充実してるんだから。ウソじゃないって」

   三人の女は、呆れて、ムーラの方を見ている。

ムーラ「(笑顔を作って)やだなあ。あたしは何も変わっていないわよ。

 さあ、もっと楽しくやろうよ。せっかく、久しぶりに会ったんだからさ」

女B「(つぶやくように)参ったなァ。これじゃ、会わせない方がいいかな・・・」

ムーラ「(素早く)なに?ミーキ、会わせないとかって・・・」

女B「(気が進まなげに)いやさ、あたしの会社のお得意さんでさ、

 昔のあなたの事を知っていると言う人がいるのよ。

 今度、あなたが久しぶりに戻ってくるって教えてあげたら、

 ぜひ会いたいって言ってたわ。でもさ、会わない方がいいかなァ」

ムーラ「(関心を示し)誰なの?男?女?」

女B「木島卓っていう男の人。あなたとは小さかった頃、いっしょだったと言ってたわ」

ムーラ「(ハッと)木島?卓くん!」

女B「でも、今のあなたの事を知ったら、ガッカリするわよね。

 やり過ごしちゃいましょう」

ムーラ「(慌てて、女Bにすがりつき)ダメ!絶対会わせて!すぐよォ、ねえ!」

女B「(うろたえて)ち、ちょっと待って。わ、分かったわよ、ムーラ。落ち着いて!」

      ○村雨医院前  (数時間後)

   なかなか大きな個人病院。明かりは全部消えている。

   その門前にタクシーが止まる。

   車内より、はしゃぎ笑いながら、ムーラが降りる。

   (タクシー内には、まだ友人たちが乗っている)

ムーラ「(手を振って)じゃあね!また遊ぼうね」

   タクシーのドアがバタンと閉まると、すぐ走り出す。

   それを見送ると、ムーラも門をくぐり、中へと去ってゆく。

 

      ○村雨医院・玄関

   ムーラが鍵でドアを開け、中へ入ってくる。

   まずは、玄関の電燈をつけ、ゴソゴソと靴を脱ぎ始める。

ムーラ「(ブツブツと)全く、お母さまだったら、

 大切な一人娘が久しぶりに帰宅してあげたと言うのに、

 そんな時に限って、学術会議だとかと言って、家を留守にしてるんだもん・・・」

   靴を片付けて、ムーラが廊下を歩き出す。

   暗いはずの居間の方から、何か騒がしい音が聞こえる。ムーラは眉をひそめる。

 

      ○同・居間

   台所ともつながっており、なかなか広い。

   電燈は消えているが、テレビだけ明るく付けられており、

   やたらと効果音と悲鳴が激しいホラー映画を映している。

   その前に女の子(エコ・19歳)がチョコンと座り、

   テレビの画面を真剣にジッと見ている。

   入り口付近にまでやって来たムーラが、彼女の姿を発見する。

ムーラ「(呆れて)エコ。来てたの?」

エコ「(テレビを見ながら)ちょっと。話しかけないで。今、いいところなんだから」

ムーラ「もう。せめて電気ぐらい付けておいてよォ。びっくりしたじゃない」

   ムーラが。そばにあったスイッチを押すと、パッと部屋の電燈が付き、明るくなる。

エコ「(慌てて、振り向き)あー、ダメ!暗い方がムード出るのにィ」

ムーラ「(頭を掻き)なに見てんの?」

エコ「(明るく)『怪奇 化け猫ゾンビ』!前から見たかったんだ、これ!」

ムーラ「どうせ、ビデオなんでしょう。あとで見なさいよ。

 それより、あなた、なんで、ここにいるの?お母さまも留守なんだよォ」

エコ「(サラリと)もうすぐ大学の受験だから、ちょっと下見にネ。

 ほら、ケイ大の医学部に受けるんだ、ボク」

ムーラ「ホントの話なの、それ?ケイ大って一流大学だよ」

エコ「(すまして)悪いけど、ボク、うちの高校じゃ神童と言われてるんだからネ。

 ケイ大ぐらい勉強しなくても、ちょろい、ちょろい。

 ——そんな訳で、しばらくここに居させてもらうからヨロシク」

ムーラ「まあ、勝手に。でも、あたしも、そう長くはここに居ないよォ」

エコ「(ハッと)あ、そうそう。おばさまから、さっき電話があってね、

 会議ついでに少し遊んでくるから、しばらく戻ってこないって」

ムーラ「(呆れて)な、何よ、お母さまったら。

 せっかく帰ってきてやったのに、本当にあたしと会わない気だな」

エコ「(またテレビ画面に目を向け)そりゃ、そうよ。

 大事な娘が、喜んで風俗嬢になっちゃった暁には、顔も見たくはないわよネ」

ムーラ「ひどーい。それはないんじゃない。

 お母さまだって、あたしの仕送りで、この家のローンをまかなっているクセして」

エコ「でも、なっちゃんも、一体この先どうするつもりなの?

 今のお仕事、このまま続けてゆくつもり?それで本当にいいの?」

ムーラ「(ためらいがちに)そりゃ、いつまでも続けられる訳じゃないけどさ。

 でもね、楽しいのよ、今の生活が。幸せなの。

 分かるかしら。相手の男の人たちにも喜んでもらえる事が、とっても嬉しいの」

エコ「(突き放すように)まあ、いいけどネ。

 セックスが、どれだけの運動量に当たるのか、調べた事がある?

