幼なじみはオタ娘
pppppp……―――。
「うぅ……」
毎朝耳にする電子音が鳴り響いている。もぞもぞと身体の向きを変え、その音源へと腕を伸ばした。
「……………朝、か」
時計を見れば、短針は時計盤の5を指している。窓へと顔を向ければ、まだ陽も射していない。これは別に、今朝だけ早起きをしたという訳ではない。毎朝の恒例行事だ。
いつものように布団から抜け出して軽く伸びをすると、いつものように着替える為に立ち上がり――――――
「………はぁ」
――――――そして、いつものように溜息を吐いた。
わずかに見え隠れする数少ない畳の足場を辿りながら、俺はなんとか箪笥まで辿り着く。
「……………順番どうだっけ?」
半覚醒状態のまま、俺は然るべき手順を頭の中で模索する。右上から……いや、それは2つ前のやつだ。前回が右下で、えぇと―――。
「これと、これ………そんでこれで――――――」
左上の引出しを引き、次いで上から3番目の左側、斜め下を出して戻す。最後に左上を半分だけ戻す。何かがかみ合った感触と共にカチリという音がし――――――
「ぐはぁっ!?」
――――――次の瞬間、目的の引出しが飛び出し、俺の鳩尾を直撃した。
「朝っぱらからこれはキツイぞ………この野郎」
床に転がり、大口を開けてイビキをかく少女の首にかかっているゴーグルを引っ張る。彼女の項にひっかかったままのゴムを最大限まで伸ばして――――――。
「起きろや、この駄乳娘」
「ぶへぇっ!?」
――――――バチンという音と共に、ゴーグルが少女の顔を直撃した。
※※※
彼女と初めて出会ったのは、5歳の時だった。俺が生まれる前から空家であった隣家に、新しい家族が引っ越してきたのである。
「よろしゅぅな、にぃやん」
「えと、うん…よろしく」
隣家の娘が口にした言葉。初めて聞く言葉遣い。幼稚園でもどこでも、このような喋り方は聞いた事がなかった。それが関西弁だとわかるまでに、そう長くはかからなかったが、それでも俺はその話し方に興味津々だった。
「何やってるんだ?」
「んとな?いま、これを分解しとんねん」
彼女の家に遊びに行った時の会話だ。おばちゃんに通されて彼女の部屋に行けば、ドライバー片手にミニカーをいじっている幼なじみ。
「なんでそんな事してるんだ?」
「だって、これがなんで動くんか知りたなるやろ?」
「はぁ…?」
彼女の興味の対象は、もっぱら機械だった。
「あのな…にぃやん………」
「どうした?」
「にぃやんのGB…分解したら、戻らんくなってもうたわ………」
「………………」
その興味は留まる事を知らず、ついには俺のものにまで手を出すようになった。泣く泣く説教をしたのは、今も鮮明に覚えている。
「にぃやんにぃやん!明日のトレーニングは、これつけてやってくれん?」
「何、コレ?」
中学生に上がった頃―――俺が中2で彼女が中1だ―――とある夏の日の夜に、彼女が俺の部屋へとやって来て放った言葉。その手には、ドーナツ型の黒い物体。
「ウチが発明した、アンクルおじさん3号や!明日のランニングは、これを足首につけてってな」
「……………ものすごい怖いんだけど」
その頃には、彼女は解明よりも発明に取り組んでいた。鍛錬用の竹刀を作ったと言ってきたと思ったら刀身が一振りですっぽ抜け、自作の卓上ライトは爆発し、DSを真似てプログラミングをしたと胸を張っていればソフトが壊れ――――――彼女の失敗作は順調にその数を増していった。
「で……で、出来たぁあっ!!」
「何が?」
学年があがれば、彼女の探究心は物理的なものよりも、コンピュータへと移って行った。
「ついに……ついに、ウチ専用のパソコンが出来たんや!名前は………せやな、ぱそ子ちゃんやで」
