気が付けば日はだいぶ傾いていて、河川敷から見える街並みをオレンジ色の模型みたいな姿に変えていた。
豪炎寺が、顎先から滴る汗を軽く拭った横で、吹雪は荒く息を吐いている。
8月に入って夏休みになり、吹雪は一昨日から稲妻町に遊びに来ていた。そして今日も、雷門のメンバーと一日中河川敷で走り回った後である。さすがに北海道とは違う暑さが堪えたのか、試合の合間に視線をやると常に暑そうに息を吐いていたが、それでも最後までこの練習についてきたのだから大したものだ。
「よーしこれくらいにするか! あれ?」
円堂がボールをキャッチしたところで、ようやく終わりかとホッとしたら、彼は何か別のものに興味を惹かれたようだった。
「今日何かあったっけ?」
「……頼むから『何か』の範囲をもう少し絞ってくれ」
「お祭りか何か」
「……あぁ」
横に居た鬼道が、円堂のややダイナミックな会話をうまく誘導し、ようやく意図を理解する。
河川敷沿いの道や橋を、ぞろぞろと連れ立って一定方向に向かい歩く人の群れ。しかも、何やら浴衣の人が多い。
「ここよりもっと下流の方で、河川敷花火大会があるらしい」
「えっマジで行こうぜ」
「今からか!? この格好でか!?」
「今からだ!! この格好でだ!!」
ちなみに全員、走り回った後のユニフォーム姿である。着替えは雷門中の部室に置いているので、今ここで着替えるという選択肢は用意されていない。
「ちょっといいか円堂、吹雪がダウンしそうだ」
だからこいつだけ帰してやってくれ、という意味を込めて、豪炎寺が挙手した。
横の吹雪は、膝に両手をついてどうにか身体を支えているが、今にもその場にしゃがみ込んでしまいそうな疲労困憊の様子だった。
「えー吹雪大丈夫かぁ?」
「あ、う、うん……あ、暑い……だけだから……もう少し日が沈んだら……楽に……」
「なら、祭り行って屋台でカキ氷でも買えば?」
「カキ氷……」
吹雪が少なからず心を動かされたらしい。その大きな瞳がさらに大きく、元々うるんでいた目がさらにうるうると輝く。好物を前にした仔犬のような反応に、吹雪の体調を最優先させたかった豪炎寺もさすがに言葉に詰まる。
ここで素直に「ダメだとっとと帰ってとっとと寝ろ」などとバッサリ切り捨てたら間違いなく極悪人である。
「じゃあ吹雪のためにも早く行こうぜ!」
「大丈夫かな、汗くさくないかな……」
「というかこのユニフォームで連れ立って行くのか……」
「いいじゃん、はぐれてもわかりやすくて」
「……まぁ、同じグループなのだということは一発でわかるな」
一応エイリア学園の一件で顔やユニフォームは知られているし、それがわかれば多少の汗くささは大目に見てもらえるんだろう、と何人かは心の中で自分を納得させた。勿論、最初からそんなこと気にしていない人間も居たが。
堤防を真っ直ぐに続く道を、川の流れに沿って全員で歩いていく。
進むにつれ徐々に日は沈み周囲の暗さが増し、そして逆に人は多くなっていく。見下ろす河川敷には屋台と提灯の明かりが灯り、否が応にも祭りの雰囲気を盛り上げていて、それが円堂を昂揚させているようだった。
円堂は無意味に腕をぐるんぐるんと回転させて、「祭りだ祭りだ」と何度も繰り返している。
その後ろを歩幅の狭い足取りでちょこちょことついて行きながら、吹雪もにこにこと嬉しそうだ。
「よし、行くぞ!」
「円堂、ちゃんと階段を使え!」
土手を駆け下りようとした円堂の首元を、風丸がひっ捕らえて正規ルートへと戻した。
河川敷に降りてすぐ、吹雪は一番近くのカキ氷の屋台へと走る。
「円堂はどうするんだ?」
「とりあえずまずはソースからだ! 腹減ったし!」
「じゃあ俺も付き合うよ」
円堂と風丸は、焼きそばかたこ焼きかの議論をしながら、連れ立って屋台を巡りに行った。壁山の姿はとっくに消えている。
豪炎寺は何を食べるか考えながら、他の者はどうしているのか、辺りを見回した。
