No.323936 【編纂】日本鬼子さん九「だから、あなたを――」歌麻呂さん 2011-10-25 22:10:50 投稿 / 全6ページ 総閲覧数:636 閲覧ユーザー数:636 |
どうにか状況理解に努めようとしたけど、私には到底難しい話だった。ありえないことが起こりすぎている。
何もかも私とは隔離された世界にあるみたいで、気付かない間に夢の中を彷徨っているんじゃないかって思ってしまう。
「旅人さんも、せりと菜の花のおひたし、どうぞ」
呆けている間に茶の間にあげられていた。円い食卓に狐耳の巫女が作ったらしい品々が並んでいく。湯気立つ五穀米のご飯、おひたし、明日葉と大根とサクラマスのあら汁、白うどのきんぴら……。実に質素な、でも私にとっては実に豪華なものだった。
「さあ召し上がれ。お百姓さんや漁師さんの思いがぎっしり詰まってますよ」
「こに、きんぴらだいすきなの!」
「こには好き嫌いがなくてよろしい。それに比べてシロは……」
「うう、ひじきはぱさぱさしてて気持ち悪いんです。だって海草ですよ? なんで水気がないんですか!」
どうしていいのかわからなかった。私という異物が混入しているのに、まるで何年も前からこの座布団が私の定位置であるような穏やかな時間が過ぎる。
「旅人さんも食べなさい。長く苦しい旅じゃったろう、遠慮なんてせずに腹を満たすがよい」
「あ、はい」
お茶碗を持ち、五穀を箸にのせ、口にする。ほのかな生命の薫りが口いっぱいに膨れ、甘味が舌を強く刺激した。噛みしめるほどに大量の唾液が舌の裏側から分泌される。呑み込む前に次を求めた。箸を茶碗の中に突き入れ、すくい出す間もなく口の中に放りいれる。奥歯でふっくらと炊き上げた穀物をすりつぶす。粘りと共に、秋の穂の香が鼻を通り過ぎた。
菜の花のおひたしを箸で挟むと、口の中がじゅわりと溶けだして、もう何も考えられなくなった。あっさりとした苦味に塩味が加わり、五穀米の歯ごたえと合わさって絶妙な協和を連ねた。
喉を鳴らし、あら汁にかぶりつく。重ね塗られる度に深みを増してゆく漆器のお椀のように、あらゆる味が交わっては響き、さらなる高みへと昇華していく……。
気が付けば、涙が出ていた。きんぴらを口にいれると、ちょっとだけしょっぱかった。それでも私は食べ続けていた。無心になりながらも、どこか遠くのほうで自分の半生を疾駆していた。
「……つらかったです」
まぜこぜになったものを呑み込んで、私はそうつぶやいた。
「ねねさま、よしよし」
小鬼の子が、私の頭をやさしく撫でてくれた。幼い、やわらかい手だった。
気持ちの整頓がついてから再び箸を動かす。少しずつ色々な話をした。私自身の話もした。語れば語るほど胸がずきずきと痛む。みんな、嫌な顔せずに聞いてくれた。
狐の耳を持つ少女はシロと名乗った。かの有名な稲荷一族の末裔らしい。まだ駆け出しの巫女で、祭祀はおろか呪術すらできないみたいだけど、親身に話を聞いてくれる。歳も近そうだ。ただ、不器用なのか、言うこと言うことが一言多かったり二言少なかったりする。でもだからこそウソのつけない純朴な女の子だってことが容易にわかる。
それからこ白髪で身のこなしが落ち着いている老人は彼女の祖父にあたる(のか師匠なのか両方なのかは曖昧で謎に満ちていたけど)白狐爺だ。それが本名でないことはすぐにわかった。でも真名は簡単に明かしてはいけないものなんだ。本当の名前は自分自身の命に匹敵するものなんじゃないかと思う。
「それで、この子は――」
「こには、こにだよ!」
紹介が待ちきれなかったのか、こにと自称する小鬼の子がぴょこりと短いお下げを揺らした。自分の名前を自慢げに、誇らしげにしている。そう感じた。
「はい、とりあえずそう呼んでますけど……」
シロがお茶を一口飲んだので、私はご飯のおかわりをいただいた。こにが進んでしゃもじを握る。
「もしかして、こにちゃんと会ったの初めてなんですか?」
「ええ、そうですけど、どうしてですか?」
「いや、ほら、こにちゃん、あなたのこと『ねねさま』って呼んでたじゃないですか。わたし、てっきり生き別れた姉妹が感動の再会を果たしたんだとばかり……」
さすがにシロは誇張しすぎているけれども、でも不思議なことに、再会を果たした、というのはどこか共感するものがあった。鬼の人なんて今まで見たことすらないし、私に妹は存在しないけど。
「あ、『こに』っていうのは『小鬼』を短くしただけのもので、本当の名前はわからないんです。こにちゃん、記憶をなくしちゃってるみたいで」
