恋姫✝無双・狂人戦記・序
『フランチェスカの歴史教師』
初夏といっても差し支えない今日この頃、私は史料の入ったダンボールを手に本校舎と博物館の間をせわしなく行き来している。
私の名前は皆花蓮(カイバナレン)この聖フランチェスカで非常勤講師をしている。担当科目は世界史、後は大学の専攻が東洋史だったこともあり漢文も偶に教えている。部活は剣道部の副顧問だ。
勤務態度はまあ、それなりに真面目。趣味は読書に料理。あと古武術を少々。
とまあ、私の紹介などこの程度でいいだろう。そもそも一人称の文で自己紹介などいったい誰に話しかけているのかいささか寂しくなる行為は長々とするものではない。さっさと本題に入ろう。
私が今運んでいるのは、現在フランチェスカ学園の敷地内にある博物館で行われている中国展の貴重な史料……に、居場所を奪われてやむなく本校舎の倉庫へ一時退避をお願いした通常展示物の一部だ。
倉庫に入らないから本校舎に持って行けと言われたら、余裕があったからまた持って来いと歴史科の主任からご連絡をいただいた。あの禿頭さんたら相手が非常勤だからってこき使いやがりまして。
今度湯呑に裏山で見つけたカエンタケの絞り汁でも入れてやろうか(注・大変危険な行為ですので真似しないでください)
そんなことを考えていると、博物館前にたむろする群集団の中に見知った顔を見つけ、私は箱を抱えたまま声をかけた。
「北郷君」
私の声に、フランチェスカの制服を着たやや前髪の長い少年が振り返る。
「あ、皆花先生」
中性的に整った顔に北郷君はやや子供っぽい笑みを浮かべた。
北郷一刀。産休のために私と交代した女教師が副担任を務めるクラス。必然的に今私が副担任を務めるクラスの生徒であり、剣道部の教え子でもある。
「こんにちは北郷君、及川君も」
北郷君の隣でバツが悪そうにこちらをみるメガネの少年にも声をかけた。
ふふ、そんな顔をしても中間テストの追試は無くならないからな。学内唯一の赤点をよりによって私の授業で出してくれた恨みは深いぞ。
「こんにちは皆花先生。史料の整理ですか?」
「ええ、中国展の為に移動していたものの一部をまたこちらに……ね。北郷君たちは今から中国展に?」
「はい。及川に誘われまして」
「おやおや及川君。少しは歴史を学ぶ気になりましたか?でしたら追試の問題の難易度は高めにしておきましょう」
「ちょ、かんにんして~な、花やん」
見るも哀れに情けない声を上げる及川君。うん、良い顔だ。あと花やんて呼ぶな。
「ふふ、まあそれは冗談として。今回の中国展は漢王朝初期から魏晋王朝……簡単に言うならば『三国志』の時代までの貴重な史料が集められていますから、見ていて損はありませんよ」
三国志に思わず力が入ってしまった……いけないいけない。そのことに気付いたのか一刀君がちょっと意外そうな声色で。
「先生は三国志がお好きなんですか?」
「ええ。北郷君は三国志についてどのくらい知っていますか?」
私の問いに、北郷君は困った顔をして。
「あ~ゲーム程度ですね三国〇双とか」
「成程、現代っ子らしいですね」
クスクスと私は笑う。この国で三国志を広めたものとして欠かせないのは、吉川栄治の小説に横山光輝のマンガ、NHKの人形劇、そしてKOEIのゲームだろう。
「三国志に正史と演義があるのは知っていますか?」
「あ、はい。正史が正当な歴史書で、演義はたしか講談とかで広がっていたのを羅貫中が纏めたんでしたっけ?」
「そのとおり、三国時代以降、英雄たちは人々の心の中で生き続けてきた。そして時には歴史に反してまでも人々は夢や理想を物語に託してきた」
正史と演義の相違点は多い。特に劉備を善玉、曹操を悪玉とする思想や関羽の神格化は正史と演義に大きな溝を作っている。
「人々にとって時にその空想は純然たる真実となり、事実となった。一歴史家としてはこれは大きな問題ですが、私個人としてはとても素敵なことだと思います」
「どうしてですか?」
「千八百年前の出来事が今も語られ、しかもそれが人々の思いの数だけ増えていく……世界中にこのような愛され方をされた時代があったでしょうか。歴史があったでしょうか」
気の遠くなるほど昔に起こった戦争の歴史をベースに、現代にいたるまで千変万化の物語が生まれている。
想像の数だけ歴史が作られる。歴史という唯一不動の事実を前にした矛盾。
しかしそこに私は浪漫を感じることを禁じ得ないのだ。
「……少々、熱くなってしまいましたね」
自嘲気味に笑いダンボールを抱えなおす。箱の中の埴輪がカチャリと鳴いた。
あれ?緩衝剤剥がれた?
