No.315290

少女の航跡 第3章「ルナシメント」 12節「森の賢者」

森の賢者と出会う事になるカテリーナ達。その正体は巨大なフクロウであったのですが、彼の管理する泉の力で、カテリーナの封印を解くことができるというのです。

2011-10-09 13:59:19 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:974   閲覧ユーザー数:265

 

 私達が会いに行く森の賢者とは、エルフの森よりもさらに奥地にいると言う事だった。エルフの森が出来上がるよりも、更に昔から住んでいると言う賢者は、この森だけではなく、この地方一帯を見守る存在であると言う。

 森の中に住まい、森の中で知識を蓄え、今では賢者としてエルフ達にも崇められる存在であるという彼は一体どのような存在なのだろう?

 人間の中で、彼に会った事がある人物は、この西域大陸の中でも数えるほどしかいないと言う事をカテリーナから聞かされた。人がまず立ち入ることができないエルフの森の、最も深い、アリッサの屋敷からさらに裏口を抜けなければならないのだから、それは当然なのだろう。

 私達はアリッサの屋敷を抜け、裏口から更に奥深い森へと入っていった。そこはエルフの森とはまた違い、薄暗く、うっそうと茂った木々が立ち並ぶ場所だった。

 エルフの森とは違って、非常に木々が深く、茂っている。そのため、日光がほとんど差さず、かなり薄暗い場所となっていた。

 だが、道だけは森の中に開かれており、私達はその道の中を進んでいく形になった。

 カテリーナを先頭とし、私、フレアー、そしてシルアが続いていた。

 森の中を小一時間ほど進んだころだろうか、突然、黒い影が私達の目の前をよぎった。

 特別素早いわけではないが、私達の視界を一瞬遮るほどの何か。

 それが、手の上に乗るほどの何か、生き物であることが分かった時、私はカテリーナに尋ねていた。

「今のは一体、何…?」

 その見知らぬ陰に恐れを抱いた私。だが、カテリーナは何とないという風に私に言って来た。

「何も恐れる事は無いよ」

 と、言われても、私の恐れは変わらなかった。また一つ、私達の目の前を黒い影がよぎって行く。

 しかもそれだけでは無い。私達に向けて無数の視線が向けられている事に気がついた。

 エルフ達とは違い、隠される事の無い視線。それは私達に向かってしっかりと向けられている。一や二の視線では無い。無数の視線が私達に向けられているのだ。

「フクロウだよ」

 と、突然私の背後からフレアーが言って来た。

「フクロウ?」

 私は聞き返した。フレアーは全く私達に向けられている視線に警戒を払っていないようで、いつもながらの子供のような表情をしている。

「フクロウが沢山いるんだよ。森の賢者って、どんなヒトだか、あなた知らないの?」

 フレアーは、私がまるで常識知らずであるかのように言ってくる。

 フクロウ。と言われて、私は周囲を見回してみた。すると、幾つもの無数の鳴き声が聞こえてきた。鳴き声と言っても、それは小鳥がさえずるような音では無い。

 とても低い声が聞こえてきている。確かによく耳を澄ませてみれば、それはフクロウの鳴き声であるようだ。

 1羽、2羽のフクロウがいるだけでは無い。おそらく無数のフクロウがそこにいるのだ。こんなに大勢のフクロウが森の中にいる。一体なぜなのだろう?