鬼道が音無の欲しいものを片っ端から買い与えようとしているのに、「ああはなるまい」と視線を逸らした。その精神自体は別に否定するところではないが、間食に厳しい豪炎寺家なのでこれは基本的に教育方針の違いである。単純に言えば同じ穴の狢だ。
「とりあえず俺も何か食べるか」
それなりにハードな練習だった為、当然のことながら腹は減っている。
タンパク質と塩分とブドウ糖だな、と情緒のカケラも無い結論を出し、豪炎寺も適当な屋台を求めて歩き出した。
数分後、各自欲しいものを一通り買い揃えた後、自然と同じ場所に集まった。
やはりユニフォームが目立つせいか、何人かが一カ所に留まれば、そこに次々と他の部員が集まってくる。
「そろそろ始まるみたいだな」
「場所、決まってないな、もうここでいいか」
「いいんじゃねーの? 突っ立ったまんまでも。食えるし」
「わー、花火、キレイっスねぇ!」
打ち上げられ始めた花火が夜空に大輪の花を咲かせ、全員でそれをふり仰ぐ。
距離が近いせいか、空気の振動まで伝わってくる。鼓膜がビリビリするのを感じながら、食べることに集中する者、食べながら見上げる者、それぞれで夏の風物詩を楽しむ。
「今のが最初のメインだな。3号玉と4号玉の連発だ」
「えっ鬼道何言ってんの? アレは皇帝ペンギンじゃねぇぞ?」
「お前なんでも必殺技だと思うのやめろ! 普通に花火にあるんだからな! 3号とか4号とか!」
「俺、アレ見てぇなーナイアガラとかいうの」
「あれはかなり費用がかかるからな……このレベルの花火大会では無理じゃないのか?」
円堂と鬼道が「鬼道財閥がスポンサーになってどうにかしてくれよ」だの「そういうことはまず最初に雷門夏未に言え」などと言い争っているのを傍観しながら、しばらく花火よりも食べることに集中して団子など食らっていた豪炎寺だが、ちらりと集まったメンバーを眺め、そして数をかぞえて……。
大変なことに、気付いた。
「円堂…………いま、すごく重大なことを発見したんだが」
「ん? 豪炎寺、どした?」
「吹雪がいない」
「あっ」
確かに、集まったメンバーの中にただひとり、最初に屋台に向かったはずの吹雪の姿だけが無かった。
「しまった、あいつちっちゃいから埋もれてるだけかと」
「壁山の後ろに居ると完全に消失するからな……ちっちゃいせいで」
「もしはぐれて人込みの中に居るなら俺たちを見つけられないかもしれないぞ、ちっちゃいし」
「ちっちゃいっスよねぇ」
「お前らあんまりちっちゃいと連呼するな、たとえ本当にちっちゃくてもだ、今は居ないからいいが本人がちっちゃいとか聞いたら泣くぞ」
「豪炎寺はさりげなく3回も言ってるけどいいのか?」
円堂はしばらく、焼きそばをもしゃもしゃと食べながら「うーん」と考えて。
それからびしりと、キャプテンの黄金の右手で豪炎寺を指差した。
「よし、お前探してこい!」
「お、俺がか!?」
「お前が吹雪係だからな!」
「なんだその係は、いつ決まったんだ初耳だぞ!?」
「一昨日吹雪が来た時、豪炎寺と吹雪の2トップだからそうしようって」
「意外と最近だな!」
何となく釈然としないものを感じたが、鬼道が「同じポジションとしてコミュニケーションを」だとか「普段の連携にも差支えが」とかサッカー理論を持ち出してくると、明確な反論材料も持ち合わせていなかったので納得するしか無い。
確かに吹雪が来て三日目、なんだかんだで一番吹雪の面倒を見ているのは豪炎寺だった。純粋に、ポジションが近いせいで目に入ってしまうのである。……理由はそれだけだと、思う。
元々FW陣の中で明らかにひとりだけ体格が小さい上に、今回は暑さのせいで弱っているので、余計に心配になってしまうのである。加えて、あの仔犬のような目。弱った吹雪は、完全に捨てられた小動物の目をしている。放っておくだけで、なんとなく人を『悪いことをしている気持ち』にさせてしまう、魔法の目だ。
