聖六重奏
1話「入学初日」
聖弾の射手
「しかし、お前も度胸あるっていうか、ただのアホっていうか……入学式をサボった上に女子寮に特攻するとか、前代未聞だろうよ」
僕をひっ捕らえた、生徒会の役員だという二年の先輩が言った。
現在進行形で僕は、首根っこを掴まれて連行されている。何処かへ。
「その、僕、自分で言うのもアレなんですけど、すごい方向音痴なんです」
「本当、アレだな。それで女子寮に行っちまったってのは説明付くが、入学式はどうなんだ。場所がわからなくても、他の生徒が大勢講堂に集まるんだから、わかるだろ」
「校門を潜った時点で式が始まっていたらしくて……」
……自分の事だけど、情けなくなって来る。
僕、河原聡志(そうじ)は、ずっとそういう奴だった。
自信を持って行けるのは、自分の家と近くの公園と、最寄駅ぐらい。
電車に乗って他の土地に行けば、地図なんてものはただの紙切れと化す。
地図は読んでいる。そう、読んでいるつもり。
だけど、どうしてか迷ってしまうのだった。
「お前、アホだろ」
「方向音痴とアホは違うと思います!」
精一杯の抗議。先輩にまずかったかな。
「まあ、この学校に入学出来るって時点で、並の奴じゃあないんだろうけどな。色々と」
「僕、こう見えても入試、一位だったんですよ」
「残念、俺もだ。ついでに二つ名は『神童』」
僕の自信、五秒で崩壊。
こ、こんな、言ってしまえば、かなりチャラそうな人なのに、頭良いのか。
人は見かけに寄らないと言うか、実はこの人、滅茶苦茶スペックが高いのだろうか。
「生徒会ってのは、成績上位者しか入れないんだよ。と言うか、成績が良かったら強制的に入れられる」
成る程、だからこんな粗暴そうな人が役員なのか。
今も、僕を引き摺る様に運搬しているし。
「あの、それで僕は何処に?」
「生徒会室。会長に処分を決めてもらうんだよ」
「処分!?」
「そ」
先輩はそれ以上言わず、僕を運ぶ作業に戻る。
と言うか、自分で歩かせてくれても良いんじゃないだろうか。
何と言うか、アリに運ばれている砂糖みたいな気分で、すごく落ち着かない。
「会長って、どんな人なんですか」
どうか、怖い人じゃありません様に。
「そうだな……女神だ」
女性!
何だか、希望が見えて来た。
それに、女神。そんな響きから、優しそうな聖母様みたいな人が浮かんだ。
良い流れだ。うん、流れは僕に来ている。
「優しい人なんですね?」
「まあ、普通に学校生活を送っている奴にはな」
「僕みたいな」
ほっ、と一息。
「普通の学生は、入学式をブッチしねぇし、女子寮も侵さねぇ」
「でも、不可抗力でしょう!?」
「自分が方向音痴ってわかっているなら、早めに家を出るぐらいしろよ。お前、なまじ素直に答えた所為で、言い逃れの余地を失くしてるんだぞ」
ぐっ、そうだ。
この人、本当に頭が切れる。
「よし、見えて来たぞ。あれだ」
「……あれって、塔ですか?」
「そ、生徒会尖塔って言われてるな。昔は鐘つき塔だったらしいが、今は生徒会室として機能している。校舎は真新しいのに、ここだけ古めかしくて変わってるだろ」
「はぁ」
その塔は、ヨーロッパの世界遺産に指定されている建物みたいに立派だった。
古びているのに、美しい。
廃墟、とまでは行かないだろうけど、滅び行くものの美があった。
何だか大人で、別次元に存在している様な感じがする。
「おら、こっからは自分で歩け。脱走したら、ぶん殴ってでも回収するからな」
「しませんよ……ここまで来たら、塔と会長さんを拝見させてもらいます」
強引に地面に立たされる。
うわっ、そんな事するから、真新しい靴が土で汚れてしまった。
前を行く先輩。その後ろ姿は、何と言うか、「番長」って感じだ。
実際、かなり腕っ節は強いんだろう。さっきも殴るとか言ってたし。
嫌だなぁ、僕は暴力反対だ。
「そういえば、先輩の名前は?」
「やっと訊いて来やがったか」
先輩は立ち止まり、僕を向き直る。
そして、何故かズボンのポケットに手を突っ込み、どや顔。
「俺は森谷一刻(いっこく)。生徒会副会長だ」
「えー……」
これが副会長?
「まーたそういう反応かよ!今まで百回以上されて、飽きてんだよ!」
そりゃあそうだろう。
だって、ねぇ?
