三話「新旧機械論」
翌朝、私達が見た町は、それは最早町ではなかった。
といっても、無法者に襲われ、壊滅していた訳ではないし、寂れてゴーストタウン化していた訳でもない。
「……地図が古かったのかしら?完全に城下町みたいな様相を呈しているわね。通行するだけでお金がかかるし、出来れば迂回したいけど……」
「もう一回野宿するだけの用意もないな。ま、必要経費と割り切って、入ろうぜ」
旅慣れている二人は、あっという間に損得計算を終えて、門のところへと向かっていた。
私もそれに遅れない様について行く……けど、歩く速さとフットワークの軽さで勝負になる筈もない。私が追い付けた時には、諸々の手続きも終盤だった。
後学の為にもちゃんと見ておきたかったけど、これから先も旅を続けるなら、何度もこんな機会は訪れるだろう。
そう思うと、私は本当に自分の町を出て来たのだな、と実感する。
地図を見るのもティナちゃんなら、舵を取るのも二人の役目。私がすべきなのは、遅れない様に付いて行くことと、私だけが持っている知識で旅を彩ること。
まだあまりに出来ることは少ないけど、私も団の一員で、ここに居場所があるんだ……そんな思いが、私に安心感を与えてくれる。
「じゃあ行きましょ。最低限の補給をしたら、またすぐ山だから、滞在は二日だけにしておいたわ」
「町に入る時に、何日滞在するかを決めておくの?」
「物見遊山の旅なら、そんなことしなくても良いんだけどね。本当に通過点として寄るだけなら、予め滞在許可を取っておいた方が通行料も安くなるし、何かと便利なのよ」
「へぇ……初めて知った」
村を出た後の私は、孤児院のある町から一歩も出たことがなかったから。
私の町はそれほど立派ではなかったから、市壁はあれど、そこにちゃんとした関所もなかった。
――私はとことん世間知らずに育ったんだと思う。
「まあ、こんな知識があるのは大して誇れることじゃないけどね。特定の家を持たない旅の空の人間ってことだし」
表情から私の考えていることがわかったのか、すぐにティナちゃんがフォローしてくれる。
本人としては反射的に言ったことなんだろうけど、それがすごく嬉しかった。
「ありがとう。でも、私もそんな人になるんだから、やっぱりこういう旅の常識も知っておかないとね」
「ふふっ、そうね。リアをいつまでもお客様扱いするのは、逆に礼儀に反する、か」
ティナちゃんは自分に言い聞かせるようにすると、くるり、と長いサイドテールを揺らしながらUターンをして、町の入り口に向き直った。
そうして、私が人生で三つ目に訪れた町での二日間が始まる。
瞬く間に過ぎ去り、同時に一生の思い出となった二日が。
宿を取り(朝方なので、宿には不自由しなかった)、ティナちゃんは仕事を探す為、酒場へと向かった。
今回の山では収穫がなかったので、平地で仕事をしないと、旅費の維持が難しいそうだ。
私も本を写す仕事ぐらいなら出来るけど、それを言い出したら止められてしまった。
ティナちゃんの仕事とは、機械操作に関する天才的な勘と、豊富に持つ専門的な知識を活かした機械屋としてのもので、それが労働量の割にはお金になるらしい。
これぐらい大きな町ともなれば、専門家は居るだろうけど、そんな人を以ってしても歯が立たない機械を、ティナちゃんは魔法のように動かしてしまうという。
「でも、ティナちゃんみたいな女の子を一人で酒場に行かせるなんて、大丈夫なんですか?」
私とシロウさんは、適当に町を散策しつつ、買うべきものを決めておく役目を任された。
久しぶりに二人きりになった気がするけど、出てくる話はティナちゃんのことばかりで、それがなんだか面白い。
「あいつの物怖じしない物言いと、態度はもうよく知ってるだろ?ちょっかい出そうものなら、逆に男の方が泣いて帰る破目になるからな……それに、俺がついて行ったらそれはそれで、俺の方に面倒な疑惑が付いて回るし」
「ああ……なるほど」
ティナちゃんの大人びた話し方や、博識さでついつい忘れがちになってしまうけど、彼女は私よりずっと幼くて、シロウさんから見ればその年齢差はもっと大きくなる。
なんだかんだでシロウさんは、お互いの迷惑を考えて、人前ではティナちゃんと不必要に親しくしようとはしないつもりみたいだ。
「でも、リアが来てくれて、多少はやりやすくなったな。女同士なら変な噂は立たないし。……まあ、あんたを酒場にはやれないけどな」
「……?どうして、ですか」
「いや、酒場は情報が集まる場所であると同時に、やっぱり酒を飲むところだからな。で、これぐらいの町の場合、ただの酔っ払い親父だけじゃなく、柄の悪い傭兵くずれも居たりする。あんたぐらい美人で、ぼやーっとしている娘を見たら、十中八九引っ張って行こうとするぞ」
