ビューグルとアサルトライフル
「会長、早速頼みます」
「わかりました。では――始め」
とんとん拍子で三回戦が始まる。かなみさんはまだ退魔器を出していないのに、とことん不意打ちで行くつもりらしい。
汚いなさすが副会長きたない。
といっても、弓の退魔器はまず矢を生成し、それを弓に番え、引き絞り、放たなければ武器としては機能しない。
いくら高速でやっても、人間のする仕事の速さには限界があるし、二人の距離は大きく離れているので、しっかりと狙わなければ掠らせることも難しい。
そう考えると、先に退魔器を出させてもらうぐらいのハンデはもらって良いかもしれないけど……かなみさんはいきなりのことでややテンパっている。
弓に番えられた矢を向けられ、やっと退魔器を顕現させることを思い付いたみたいだ。
突き出した左手に、音も無く光が集まり、退魔器の形を作り出す。その色は金、材質は真鍮。
細い管が三つ巻きになっていて、その先端は大きく膨らみ、朝顔の形を作っている。
持ち手であろう部分には、赤い紐がくるくると巻かれている。
その見た目は、かなり特殊なフォルムを持ったトランペット……に見える。だけど、ジャズの演奏に使われているそれとは似ても似つかない。
「ビューグル。戦場で吹かれる、信号ラッパです」
「ラッパ、ですか。そんな退魔器もあるんですね」
「特殊な例ではありますが。ストラディヴァリウスに霊力が宿っていると言われる様に、楽器もまた霊を集めやすいものです。特に管楽器は直接口を付け、息を吹き込む訳ですから、霊力が宿りやすいのでしょう。ひ弱に見えるかもしれませんが、中距離においてあれ以上の退魔器はまずないと思いますよ」
そうは言われても、まともに武器として機能するかすら怪しく見える。
やっぱり、音を武器にするのだろうか?実はかなみさんが滅茶苦茶ラッパを吹くのが下手で、その音で相手の精神を不安定にするとか……。
と、そうこう考えている内に、副会長の第一矢が射られる。続いて、直ぐに二本目を番えて、素早く放つ。狙いは多分完全な目検討、当てる気のないダミーの矢だと思う。
気が弱く、突然のことへの対応が苦手なかなみさんの弱点を突く為の戦法なんだろうけど、すごく悪役臭い気がする!
「ふははは!どうだどうだ、射るぜー。超射るぜー」
「わっ、わわわわわ」
そして、あっさりとかなみさんもその策にはまっちゃってるし。
だけど、結構な速度で飛んで来る矢の雨を、さらりさらりと危なげなく避けている。
まるで一人、ダンスを踊る様で……さっきまで個性的な美少女である風月さんの影に隠れていたけど、演劇部の人気役者だけあり、やっぱりかなみさんもすごく綺麗だ。
しかし、ウチの副会長さんはそんな相手にも全く遠慮しない訳で。
「ちょこまか逃げてんじゃねぇ!こっからは少数精鋭で行くからな!?」
きっちりと狙いを付け、一矢一矢を必殺の矢とする戦法に切り替える。
今までは西洋のボウの様に、矢の軌道はアーチを描いていたけど、今度は目標に向けて一直線。ライナー軌道だ。
速度と威力は飛躍的に上がっていて、もう華麗な回避は難しい。
それを悟ったのか、かなみさんも立ち止まり、退魔器であるビューグルに口を付けた。
短く、断続的に息が吹き込まれて、破裂音の様な音色がグラウンドに響き渡る。
簡単な音の連続なのに、その音色はどこか切なげで、後には物悲しさが残る、不思議な演奏だった。
「……撃ち止めの信号」
気が付くと隣に居た(!?)些希さんが、呟く様に言った。い、いつから居たんだろう。些希さんのステルス性には未だに驚かされる。
「撃ち止め?戦場での攻撃を止める信号ってこと?」
「うん。昔見た戦争ものの映画で、あの演奏の後に銃撃が止んでいた気がするの」
――それは良いけど、なんでこのタイミングでそんな演奏を?