「それはまた………すごいな」
アキバでパーツを購入し、自分でPCを組み立てた時は、正直に賞賛した。
「じゃ、さっそく起動するで」
「ふむ」
電源をコンセントにつなぎ、スイッチを入れる。ぶぅぅん…という音と共にディスプレイが立ちあがった。
「Windowsか」
「せやで」
「………なぁ」
「ん?」
「この『3.1』って数字はなんだい?」
「そら『Windows3.1』をつことるからやで?」
「20年前のじゃねぇか………」
どこか、感性がおかしかった。
それからはどっぷりとコンピュータにのめり込んだが、カラクリ制作も、時々行っていた。彼女曰く、気分転換だそうだ。確かに、ずっと画面とにらめっこしていたら目にもよくない。それはいいんだ、それは。
「………………そろそろ、こいつらを持って帰ってくれないか?」
「せやかて、ウチの部屋はもういっぱいやもん」
俺の部屋にまで侵食してこなければな。彼女が制作した種々様々なカラクリのおかげで、俺の部屋の居住可能面積がかつての半分にまで減っていたのは、高校1年の夏の事だった。
※※※
「朝からけったいやなぁ、にぃやん………って、まだ朝の5時やん!?」
「うるさい。また人のタンスを魔改造しやがって。人に………ってか俺に迷惑をかけるなとあれほど言っただろうが。つーか当り前のように俺の部屋で寝るな」
頭の両脇に結んだままの髪の毛はボサボサであり、ツインテールのようでそうではなかった。また風呂にも入らずに寝やがったな。
「でも、もうウチの部屋じゃ寝られへんもん。床も机もベッドも、全部ウチのカラクリちゃん達で満載やし」
「だからって俺の部屋でやらないでくれよ」
溜息を吐いて、部屋を俯瞰する。机の上はいろんな工具―――半田ごてまで購入しやがって―――で埋まり、タンスの上や床には彼女が制作したものや、その材料、あるいは材料の余りで畳もほとんど見えない。
「いい加減いくつか捨てろって言ってるだろう………真桜」
「いやや!ウチが折角作ったんやで?いわばウチの子どもたちや。にぃやんはウチに子ども殺しの罪を背負って生きろ言うんいだだだだだっ!?」
「だったら俺のDSを殺した罪はどうなる」
彼女の頭を鷲掴みにし、思い切り締め上げる。昔からやっている躾方法だ。効果はないが。
「………発明に犠牲は付き物なんや」
「もういいよ………はぁ」
遠い眼でそっと呟く真桜に、俺は再度溜息を吐く。なんだかんだで、俺も彼女に甘いのであった。
「大体さぁ、お前は色々と作り過ぎなんだよ。なんで部屋にも帰れないんだ」
「言うても?朝起きたら愛しの幼なじみがおって嬉しいくせにー」
隣を歩く真桜は肘で俺の脇腹を突いてくる。少しウザったい。
「つーか、教科書とかノートまで俺の部屋に持ってきやがって。昨日までなかっていうのに………」
いつものように二度寝する真桜を放ってトレーニングに行き、鍛錬を終えて部屋に戻れば制服姿の幼馴染がいた。当り前のように、俺の机の本棚から今日使う教科書やノートを鞄に放り込み、朝食に参加までしやがる。
「せやから朝言うたやん。机もカラクリの置き場がないて」
「………俺が勝手に捨ててもいいか?」
「いやや!そんなんしたら、にぃやんの部屋全部改造するで」
「はぁ……」
今日何度目になるかわからない溜息を零しつつ、横合いから声を掛けてくる男に視線を向けた。
「おっす」
「おはよーさん。真桜ちゃんは相変わらずなんかいじってんなー。なんや、今日は何作っとるん?」
「おはよーさん。今日は何も作っとらへんで。携帯の充電器をバラしとるトコや。ちぃとバッテリーが欲しくてな」
「ふーん。感電とかせんの?」