 私がそんな疑問を胸に森を進んでいくと、やがて、そこに光が差し込んでくるようになってきた。

 光は、森の木々の隙間にできた広間のようなものに降り注いできており、そこだけ明るい。暗い森の中から抜けてきて、突然光が現れた事もあって眩しいくらいだ。

 私達がその森の中の広間に足を踏み入れようとした時、何羽ものフクロウの鳴き声が森の中に響き渡り、私達のすぐ横を、何羽ものフクロウ達が飛び去っていった。

 警戒しているのか、それとも歓迎しているのかも分からない。だが、フクロウ達は襲ってきたわけではないようだった。

 すぐ横を飛び去っていったフクロウ達は、森の広間を取り囲んでいる木々にとまった。

 広間の中に入る私達。そこだけ暗い森の中に光が降り注いでいる。そして、その広間の真中には、何やら巨大なものがあった。

 その巨大なものは大きな岩のような姿をしているが、何か息づいているようにも見える。

 その巨大な何かは、まるで生きているかのようだった。

 そして広間に足を踏み入れた私達の元に、突然、巨大な声が響いてくるのだった。

「う…む…。どうやら客人が来たようだ…」

 それは森の上から降り注いでいるかのような声。何事かと私は周囲を見回してみたが、声の主らしき人物はいない。

 周囲を見回す私達をよそに、その声は続けて語りかけてくる。

「わしなら、どこにもいってはいない。君達の目の前にいるぞよ…」

 それはとても低い声だ。目の前と言われても、私達の目の前に声を出す人などいない。そう思っていた。

 だが驚いた事に、広間の中央にあった、岩か何かだと思っていたものが、ゆっくりと動き出したのだ。

 それは巨人とも思える存在だった。だが、巨“人”ではなかった。

「カテリーナ。うむ。君が、カテリーナかね?」

 と言ってくる広間の中央にいた巨大な存在。それは人の姿をしているのではなく、巨大なフクロウだった。

 その巨大なフクロウは、フクロウの姿をしているにもかかわらず、人の言葉を話した。巨大なフクロウのくちばしが動き、低い声ではあったが、はっきりとした言葉を話している。

 この巨大なフクロウは人の言葉を交わすことができるのだ。

 カテリーナは巨大なフクロウの元へと一歩歩み寄った。そして彼女は見上げるほどの大きさのフクロウを見上げて尋ねる。

「あなたが、森の賢者…?」

 すると巨大なフクロウは、やはりその巨大な目をカテリーナの方へと向けてくる。

「いかにも。そういうおぬしこそ、カテリーナかな?」

 巨大なフクロウは物珍しそうにカテリーナの方へと目を向けて言った。

「はい。いかにも。私が、カテリーナ・フォルトゥーナです」

 カテリーナは堂々とフクロウへと目を向けて言った。

 森の賢者と呼ばれる巨大なフクロウは、その巨大な目をカテリーナの方へと向けると、ぱちぱちとさせた。巨大な目はどのように物を見ることができるのだろうか? 森の賢者の瞳にはカテリーナの姿が映り込んでいる。

「ほう…。御主が。やはり、感じられる気配が違う…」

 森の賢者は今までその体の姿勢を横にしていたが、カテリーナを前にして姿勢を正し位置にした。

「あなたならば、私にかけられてしまっている呪いを解く事ができると聞いて、ここまでやって参りました」

 カテリーナは巨大なフクロウの体を前にしても怖気づくことなく言った。

「そうかな…?」

 巨大なフクロウは図太い声を出して言った。思っていたよりもこの巨大なフクロウ、つまり森の賢者は恐ろしげな姿をしておらず、目も優しい感じをしていた。フクロウと言えばきつい目つきを想像してしまいがちな私達だが、このフクロウはそうではない。人の目から見ても優しい顔立ちをしている。

「そうかな、と言いますと?」

 カテリーナが意外そうな声を上げて言った。

「君はその腕輪にかけられている呪いを解くためにここに来ただけではない。そうなのだろう?」

 森の賢者はカテリーナの腕にはまっている腕輪を翼で指し示し、そのように言った。

 カテリーナは黙って巨大なフクロウの瞳を見つめた。

「どうして、そのような事を…?」

 私達の目の前に居座る巨大なフクロウ、彼とは初対面のはずだったが、あたかも私達を大昔から知っているかのような話し方をしてくる。

 カテリーナだけでは無い。私も、フレアーの事も、シルアの事も、この森の賢者は知っているかのようだった。

「カテリーナ・フォルトゥーナだったかな…。君の事は、この森の生き物を遣わせていてよく知っている。ほら、君が捕らえられている時、助け出された時など、どこからか、フクロウの鳴き声は聞こえなかったかな?」