再び視線をグラウンドに戻すと、そこには確かに変化が起きていた。
副会長が放った矢が、空中で静止し、間もなく地面に落ち、消えてしまった。
「ビューグルで演奏される信号は、本来はただの合図……しかし、天道さんの演奏には、それを強制する力があるのです。それも、敵味方見境なく」
会長が、目の前で起きた不可解な現象を丁寧に解説してくれる。
「他人の退魔器は勿論、悪霊の動きも阻害してしまうその力は、後方支援においては最高のもので、対人戦においては特に強力なものとなります。杪の様な召喚系は相性の悪さが顕著で、自分が召喚したものに襲われたり、まるで役立たずにされてしまったり……ですから、早めに彼女には退場してもらったいたのです」
「それは確かに、凶悪ですね……というか、勝てないんじゃないですか?それこそ、退魔器を捨ててガチンコで殴りに行かないと……」
「ルールのない私闘では、確かにそうですけど……飽くまでこれは、それなりのルールがある上で行われる決闘ですから、退魔器を使って勝たないといけませんけどね」
かなみさんはビューグルから口を離し、副会長を見据える。
副会長は鼻で笑って応えて、次の矢を番えた。
「お前の退魔器の弱点はわかってるんだ。一つは、『撃ち止めの信号』を飛び道具に対して吹いた場合、飛び道具はしばらく減速した後、地面に落ちて消える。つまり、近付いて射れば当たる可能性がある。二つ目は、息の継続だ。いくらお前が演劇やラッパの演奏で肺活量を鍛えていても、無限にラッパが吹ける訳じゃねぇ。息継ぎを狙って射れば、避けようがない、ってな」
すんごい説明臭いけど、まあ、ちょっと考えれば思い付くわかりやすい弱点だ。
だけど、そんな隙をすんなりと曝け出してもくれない気がする。
かなみさん、初めはゆる~い感じの人だと思ったけど、最初のそれが演技に思えるぐらい今は冷静に見える。
割と直情的に向かって来てくれた風月さんより、確かに手強そうだ。
「まずは距離を詰めて、至近距離から射る!とくと見やがれ、秘儀、走り撃ち!」
微妙に痛い台詞と共に、矢を番えつつ、副会長が走る。
え、弓道的にそれって、アリなのかな?流鏑馬ならわかるけど、歩兵が走りながら矢を射るって……。
まあ、兎も角距離をぐっと詰めて、矢を放つ。動きながらだから狙いは悪いけど、距離の近さも相まって、当たれば一たまりもない威力なのでかなみさんはラッパを吹いてそれを打ち消す。
矢はかなみさんの前方、三メートルの距離で静止、そのまま落ちて消える。
ギャグの様に見えた副会長の作戦だけど、効果はそれなりにあるらしい。
更に距離を詰め、二本目を射ろう――という時、さっきまでとは違うラッパの音が響いた。
これには、聞き覚えがある。ちょっと古い映像を流しているテレビなんかで、たまに流れるものだと思う。
「『突撃』……」
些希さんがまた呟く。
勇ましく、だけど、敵対する身としては恐ろしさを覚えるその音に、副会長は慌てて距離を取った。
軍隊の突撃の合図は、かなみさんにとってもまた、攻撃を始める合図の様だ。
ラッパを降ろし、空いた右手を前に突き出す。すると、ラッパを顕現させた時と同じ様に光が集まり、もう一つの武器が顕現した。
金色の眩しいビューグルとは対照的に、黒が禍々しい、悪魔的なデザインのアサルトライフルだ。
僕の記憶が正しければ、このフォルムはGIAT FA-MAS。フランス陸軍に正式採用された銃。
最大装弾数は、確か三十。フル、セミ、3バーストの使い分けが出来たと思う。
むぅ……一応、ミリオタとしてはあまりこの銃のことを知らないのが悔やまれる。まあ、僕の専門は拳銃だし、中でもワルサーやH&Kみたいなドイツ押しだし。フランスのARなんてよくわからなくても当然……ということにしてもらいたい。