歳の離れた妹が居るせいで、豪炎寺は小さい者や弱った者を見捨てられない性分にできている。特に吹雪は、一度弱った姿を見せられ、それを励ましたり叱り飛ばしたり色々したせいで、完全に豪炎寺の中で、『自分がどうにかしてやらなければならない』カテゴリに入ってしまったのである。
しかしそれは豪炎寺の中だけの話で、豪炎寺自身は、恐らく自分は吹雪には嫌われているだろうと思っていた。
理由は単純で、今まで吹雪に好かれるようなことをした記憶は無いからだ。逆に嫌われることをした記憶ならある。自覚もそれなりにある。
そんなわけで豪炎寺は、吹雪自身が特に助けを必要としないならそれでいいと、余り吹雪に関わらないようにしてきた。それが豪炎寺なりの気遣いであった。
今回も、色々世話を焼きつつも最小限になるよう努めていたのが、それがまさかの吹雪係任命である。
今までの努力はなんだったのだろうと人知れず少し落ち込みながら、言われた通り吹雪を探しに向かうことにした。
何となく人込みには居ない気がして、土手を上がった豪炎寺は、食べかけのままになっていた団子をもう一口食べながら、堤防道をしばらく花火大会と逆の方向に向かって歩いた。
次第に人は少なくなり、背後の花火の音も、遠ざかって行く。ざわめきが減り、静けさが戻ってくる。
そういえば花火大会に来たのに、花火なんてほとんど見ていなかったな、と気付いた。あまりそういった娯楽に興味が無いため、花火大会にも一番乗り気でなかった男である。
しばらく歩き、ふと河川敷にある小さな公園の辺りで、何かが動いた気配を感じた。そちらに歩み寄るが、中から物音などはしない。街灯が真ん中にぽつんとひとつ灯っているだけのせいか、端の方は大分薄暗い。
その茂みの木の陰を覗き込めば、蹲って背中を丸め、両手でしっかりと耳を塞いで、生まれたてのハムスターのようにぷるぷると震える……色素の薄い柔らかそうな髪が、茂みの葉っぱといっしょになってぴこぴこと揺れているのを発見した。
「…………吹雪」
聞こえないとは思ったが、一応声をかけた。案の定、ぎゅうと強い力で耳を塞いでいる吹雪には、花火の音に紛れた豪炎寺の呟きのような声など届くはずがない。
豪炎寺はしばらく、どうしたものかと吹雪の後ろ姿を眺めた。ところで人間は音を耳でしか捕捉できないはずだが、音に対して身体を小さくするという対処法は正しいのだろうか、確かに音の発生源が上空にある以上小さくなることで多少でも遠ざかることはできるが、そもそもこいつはしゃがんでなくても小さいし……などと、どうでもいい上に吹雪が聞いたら泣きかねないことなど考えてみたりしてしまう。
とりあえず、いつまでも現実逃避をしている場合ではないので、意を決してまず、そぅっと……最大限の注意を払い、細心の注意をもって、とにかく吹雪を驚かせないように、できるだけさりげなく、その肩に右手で触れてみた。
瞬間。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
絶叫と共に振り向いた吹雪は、そのまま2m程飛び退いて背後の木に背中をぶつけた。
余りの過剰反応に、さすがの豪炎寺もちょっとだけ傷ついた。
「あ、あいたたた、ご、ごうえんじ、くん?」
しかし幸い、その痛みから思ったより早く吹雪は冷静になってくれたらしく、背中を少し擦りながら、すぐにいつものふんわりとした笑顔で微笑んだ。しかし、ややその顔は引き攣っている。
「無理して笑うな」
ぽん、とその頭に手を置くと、今度は逃げなかった。さっきのは純粋にびっくりしただけで、嫌われているせいではなかったのだろうと自分を納得させ、少し安心する。
「ご、ごめん、大丈夫だと思ったんだけど、その……」
「花火の音が怖かったのか」