「私、そんなにぼんやりしてますか?」
いつも賑やかにしているティナちゃんに比べれば、確かにおとなしいと思うけど……。
「起きているのか、寝ているのか、わからんレベルに。ま、そんなトコを含めて俺は気に入って……って、そんなこと言いてーんじゃないんだよ!」
「は、はいっ!」
急に大声を出したものだから、私だけではなく、道行く人も思わずこちらを見る。
喧嘩騒ぎかと疑われたと思ったけど、何故か私とシロウさんの姿を見ると、皆小さく笑って去って行く。
……そんなに私、田舎者臭い格好をしていただろうか。
修道女の僧衣にも似た洋服は、結構洒落ていると思っているのだけど。
「す、すまん。とりあえず、あんたの服装は山登り……というか、旅をするにおいて危なっかし過ぎる。まず、服を見に行こう」
「服、ですか。確かに、初めて登山を経験して、その厳しさはわかりましたが……具体的にはどの様な格好をすれば?」
その辺りの知識は、まるで不足している。
本をそれなりの数読んでいるつもりでも、やはり得られる知識は偏りがちになってしまう。
まさか、自分が数々の山々を制覇しつつ、前文明の遺産を探すことになるとは思っていなかったし。
「これだけは言っておく。ミニスカートだけはやめてくれ。スティナは言っても聞かないが、あれだけは本当に見ていて心臓に悪い。小石、小枝、落石……足を切る要素なんて、山にはそれこそ、山ほど転がってるんだ。生足を曝け出すほど怖いことはないんだからな」
「そうだったんですか……」
季節は夏。ロングスカートは暑いし、ティナちゃんもミニだったから気にしなかったけど、確かに足を出しているのは危険に思える。
それは知識でもなんでもない、常識的な話だったのに、どうして気付かなかったのだろう。
「可愛くはないかもしれないが、機能性重視で普通に長ズボンにしてくれよ。で、わかってると思うが上も長袖。それは今でもクリアだな。でも、ちょっと薄手だからな……もうわかってると思うが、山の夜はとんでもなく冷える。昼夜の温度差が激しいから、体を冷やすと直ぐに体調を崩すことになるぞ。あんたは特に、その……病弱なんだろ?だったら、尚更注意を払ってくれ」
「……はい、わかりました。後、シロウさん、気、使わなくても大丈夫ですよ。……私は早くに村を離れましたから、他の人に比べれば体は丈夫な方ですし」
後天的に白髪になった人は、何故か体が弱い。それは、今では山向こうとなった地方での常識。
自然科学的な理由の解明は出来ていないし、民間伝承では悪魔契約がどうとかで、寿命を削る代わりに魔力を得た……と言われている。
だけど、当然ながら私に人外の力は宿っていないし、村の人々が魔法を使って便利な暮らしを送っていた、なんて記憶もない。
根も葉もない噂に過ぎない訳だけど、村の人がちょっとした風邪をこじらせて死んでいく姿は、何回も見てしまった。
「そうなのか。その、リアの村で生まれた人間なら、誰もが病弱って訳じゃないんだな」
「はい。呪いだとかなんだとか言われていますが、私の村のある土地には人の体を壊す何らかの要素があるみたいなんです。その影響を受け続けると、髪が色素を失い、体も弱くなって行く、と」
「そんなトコになんで住んでいるんだ……ってのは野暮な質問か。すまん、今度こそ失言だ」
「大丈夫ですよ。私は壊れ物じゃないんですから。でも、確かに、早く死ぬのがわかっていて、そこに暮らしているのはおかしな話ですよ。……迫害され続けた歴史があるからこそ、新天地を求めようという精神も萎えてしまったのかもしれませんけど」
などと言っていて、おかしいな、と口元が緩んだ。
偉そうなことを言っているけど、私はひたすらに後ろ向きな、あの村の人の典型例みたいなものの考え方をしていた。
今では意識的に、そして無意識的にも変わりつつあるけど、私の本質というものは、保守的で、同時に自虐的なんだろう。
「お、この辺りには服屋が並んでるな。どうせ鐘は団長様が稼いで来てくれるんだ。残りの金使って、今買おうぜ。服」
「えっ……良いんですか?」
「もし買うのが俺の私物なら無限に蹴られるところだが、リアの服なら逆に褒められそうだ」
そういうものなのだろうか。
ティナちゃんは確かに、私に優しくしてくれる。シロウさんにはその逆だ。
でも、団員数三名といえど、団を運営して行く為の資金を、一団員が使い込んでしまうというのはいけない気がする。
「リア、どうせ蹴られるとしても、俺なんだ。ここは俺に良い格好させる為と思って、な」
「……私としては、シロウさんが蹴られるというのも結構心苦しいのですが」