 それを考えると、ボクにはやる気も起きないんだけどネ。

 (ムーラも当惑した表情で聞いている)」

ムーラ「(ハッと)あ、そうだ。明日の準備しとかなくっちゃ」

   ムーラは、そそくさと部屋の外へ出てゆく。

エコ「(うろたえて)なによ、気ィ悪くした?ちょっと!明日の準備って、なーに?」

 

      ○同・ムーラの部屋

   ムーラがベッドの上に行儀悪く座り、

   部屋中を散らかして、引っ張りだしてきたアルバムをしみじみと眺めている。

   そこへ、エコもやって来る。

エコ「(ベッドの上に割り込み)どうしたのさ。急にそんなもの、見たりして」

ムーラ「(優しく)これはね、あたしの学生の頃のアルバムなの。

 実はね、明日、この頃の初恋の男の子と会える事になったんだ」

エコ「へえ、初耳。なっちゃんの初恋の相手って、どれ?

 やっぱり、そいつとも一発やっちゃったの?(と、アルバムを覗き込む)」

ムーラ「(笑って)バカねえ、小学生の時の話だよ。ほら、この子」

   ムーラが指差した写真には、

   かわいらしい少女(幼少時のムーラ)とおとなしそうな少年(木島卓)が

   並んで写っている。

エコ「(楽しげに)あっ、これがなっちゃん。わーっ、かわいかったんだ、この頃は」

ムーラ「(微笑み)失礼ね。今だって、あたしはかわいいじゃない。

 (しみじみと)この頃のあたしってね、実は泣かされっ子だったの。

 よく皆からいじめられていたわ。でもね、この子、木島くんって言うんだけどさ、

 この子とは毎日、仲良く遊んでいたわ。本当に大好きだった」

エコ「(真面目な表情で)会わない方がいいんじゃない。

 今のなっちゃんの事を知ると、こいつもがっかりするだろうと思うよ、きっと」

ムーラ「(不安げに)そうかな。でも、そんなにヘン?風俗業界で仕事してるのって」

エコ「(ケロッと)ヘンに決まってるじゃない。

 いとこのボクだって、今のなっちゃんの事、人に紹介するの、

 恥ずかしくてイヤだもんネ。

 せめて、なっちゃんが売れっこのAV女優にでもなっててくれたら良かったんだけどナ」

ムーラ「(ムキになり)そりゃ、あたしだって、昔は女優にも憧れてはいたわよ。

 (淋しげに)でも、それはかなわなかったし、もうこの歳じゃね・・・」

   写真の木島卓少年の姿をパンする。   (FO)

      ○中央駅前  (翌日・昼)

   (この市のメイン駅なので、とても大きく、人通りも激しい)

   その一角で、どピンクのベレー帽をかぶったムーラが、写真片手に佇んでいる。

   写真に写っているのは、ちょっとした好青年で、これが現在の木島卓の姿である。

ムーラ「(つぶやき)そろそろ、約束の時間だよォ。

 それにしても、ミーキったら、もう少しマシな目印をひらめいてくれなかったのかしら。

 いくら相手が今のあたしを知らないとは言っても、

 よりに寄って全部ピンクだなんて・・・」

   ムーラの全身像を写す。

   なんと、ベレー帽どころか、服から靴まで全てハデなピンク色で固めている。

卓の声「(突然に)村雨さん!村雨夏子さんですね!」

   ムーラはハッとして、声の方を見る。

   そちらから、小柄な少年(木島正一)を連れた卓がやって来る。

   ムーラは、素早く手にした写真で確認する。

ムーラ「(パッと)木島くんね!お久しぶり!わあ、懐かしい!」

卓「(嬉しげに)こちらこそ!やあ、良かった!夏子ちゃんにまた会えるだなんて!」

   はしゃぐムーラの姿を、正一は傍でいぶかしげに見ている。

卓「(笑って)すぐに分かりましたよ!夏子ちゃんだって」

ムーラ「(苦笑いして)そりゃ、そうよね。このピンク色だもん」

卓「いや。あの頃とちっとも変わってないから。かわいくて、清純そのままだもの」

ムーラ「(照れ笑いし)え。そんなァ・・・」

 

      ○市街の中央部の通り

   ムーラと卓が、歩道を並んで歩いている。

ムーラ「(楽しげに)だって、木島くんって、突然引っ越しちゃったんだもん。

 でも、なぜ、この町に戻ってきたの?」

卓「(ほほえんで)戻ってきたとは言っても、最近の事なんです。

 親会社の命令で赴任してくる事になっちゃって。

 全く、偶然とは言え、僕自身びっくりしてますよ。

 今は、ほら、さっき夏子ちゃんも会った僕の弟——正一って言うんだけど、

 あいつがたまたま、この町のケイ大に入学したものだから、

 あいつと二人でアパートを借りて、暮らしてますよ」

ムーラ「ケイ大ですって。すごい!弟さんも、お兄さんに似て優秀なんだ!」

卓「(照れて)いや、そうでもないですよ」

 

      ○大衆食堂内

   テーブルについたムーラと卓が、向き合って、ラーメンを食べている。

卓「——で、夏子ちゃんは、今どんな仕事をしているんですか?」

   ムーラは、麺を口に運んだ箸の動きをとめ、顔をしかめる。

ムーラ「(慌てて)ねえ、木島くん、ちょっと見て、見て!」

   ムーラは喋るのをやめ、木島の見ている前で、口をモゴモゴさせる。

   やがて、口の中に箸を突っ込み、舌を使って、輪を作ってみせた麺を取り出して、

   気取って微笑む。

卓「(パッと)わあ、すごい!夏子ちゃんって、とても器用なんだ!」

ムーラ「(笑顔で)まあ、大した事じゃないけどね」

 

      ○映画館前

   「DIABLE(ディアブル)」と書かれた、真っ黒な看板が立て掛けられている。

   その前に、ムーラと卓の二人がやって来る。

卓「(微笑み)どうです。せっかくだから、映画でも見ていきませんか」

ムーラ「(看板を見て、はしゃぎ)あ、この映画、知ってる!