「FA-MASの愛称もまた、信号ラッパ。天道さんは合図のラッパと、攻撃のラッパを同時に吹く喇叭手な訳です。彼女ほど後ろに控えさせておきたい人材もちょっと居ませんでしょう。彼女の学年では、成績を上げる為に争奪戦が行われたそうですよ。一人でも数人分の働きをするのですから、当然と言えば当然ですが」
女性が片手で扱うには、重い筈の銃だけど、かなみさんはそれを片手で構えて副会長を狙う。自分の退魔器なのだから、扱いやすい様に最適化されているのだろう。
重量が削られ、それから来る反動によるぶれを減らす為、火力も下げられているに違いない。
でも、近代兵器であるARと、平安から戦国までの流れを汲む様な長弓では火力は段違いだ。
三十発の弾丸が、フルオートで一瞬にしてばら撒かれる。距離を取っていたのも幸いして、被弾はなかったみたいだけど、武器を構えられてしまった以上、副会長はさぞやりにくいことだろう。
そこで更に、かなみさんはビューグルを吹いた。また演奏するのは「突撃」。
すると、リロードをした様子はないのに、再びFA-MASは弾を吐き出し始めた。
二つの「信号ラッパ」はリンクしていて、ビューグルの「突撃」の演奏をトリガーに、FA-MASの弾が再装填される、ということだろうか。
通常、銃の退魔器は本当に弾を仕込み直したり、マガジンを入れ替えたりするのではなく、自分の霊力を退魔器に込め直すことで弾を回復させるんだけど……それが少しラッパを吹くだけで良いなんて、同じ銃を持つ身としてはうらやまけしからない限りだ。
「ちっ……ちょっとぐらい手加減しろよ」
当然の話だけど、フルオートで撃てる銃はちょっと引き金を引くだけで次から次へと弾が放たれる。
一本一本矢を弓に番え、それを引き絞って射らないといけない弓が武器な副会長としては、やりにくい限りだ。
悪態を吐いてしまうのも、まあ……道理かな。
「はわっ、ごめんなさい……でも、手を抜いて戦って負けては、先輩に叱られてしまいますし……それに、私達に勝たせて頂かないと、絶対先輩、しつこく粘着しますよ?」
「知るか!しつこく食い下がられるのが嫌だから、態々決闘を受けてやったんだよ!負けてあの先輩がぶーぶー言う様なら、お前が何とかしろ!」
「それが出来てたら苦労しませんよ!……ああ、先輩の傍若無人さの所為で今年も新入部員が期待出来ませんし、もうやってられません……ですから!私のストレス解消の為にも負けて下さい!」
最後にはかなみさんが逆ギレして、「突撃」を常時吹き続ける勢いで掃射して来た。
もう副会長は攻撃に回るどころか、逃れるのも難しくて、ところどころ被弾しているのだから、「撃ち止め」を吹く必要はない。
ただ、男の意地か、かなみさんを疲弊させる為か、副会長に降参の意志はないみたいだ。
「くそっ!ここまでかっ……」
銃弾を連続して浴びてしまい、副会長ががっくりと膝を突いた。
もうかれこれ、二十発分は受けていると思う。僕の銃と違い、ちゃんとダメージのある銃の弾は一発でも受ければかなり心にクる筈なのに、ここまで耐えるなんて……。
なんか負けた気がするけど、ここは副会長のナイスファイトに感服せざるを得ない。
「……でも、森谷さんも一年の時より確かに強くなってますね」
「はっ、んな気休めいらねぇよ」
「逃げながらも、折を見ては矢を番えていたじゃないですか。ほとんど当たりませんでしたが……これは違います」
かなみさんは困った様な笑顔で、銃を下ろした。すると、銃を握っていた右肩に一本の矢が突き刺さっている。
「一矢報いた、って訳か。これが本物の弓道の矢なら良かったぜ」
もしそうなら、かなみさんの右腕は使い物にならず、銃かビューグル、どちらかの驚異は去っていただろう。
何度も言うけど、退魔器のダメージは肉体へは行かず、精神に行く。つまり、精神的にものすごく疲れるということで、実は攻撃がどこに当たろうと関係ない。
