「もー、どこいっちゃったのー?」
「んしょ、んしょ」
ドサッ ガサガサッ
屋敷の周りにある塀を降り、猫が走った道をたどって探す。
ガサササッ! パキッ
「あっ、いた!」
ガサッ ガサッ ガサァッ
「こらぁ、勝手に走らないでよぉ」
橙は探していた猫を抱き抱え、頭を撫でる。
「お前、橙か……?」
「え……? 誰?」
第5話 スムーズのち
部屋掃除に取りかかった横谷だが、部屋の中はさほど汚れてはいなかった。いつも
次に薪割り。普通なら薪がなかなか割れず藍に使えない奴と言いたげな目線で叱られる場面だろうが、最初の十数本を除きスコンスコンと慣れた手つきでスムーズに割っていた。
「まさかまたこんなことをここでやらされるとは……それに、まだ感覚が覚えていたとはな……それくらい体に染み込まされたからか……」
横谷の実家が薪焚きの風呂だったため、風呂当番になると薪割りから湯沸かしまでやらされた経験があった。その経験がここで生かされた。
上京してすることがなくなったからスムーズにできないだろうと横谷は思っていたが、以外に早く感覚を取り戻したことに驚くと同時に、ある意味祖母のおかげでもあることに腹立たしさを感じていた。
「おい、飯が出来たぞ。運んでくれ」
空が夕日に染まった頃、藍が風呂のお湯を沸かしている横谷のもとへ夕飯の運びの手伝いを指示した。横谷は何も言わず作業を止め、藍と一緒に屋敷の方へ戻る。
余談として、火を付けるときにマッチと文々。新聞一部が使われた。
「では、いただきます」
「いただきます」
「いただきます♪」
「……いただきます」
やや大きめの
「あら、どうしたの?」
「あ、いや……これらの食材って、どっから?」
「? 人間の里の商店から買ってきたものだが?」
藍は横谷の様子に首を傾げる。その隣りの紫は、まるでイタズラを仕掛けようとする前の子供見たくニヤリと笑う。
「おなかが減っていないならしょうがないわね。このきんぴらとかすごくおいしいのにぃ」
「た、食べます!」
横谷は慌てて、紫に奪われる前にきんぴらごぼうを急いで平らげる。
その行動に藍と橙は見つめ合いながら首をかしげた。紫には横谷の考えていたことがわかっていたようだ。
(用心深い男ね、変なものとか危ないものなんて入っていないわよw)
これを皮切りに優の目の前の食べ物があれよあれよと減り、そのスピードに藍は呆然とした。横谷におかわりと言われた時に我に返り、自分でよそえと突き放した。
カバッ
「・・・・・・」
ポリポリ
突然上体を起し、頭を
腹が減り過ぎて必要以上に食べ物を胃に詰め込み過ぎた肉体的苦痛な事も、用を足そうとトイレを探していたときに風呂上がりの下着姿の紫に出くわし、藍に危うく殺されかけた
「風に当たろう……」
そう言って立ち上がり、鬱滞する気分を取り払うべく縁側の方へ歩く。縁側に吹く風は秋独特の木々の落ち葉のにおいが漂う冷たい風だった。体を冷ますには少し冷たいが、その代わりなのか空には三日月がかった月と大小様々な星が輝いていた。
「・・・・・・」
横谷は顔を見上げ、外の世界より大きめの月をじっと眺めていた。
(あー、そーいや最近こんなに長く空見た事なかったなぁー)
(なんか少し月大きいなぁ)
(東京でこんなにきれいな空見えんのだろか。見えんか)
ボーッと月を眺めながら頭の中に思ったことを心の中で呟く。
『安心しなさい。たまに他の妖怪が襲ったりするけれど、食べたり殺したりするのは外来人ぐらいよ。今いる人間を襲ったら幻想郷全体のバランスが悪くなるし、なにより自分の首を絞めることになることになるわ』
不意に横谷は、紫がここでの人間の扱いについて言っていたことを思い出していた。
(どこ行っても弱い存在の物は下に扱われ、上の都合を合わせるための歯車か……悪い意味で夢のようなわけのわからない世界でもこんなもんか。くそったれ)
優は外の世界と幻想郷の摂理を重ね合わせていた。なぜだか望んでもいないのに絶望感に際なまれる。冷たく吹き付ける秋風がその感覚を
「くだらねぇ、俺はここで住むんじゃないんだ。他人の事なんか気にしても意味ねぇな」
カサッ
不意に屋敷の奥の雑草から草同士が
ガサッ ガササッ
「ナーォ」
現れたのは一匹の猫であった。
「あ、ハァ……驚かすなよ……」
ガサササッ! パキッ
猫が現れて安堵の気持ちになったのも束の間、またも雑草から草の擦れ合う音と今度は枝の折れた音が横谷の耳に届く。
(まさかっ! 妖怪か!?)