流血沙汰は、山頂での食事の時以来ないけど、ティナちゃんもあの小柄な体で、思いっきりシロウさんを蹴るものだから、その光景のインパクトは強い。
男女の関係が逆じゃない分、バイオレンスな要素は減って、どこか痴話喧嘩の様な雰囲気もあるけれど……あまりしょっちゅう見るべきものではないと思う。
「うぅ……は、初めてだ……俺のことを心配してくれる女に出会ったなんて……。リア、やっぱりあんたは俺の聖女だ!」
「え、ええー?」
ちょっと本気で涙ぐみながらの告白は、真に受けて良いのか困るのと同時に、シロウさんの哀しい過去がまた一つ、判明してしまった。
ティナちゃん以外の女性にも、こんな感じに尻に敷かれて来たのだろうか……もしかすると、女性が苦手なのではなく、女性恐怖症の方なのかもしれない……。
「と、とりあえず、そういうことでしたら、ありがたく服を選ばせてもらいますね!」
変な雰囲気になって来たので、無理矢理に軌道修正。
とは言っても、やっぱりティナちゃんとシロウさんに悪いので、そこそこ見栄えが悪くないものの中で、一番安いものを探す。
登山用なのだから、やはり消耗品だし、寒さが防げてそれなりに耐久性があれば多少野暮ったくても良いだろう。
……それでも、多少見た目を気にしてしまうのは、地味に私がファッションにだけは関心があるからかもしれない。
シスターは私の白髪を、どんな服にだって合う優しくて綺麗な色、と評価してくれた。
あの人のことだから、本心だろうし、その頃には自分の容姿がどのようなものであるか、ある程度は理解していた。
鏡像ではなく、礼拝の日に来る人々がシスターよりも私を見る、その視線から。
形はどうであれ、自分の見た目には(やっぱり白髪を好きにはなれなかったけど)それなりの自信を持った私は、寄付される中古の服を組み合わせて、少女らしく一人でファッションショーを開いてみたりした。……シスターや他の孤児に見せれる筈がない。私は一応、孤児院ではクールで無口なミステリアスキャラっぽかったし。
そんな私だから、安物の服の中にも、良し悪しをなんとなく見出せる。
時には試着を頼んだりして、じっくりと吟味した結果、厚手とはいえ涼しげな水色の上着と、似た様な色合いのスラックスを購入した。
上着は少し袖が長いが、宿に戻ったら直しておこうと思う。腕やウエストがぴったりなサイズだと、どうしても胸元が苦しいので、ワンサイズ上を買うことになったのはいつものことだ。
その分、シスターと私の合作である今の「改造僧服」は全てのサイズが丁度良いので、町を歩く時は出来ればこちらを着たい。
「シロウさん、ありがとうございました」
「遠慮しなくて良かったんだけどな……」
そこまで安物でもなかったのだけど、やっぱりシロウさんには遠慮したと思われてしまった。
でも、この判断でよかったと思う。そうしないと、今夜の夕食が水だけになってしまうところだったのだから。
「ふーん、珍しいな。こんなに鉄屑の店が並んでるなんて」
服屋の通りを過ぎ、私達は機械店が軒を連ねるストリートに辿り着いた。
といっても、高度な機械は大半が失われてしまっている。ちょっとした金細工と、「遺産」である小さな機械の部品が並べられているばかりで、シロウさんのいう「鉄屑」や「ジャンク」の店というのも、間違いではないかもしれない。
「スティナは喜びそうだけどな……というか、探したら居るんじゃないのか」
「まさか……というか、ティナちゃんって、機械が好きなのですか?」
「ああ、世紀の美男子である俺を蹴って遊んで、鉄の塊に恋するぐらいにな。あいつは元々、偶然見つかった機械屑に興味を持って、そっからどんどん機械の弄り方や動かし方を自分で編み出して行ったんだ。その勘とセンスは確かに天才的なものなんだけどな……そんな成長の過程で、あいつは人としてのネジを一本、違えたんだ」
……言われなくても、もうわかってしまう。
そんな素振りは一度も見せなかったけど、あれはただ単純に、山に機械がなかったからだけで……。
「ある時、機械を愛で始めた。オイルを注し、ボロ布で磨く……そこまでは良かった。だけどな……あいつ、その機械パーツと一緒にベッドに入りやがったんだ……!」
「それは……」
「奴の変態性はそれだけで終わりじゃなかった!ある時、完全な形で残っている機械を町で見たんだ。そしたらあいつ、顔を赤らめて、荒い息を吐いて……あろうことか、機械に欲情してやがったんだぞ!?まだ恋愛のれの字も知らない、ガキの癖して!」
「うぅ……」
どんどん自分の中のティナちゃん像が崩されて行っている気がする。
……でも、これが現実らしい。なら、それを最後まで受け止めのが、真の仲間ではないだろうか……!