実際、何度か副会長はヘッドショットされてたけど、だからといって即死はしないし、腕をやられたからといって戦えなくなるなんてことはないんだから、割と気楽だ。
「……さて、そろそろわたしが行きたいところですが、本気で勝ちたいのが本音です。可能な限り天道さんを疲弊させてから行きたいので、お二人から行ってもらえませんか?……勿論、疲弊させるなどと言わず、倒して頂いても構いません」
某格好良い死亡フラグの改変を頂きました。
といっても、僕は本当にただの捨て駒になりそうだな……そもそも、僕は対人戦で一番役立たないタイプだし。
「――では、私が行きます。聡志君も、それで良い?」
「う、うん」
後二十秒ぐらいくれれば、僕が行ったんだけど……些希さんは些希さんで決心し終わってるんだろうし、水を差すのも悪いよね。
うん、決してビビってる訳じゃない。
「『撃ち止め』のビューグルは、飛び道具は失速させた上で消滅させますが、使い手の体に接触している退魔器の場合は、一瞬で完全に動きを止められます。が、消滅はありません。それを念頭に置いておいて下さい」
「はい」
ということは、些希さんにとっては相性の良い相手、ということになるのだろうか。
蜘蛛の糸をトラップ的に張っておけば、絡め取れるかもしれないし、繭糸の防御も出来るということになる。
問題は、唯一の攻撃の糸であるピアノ線が止められてしまう点か。
「よろしくお願いします」
「はい……。うわぁ、綺麗な子……でも、存在感なら私が勝ってる!勝ってるよね、私!」
自分の地味さを気にしているのか、何故か些希さんに対抗意識を抱くかなみさん。
いや……些希さん、そういう人ですから。
「では、始め――」
会長が言い終えるのと同時に、些希さんは蜘蛛の糸を周囲に展開した。左手の指全てから糸は繋がっている。五本はトラップ用に使い、残りで攻撃と防御を行うようだ。
「いきなりですが、行きますよ!」
かなみさんの銃口が、真っ直ぐ些希さんに向けられる。それと同時に掃射されるが、四本の繭糸が半円型の盾を形成する。しなやかなのに、驚くべき硬度を持つ糸が、一発たりとも銃弾を貫通させなかった。
そして、銃撃が終わり、かなみさんが再装填の為にビューグルに口を付けたところを、残り一本……ピアノ線が狙う。
「突撃」を吹こうとしていたところを、慌てて「撃ち止め」にして、攻撃を防ぐかなみさん。
ピアノ線の進行は止まるが、その矛先は確かにかなみさんに向いている。移動しなければ、演奏の効果が切れた時に攻撃を受けることになる。
大きく移動して回避しようとするが、そこに追撃のピアノ線が放たれた。盾を編み上げていた糸の中の二本をピアノ線に変換したのだろう。挟み打ちの形で糸が迫る……が、やはり「撃ち止め」の音が響く。
続いて、「突撃」の演奏。再装填が終わると同時に、引き金を振り絞って掃射。
防御、補充、攻撃と美しい連携が決まった。防御を崩して攻勢に出ていたので、些希さんの防御は難しいだろうと思ったけど……いつの間にかにまた盾が完成している。トラップの糸を防御に回したのか。
「むぅ……ここまで防御の得意な退魔器って初めて見たかも……」
「攻撃は正直、苦手ですが……守りで負けるつもりはありません」
些希さんは毅然と言い放つ。と、一度攻撃に使っていた糸を手元に戻し、それを全て蜘蛛糸に変化させた。
これで蜘蛛糸は全部で六本。その全てが丸い毬の様な形に変化し、かなみさんに向けられる、と同時に糸がぷつんと切れ、糸の塊だけが投擲武器として放たれた。
が、これは使い手の体から離れてしまった武器。「撃ち止め」で消される運命にある。
六つの糸で出来た毬は、かなみさんの目の前の距離まで進んだが、地面に落ちて、そのまま消え……なかった。
毬は落下の瞬間、爆発的に無数の糸へと変化して、かなみさんを捕縛しようと迫る。
