≪冀州某所/魯子敬視点≫
ありゃ…
最後の最後で下手を打ったかな…
私は三人の武者がこちらにやってくるのを見て、思わず額に手を当てました
周囲に待機している兵に弓を準備させつつ、目の前にいる三人姉妹に声をかけます
「なんか諸侯の軍が来ちゃったみたいで申し訳ないですね
てことで選んでもらうしかないんだけど、どうしますか?
くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」
まあ、これに至る状況は説明するとしましょう
我々は、この反乱を操作すると決めた段階で、彼女達太平道の周囲に護衛を兼ねて100名程の細作を“最初から”配置していた、という訳です
彼女達に途中で死なれるのも困りましたし、所詮は暴徒ですから勢い余ってという輩がいないとも限りません
彼女達は“象徴”な訳ですから、色々な意味で綺麗でいてもらわないと困る、という訳です
三人で20万からのむさい男の相手ができるならそれでもよかったんでしょうが、さすがに無理でしょうからね
この他にも、扇動や埋伏を含めて、実は500くらいの細作や間諜がこの場に集結し伏せています
元直さん、よくもまあこれだけの人数を鍛え上げたものです
これで欠員がほとんどないっていうんだから、みんなどんな訓練したんでしょうかね
ともかく、さすがはうちの腐れ太守、なんて念入りなんでしょうか
他にも、これは五斗米道が気にしていた“太平要術書”の確保って任務もありまして、これは彼女達が今の今まで手放そうとしなかったのを、ようやくこちらが手にする事ができた、という訳です
あのまま城と一緒に彼女達ごと焼いてしまってもよかったんでしょうが、さすがに私達もそこまで悪人になりきれなかった、というお話です
ですので、予めこの古城を最終集結地に決めておき、諸侯の目を欺きながら崖から森に抜ける脱出路を用意しておき、まず糧食や城壁等の混乱が起きやすく崖側に意識がいかない場所に火を放ち、それに先立って彼女達に太平要術書を持たせて逃がしてから、後は埋伏の連中が準備しておいた資材に放火して最後に脱出路を埋める、という感じです
美談でしょう?
くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!!
とりあえず、目標は達成できたので問題はないんでしょうが、諸侯の手勢に見られてしまったのは痛いところです
そこは空気を読みつつ、殺せるものなら殺してしまおうかと思っています
「太平要術書を渡せば、私達を保護してくれるんじゃなかったの?」
私、なんか眼鏡の子に睨まれちゃってますね
「そうよ!
信者の人達が折角ここまで逃がしてくれて、そうすれば助けてもらえるっていうから必死で逃げてきたってのに!!」
あら、そっちのつるぺた娘が噛み付きそうな勢いです
「お姉ちゃん達、騙されたのかな…」
いや、騙した訳じゃないんですが、なんというか罪悪感湧きますね、これ
こういう時でも仲達姉様なら、悠然と微笑んでぐっさりいくんだろうな…
私もまだまだ修行が足りないって事でしょうか
「助けないとはいってません
もしあっちに保護されたかったり交渉をしたいのであればお好きにどうぞって意味です
くきゃきゃ」
ありえない、とか眼鏡っ子が呟いてますが、確かにそうですよね
それでは、嘘くさいのは事実ですが誤魔化して帰るとしますかね
私は寄ってくる騎馬に対して弓の準備をやめさせると、のんびりくるのを待つことにします
そうはいってももう目の前なんですけどね、くきゃっ
「諸侯の皆様ご苦労さまです
私は漢中軍所属の魯子敬と申します
以後お見知り置きを、くきゃ!」
「子敬!
なぜお前がここに!!」
気取って挨拶してみようと頑張ったら、なんかいきなり名前を呼ばれてしまいました
………って、あれ?
「公謹!
周公謹じゃないですか
貴方こんなところでどうしたんです?」
「それは私の台詞だ魯子敬
お前こそこんなところで何をしている」
なんで私がこの人を知ってるかというと、簡単にいってしまうと彼女が“瘋子敬”の噂を聞いて私に糧食を強請りに来たことがありまして、当時の私がぽーんと倉ひとつ分あげちゃったもので、なんか仲良くなったんですよ
いや、私も若かった…
とりあえず、私がここにいるっていう理由は伝えないとまずいですよね
「漢中軍が細かいのを相手にするので、諸侯は後ろを気にせずやっちゃってください、という話は聞いてないです?
くきゃきゃ」
私がそういうと、なんか3人して小声で相談してますね
この“瘋子敬”がいうのもなんですが、せめて自己紹介くらいしましょうよ
そんな私の希望は綺麗に無視されたようで、公謹が代表する形で話しかけてきます
「まあ、それはいい
確かに董軍令指揮下の軍は、そういった諸事を片付けるという事は聞いていたからな
それでお前はどうしてここにいるんだ?」
当然その質問はされますよね
「簡単にいうと、ここに潜伏していた奇襲部隊を殲滅して、あとはもしもに備えて待機してたってところです
このお嬢さん達はそいつらに拐われてきたみたいでして、男達においしくいただかれちゃう寸前だったって感じでしたね
くきゃきゃきゃきゃ」
その笑いはなんとかならんのか、と呟かれますがなんともなりません
だって私は“瘋子敬”ですからね
ところで
「そうやってこちらのありもしない腹を探るのは構わないんですがね
そっちで殺気立ってるおふたりをどうにかしてくれませんか?