 いとこが、すごい面白かったって言ってた!」

 

      ○同・劇場内  (上映中)

   スクリーンでは、コウモリ状の怪物が悲鳴を上げる女たちを追いかけ回している。

   はっきり言って、ホラー映画である。

   ムーラと卓も並んで席に着いて、それを見ている。

ムーラ「(うんざりとつぶやく)そう言えば、

 デイアブルってフランス語で悪魔って意味よね。

 エコの言葉を信じたあたしがバカだった・・・」

 

      ○カラオケボックス・個室内

   ムーラと卓が二人っきりで歌い合っている。

   ムーラはズバリ「燃えろいい女」(byツイスト)を歌う。

   サビの「♪燃えろナツコ」の部分では、気取って、自分を指差したりする。

   一方、卓は大マジメに某アニメソングを歌い出す。

   ムーラはやや呆れながらも、付き合って、手拍子する。

 

      ○中央区の大きな立体歩道橋

   四方は高いビルに囲まれ、下の道路は車の行き来が激しい。

   そこへ、卓が先に立ち、ムーラを連れて、上ってくる。

ムーラ「(戸惑い)ねえねえ、木島くん。もしかして、さっき言ってた名所って・・・」

卓「(すまして)そう、ここですよ。

 ぜひ、夏子ちゃんにも見せてあげようと思ってたんです」

ムーラ「(ためらいつつ)でも、ここってただの歩道橋よ。

 あたしも、ここで生まれ育ったから知ってるけど、

 この場所には別にいわくは無いわよね」

卓「(力強く)夏子ちゃんは、

 去年公開された『怪獣ビバゴンの逆襲』を見ていないんですか。

 あの映画でビバゴンはこの町を襲ったんですよ。

 この地点はちょうど、その通過ルートで、

 ほら、あの方向から(と、一方を指差し)、

 ほら、あっちの方へ(と、もう一方の方へ指を移動させ)進撃したんです。

 この橋だって、見事にへし折られちゃったんですよ」

ムーラ「(きょとんと)え?」

卓「(目をつぶり、気持ち良さそうに)こうして眺めていると、

 今にもビバゴンの姿が思い浮かんできませんか。

 ズシーン、ズシーンと音を立てて・・・。

 ビバゴンが僕の生まれた町に来てくれたんだと思ったら、

 それだけでも、ファンの一人である僕としては嬉しくて、嬉しくて・・・」

   そんな卓の姿を、ムーラはあっけにとられて、見ている。   (FO)

 

      ○繁華街  (夕方)

   すでに看板に灯りがともっている。ラブホテルの看板もチラホラ。

   ムーラと卓が、寄り添って、歩いている。

   楽しげにソワソワしているムーラは、ホテルの看板をチラチラとチェックしている。

ムーラ「(イタズラっぽく)あたし、疲れちゃったな」

卓「(すまして)そうですね。今日は、久しぶりに会えて、いっぱい遊んじゃったし。

 本当はまだ昔の事とかを懐かしみたかったけど、そろそろ帰りましょうか」

ムーラ「(きょとんとして)え?」

卓「タクシーをつかまえてあげますので、一人で帰れますよね。

 悪いけど、ここからじゃ帰り道の方角が違うみたいだし」

ムーラ「(うろたえて)でも、その・・・まだ、こんな時間だし・・・」

卓「(微笑み)また会えますよね、きっと」

ムーラ「え、ええ」

卓「(パッと)あ、そうだ。記念にこれをあげます」

   卓が自分のカバンに手を突っ込んで、まさぐり、

   高さ二十センチメートルほどの人形(フィギュア)を取り出す。

ムーラ「(まごつきながら)それは?」

卓「(にっこりと)魔法少女エアメールの人形を改造して、僕が自分で作ったんです。

 世界に一つしかない人形ですよ。バルベリアンのガイア姫ですよ。

 ほら、夏子ちゃんとそっくりでしょう」

   卓が人形をムーラの方へと向ける。

   人形はどピンクのドレスを着ており、確かに顔はムーラに似ていなくもない。

   思わぬ展開に、ムーラは戸惑っている。

卓「(明るく)ガイア姫は僕の理想の女性だったんです。

 でも、やっぱり思った通りだった。夏子ちゃんはガイア姫にそっくりだ。昔のまんまだ。

 だから、この人形は記念にあげます。

 僕は、人形以上に素敵な夏子ちゃんと遊べたから、それで満足なんです。

 さあ、大切にしてくださいね」

   卓はムーラの方へ人形を差し出す。

   はじめは弱っていたムーラも、ふとクスリと笑い、快く、それを受け取る。

ムーラ「(微笑み)ありがとう」   (FO)

      ○村雨医院・居間  (夜)

