No.324389

崩壊の森 4

ヒロさん

【熱砂の海→見えない夜→崩壊の森】
 破壊と混沌の神・暗黒神。その神を象徴する黒い髪と黒い瞳のアルディートを国教の最高位に就け戦を仕掛けてゆくのかと思えば、国王メルビアンの思惑は別のところにあった。

崩壊の森 3 → http://www.tinami.com/view/321221
崩壊の森 5 → http://www.tinami.com/view/327916

2011-10-26 22:17:45 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:500   閲覧ユーザー数:500

 

 御前会議の場から最後の一人の重臣が姿を消すと、小さな吐息がアルディートの口からもれた。

 忌避と畏怖の視線には慣れているが、神代という肩書きに対する彼らの敬いの言動に落ち着かないのだ。

「何やら気の重い様子だな」

 その元凶を作った男――アザラの王メルビアンがいつの間に歩み寄ってきたのか、アルディートの耳元で囁く。

「気が重いわけじゃない。不愉快なだけだ」

「ほう、神代たるおまえを不愉快にさせる者がいるとはな」

 そう言って微笑するメルビアンは美神もかくやと思わせるが、アルディートにとっては不快感を高まらせる笑みにしか映らなかった。

 罵倒すべくアルディートが大きく息を吸うが、それを遮るようにメルビアンは室内に残ったもう一人の男に声をかけた。

「ところでザバ。そなた、どう思う」

 二人から少し距離をおいて立っていたザバは笑みの中にも厳しさを見せていた。

「陛下に申し上げてよろしいものでしたら」

「かまわぬ。その為に呼んだのだからな」

「恐れながら陛下のご決断、少々遅く思われます。ですが遅すぎたとは言えませぬ」

 ザバの批判ともとれる言葉だったが、メルビアンは不快な表情を見せずに先を促した。

「民人の飢えと渇きは深刻でございます。天変地異とも言われている現在の状況に劇的な変化がありませんかぎり、悪化の一途をたどることは子供にも分かる道理でございます」

「国内にわずかに残る耕作に適した地だけではもはや飢えを満たすことは出来ぬ。だが他国のそれを奪ったところで何も変わらぬ。異常気象はアザラだけでなく、世界的なものだ。すべての国が飢えに渇きに死滅する未来を思うに難くない。だからこそ戦で穀物の穫れるわずかな地を奪い合うことなど愚かであると考えてきた」

「陛下のお考えは正しゅうございます。ですがそのお考えも受け入れる側の状態によりましょう」

 ザバの話を聞きながらメルビアンは窓辺に歩み寄り、王城から外を見下ろした。

 かつてアザラが建国された時、城からは豊かな緑が広がっていたという。それが今は赤茶の山肌や砂に国中が覆われているのである。

 自然を狂わせてしまったもの、大地を死に追いやろうとしているものは何なのであろうか?

「もはや民人に余裕はないか」

「明日、明後日は心配なくとも、一年後、二年後、子供が大人になった時の事を憂いております。陛下もそれをお感じになっておいでのはずでございます」

 だからこそアルディートを神代の座に就けたのであろうと言うことは口に出さなかった。

 

 混沌と破壊をもたらす暗黒神。

 アザラの始祖・ソリス王が倒したと伝えられる暗黒神の化身と詠われた男の再来と噂されるアルディートを神代にする事は、全てを敵に回すことになりかねなかった。

 だがこの飢えと渇きを癒すためならば、古代の神々の中で最強とされる暗黒神の力を借りることも厭わぬと決意したのだった。

 実際、民人は歓喜をもってアルディートの就任を受け入れた。

 ――戦だ!

 男たちは剣を取る。

 今を生きる為に必要なものはもはや他国の地を奪い取るしかないのだ。

 

 案の定、他国からは暗黒神に国を売り渡したと言われ、世界の災厄であり、この異常気象の元凶であるとさえ言われ始めた。

 他国は結束しアザラを滅亡させんと協調する動きにある。

 

 だがもともと戦に肯定的なアザラの民人たちはアルディートが神代に就任する前から討って出るのをよしとしていた。

 そして黒髪に黒い瞳の子供は稀ではあるが生まれることは確かであり、成長することがないのは大人が忌み嫌うために間引いてしまうからであることをアザラの民は知っている。

 そしてアザラ国内ではアルディートは強運によって死することなく成長したのだと言われ、神に選ばれた者とさえ言われ始めていた。

 それは神代の座に就けると決定した時に王のとった情報操作だったが、今ではそれも一人歩きし勝手な憶測や噂が流れている。

 そのどれもが肯定的であったため、王は黙認しているのだ。

 

「ですが、陛下の真意は戦ではございますまい」

「ほう。先祖返りでもしたか」

「とんでもございません。私には遙か昔の人々のように他人の考えを見通す特殊な能力はまったくございません。ただ陛下のお言葉から推測するだけでございます」

 ザバの控えめともとれる返答に笑みを浮かべてから、

「で、どう推測したのだ」

「今申し上げました特殊な能力でございます」

 ザバはメルビアンと、先ほどからじっと話の成り行きを見定めているアルディートを見てから再び口を開いた。

「古代の人々、私どもの先祖の特殊な能力と申しますのは他人の考えを見通すだけではなかったと」

「なんだと!」

 反応したのはアルディートだった。

 