こっちの兵も気が立っちゃって仕方がないんですよ、くきゃっ」
私がそう言うと戸惑う後ろのふたりです
いや、非常に素直でいいことです
目の前でじっとりした目で疑いを解かない公謹とは大違いですね
まあ、ここまできたらこちらにどんな腹があっても、公謹達は引くしかないんですけどね
くきゃきゃ!
公謹は深く溜息をつくと、くるっと踵を返します
「本当の事がどうであれ、今の我らがお前にどうこうすることはできんからな
ここでもめて董軍令や漢中と揉めるわけにもいかん」
やっぱり頭のいい人間は物分りがよくて助かります
だって、そこの二人は納得してくれていませんしね
「挨拶が遅れてすまぬ
私は関雲長と申す
いくつかお聞きしても構わないだろうか」
「答えられる事なら全部教えますよ」
これは曹孟徳達と一緒に来た劉玄徳ってのと一緒にいた人ですね
なんというか、お固そうな感じですが、うちの令則さんの方が柔軟というか清濁併せ飲めるから、武人としては間違いなくこの人ですが、将としては劣るかな…
令則さん、あれで存外しぶといし、いざとなったら手段選ばない型の人間ですからね
「ここにお主らがいたのは理解したとして、一体これだけの手勢はどこから来たのだ?」
訂正します
結構周囲見てますね、この人
「お気づきではなかったでしょうが、私も貴女達が訪問した陣にいたんですよ
なので後日別れたってことです
くきゃ」
ごめんなさいね、疑問がぜーんぶ筋が通って聞けなくなっちゃって
くきゃきゃっ
「私は楽文謙という者です
あの陣にいたのならお判りでしょうが…」
「くきゃきゃきゃきゃ
名前までは知りませんがお顔は拝見した覚えがありますよ」
いや、なんというかさぞ私の声や笑い声が耳障りなんでしょう
おふたりとも露骨に顔を顰めてます
公謹が
「あれはヤツの癖みたいなものだ、諦めるしかない」
と言ってくれなかったら切りかかられてるかもしれません
恐いこわい
ともかく、こうして話しているうちに偵察も終わったようで、念のために私が彼女らの主人に書を認める事でご納得いただいて解決しました
そんな訳で恐いお姉さん達が去った後に、私は彼女達に話しかけます
「よかったですね
これで無事保護させていただくことになりました
長旅ですが漢中までご同行いただきます
よい旅になるといいですね
くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!!」
顔に出まくってます、ここまで嫌がられるとなんというか…
うん、この娘達、反応が素直で面白いです
これは道中にいい暇潰しができたというものです
とはいえ、この失態、後で腐れ太守と仲達姉様に言われるんだろうな…
≪冀州某所/関雲長視点≫
「なんだったのだあやつは!」
私は周公謹殿と楽文謙殿と共に馬を走らせながら思わずそれを口にしました
「確かに、非常に不愉快でした…」
楽文謙殿は私と同じ思いなのか、眉を顰めながら呟きます
それに苦笑しながら応えたのは周公謹殿です
「私も昔知己を得たが、あやつは当時からあの調子だったよ
しかし…」
眉を顰める周公謹殿に、私は馬足を緩めます
「いかがなされましたか?」
周公謹殿は難しい顔をしながら言葉を続けます
「本当にあやつが漢中にいるのだとしたら、これは笑い事ではすまんな…」
その言葉に反応したのは私ではなく楽文謙殿です
「確かに
雲長殿もご承知だと思うが、先の漢中軍の陣で会ったふたりも並々ならぬ人物とお見受けしました さっきの御仁も確かに不愉快極まりない人物ではありましたが…」
「あれはやつの癖みたいなものさ
演技といってもいいな
本当にあのように狂っているのなら、私とて近づきはせんよ」
ふたりの言葉に私は考える
一言で私達…
いや、玄徳さまの理想と現実の差を断じてみせた彼らのあの器量
それに並ぶものが先程の魯子敬なる人物にもあるのだとしたら…
ここでこのふたりに言う事ではないが、玄徳さまは最初は
「どうしても反乱軍の人達を説得できないかな?」
とおっしゃっておられた
それを不可能だと断じたのは私であり孔明や士元だ
まずは“力”で叩き伏せなければ話にならない、そう言ったのは私達なのだ
それを是としたがために、ああもあっさりと否定された時の玄徳さまの心痛は私如きが想像する事もできないでしょう
そして再び皆で理想を確認しあったあの夜
確かに私達にはなにもかもが足りない
しかし!
