……何がどうしてこうなった?
俺はただ昼食をとりたかっただけなのに……
何を間違えれば、命の危機に瀕しなければならんのか
皆目見当がつきません
兵衛
烈矢
祖父ちゃん
俺は何を……間違えたんだろうな
……教えてくれ
一刀達は未だに無銭飲食をしてしまった店で働いていた
店の女将からはすでに無銭飲食については許されていたのだが、現在の指針が決まっていなかったことと金銭的な問題のこともあり、しばらく住み込みで働かせてもらうことになった
いきなりの頼みごとだったため、女将も最初は渋っていたのだが―――
一刀「女将さん、この子達が接客するようになってから店の収入増えませんでした?リピーター―――贔屓にしてくれる客やたくさん注文してくれる客が増えたから一日の収支では確実に黒字になっているはずですよ。それに客の回転も速くなったから今まで女将さん一人では手が回らなかったところもこの子達のおかげでその問題も解決したはず。他にもこの子達は武術を嗜んでいるから用心棒としても役に立つから、いざという時に頼りになります。これだけの得を住み込みと通常給金の三分の二で得られるんですから……悪くない話だと思いませんか?」
という一刀の耳打ちによりあっさり陥落し、住み込みで働く事を許可された
そんなやり取りを経て、一刀達はこの日も元気に働いていた
そして、午前中の仕事も一段落ついたので一刀は昼食にしようとした時に―――
事件は起きた
遡ること、数刻前―――
桃香「はい、どうぞ♪」
桃香はそう言うと一刀の前に皿を置いた
眼前にいきなり置かれた物体に一刀は驚愕する
一刀「な……何だ……これは?」
目の前に置かれた皿の中には黒く変色し、ボコボコとマグマのような音を発しているスープ状の物体が存在した
一刀自身、すでに大体の予想は出来ていたのだが、あえてこの場はニコニコと無邪気な笑顔を向けてくる桃香にこの○○について聞くことにした
一刀「と、桃香?もしかしてだけど……これって……」
苦笑いを浮かべながら、まるでオイルをさしていないブリキのおもちゃのようにぎこちなく桃香の方に顔を向ける
そして、一刀の問いに桃香は満面の笑みをもって答える
桃香「うん!『麻婆豆腐』だよ♪」
HAHAHA……
皆さん聞きました?
麻婆豆腐ってあなた
色々ツッコミどころありすぎて
もう何と言うか……
嘘だろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
いやいやいや、ありえないだろ!?
何で麻婆豆腐が黒く変色してるんだ!?
いや、変色だけならまだいいよ!!
変色どころか最早化学反応起こして毒素撒き散らしてるよね、これ!?
ていうか、何で料理の上通過していく虫が悉く地面に落下してんの!?
死んだの!?
死んじゃったの!?
湯気で死んだの!?
ていうか何で湯気が紫色してんの!?
白でしょ、そこは!!
これじゃ、ただのおとぎ話に出てくる魔女鍋だよ!!
悪意しか感じないよ!!
…………
いやいやいや、桃香は善意で作ってくれたんだ
悪意はない
あくまで俺のため
そう考えれば、心が温かくなるだろ……?
……
…………
………………
なるけども!!
結果としては善意と悪意の混合したカオス料理の完成だよ!!
ていうか、何で桃香はそんな満面の笑みを浮かべられるの!?
まさか、自信あるの!?
う~~~~~~ん
いや、わかるよ!?
俺のために一生懸命作ってくれたんだから自信あるのはわかるよ!?
そんな桃香の頑張り屋な所も俺は大好きだけど!
大好きだけども!!
あえて言わせて欲しい!!
『自信あり』の結果がこれかよ!?
見た目からもうアウトじゃん!?
むしろスリーアウトでチェンジだよ!!
残念ながらこれは麻婆豆腐と呼べる代物じゃないよ!!
ていうか、何で麻婆豆腐!?
何でいきなりそんなハードルの高いところから攻めちゃったの!?
そこは炒飯あたりから勉強しようよ!?
…………
いや、落ち着け
今更あれこれと言ったところで状況は良くならない
ならば、過去を振り返るより未来を見据える
未来の生のために今を切り抜ける努力をする
それこそ男として―――
否、人として歩むべき道ではないだろうか!!