「あんなに大きい花火、あんな近くで見たの初めてで……」
イナズマキャラバンで吹雪を北海道まで送り届けた時に、一度だけ豪炎寺は吹雪の地元である白恋中をその目に見た。
確かに、あの田舎では大規模な花火大会も無いだろうし、遠くの花火大会を眺める程度だろう、と頷いた。
「うぅ、せっかくみんな、花火を楽しんでたのに……」
「気にするな、犬や猫だって花火の時はそうなる」
「えっごめんそれ慰めてるの?」
「……慰めたつもりだったんだが……」
豪炎寺のカテゴリに、吹雪は犬とか猫とかウサギとかハムスターと同じ分類で登録されている。なので豪炎寺なりの、『だから仕方ない』という最大限の慰めのつもりだったのだが、それは吹雪には伝わらなかったらしい。……そもそも分類がおかしいのだから、当然のことではあるのだが。
「あ、ていうか豪炎寺くん、花火……」
「別にいい、元から大して見たいわけでもなかったし」
吹雪の隣に腰を下ろして、並んで横に座る。
吹雪の手元を見ると、何も持っていなかった。
「お前、カキ氷は?」
「え? あ……」
どこかに落としたらしいが、どこに落としたかも見当がつかないらしい。半分は食べたよ、と吹雪はよくわからない言い訳をした。
「食うか?」
片手に持っていて、まだ手つかずだったイカ焼きを差し出す。
「いいよ、悪いし、今食べたくないし……」
「食欲ないのか?」
「全くってわけじゃないけど、イカってそんなに好きなわけでもないし……」
言いかけた吹雪が、ちらりと、豪炎寺のもう片方の手にある団子を見た。そしてすぐ、視線を逸らす。
「お前、こんな時に甘いものなら食えるのか? まぁ、食いかけでいいならやるが」
「え、いや、さすがにそれはダメ、だよね?」
「別にダメなことはないぞ」
豪炎寺は真剣な眼差しで、言い切った。
「口腔感染する病気は持ってない」
それは恐らく、吹雪が聞きたい情報でもなかったし、吹雪がダメとした理由でもなかっただろう。
しかし豪炎寺にとっては一番重要なのはそこだった。彼は妹が生まれた瞬間から今まで、虫歯菌の感染を恐れて歯磨きを欠かしたことは無い。
「……僕、豪炎寺くんがたまによくわかんないなぁ」
もはや断る理由が見つからず、吹雪は諦めてぱくりと、豪炎寺が半分食べた後の団子を口に入れた。
もぐもぐと噛み締めて、ぼんやりとした甘みに「おいしい……」と呟く。
食べ物で膨らんだ真っ白な頬を眺めながら、豪炎寺は頬袋にヒマワリの種をいっぱいに詰め込んだハムスターを想像していた。これは口が裂けても吹雪には言えない。
豪炎寺と話して落ち着いたらしい吹雪は、今は遠くから聞こえる花火の音も平気らしく、たまに夜空を見上げている。しばらく無言のまま、ふたりそれぞれ空を見上げていた。
「向こうでは、花火とかそんなに見ることなかったけど……」
「うん?」
唐突に吹雪が口を開いて、そのことがなんだか意外な気がしながら豪炎寺が聞き返した。
「でも、代わりに星がいっぱい見えて……僕の住んでるところ特に真っ暗だからさ、いっぱい見えるんだ」
「あぁ」
「夏休みにはペルセウス座流星群があるから、毎年、一晩中起きてたりしてさ……」
「………………」
「……豪炎寺くん?」
「え? あぁ、いや……」
豪炎寺がぽかんとした顔で相槌を忘れた為、吹雪がきょとんとして首を傾げる。
それに豪炎寺は、やや困った顔をしながら返答した。
「吹雪から、そういう話をしてくるのが意外だった。俺は吹雪には嫌われていると思っていたから……」
「嫌う? 僕が豪炎寺くんを? なんで?」
「なんでって……」
腹にシュートを入れてしまった張本人から、本気でわからないという顔で「なんで?」と聞かれて、完全に豪炎寺は返答する言葉を失った。
彼が何かを続けるより早く、吹雪がふわっと、たんぽぽの綿毛のような笑顔で微笑む。
「僕、豪炎寺くんのこと、大好きだよ」
とろけそうに甘い声だった。