何故か私にも熱いものがこみ上げて来た。
「よし、何歩譲ったのかわからないが、ここまでの話、全部まあ有り得ない話ではない、としよう。でもあいつのあの行動だけはダメだ……。今のあいつの武器、本人曰く、相棒である機巧剣(きこうけん)に出会って、起動ができた時な……あいつ、嬉し過ぎて気ィ失いやがったんだっ!!しかも三日起きなくて、マジで親御さん葬式の準備してたんだぞ!?」
「ティナちゃん……」
なんだかもう、なんだかもう……言葉に出来ない。
ティナちゃんみたいに、早熟な子は、きっと沢山の辛い経験をして来たのだと思っていた。
子供だからという理由だけで、信用されない自分の掲げた真実……不気味だと揶揄される早熟さ……。私以上にそれは、理不尽な扱いなのだろうと思っていた。
だけど、あの子……。
「滅茶苦茶楽しんで生きてるじゃないですかっ!私なんか、独りでファッションショー開くのが唯一の生き甲斐だったんですよ!?」
「……は?」
……あっ。
「と、とりあえず落ち着けっ。多分今、衝撃の真実が暴露された気がするが、俺は何も聞かなかったことにしておくから!」
「シ、シロウさん!鏡見ながら、にやにやしている様な女の子でも好きでいてくれますか!?」
「た、多分!」
完全に勢い任せで訊いてしまったけど、微妙に受け入れてくれているみたいで、ちょっと嬉しい。
と言うか、今完全に思っていたことが口に出てしまった訳で、このモノローグもなんだか話言葉みたいになってしまって、もう平静で居られないというか……ああ、顔が熱い!
「リ、リア、なんかよくわからないけど、頑張れ!俺は多分、応援し続けられるから!」
「シロウさん……」
……少しだけ、シロウさんとの距離が縮まった気がした。
「で、まさかは現実になる、か」
完全に私が大火傷を負うだけの会話だったので、早めに打ち切って通り過ぎようとしたところ、無視できないロングのサイドテールが目の端に留まった。
きらきらと輝くプラチナブロンドで、この髪型。私達の知るあの子以外に有り得ない。
「え、リ、リア!?そんな……リアにだけは、見られたくなかった……」
振り返って、ティナちゃんは色を失くして……悪夢にうなされる様な表情になった。
でも私は、もう……。
「お前の機械フェチについては、もう話しておいたぞ」
「死に晒せーーー!!」
ティナちゃんのハイキックが……シロウさんの喉を思いっきり突き刺さって、向かいの店までシロウさんの体を吹っ飛ばした……!?
今の光景は、何かがおかしい。およそ自然科学の法則などというものが機能していなかった風に思える。
どうやれば、ティナちゃんみたいな女の子が、シロウさんみたいな長身の男性をあそこまで吹き飛ばせる!?