   卓のプレゼントした人形が、食器棚の上に飾られている。

   ムーラはご機嫌そうにソファに座り、クッションを抱いている。

   エコは机につき、冷静にパソコンを操作している。

ムーラ「(楽しげに)でね、木島くんったら、その人形をあたしにくれたのよ。

 はじめはびっくりしちゃったんだけど、急におかしくなってきちゃって。

 だって、木島くんったら、あたしの事を理想の女性だなんて言うのよ。

 全く、プロポーズされたのかと思っちゃった」

   ムーラは立ち上がり、エコのそばへと歩み寄る。

ムーラ「(エコへ)どう?ガイア姫というのが何の事なのか、そろそろ分かった?」

エコ「(落ち着いて)待って。あと少しで探すのが終わるから」

   エコがパソコンのキーをカチャカチャと押し続ける。

   と、パソコンのスクリーンにパーッと「バルベリアン」の文字が出る。

エコ「(ハーッと息をして)よし、出たぞ。これよ!」

ムーラ「(笑って)やったね!さすがはエコ!」

エコ「今、ガイア姫のデータを出すわね」

   エコがパソコンのキーを押すと、

   スクリーンに人形そっくりのアニメヒロインの姿が映し出される。

ムーラ「(パーッと喜び)あー、これだあ!間違いない!」

エコ「(頭を掻きながら)確かにそのようね。

 でも、この『バルベリアン』ってテレビアニメ、もう10年も前の番組よ。

 それも、視聴率が低くて、1クールも放送されてないみたい。

 ボクもアニメ通のつもりだったけど、さすがにこの作品は知らなかったな。

 ひょっとして、木島くんって、そうとうのオタクなんじゃない?」

ムーラ「(考え込み)そう言えば、木島くんって、

 小学生の頃もアニメとか怪獣とかが好きだったような・・・」

エコ「(真面目な表情で)これ、ちょっとマズいんじゃない?

 よく考えた方がいいんじゃ・・・」

ムーラ「(ムキになり)それって、どういう意味よ。オタクじゃダメだって言うの?」

エコ「いや、それもあるけどサ。それ以上に、なっちゃんと釣り合うのかな?」

ムーラ「(少しうろたえ)な、なによ。関係ないよォ。

 木島くんだって、あたしの事、かわいいって言ってくれたんだからね!

 あたしだって、オタクだろうと気にはしないもん」

エコ「まあ、なっちゃんが喜んでるんなら、それでもいいけどネ」

ムーラ「(笑って)もう、ナマイキなんだから!

 それより、あなたこそ早く彼氏でも見つけなさい!(と、エコへじゃれかかる)」

エコ「(慌てて)ワーッ、やめろ!くすぐったい!」

   と、二人ははしゃぎ合う。

 

      ○アパート・木島の部屋  (同じ頃)

   狭いが、それなりにきれいである。

   卓の居住空間には、プラモデルやセル画などがいっぱい置かれている。

   例のガイア姫のポスターも貼られている。

   一方、正一の居住空間には、水晶玉やら小型ピラミッドなどが飾られている。

   その中で、正一がタロ・カード占いをしている。

卓「(楽しげに)正一、お前も納得しただろう。

 やっぱり、夏子さんはガイア姫ぐらいかわいかった。ピンクの衣装まで同じだったよな」

   正一は答えもせず、占いを続けている。スーッと一枚のカードをめくる。

   下半身が蛇の女悪魔(パウチ)の絵柄である。

正一「(顔をしかめ)お兄ちゃん。僕は嫌な予感がするな」   (FO)

      ○町の通り  (数日後・昼)

   ムーラとエコが、買い物袋をいっぱい抱えて、並んで歩道を歩いている。

   ショッピングのあとらしく、二人とも陽気。

エコ「(元気に)よし!今度はビデオレンタルに行こう!」

ムーラ「(笑って)なによ、またホラー映画?」

エコ「(すまして)ノー!

 ボクだって、たまには血まみれ(スプラッター)以外も見るよーだ。

 今日借りてくる予定なのはね、ドキュメンタリーで『世界の残酷死刑』ってやつ」

ムーラ「(苦笑いし)似たようなもんじゃない。

 (ハッとして)あ、そうだ。『ビバゴンの逆襲』はもうビデオになってるかな。

 あったら、借りてきたいな」

エコ「(きょとんと)なに?なっちゃん、怪獣映画なんて見るの?」

ムーラ「(照れて)だって、木島くんがさ、この映画にはこの町が出てるって言うのよ。

 ねえ、見たいと思わない?」

エコ「(微笑み)やれやれ。そういう事か」

   そんな時、二人の傍に、乗用車が停車する。

   その中から、スーツ姿の卓が顔をのぞかせる。

卓「(ムーラへ、微笑み)やあ、村雨さん。お買い物ですか」

ムーラ「(パッと微笑み)あっ、木島さん。こ、こんにちは」

エコ「(きょとんと)え、この人が例の・・・なっちゃんの・・・(つい、含み笑いする)」

卓「(エコの方を見て)村雨さんの妹さんですか?」

ムーラ・エコ「(慌てて、口を揃えて)と、とんでもない。誰がこんなのと!」

ムーラ「(卓へ)紹介するわ。いとこの影子。エコって呼んでやって。

 (エコへ)エコ、それから、こちらが・・・」

エコ「(ニヤニヤ笑いながら)いいから、いいから。分かってるから」

卓「(明るく)実は、得意先まわりをしてたんですけどね、

 意外と早く終わっちゃいまして、時間つぶしに困ってたところなんです。

 ちょうど偶然お会いした事ですし、うちまで送ってあげましょうか」

ムーラ「(喜び)えーっ、本当!わあ、ありがとう!」

   ところが、エコが後ろからムーラを押す。

エコ「(ニヤニヤ笑いで)まあ、遠慮しないで。ボクは一人で帰るよ。

 だから、行ってきなよ」

ムーラ「(かわいく微笑み)え、いいの?悪いな」

エコ「まあ、がんばってネ!」

   と、エコは買い物袋を一人で抱えて、さっさと歩き去ってゆく。

卓「(きょとんと)あの、いいんですか?」

ムーラ「(嬉しそうに)心配無用。あの子はたくましいから。

 それよりもさ、二人でドライブでもしない?あたしも久しぶりに車を運転してみたいな」

卓「え。でも・・・」

   ムーラはにっこり微笑み、ポケットから自分の免許証を出して、卓に見せてやる。

   (免許証の写真のムーラは、ちょっと変わった髪型)

