No.323122

恋姫異聞録127 -点睛編ー

絶影さん

えっと、色々ありまして
ちょっとコメント等返信できないです

体は戻ったんですが、悪いことは続くようで

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2011-10-24 01:06:00 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:9209   閲覧ユーザー数:6740

 

 

 

柴桑、北門で兵を待機させる流琉と季衣の眼に映るのは、西側の城壁に降り注ぐ矢の雨

そして、城壁に向かっては散会し、後方へともどることを繰り返す騎兵の姿

 

常識を超えた攻撃に、季衣と流琉はただ口を開けて、嵐のような攻撃を見ているだけになっていた

 

「ねえ流琉。稟ちゃんって、あんな性格だったんだね・・・」

 

「あの指揮も、ずっと隠していたなんて」

 

「うん、春蘭さまや桂花に戦術を教えてもらったけど、こんな戦い方聞いたこと無い」

 

繰り返される攻撃と、ガラ空きの東門に全く考えが及ばず、一体この後どういった展開を見せるのか

予想もつかず、季衣と流琉は少しだけ恐ろしくなってしまっていた

 

全く未知の攻撃方法、戦術展開。人は想像が及ばないモノに対して恐怖を覚える

其れがまだ心も未熟な、幼い少女たちであれば尚更だ。一馬や凪の様に愚直に誰かを信じるには

まだ彼女たちには早すぎるであろうし、全てを隠していた稟に対してそれほどの感情が持てないのは当たり前であろう

 

「大丈夫よ。攻撃に関しても、今後の展開についても私が教えてあげるし、あなた達は心配せずに私の指揮に従えば

問題ないわ」

 

「桂花さんっ!!」

 

二人の不安を予測していたかのように、桂花が二人の前に現れ、何かを決心したかのように戸惑う二人の側に立つ

 

「良く見ていなさい、あなた達の今後の力になる」

 

「は、はいっ!」

 

戸惑う二人を其のままに、桂花は今行われている戦術の解説を始める

 

「矢と言うのは取り敢えず放っておけば、敵の動きを封じられる。間断なく放たれる矢に、敵は為す術が無いのは

そういう事、あの攻撃方法が有効的なのは城壁の広さに注目すれば理解できるわ」

 

桂花が言うにはこうだ、城壁にはある程度の広さがあるが、其れでも壁を登る敵に落とすための岩、敵の矢を防ぐための

障壁、更には城壁から攻撃するための弩に装填する矢などを置く場所、そしてそれらを補給する為の動線などを考えれば

幾ら広い城壁であったとしても、せいぜい兵を三列並べるのがやっと、それ以上兵を置いていしまえば、それこそ

動くことも、補給することも出来ず、唯、敵に殺されるままになってしまうのだと言うこと

 

「此処にアイツが和議の使者として訪れた時、城壁の高さ、城門の堅牢さは正確に私たちの耳に入っていた。

だからこんな策を実行したんでしょう。アレだけ撃ち込まれれば、足元に構っている余裕なんかなくなる」

 

此方の合間無き攻撃に、前列は一方的に打ち込まれる矢を防ぐだけになり、後方は敵の姿が見えぬまま降り注ぐ矢の中を

適当に反撃の矢を放つ事になる。だがそんな適当に放った矢など当たるはずもないし、無理矢理に障壁の前へ飛び出せば

降り注ぐ矢の的になる。さらに、矢にばかり気を取られていては、真下から襲いかかってくる重歩兵部隊に注意が

散漫になってくると言う有様だ

 

「孫子にあるように、戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者と本当は籠城なんか敵が衰えるまで待てば良いんだけど

蜀が何を考えているか解らない今は、多少強引でも敵を討つ事が先決だからね」

 

説明を受け、流琉と季衣は先程よりも唖然とした表情で桂花の説明を受け、ならば此れに対する反撃は?

敵がこんな策を使ってきたら、自分達はどうすればいいのかと泣きそうな顔で問えば、桂花は真剣な表情で一つ頷く

 

「簡単よ、敵より高い位置に、城壁に櫓でも立てれば良いだけ。そうすれば騎兵の矢なんか届くはずもない

より高い位置を取り、高低差を利用した矢は生半可な鎧なんか簡単に貫く」

 

他にも城壁の中に櫓、もしくは井闌車を組み立て、敵の射程外から攻撃をすればいいと説明されると

流琉は腕を組んでなるほどと頷き、季衣はいまいち来るものが無かったのだろう、唸り声と共に首を捻るだけだった

 

「な、ならこっちは?何故東門を開けておくのですか?」

 

「貴女ならあそこを通る度胸がある?ワザと開けた東門、明らかに何らかの意図があるに違いないと誰もが思うでしょう」

 