「俺だって、どう考えても柄じゃねぇってわかってるよ。でもな、こうするしかなかったんだ……」
真剣な顔つき。
深く、複雑な理由があるのだろうか。
「だって、今の会長が副会長だった時に、俺もお前みたいに問題起こして、その罰が次期副会長になる事だったんだからな!」
アホだ。
この人、やっぱアホ。
すごいアホ。
アホの中のアホ。
「じゃあ副会長、僕にんなデカい口叩けないじゃないですか」
「急に態度を変えてんじゃねぇ!俺の起こした問題の中身も知らないで」
どうせ、アホな内容なんだろう。
「会長のスカートの中を見ちまったんだ」
「アホだ」
おっと、口に出してしまった。
「事故だったんだぞ!?意地悪な風が吹いて来て、だなぁ!」
「そりゃあ、事故でしょう。態とだったら、先輩、退学していないとおかしいですもん」
アホのアホ話に付き合っていると、塔の前まで着いた。
その中に入ると、ひたすら上に続いている螺旋階段。
雰囲気はあるけど、これを上るのは少々骨だ。
「アホ……副会長、エレベーターとかないんですか?」
「アホ言うな!んな便利なものはねぇよ。雰囲気を壊さない為とかで」
「ちなみにその時のパンツの色は?」
「白……て、てめぇ!」
楽しいアホは大好きだ。
しかし、会長さんを見るのが楽しみ過ぎる。
今までの話を統合すると……。
一、基本的に優しい女性である。
二、明らか不良っぽい副会長も頭が上がらない人物である。
三、絶滅危惧種かと思われた白い下着を着用している。
その結果、予想されるタイプは二つだ。
一、おっとり天然のお嬢様タイプ。ナチュラル毒舌。
二、イケイケ行動派の今時JKタイプ。でも純情。
どっちも好みだ。
「何ヘラヘラしてんだ。今から怒られるってのに」
「でも、優しいんでしょう?」
「怒る時は怒るけどな」
Oh……。そりゃないぜ、マイケル。
僕はちょっと、マイワイフと格闘していて家を出るのが遅れてしまっただけさ。
え?僕のワイフ?
ははは、失敬失敬、それは熊だったヨ。
「会長。初っ端からナメてる一年坊を連行して来ました」
コンコン、螺旋階段の一番上にあった扉を、ちゃんとノックする。
意外と紳士だな、この副会長。
と言うか、その紹介はないだろう。僕はそう、事故った訳で……あれ、それは副会長もなのか。
『入って下さい』
扉越しでよくわからないけど、成る程、優しそうな声が聴こえた。
優しい、そうではあるけど、はきはきした感じだ。後者のタイプだったぽいな。
「おら、とっとと歩け」
僕は囚人か。
副会長は扉を開けて、僕を部屋――つまりは生徒会室――の中に押し込んだ。
もうちょっとこう、細かい気配りが出来る様になったら、モテるのに、と思う。
顔は結構良いし。僕ほどじゃないけど。
「おはようございます。森谷さん」
……パツキンだった。
失敬、金髪だった。
そして、前者のタイプだった。
僕が女性のタイプ分けをミスるなんて。と言うか、ミスらせるなんて。
会長さん、思ったより油断ならない相手だ。
「へい、おはよう。会長」
ただ高いだけの塔だと思っていたけど、その中にあるこの部屋は、中々に広かった。
シックな絨毯が敷かれた部屋の中には、会議の為の大きなテーブル、沢山の椅子。
寛ぐ為のソファーや、小さなベッドまである。仮眠室としても機能するんだろう。
「ほら、お前も頭下げろ」
「ざーす」
「殴るぞ」
暴力とツッコミとは違うと思う。
僕は本当、暴力は大嫌いだ。
「おはようございます」
「で、会長。早速、こいつの犯しやがった罪について、なんだが」
早過ぎるでしょう。
そこはもっと、会長と僕が二、三言交わすイベントが挿入されて良い筈だ。
もっと言うなら、イベントCGの一つぐらい回収させてくれても良い。
「まずは入学式の無断欠席。加えて、女子寮侵入。ちなみにこいつに男の娘とか、そんなややこしい設定はなし」
あったら困る。
いや、あったらあったで、楽しい人生なのかもしれないけど。
「それは……中々の度胸を持っていると言いますか、ただ頭が弱いだけだと言いますか……」
副会長と同じ様な事を仰られる!
意外と口悪いかもだぞ、この人。
「一つで退学レベルの重罪。そりゃあ、処分は……」
「え、退学!?そんなの、生徒会が決めて良いんですか?」
「この学校は生徒自治が基本だ。生徒会が問題児の処分とかも決めてんだよ」
問題児に言われた。
にしても、いきなり退学?