「馬鹿なっ!?私の演奏で消されないなんて……」
かなみさんは血相を変え、銃を掃射してその糸を全て断ち切る……が、動揺は隠せない。
慌てたまま、弾の再装填の為に演奏を始めようとするが、その脇を二本の糸がすり抜けて行き、後ろからかなみさんを抱きすくめる様に纏わりついた。
粘着質の糸は、一度相手を捕らえてしまえば、もう離さない。目の前にピアノ線四本から編まれたザイル――以前、些希さんの退魔器を使っていた悪霊からの逆輸入だ――を突き付けられ、チェックメイトの運びとなった。
「すごい、すごいよ、些希さん!」
戻って来た些希さんを、そのまま抱き締めん勢いで僕は祝福した。……いや、実際に抱き締めるなんて、出来る訳ないけど。
「……副会長がかなり疲弊させてくれてたからこそ、出来た事よ」
「いいえ、それでも大したことです。今年の一年生は、やはり優秀ですね」
「そんな……それに、私のこれは失点を取り返したのに過ぎません。先日のことは、私の失敗が原因であそこまで長引いてしまったのですから」
自分に厳しくそう言って、些希さんはそれ以上もう、勝利について語ろうとしなかった。
けど、その表情には少し晴れやかな、嬉しそうなものがある気がする。……素直じゃないんだな。些希さんも。
……いや、この些希さん「も」というのは、深い意味がないのでお気になさらず。意地っ張りだけど実は良い奴な副会長と重ね合わせていた、なんて事実は欠片もありませんので。
で、翌日、再び生徒会室。
「筒ヶ内些希……意外なダークホースね。糸を用いたトリッキーな中距離戦闘、萌に並ぶ冷静な分析眼と柔軟な戦術の発想……。脳筋生徒会に、新たなブレーンが入ったということか……」
何故か我がもの顔で風月さんが、副会長の席を占領していた。
「あの……鳳さん?」
「あら、あなたはもう一人の一年ね。あなたも腐っても今期の生徒会メンバー……注意するに越したことないわね。どれ、他の人間の居ない今の内に暗殺でも……」
「ええっ!?」
どうやら冗談ではないみたいで、その手には鎌が握られているっ!
というか、こんな狭い生徒会室で大鎌振り回そうとするとか、常識なさ過ぎるでしょう!
退魔器は人間にとっては精神ダメージでも、物は普通に壊したりするんだから!
「……そこまでです。鳳さん」
「くっ、高天原萌っ!」
丁度タイミング良く会長が来てくれてよかった……。
「で、あなたが何故今日もこの部屋に?決闘で負けた以上、予算は下りません。この決定を曲げるつもりはありませんよ」
「違うわよ!そんなセコいこと考えないわ!……そうじゃなくて、素直に礼を言いに来たのよ」
「お礼、ですか。……あなたが?」
思いっきり眉をひそめる会長。
うん、僕もその反応には賛成です。胡散臭さしかありませんから。
「ええ。私も感心した相手には素直に称賛を送るし、能力のある人間はきちんと評価するの。そして、筒ヶ内些希。かなみを敗る程の彼女にまた会って、話がしたいのよ」
「お礼、とは天道さんに勝ってくれたことに、ですか。彼女が天狗になる様な人とは思いませんが、下級生に負けたことは奮起の要因になりそうですね」
「そういうこと。あの子の成長を促してくれたことを感謝したいから、態々未来の王たる私がこの高い高い塔を登って来てあげた次第よ」
満面のどや顔で言うと、専制君主制の女王様の様に足を組み直す。
正直、身長が低い所為であんまり映えないけど、この自信に満ちた仕草はすごいなぁ……と思う。嫌味抜きで。
「あ、でも今日些希さんは掃除当番ですよ。ちょっと遅くなってしまいますけど……」
帰っちゃうかなぁ。
「良いわ。いくらでも待ってあげる。言葉だけのお礼では私のプライドが許さないから、お礼の品も用意してあるもの。全員集まってから食べなさい」
「ケーキですか!?」
瞬間的に会長が食い付いた。しかも、めっちゃ鬼気迫る顔で!
