「あ、シロ。はいこれ」
「あ、もう読んだか。面白かっただろ?」
恒例の朝の挨拶を交わしたあと、ぐしゃぐしゃになった髪を直しながらクロが一冊の文庫本を差し出した。
『五十円玉二十枚の謎』
ちょっと古い本だが、俺がたまたま持ち歩いていたのが気になったらしい。
「あのシロが読むなんて凄い本だろうな」とか言ってやがったが。
「面白かったよ。一足す一はいくつでしょう?っていう問題にどうやって三とか百とか、あり得ない解答を導き出させようかというような思考パズルだよね。みんな凝っていて面白かった」
…いやいや待て待て。
そんな話だったか?
推理作家の若竹七海さんが若い頃に出会った不思議な出来事に対して、各人が独自解釈で答えを出すって体裁の競作だったはずだが。
「一足す一って…そんな簡単な謎だったか?」
俺が問いかけたら、クロの奴、心底不思議そうな顔をしやがった。
…なんか一桁の足し算も出来ねえガキみたいに見られてるぞ、畜生。
放課後。
珍しくクロの奴から遊びに誘われた。
駅前アーケードのはじっこにある「アミューズメント佐伯」というゲーセンだ。
ゲームオタのおっさんが趣味でやってる店で、古いゲームやマニアックなゲームが多いのが玉に瑕だが、一ゲーム五十円は小遣いの少ない学生には有り難い。
一昔前のゲーセンのままの薄暗い店内で携帯ゲームをやってる佐伯のおっさんに片手を上げて挨拶。
俺はちょくちょく来てるから顔を覚えられてるんだが、クロの方はどうなんだろうな。 こいつが格闘ゲームとかやってる姿はあんまり想像付かないんだが。
「シロ、千円出して」
「っておい、俺の奢りかよ。誘った奴が奢るもんだろ?」
ぶつぶつ言いながら財布を出す俺。
我ながら甘いね。
でも、こいつがどんなゲームやるのか興味あるし。
「はい、終了」
「は?」
間抜けな声が出た。
クロの奴、両替した五十円玉を全部俺に押しつけやがったんだ。
両替はゲームじゃねえよ。
ったく。
「それもそうだね。じゃ、僕もなんかやろうかな」
手品のように返した右手に、一枚の五十円玉。
悪戯っぽく笑ってるところを見ると、最初からたくらんでたらしい。
…やられたぜ。
「五十円玉『二十枚』だと思った時点で引っかかってるんだよね。
夕方、駅前。要は両替を断られない程度には暇だけど、硬貨をきちんと数えてられるほどには暇がない。
そこそこ大きいお店、ってのも重要かな?
閉店後の業務で『五十円足りない』って気づく人が、両替をした人と同じでない方がばれにくいし、お金の出し入れの単位が大きければ五十円合わないくらいはうやむやにしちゃうだろうし。
とにかくそう言う条件のお店ならどこでもよかった。
犯人―立派な犯罪だよ?―は、少しいらついた様子でレジの子に心理的圧迫を与えながら、五十円玉を『二十枚より少なく』出す。
千円札と両替しろと言われたその子が、せかされて数を間違えれば儲け物、減らした分のお金がちょっと儲かっちゃうわけだ」
「きちんと数えたらばれるじゃねえかよ」
「きちんとさせないために、忙しい時間を狙って、せかすようにしてるんだけどね。これが百円十枚ならそう間違えないし、十円百枚じゃ断られるだろうし。五十円を二十枚、ってのが丁度良いと計ったんだろうけど。
うん、ばれても問題ないんだよ。いらいらした様子で―まるでカウンターの子がもたついたのがいけない、とでも言うように抜いておいた残りの五十円玉を突きつければ良いんだし。
そうすれば…」
「普通に五十円玉二十枚と千円札を両替しただけになる、と」
「そう言うこと。ばれても崩した五十円玉がお札に戻るだけで犯人は損しないし、後から数え間違いに気づいても、普通は『お店の子のミス』で処理されるだろうね。
毎度のように繰り返すことで、枚数を疑うことも減るだろうし」
せこい犯罪だよね、とクロは肩をすくめて鼻で笑った。
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簡単ですよね