 

      ○郊外の道路

   片側に海が見える、ひたすら長い一本道。

   そこを、卓の車がグングンと走っている。

   運転席にムーラが陣取り、助手席で卓がうろたえている。

卓「(オロオロと)あのォ、夏子ちゃん、ちょっとスピード出し過ぎじゃありませんか」

ムーラ「(サラリと)大丈夫。あたしも、ここ三年は事故ったこと、ないんだから」

卓「(泣き声で)でもォ、この車、会社の車なんですよォ」

   車はグングン走り続ける。

 

      ○レンタルビデオ店内

   棚の一角に『バルベリアン』のパッケージがある。

   ホラービデオのパッケージをたくさん抱えたエコが、その前で、ふと立ち止まる。

エコ「(きょとんと)あら、これは・・・。まさか、ビデオが出てたとはネ」

   クスリと笑ったエコは、そのパッケージも手に取る。

 

      ○海岸

   そばの車道に車を止めた、ムーラと卓の二人が、砂浜に並んで立ち、

   波立つ海の方をいっしょに見ている。他に人は誰もいない。

   ムーラは、少しそわそわしている。

卓「(ムーラの様子に気が付き)夏子ちゃん。どうかしましたか?」

ムーラ「(戸惑い)いや、そのね、薬局寄ってきといた方が良かったかなと思って。

 ・・・だってさ、木島くんが用意してるはずないものね」

卓「(心配そうに)どこか具合でも悪いんですか」

ムーラ「(慌てて)いや、いいの。分からないなら。今の話は忘れちゃって。ネッ!」

   と、二人の目がつい合ってしまい、次の瞬間、二人とも照れ笑いする。

   お茶目に微笑むムーラが、さりげなく卓の背へと手を回そうとするが、

   その途端、卓はいきなりムーラのそばから退いてしまう。

ムーラ「(うろたえて)き、木島くん」

卓「(照れながら)いや、いいんです。このぐらい離れていた方が」

ムーラ「(パッと微笑み)あっ、そうか。

 (急にイタズラっぽく)だけどさ、手ぐらい握ってもいいんじゃない?」

卓「(赤くなって)え。でも・・・」

ムーラ「(かわいらしく)さあ。(と、片手を卓の方へと突き出す)」

   照れていた卓も、じっとムーラの手を見つめたあと、

   やがて手を伸ばし、小さく微笑んで、ムーラの手を握る。

   二人はお互いの顔を見て、微笑み合う。

   そして、手をつないだまま、車の方へと明るく歩き出す。

ムーラ「(陽気に)ねえ、木島くんのアパートって見てみたいな。

 このあと、連れてってもらってもいいかな」

卓「(優しく)ええ、かまいませんけど。

 それよりも、夏子ちゃん、今日はピンクの服じゃなかったんですね。

 あの服、夏子ちゃんにはとっても似合ってたのに」

ムーラ「(絶句して)いや、あれは、その・・・」

 

      ○アパート・木島の部屋

   居間のテーブルの上に、アダルト雑誌が山積みになっている。

   正一が、そのうちの一冊を開き、真剣な顔でペラペラとめくっている。

   ふと手をとめ、あるページをジッと凝視する。

正一「(ニヤリと笑い)やっぱり、あった。見つけたぞ!」

   正一は嬉しそうに笑い出す。   (FO)

      ○村雨医院・居間

   ギラリと光る包丁を手にしたエコが、殺気立った表情でつっ立っている。

   実は、彼女は台所に立っており、

   目の前に置いた大根を調理しようとしている最中なのである。

   いよいよ切ろうとした時に、電話の音が聞こえてくる。

   舌打ちしたエコは、包丁を下に置き、電話の方へ向かう。

   テレビのそばに取り付けられたプッシュホンをエコは手に取る。

エコ「(すまして)はい、こちら、村雨です。

 (パッと微笑み)あら、なっちゃん。今、どこにいるのよ?

 あんまり帰りが遅いから、ボク、夕食作りかけてたんだゾ。

 今、どこなの?ラブホテル?(ドッと笑い)なに、これから彼のうちへ行くって!

 さすが、なっちゃん!手が早いんだから。彼んちでするなら安上がりよネ。

 なに、そんなつもりじゃないって?え、清純なお付き合い?せ・・・(大笑いする)

 ま、何でもいいけど、頑張んなさいよ。

 ボクもなっちゃんを喜ばせるものを手に入れてやったんだ。だから、早く帰っといでよ」

   エコは電話を切る。

エコ「(小さく微笑み)プラトニックラブねえ。あのなっちゃんが・・・。

 似合わねェ。(と、子供っぽく舌を出す)」

 

      ○木島のアパート前

   地味なコンクリート造の二階建てアパート。

   そのそばに、卓の車がやって来て、停車する。

   その中より、助手席からはムーラが、運転席からは卓が降りる。

ムーラ「(浮かれながら)わあ、ここが木島くんの住んでいるアパートなんだ。

 木島くんのうちに来るのなんて、小学校の時以来よね」

卓「(微笑み)こっちの方です。(と誘導する)」

   しかし、その時、アパートのドアの一つが開き、

   その中から正一がさっそうと出てくる。

正一「(鋭く)お兄ちゃん。その人をうちの中に入れちゃいけない!」

卓「(びっくりして)正一、何を言ってるんだ?」

   ムーラも不安げな表情になる。

   正一は、つかつかと二人のそばまで歩いて、やって来る。

   手に一冊のアダルト雑誌を持っている。

卓「(本に気が付き、うろたえて)お、お前、なんて本を見てるんだ!