ここまで会長が勢い良い反応を見せるなんて……スイーツの魔力は恐ろしい。そういえば、会長は大食いだったっけ。それもあるか。
「ホールではなく、カットだけどね。昨日の放課後、街のケーキ屋で買って来て、寮の冷蔵庫で冷やしていたものだから安心して食べなさい。もう腐っているとか、毒が入ってるとかはないわ」
「くっ……鳳さん、わたしは今だけ、あなたに感謝しますが、これはあなたを良い奴だと認識を改めた訳ではありませんからね!勘違いしないで下さい!」
「か、会長?何故か微妙にツンデレ化してますけど、大丈夫ですか!?なんか目がこう……作画崩壊起こしてますよ!?」
なんか会長が怖い。目が軽く血走って、折角の碧眼が赤い狂気に彩られようとしている……いや、それはそれで綺麗かもしれないけど。
「ところで萌。あなたはケーキでは何が好きだったかしら。あなたの好きなものがあれば、良いのだけど」
「え、えっと、ですね!モンブランも好きですし、レアチーズケーキも好きですが……一番はやはり、ティラミスでしょう!」
「そう。良かったわ。丁度一つだけ買って来ていたの」
「いよっしゃあ!河原さん!私、もう予約しましたから!横取りしたら、八つ裂きにしますので、よろしくお願いします!」
「は、はいっ」
あれ……ここに居る人、会長でしたっけ。
どちらかと言うとノリが、杪さんに近い様な……。
いやいやいや、杪さんとも違う。なんというか……誰これ。
僕の知ってる高天原萌さんじゃないですよ、この方。
「おーっす!もえたん!河ちゃん!おお、ふーたんも居るかー」
そうこうしている内に、杪さんがご来店。
「うーっす」
「こんにちは」
安定のリア充同時入店。末永く爆発しろっ。
「こんにちは……あれ、鳳先輩、いらっしゃったのですか」
で、最後に本日の主役が御到着。
「ええ。あなたの為に約三十分、待っていたわ」
風月さん、確実にそれ、言わなくて良かったですよね。
いや、この先輩なら言うと思ってましたけど。
「それはどうも。お待たせしました」
物怖じしないなぁ。些希さんも。
「あなたには是非、お礼を言いたいのだけど……一つ質問しておくわね。かなみがあなたの糸を消せなかった、と自信を失くしていたけど、そのトリックは何?私の推論を言うと、落下の瞬間に再び糸を繋ぎ合せた、というところなのだけど」
そういえば、一番不思議だったところだ。
糸の塊が空中で動きを止めて、落下するところまでかなみさんのビューグルは効果を発揮していたのに。
「ええ、その通りです。私の糸……特に蜘蛛の糸は、容易に繋ぎ合せることが可能ですので。ついでに言えば、自由に切れさせることも可能です。毬が破裂し、無数の糸になったのもその操作の応用ですね」
「なるほど……かなみの実力が不足していたという訳ではないのね。それを伝えれば、あの子も自信を取り戻すと思うわ。ありがとう」
「は、はい。どういたしまして」
些希さんがなんとなく頭を下げると、風月さんは立ち上がり、そのまま彼女とすれ違って生徒会室を出て行ってしまった。
「……?これだけの為に、態々待っていてくれたのでしょうか」
あまりにあっけない質疑応答があっただけだったので、僕や些希さん自身もちょっと拍子抜けしてしまう。
風月さんなら、恨み事のもう一、二言ぐらい言って行きそうなものだと思っていたのに。
「彼女にとっては、筒ヶ内さんのあの回答が価値のあるものだったのですよ。ふむ……安いケーキではありませんね。ざっと二、三千円分の価値ということでしょうか」
「マジか!?ショートなのに!?おいおい、ふーたん太っ腹過ぎるだろ……あの子、そんなに貴族じゃなかった筈だぜ?」
ちなみに貴族=杪さんの中でいう金持ちということらしい。
それにしても、確かにすごい高級そうなケーキだ……こんな田舎町で手に入るものなのか怪しいほどに。
「……これだけの価値が、私の勝利にあったのでしょうか」
「ついでに、俺の尊い犠牲にも」
「一刻、ちょっと黙ろっか♪」
視界の端でリア充が戯れている気がするけど、無視。あ、なんか刀の柄でめっちゃ副会長が殴られている気がする。ざまぁ。
しかもあれ、退魔器の刀じゃなくて、本物のポン刀みたいだ。すごいな……冰さんって、ガチ凶器持ち歩いてる人だったんだ。
「ふーたんはアレで、かなたんには激甘だからなー。もう、あたしともえたんぐらい愛の溢れた関係。なもんだから、相当嬉しいんだと思うよ。今までほとんど、かなたんは負けを知らなかったみたいだから。今は演劇やってるけど、二人とも立派な退魔士になろうっていう夢があるから、負けも成長する為の大事なステップ、ってね」