記憶を? そう私は繰り返して、こにの背中を見た。何もかもが小さかった。肩も、腕も、腿も、足の裏も。触れたらすぐに壊れてしまう。そんな使い飽きた表現が的確だった。
「こにはな、村の民に拾われたんじゃよ。たらい舟に布を被せたものの中に入って泣いておったそうじゃ」
シロの代わりに白狐爺が口を開いた。口を湿らせるためにお茶を一口飲んだので、私はあら汁を二口で飲み干した。
「わしが直々向かったら、皆鬼の子だと喚いておってたがな、言ってやったよ、この子はわしが引き取ろう、とな。昨年の秋のことじゃ」
汁を吸った大根を呑み込む。
秋。私と同じだ。
「どうして引き取るようなことをしたんですか?」
はっとなってこにを見た。こには首を傾げて不思議そうに私を見ていた。胸をなでおろし、せりに箸をつける。
「目が澄んでおったからじゃ。これほど澄んだ者が悪さなどするはずもなかろうとな。わしらがちゃんと育ててゆけば、必ずや善き心を持った鬼となろう。そう確信した。それから――」
白狐爺がお茶目な笑みを漏らした。
「わしのかわいい孫娘が増える。理由としては、それだけで充分じゃよ」
老人が子どもに戻ったような、そんな無邪気な笑顔だった。こにもまた笑っていた。同じ宿命を背負っているはずなのに、どうしてこの子はここまで無防備な笑顔を振舞えるのだろう。
「お主も、ここでしばらく暮らしてみるのはどうかね」
唐突にそんな提案を出されて、思わず声を上げてしまった。白狐爺は真剣な眼差しをしている。逆らえない眼差し。
でも、そう安々と頷けるほど私は気楽な精神を持ってはいない。
私の瞳はもう濁ってしまっている。人には語れないような惨たらしい現場に何度も居合わせた。人々の苦しいこと、辛いこと、悲しいことを全て背負い込んで、あるいは受け止めて、今の私は存在している。受け止めること、それが私の生きる意味なのだ。
だから人々は私を見ると逃げてしまう。私が穢れているから、近寄ったら穢れが移ると恐れて。
「お主は、人々を苦しめる鬼を祓いたいそうじゃな。しかし、そのためには並々ならぬ努力と精神と体力が必要じゃ。それだけではない。鬼を打ち祓う武器があらねばお主の身は守れぬし、武器を扱う術を習わねば刹那に喰われてしまう」
箸とお茶碗をちゃぶ台に置く。ことり、と小さな音がした。
「ここにはお主の必要としているものを満たせる場であると思っておる。それでも何か言いたげな顔をしておるが」
言いたいことは山ほどある。
「どうして……こんな親切にしてくれるんですか。私を引き取ってもいいことなんてないのに」
それが本音だった。別にひねくれているわけではない。白狐爺とシロに対する疑いがちゃんと晴れてなかったのも一つの理由だが、それ以上に二人とこにを心配する気持ちのほうが強かった。私といたら、きっと三人を不幸にしてしまう。私は疫病神と同じようなものなんだから。この村の人々に恐れられて、白狐爺たちの信仰が失われてしまったら元も子もないと思うのは私だけなのだろうか。
「いいことがない? 逆じゃよ。よいことだらけじゃ」
白狐爺はあのお茶目な笑顔をもう一度私に見せた。
「まず第一にわしにかわいい孫娘が――」
「それ、こにときにも言ってました」
「よいではないか、孫は幾人おっても足らんよ。それに、シロにお姉さんができる。喜ばしいことじゃ。まだシロは至らぬことが多すぎるからの」
「あー、おじいちゃんわたしのこと全然信用してませんね!」
シロがふくれっ面になった。
「そういう口は夜一人で用を足せるようになってからにしなさい」
「な、なんてこというんですか!」
「こにはできるよー!」
「ひええっ? う、うそ言ったらいけないんですよ!」
それはまるで自然な流れの中にいるようで、私が答えを出すより前に、答えは決まってるみたいだった。
「あ、あの、びゃ、白狐……」
「お爺ちゃん、でいいよ」
不思議なことに、それはどこか初めて耳にした言葉みたいな、そんな感触だった。
「お爺ちゃん、私、ここで暮らしてもいいですか?」
私もこの輪の中に入ることができたらいいな、なんてことを思った。
「ほ、本当ですかっ?」
「やったぁ!」
シロとこにが喜んでくれている。私は、二人を喜ばせることができたのだ。
「それでは、これからもよろしくお願いしますね、えっと……」
嬉しそうに尻尾を振るシロが言葉を詰まらせる。
「名前、ど忘れしてたんですよね、思い出しました?」