まだフラグの一つも立てない内から!?
「あの、会長さん。副会長みたいに、僕も次の役員になりますから、免除とかは……」
「会長に指図すんな。小僧」
「一年違いなだけでしょう!」
暴力も嫌いだけど、縦社会ってのも嫌です。僕。
「――萌(きざし)です」
「え?」
会長が、よくわからない事を言う。
「高天原(たかまがはら)萌。それが、私の名前です」
「あ、は、はあ」
僕も自己紹介をする雰囲気だろうか。
そうだろうな。
「僕は河原聡志です」
「河原さん、ですか」
会長は少し考え事をする素振り。
あれ、もしかして僕、有名人だったりするのだろうか。
そうか、だって僕はこの学校の試験をぶっち切り一位だったのだから。
「すると、入学試験を一番の成績でパスしたという」
「はい!それが僕です!」
めっちゃどや顔。
「……今年度の試験は、私や森谷さんの年よりも幾らか易しかったみたいですが、確かほぼ全教科を満点でしたね」
「ほー、じゃあ俺よりも成績は一応上って事になるか。現時点では。ま、会長は全教科満点を三年間キープしているが」
……ハイスペックなんてレベルじゃない人なんだな、会長さん。
僕にはとてもできない。
「その様な人を退学にするのは、少し勿体無いですね」
お!
き、来た!来ましたよ、この流れ!
この瞬間を僕は待っていた!
「何か訳がありそうですし」
「そうなんですよ!僕、筋金入りの方向音痴で!」
「めっちゃ嬉しそうに言うな、お前」
僕だって、必死だしね。
生徒会役員になるのが決まっているのなら、ちょっと重要なポストに収められるだけで校則違反を帳消し、というのはかなり軽い罰に思える。
「ふふっ、そうですか。では――」
会長は上品に笑い、小さく息を吸った。
あ、この仕草すごく可愛い。
「河原さんを、私のパーティに加えたいと思います」
「うえぇぇぇ!?」
奇声を上げたのは副会長。
何ですか、その鱒みたいな男の人の声みたいな。
「ま、待って下さいよ会長!まだ、こいつの退魔器(たいまき)も見ていないのに、ですか!?」
「……そうでしたね。では、一応見せて頂きましょうか」
この学校がちょっと普通じゃない点を、説明するべき時が来た様だ。
まず、全寮制。え、これは割とよくある?
次に、男女共学。あ、これは普通か。
そして、何より――退魔士養成学校と呼ばれている。
退魔士。大層な日本語を使っているけど、今風に横文字を使うと“モンスターバスター”。
あ、ハンターにしちゃうと意味が変わっちゃうので、お気を付けを。
現実にモンスターとかおばけなんて居ない?
ははは、何を仰られる。
世に数多ある心霊現象、あれをどうやって説明する。
沢山、霊感というものがある人が居るじゃないか。
それに、近年人を襲う野生動物が増えている。
もう、それは故意にしているんじゃないだろうか、と思うぐらい。
うん、これは故意にされている事だ。
見た目は普通の動物。しかし、巨大な悪の意思に触れ、魔物と化したもの。
それを人間は倒す為に、特別な学校を創った。
勿論、この学校は結構歴史ある学校なんだけど、学科が新しくなった。
“退魔士学科”。
“退魔器”を用いて戦う人間を“退魔士”という。
退魔器とは。最新科学と、日本に古くからある神道の合わせ技。
神の力、そして自分自身の霊力から、生成された武器をそう呼ぶ。
……はぁ、説明長かった。
「僕の退魔器――それは、この『聖銃』です」
目を瞑り、精神を統一する。
それから手の中に収まる、一丁の銃をイメージ。
形はかの有名なワルサーPPと同じだ。
五秒程で、手の中に確かな感触が出来上がった。
オカルト臭い方法で作られる訳だけど、この退魔器というものにはきちんとした実体がある。
「拳銃の退魔器か。割と普通だな」
ぐぐっ。痛いトコを突いて来やがられる。
「素晴らしいですね。ちなみに、能力は」
流石会長、性格が出来ておられる。
いきなり腐す様な副会長とは、育ちの良さの差が歴然だ。
「はい。銃弾を当てた相手を、数十秒間拘束する事が出来ます」
そう。僕の銃は、相手を殺傷する力が欠如している。
だけど、その代わりに行動を封じる効果がある。
問題点は一人で相手に止めを刺す事が難しい、ってトコだけど。
「成る程。面白い新戦力です」
どうやら、会長の中では僕がパーティに組み込まれる事は確定してしまっているらしい。
すごく嬉しい事だけどね。
