No.325205

ぬくもり

この想いが、どうか、形を成して君の元へ届きますよう。 ◆短編的なものです。

2011-10-28 18:55:31 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:367   閲覧ユーザー数:367

 

 朝だ。…いや違う、昼だ。俺はどうやら、寝過ごしたらしいな。

 自室のカーテンを開け放った俺は、少しだけ目を細めた。夏にしては柔らかい日差しが、窓から差し込む。

 防衛軍の青年…ニコがこの秘密基地に居候することになってから、数日が過ぎた。少し前まではあんなに慌ただしかったというのに、こうしていると、生き残りをかけた作戦なんて全てが嘘のように思える。

 欠伸をしながら首を傾けると、コキリという小気味の良い音がした。

 朝飯を食いそびれたわりには、あまり腹は空いていない。だからといって、部屋でじっとしているのもつまらない…。そう思った俺は、とりあえず階下へと向かうことにした。

 

 

 

 俺が階段を降りると、何故か一階が異様に静まり返っている。

「おい、誰かいないのか?」

 呼びかけに呼応して、ドアノブが回る、軋んだ音がした。

「おはよ、野田。やっと起きたの。」

 階段の下の小部屋から、彩が顔を覗かせる。

「やっとって彩…起こしてくれてもよかっただろう」

「たまにはゆっくり休ませたげようと思ってねー」

「そうか…それは礼を言うべきなのか否か。」

 俺が首を傾げると、彩は「冗談よ」と言って部屋に戻ろうとした。

「あ、ちょっと」

 戸が閉められる直前に、彩を呼び止めた。

「…何よ?」

「皆はどこにいるんだ?」

「ああ、隊長と河村が買出しに…アンリはその代わりに店番。あと、ニコと一世は外にいるみたいよ」

「外?」

「うん、外。」

 彩はそれだけ言うと、今度はさっさと部屋の戸を閉めてしまった。

 

 

 基地の外に出た。陽光の降り注ぐアスファルトからは、ほのかな熱気が立ち上っている。しかしそれは、嫌な暑さではなく心地よいあたたかさ、だった。

「おーい一世、ニコ。どこだー?」

 呼びかけながら、二人の姿を探して商店街の中を歩く。

「…ん?」

 見つけた。魚屋の横の、日当たりの良いベンチで、ぎゅっとひとかたまりになっている。

―――…あのニコが、すんなり他人に触れるとは、珍しいものだな。いや、珍しいというよりも、俺が信用されていないってだけか。

 ニコが一世を膝の上に乗せて、二人で日向ぼっこをしているようだ。何とも愛らしい光景だな…眺めているだけで口角が上がるのを感じる。

「ぬくい……」

 眠たそうな目をしたニコが言う。どうやら、まだこちらには気がついていないらしい。もう少し黙って見守るか…と思っていたところ、後ろから誰かに声をかけられる。

「ちょっと野田ちゃん、野田ちゃん!」

「はい?」

 野太くしわがれた、馬鹿でかい声に振り返ると、魚屋の店主が立っていた。

「何ですか?」

「魚がね、上等なのが手に入ったんだ。」

 店主は何の魚かは言わなかったが、こんな寂れた店のことだ。どうせ、良い魚といったって新鮮な鮭程度のもんだろう。

「野田ちゃん、本格的な料理も作れるんだろう。今度うちでその魚、料理してくれるかい」

「ああ…それならお安い御用で。何なら、今からでも伺いましょうか」

 俺がそう言うと、店主は気前の良い笑顔を浮かべた。

「いや、後でいい!それよりあんた、あの二人のこと見てただろう。友達なのか?」

「え…?」

 店主に言われて振り返ると、ニコがベンチのほうからこちらを見ていた。どうやら、先程の店主の大声で、気づかれてしまったらしい。

「ほら、行ってあげな、友達なんだろ?」

「えっああ、はい…?」

 …友達?友達って何だろう。語尾に疑問符をつけながらも、俺は店主の言葉に頷いた。

 力強く手を振る店主に礼を言うと、俺はニコ達のいるベンチに向かった。

 

 