ど忘れなどではない。本当に忘れてしまったんだ。もう人間だったころの記憶なんてほとんど覚えていない。私が人間だった証なんて……。
鬼として生きるのだ。受け止めろ。そう誰かが耳元でささやいている。鬼として、蔑まれて。
「――鬼子」
私は呟いた。声が小さすぎて、うまく伝わらなかった。
「鬼子です。私の名前は、鬼子なんです」
「でも、それ……」
「いいんです」
シロの言葉を断つというよりかは、私の過去を断つように、あるいは受け入れるように即答した。
鬼子として生きよう。私が鬼子なら、こにはこにだ。こにが鬼子になることはない。『鬼子』に貶す意味は消え失せた。鬼子は、私を指す言葉なのだ。
「鬼子、ふむ、悪くない名前じゃ。鬼子、鬼子」
白狐爺……お爺ちゃんは宝の地図のばってんを記憶するように、何度も何度も私の名前を口ずさんだ。
「ねねさまー!」
こにの挨拶はあらかた決まっている。鞠があればそれを庭に放り投げ、私の懐に突撃するのだ。
やわらかな感触に思わず抱きしめる。シロのお下がりを身にまとい、あんず色の頬をこすりつけていた。本能的にこの子の髪を撫でてあげる。気持ちよさそうに目を細め、口元を緩めていた。
薄い皮をかぶった角が生えていた。この子は私と一緒なのだ。一緒なのに、こうも違っている。この子には疑うという術を持ち合わせていない。
「鬼子さん、ごご、ごめんなさい!」
こにと遊んでいたシロが慌てて駆け寄ってきた。
「もう、鬼子さん見つけても突撃しちゃダメだって言ってるでしょ? まず気を付けをして、両手をお腹の前で重ねて、相手の足元を見るくらい丁寧に腰を折るんです。朝だったらおはようございます、お昼だったらこんにちは――」
「シロちゃんつまんなーい」
「あの、別にそこまで仰々しくしなくても……」
「ふええっ? そ、そうでしたか? でもおじいちゃんからそうしなさいって……」
たぶんそれは参拝者へのお辞儀の仕方だろう。こになら突撃挨拶のほうがまだ似合っている。
「そろそろ休憩しましょうか。鬼子さん、冷やし飴にしますか? 飴湯にしますか?」
「こにはひやしあめー!」
ちょっとだけ戸惑った。そんな食べもの、食べたことがない。でもきっと二人はたくさん食べたことがあるんだろう。
まるで私だけが阻害されているような、そんな気がする。
「もしかして、飲んだことありませんでした?」
「飲む? 飴を?」
「水飴を溶かした水に生姜のしぼり汁を入れた飲みものなんです。ひんやりしてておいしいんですよ。お湯で溶いたのが飴湯で、こっちは体の芯からあったまります」
シロはうっとりと目を細めた。そんな幸せそうな顔をしてしまうほどおいしいものなのだろうか。
シロだけじゃなかった。こにもまた頬を染め、日向ぼっこしてる猫みたいに口を開けている。尻尾があったらのらりくらりと振られているに違いない。
「シロとこにったら、本当の姉妹みたい」
ちょっとだけ冗談めかして、くすりと笑った。
シロは私が笑ったことに驚いた反面、安堵した表情をした。
「私も冷やし飴にしようかな」
「了解しました、お姉ちゃん」
シロもまたそう冗談っぽく言って、縁側に上がった。
「シロちゃんとこにはね、ほんとうのしまいじゃないんだよ」
こにはなお幸せそうな顔をしたまま、まるで紋白蝶が舞い踊ってる様を嬉々として語るように、自分を語った。
「こにね、川のうえのほうでうまれて、ここまできたの! こにね、ずーっとずぅーっとひとりぼっちだったんだよ?」
こには記憶を失っていると聞いたし、お爺ちゃんが引き取ったってことも知っている。でもこには完全な「孫」として引き取られたわけではなかった。ちゃんと自分の境遇を教えてもらっているんだ。
「でもね、でもね、今はちがうの。シロちゃんもじじさまも、カゾク、なんだよ! こにの、たーいせつなカゾクなの! ねねさまも、だいすきなカゾク! こにね、みーんなのことがだいすき!」
家族。心の中で呟いた。家族。大好きな家族。家族のように接してくれるシロやお爺ちゃん。わらぶきの下でなごやぐ家族のぬくもり。どこにもいない、お母さん、お父さん。家族。
「お待たせしました! 冷え冷えですよ!」
シロが作ってくれた冷やし飴は、冷たくて、喉がくるると言って、甘くて、ちょっぴりしょっぱかった。
武器をもらった。
薙刀『鬼斬』。鬼を斬ることに特化した薙刀で、欠けることもなく錆びることもない神器だ。神器といってもほとんど人の目につかなかった代物のため、神話や民話として語られることなくこの場に収まっている。いつかの時代にもこの薙刀を使って鬼を祓っていた存在がいたのかもしれない。
