「なんかさあ、あいつは俺といるとダメになる予感がするんだよね」
「ほう」
「影響はナオヤのが強いと思うけど、アツロウにしてみたらナオヤは二・五次元みたいなもんじゃない」
「人の存在を平面化するな、従弟よ」
「いるけどいないっていうか、芸能人みたいな? ……それはそれで腹立たしいな」
「ククク……人の話を聞かないところは誰に似たのやら」
「ナオヤだよ。俺はナオヤの従弟って有り難くもない無駄なオプションがあるせいで、なんか変に何かやらかすんじゃないかって期待してるらしくて。でもさあ、俺はこの通り凡人だから、そんな期待されても困るっていうか、なんか特別っぽくしなくていいわけ。でさ、ある日気付くんだよ。自分の期待が返ってこないってことを。その落胆?反動?みたいなのでさ、あっとゆーまに引きこもりとかなりそうだろ」
従弟の独自なネガティブ発想はともかくとして、なかなか観察眼は鋭いようだ。人の顔色を窺うのは得意だが、それを全く考慮せず、物怖じしないのは昔からだったか。
多少気にかけている辺り、弟子はそれなりに、気むずかしい従弟の懐柔に成功しているのだろう。
ただ、従弟は一つだけ誤解をしている。弟子の期待は、既に返っているのだ。崇めるにも似た師匠に対し、口を開けば暴言を放ち、時には足蹴にし、その奔放な言動こそが、弟子を惹き付ける要因なのだと推測する。
自分には想像も付かない領域に興味を抱き、畏怖し、覗いてみたいという、ある種の懸念事項にもなりかねない知的好奇心を満たすものは、何も、高度な思考を持ち、それを操る術を知る、そんな人間が未曾有に集まる小さな箱の中だけではない。
自身が抱く興味と、真逆の考え方。反発すら生みそうな、相反する思考もそれは該当する。つまり、従弟は要らぬ心配をしている。従弟が多数の意見に流され、詰まらない人間になろうものなら、弟子は失望するだけで、従弟の言うような引き篭もりになったりはしないだろう。
誰に似たのか、友人の作り難い、気難しい性格の従弟は、感覚の合う人間を潜在的に探し出そうとする能力に優れている。そのためか、従弟の周りに友人が居ないということはなかった。ただ、それは実に癖のある人間に限られていた。
弟子もまた、その一人だということを知らないのか、それとも、知りながら知らないふりをしているのか。従弟は実に面白い。
「ククク……」
「あ。またしょーもないこと考えてるだろ」
「どうかな」
「どうでもいいけど、俺を巻き込まないでよ」
羊羮をつまむ従弟を眺めながら、これが回避できないストレスにさらされた極限でどんな行動を起こすのかと考える。
ますます興味深くなった。
「友達やめたいんだけど」
何気なく切り出そうとしたけど、そもそも切欠になる話題なんて日常会話の中にあるはずがないので、かなり突発的になった。俺がそう言うと、アツロウは元から丸っこい目を更に丸くする。
瞬きを何回かして、何か言いたそうに口を開いては閉じ、それから、手元のコーヒーを一口だけ飲んだ。
「え、な、なに? なんで?」
「なんでっていうか……なんとなく?」
しまった、これといった理由はあるにはあるけど、どうも説明しづらい。面倒なので、適当に濁してみる。
それにしても、コーヒーショップに入って一息ついて切り出すなんて、別れ話みたいだ。いや、違う意味でそうか。
「え? え? だって、オレ、なんかした? だったら謝るし……」
アツロウの顔をじっと見ていると、驚きで上がっていた眉が、みるみるうちに下がっていった。面白い。
「うーん、そういうんじゃなくて、このままだとお互いのためにならないっていうか……」
しまった、これだと本当に別れ話みたいだ。言葉の選択を誤ったとアツロウを見れば、半開きだった口をきつく閉じて、真っ直ぐ俺の方を見ていた。
「…………」
やけに瞬きが多い。冷静に観察していると、その下瞼の縁にどんどん水が溜まって、ああーと思ってるうちに、つるりと流れ落ちた。遅れて、ぶわっと目元と鼻が赤くなる。
「え、えー……? 泣くなよ……」
「おま、オマエが、急にそんなこと、言うから、だろ」
ぐしぐしと鼻を鳴らし、しゃっくりするみたいに肩が上下する。仕方ないので紙ナプキンを渡してやると、それをくしゃりと握りしめて、アツロウは細く唸った。
うわあ、周りからの視線が痛い。俺が泣かせたみたいじゃないか。実際、そうなんだけど。
「な、なんでっ、訳わかんねー、よ」
ぼたぼたと涙を雫して、奥歯を噛み締めながら、それでもアツロウは食い下がる。
困った。何より場所が悪かった。だって、まさか高二にもなって往来で泣くとか思わないし、そもそも、友達一人いなくなるくらいで泣くもんなの? アツロウが全然分からない。さすが、ナオヤの弟子だけはある。
「いや、ほら、なんていうか……嘘だから」
「……は?」
「嘘だから」
なぜか窮地に陥った感でいっぱいの俺は、取って付けたようにそう言うので精一杯だった。
「な、なんだよ、嘘かよ! 趣味悪ぃぞ!」
「いやあ、そんな真に受けるとは思わなかったんで……」
「クッソー、オレの涙を返せ!」
「食塩水でいい?」
「そういう問題じゃねーだろ!」
鼻を啜りながら、アツロウは冗談混じりに笑うけれど、物凄くホッとしてるのが分かった。なんか、俺が悪いことした気になるけど、悪いのかもしれないけど、俺は間違ってないはずだ。ただ、俺の予想よりも、アツロウの方が重症だっただけで。
「そんなんだと、俺が途方もなく悪い道に転がってったときに、引き摺られて後戻りできなくなるんだぞ、きっと」
「なんだそれ。例えば?」
「例えば……世界を敵に回したり、とか?」
「うーん……でもほら、それでもオレはオマエの友達だからな!」
くしゃくしゃになった紙ナプキンで乱暴に顔を拭って、アツロウは「にひひ」と笑った。
……だめだコイツ、早く何とかしないと。
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どんなもんかなーということでぴっしぶにも乗せてた短編で投稿テスト。封鎖前日常っぽいの。