むかしむかし、ある村のはずれに、ひとりの魔女が住んでいました。
魔女と言っても、おとぎ話に出てくるようなかぎ鼻のおばあさんではなくまだまだ若い魔女です。取り立てて美人と言うほどでもありませんでしたが、人当たりも良く、村人たちには好かれていました。
魔女の一日は、毎朝小鳥たちに餌をやることから始まります。村人たちにはわからない古い歌で小鳥たちを呼び寄せながら、木の実やパンくずなどをやるのでした。
魔女の家からはいつも楽しげな歌が聞こえてきていました。薬草を煎じる不思議な香りとともに聞こえてくるその歌を聴いて、村人たちは
「ああ、今日も魔女は家にいるのだな」と、思うのでした。
魔女の薬は、けがに風邪、ちょっとした二日酔いなんかにはとても良く効きました。少し気が乗らないなんて時には、魔女の家に行ってお手製のお茶とクッキーをいただきながら四方山話をしているだけで、なんだかすっきりとしてしまうのでした。
春になると魔女は村中の畑でひっぱりだこでした。彼女の豊作のおまじないを、誰もがかけてもらいたがったからです。
夏と秋、魔女はよく森に出かけては、茸や木の実などを拾い集めてくるのでした。酸っぱい木イチゴや甘いコケモモなど、子供たちは森から帰った魔女に群がって、競ってお裾分けをもらうのでした。
冬になって、誰もが家の中から出なくなると、魔女の家の炉端では、魔女の語るおとぎ話に、大人も子供も一緒になって聞き入る姿が見られました。
こうして、魔女は村人たちに慕われつつ、穏やかな日々を過ごしていたのでした。
ある年の冬、村で悲しい出来事が起こりました。
それまで教会に勤めていた司祭様が、お亡くなりになってしまったのです。
もうずいぶんとお年を召した方でしたから、やるかたないことではあったのでしょうが、村人たちはみんなそろって悲しみました
春になって、都から若い司祭様が赴任してこられました。
とてもまじめで熱心な方で、老司祭様を失って悲しみに暮れていた村は、少し元気を取り戻しました。
なにより、金髪碧眼の見目麗しい司祭様だったものですから、村の若い娘たちは、用もないのに教会へ出向いてお説教を聞くほどでありました。
若い司祭様は、とてもとてもまじめで熱心な方でした。
その司祭様は、だから、魔女が村人たちの中に混じって暮らしているのを見て、とてもとても驚いたのです。
魔女は神様を信じていません。なのに、豊作のおまじないをしたり、村の人たちの病気やけがを治したり、不思議な術を行います。
それは、司祭様にとって、あってはならないことでした。
神様の力を借りず、そうしたことを行うのは、神様への冒涜です。そんなことをするのは悪魔とその僕たちだけなのです。
なのに、村人たちはその悪魔の使いと仲良くしているばかりか、ことあるごとに神様よりも魔女の方を頼るのです。
司祭様は深く深く驚き、また傷つきました。
自分が信じていた神様の教え、神様の奇跡が、全部台無しにされているのです。
そんなことはとても許しておけることではありません。
司祭様は折に触れ、神を信じないことの罪、そうした罪人と交わることの罪を説きはじめました。
最初はなんのことかわからなかった村人たちも、それが誰のことを指すかわかりはじめると、とまどいました。
時にはそうした説法をよくないと司祭様をいさめましたが、司祭様はただ真摯に説き続けました。
そんな熱心な司祭様に触れるうち、村人たちも次第に魔女を避けるようになってきました。
司祭様と、司祭様を熱心に信じる娘たちが、魔女に近づいた者を、たとえ自分の親や兄弟でもさげすむような目で見るようになったからです。
魔女は、そんな中でも相変わらず、歌を歌いながら小鳥に餌をやり、薬草を摘み、クッキーを焼いて日々を過ごしておりました。
夏になり、魔女が森から帰ってきても、寄りつく子供たちはずいぶんと減ってしまいました。
魔女は余ったコケモモと木イチゴでジャムを作り、パンやクッキーに塗って食べることにしました。
秋になる頃には、村人は誰も魔女に近寄ろうとはしなくなっていました。
冬、今までなら村人が集まっていた暖炉のそばには、魔女がひとり座っているだけでした。