「会長、本気なんすか?確かに、生徒会の役員同士でパーティを組む事は出来ますが、よりによってこいつなんて」
む、副会長がまたぎゃあぎゃあ言ってる。
全く、天才というのは人から妬まれるから、大変なものだね。
「はい。生徒会のパーティは魔性を退治する以外にも、様々な雑務を任される事になります。それで清算してもらえば良いじゃないですか」
「だから会長、それは甘過ぎやしませんか?俺なんて、会長の……」
「森谷さんは、退学を希望している、と……」
「わーわー!そ、そうじゃねぇんですけど!」
副会長、色々と自爆しているな。
僕が喋る必要はしばらくなさそうだから、“パーティ”の説明。
楽しいパーティーじゃなくて、パーティ。ロープレとかでお馴染みの単語だよね。
この学校では、普通の勉強以外にも前述の退魔器を使った、魔を退治するという仕事も与えられる。
そういう単位が存在するので、これが出来なかったら落第もある。
その仕事を一人でするのには、僕みたいに退魔器の性能上難しい人も居るし、まだ学生の身、退魔器を満足に扱えなかったりするので、それを補い合う班みたいなものを作る。
それがパーティというもの。
普通は同学年同士で作るんだけど、どうやら生徒会の役員は学年を跨いでパーティが組める様だ。
それに副会長が必死な辺りからして、会長と副会長は同じパーティになる事が決まっているのだろう。
四月中にパーティは決めれば良かった筈だけど、僕を加えて三人。他にメンバーが決まっていなかったとしても、パーティは三人から五人で組むので、もう申請をしても通る人数だ。
「――それに、森谷さん」
「な、なんすか」
「別に私は、あなたに抜けてもらっても、特に問題はないのですが」
会長が目を細め、冷酷に言った。
こ、怖い。
素の顔が可愛い所為もあるんだろう。無表情になった瞬間、ホラー映画によく出て来る呪いの人形的な恐ろしさが顔を出した。
副会長も後退りして……足がガクガク震えている。
こんな反応をするという事は、会長の威圧感は上辺だけのものじゃないんだろう。
「もえたーん!まーた、森君虐めてるの?駄目だよー。後輩弄りが楽しいのはわかるけどー」
冷え切った空気を強引に熱する、能天気な声が後ろから聴こえた。
どうやら、新しい生徒会の役員が上がって来たみたいだ。
「……杪(こずえ)。人聞きの悪い事は言わないで下さい。後、その呼び方はやめて下さい」
「良いじゃん良いじゃんー。折角字ぃ同じなんだからー、もえたーん!」
めちゃくちゃハイテンションな人だ。
砕けた話し方だし、同じ三年生だろうか。
そんな杪さん(仮)は、会長を後ろから抱きすくめて、頬擦りしまくっている。
会長は小柄な人だけど、この人はちょっと背が高い。僕と同じぐらいかな。
「比良栄(ひらさか)さん、マジありがとうございます」
「はははー!余を神と崇めよー」
副会長はそんな比良栄さん(仮)に、本当に手を合わせる。
うわー、この人も、先輩にはこうなんだなぁ。
「好い加減、離れて下さいっ。私は、こちらの河原さんについて話をしていたのです」
「おー、可愛い一年坊だー!よろしくよろしく、あたしは比良栄杪、もえたんの親友にして、書記長をしているのだよ」
「河原聡志です。お願いします」
字とか書かせたら、踊りまくってそうな人だけどなぁ。案外、綺麗な字を書いたりするんだろうか。
会長は外国人の血が入っているのか、地毛らしい金髪だけど、書記長はどうやら染めている茶髪だ。
毛先や旋毛の辺りに染め残しがあるし、ムラもありまくり。適当にやっているんだろうなあ。
「で、もえたんは河原少年や森君相手に、何をくだまきしていたのだらうか」
「くだなんてまいていません。ただ、河原さんを私達のパーティに入れる事を決めた所、森谷さんが反対したので説得をしていただけです」
物騒なモノをチラつかせながらの説得でしたけどね。
チラリズム。
「ほー。可愛い少年が入って来てくれるとは、お姉さんも嬉しいやね。森君はなんで反対していたのかな」
「それが――」
かくかくしかじか。
要約して言われると、僕が全面的に悪いみたいで嫌だ。
「ははは!そいつぁ面白い。でも森君、君のラッキーすけべについての処罰は、明らかにもえたんの私怨が含まれている事を忘れてはならないよ。別にあたしも遅刻なんてしまくってるし、道に迷うのも日常茶飯事さー」