と、落ち着いたところで本題に戻ろう
今最も問題なのは以下の三点だ
1. 目の前にはカオスな料理が置かれており、食べるとお花畑にランナウェイする可能性が大ということ
2. 桃香は料理が初心者なのになぜか自信満々のため料理の感想を求められている=食べる一択という逃げ場なしの状況
3. 今は店も昼休みで時間稼ぎが出来ないため、生半可な策では状況打開に繋がらない
この3点を解決しない限り、俺に明日はない
しかし、実際問題どうしたものか
時間稼ぎ……では何の解決にもなっていない
桃香は料理の感想を期待している
つまり、喰わずに終わるという結果はありえない
ならばどうする?
『桃香を傷つけずに料理の感想』を言い、なおかつ『自分の身の安全を保つ』ためには
どうすればいい?
考えろ
考えるんだ、北郷一刀
……
…………
ある
いや、いるじゃないか
俺にはとんでもなく強い味方がいるじゃないか
鈴々が
ザ・大喰らいの鈴々という究極フードファイターが
俺の身近にいるじゃないか
普段は俺の財布を屋台巡りで散財させている可愛い元気っ子だが、今日この時ほど心強いと思った事はない
ならば、早速行動に移ろう
早くしないと
俺の命が
超ピンチだ
そして、一刀は行動に移る
一刀「なあ、鈴々。そろそろ昼食にしないか?今すぐ来れば世にも珍しい料理を堪能することが出来るぞ。それはもう天にも昇るような味の……な」
店の裏で薪割りをしている鈴々に声を掛け、昼食の席に連れて行った
鈴々は一刀の言葉を疑いもせず
鈴々「本当!?わ~い、楽しみなのだ!」
と屈託のない笑顔を向けてくる
一刀は鈴々の笑顔に罪悪感を覚えたが、現在の状況を考えると手段を選んではいられなかった
それほどに追い詰められていたのだ
一刀(鈴々、ごめんな……)
無邪気に昼食を楽しみにしている鈴々に一刀は心の中で謝ることしか出来なかった
一刀・鈴々「「……………………」」
鈴々と一緒に席に着くと一刀は目の前の光景に絶句した
何と麻婆豆腐の量が増えていたのだ
一刀は何度か目を擦り、目の前の光景を否定しようとしたが、何度見ても麻婆豆腐の絶対量は変わらない
それでもこの現実を受け止めたくない一刀は、目の前の麻婆豆腐の絶対量を増大させた張本人にあえて―――あえて聞くことにした
一刀「あ、あの~桃香さん。なにやら先ほどよりもちょ~~っと量が増えている気がするのですが、気のせいでしょうか?」
気のせいではない
そんなことは一刀自身よくわかっていた
それでも聞かずにはいられなかった
一体何が
どういった理由で
自身の生命を脅かす兵器の絶対量を増大させる必要があったのか
せめてそれだけでも聞かずにはいられなかった
一刀は一度深呼吸をすると、桃香の返答を待った
そして、問われた桃香は満面の笑みをもって答える
桃香「え?何で量が増えたのか?あははっ、そんなの当たり前だよ~。鈴々ちゃんも来るんだったら、たくさん用意しないと足りなくなっちゃうかもしれないでしょ?だから追加で、う~んとたくさん作っといたんだ♪」
一刀「…………」
鈴々「…………」
作戦ミスッ!!!!
なんてこった
あまりにも追い詰められて初歩的なことを見落としていた
そりゃそうだよ
人が増えれば料理も増えるよ
当たり前だよ
一つの料理を二人で食べるなんて……
『そんなこと』は普通ないんだよ
さらに言うなら、一緒にいるのはあの鈴々だ
大飯喰らいという設定を持った鈴々なのだ
必然、料理の量も増える
なんせ大喰らいなのだから
そのことを
そのことを考慮していれば……
いや、見落としてさえいなければ!!
こんなことにはならなかったのに……
隣では鈴々が『よくも騙したな』と言うようなジト目でこちらを睨んでくるし
一刀(ううっ……鈴々、そんな目で俺を見ないでくれ)
覚悟していた事とはいえ、これは中々キツイものだ
いつも『お兄ちゃん』と呼んで慕ってくれる鈴々にこんな目で見られたら全国のお兄ちゃん裸足で逃げ出しちゃうよ
しかし、泣き言ばかりも言ってはいられない
今はとにかくこの絶体絶命の状況をなんとかしなければ
一刀(鈴々、鈴々!)
一刀は隣にいる鈴々に小声で話しかける
鈴々(うにゃ?なんなのだ、お兄ちゃん)
一刀(あの大量の料理を一気になくす作戦があるんだが、乗らないか?)
鈴々(ホント!?乗る乗る!!で、その作戦って何なのだ?)