豪炎寺が反応できなかったせいでしばらく沈黙が続き、その間ずっと、豪炎寺は先程の吹雪の発言の意図を図りかねていた。そして恐らく、深い意味は無いだろうという結論に到達する。
そう判断した瞬間、豪炎寺は吹雪のことが心配になった。やはり吹雪は豪炎寺にとって、何かと心配になる存在なのである。
「吹雪、ところでつかぬことを聞くが」
「うん、何?」
「お前、全然恋愛感情なくただ仲良くしていただけの人間に、自分たちは恋人同士だと勘違いされた経験とか無いか?」
「えっ、あるある、なんで知ってるの、いっぱいあるんだよーなんでだろうね?」
下手したら、派手な格好だなーってじっと見てただけの初対面の人からもあるんだよ、とか恐ろしいことを平気で言い出す。あのうるんだ目でじっと見つめられたらお互い一目惚れだとか勘違いする輩も出るだろう、と納得できた豪炎寺は余計に怖くなった。予想が事実だったところで全然安心できないひとつも安心できない、むしろ不安材料が増えた。
「お前、もう人に好きだとか大好きだとか簡単に言うな」
「えっ」
吹雪が、持っていた団子の串をポロリと落とした。なんだかやけに驚いた顔をしている。
「な、なんで、なんで好きな人に好きって言っちゃいけないの、僕じつは嫌われてるの!? ぼ、僕が好きって言っただけで人を不愉快にさせてるの、豪炎寺くんいま不愉快になった!?」
「違う! 落ち着け! 違う!」
不愉快かなどと聞かれたせいで、「違う」と二回も言ってしまったことが微妙に恥ずかしくなる。普段無口な豪炎寺が、同じ単語を二度繰り返すなど滅多にないことである。
「その……一番好きな人間だけに限定しておけ。でないと、知らない女から勝手に無理心中迫られたりしかねないぞ」
「えーじゃあキャプテンにも? 染岡くんにも? 風丸くんにも言っちゃいけないの?」
「ま、まぁそいつらなら安全かもしれないが……」
いや、安全なのか?と内心首を傾げてみる。
「あ、豪炎寺くんはいいんだよね? だって一番好きな人だもん!」
今度は豪炎寺が、持っていた串を落とした。
吹雪のにこにことした笑顔を呆然と眺めながら、しばし硬直する。
それから俯いてたっぷり15秒考えこんでから、震える両手で、そっと吹雪の肩を掴んだ。
「ふ、吹雪……いいか……?」
「え、うん、なに?」
「あのな、頼むから自分に暴力を振るうような相手だけは、好きにならないでくれ……DVのある関係なんてどう転んでも絶対に不幸にしかならないし……」
「ん? 意味わかんない、なんでいま僕その話されてるの?」
「冷静に考えろ、俺はお前に腹シュートしかしてないぞ、何かすべき場面で何もしてやらなかったことはあるが、逆にしたことと言えば腹シュートだけだ」
「あ、でもそれはいいんだ、豪炎寺くんは人を励ます方法はシュートしか知らないってキャプテンと鬼道くんから言われたし」
「言われたのか」
「言われた。あと鬼道くんから、豪炎寺くんのシュートでヘコんだ川原の土手を見せられて、僕すっごい吹っ飛ばされたけどあれでも手加減してたんだって力説された」
円堂と鬼道の全力の優しさに、感動していいのか悲しんでいいのかもわからない。
確かに、円堂と鬼道の言葉は何も間違っていない、何も間違っていないのだが……他人からそこまで言われると、何となく釈然としないものがある。
「あの時の僕ってさぁ、ほんとにどうしようもなかったし……誰かがどうにかしなきゃいけなくても、みんな、僕のこと気遣ってどうにもできなかったから……だから、ああいう方法しかできなくても、『誰かが』じゃなくて、『自分が』どうにかしようとしてくれた豪炎寺くんが……すごく、嬉しかったんだ」
その言葉に、豪炎寺は瞠目して吹雪の顔を見つめた。
確かに豪炎寺の中に、誰かに吹雪を立ち直らせてもらうという選択肢は無かった。目の前に挫けそうな者が居たなら、それを立ち直らせるのはいつだって自分の使命であるような気持ちを、豪炎寺は持っていた。