横谷は再度雑草の方を凝視する。額に冷や汗がにじみ出る。
ガサッ ガサッ
(くそっ! こんなことなら外に出るんじゃなかった!)
ガサァッ
「こらぁ、勝手に走らないでよぉ」
幼な声を出す人影が猫を抱き抱える。月の光がその人影に当たらなかったので顔はよく見えなかったがシルエットは見えた。頭に何か帽子のようなものと三角状の何かが見えた。下半身はスカートに尻尾らしきものが二本見えていた。横谷にはそのシルエットに見覚えがあった……
「お前、橙か……?」
横谷は人影に向かって問いかける。
「え……? 誰?」
人影がこちらに一歩一歩近づいてくる。そのことで人影の顔が月の光に照らされた。
「あっ……」
横谷と気づいた橙は、まるで天敵と対峙してしまったかのような顔をした。
「なんで、お前がここに――」
ダッ ガササッ!
横谷は橙に問い掛けようとしたが、猫を抱えたまま
「あっ……」
あまりの突然さに、呼びとめる声より声を漏らすくらいしかできなかった。横谷は問いただせなかった煮え切らない思いで、無意識に頭を
「ハァ……寝よ。くあァ……」
横谷は
「おい、起きろ」
「・・・・・・」
藍の呼びかけで起きた横谷。目を擦りつけながら布団を畳み、居間の方へ欠伸しながら歩く。廊下は朝日の日差しが眩しく照らされている。居間の卓袱台には既に朝食が並べられており、味噌汁の香りが鼻腔をくすぐる。
(? 紫がいねぇ……)
居間にすでにいると思っていた横谷は紫が見当たらないことに不思議に思った。
「紫……さんは、出かけたのか?」
危うく紫を呼び捨てしてしまうところをさん付けしてごまかし、紫の行方を藍に問いただす。
「いや、まだ自分の部屋で寝ている。この時期は活動する事が少なくなってくるから昼過ぎまで寝ていることも珍しくない」
「この時期て……まさか冬になったらほとんど寝てるってことはないよな」
「あるぞ」
「えぇ!?」
「昔は一週間連続で寝続けることもあるって言っていたほどだ。今はさすがに無いが」
「・・・・・・」
妖怪にも冬眠的なものがあんのかよ――横谷は藍の話を聞いて心の中でそう呟く。
「……それはそれとして、橙もいないが?」
「橙は昼ごろにここに来る」
「ここに住んでいないのか? 昨日は夜に出歩いていたし……」
それが聞こえた藍は、横谷を
「お前、橙になにかしてないだろうな」
「なんもしてない。猫抱えてすぐにどっかいったし……」
「橙はマヨヒガという妖怪の山のどこかに住んでいる。冬以外は夜中になったらそこに戻るんだ」
「え、なんだよそりゃ? 自分の式神なら自分の手元に置くか、あいつから離れようとしないんじゃねぇのか?」
「そ、それは……」
藍は核心を突かれ、口
(言えない……私の力不足のせいでこうなっているなんて……)
「藍?」
「あ、橙の本能だよ! 元は猫だから、あの、マヨヒガには猫がいっぱいいるから、うん、つまりそういうことだ!」
「だとしてもわざわざここまで通わす意味あるのか? 言うことぐらい聞くだろう」
「そ、それは橙が可哀そうだからだ! 橙の帰る場所に帰さないのは可哀そうなことだろう!?」
「ああ、いやそんなに怒らなくても」
「それに! 式神の主人の下にいなきゃいけないなんてことはないんだ!!」
「も、もうわかった。わかりました」
藍の必死な顔に気圧されて横谷は藍をなだめるために適当に
「あっ、すまない、つい怒鳴ったりして」
「あ、いや、あの……うん」
素直に謝ったことに戸惑いながら横谷は頷いた。その後、藍が冷めてしまうから食べろと慌てて食事を促した。横谷は何も言わず座り、いただきますと手を合わせ、食事を始めた。
(随分必死だったな……橙の本能、主人の下にいなくてもいい……)
食事をしながら横谷はいままでのやりとりを思い返していた。
(言ってることめちゃくちゃだな。普通なら主人の力とかで抑えられるんじゃねぇのか? できなければ、藍だって、えーっとキツネか? その本能で元の帰る場所に帰るんじゃないのか)
(それに主人の下にいなくていいなら、お前はなぜ居るんだって話だ。)
横谷は何事もなかったかのように食事する藍を見つめて、心の中で悪態をつく。
(……まぁいいや、俺自身式神のこと詳しく知っているわけじゃねぇし。コイツがいる理由も紫の家政婦的な事をするためだろうし、敬語使うあたり尊敬か命令か強要かで、自らここにいるんだろう)
追及しても無駄と思い、自己解決をして考えるのをやめた。
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