鈴々の期待に満ちた表情に一刀は親指をビッと立てて応える
一刀(簡単だ……まず、鈴々が先陣をきってあの料理を食べる)
鈴々(ふむふむ)
一刀(頑張って食べる)
鈴々(ふむふむ)
一刀(……完食)
鈴々(無理!!!!)
一刀(はやっ!!)
鈴々(そんなの無理に決まってるのだ!いくら鈴々でも食べられるものと食べられないものがあるのだ!!あんなの食べたら鈴々お腹壊しちゃうのだ!)
鈴々の言い分は最もだった
どう考えても無理な頼みだ
一刀(だよなぁ……―――と言っても他はロクな代案がないんだよ。他の作戦といっても『愛紗とか、店の常連客を試食という名目で巻き込んで、煙に巻く』ぐらいしか思いつかないし……)
鈴々(そっちの方が断然現実的なのだ!何でわざわざ成功する可能性が低い方の作戦を採用しようとしたのだ!?鈴々、頭はあんまり良くないけどそれくらいなら鈴々でもわかるのだ!)
一刀(しょ、しょうがないだろ!?今まで生きてきた中でも食事で命の危機に晒されることなんてなかったんだから、冷静な判断なんか出来るわけないだろ!!それにな―――)
鈴々(そんなことはどうでもいいのだ!早く愛紗を呼んでくるのだ!それが、ダメなら常連の御客を連れ込んでさっさとこの料理を平らげさせるのだ!)
何かを言おうとする一刀を遮って鈴々はもの凄い剣幕で耳打ちをしてくる
しかし、一刀はそんな鈴々を哀れむように見つめてくる
鈴々(ど、どうしたのだ……お兄ちゃん?)
鈴々は一刀の様子に少しだけ怯みながら問いかける
鈴々の問いに一刀は一度だけ深い溜息をすると衝撃的な事実を口にした
一刀(鈴々……残念ながらそれは無理なんだよ。さっき桃香に聞いたら……愛紗は買出しに行ってて今この場にはいないんだ。ついでに今は昼休憩で店にはお客さんは一人もいない。つまり……今の俺達は煙に巻いて逃げるどころか食べる量すら減らす事のできない極地に行き着いてしまったんだ)
鈴々(……そ、そん…な……)
一刀の答えに鈴々の顔は絶望の色に染まっていく
一刀は心が痛んだ
こんな小さな少女になんて重い現実を突きつけてしまったんだと
そして、同時に感心した
義理の姉である桃香の努力を無にしないために
桃香自信を傷つけないために
この場から逃げださない鈴々は何ていい子なんだろうと
普段は愛紗に怒られてばかりの鈴々だが
その実
人の痛みや悲しみがわかる優しくて賢い子だ
だから、せめて―――
せめてこの子の優しさに報いるためにも
せめて笑顔で一緒に死んであげよう
一緒に食べて
一緒に苦しんで
最後の最後までこの子と一緒に
死んであげよう
明らかに一刀のとばっちりで被害を被った鈴々なのに、一刀はそんな自分のしたことをオール棚上げして、勘違いした優越感に浸ったまま鈴々と一緒に深い眠りについた……
目が覚めると一刀は寝台に寝かされていた
一刀「こ、ここは……?」
状況がわからない一刀は気絶していた人間の決まり文句を口にしていた
すると、隣には―――
愛紗「大丈夫ですか、一刀様?」
隣には心配そうに一刀を看病している愛紗の姿があった
外を見るとすでに夜になっており、昼の時間から推測すると最低5時間は眠っていたようだ
一刀「あ、愛紗?どうしてここに……それに俺は一体……?」
愛紗「あっ!起きてはだめですよ一刀様、まだ寝ていなくては!」
無理矢理に体を起こす一刀を愛紗は慌てて寝かしつける
そして、寝かしつけると安心したのか、ホッと息を吐き、一刀に事情を話し始める
愛紗「一刀様、動揺される気持ちはわかりますが落ち着いてください。……一刀様と鈴々は桃香様の料理?を食べて気絶してしまわれたのです。……幸いなことに買出しから帰ってきた私がたまたまそこに居合わせたので『手遅れ』にならずに済みましたが……」
一刀「…………」
一刀は愛紗の言葉を聞いて体が身震いするのを感じた
『手遅れ』という言葉の意味を理解してしまったからだ
『手遅れ』ということは
つまり……
……
…………
一刀(……深く考えるのはよそう)
想像しただけで寒気を感じる
しかし、そんな恐怖を感じる必要はもはやない
桃香ほどの料理?を作れる人間はそうはいないはずだ