柄を握りしめるとずしりと重かった。
薪割り用の斧を振るったことはあったけど、薙刀はそれ以上に姿勢を落とさないとすぐ体勢が崩れてしまう。最初は素振りですら鬼斬に振り回される有様だった。
でも薙刀の扱いに慣れていくと、自分の肩から指先までの神経が切っ先まで伸びて結ばれているような感覚を持てるようになった。
「天下無敵、という言葉がある」
打ち合い稽古の最中にお爺ちゃんは平然と言ってのけた。私の繰り出す突きも払いも巻き落としも全て防がれる。
「間違ってはならぬぞ。天下無敵は天下に敵がおらぬことではない。天下に敵を作らぬことじゃ」
おじいちゃんの小太刀さばきは清流のようだった。長さの不利を微塵も感じさせない。
「お主が一人を敵と判断すれば、その判断の領域は徐々に拡くなる。好まざる者に霧粒ほどの小さな恨みを持てば、いつしか親しき者を敵と見なしてしまう日が訪れよう。さすれば、残された道はただ一つ、自己をも敵と見なすのみ。それはすなわち――」
袈裟斬りをかわされるや否や、小太刀が薙刀を絡ませ私の胴に入った。
「戦場では死を意味する。他殺ではない、自殺じゃ」
お爺ちゃんは息をついて木刀を帯に挟んだ。確かに私は殺されていた。長物はそれだけで優位に立てるけど、橋かかられるともう逃げられない。お爺ちゃんは少しの隙すら本気で喰って掛かるのだ。
「敵を特定する者の世界は、敵で満たされておる。やがてはすれ違う人も、触れるものも、食べるものも、空気ですら潜在的な敵となる。わかるかね」
なんとなくわかるような気もするし、わからないような気もする。今、お爺ちゃんにお腹を打たれたから痛いけど、この「痛み」やそれを与えた「相手」を敵視しちゃいけない、恨んじゃいけないってこと……なのだろうか?
「敵を作らない方法なんて、あるんですか?」
「もちろんとも」
おじいちゃんは振り返り、しわがたくさんの笑顔を見せた。
「相手と自分を一体化させればよいのじゃ」
言ってることがよくわからなかった。その反応が面白いのか、お爺ちゃんは楽しげに頷いていた。
「相手がいて初めて自分が生成される。相手の嬉しいこと、喜ばしいこと、悲しいこと、苛立たしいこと……そういったものを受け入れて初めて自分を成り立たせるようなものの観方じゃよ。言葉で述べるのは実に難しい話になるんじゃがな」
しかし……とお爺ちゃんは続けた。
「お主の生き様は、それに通ずる何かがあるのではないかな」
少しだけ昔の自分を振り返った。
お爺ちゃんの言葉は哲学的で難しかったけど、きっとお腹が痛くてもその「痛み」を受け入れなさいってこと……いや、私の「痛み」だけじゃない。それはきっと相手の「痛み」まで呑み込んでやっと成立するんだと思う。
「ねねさま、じじさま、ごはんだよ!」
階段の上からこにの声がする。思想なんて遠い彼方のぶつであることが容易にわかるような、そんな無邪気な声だった。
「鬼子や」
薙刀を立てかけ、階段へ向かう途中でお爺ちゃんに呼び止められる。
「こにがあれほど笑顔でいられる理由を知りたいと思ったことはないかの」
思わず私は振り向いた。そこには老けこんだしわの多い白髪の人が立ち尽くしていた。
背筋に冷たい汗が垂れる。同族として、ずっとずっと知りたかったことだった。でもお爺ちゃんのほうから不意に投げかけられると急に腰が引けてしまうのだ。私が臆病だから……いや、違う。臆病なのは、お爺ちゃんのほうだった。
「申し訳が立たぬの、わしもまだ成長せねばならぬのじゃよ」
「いえ、お爺ちゃんは充分立派です」
嫌味でも皮肉でもなんでもない。私は心の底からお爺ちゃんのことを慕っていた。
「いや」
首を横に振った。
「弟子から学ぶことも多くあるんじゃよ、鬼子」
それは独り言だった。私に向けられたものじゃなかった。
「こにはな、外の世界を知らない」
語りだした深い彫の瞳は天井を見つめていた。
「わしが引き取ってから、こには一度も外に出ておらん。わしは恐れたんじゃよ、鬼というものをな。実に愚かなことじゃった。民の恐れに晒されれば、こには傷つき、邪気で満たされ、人々に害なす鬼に成ると考えた。しかし、お主を一目見て、わしの考えは外れていたのだと気付いたんじゃ」
人々に忌み嫌われたとしても、人を食らうような鬼になるとは限らない。私のように理性を保持し続ける鬼はいる。お爺ちゃんですら、そのことに気付かなかった。
それじゃあ、私みたいな鬼はずっと存在しなかったの? 私は歴史から見ても、特異な存在であるということなの?