桂花の言葉に流琉と季衣は呆れ、言葉をなくしてしまう。つまり桂花が言いたいこととは、東門には何も無いのだ

何一つ、罠も、策も、伏兵どころか遊軍もそこに眼を向けていない。だからこそ出れない

 

何も無いからこそ余計に怪しく、何かを隠しているかに違いに無い。先ほど自分達が稟に対して感じた感情と一緒

未知の攻撃法方を行われている、想像が出来無い戦術。ならば東門には、同じように想像すらできない

何か恐ろしいものが、策が、罠があるに違いないと

 

「そう思わせているだけ、結局何もないのよ。だけど敵は東門から出られない。出たら何をされるかわからないから」

 

「でも、敵も斥候を放っているのでは」

 

「ええ、見たところ甘寧が居ない。なら今頃どうなっているか解らない?」

 

ゴクリと唾を飲み込む二人の脳裏にはある一人の将の名前が浮かび上がる

初めに、自分達よりも先にこの地に訪れ、敵の補給線を絶ち、増援部隊が来るであろう道を兵を配置し固め

城を完全に外界から遮断し孤立させた存在。騎馬を操らせればその神速の用兵術に敵う者などありはしないであろう

 

紺碧の牙門旗を掲げる魏のもう一つの大盾、張遼こと霞である

 

「張遼将軍、東門を探るために敵が出てきました。身を隠して居るようですが、我らが散開し索敵を行なっていることに

気がついて居無いのでしょうかね」

 

「いんや、気がついとるで。囲まれる前に城の外へ出て遊軍として伏してたのに、出なアカン状態にされたちゅうことや」

 

「なるほど、では軍師殿の戦術に慌て東門を我が身で調べる、もしくは突破し外へ逃す活路を開こうと?」

 

「せやな・・・けど、アレは本命や無い」

 

東門から少し離れた東南の林に、索敵、敵の増援部隊への伏兵などを散らせ、数少ない兵数で待機する霞は

副将からの報告に口の端を笑に変えて、馬上でゆらりと力を抜く

 

「本命はこれやっ!!」

 

陽の光を反射する偃月刀を回し、突然きの影から現れ跳びかかる甘寧の振るう曲刀に合わせ、弾き

攻撃をいなされた甘寧は空中で身体を反転させ、音もなく地面へと着地する

 

「此方ねろうて確実に道を通す気や・・・・・・・クックックッ」

 

攻撃を防いだ霞は、突然の甘寧の出現に驚く伏兵を他所に、こらえ切れないとばかりにカラカラと笑いだす

その姿が甘寧の琴線に触れたのだろう、表情が強張り、無言の殺気が霞と副将に襲いかかるが

怯むのは隣の副将だけ、肝心の霞は余計に笑いを大きくするだけだった

 

「・・・」

 

「何を笑ろうとるっ!ちゅう顔やな。此れが笑わんと居られるか、稟が言ったとおりわざわざこんな所に

少数で来るんやから」

 

全てを見通した稟に既に此方に向かう事を伝令によって伝えられていた霞は、言葉通りの甘寧の出現に笑うしか無かった

甘寧は笑う霞に眉をピクリと動かすだけ、直ぐに其の口を塞いでやると言わんばかりに死角へと回りこむ

 

「阿呆が、簡単に釣られる奴がウチを殺れると思うな」

 

甘寧の切り裂くような鋭利な殺気を霞は一喝、そして纏うはまるで分厚い壁を思わせる盾の気迫

霞の気迫に守られた副将は、身体の震えが収まり、直ぐ様、霞の邪魔にならない位置へと移動

同時に甘寧と同じように現れる敵兵に逆に襲いかかる

 

笑う霞の姿とそっくりな盾のような気迫に甘寧は昭を思い出したのか、眼は怒りに染まり

華琳と昭に負わされた負傷をものともせずに、速度を上げ霞の視界から姿を消す

 

馬上の霞の死角へ死角へと入り込み、徐々に空気に溶け込む様に気配を消していく甘寧に霞は動じる事無く

またゆっくりと偃月刀の刃を下へ、何時もと同じ構えを取ってただ口の端に微笑を称えたまま攻撃を待っていた

 

己を眼で追うわけでもない、此方の気配を探る訳でもない、後の先を狙っているのだろうと判断した甘寧は

完全に気配を消し去った所で霞の死角、背後の、其れも馬の腹の下から這うように首を狙った一撃を放つ

 

「惜しかったなぁ・・・」

 

放った一撃は背面のまま、振り向きもしない霞の偃月刀の柄に叩き伏せられ、地面に落ちる甘寧の曲刀

 