 唐突な事を森の賢者は言って来た。だが、どうだっただろうか? 私にはフクロウの鳴き声が聞こえてきたような記憶は無かった。

 カテリーナが黙っていると、森の賢者は言った。

「それは聞こえて来ないだろう。そのフクロウは私が遣わせた精霊。身を隠すのが得意でな。鳴き声はおろか、気配さえも感じない。だが、意識だけははっきりと持っている精霊で、わしのために何かと行動してくれているのだよ。

 フクロウの精霊のお陰で、わしは随分多くの出来事を知ることができる。ここで寝転がっているだけでも、色々な情報がわしの元にはやってくる。もう、森の外に出ていないだけでも百年くらいにはなるかな…。この体では、満足に空も飛べんのでな」

 と言いつつ、森の賢者は羽ばたく素振りをして見せた。彼の翼は私達を覆い隠してしまうほど大きかったが、森の賢者はその体自体も相当な大きさと重さがありそうだ。フクロウのようなずんぐりとした体も相まって、あまり満足に飛べないというのは頷ける。

「カテリーナよ。お前は今、自分がどうしたら良いのかと、迷っているのだろう?」

 森の賢者は羽を折りたたみ、カテリーナに尋ねた。

 カテリーナは黙っており、森の賢者は話を続けてくる。

「おぬしは、今まで使命によって突き動かされて来た。国の為、女王陛下のため、おぬしはそうした目的に盲目的に従うことで、自分という存在を感じ、それを生きる目的としてきた…」

 森の賢者にそう言われても、カテリーナは黙ったまま彼の体を見上げている。

 カテリーナはどう思っているのだろうか?

 私がそれを察するのよりも前に、森の賢者は話を続ける。

「だが、その使命感は、あの者達に連れ去られ、そこで聞かされた話によって崩されてしまった。何を聞かされたのかは…、わしは知らんが、大体想像はつくがね…」

 そこで森の賢者は大きく欠伸をした。話している内容は真面目だが、彼の姿だけ見ているとどうも緊張感がない。

 だが、カテリーナはしっかりと森の賢者の話に聞き入っている。

「カテリーナよ。おぬしは今、何をして良いのか分からない状況にある。女王陛下に従い、国を守るべく戦うべきか。それとも、あの者達の目的通りに動くか…」

 と、森の賢者が言うと、カテリーナは彼の前に一歩足を踏み込む。

「私が…! あの者達の目的に従うなど…!」

 だがそんなカテリーナを森の賢者は翼を使って制止した。

「よいよい。強がらなくても。君は迷っている。それは確かだ。だが、一度あの者達から君が本来持っている使命を聞かされてしまった以上、本当に国の為に戦うべきなのかどうか? そして、自分が、そんな大役を担えるかどうか、迷っている。そのはずだ」

 森の賢者はまるでカテリーナの心の内を見透かしているかのようだ。カテリーナが本当に心の内にそう思っているのかどうかは分からない。

「カテリーナ。あの…」

 カテリーナが、国の為に戦う大役を担う事に迷いを感じている。森の賢者の言葉に私は疑問を抱き、カテリーナの肩を叩く。

「私が、国の為に戦う事に迷いを感じているだって…? そんな事があるわけない…」

 と、カテリーナは独り言のように言ったが、どうも彼女の言葉には説得力が無かった。

 この一年の間に、謎の手段に連れ去られていたカテリーナに一体何が起きていたのか。私達には知る由もない。

 だが、それが、カテリーナに大きな変化をもたらした事は確かだ。かつてカテリーナが持っていた使命感。そして力は大きく削ぎ落されてしまっていた。

 国の為に戦う使命感も削ぎ落されてしまったのか?