立てかけられた鬼斬を見る。ねえ、と心の中で問いかける。あなたの古い主人様は、どんな方だったんですか?
「これがわしの限界なんじゃよ。こにを匿うことでしか守れぬのじゃ。あわよくば――」
お爺ちゃんの視線が、天井から移って私に向けられる。
「孫には広い世界を見せてやりたいのう」
――こにね、川のうえのほうでうまれて、ここまできたの!
もしかして、おじいちゃんは……。
桜の春は散り、木蓮の春へと移り変わった。紫陽花と共に梅雨が訪れ、そして夏が音を立ててやってきた。やがてひぐらしの物悲しい声に思いを馳せているうちに残暑は過ぎ去っていて、気が付くと群生する彼岸花が一斉に鮮やかな血の色をした花を咲かせる。人々が絶叫と共に天へと伸ばす手のひらみたいで、私は直視することができなかった。
金木犀の香りが漂いだしたけど、すぐに嵐が来て流れてしまった。でもしばらくもしないうちに木々は色を改め、あっという間に紅葉の季節になった。私の季節がやってきた。
お爺ちゃんは一つの季節に一度、多いときは月に一度くらいの間隔で鬼退治に出陣していた。シロは祭壇へ赴き、折鶴を折ってそれに祈りを籠めていた。
「わたしはまだ何もできないひよっこですから」
そう言って力なく笑う。シロにはまだ制御できないという理由で大幣(おおぬさ)も振れないし、力がないので弓も引けない。でも、お爺ちゃんの無事を祈る気持ちは誰よりも強かった。
もどかしかった。まだ未熟な私は鬼と対等な戦いすらできないだろうし、お爺ちゃんの戦う姿をこの目に焼き付けて学びたかったけど、村人が混乱してしまうのでそれすらできなかった。
「次はねねさまのばんだよ?」
裏庭でこにと遊ぶことが、私の役目だった。
それから紅葉も散って、冬がやってきた。今年もたくさん雪が降った。枝と木の葉の布団で眠ったこと、お腹が減って凍え死にそうだったこと、熾火が私の魂なのだと錯視したこと、吹雪で倒壊した家屋につぶされて息絶えた人々のこと……。
私は、ぬくぬくと冬を越してしまっていいのだろうか。こうしている間にも、寒さや飢えに苦しみながらも生きながらえている人たちがいるのだ。
戸惑っている間に春が来た。あのとき憧れを抱きながら眺めたぬくもり中に、今の私はいた。毎日がありきたりで、どこまでも幸せだった。でも本当にここは私の居場所なのだろうか?
もちろんこの場所を嫌ってるわけでもないし、お爺ちゃんやシロやこにを避けたいと思っているわけでもない。
どうしても疑問を抱いてしまうのは誰かのせいではない。宿命のせいなのだ。きっとここに留まってはいけないのだ。帰る場所は、ここじゃない。
なら、帰るところはどこなの?
わからない。
……いや、本当はわかっているのだ。答えは一言で済むくらい簡単なものなのだ。それはそう――
法螺貝が鳴った。
「おにっ!」
こにが小さな悲鳴を上げる。
考えの糸が切れた。
何よりもまずこにの安全を優先しないといけない。稽古場の二階、こにの個室に向かう。一階は避難しに来る人々でいっぱいになるのだ。
部屋から外を見た。鬼が来る凶兆なのか、西の空が黒い。お日様は十分高いところにあるし、空も青く晴れ渡ってるはずなのに、西の地では地面まで光が届かないらしい。光を吸い取ってしまう鬼だろうか。いやそれにしては様子がおかしい。鬼である私にはわかる。今まで経験したことのないほどの邪気が、村と社を囲う二重の結界をすり抜けてぴにぴりと背骨を振るわせる。
「こわいよ、ねねさま」
その異変をこにも感じ取っているのだろう。私の裾を掴んで離さない。
私だって怖かった。何が怖いとか、そういうことじゃない。本能的な死の恐怖だ。ああ、私もこの村も、死んじゃうんだなっていう、諦観の境地に至ってしまっている自分に対する恐怖だ。
その鬼は、まるで山だった。山が音を立てて村を呑み込もうとしているようにも見える。
自暴自鬼(じぼうじき)。暴走を続けた心の鬼の末路に成る鬼だ。私がぬくぬくと暮らしている間に、鬼は行き着くところまで成長してしまったのだ。おそらく奴は自身を保てなくなり、時を待たずして崩れ、消え去ってしまうだろう。でも村に着く前に自壊する保証はどこにもない。
これをお爺ちゃん一人で倒せというの……? そんなの無理だ。無理に決まっている。
ならどうする。このまま指をくわえて身を委ねなくてはいけないのだろうか。
「ねねさま……」
こにが私を見つめていた。
決心する。
この子のために、私は抗おう。諦観の僻地から抜け出すために。
「私、鬼を祓ってくるね」