……ええ人や。
思わず、エセ関西弁を発動させてしまう程に。
この人なら、墓場まで愛せそうだ。
方向音痴な人の存在が、こんなにもありがたいなんて……うぅ、ちょっと涙出て来た。
「えっ、そ、そうだったんですか?会長!」
「……何の話でしょうか」
視線をしれーっと逸らす会長。
この人も、結構アレな所あるんだなあ。何がアレとは言わないけど。
「しかし、面白いねー。言ってしまえば、トリモチ銃みたいなもんなんでしょー?」
「大体はそんな感じです」
トリモチて、一応、聖なるっぽい力が働いたりしているんだけど。
「どれ、折角だし、一人欠員が出ているけど退魔器の暴露大会としようではないか。あ、もえたんは良いけどね、どうせ後から嫌でも出す破目になるでそう」
もうパーティは五人揃っていたのか。
最後の一人が気になるけど、男性だろうか、女性だろうか。
女性が良いなぁ。
今まで清純系(疑)、元気系、と来たから……ここらで正統派に強気な人とか来ると、萌え萌えで燃える。
野郎だったら……嫌だなあ。
「……俺の退魔器は『刹那の弦』。見ての通り、和弓だ」
副会長が生成したのは、二メートルはある大きな弓。
和弓の長さは決まっていた気がするけど、何センチだったっけ。
兎も角、見た目も威力もゴツそうな得物だ。遠距離武器というのは、副会長のイメージに合わないけど。
「あたしのはねー。『千曳岩』。と言っても、本なんだけどね」
書記長は、一冊の分厚い本を呼び出した。
和風な名前に反して、ハードカバーの洋書であり、「魔本」って感じの見た目だ。
「ふふふ、これをぺらりとして念を込めると、あら不思議。本の中から数多の黄泉国の妖怪達が顕現してしまうのだよ」
実際の力を見れないからわからないけど、何か凄そうだ。
「で、もえたんのが『神罰の剣』。これがもう、色々とバカみたいなのだから、実物見て驚かない様にねー」
……バカみたい?
名前からして凄そうなオーラ出ているし、非常に気になる。
「む、むむっ!こりゃあ、あたしがフラグ立てちまったみたいだぜぃ」
「何か出ましたか」
「うむ!裏の森に悪霊、結構居るねぇ」
おいおい、この学校、普通に悪霊とか出ちゃうんですか。
いや、珍しくも何ともないんだけど、入学初日ってのに、今日は大変な日だ。
「どうせお前は疑問に思ってるだろうから教えておいてやると、この学校はかなり頻繁に襲われるんだよ。相手も、大量の敵が集まってる所だってわかってるんだろうな」
「そして、それを処理するのは他でもない!君達生徒諸君であるのだ!のだ!のだ!」
ばばーん、と僕を指差す。
あ、ヤバイ。
僕、この人のノリ、大好きかもしれない。
一緒に居ると疲れそうだけど、果てしなく疲れそうだけど、好きだ、こういう人。
「ま、あたしの特別優れた霊感でわかっちまったもんだから、まだ他の生徒は気付いていない事だろうねぇ。ふふふ、となると、どうなるかはわかってますわな」
「僕達の出番、って事ですね」
「ご名答!生徒会は率先して、悪霊、魔性退治をする使命を帯びているのだよ!さあ、行け、若人達。あたしは草葉の陰から応援させてもらうぞい!」
って、書記長は来ないの!?
実は現時点で、一番好きな人かもしれないのに!
「杪は行かないのですか」
「この後、ちょいと野暮用があってねぇ、すまねぇ。人気者は辛いもんさ」
両手を合わせ、苦笑する書記長。
こういう仕草一つ一つにしても、コミカルで見ていて飽きない。
……不味い、すごく不味い。僕、今めっちゃこの人にメロメロになってる。
「それなら仕方ないですね。森谷さん、電話を」
「おう、してますぜ」
電話。
恐らく、五人目の人にだろう。
さあ、女性か男性か。
「……圏外なんすけど」
「ははは、ま、そんな日もあるさ。だけどチャンスだよ、森君、もえたん。良い機会だと思って、河ちゃんに良い所を見せるのだ」
僕の呼び名は、河ちゃんに決定した様だ。
河たんとか、河君じゃなくて良かったな。何か、響きが嫌だし。
「ふふ、そうですね」
「実力の差を見せ付けられて、自信を失うなよ」
僅か一年の違いで何を仰られます。
それに、弓と銃ですよ、副会長。
どっちがより進んだ武器かは歴然でしょう。
……僕の銃に破壊力は備わってないけど。
「であであ、いってらっしゃいませー。と言うか、あたしもちょいと急ぐんで、お先に失礼するよーっ、と」
ひょい。
……ひょい!?