というか、喉は流石に不味いというか、シロウさんが唾液以外のナニカも口から出して倒れているというか、あれ確実に血というか、向かいの店がめちゃくちゃというか、機械とか壊しちゃったんじゃないかというか……。
拝啓、シスター様。
外の世界は、不思議がいっぱいでした。
と、現実逃避している場合じゃないというか……ああ、もう駄目だ。色々と。
私の理性が、持たない……。
結局、機械類は弁償してもしきれるものではないし、可能な限りティナちゃんが修復して、それが出来ないものは、二倍の値段で買い取ることになった。
ただ、この二倍というのは、ティナちゃんが十分他の機械屋に貢献していたから、ということでチャラになり、正規の値段での買い取りに。
「うぅ……修復不可能な機械なんて、ただの鉄屑よ……」
と、結局買い取ったものは処分することに。
そして、この事件の前に、ティナちゃんが大分お金を使い込んでいたこともあり……。
「今日働いた分、ほとんどなくなったわね」
「この馬鹿!天才馬鹿!」
「何よ!救い様のないバカの癖に!」
二人が喧嘩しながらも昼食を食べて、財布はほぼ空に。
ぎりぎり夕食は、私が残したお金で食べれそうだけど、本当にギリギリの生活。宿代が後払いで良かった。
「という訳でスティナ、午後もしっかり働いて来いよ」
「可憐な少女にだけ働かせといて、何を偉そうに……でも、朝の間に大体終わらせちゃったわよ?あたしって仕事早いし」
「その分が全部消え失せた訳か、うん。じゃあすまん、リア……」
「は、はい」
写本の仕事は、多分どの町にだってある。
この辺りでもそれほど民間の識字率は良くないみたいだし、誰でも本を写せる訳ではない。
楽な仕事ではないと思うけど、やっと目に見える形で団に貢献出来るのなら……と嬉しかった。
「そ、それはダメ!リアを教会の手先にするぐらいなら、仕事を作ってでも稼いで来るわ!じゃっ!」
「教会の手先って、元々私は孤児院で暮らしていて……って、あー……」
直ぐにティナちゃんは見えなくなってしまう。
身軽で、本当に足が速い。
「んー……初めて、だな」
「何がですか?」
「いや、あいつがここまで人間のことを過保護に扱うなんて、と思ってな。機械並みの扱いの良さだぞ……」
「私、機械と同等の扱い受けてるんですか……?」
「悪いことじゃない、と思うぜ。あいつは機械が欲情の対象だし」
「私、欲情されてます……?」
「かもな」
シロウさんが溜め息を吐いて……私はすごく不安になった。
ティナちゃんのことは勿論、その、自分のことも……。
時間は流れて夜。
ティナちゃんは本当に仕事を見つけて来て、とある町商人(かなり儲かっており、報酬も良いらしい)の屋敷で、機械と格闘するので、夕食と就寝は別になった。
それほど複雑な作業ではないが、兎に角時間がかかるそうで、しかも複雑でないといってもそれはティナちゃん目線。一般人には難しい仕事なので、一人でこなさないといけないから、一晩中かける必要があるという。
「しかし、結果的にリアが服を遠慮してくれたのはプラスに働いたな……俺は別に一食ぐらい抜いても死にゃしないけど、リアはきついだろ」
「はい……恥ずかしながら」
私が山で倒れていたのも、お腹が空いたからだったし、反論の余地はない。
でも、せめてもの自己弁護をさせてもらうと、私は決して大食いなのではなく、むしろ小食な方なのでお間違い無き様に。
「ああ、そうだ。リア、あんたに持たせておくものがあったんだ」
食事については、本当に特筆するまでもなかったので割愛。
二人で黙々と食べていたので、面白いこともなかった。
今は宿の部屋に戻り、まったりと寛いでいる。
肉体も精神も疲労しているので、今日の文字の練習はお休み。色々と濃い日だった。
「何ですか?」
「こいつなんだけどな……」
シロウさんはティナちゃんの荷物の中に手を入れ、中を探る。
かちゃかちゃと金属の擦れ合う音がしているので、袋の中には機械類がひしめいているのだろう。
「ほい、見つかった。あいつのコレクションの一つなんだけどな……」
取り出されたのは、銀色の細身のボディを持った拳銃だ。
中折れ式のそれを開き、弾が装填されていることを確認すると、グリップの方を私に向けて手渡される。
「拳銃、ですよね」
「割と古いものみたいで、今の技術でも作ることが出来るやつだけどな。ただ、これは今の時代のものじゃなくて、オリジナルらしい」
「へぇ……」
そう言われてみると、美しく製錬された金属部や、均整の取れたフォルムは今の世では再現不可能なものに見える。
だけど、いまいち機械の魅力の理解出来ない私に渡されても……という気がしてしまう。
「あいつがあんたのことを気にかけまくってるのは見ての通りだけど、未だに丸腰ってのは特に心配みたいなんだ。神の教えを聞いて育った人間が武器を持つなんて、気が進まないだろうけど、あいつの為だと思って受け取ってくれ」
「……はい」
片手で受け取ると、予想以上の重さに少し足元がふらついた。一キロはあるのだろうか。
ティナちゃんが私のことを思ってくれているからこそ、渡されたものだとはわかっているけど、抵抗はある。
その意識が、実際より拳銃を重くしたのかもしれない。
「一応伝えておくと、しっかり両手で握って、腰を落として撃つと良いらしい。あいつがそうやって何回か試し撃ちしてたが、結構安定して撃ててた。……まあ、俺達が居るんだし、ちょっと重いお守りぐらいに思っててくれりゃ良いんだが」
「はい。わかりました」
その言葉通り、私はまずこの引き金に手をかける機会はないだろう、そう思っていた。
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