 む、村雨さんの前なんだぞ!早く隠して!」

正一「(ビシリと)違うよ、お兄ちゃん。この本にはこの人が載っているんだ」

   ムーラはギョッとして、身を引く。

   正一がパッと本を開く。ヘルス嬢紹介のページで、

   誌面の片隅に確かにランジェリー姿の笑顔のムーラの写真が掲載されている。

ムーラの心の声「(うろたえて)こ、これは、もしかして二年前の・・・」

   ムーラの回想。(この本の自分の出ているページを開いて、

   友人たちに見せているムーラが、はしゃいでいる。

   「ねえ、ねえ、見て!これ、あたし!あたし、本に出ちゃったのよ!」)

ムーラ「(慌てて、作り笑いで)いやだあ!

 よく似ている人って、世の中にはいるものなのね。あたしもびっくりしちゃったな」

正一「(冷たく)この本の説明によると、このヘルス嬢の源氏名はムーラ。

 それで、あんたは村雨さんと言ったよね」

卓「(ハッとして、ムーラを見て)夏子ちゃん。

 あなたの友達は、あなたの事を確かムーラと言うあだ名で呼んでいたけど・・・」

ムーラ「(うろたえて)偶然よ!全部、恐ろしいほどの偶然だわ」

正一「(胸を張り)僕がこっくりさんに聞いて、見つけ出したんだ。間違いのはずがない!」

ムーラの心の声「(正一を睨みつけて)そ、そんなものであたしの秘密を探り出さないでよ」

ムーラ「(慌てて、明るく振るまい)だ、だーってさ、

 この本の女の人、すっごく変な髪型してるじゃない。

 これじゃ、まるでお化けよ。笑っちゃうわ。

 あたしはさ、こんな髪型、ためした事もないもんね」

卓「(真顔で)夏子ちゃん。ちょっと、車の免許証を見せてもらえませんか」

ムーラ「(きょとんと)え?」

卓「(強く)早く!」

ムーラ「(慌てて)は、はい」

   うっかり、ムーラは自分の免許証を出すと、すぐ卓へ手渡してしまう。

   卓は、本のムーラの横に、免許証のムーラの写真を並べる。

   髪型から何まで、そっくり同じである。

ムーラの心の声「(顔をしかめ)あちゃ〜」

正一「(嬉しげに)やっぱり!思ったとおり、瓜二つだ!」

卓「(悲しげに、ムーラへ)夏子ちゃん、これは一体どういう事なんですか?

 説明してください!」

ムーラ「(口ごもり)いや、それは、その・・・

 もう、あたしたちだって大人なんだし、落ち着いて話し合えば、理解が・・・」

卓「(わなわなと)ひょっとして、誰か男の人と関係なんかも・・・」

正一「(あざけて)そうさ、お兄ちゃん。

 このテの女の人はね、お金さえ貰えれば、誰とでもすぐやっちゃったりするんだ」

ムーラ「(慌てて)ち、ちょっと待ってよ!

 いくら、あたしだって、お金欲しさの為には寝たりはしないもん!

 お相手するのは、気持ちに応えてあげようという時だけ・・・」

   そこまで言って、ムーラはハッとして、口を手でふさぐ。

卓「(しおれて)やっぱり、そうだったんですね」

ムーラ「(弱りつつ)・・・ごめんなさい、今まで黙ってたりして。

 でも、これだけは信じて。あたしは確かに今まで色々な人と付き合ってきたわ。

 だけど、いつでも木島くんの事が一番好きだった。これだけは本当の事よ。信じて」

   それだけ言うと、ムーラはバッと駆けて、走り去ってしまう。

   卓は呆然と立ち尽くし、ムーラの去った方を見ている。

正一「(卓の横で)これで良かったんだ。

 お兄ちゃんには、きっと清楚でもっと素敵な人が絶対に見つかるよ。

 だから、そんなにしょげないで!」

      ○村雨医院・居間  (夕方)

   食卓についたエコが、フォークとナイフを両手に、浮かぬ表情をしている。

   食卓には、真っ黒に焦げたステーキや不気味な色のスープなどが並んでいる。

   明らかに失敗した料理ばかりである。

エコ「(つぶやき)おかしいゾ。パソコンの計算どおりに作ったはずなのにな・・・」

   そんな時、ガサゴソと音を立てて、しょげたムーラが玄関の方から入ってくる。

   エコが、すかさず、そちらへ顔を向ける。

エコ「(パッと明るく)ああ、なっちゃん、お帰り。早かったじゃない。

 どう、いっしょに夕食たべない?ボクが作ったんだゾ!」

   ムーラは返事をせず、そのまま暗く、自分の部屋の方へと向かってしまう。

エコ「(立ち上がり)ち、ちょっと、なっちゃん。どうしたと言うのよ!」

   心配したエコも、慌ててムーラのあとを追う。

 

      ○同・ムーラの部屋

   ムーラがベッドにうつぶせている。口を開かず、目が潤んでいる。

   ベッドの片隅にエコも座り、優しくムーラの様子をうかがっている。

エコ「(さらりと)そうか。やっぱり、あの野郎、

 なっちゃんの事をきちんと分かってくれなかったんだ。

 そんな奴なんてさ、こっちから追っ払っちまえ。

 大体、アニメオタクなんかにさ、なっちゃんの良さが理解できるはずがないんだよ。

 (声を潜め)知ってる?ああいう連中ってさ、

 アニメの女の子を見ながら、本当にヤラシイ事やったりするって話だよ」

ムーラ「(一瞬、エコの方を睨みつけ)木島くんの事を悪く言わないでよ!」

エコ「(つい、うろたえて)ご、ごめん・・・」

 