い、今、書記長、窓から飛び降りなかったか!?
ここ、普通の建物に換算して、四、五階の高さはあるんだけどっ。
「毎回、アレは怖いっすね……」
「杪でなければ、確実に死んでいますからね」
日常の一幕かよ!
あの人、性格もそうだけど、体の構造とかもかなり愉快な人なんじゃないだろうか。
窓から外を見下ろす。
小さくだけど、茶色い頭が見える。
普通に着地している。と言うか、早速走り出してるし。
「では、私達も行きましょうか」
「そうですね。あんま時間もかけてられませんし」
うーん、今度会ったら、じっくりお話を聞いてみたい。
絶対あの人、熊を片手一本で倒したとか、そういう系の武勇伝を持ってる。
一夜で城も建ててるかもしれない。
「おい、行くぞ」
「はいはーい」
後は……紐なしバンジーをして、生還してそう。
長い螺旋階段を降りる。
エレベーターとか欲しいなぁ、本当。
建築上、絶対無理だろうけど。
「森って、どこにあるんですか」
「校舎の裏を、少し行った所にあります。見れば直ぐに分かる程、広大な森ですよ」
へぇ、気付かなかった。
と言うか、見なかった。
方向音痴な人は、周りの景色なんて見ないんだ。
だから、道順を把握する事が出来ない。景色と道は関連付けて覚えるもんだからね。
そんな事を冷静に分析出来ているなら、自分で改善して行け?
ははは、それが出来ないから僕は筋金入りの方向音痴なんだよ。
「ほら、もう見えるだろ」
件の森は、本当に大きかった。
ここまで大きいと、何故気付かなかったのか。まるで僕が馬鹿みたいだ。
「詳しい場所とか訊きませんでしたけど、見つかるんですか?」
「こちらから近付けば、勝手に出て来ますよ。それに、幾ら杪でも正確な位置を知る事は出来ません」
むぅ、超人に思えた書記長にも、欠点はあるのか。
……既にトンデモ映像を見てしまったから、普通の人じゃないって認識は、生涯揺らがないと思うけどね。
「退魔器は出しておけよ」
言いながら、副会長が弓を出す。
今見ると、黄緑色に弓全体が塗装されている。
森や草原では、一種の迷彩として機能するみたいだ。
意外と考えられている副会長の弓に感心しながら、僕もまた銃を作り出した。
退魔器のベースの形は生まれながらに決まっているけど、細かい部分は変更出来る。
僕の銃も、ワルサーPPをモデルにしたのは完全に趣味だ。
ある程度までなら、物理法則を無視した武器にも出来るので、有り得ない形の銃とかにしても良かったんだけど、どうせなら格好良い銃が良いからね。
「それでは、私も」
会長が言って、目を瞑った。
と同時に、周囲を鮮烈な光が包む。
うわっ、眩しっ。
神々しいとかじゃなくて、スタングレネードみたいに暴力的な眩しさ。
こ、これは書記長が言ってた通り、バカげた事になってそうだぞ。本当に。
しばらくして光が消えた時、会長の姿は魔法ものの変身ヒロインの様に大きく変わっていた。
服装こそ制服のままだが、左腕には銀色に輝く無骨な鎖が何重にも巻きつき、細い腰にはリボンみたいなノリで鎖が結ばれている。
両足も、締め付けられる様に鎖に覆われ、僅かにある隙間から白い地肌が覗える。
そして、何より目立ったのは、右腕に握られた、彼女の髪と同じ様な黄金色に輝く剣だ。
そのナックルガードの辺りにも鎖が巻かれ、その何本かの先端には楔が備え付けられている。
――奇妙な囚人か、封印された魔人の様な第一印象。
だけど、それがとても美しく、無骨な鎖も、会長が身に纏うとシルバーアクセサリの様な輝きを持つ。
直ぐにそう思い直した。
「あれが、最強って言われる退魔器『神罰の剣』だ。
左手の鎖は籠手の役割を果たす。
両足の鎖は防御もそうだが、走力の強化と、短時間の空中歩行を可能に。
腰の鎖は強過ぎる剣の力を抑制したり、他の鎖が暴走しない様に制御しているらしい。目に見える機能は剣を腰に佩く為のベルトだな。
オリハルコンの剣は物質だけではなく、概念まで切り裂く。
剣の鎖は魔を縛り、楔を打った相手を永遠に封じるという。
攻守両方に優れる万能性。それ故に退魔器の完成形と呼ばれているんだよ。おいそれと見せられるもんじゃねぇんだから、ありがたがれよ」
副会長が長い長い解説をしなすった。
しかし、本当に壮観だ。
なんかもう、退魔の為の武器というよりは、装備一式。
退魔器はその人の生まれ持った気質が大きく反映される。
自分自身を戒める様な鎖。光り輝く剣。これが象徴する「会長」という人は、一体どんな人物なのだろう。
「本当、最強ってオーラがありますね。正直、パーティを組む必要なんて無いんじゃ?」
「そこが、な。本当の全能なんてものにはなれないのが人間らしい」
どゆ事ですか、それ。
僕には副会長の非っ常に中二臭い、哲学にしか聞こえないのですが。