裾を握り締めるこにの手をやさしくといてあげる。
「やだっ!」
でも、こには頑なにこれを拒んだ。ぶんぶんと首を左右に振り、私の腕を幼い胸の中に収め、離さなかった。
「ひとりはやだよ……」
このとき、私はようやく二の舞を演じていることに気がついた。お母さんと同じことをしようとしている。
そんなことをしたら、こにが第二の『鬼子』になってしまうのではないだろうか。それだけは阻止したい。
「なら、一緒に行く?」
こにを守って、村も守る。
それが私の生きる道なのだ。
「うん、行くー!」
満面の笑みが咲いた。
神社から西の門に向かうまで、かなりの時間がかかってしまった。屋根の上を駆け抜ける術はまだ習ってなかったし、鬼斬を持ってこにと一緒に走るのは容易なものではなかった。空気のかげりが徐々に染まっていく。生ぬるい風は、流れの止まった川の水に浸かっているような気分にさせる。雄叫びが想像以上に大きい。すぐ近くにいる。この門のすぐ先に。
「開けてください、お願いします」
門の前で臨戦態勢に入っている防人に声をかける。振り返った防人はいらついた顔をしていたけど、私を見るなりすっと顔の色が青白くなった。
「鬼、鬼子ッ!」
槍を突きつけられる。そのへっぴり腰の姿を見て、勇壮でないとか女々しいだとか、そんなことはちっとも思わない。ただ私の自己同一性が洗練された、それだけ思った。
私ばかりを見ていて、足元にいるこにの存在にすら気づいていないみたいだった。
「おじい……白狐爺の手助けがしたいんです。あの方一人で太刀打ちできるような鬼じゃないんです!」
「き、貴様、白狐様が負けるとほざくか! この村を幾百とお救いになられたことすら知らぬ卑しい奴め。あの巨大な鬼と共謀していることくらい俺にも分かるわ!」
この人は私のことを理解しようとする気はちっともないみたいだった。私がどんなに心を開こうとしても、人々は心を開いてはくれない。それとも、自分がまだ開き足りてないのだろうか。
「村から去れ。いや、世から去るのだ! そうだ、俺の手でやってやろう。そうすれば俺が英雄だ」
一歩、二歩と防人がにじり寄ってくる。口元は歪んだようにほくそえんでいて、瞳孔は見開いていた。門の裏側から咆哮が聞こえる。気が動転してしまっているのだろう。幾度となく見てきた人の姿だけど、だからといって慣れるようなものじゃない。褄下でこにを隠すように立ち、千鳥足の防人を凝視する。
再び門外から低いうなり声がした。休む間もなく火薬の爆裂するような音がするなり、門が叩き壊された。
「じ、じじさま!」
がれきと共に、お爺ちゃんが石ころみたいに跳んできて、私たちの前で止まった。
「お主ら、伏せい!」
お爺ちゃんの断末魔の矢先、雷神様が怒り狂うように門柱が軋みを上げた。途端に柱は霧がしぶきを上げるみたいに粉砕した。左右に建てられた物見櫓も倒壊する。私はこにを抱きしめて、縮こまっていた。
横目で様子を窺う。今さっきまで門であった場所に巨大な垢だらけの贅肉がじわりとにじり寄ってきている。体長は私の三倍はあるだろう。横幅はそれ以上にある。お爺ちゃんはいつもいつも、こんなのを相手に戦っていたのだ。私はこんなのと戦う術を一年間学んできたのだ。でも稽古場と戦場とではわけが違う。
鬼は息を吸うだけで隙間風のような不気味な音を奏でる。吐き出す息は粘り気のある疾風だった。胸の奥でどろりと濁った渦が巻きだした。防人が苦しそうに呻き声をあげる。
鬼になって初めて会った人間の顔を思い出した。
「鬼の子だ! 鬼子だ!」
あの耳をつんざく悲鳴が頭蓋骨を内側から蹴りつける。あれから私はちっとも変わってないのではないか。どんなに努力しても、もう人間だったころの平穏には戻れない。私は鬼なんだ。鬼の子鬼子。笑顔なんてとっくに忘れてしまった……。
もう、自分なんて。
お爺ちゃんが立ち上がった。羽織は彼処を切り裂かれ、袴は赤く染まっている。鬼は棍棒のようなイボだらけの腕を振り上げる。お爺ちゃんは傷だらけの腕を持ち上げ、呪を詠唱すると、指先に光が集中し、一直線に自暴自鬼の額を貫いた。鬼の首はのけぞり、その勢いに任せて巨体は音を立てて倒れた。続けてお爺ちゃんの指から球状の結界が生み出され、私たちを包み込んだ。
私の心を蝕んだ自暴自棄の心が、一瞬にして浄化された。
「鬼子や」
切り傷だらけのお爺ちゃんが私に笑顔を見せた。びっこを引いて近づき、私の頬に触れた。お爺ちゃんの手は硬くてあたたかかった。
心の鬼に支配されかけていたんだ。