「昭から聞いてる。死角からしか狙わんとか、動きがまるわかりや」

 

敵の武器を叩き落とした霞が振り向けば、そこには曲刀を手放し、懐に入れた小刀で霞の首を再度狙う姿

本命はこれ。昭に自分の弱点を見られた時から考えだしたもの

 

敵に知れ渡っているであろう自分の攻撃方法。ならば其れを逆手に、死角から狙う曲刀を囮に蜂の一刺しの如く

敵の首を小刀にて一気に刺し貫く

 

貰った。確信した甘寧は握る小刀を真っ直ぐ、此方に振り向いた霞の喉へと放つ

 

だが、自分の手に伝わるのは柔らかい肉を貫く感触ではなく、固く、石の混じった土を握り締める感触

そして自分の頬に当たる冷たい地面の温度

 

何が起こったのか全く解らない、唯、自分が地面に横向きに倒れ、地面を、土を握り締めていることだけがわかる甘寧は

動かぬ身体で眼だけを動かし、上を向けば馬上から自分を見下ろす霞の姿

 

「早いのは用兵だけやないんやで。ウチの偃月刀は呂布の速さを超える」

 

甘寧の喉元を狙う一撃に合わせた後の先からの対の先。相手が動いたのに合わせ、攻撃を仕掛けるのが後の先ならば

敵の動きと同時に攻撃を繰り出すのが対の先。甘寧から喉元に伸ばされる小刀に合わせ、霞は偃月刀の柄を戻し

下から小刀を飛ばし、流れるように上段から肩に柄を落とし、地面に崩れ落ちる甘寧の身体

 

眼に捕えられぬ程の速さで柄を上下に動かし、空中で支えのない甘寧の身体を叩き落とし

さらに素早く馬の手綱を引き、反転させると切っ先を甘寧の首へと向ける三連撃

 

地に伏せた甘寧の首元には既に偃月刀の切っ先が向けられ、地面に崩れる甘寧の身体を抑えこむように

霞の気迫が圧しかかる。少しでも動けば其の首を跳ね飛ばすとばかりに

 

「動くなよ。動いたらまた地面を舐めることになる」

 

動きを封じる霞、己もまた昭達のした約束を、呉の将を全て生きたまま捉えると眼で語り馬上から動きを封じる

此のまま自分の兵達が敵兵を捕縛、または打ち滅ぼすまで待てば甘寧は捕えられると

 

首元に押し当てられた偃月刀を甘寧は無言で目線だけ這わせると、ゆっくりまた霞の顔を見て

目元だけが微かに柔らかいモノの変わる

 

「ん?」

 

甘寧の僅かな変化に気がついた霞は何か仕掛けてくる気かと握る偃月刀に力を込める

だが、甘寧は微動だにせず、目線を合わせていた霞は甘寧の瞳に映る背後の人影に気が付き振り向く

 

「遅いっ!」

 

幾ら早くとも私の首元に伸ばしたその長い得物を引き戻し、背後の攻撃に間に合うまいと、合わせるように

懐からもう一つの小刀を素早く取り出し、投げつける

 

迫る背後からの攻撃、霞の視界に入ったのは身体を真っ白な包帯で包んだ周泰の姿

手には長く、反りのある片刃の野太刀が握られ、霞の身体目掛け真一文字に空気を切り裂きながら振り抜かれる

 

今度こそ取った。そう確信した甘寧

 

だが、甘寧の眼に映るのは霞の身体が切り裂かれる光景ではない

身体を戻し、甘寧の投げる小刀を柄で叩き落とし、また引っかかったなと笑みを大きく、甘寧を見下ろす姿

 

霞に襲いかかる周泰の野太刀は、突如現れ身体を滑り込ませる老兵の刀に弾かれ、体制を崩した周泰は

そのまま老兵の拳を華琳が付けた傷口に受け、嗚咽と共に昏倒し、地面に崩れ落ちる

 

「なっ!?なぜ貴様が此処に居るっ!!」

 

仁王立ちで霞の側で刀を構える老兵、この場所に居る筈がない。この老兵は先刻まで西門で行われている攻撃法と

同じ形で南門を攻めていたはず。将が居なければ南は手薄に、それどころか統率も取れず、兵が混乱してしまうのにと

 

「何故儂がこの場に居るかと不思議のようだが、何も不思議はない。稟殿と交代したまで、戦場で儂の居場所は

霞殿の副将よ。此れが定位置、此れが始めに頂いた儂の役職」

 

ニヤリと口元を緩める無徒は、驚愕の表情を浮かべる甘寧を一瞥、崩れた周泰を近くの兵に指示して素早く捕縛してしまう

 