 

「相手の考えていることが手に取るように分かったと、オレはおまえにそう教えられたぞ」

「大半の人間がそうでございました。ですが、限られた人間、特に王族はそれ以外の事も出来たようでございます」

「ザバ」

 一呼吸おいてからメルビアンは、

「根拠はあるのか?」

「商人と申しますのは色々な物を扱っておりますので、時折、妙な物も持ち込まれたり致します。普通の方々には過去の遺物の置物程度でございますが、私のような風変わりな男には他の用途がございます」

「さすがに、私に自分から売り込んでくるだけの男だ」

 そのメルビアンの視線が必要以上に鋭かったのは気のせいかもしれなかった。

「お褒めに与り恐縮でございます」

「待てよ。それじゃその特殊な力でこの飢餓状態を抜け出せるかもしれないのか?」

 新しい事実に対する驚きよりも結果を優先するアルディートが二人に問った。

「さて。どうだろうな」

「おまえも王族の端くれだろう。何か伝えられている事はないのか?」

「確かに初代王と血の繋がりがあるのは確かだ」

「それなら……」

「子孫ではあるがその力は今はない。それは確かなことだ」

「力あらば真っ先にお使いになっておられましょう」

 アルディートにとって不愉快な王だが、民人の事を考えているのは出会ってからさほど時間の経っていないアルディートさえ分かった。

「能力ではなく彼らの技術力を得たい」

「技術力?」

「現在の我々よりはるかに高度な技術を持っていたことは間違いない。その力をもってすればこの状態を好転させることが可能かもしれぬ」

「時が経ち後退したということですか?」

 ザバが静かに尋ねるとメルビアンは交代ではないと否定してから、

「ソリス王が全てを封印したと記されている」

 生涯一度しか口にしないと決めた言葉のように、ゆっくり慎重にメルビアンは言った。

「後退ではなく、封印でございますか」

 確認をとったザバの言に口に出して肯定はしなかった。

「この事実を知った時、すぐに古文書を調べさせたが手がかりは何一つなかった。もしや封印ではなく消滅させたのではないかという考えもあったが諦め切れぬ。残る手がかりはこの世界の中心・世界中の神の集う神殿だけだろう」

「……闇の森」

 この異常気象の中でさえ豊かな緑の存在する森。

 生い茂る木々に陽の光さえも大地に届かないとされるところから闇の森と称されている。

 水と食物を求めて何人もの人間が森に足を踏み入れているが、生きて帰る者は少なく、帰って来ても精神が壊れ正常な生活が送れない状態になってしまっているのである。

 一体、あの森には何がありのか。

「私が行くつもりだった」

「えっ?」

「だが闇の森に王を二人もとられてはと強硬な反対にあった」

 メルビアンの兄が廃嫡されたのは病が原因とされ、その後病死したと発表された。

 その病とは闇の森に出向き気が触れてしまい、幽閉の後死んだという噂が流れていた。

 反メルビアン派の者たちの中には、メルビアンが幽閉されていた兄を殺したのだと言う者もあった。

 今のメルビアンの言葉で、少なくとも噂の半分が真実であったことを二人は知った。

「では私が森へ行きとうございます」

 ザバが言うとアルディートは鋭い視線を向けて否定した。

「世界の秘密を解き明かす絶好のチャンスでございます、神代様」

「……ザバ」

「無論そなたにも行ってもらう。だが行かねばならぬのはお前だ。アルディート」

「オレが?」

「そうだ」

「神代だからか?」

「いや。お前だからだ。だが神代であった方が何かと都合が良いはずだ」

「オレを神代にしたのは戦の為ではなかったのか」

「どちらもだ。だが可能ならば戦は回避したい。戦は食糧も国の体力も消耗させる。たとえ勝ってもな」

「……で、何故オレだ? この髪のと目の色か?」

「結論としてはそうなる」

 メルビアンは一呼吸おいてから、

「闇の森には神殿がある。アザラ建国よりさらに古き時代に作られたものだ。古き神々のおわす場所。人を狂わせる森。そしてソリス王が暗黒神を倒した場所でもある」

 一瞬、ヒヤリとしたものが背筋を走った。

 恐らくあの森がそうなのだろうと誰もが思っていたが、断言する者はいなかったからだ。

「まさか暗黒神を蘇らせろという訳ではないだろうな」

「お前を依り代にか?」

「ああ。破壊しつくした後、ソリス王の末裔たるお前がオレを討つ」

「ドラマチックな脚本だが新鮮味に欠ける」

「脚本を書くのは誰だ?」

「そなたの兄ではないか?」

 薄くザバが笑う。

「書くには資料が少のうございます」

「だろうな。タウの所へ行け」

「神官長さまの所へで御座いますか?」

「そなたの好奇心をさぞ満たすことが出来るだろう」

「ありがとうございます」

「そなたでなければならぬ理由を、道々ザバに聞くがよい」

 笑みを浮かべながら告げるとメルビアンは謁見の時間だと迎えに来たオルトローフと共に扉の向こうに消えた。

 

 


 
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