「そうですか……でも、それなら私も必死にやった甲斐がありました。正直、あそこまでころころと糸を変えて、一本一本精確に動かすのは楽なことではありませんから。最後の作戦が上手く行かなければ、私が負けているところだったと思います」
「……真面目な話の最中、申し訳ありませんが」
会長が、一際低い声で言った。
杪さんと些希さんに負けないぐらい、真面目な調子で。
「そろそろ、ケーキを選んでもらっても良いでしょうか。後、こちらは些末なことですが、森谷さんがそろそろ、意識を失いそうです」
た、確かに食欲の魔人であることが判明した会長にとっては死活問題だ……。まあ、副会長のことは本当にどうでも良いことですね、はい。
さて、そんな訳で話は中断されて、ケーキ選びに。
ケーキは七個。内訳は……ショートケーキが二個、モンブランが二個、レアチーズケーキが一個、ショコラケーキが一個、で、会長が予約済みのティラミスが一個。まあ、大体定番のものばかりだ。
「まず、二個食べるべきは筒ヶ内さんでしょうね。それで、わたしがティラミスを食べることは確定していますので、間違っても手を出さないで下さい。それがたとえ杪でも、八つ裂きにした上で火を放ちます」
刑罰が、僕の時より若干パワーアップしている!?まあ、どうせ死んでからの処理なんで、痛みとかは変わらないと思うけど……やっぱり、目が本気過ぎる。
「にゃはは、あたしはそんなに意地汚くねぇよー。んじゃ、些希たん、先に二個選んでくれー」
「はい。では、ショートケーキと、チーズケーキを頂いても良いでしょうか」
「うむうむ、可愛えチョイスだねぇ。んじゃ、あたしはモンブランを希望させてもらうぜ。まあ、どうしてもって訳じゃないから、交渉可ってことで」
「私も……モンブランにしておきます。あまり生クリームやチョコレートは得意ではないので」
些希さんの後は、なんとなく年功序列+レディファーストで進行して行く。
まあ、僕は普通にケーキを食べるけど、特に食べたいってのがある訳でもないし、最後で良いんだけど。
「俺は……別にどっちでも良いな。んじゃなんとなくショコラで……」
「ちなみに、値段は明らかにそっちの方が高いですよね」
「てめぇが喰いたいなら、勝手に喰らってろ!ウザい誘導の仕方すんな!」
えへへ。てへぺろ。
僕、生クリームやイチゴよりチョコの方が好きだしね。
「では、折角のケーキということでカフェオレでも淹れましょうか。コーヒーが駄目な人は居ませんよね?」
生徒会ではいつも紅茶を飲んでいる。コーヒーも常備されているのに驚いたけど、特に苦手な人も居ない様で、きっちりと5:5の割合で作られたカフェオレでケーキを頂くことになった。
ちなみに会長は、ミルクが多めの方が好きなようで、僕らのものよりちょっと茶色が薄い。実は苦いのが嫌いとか、そんな可愛らしい面があったりするのかな。
「いつもはブラックを飲むのですが、たまにはカフェオレも良いですね」
はい、僕の夢、五秒でブレイクです。そういえば、茶道部でお抹茶を頂いてますしね、苦いのが嫌な訳がない。
これぞ本当のコーヒーブレイク……うん、自分で思ってて寒くなった。
それにしても、ショコラケーキを選んだのは正解だった。カフェオレとすごく合うし、何よりこのケーキがすごく上等だ。
生チョコのクロームや、その上にトッピングされたビターチョコも勿論美味しいけど、ココア風味のスポンジ記事が美味しいと思ったのは、初めてかもしれない。
それが三段の層になっていて、その間にはやはりチョコクリームが満遍なく挟まれている。しかもそれだけではなく、チョコによく合う小さくカットされたバナナがクリームに混ぜられていて、飽きの来ない美味しさだ。
これなら、ホールでも食べれそう……と思った辺りで、無くなってしまうのもカットケーキの儚さ、か。
「ふわぁ……美味しい……こんなに美味しいティラミス、生涯初かもしれません……」
恍惚の表情の会長が居るけど、ここはあえて凝視しないのがマナーだと思う。盗み見るぐらいで。それなら許されるよね。
「このモンブランも侮れんな……もえたんほどじゃないが、このあたしが女の子っぽい黄色い声を上げそうなのである。だが、あたしのキャラと、プライド的にそれは許されぬのである。……ということでもえたん、あーん」
「はい、あーん♪」
……酷いキャラ崩壊を見た。
もう駄目だ!やっぱり見てはいけないっ。
高嶺の花な印象だった会長が、どんどん庶民派なところに落ちて来てしまっておられる!