「修練の続きじゃ。そこの自暴自鬼を祓いなさい」
でも、悪夢から覚めても、現実はあまりにも重くて、押しつぶされそうだった。
「あんな大きな鬼、勝てっこありません」
私はまだ一度も鬼を祓ったことがないのだ。相手はお爺ちゃんが苦戦するほどの強敵で、初陣にしてはあまりにも大きすぎる関門だとしか思えない。
「強さは見た目の大きさではない。心の大きさじゃ。お主の心は誰にも負けぬ。一番大切にしてきたものじゃろう?」
このことについて否定はしない。私は誰よりも多くの人々の思いを授かってきた。
でも、それでも私は踏み出すことができなかった。飛び立つ寸前の雛が、巣のふちで立ち尽くしてしまうように。
「大丈夫じゃ。わしがついておる。奴の毒はまじないで封じたから、遠慮せんで宜しい」
そう言ってお爺ちゃんは茶目っ気たっぷりに指で円を描いてみせた。戦うお爺ちゃんは若々しく見えた。そのすぐ隣で、こにが心配そうに私を見ている。
ずず、と地滑りのような音と共に、なれの果ての鬼が身を起こした。お爺ちゃんの光弾一発で失せるほどやわではないようだ。
鬼斬を一振りし、成れの果ての鬼と相対する。次の標的と認識した鬼は棍棒の腕を振り下ろした。思った以上に速度がある。遮二無二なってよけて間一髪だった。雪駄一足分先に、地面に半分めり込ませた巨大な蕪のような拳があった。少しでも回避が遅れたらと思うとぞっとした。
もう一方の棍棒が横払いに跳んでくる。とっさに薙刀で受け止めようとするけど、そんなもので威力を殺せるはずもなく、矢のように自身が地面すれすれを滑空した。後ろ受身の態勢をとり、三回転してようやく停止した。頭がくらくらする。全身が爆風を受けたように痛いけど、折れたところも脱臼したところも見当たらない。
走った。早く応戦しないと、次はお爺ちゃんたちに拳が落とされてしまう。鬼の前で構えると、まは棍棒を振り上げた。瞬間を見計らって右に避ける。雪駄二足分先に盆地が生まれた。ほとんど間をいれずに薙ぎ払いを繰り出してきたので、巨大な腕の射程外へと脱した。
技の種類はあまり多くはないようだ。でも懐に入って斬りつけようにも刃が届かない。有効範囲内まで踏み入れることが困難を極めた。このまま持久戦に移ったら、体力のない私が不利になるのは確実だった。
「鬼子、自己を見失うでないぞ! 戦いとは自分と向き合いことなのじゃ」
お爺ちゃんの声がする。そんなことを言われても自分と向き合う前に相手と向き合わないと生命の存亡にかかわる。
鬼は口から蒸気を吐き出し、威嚇した。漆塗りの栂を掻ききむしるような悲鳴に聞こえた。
まるで、何かを嘆いているようだった。
再び鳴き声を上げる。
ク・ル・シ・イ。
自暴自鬼ははっきりとそう痛みを叫んでいた。
「あなたは……」
雄叫びが大地を揺るがせ、木片が小刻みに震える。
クルシイ、ツライ。
私の生き写しを見ているようだった。私の、醜い部分だけが蒸留されて塊になったものがそこにあった。
「苦しかったですよね、辛かったですよね」
いぼつき棍棒が振り下ろされる。攻撃は外れた。私一人分先にめり込んだ拳はあった。
ダマレ、オマエニナニガワカル。
もう一方の拳も振り下ろされた。それも見切った。両手でじゃんけんするように、動きがよくわかった。
自己というのは、自暴自鬼のことなんだ。私は自暴自鬼で、自暴自鬼は私。敵なんてどこを探したって存在しない。お爺ちゃんはこのことを言いたかったんだ。
鬼の成れの果てが下ろしたいぼ棍棒に乗り、そのまま頭部に馬乗りした。振り落とそうと躍起になるが、私だって必死だ。
一体化する。
「何もかも、わかります。私もあなたと同じ鬼ですから。でも、もう疲れたでしょう? ゆっくり休みたいでしょう?」
そう語ると、自暴自鬼は抗うのをやめた。二人の鬼の息遣いだけが聞こえる。
……アア、ツカレタヨ。
鬼はすべてを堪忍したような、そんなやさしい口ぶりだった。
「あなたの苦しいこと、辛いことは、全部私が背負います。だから、あなたを――」
お母さんのことを思い出した。正確にはお母さんが言っていた言葉だったけど。
私は紅葉なんだ。誰かの苦痛を背負って散っていく紅の一葉なんだ。
喜び萌えよ、悲しみよ散れ。
鬼斬を振り上げた。
「――萌え散れ」
自暴自鬼が一刀両断されていく。鬼は抗うこともなく、自らの定めを受け入れていた。
アリガトウ。
消え失せる間近、穏やかな春風のどこかから、そんな声が聞こえた。
「ねねさま!」
こにが駆け寄ってきた。私は黙ってその小さくて大切な存在を抱きしめた。