しかしそれは吹雪には伝わらないと思っていたし、伝わるはずもないと思っていた。だからこそ、ただ純粋にびっくりした。
豪炎寺は自分自身のやり方が、相手に嫌われることを知っている。だから感謝や見返りを求めたことなど無いし、それの行動が相手にとって良い結果さえもたらせば、相手から豪炎寺に向く感情が負であったとしても構わない。
だからこそ、それをきちんと受け止めた上で、最大級の好意を寄せてくれる吹雪に感動したというか……有体に言えば、『きゅんときた』のであった。
「吹雪……」
「うん?」
とりあえずこみ上げる気持ちをどうしたらいいかわからなかったので、衝動の赴くままに手を伸ばし、吹雪の柔らかい髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜてみる。
「わ、わ、なに?」
「お前、かわいいな」
「え、え?」
吹雪はよくわからないといった顔をして、豪炎寺の手に必死の抵抗をするが、正直あまり抵抗とは感じなくて、豪炎寺はしばらくその細かな髪の感触とあたたかさを楽しんだ。
こいつが犬だったら連れて帰って飼うのに、と思ったことは、言わないでおく。
そろそろ花火も終わった頃、豪炎寺のポケットの携帯が鳴った。
「もしもし」
『あ、豪炎寺ー吹雪見つかったかー?』
「円堂か、すまん連絡してなかったな、吹雪なら見つかったぞ」
『そっかなら良かった! 俺らもう帰るから、吹雪は豪炎寺が連れて帰ってやってくれな!』
「…………は?」
会話の流れが、よくわからなかった。
『だってお前、吹雪係だもん』
「そ、そこまでしなきゃならんのか!?」
『キャプテン命令な! じゃ!』
ぶちっと一方的に、通話は切られた。キャプテン命令は部活外のことまで有効なのか、とやや理不尽さに文句を言ってやりたくなりながら、しかしその対象も居ないので無言で携帯をポケットにしまう。
「円堂たちは先に帰るそうだ。ロッカールームの鍵は開けておいてくれるらしいから、着替えたら今日はお前は俺の家に来い」
「え、いいの?」
「そうなった」
いいも悪いも、豪炎寺に拒否権は無かったのだから返答のしようが無い。
しかし、立ち上がったついでにちらりと吹雪の顔を見ると、なんだか嬉しそうに「へへ」と笑っていたので、まぁいいか悪いかで言えばいいのだろうな、とそんなことを考える。
「豪炎寺くんちかぁ、なんだかドキドキするなぁ、今日だけ?」
「明日以降も居たいのか?」
「……いいの?」
「父さんに聞いてみなきゃわからんが、吹雪がそうしたいなら聞いておく」
「僕ね」
きょろきょろと周囲を見回して、辺りに誰も居ないのに、吹雪はわざわざ豪炎寺の耳元に口を寄せて、大切な秘密を打ち明けるように、小声でささやいた。
豪炎寺くんといっしょにペルセウス座流星群が見たいんだぁ、と。
そこで、吹雪の滞在期間がペルセウス座流星群の時期にかぶっていることに気付く。毎年楽しみにしている吹雪が、わざわざそれを見る場所として、条件のいい北海道ではなくこの町を選んだことが、思い付きではなく最初から考えていた証拠のように思えた。
胸に一気に、吹雪への愛しさがこみあげてくる。こういう時に上手く言葉が紡げない豪炎寺は、返事の代わりに吹雪の手をぎゅっと握って歩き出した。それから、「本当に連れて帰ることになるとは……」とひとりごちて、なんだか笑えてきた。
吹雪は犬みたいに、豪炎寺に引かれるままに大人しく後ろをついてくる。
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TINAMIアカ取った記念に、pixivにも上げている初豪吹小説を引っ張って来ました。
まだ付き合ってない豪吹です。
表紙絵は友人のあにょが描いてくれました!