そして気がついた甘寧の脳裏には、簡単に思い浮かぶ現在行われている南門の光景

 

稟が無徒と指揮を変わり、止めどない攻撃を繰り返し行なっている姿

 

南門に立つ稟は、口元に笑みと言う名の亀裂を作りながら兵を次々に動かし攻撃を繰り返していく

 

「昭殿の報告から柴桑に集約出来る兵の数は凡そ三万五千。となれば残りは外に出て此方を迎撃するしか無い。

ですが、肝心の兵は見当たらず、霞の報告にも姿が見えずとあれば、外に出て伏しているの明確。

しかし、幾ら数を減らされたと言っても万単位の兵を全て隠すなど不可。だからこそ気が付かれるのを承知で空いた

東門に部隊を向け、少数で罠を仕掛けているであろう隠れている霞を狙う」

 

背筋の凍るような笑みを浮かべる稟に伝令、副将、そして周りの兵までも身震いし、まるで首元に白刃を押し付けられて

いるような感覚を覚えてしまう。だが兵達はこの感覚をよく知っている。そう、此れはよく知る王、華琳の放つ冷たい

殺気だ

 

「フフフッ・・・さっさと出てこないと、貴女の大切な姉上は肉塊となりますよ。其れが嫌なら出てきなさい」

 

止めどない矢の雨を降らせながら稟は冷たく呟き指先だけで指示を出す

 

同刻、待機したまま攻撃を行わない流琉と季衣の隣に居た桂花が空に上がる一筋の蒼い矢を見る

赤壁から移動し、夜が空け雲ひとつ無い青空に南門の方角から真蒼な一筋の煙を上げて放たれる矢

 

其れを見た瞬間、桂花は全く逆方向に振り向き兵に指示を飛ばす

前列は待機、後曲は反転せよと

 

急に鋭くなる桂花の表情に流琉と季衣は驚くが、直ぐに何が来るのか肌で感じた二人は武器を構えて来る何者かに身構える

 

来るのは色違いの孫の我們旗。呉王、孫策の妹、孫権の旗

 

「此処まで思い通りだと軍略は勝てないと今は認めるしか無いわね。だけど全てにおいて、私が一番だとそのうち

華琳様に認めさせてみせる。行くわよ二人とも」

 

「はいっ!」

 

「うんっ!!」

 

逃げやすく、攻撃の手を止め、わかりやすく待機する場所へと攻撃を開始する孫権に向かう

王の妹、もし王の身に何かあった時の後釜として解りやすい程に安全な位置からの攻撃配置

敵の指揮に桂花は感じる。周瑜の指揮ではない、城壁で一人指揮を取る呂蒙が全てを担っているのだと

 

 

偃月刀を突きつけられた甘寧は、このままでは蓮花様がと隙を見出し逃げようとするが、踏み込んだ無徒の右拳が

掠めるように甘寧の顎を捉え、脳を揺らされた甘寧はガクガクと膝を震わせ地に足を着いてしまう

 

「あっ・・がっ・・・」

 

「なんや?拳一発で動き止めた?」

 

足を震わせ、苦悶の表情で立ち上がる事ができなくなってしまう甘寧に無徒は皺だらけの顔に更に皺を寄せて誇らしげな

顔をして拳を霞へ見せる

 

「詠様より教えて頂いた急所突きでございます。人体には多くの急所がありまして、顎を掠めるように打てば動きを止めら

れると教えて頂きました。他にも心臓打ちや鳩尾、米噛みに後頭部、知っている所から知らぬ所までありますぞ」

 

其れでも詠より下手だと言う無徒に霞は興味深そうに頷く。そもそも、急所に関しては華佗の元で手伝いをしている

詠の方が詳しく、拳で何処を打てば人体に大きく影響を及ぼすかを自分達武人よりも知っていると言うことだ

その事実に霞は自分の事のように喜んでいた。此れで詠は魏の国において、文と武を備えた将と成ったと

 

「フンッ、貴様ら・・・何時までも余裕で要られると思うなよ」

 

苦しそうに身体を起こそうにも立ち上がれず、その場に身体を投げ捨てるように崩れ落ちる甘寧

主人の窮地に今すぐ駆けつけたいのだが、体は言うことを聞かず、悔しさに顔を染めて拳を握り締める

 

「ぐ・・・城内の、公謹殿が何もしないと思うか?あの方達が狙うのは・・・王の首。真っ直ぐに、敵の頭を獲る」

 

苦々しい顔に無理矢理笑みを作ると、甘寧は霞に向かって言い放つ。今の状態ならば、敵の正面は将が一人

夏侯惇しか居ない。ならば容易く王の元へ手が届くと

 