祓ったんだ。今になってようやく実感が追いついた。私は生きている。
「おじいちゃあん! おじいちゃんおじいちゃん!」
慌ただしい声が村からやってきた。シロだ。右手に大幣を持ち、左手に梓弓を持っている。鬼が門を越えた知らせを聞いて飛んできたのだろう。鬼から村を守る神さまとして、誇るべき志をちゃんと持っているのだ。
お爺ちゃんはふっとやわらかな笑みを浮かべ、愛おしい孫を抱きしめた。シロはえぐえぐとしゃくりを上げて泣いていた。怖くて怖くて仕方なかったのだろう。
「きょ、狂言だ! これは狂言だ!」
防人は腰を抜かしたまま叫んだ。
「お、鬼め、化けの皮を剥がしやがれ! まだ俺たちを騙す気か!」
怨みに満ちた罵り言をぶつけられる。でも結局私の立場は何も変わっていなかった。鬼は人間から忌み嫌われる。単にこの人が恩知らずなだけとも言えるけど、私はそうだとは思えなかった。その眼には、二匹の鬼が殺し合いを繰り広げていたようにしか映らなかったのかもしれない。同族殺し、そして勝ち残った鬼が人間を殺戮する権利を得るのだと。
「あのデカブツはこの鬼が呼び寄せたんだ! 綿密な策略を立てていて、またすぐしたら狂言で、新手の鬼がきっと来るぞ!」
防人の言っていることは支離滅裂で、感情に言動が支配されてしまっていた。
「わかりました。この村を離れます」
だから私はそう断言した。シロが唇を噛み締めていて、お爺ちゃんは思慮深く頷いていた。
「ねねさま……」
袂を掴んだこにが哀願の眼差しを向ける。でも私の心は決まっていた。これ以上ここにいたら、村の人たちに迷惑をかけてしまうだろうし、匿ってくれているお爺ちゃんやシロも困らせてしまう。
「その鬼、さては猊下(げいか)がお引取りになられた鬼子だな!」
きっともう、このままじゃいけないんだと思う。これでは何も変わらない。いや、今私が行動しようとしていることをしてもなお、世の中は変わらず動き続けるのかもしれないけど。
「白孤様のもとに置かれても、穢らわしさは抜けていないようだな」
「この子に穢れはありません」
私ははっきりと口にした。
「それも全て私が受け持っています。私が、私の名前が鬼子ですから。この子の名前は鬼子ではありません」
鬼と罵倒するのであれば、それは全て私への罵倒だ。この子に一切の蔑みも認めない。私がその全てを負って生きる。
私にはその覚悟があった。
「紛らわしい名前しやがって……」
泥だらけの頬骨に汗を滴らせる。歯軋りの音がここまで届いた。
「ねねさま、いっちゃうの?」
こにの不安が見て取れる。お爺ちゃんを見た。何もかも、お主の意に委ねる。無言で物語っていた。
「こに」
膝をたたんで、こにと同じ視線で澄んだ眼を見つめた。世界が大きく、広く見えた。
「私と一緒に、行く?」
そう、問いかけた。
「うん、いくー!」
笑顔。
まるで、これから起こることなんて何一つわかっちゃいないような、そんな笑顔だった。でも、それがこにらしかった。私みたいなほほえみしかできなくなってしまったら、それはきっとこにではなく、鬼子なんだろう。
手をつなぐ。その手はとても小さかった。これからも守っていかなくちゃいけない。たくさんのことから、この身を尽くしてでも。
「鬼子さん! こにちゃん!」
シロの震えた声が凛と響いた。
「どんなことがあっても、ここが二人のおうちです! いつでも待ってますから、ずっとずっと、待ってますから! わたしも一人前になれるように頑張ってますから! ですから、ですから――」
「シロちゃん!」
こにがぴょこりと飛び跳ねた。
「またまりつきしてあそぼ!」
その喜々とした声にシロの瞳が潤みだした。お爺ちゃんは春の青い空を見上げ、防人は抜け殻のように私たちの別れを眺めていた。
一歩、二歩と歩き出して、戦場の痕を越えた。
「絶対ですよ、約束ですよ!」
シロは声が掠れるまで大声を上げ続けていた。私たちも手を振りしきって、やがて前を向いた。
道の先には、茜色の空が続いていた。
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「お前は馬鹿なだけだ」「オレも混ぜろおぉ!」
「日本さんが話したいのなら、ちゃんと聞くよ」
「負けたら、駄目なんです!」
「ねねさま!」
彼ら彼女ら鬼の子ら、昔語りのあけぼのの、淡く切なき日はのぼる。
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