「さて…私は仕事に戻ります。二人とも暗くならないうちに帰ってくださいね」
「はい。お疲れ様です」
「またな~花やん」
「………及川君、追試のレベルを国立大学の入学試験クラスにしましょうか?」
「んな~~鬼!悪魔!!」
悲鳴を上げる及川君と苦笑いしながらそれを見る北郷君。そんな二人に背を向けて、私は博物館の玄関を潜る。
視界の隅に、銀髪の少年の姿を捉えながら。
「……それにしても皆花先生、今日も真っ黒やったな」
「ああ、何でも紫外線が苦手らしい」
「せやからって……Drジャッカルみたいな恰好せえへんでも……」
「……結局残業ですか」
すっかり暗くなってしまった道を歩きながら、誰に聞かせるでもなく一人ごちる。
これはあれだろうか、新手の新人いじめだろうか。それともあれか?あの歴史主任は好きな相手ほど意地悪しちゃうっていう二次元ならば萌えられるが現実世界では本当にご遠慮願いたいタイプの人種か?
だとしたらノーセンキューだ。私に男色の趣味はないし、年齢的に二回りも違う相手にときめくほど老け専でもない。
まあ、更年期障害の目立ち始めた哀れな中年親父のストレス発散法といったところだろう。
それはそれで当事者としてはたまらないが……まあ、若造は若造らしく心中にストレスを溜めながらあいつの湯呑にサドンデスソースでも塗っておこう。
「はぁ……」
思わず溜息が漏れた。
正直、就職難のこのご時世に非常勤とはいえ職を持っているのだ。実質はアルバイトに限りなく近い扱いだが恵まれているだろう。
とはいえ、私もやはり人間。この変わり映えのしない日々に幾分かの刺激を求めるのも致し方あるまい。
そういえば、ニュートリノが高速を越えたとかいうニュースを聞いたが、これで本当にタイムマシンは出来るのだろうか。アインシュタインの相対性理論が崩れたと言いながらその相対性理論に基づいてタイムマシンは出来るのか?
まあ、相対性理論の矛盾点自体は前々から指摘はされていたし、相対性理論全てが否定された訳でもない。
「タイムマシンか……」
子供のころに誰もが憧れる(と思う)時間旅行の物語。それは青色の猫型ロボットからヤンキーな少年が駆る車型のもの、果てはやたらとポスターで飛び上がっている少女に至るまであらゆる形で人類が夢を見続けているもの。
まあ、少なくとも自分が生きている間にはそんなものは出来ないだろうし、出来たとしても一般人が気軽に旅行できるのなど夢のまた夢だ。
しかし…もしもそのようなものを使うことが許されたら、私はどうするだろうか。やはり、三国志の時代に行くのだろうか。いや、間違い無く行くな。
少なくとも、この退屈な日常を抜け出せるのであれば、そこが戦乱の世であっても悪くないかもしれない。まあ、この平和な国にいるからそう思えるのだろうが。隣の芝はいつでも青く、人は無いものを欲しがるのだから。
ああでも…カレーが無いのは辛いな。三日に一度はカレーが食べたい。
そんな事を考えながら歩いていると、不意に博物館の方からガラスの割れる音が響き、続いて足音となにやら言い合う声が聞こえてきた。
「賊ですか?」
眉を顰め私は地を蹴る。賊だとしたら何故警報装置は鳴らなかったのだ?たしか中国展を開くに当たり新しいものに総入れ替えしたはずだったが……まさか全部不良品とか笑えない展開ではないだろうな。
やがて、街燈以外に光源のない曇り空の闇の中、朧気にそれが見えてきた。
「北郷君!?」
世闇にも目立つフランチェスカの白い制服。その主は木刀を手に地面に膝をついている。
その前には…何というか時代錯誤というか一風変わった格好をした少年が立っている。
「あなたは……」
少年のくすんだ銀髪には見覚えがある。たしか昼に博物館を訪れていたはずだ。
他の展示物には目もくれず、ただ古びた銅鏡だけを見つめていた。
「皆花先生!!あいつ泥棒だ!!」
言われるまでもなく少年の腕の中にあるそれは博物館に置いてあった銅鏡だった。
「……君。このことは黙っていてあげますから、素直にそれを返してはくれませんか?」
「…………」
返事は無し。それどころか睨み殺さんばかりの視線でこちらを見てくる。
「……困りましたねぇ」
やれやれと肩をすくめて見せる。その態度が気に障ったのか、少年の目つきがさらに鋭いものになる。
やれやれ、素材はいいんだからもっと笑顔の方がいいのに。
ヒュッ!