なんだ、「あーん」って!いつもの会長だったら、こう……「そ、そんな恥ずかしいこと出来ません!他の皆さんも見ているんですからっ」ぐらいの反応でしょう!
「……些希さん、どう?」
このままじゃ理性と理想とが完全に崩壊してしまう、と普通に美味しそうに食べている些希さんの方に行く。
一個目のモンブランを食べ終え、ショートケーキに手を付け始めたところだ。
これも、シンプルなものなのに見た目からして美味しそうで、上に乗っているイチゴもかなり大きい。……もしかしてこれ、伝説の「あまおう」というやつかもしれない。あの、驚異の甘さとデカさを誇るという……。
「うん。すごく美味しいわ。会長さんがああなっちゃうのも、なんとなく納得かも」
「あはは……」
また何か、会長の居るであろう方向から甘甘で黄色い声が上がった気がするけど、聞こえない。聞きたくない。
そう、あれは会長であって、会長ではない何かだ。アナザー・萌とでもしておこうか。
オタク的な意味での「萌」の名を冠する人としては相応しい人格かもしれないけど、草木が萌える方の「萌」の名を冠する人としては、絶対あってはならぬ人格と言えるだろう!
やっぱりこう、会長はお淑やかで、クールっぽく振る舞っているけど、実は優しくて……みたいな、そんな人だからこそ会長。あれはコレジャナイ感が半端ない!会長にして、会長にあらず!
「……聡志君?大丈夫?」
「う、うん!ちょっと心が乱されていただけ!」
「そう?なら良いけど……副会長さん、もうダウンしてるみたいだから」
「……え?」
ふっ、と副会長の方を見ると……気絶していた。
冰さんが隣で本気で心配そうな顔をしている辺り、彼女にやられたのではなく、恐らく会長の変貌っぷりが耐えられなかったんだろう……。
ちなみに、ケーキはもう食べ終わっている。ちっ。
「私、やっぱり鳳先輩にちゃんとお礼を言いに行くべきかな」
「うん……かもね。お礼にお礼、っていうのも変な話だけど、本当にお金かかってるみたいだし。それに天道さんにも、もう一回直接会っておくと良いかも」
「そうよね。じゃあ、早速明日にでも演劇部に行くわ。聡志君、一緒にお礼の品、選んでもらって良い?」
「……えっ!?う、うん!全力で選ぶよ!」
――神様、これはもしかして、デートのお誘いというやつでしょうか。
僕、生身の女の子に誘われたのでしょうか。
……どうしよう。真剣に。
「あ、あれ?歯に何か当たりましたよ?これは……手紙?誰ですか……って、鳳さんしか居ませんね。好みのケーキを訊いていましたし。何々……『これで勝ったと思わないことね!あなたは我が覇道、最大の敵!必ず排除して見せるわ!』……ふっ。ティラミスを食べたわたしに敗北の二文字はありえません!」
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