ならば恐れることは何もない
だから考える必要もなくなった
考えるのをやめた一刀は寝台に横になったまま自身の前髪を無造作に掻き上げる
すると、隣では愛紗がそわそわとした様子でこちらに視線を向けていた
一刀「ん?どうしたの、愛紗」
愛紗「あ、あの……ですね。先ほどお食事を済ませた一刀様に……こんなことを言うのは大変恐縮なのですが……」
そう言うと愛紗は背後から何かを取り出した
取り出されたものは机に置かれ、一刀は寝台から起き上がると机のものを確認した
そこには皿の上に白飯を様々な具と共に油で炒めた中華料理
まぁ……端的に言うと
炒飯が盛られていた
一刀「ちゃ、炒飯?……もしかしてこれ、愛紗が作ったの?」
一刀は素直に思っていた疑問を愛紗に投げかける
愛紗「は、はい……初めてのことであまり上手く出来ませんでした。……お口に合えばいいのですが……」
よほど自信がないのか、愛紗は恥ずかしそうにもじもじとしていた
一刀「おおう……」
愛紗の反応を見た一刀は感動のあまり、思わず気の抜けた声を漏らしてしまった
しかし、一刀が感動してしまうのも無理からぬ話
先ほどまで桃香の殺人級の麻婆豆腐を食べてお花畑に行きかけたのだ
感動しない方がどうかしている
特に今回は命の危険がないのは自明の理とも言える
初めてと本人は言っているが、恐らく大した問題でもないだろう
何故なら料理を作ったのはあの愛紗だ
いつも真面目で気遣いが出来て、その上なんでもそつなくこなす
そんなところを毎日見ているため、一刀のこの世界における『出来る人』の定義は必然愛紗となっていた
当然料理も人並み以上のスペックを誇るはず
心配なんてあるはずもないのだ
そんなことを考えながら、一刀は照れて俯いている愛紗に声を掛ける
一刀「じゃ、じゃあ……せっかくだから頂いてもいいかな?」
愛紗「は、はい!もちろんです!一刀様のために愛情込めて作りました!ご、ご、ご、ごゆっくりお召し上がりください!!!」
一刀「あ、愛情って……」
愛紗「あっ!い、いえ!愛情というのはそういう意味ではなく、その……なんと言いますか……そ、そう親愛!親愛と言う意味で言ったので決して深い意味では―――」
一刀「わ、わかった!わかったから落ち着け、愛紗!」
とてつもない剣幕で詰め寄る愛紗に気圧されながらも一刀は必死に落ち着かせようとする
愛紗「はっ!?そ、そうですね!さ、さあ早く召し上がってください!せっかくの料理が冷めてしまいます」
落ち着きを取り戻した愛紗は誤魔化すように食事を勧める
一刀「そ、それじゃあ……頂きます」
そして、一刀は愛紗に勧められるがままに食事を始めようとする
一刀は皿に盛られた炒飯をレンゲで掬う
掬われた米はパラパラとほぐれ、程良く香ばしい香りが鼻を刺激する
一刀(これなら美味しく食べられそうだな♪桃香の料理は紫色で、見るからに妖しい感じだったけど……これなら大丈夫だろ)
しかし、この時一刀は気付いていなかった
香ばしい香りに隠れ、沸き立つ湯気の色が負の紫に染まっている事に……
その夜、一刀の悲鳴は街に木霊した
後日、一刀はこう語った
一刀「桃香の料理の見た目に感覚を鈍らされてしまった……愛紗の料理も桃香の料理に負けず劣らずの殺人級の破壊力。……やはり二人は義姉妹だなと改めて感じました……」
あとがき
お久しぶりです。
勇心です。
投稿遅くなってすみません
本当はもっと早く投稿したかったのですが……
まあ案の定内容全然固まらなかったのが一番の理由ですね
挙句、体調崩してこのざまですよ
こんな内容で皆さんに面白いと言っていただけるのか不安で仕方ありません
拠点を書くのは今回が初めてなので今後もどんどん書いて少しでも面白いと言っていただけるように頑張りたいと思います
今後もよろしくお願いします
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どうもお久しぶりです。勇心です。
今回はリクどおり拠点をやります。
正直、日常編、主に笑いを混ぜるの大変難しかったので、皆さんに楽しんでもらえるか大変不安です。少しでも面白かったと言ってもらえると幸いです