「ウチみたいな一流の人間がそないなヘマせぇへいだぁっ!?」
バチッ、という音が鳴り、真桜が右手を勢いよく振る。言ったそばからこれだ。
昼休み。
「にぃやん、飯食おうでー」
「失礼します」
「うぅ……やっぱり緊張するのー」
数日に一度、こういう日がある。下級生であるにも関わらず、真桜が飯に誘いに来るのだ。ただ、その時は決まって連れがいる。礼儀正しく扉の前で一礼して入って来たのが凪。真桜のクラスメイトだ。というか、彼女との付き合いもそれなりに長い。真桜が中学校に入ってから出来た友達だから、3年になる。その凪の後ろでおどおどと入るのは、同じく3年の付き合いになる沙和。眼鏡の奥の眼は、緊張のせいか泣きそうになっていた。
「また来たのか」
「言うても?愛しの幼なじみに加えて、美少女2人と飯が食えて嬉しいくせにー」
その言い方はどうにかならないのか。
「とりあえず、沙和がビビりまくってるから屋上にでも行くぞ」
「一刀さぁん……」
俺の言葉に、相変わらず緊張しまくりの眼鏡っ娘が縋りついてくる。何度も足を運んでいる癖に、何を緊張しているのやら。
「せやな。さっさと屋上で飯食お。かずピーには真桜ちゃんがおるから、凪ちゃんと沙和ちゃんはワイが頂くで」
「なんで、アンタが来んねん!」
ビシッと真桜のツッコミが入った。関西弁どうし、妙に気が合うところもある2人である。が、正直コイツが来ると沙和が緊張するんだよな。という訳で。
「凪」
「はい」
「やれ」
「はいっ!」
「ぐへぁっ!?」
俺の許可に、凪が及川の鳩尾に拳を叩き込む。空手部ホープの拳は効くだろう。
「か…かずピーの、裏切り者………」
「悪いな。お前の事は忘れないよ」
「うぅ…」
崩れ落ちた級友を放置し、俺は三羽烏を率いて教室を出るのだった。
「で、今日は何を作ったんだ?」
婆ちゃん手製の弁当を口に運びながら、隣の少女に問いかける。
「んっふっふぅ、今日のはなかなかの力作やで。なんてったって、午前中の授業丸々潰してまで作ったんやからな」
「そうなのー。毎回先生に見つかって怒られてたのー」
真桜の言葉に、パンを頬張りながら沙和が補足する。隣では、凪が相変わらず真っ赤な弁当を口に運びながら頷いていた。
「またそんな事してんのか……なんでか知らないけど、俺にも矛先が向くんだぞ」
その通りだ。理由は不明だが、真桜が何かをやらかした場合には、彼女の担任から俺が注意される。保護者じゃないってのに。
「あぁ、それウチのおかんの所為やわ」
「は?」
「前にウチに電話があった時、にぃやんの方がおかんより躾上手いから、にぃやんに保護者役任せとるとか言ったらしいで」
「育児放棄で民生委員に通報してやる……」
隣家に住む、パンチパーマの虎柄おばさんに俺は想いを馳せた。
「まぁ、それはいいとして――――――」
「よくねぇよ」
「いいとして、や………じゃじゃーん!」
古臭い効果音と共に、真桜が鞄から取り出したのは、1体の人形だった。赤いチャイナ服をまとった黒髪の女で、左眼に蝶を模した眼帯を巻いている。背中には真っ黒い剣が担がれていた。
「何、これ?」
「ウチが制作した『1/16全自動カラクリ夏候惇将軍』や!」
「夏候惇って男じゃなっかったっけ?」
素朴な疑問に、真桜は人差し指を左右に振る。
「ちっちっちっ、甘いでにぃやん。最近の流行りって知っとるか?」
「流行り?」
「せや。最近は男キャラを性転換させるのが流行っとるんやで?せやから、ウチもそれに乗じて作ってみたんや」
「………こんな風にされたら、魏武の大剣も報われないな」
その前に。
「で、全自動ってのは?」
「あぁ、ウチが今朝バラしたバッテリーを使うとるんや。手の先まで関節が動くんやで?見てみ?」