 

 

柴桑の城内では砕けた白銀の鎧を脱ぎ捨て、体に乱暴に撒いた包帯は自信の流した血で紅く染め

肉厚の剣を両手に、腰には曲刀を四本携える孫策の姿

 

その傍らには病で蝕まれ、口から流れる血を乱暴に手で拭いながら

同じく剣を数本担ぐように背に携え、槍を構えた兵を指揮しながら目の前で軋む城門を見つめる周瑜の姿

 

「いくぞ、私がいくらでも変えの剣を投げてやる」

 

「ええ、狙うは曹操の首。正面の夏侯惇は私が抑える」

 

合図と共に、城壁の呂蒙を戻して一気に城内の兵を盾にして曹操の首を狙う。孫策自信も、目の前の夏侯惇を抑えつつ

周瑜と共に曹操を狙う。幾ら堅牢な城壁で有ろうとも、此れほど繰り返し攻撃を受ければいずれ早いうちに崩壊する

此のまま耐えることも出来ず、城内に入り込まれれば成すすべなく騎兵に飲み込まれる

 

万が一の事があっても、安全な場所に居る孫権は逃げることが出来る。ならば自分がするべきことは、最後まで

王として、正面の敵とぶつかり勝利すること

 

目の前で幾度と無く巨大な木の杭に叩かれる城門に周瑜は自嘲の笑みを浮かべる

此処に陸遜がいたならばと。だが、既に信頼すべき弟子は敵に捕らえられた。己の見通しの低さ故に

 

そんな友の姿に察したのか、孫策は周瑜の手を握り、二人は強く頷く

今は、唯勝つことを考えよう。まだ負けては居ないのだからと

 

 

 

繰り返し叩かれる城門、遂に僅かな隙間から見れる太い閂に入る亀裂

あと少し、そう兵たちが衝車の杭を大きく後ろに引けば、側で指揮していた春蘭が大剣【麟桜】を手に振りかぶり

地を蹴り、僅かな隙間に切っ先を通し、人の体二人分はあろうかという閂を一刀両断する

 

「はああっ!!」

 

春蘭の気合と共に、城門を支えて居た兵士達が閂と共に切断され地面に崩れ落ち、ゆっくりと開く柴桑の城門

 

声を上げる魏の兵士。だが、春蘭の眼に映るのは崩れる呉の兵士の影から現れた孫策の姿

荒々しい獣の殺気と気配を圧し殺し、ギラギラと鋭く光る瞳を向け、突きを放つ

 

 

 

 

地面に這いつくばる甘寧を捕縛しながら霞は呆れた様に頭を掻き、兵士の様子を見ながら溜息を一つ

 

「ホンマにな~んも解っとらんのやな」

 

無徒に同意を求めるように振り向けば、頷き、捕縛した甘寧を周泰と共に並べ、兵たちを引き連れ、東に進む敵兵の背後を

突く為に兵を纏め始める

 

「何だと?どういう意味だ」

 

「・・・ウチらの王は舞王とは正反対や。性格も趣向も、戦に対する考え方も全部や」

 

意味が分からない甘寧に笑みを浮かべる霞

 

同じくして南門の稟が高らかに笑い出す

 

「華琳様が黙って見ていると思いますか?我らが王を何だと思っているのか、私と同じ、攻め滅ぼす事を好む

武の王にして覇者!そして敵の全てを真正面から受け止める、器大きく王道を進む者、王覇の王と心得なさい」

 

自身の使える王を覇道と王道を併せ持つ、覇者と王者、王覇の王と評し声を発し攻撃を更に激化させる

 

 

 

 

振り下ろした大剣。閂を両断するために力の限り振り切り、体制の崩れた春蘭の喉へ一直線に

虎の如き速度と鋭さで孫策の剣が放たれる

 

ギンッッッ!!

 

吸い込まれる様に喉へと伸ばした剣先が鉄の板に阻まれ響き、痺れるように振るえる孫策の握り締める剣

当たりに響く鉄の叩く音。そして目の前には、後方に居たはずの魏王、華琳が大鎌を盾の様にして構える姿

 

顔を苦々しいモノへ変える傍らの周瑜

 

華琳は矢の雨降る中、騎馬の影に隠れ前へと、城門の春蘭がいる場所へと突き進んでいたのだ

考えられるだろうか、王であり、前線に、其れも味方側とはいえ勢いの無い矢や、城門に防がれた矢が降り注ぐ

場所へ、敵から狙撃される危険性さえある場所へ、王がその身一つで踏み込んでくるなどと

 

「さぁ、始めましょうか。貴女の想いを我が武で噛み砕く。続きなさい春蘭っ!」

 