      ○アパート・木島の部屋  (同じ頃)

   卓は、放心状態で、ビデオの『バルベリアン』に見入っている。

   テレビのスクリーン上では、

   かのガイア姫が主人公の戦士とラブシーンを演じている。

ガイア姫「(真剣に)世界最強の戦士よ、私の全てはあなたのものです。

 私は、あなたの為に生き、あなたの為に死にます。なぜならば・・・」

   一方、正一は自分の居住空間に閉じこもり、

   壁に貼ったマンダラのポスターへとしきりに拝み続けている。

正一「(目をつぶり、座禅し、ブツブツと)宇宙を支配する偉大なる原理の導きを受けて、

 我しもべは最愛なる兄を邪悪なる淫女より救いたまいし・・・」

 

      ○再び、ムーラの部屋  (同じ頃)

   ムーラが、相変わらず、ベッドの上にうつぶせで寝っ転がっている。

   今度は一人っきりである。

   ぼんやりとしたムーラは、目に涙も浮かべている。   (FO)

      ○町の通り  (数日後・昼)

   高さ1メートルはありそうな巨大ミイラ男人形

   (買ってきたばかりのもので、一部包装紙に包まれている)を抱えたエコが、

   すれ違う歩行者の目も気にせず、胸を張って、歩道を歩いている。

エコ「(独り言で)全く、なっちゃんの恋愛病にも困ったもんよネ。

 あんな暗そうなオタクくんなんかに心惹かれているのも、

 幼児期に初恋の相手だったという経験から生じたコンプレックスに過ぎないって事が、

 なぜ分からないんだろう。

 なっちゃんは、美人で、もてるんだから、このぐらいの事でクヨクヨしちゃダメだよ。

 その点、あのオタクくんなんざ、

 どうせ、なっちゃんぐらいにしか女の子からは好かれた事がないくせしやがって、

 それを振っちゃうだなんて、ホント、いい根性してるよねェ!」

   その時、エコは何者か(実は、卓)と出くわしたらしく、ハッとして立ち止まる。

   (卓は手前にいて、画面に映らない)

エコ「(急にうろたえ、愛想笑いで)あら、こんにちは。

 ・・・はは、ボクの事、覚えてましたか。

 それにしても、こんな所で出会うとは奇遇で・・・。

 これから、どちらへ?(と、カメラ目線で話しかける)」

 

      ○村雨医院・ムーラの部屋  (数時間後)

   ムーラが、元気なく、衣服類をボストンバッグに詰めている。

ムーラ「(ため息まじりに)今度は、いつ帰ってくる事になるかな・・・」

   ムーラは、机の上に置いた自分宛ての手紙(封筒)へと目をやる。

   立ち上がって、それを取ると、それもバッグのポケットに押し込もうとする。

   そんな時、救急車のサイレンが外から聞こえてくる。

   救急車はすぐそばに止まったらしく、サイレンの音も変調する。

   ムーラは、弱りがちに顔をしかめる。

 

      ○同・門前

   サイレンを鳴らしたまま、救急車が止まっている。

   家の中から急いで出てきたムーラが、それを見つけ、うろたえる。

   と、救急車の中からは、ヘルメットをかぶったエコが元気に飛び出して、

   ムーラのそばへと歩み寄る。

ムーラ「(呆れて)エコ、一体どうしたのよ、これは」

エコ「(笑って)良かったァ、なっちゃんがうちにいて。急患よ、急患!」

ムーラ「(うろたえながら)き、急患って・・・。お母さまは留守なんだよ。

 なぜ、うちになんか連れてきたのよ。他の病院に・・・」

エコ「(楽しげに)ダメ!なっちゃんにしか治せないんだってば!」

ムーラ「バカ言わないでよ。理由があって、他の病院に連れていけないんだったら、

 あなたこそ医者の卵なんだから、自分で診てやれば・・・」

エコ「(強く)いいから!連れてきたんじゃなくて、なっちゃんを連れてくんだよ。

 だから、早く、早く!」

   エコは戸惑うムーラの腕を持って、救急車の中に引っ張り込んでしまう。

   二人を乗せた救急車は、今度はサイレンを鳴らさずに、すぐ走り出す。

 

      ○救急車内

   エコが運転し、ムーラを助手席に乗せ、走っている最中。

ムーラ「(とめどもなく)・・・大体さ、この救急車はどこで借りてきたのよ。

 どうせ、あんたの事だから、またろくでもない事をして・・・」

エコ「(笑って、ムーラの方を見て)その話はもういいから。ほら、着いたよ」

   救急車が止まる。

   エコが前方へ視線をやると、あの例の中央区の立体歩道橋がある。

   それを見て、ムーラもハッとする。

   歩道橋の上には、卓の姿が見えるのである。

エコ「(気取って)さあ、行ってきなよ。なっちゃんの出番だよ」

ムーラ「(もじもじと)で、でも・・・」

エコ「(優しく微笑み)大丈夫!名医・村雨夏子の腕だったら!ねっ!」

   ムーラも、ようやく小さく微笑む。

 