「鎖を制御した上で、意のままに動かすのには尋常じゃない体力や精神力を使うし、剣も小柄な会長の体格に丁度の大きさだから、そんなにリーチがない。遠距離に大きな穴が開いてんだ。――だから、それを埋めるのが」
「僕と副会長、ですか」
副会長の和弓ならば、超遠距離まで破壊力の高い矢を射れるし、僕の銃も殺傷能力には期待していないのだから、拳銃としては破格の有効射程を持つ。
書記長の『千曳岩』がどんな力を持っているのかは知らないけど、本という外見上、近接武器の可能性は低いだろう。
……あの人なら、本の角で殴るとか、本を投げつけるとかでも攻撃出来そうな気がするけど。
辞書アタックが高い破壊力を持つ事は、既に知っているし。
「馬鹿言え。普通、お前みたいな奴は入れねぇよ。俺等はお前みたいなせせこましい事抜きに、一発一殺でやって来たんだ」
脳筋だなぁ、この人。
ヤンキーさんはそういうもんなのだろうか。頭良い筈なのに。
「はぁ。僕が動きを止めて、副会長が追撃したり、会長が近付いて斬ったり、とか良いコンビネーションじゃありません?」
「どうだかな。後、一応言っておいてやるけど、会長はお前の実力に期待しちゃいないと思うぜ。活躍の一つでもして、自分の存在をアピールするこったな」
えー、どうしてそんなモチベーション下がる事を言うかなあ。
「副会長は会長の何ですか。恋人とか言うんですか」
おっと。また心の声が。
「ば、ば、ば、ばーろう!た、ただ会長は結構詩人だから、“神”の縁語である“聖”って言葉を含むお前の退魔器に惹かれただけだろう、って事だ!」
うわーい、顔真っ赤。
会長はとんでもない美人さんな訳だけど、もしかして副会長、狙ってるんだろうか。
「あんまり僕が口出す事じゃないだろうけど、身の程はわきまえるべきだと思うなあ」
うーん、今日はよくモノローグが口に出てしまう。
「おま、確信犯だろぉ!」
副会長がぎゃーぎゃー鳴いている。うるさいなぁ。
「森谷さん。河原さん。お待たせしました」
ちょっとして、会長が僕達の方にやって来た。鎖の巻き方を確認していた様だ。
剣身にも鎖が巻かれ、鞘の機能をしている。
「おお、じゃあ行きますか、会長」
「はい」
二人が森の奥へと行くので、僕も慌てて後を追う。遅れたら、死亡フラグがピコーン、と立ってしまいかねない。
不思議な事に、あれだけ鎖を巻いていたら、じゃらじゃら音がしそうなものなのに、全く音がしなかった。
剣は右脇に佩かれていて、会長は右利きらしいのにおかしな感じだ。
「にしても、学校の敷地内にこんな森があるなんて、すごいですね」
二人の内、誰に言うでもなく呟く。
副会長は兎も角、会長は返事をしてくれるだろう。
「……って、スルーですかい!」
たっぷり五分も待ったのに。
「いや、だからどう反応しろと。俺のコメントなんて『ああ、そうなんだよ』ぐらいだぞ」
「何も知らないんだ!生徒会の副会長なのに」
「お前な、俺は丸一年ここの学生やった程度だぞ。何もかも知り尽くしてる訳ねぇだろ」
まあ、そんなもんかな。特別副会長が物を知らないんじゃなくて。
自分の住んでいる市にしても、自宅近辺と駅ぐらいしか知らないのが普通だしね。
「――私はそれなりに詳しく説明出来るのですが、面白くない上に長めですよ」
「そんなそんな、会長のお口を煩わせる事はありません!はりきって森の奥でトロール的な何かに会いましょう!」
すたすたすたー。
面白くない長話なんて、誰得過ぎる。
少年老い易く学成り難し。花の命短し。
今を有意義に生きよう。若いんだから。
「そういや、五人目のパーティの人って、どんな人なんですか」
よし、我ながら良いネタフリ。これなら確実に何か返してくれる。
すごく気になっているしね。まず性別が。
「冰(こおり)といいます。姓は葦中。私や杪とは同郷の二年生です」
葦中冰さん。
会長や書記長もそうだけど、漢字一字の古風な名前で、美しくて、そしてすごく格好良い。
そういう土地柄なのだろうか。何となく、京都辺りな気がする。
「役職は風紀委員。ウチの生徒会は二つが一緒くたになってるからな。名前通り、冷淡でちょっとキツイ女だぜ」
クールな人なのか。書記長と真逆のタイプって事は、あの人に振り回されている姿が目に浮かぶ。
そういう様が可愛いかもしれないな。
「森谷さんとは今年、同じクラスでしたね。今年もやはり、テストの点を競い合うのですか」
「当然っすよ。一年の時は中間以来、ずっと煮え湯を飲まされてましたからね」
テストの点数で競い合ってるのを見ると、本当にこの生徒会は学校のトップ達の組織なんだな、と思う。
こうして、既に頂点に立っている人同士が、更に切磋琢磨して行く。そんなコミュニティなんだろう。
僕が思っていた以上に、面白そうだ。
ま、美人が多い時点で、ウハウハですけどね!