「御意っ!」

 

武器を構え、襲い来る魏王。だが孫策は態々こちらに近寄った、好機とばかりに荒々しい殺気を放ち、周瑜を鼓舞し

春蘭に破壊される剣を次々に取り替え、華琳の首を狙う

 

周瑜も、兵に呂蒙を呼ばせ、武器を孫策へ投げ、鞭「白虎九尾」を振るう

ここで折れるな、この好機を逃すなと病で蝕まれ激痛の走る体を無理矢理に動かしながら

 

 

 

先へ進む鳳達は、来る途中に仕掛けた馬防柵を立ち上げ敵の進撃速度を落としていく

少しでも敵を此方に、新城の方向に近寄らせない様にと

 

「鳳さん、統亞さんたちが残るなんて、城で防衛したほうが良かったんじゃ」

 

「ダメなんだ。あの城は紙の城壁。もともと破壊工作で弱っていたし、何より情報を持ってる馬良がいるし」

 

「でも、これじゃ何のために城から出たのかっ!皆、死んでしまいます。人柱なんてっ」

 

「ううん、此れが一番皆を生きて帰らせる可能性が高いんだよ。紙の城に残されたら逃げ場なく一人残らず殺される

でも、この戦い方なら新城まで日にちを稼いで城の兵が半数以上生き残る可能性が有る」

 

鳳が言うには、少しずつ、少数の兵で敵に攻撃を繰り返し、さらに統亞達の後方の輜重隊への攻撃で敵の足はずいぶんと

遅くなる。そうすれば、前方で逃げる兵達は生き残る可能性が大きくなる。何と言っても新城は長い間、拠点として

使っていた事も、桂花が城内、場外の防御を高めていたこともあり堅牢な城であるということ

 

巧く行けば、雲の軍だけではなく、魏の本隊、華琳の軍も合流し、敵を逸らすだけなら出来るかも知れないと言うことだ

 

「逸らすだけ?ほ、本体が合流して逸らすだけってっ!!」

 

「うん、逸らすだけしかきっと出来無い。考えれば考えるほどわかる」

 

魏の本隊を持ってしても逸らす事ができない何て考えられないと言う李通

何故なら、赤壁へ進んだ蜀の軍は蜀の9割近い戦力のはずだと。そうでもしなければ、此方の大軍に

力負けどころか勝負にもならない。大部分の兵を南に向けたのに、それ以上の兵力があるわけがない

あるとしても、先ほど見た兵数。涼州の兵が全てであるはずだ

 

「向こうには馬良が居るんだ。絶対に、絶対に許さない。どんな理由があったって、私は許さない」

 

怒りに振るえる鳳に李通は何も言えず。唯、馬良に激しい怒りを燃やす鳳に李通は一度眼を伏せて顔を上げ

兵を指揮しながら後方の統亞達の身を案ずる。此れで二日目の夜だと

 

 

 

 

後方、既に敷き詰められた馬防柵が破壊され、敵の前衛が過ぎた所で息をひそめる統亞達

鳳から指示をされた時から後方へ攻撃を繰り返し、何人もの兵士を殺されながら敵の速度を減らし続けていた

 

時には馬防柵に加え、罠を張り、闇に紛れ攻撃をし、前を走る鳳たちが置いた矢を拾って敵に放ち

攻撃を繰り返す。輜重隊を率いる将、魏延に仲間を討たれながら統亞達は攻撃を仕掛ける

 

金棒を振り回す魏延を統亞と梁が速さと重さを混ぜあわせ、苑路が兵の指揮を取り敵の糧食を燃やしていく

 

闇に落ちる森。敵も南から雲の兵が来ることを耳にしているのだろう、闇の行軍は危険だと解っているはずなのに

兵を進める。統亞達は息を殺し、森の中で敵が近づくのを静かに、静かに待っていた

 

「統亞、無理をするな。何時まで修羅兵で居る」

 

「まだ・・・行けるぜ」

 

肩で息をし、目の下を隈が覆う統亞の隣で苑路が顔を顰める

明らかに異常であり、修羅兵になってからと言うもの、ある一定の期間、一日を過ぎてから統亞の体力がみるみると

落ちているのが目に見えてわかるほど

 

「いい加減にしろ、お前が倒れれば追いつかれるぞ」

 

「うるせぇな。止めたら動けなくなんだよ、テメェも経験あんだろ」

 

統亞の言葉に苑路は思い出す。自分も修羅兵に成った時のことを。軍師の詠ですら全身が動かないほどに酷使される修羅兵

前線で戦う自分達などは、とてもではないが口に出して言い表せない程の苦痛を味わう者も居る

勿論、中には一切苦痛なく、後遺症も無い人間も居るが、酷い者は其れこそ体が動かせなくなる

 