刹那、少年の蹴りが私を襲った。
それを私は持っていたカバンで防ぐ。
ズシリと心地よい重みが伝わる。ふむ、かなりの使い手か。
「……おいたが過ぎますよ?」
まさかこうも容易く防がれると思っていなかったのか、驚いた顔をする少年ににこりと微笑んで見せた。
途端に顔色を変え、蹴りの連撃を放つ少年。
筋は良い。だが、こちらとて腕には覚えがある。
襲いくる衝撃を、カバンで防ぎ左手で受け流し時折笑顔をプレゼント。
「やめておきなさい…銅鏡を抱えたままでは私には勝てませんよ」
私の言葉に少年は悔しげに顔を歪める。ああ、思ったよりも表情豊かだな。
「皆花先生!大丈夫ですか?」
「北郷君。まだまだ功夫が足りませんね。木刀があるならばこれくらい受け流さないと」
首だけで後ろの一刀君へと振り向く。
それを好機と見たのか、目の前の少年が地を蹴る音が聞こえた。
もう…駄目じゃないですか。
パシュッ
こんな見え見えの手に引っかかるなんて。
「ぐあっ!!」
初めて聞いた少年の声。思っていたより低い……良い声だが少し残念。
のけぞる少年の足元に、私の指に弾かれ彼の額を強かに打ち据えたキャンディが転がる。
食べ物は大切にする主義だが今回はしょうがない。
「如意珠を使うのは久々でしたが……まだまだ私も現役ですね」
一応説明すると、如意珠とは小さな玉を指の力で弾いて相手に当てる一種の武芸…というか暗殺術である。
達人クラスになると予備動作がないことから相手が銃を撃つより早く相手の眉間を打ち抜けるらしい。
私は銃を向けられるようなスリリングな体験は今までしたことがないから判らないが。
「く…貴様、何者だ?」
「ただの非常勤講師ですよ。ちょっと実家が古武道をしていたのと中学二年ごろに三国志の英雄にあこがれて研鑽を積んだので多少は腕に覚えがありますが」
あの頃は若かった……いや、今もまだまだ若いつもりだが。
一歩、少年へと歩を進める。それに合わせて少年は一歩さがる。キャンディでは大したダメージにはならないだろうとは思っていたが、思いの外こちらを警戒してくれたようだ。
「さあ、悪いことは言いません。早くその鏡を」
「く、くくく……三国志の英雄にあこがれてか……ははっ!!はははははははははははは!!!!」
突然、少年が笑い始める。
酷いな…そこまで笑うほど黒歴史か?
「ふふ、とんだイレギュラーだ。面白い、面白いぞ!!その英雄達に刃を向けられたときお前がどんな表情をするか、英雄達に刃を向けたときにどんな声を上げるか……見たくなった」
何を…言っている?
「いずれにせよもう時間切れだ……お前、名前は?」
「皆花蓮……」
「そうか、俺の名は左慈。お前の好きな三国志で御馴染みの左慈だ」
は……?彼は何を言っている?追いつめられて頭がおかしくなったか?
いや、彼の瞳には狂気こそあれ取り乱している様子はない。だとしたら……。
「時間だ……北郷一刀、そして皆花蓮!!せいぜいあがくがいい。足掻いて足掻いて、足掻きつくして……」
ニヤリと少年が笑う。その腕の中、突如銅鏡が細かく震え始め、やがて夜闇をかき消さんばかりの閃光が迸る!!
「なっ!?」
「うわっ!?何だ!!?」
咄嗟に北郷君を庇うように立つ。しかし白光はそんなことはお構いなしに私達を飲み込んでいく。
「足掻いた果てにそれでも立っていられるようだったら……その時こそ俺がお前を殺してやる」
すでに白一色に染められた視界の向こうから声がする。私はその声の方へ一か八かカバンを投げようとして……。
そこで私は意識を失った。
序章・終
後書
やっちまった
北郷一刀と正反対な主人公で恋姫ができるかという無謀な試み。
具体的には
頭脳明晰
文芸練達
自分勝手
戦争大好き
女好きじゃない
性別が……
みたいな話
気が向いたら続きます。
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この作品は北郷一刀ではない人物を主人公とした二次創作です。
また、主人公が基本的にまともじゃなくなっていく上に、チートです。
それらが嫌な方はさよならされてください。