「と言うか、冰の奴どうしたんですかね。圏外なんて」
「田舎故に、この学校は電波の届かない所が多々ありますから。この森もそうですし」
へぇ、そうなのか。
携帯を取り出し、確認してみる。
「あ、本当ですね」
アンテナマークの所には、圏外の表示。
地下鉄とかでもそうだけど、この文字を見るとちょっとびくっとしてしまうよね。何故か。
しっかしこの学校、本当に僻地にあるな。
都会じゃ退魔器を振り回すなんて危ないんだろうけど、ぶらぶら街に出かけに行く、ってのが遠過ぎて出来ないからなあ。不便だ。
「……来ましたね」
ああ、僕にもわかる。
このどす黒い悪意か、殺意の直撃を受けた気味の悪さ。
悪霊だ。それも多い。
「二人は後ろへ。私がまず、数を減らします」
今のところ、正面にしか敵は居ない様だ。
後ろ歩きで下がる。
その途中、会長が剣を構える姿が見えた。
独りでに剣が腰の鎖から抜け、会長の手の中に収まったかと思えば、剣身に巻きついた鎖が一瞬で解ける。
会長は抜き身の剣を持って大きく踏み込み、一振り。二振り。三振り。
払い。返し。斬り下ろし。その道筋が金色に輝いたのが見えた時には、黒い塊の数が明らかに減っていた。
「ほら、続けよ!」
副会長は矢羽も、鏃もない矢を弓につがえ、何度も弦を引いた。
貫通性に富む霊力の矢が、悪霊を何体もまとめて串刺しにする。
くそぅ、悔しいけど格好良く見えるぞ、副会長。
――さすれば、僕もアピールしないと。
引き金を引く、それと同時に飛び出す三つの霊弾。
僕の意思次第で一発ずつにも、今みたいな三点バーストにも、霊力が続く限り弾を吐き続けるフルオートにも出来る。
少しずつずらして撃った三発は全部命中。三体の悪霊を縛りつける。
それを全部まとめて、会長の剣が刈り取って行った。
やっぱり、良いコンビネーションだ。しかも嬉しい事に、会長はウィンクを僕に向けてくれた。
……ヤバイ。これはフラグが立ったかもしれない。
「すみませんねぇ、副会長」
んー、嬉し過ぎて口も滑る滑る。
「うっせぇ!このっ、ちょっと甘い面構えしてるからって!」
鬼気迫る顔で射りまくる。
全部命中しているんだけど、もしかして僕を重ねちゃったりしているのだろうか。いつか、こっちに飛んできそうでおっかない。
そんなこんなで、悪霊の調伏はぱっぱっぱーと終了。
ものの五分もかかってないんじゃないだろうか。
でも結局、僕はほとんど活躍する事がなかった。
ひたすらに目立っていたのは、会長一人だ。あれだけ頑張っていたのに、副会長も空気同然。
ぴっかぴかの剣を振り回し、全く敵を寄せ付けない戦いをしていた会長は、すごく美しかったけど、同時にちょっと怖くもあった。
無双作品にも出られる勢いだと思う、あれは。
「それでは戻りましょう。もうお昼です」
そういえばそうだった。
長い間、時間という概念を忘却していたけど、僕は三時間目が終わり、女子寮に帰ろうとしたところで副会長に捕まったんだった。
既に一時間ぐらいが経過していて、良い時間になっている。
それを意識すると、急にお腹が減って来るのが人間というもの。
その心は皆同じらしく、特に会話もないまま森から帰り、食堂に向かって歩いた。
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Pixivさんで書いている長編です