「力には代償がアンだよ。大将の体見りゃわかんだろ」

 

「なら後方に下がれ、あの娘たちと合流しろ」

 

「出来ねぇよ。俺ぁ、まだ大将に借りを返しちゃいねぇ。それにテメエら二人で抑えられるか?あの怪物女」

 

怪物女。その言葉で苑路は口を噤む。金棒を振り回す、梁の怪力と互角の将、魏延

指揮もしなければならない魏延を統亞が速さで撹乱し、梁が駆け寄る兵を薙ぎ払う

統亞が居なければ、梁と苑路自身が魏延を抑えることになり、今度は自分達の兵を指揮できない

 

そうなれば奇襲の一撃離脱ができなくなる

 

「オラ、ぐちゃぐちゃ考えんな。来たぞ、扁風と合流してなきゃありがてぇ」

 

辺りを警戒しながら進む魏延を先頭とする集団。どうやらまだ、後方から来るであろう劉備達と合流していないようだ

直ぐに出たであろう劉備たちと合流していないことを怪訝に思うが、苑路は余計な事は良い、今は足をとめることを

考えなければと、魏延が通り過ぎ、糧食を積んだ荷車が見える隊の中ほどで静かに号令を掛け一斉に矢を放ち襲いかかる

 

「抜刀、速やかに敵を討ち取れ」

 

静かな声で命令を発する苑路。すると素早く反応した魏延が先頭の兵と共に此方へ襲いかかってくる

 

「くっ、また貴様らか。今度はいいようにさせない」

 

騎馬から降り、金棒を構え攻撃を仕掛ける魏延の前に立ちふさがる

前日と同じように統亞と梁が立ちふさがり、梁が鉞を振るい、魏延の一撃を弾くと其れを機に統亞が鋭く攻撃を繰り出し

刻まれる魏延の体。統亞の速度に魏延は武器の重さもあり、追いつくことが出来ず防ぐだけになっているのだ

 

その隙に苑路は輜重隊の荷を燃やし、梁は武器を振るい敵を寄せ付けない

 

「またかっ!此れでは桔梗様の進みを止めてしまう」

 

燃え上がる一つの荷車。更に次の荷を燃やそうと取り掛かる兵士

敵を止める事が出来ない魏延は眼の前で攻撃を繰り出す統亞を睨む

 

「ぎゃっ!」

 

突然響く悲痛な悲鳴。敵の攻撃に成すすべなく固まっていた魏延の耳に聞こえたのは、味方の悲鳴ではなく

敵の、其れも一人二人ではない、荷に群がる敵兵が一人残らず切り殺される姿

 

大雑把で、武術の基本から外れた、武器を振り回しているだけのようにしか見えない其の武

だが、その技は何処か美しさと儚さを感じさせる。己が目標とするべき武が眼に映る

 

「泣いて居らんかったか童っぱ」

 

「桔梗様ッ!」

 

現れたのは前に居たはずの厳顔。突然現れた厳顔に統亞達は緊張が走る

 

「どうして此処にっ!?」

 

「前方は兵が優秀なものでな、任せてきた。それに、此方のほうが面白そうだ」

 

厳顔は、初めの罠に対する対応で、馬良の兵は優秀であると理解し、敵を追うだけなら十分に任せることが出来ると

一人後方へ、森の中を突き進み下がってきていたのであった。合流しようとした所、敵が潜む姿が見え

自分も敵が動き出してから攻撃を仕掛けようと潜んで居たらしい

 

其れならば早く合流していただいたほうがと攻撃をいなしながら言う魏延に、厳顔は魏延に攻撃を仕掛ける

統亞に斬りかかりながら眼を敵兵へと向ける

 

「見よ、儂が急に現れたもので浮き足立っているであろう。荷一つで敵を葬れるなら安いものよ」

 

見れば厳顔の言うとおり、急に現れ、それどころか味方を無残な肉塊に変えられた魏の兵士は驚き、戸惑う

本来ならば此処で声を発して味方を統率しなければならないのだが、現れた厳顔、そして自由になった魏延の

攻撃を受け、将三人。統亞達の動き、そして声を封じられる

 

声を発する間も隙として見られ、金棒と轟天砲の切っ先が嵐のように三人を襲い

退却と一言発することすら出来なくなっていた

 

少数で、将が三人居るため、緊急時に司令を出す副将も居らず退却命令も出ず、暗闇の為に身振りの指示も味方に伝わらず

将を助けるため敵に少数で抗い続ける兵たちは徐々にその数を減らしていく

 