「…やっと起きてきたのか。いたんだったら声をかけてくれたら良かったのに」

 ニコが俺に声をかけた。それには答えず、代わりに少しだけ、からかいの言葉を投げかけることにした。

「ふむ、それがアレか、河村の言っていたツンデレの『デレ要素』という奴か。」

 膝の上に乗っかったままで眠りこけているらしい一世を指差して、にやりと笑ってみる。

「ばっ…そんなんじゃねえよ!」

 照れているのか何なのか、ニコはもごもごと「ほんとは邪魔で邪魔でしょうがないくらいなんだからな」などと呟いていた。

「そんなことを言いながらも、一世を退かそうとする気配は見えないが。」

 ニコは依然として、たまにぐらりと傾ぐ一世の体に、軽く手を添えるようにして支えている。

「起こしたら、可哀想だろ。だからお前も騒ぐんじゃないぞ!」

 ニコが、尤もじみた顔をして言った。

「…一番騒いでるのはお前だろう。」

 それが何だかおかしくて、俺はくすくすと笑いながら、ニコの隣に腰掛ける。

 

「ああ、あったかいなあ」

 包むような日差しと、人の体温。俺にとってでさえ、今となってはこれが、当たり前の温もりだ。

 隣へと目をやる。ニコはじっと目を閉じて、陽だまりに身を委ねているかのようだった。

 …こいつには今まで、この当たり前の温もりさえ、無かったんだ。

 そう考えたところでふと、魚屋の店主の言葉を思い出す。若干躊躇ったが、ニコに尋ねてみることにした。

「…なあニコ、俺とお前は友達か?」

「何で急に、そんなこと訊くんだ?」

「何となくだけど。」

 本当に不思議そうな顔をしながら、ニコが尋ね返す。俺はその言葉に、曖昧な微笑を返すことしかできなかった。

「そもそも、友達って何だ?」

「そうだよなあ、分からないよなあ。友達って何なんだろう。」

 困り果てたような顔をしているニコに、俺は「分からないよなあ」と繰り返した。そして、言葉を続ける。

「けどなあ、今は知らなくてもそのうち分かってくることだって、たくさんあると思うんだ。」

 だからさ、きっとその時は、俺とお前は友達だぜ。…声には出さずに、包み隠した想い。伝わっていようが伝わっていまいが、関係ない。

 俺は笑った。今度こそ、曖昧じゃない、真っ向からの笑顔だ。

 …それを、どう受け取ったのだろうか。ニコは何も言わずまた、目を閉じた。

 少しだけ体をニコの方へ、寄せてみる。

「…あんまりくっつくなよ。」

 くすぐったそうに軽く身を引きながらも、ニコは決して俺を拒絶しなかった。

―――何だ、自分から触れてみれば、案外普通に受け入れてくれるものじゃないか。

「何だ、何で笑ってるんだよ。おい、野田?」

「…ちょっとな、嬉しかったんだよ。」

 ふふ、と笑いながらうつむいた俺に、ニコは「何が?…変な奴」と首を傾げた。

「なんだいつまらないな、俺にはデレてくれないのかい?」

「だっだからデレじゃないと何度…!」

 慌てて声のトーンが跳ね上がったニコの腕の中で、一世が身じろぎする。我に返ったように、ニコが口を噤んだ。

「ああ、あたたかくて良い気分だぜ。…しばらく眠ってしまおうかな」

「ちょっと待てよお前、さっきまで寝てたんじゃなかったのか?」

「それとこれとは話が別だ。眠たいものは眠たいんだよ。」

 体をニコの肩に預けて、そっと目を閉じる。

―――俺は知っている。自分を悪者のように蔑んでいるこの青年は、本当はとても優しいんだ。

 …もしここで俺まで眠り込んでしまったら、ニコは一体どうするだろう。一世と俺を起こさないようにと、ただじっとひだまりに抱かれているのだろうか。

 その情景を想像して、また少し笑ってしまいそうになる。

 

―――…この時間が、この温もりが。

―――ニコにとっても、当たり前のものになりますように。

 

 …地球が終わったって、幸せな時間は消えやしないさ。

 だからこれからもずっと、ずっと皆で笑っていよう。

 

 

 

 瞼の裏に映るオレンジ色が薄くなり、俺の意識は眠りの底へと落ちていった。

 

 

 

 

 


 
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