      ○立体歩道橋の上

   卓が手すりに寄りかかり、ぼんやりと車の流れを眺めている。

ムーラの声「(優しく)どう?ビバゴンの姿は見えた?」

   卓がハッとして、声がした方に目をやる。

   そこには、優しい笑みをたたえたムーラが立っている。

卓「(戸惑いながら)な、夏子ちゃん・・・」

   ムーラは卓の方へと歩み寄り、いっしょに車の流れの方に目をやる。

ムーラ「こないだはごめんなさい。わがまま言って、車まで運転させてもらっちゃって」

   卓はうなだれたまま、返事をしない。

ムーラ「(不安げに卓の方を見て)木島くん?」

卓「(辛そうに)謝らなくちゃいけないのは・・・僕の方だ。

 僕は・・・ちっとも、夏子ちゃんの事を分かっていなかったんだ」

ムーラ「(きょとんと)木島くん・・・」

卓「(泣きそうな声で)僕は、本当の君じゃなくて、

 僕が理想とする君の姿ばかりを愛そうとしていた。

 ・・・今になって分かったんだ。僕は君が好きだって事を。

 ありのままの君を愛さなくちゃいけないって事を・・・」

ムーラ「(感激しつつ)木島くん」

卓「・・・それなのに、僕は・・・僕は、自分の愛する理想にと、

 無理に君を付き合わせようとし続けてきた。

 それが、君にとっては、どんな残酷な仕打ちだったかも気が付かないで・・・。

 全部、僕の方が悪いんだ」

   卓はしょげた状態で沈黙する。一瞬の静寂。

ムーラ「(軽やかに)世界最強の戦士よ、私の全てはあなたのものです。

 私は、あなたの為に生き、あなたの為に死にます」

   卓はハッとして、ムーラの顔を見る。

ムーラ「(はっきりと)・・・なぜならば、あなたこそは我が命、我が幸せなのだから」

   ムーラも卓の顔を見て、にっこりと微笑む。

ムーラ「(明るく)どう?あたしも、ガイア姫になれるかな」

卓「(小さく微笑み)な、夏子ちゃん・・・」

ムーラ「(優しく)いいのよ。恋なんて、そんなもの。あたしも何も辛くないんだから。

 だって、あたしも木島くんの事が好きだもん」

   お互いの目を見て、照れながら、微笑み合う両者は、少しずつ寄り添い、

   やがて、遠慮気味に手を握り合う。

   それを、少し離れた場所から、

   いつの間にかやって来ていたエコが満足げな表情で見守っている。

   しかし、その時。

正一の声「(大声で)お兄ちゃん!その人と会っちゃダメって言ったじゃないかあ!」

   ムーラ、卓、エコの三人が、声がした方にハッと顔を向けると、

   そこには両手にダウジング棒を持った正一が、

   うろたえて、ワナワナ震えながら、つっ立っている。

   エコが大慌てで、正一のそばへと走り詰め寄る。

エコ「(怒って)もう!これ以上、邪魔しないでヨ!やっと、うまくまとまったのにィ!」

正一「(わめく)う、うるさい!お兄ちゃんにはね、

 もっと清純で奇麗な女の人を紹介してあげるんだ!あんなアバズレはダメだ!」

エコ「し、失礼な!恋愛は人それぞれの勝手でしょうが!

 そんな変な棒持って、エラそうな事言わないでヨ!」

正一「(怒って)へ、変な棒だって!これはダウジングだぞ。

 これを使って、お兄ちゃんの居場所を探してたんだぞ」

エコ「(あざ笑い)バカね。そんなもの、本気で信じてるの?

 そんなの迷信に決まってるじゃない。

 さては・・・あんた、UFOとか超能力とかも信じてるな」

正一「な、なにぃ。君は信じてないのか!」

エコ「当たり前じゃない、あんなもん。

 超能力は全部インチキ、UFOの正体はプラズマ!

 みんな、ウソっぱちか錯覚に決まってるわヨ!」

正一「(激怒して)あ、青二才の女の子のくせに何を言うか!

 僕はね、ケイ大のオカルト研で超常現象を本格的に研究してるんだぞ!」

エコ「(言い返す)いやねえ、ケイ大の先輩に、こんなオカルトかぶれがいるだなんて。

 ボクもケイ大にはいるつもりなんだけど、ケイ大に名を汚さないでヨ!」

正一「(言い返す)う、うるさい!君みたいな奴こそ、ケイ大になんか来るな!」

   と、二人はえんえんと口論を続けている。(以上の口論は早口で)

   はじめは、二人のやりとりを不安げに眺めていたムーラと卓だが、

   やがて、何となく笑顔になってゆく。

   ムーラと卓は、再び相手の顔を見つめ合う。

   ムーラは、服のポケットから、先に登場した手紙を取り出す。

ムーラ「(照れ臭げに)本当はさ、ストリップ公演の参加要請の手紙をもらってたんだ。

 これから東京の方にすぐ帰ろうかと思ってたんだけど、

 でも、断っちゃった方がいいよね」

卓「(微笑み)いいんですよ、夏子ちゃん。僕の事は気を使わなくても」

ムーラ「木島くん」

卓「(優しく)僕は今のままの夏子ちゃんが好きなんです。ねっ」

ムーラ「(かわいらしく)ありがとう」

   微笑み合う二人は、ムードの流され、キスしようと口を近づけあう。

   その時、「カーット!」の声が!

 

      ○テレビ・スタジオ

   カメラが引くと、立体歩道橋は実はスタジオ内に作られた屋内セットである。

   ムーラや卓たち役者の周りでは、

   監督やら助監督、照明やマイク係などのスタッフが動いている。

   「1時間休憩でーす」と助監督が大声で言い回っている。

   ムーラも、マネージャーに勧められて、椅子でくつろいでいる。

男の声「(ムーラの後ろから)村雨さん。村雨さん」

   声にハッとして、ムーラが後ろを振り返る。(カメラの方を見る)

男の声「(優しく)自伝映画の完成、おめでとうございます」

   ムーラは肩をすくめ、嬉しそうに、天使のような微笑みを浮かべてみせる。

   そのまま、ストップモーション。

 

   To be continued


 
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