「退きゃっ、ぬぐぅっ」

 

合間に声をだそうと口を開けば飛んでくる轟天砲の一撃。防げば重さに体ごとずらされる

梁は魏延に集中して狙われ、動くことも声を発することもできない

なんとか速さで上回る統亞が攻撃を繰り返し、同じように退却の号令を発しようとするが

厳顔は統亞の動きを見逃さない。動きで揺さぶるフェイントの中、的確に命令を発するときだけを狙って

武器を振るい、苑路が割ってはいろうものなら轟天砲の引き金に指をかけ牽制する

 

統亞が一番危険だと、厳顔は統亞へ狙いを定め、速さに対応するために両手で轟天砲を小刻みに操る

 

絶体絶命、その言葉が三人の頭を過った時、体を素早く動かす統亞の膝がガクリと折れる

肉体の限界ではない、統亞の中で何かが終わる感触

 

なっ・・・待てよチクショウ・・・待ってくれ、大将っ!

 

統亞の頭の中、心の中の暗闇で、一人天からの光を浴びて舞い踊る

腰に六本の剣を携え、剣の草原で舞う男の足がゆっくりと止まる

 

まだ、まだ戦いきってねぇっ!このまんまじゃ皆やられちまうっ!!

 

悲痛な統亞の叫びに男は一度だけ、統亞の方を向くと背を向けてしまう

 

後生だっ!俺はまだやりきってねぇんだっ!俺は、俺はっ・・・・・・

 

心のなかで叫ぶ統亞、地面に崩れながら耳には遠くから仲間の叫び声が聞こえる

 

まだ戦いきってねぇっ!

 

叫び声に呼応するように、背を向けた男は、天の光を浴びた中、力強く、地面を響かせ足を踏み込む

 

見開く統亞の瞳。首を刈り取る様に振り下ろされる厳顔の轟天砲

迫る切っ先を崩れるまま前宙。刃をやり過ごすと地に足を付けた瞬間始まる統亞の連続撃

 

一瞬で厳顔の懐へ潜り込むと、眼、鼻、喉、心臓、脇腹、股間、太腿、足首へと引っ掻く様に体を回転させ短剣を振るい

後ろへと飛び退く

 

厳顔は驚き、何とか眼、喉、心臓を手で払うが、其れ意外を斬りつけられ体から紅い血を流す

 

「桔梗様っ!」

 

「騒ぐなっ!咄嗟に身を退いたから浅い、しかし」

 

これは一筋縄ではいかないと笑みを見せる厳顔

目の前には四つん這いで、まるで狼の様に眼をぎらつかせる統亞の姿

 

口に短剣を咥え、身を軽くするため腰に携える様々な短剣を投げ捨て、唯、獲物を狙う野生の獣のような姿を見せる

 

仲間の異様な姿に苑路は声をかけようとするが、統亞の鋭い目が語る。兵を退かせろと

 

「退却だぁっ!!」

 

苑路の号令に兵は一斉に暗闇に、森の中へと姿を消す

苑路と梁も、敵将の動きを止め、隙を見出し退却をしようとするが、魏延が其れを許さないと攻撃を仕掛けてくる

 

武器を振り上げ、苑路と梁に降り下ろそうとした瞬間、脇腹にめり込む統亞の飛び蹴り

更に、攻撃わ終わらず体制を崩した魏延の喉に統合の短剣が襲いかかるが魏延は身を捻り、肩口に短剣が突き刺さる

 

動きが止まったと苑路と梁は統亞の眼の語るまま森の中へと身を踊らせる

 

「このっ!」

 

取り付いた統亞を振りほどく魏延。だが統亞は素早く飛び退き四つん這いで距離を取る

 

獣の威嚇するような声を上げる統亞に魏延は何か悍ましい物を見たように身震いし、統亞に身構えた

 

「どうやら簡単には行かせてもらえぬようだ」

 

最初見た時よりも息は荒く、顔も憔悴しきり、まるで何日も食事を取っていないかのように頬はこけ

命を削り、燃やし、戦っているような印象を受ける統亞の姿に厳顔はなんとも言えない、尊敬のような念を持っていた

 

「良いだろう、ワシもこの生命を賭して貴殿と戦おうではないか」

 

威嚇する様に後ずさりながら、目線を逸らさず地面に投げ捨てた短剣を拾い上げ、森へと消える

厳顔は統亞の消えた方角を見ながら、今後の戦を考え轟天砲を握りしめ身を震わす

 

果たして其れは、来る戦いに喜び身を震わせて居るのか、それとも異形とも言える統亞の姿に恐怖しているのか

自分自身でも解らず、唯、口の端は笑みをかたどっていた

 


 
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