言うが早いか、真桜はフィギュアの背中のスイッチを入れ、地面に置いた。
『我こそは夏候元譲!曹操が一の剣なり!』
「………スピーカーまでついてんのか?」
突如人形から声が発せられ、そのままゆっくりと歩きだした。確かに関節もしっかり動いているようだが、如何せん、動きがリアルで気持ち悪い。フィギュアはそのまま床に胡坐をかいた俺のもとまで進み、そして――――――
『ふはははは!我が剣を受けるがいい!』
――――――背中の剣を手にとったかと思うと、それを振り下ろした。
「あちゃ………」
「やっちゃったのー…」
「………(もぐもぐ)」
やってしまったと真桜は固まり、沙和は同情の眼で見てくる。凪はいまだ食事中だ。俺はと言えば、床に散らばった弁当の残骸に視線を落としていた。
「………いやな、違うねん」
「………………………凪」
「ふぁい」
口に物を入れながら喋ってはいけません。
「んぐんぐ……はい」
「やれ」
「はいっ!」
俺の命令に、凪の弁当箱から赤い物体が真桜の口に放り込まれた。
「―――――――――――――――っ!!?」
口を抑えて転がりまわる真桜を見ながら、俺は幼なじみの弁当を拝借するのだった。
夜。夕食後の稽古も終え、自室に戻った俺は朝のように溜息を吐く。
「………だから俺の部屋で作業はするなって」
「んー?せやかて、ウチの部屋は住める場所やないもん」
カチャカチャとキーボードを叩きながら、真桜が生返事を返す。ディスプレイを覗き込めば、真っ黒な画面いっぱいにアルファベットと数字の羅列が映し出されていた。
「で、今度は何を作ってるんだ?」
「ウィルス」
「は?」
なんつった?
「せやから、ウィルスや。あと、作っとるんやなくて、解析しとんの」
よくわからないが、危険じゃないのか?
「大丈夫やて。ウチの実力にかかれば、こんなんすぐに解析でき――――――あ」
「あ」
自信満々に言っている最中で、突如ノートPCの画面がブラックアウトした。
「え?ちょ!?待って!まだバックアップ取っとらんデータいっぱいあんのに!」
「………自業自得だ」
「嘘やぁ……」
暫くの間、気勢を上げながら電源を入れ直したり、PCを叩いたりしていた真桜が静かになった。
「御臨終か」
「ウチの…ウチのパソコンが………」
「まぁ、お前ならまた作れるだろ?」
俺の問いに、真桜はゆっくりと首を振る。
「今月の小遣い…もうない………」
「じゃぁ、来月までお預けだな」
「来月の分も前借りしたから、来月もない………」
馬鹿がいる。ここに馬鹿がいる。
「――――――うぁぁあああぁぁん!にぃぃやぁぁぁああん!!」
「ちょ!?」
その馬鹿が振り向いたかと思うと、俺に抱き着いてきた。………柔らかい。
「ウチのぱそ子ちゃんがぁぁ……うぇぇぇえええん!」
「………………よしよし」
「うぁぁぁあああん――――――」
子どものように泣きじゃくる幼なじみを、俺はゆっくりと撫でさする。なんだかんだで、俺も彼女に甘いのであった。
あとがき
というわけで、あるるかん様のリクで真桜ちゃんでした。
『オタ』ってところに朱里とかその辺を想像した奴、残念だったな!
まぁ、楽しんで頂けたら幸いだぜ。
ちなみに、こんだけ投稿間隔が短いのは、白蓮たんのSSと同時進行だったからです。
そんなこんなでまた次回。
バイバイ。
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という訳でもういっちょ投稿。『眼鏡っ娘』の時のコメで、あるるかん様からのリクに反応してしまった。
まぁ、これもタイトルからわかるか………?
ではどぞ。