なればこそ!
私は玄徳さまの青龍刀として、この武をより磨きあげねばならないと誓いました
ですが、確かになんというか異質です
あの軍にしても、彼らにしても、そして今出会った魯子敬にしても
どこか我らとは違う
そう理屈ではなく感じるのです
これは果たして、私の思い過ごしでしょうか
そうであればいいのですが…
そんな思索に耽っていると、楽文謙殿から声がかかってきました
「雲長殿はどうなされる?
我々はこのまま陣に戻るつもりだが」
それに意識を戻し、私も答えます
「私も戻る
何にしても玄徳さまのお考えを聞かねばならないからな」
「なるほど
立場はどうあれ皆同じということだな」
我が胸に誇り、仰ぐべき主がいる、そういう意味で
周公謹殿の言外に示した言葉に、我ら全員の顔に笑みが浮かびます
折りよく別れる場所にきたようです
私は馬を返して彼女らに高らかに告げます
「来度の戦は共に戦えた事を誇らしく思う
願わくば次の戦場でもまた味方であらん事を!」
「こちらこそ
ではまた次の戦場で!」
「そうだな…
できれば味方でいれる事をお互い祈るとしよう」
そして我らは後を振り返らずに馬を走らせます
それぞれが誇るべき主のもとに還らんがために
≪冀州某所/周公謹視点≫
とりあえず孫呉の独立が最優先だと思い、今の雪蓮の身上では仕官を他人に求めるのも難しいと後手に回っていた自分の不明が悔やまれる
劉備や曹操といった他の諸侯の手前、なんとか無難に流す事はできたが、私の心中は穏やかとは言い難い
魯子敬は、確かに風体こそあの様子で故意に他人を不快にさせているという、かなり度し難い人物ではあるが、その才覚は私や穏に匹敵する恐るべきものだ
その事を知るのは私だけだと思い、あれを使いこなせるのも雪蓮や蓮華樣くらいだろうとタカを括っていたのだが、どうもそれは誤りだったようだ
あの口振りからすると、魯子敬の仕官先は恐らく漢中
風評では先の大長秋の養子となって太守の地位を買った愚物との事だが、積極的に難民流民を引き入れて内政に勤しんでいるという点を考えれば、愚物どころか容易ならざる人物だと判断できる
その漢中に魯子敬を使いこなせる人物がいるのだとすれば、これは捨て置けない
我ら孫呉とは反対ともいえる地にいる彼らだが、雪蓮の大望が大陸制覇にあると知る私にとって、例え遠方であろうとも危機の芽には気を配っておく必要がある
今回は明命が陣に不在なのと、戦いたがりのふたりが居たために私が偵察を買って出たが、思わぬところで思わぬ情報を拾ったという事になる
これが魯子敬だけならいいが、あやつはこういっていた
『漢中軍が細かいのを相手にするので、諸侯は後ろを気にせずやっちゃってください、という話は聞いてないです?』
これはつまり、少なくとも魯子敬にこの場を任せた上でしっかりと動くことのできる軍師や将帥が少なくともひとりは存在する、という事だ
先の風評で董卓指揮下で反乱軍を平らげてきた軍の規模と展開範囲を考察に加えれば、どう見積もっても5人ではきかない数の人物が漢中には集っている、という事になる
それに加えて、拐われた村娘をたまたま救出したとの事だが、それもどれだけ本当の事か知れたものではない
あの場で追求すれば恐らく殺されたであろうから仕方なく見逃したが、この乱に深く関わっていただろう人物達なのはほぼ間違いのないところだ
我ら孫呉には一切が侭ならぬ戦であったから仕方がないところだが、全てが後手であったことには歯噛みするしかない
今の私なら、この反乱の仕掛けが董卓や漢中であったとしても驚かないだろう
それくらい、今回のやつらは如才がなく、実を得るのに徹している
だとすれば、私のやるべき事は既に決まっている
どのような策や謀がこようとも、私が相手をしよう
それこそが私の役目であり誓いであり、なにより雪蓮のためになるのだから
(漢中か…
これは雪蓮と相談して、十分に気にかけておく必要がありそうだな……)
馬足を早めるように指示を出し、私は急ぎ陣に戻る事にする
なにしろこういう問題もあるが、今戦っているのは雪蓮に祭殿だ
私が戻って轡を締めなければ、他に止められる者は誰もいないだろう
傍に仕えている将兵達の苦労が判っていて、尚前線で暴れたがる二人だ
(暴れ具合によってはまた説教をせねばならんな)
そう考えながら私は再び、同行していた斥候隊に激を飛ばす
「急いで戻り戦に参陣するぞ!
伯符や公覆殿に大きな顔をさせぬようにな!」
Tweet |
|
|
43
|
0
|
追加するフォルダを選択
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935 』
より視読をお願い致します
また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します
続きを表示