魔女はいつもは子供たちにじゃまされて作れなかった、大きなキルトの掛け布団を作ることにしました。
春になって、都からいかめしい格好をした人たちがやってきました。
その人たちは、教会の司祭様と二言三言話した後、魔女の家の扉を叩きました。
戸口に現れた魔女に、その人たちは尋ねました。
あなたは魔女か?と。
魔女はうなずきました。
その人たちは内輪で何事かささやき交わした後、再び尋ねました。
あなたは神を信じるか?と。
魔女はゆっくりと首を振りました。
翌朝、早いうちから村の広場に薪が組まれました。
何事かと驚き集まった村人たちに、いかめしい人たちが宣言しました。
これから、異端の魔女を処刑する、と。
驚き騒ぐ村人たちの前を、腕に縄をかけられた魔女が引き立てられていきました。
魔女が薪の真ん中に立てられた棒に縛り付けられていく間、いかめしい人たちは魔女が行った罪を連ねてゆきます。
それは村人たちにも信じがたいような悪行の数々でした。
やはりあの魔女は悪い魔女だったのかと村人たちが呆然としている中、魔女は何も言わず頭を垂れ、縛られるのに任せていました。
日が天の中央にかかる頃、魔女の罪状が読み上げ終わり、火がかけられました。
油でも含ませてあったのでしょうか、薪の火は瞬く間に燃え上がり、魔女の体をなめ尽くしていきました。
ひときわ高いオレンジの炎が舞い上がったとき、村人たちのほとんどは、これこそ悪魔を焼く地獄の炎の輝きなのかと恐れおののきました。
自らが焼かれる中、魔女は何も言わず、苦しみの声も上げませんでした。
こうして、神を冒涜する悪しき魔女は焼かれ、村には神の恩寵がもたらされました。
夏にさしかかる頃、最初の異変が訪れました。
いつもはすくすくと伸びる苗が、今年はずいぶんと遅れました。まともに伸びず、そのまま枯れてしまった畑まで出てきました。
村人たちはどうしたことだとあわて騒ぎましたが、皆目見当もつきません。
夏になると、害虫が畑という畑を襲いました。
わずかに残ったのはほんの一握りでした。
また、村の周りの下生えも、いつもより伸びませんでした。
十分な草を食べられなかった牛たちの乳の出が悪くなりました。
夏の終わり頃になると、異変が村だけではないことがわかりました。
森から、熊やオオカミがさまよい出てくるようになったのです。
豚や鶏がおそわれ、夜不用意に外へ出た村人たちの何人かが命を落としました。
秋になり、いつもは実りに沸く村は、しんと静まりかえっていました。
野菜も麦も、収穫はほとんどありませんでした。
わずかに残った麦は、来年の種籾にも十分な量とは言えません。
ほとんどの家では食べるものさえもなく、冬を越せるかもわからない有様でした。
いつからともなく、「魔女の呪い」という言葉が人々の口の端に上るようになりました。
火あぶりにされた魔女が、村に呪いをかけたのではないか、とまことしやかな噂が広まりはじめました。
冬、飢えに苦しむ村を熱病が襲いました。
最初はただの風邪のように咳き込むだけなのですが、ひどい熱が出て、うなされるようになるのです。
体の弱い女子供の何人かがその熱病によって命を落としてしまう頃には、「魔女の呪い」は本当だったのだと、村人たちは語り合うようになっていました。
毎日、毎晩のように村人たちは教会の門を叩き、魔女の呪いを神によって祓ってもらうよう司祭様に懇願します。
司祭様はそのたびに、祭壇に立ち、祈りを捧げましたが、神は答えてくれませんでした。
熱病は村の男たちにも広まり、まるで火にくべられたかのような熱の中、ひとり、またひとりと命を落としました。
とうとう司祭様も熱病にかかってしまいました。
焼けるような熱ともうろうとする意識の中で、それでも必死に司祭様は神に祈りを捧げていました。
冬があけ、春になったときには、その村に生きている人は一人もいなくなってしまいました。
何年もたってしまった今では、そこに村があったことすら、もうわかりません。
ただ、森の木々の間に、苔むした石壁がぽつんとあるだけです。
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ずいぶん前に某同人誌に寄稿したもの