 森の賢者は続けて言ってくる。

「わしからは…、何も言う事はできんがね…。君が正しいと思う事をすれば良い。国の為に戦うという選択肢も、あの者達の目的の為に戦うと言う選択肢も、どちらでも良いだろう…。わしは、あの者達と会った事は無いから、どんな目的があるのかは知らんがね。

 結局のところ、大きな力を持っているのはお主だ。わしじゃあない。君が暴走するような事があってもわしには止められんし、お主がこの世界を滅ぼすような事があっても、それは結局のところ、お主の意思だ」

「まさか…!」

 カテリーナはそう言った。森の賢者は何とも恐ろしい事を言ったが、カテリーナはそれを断固として否定した。

「ほう。そうならないという自信があるのかね。君は、自分の力を抑えることができるのかな…」

 森の賢者はその眠たそうな目をカテリーナへと向けたが、その言葉には確かな響きがあった。

「当たり前です」

 と、カテリーナは答えるが、

「もしかしたら、その呪いを解かない方が良いかもしれない。解かないでおいて、君は自分自身の恐ろしい力を抑えておきたい。どう考えているのでは?」

 森の賢者はさらに言って来る。だが、カテリーナはそれを断固として否定し、

「そんな事は考えてはおりません。私はただ、今世界を襲っている脅威から、私の国を守るための力を取り戻すため、この呪いを解きたい。ただそれだけの事です」

 森の賢者を前にしても断固として言い放つカテリーナ。堂々としている中でも、どことなくカテリーナには焦りが見える。

 何がカテリーナをそこまで焦らせているのだろうか?

「まあ…。君がそこまで言うのならば、呪いを解いてあげなければいけないがね。はるばるここまで来てくれたのだから…」

 ようやく森の賢者はカテリーナに、呪いを解くと言う言葉を発してきた。もしかしたら、カテリーナは何か試されているのではないかと思えてしまう。

「あなたには、この呪いを解く事ができるのですか?」

 確認を取るかのようにカテリーナが言った。

「わしには、解く事はできないがね。その呪いだがね、フクロウ一族に昔から伝わる、清めの水というものを使う事によって、呪いを解く事ができると思う」

「それを、私に使わせてもらうことができる…?」

 今度はカテリーナが森の賢者を試すかのように言った。

「そのために、来たのだろう? 君は力づくでも清めの水を使って、自分の力を取り戻そうとするはずだ。だから、初めからわしは君を止めない」

 と、森の賢者。

「では、その水を使わせて、私にかけられている呪いを解かせてください」

「そうじゃな…。だが、わしは君が今かけられてしまっている呪いをかけられているという話を聞いた時から、この森の中にある水を使わせてあげるつもりではいた。

 君が、あの連中の手の中に落ち、自在に操られてしまうような人物でない事は、わしも良く知っている。ただわしは、君とお話をしてみたかったのだよ」

 カテリーナは黙って森の賢者を見上げていた。

「さあ、カテリーナよ。わしの横を通って、森の奥に入っていくがよい。そこに泉が湧いておる。その泉の中に入れば、どんな病や呪いでも解けてしまうと言われているのだ。

 今まで人間が入った事は無い泉だが、君は特別だ。入っていくがよい」

 森の賢者はその巨大な翼でカテリーナを手招きし、森の更に奥に入っていくように指示した。

 カテリーナは少しためらったようだが、やがて森の賢者に付き従うようにして、森のさらに奥地へと足を踏み入れていくのだった。

 カテリーナが行ってしまい、私とフレアー、そしてシルアだけが森の賢者の目の前に残された。

「君達は、どうするかね? 残念ながら、私が許可できるのは、カテリーナ一人だけで、君達は森のさらに奥地に入る事は出来んがね」

「戻って、カテリーナを待っています…」

 私は森の賢者にそのように言った。

「そうか。では、あの娘が戻ってきたら、君達が待っているとだけ伝えておくようにしよう」

「ええ、お願いします…」

 私は森の賢者にそれだけ言って、彼に背を向けてエルフ達の森の方へと戻って行こうとした。

 そんな私の姿を見て、フレアーが私の顔を見上げて言ってくる。

「一体…、どうしたの…?」

 フレアーは私の事が心配になっている様子だ。

「う、ううん…、何でもない」

 私は自分で自分がどのような顔をしているのか、見る事は出来なかったが、恐らく心配そうな顔をしているのだろうという事だけは察しがついた。

 そう、私は森の賢者の発した、ある言葉。今まで私が想像することさえして来なかった言葉が気になっていたのだ。

その言葉は、森の賢者がカテリーナをからかい半分で言っていた言葉のようにはとても聞こえなかった。

 カテリーナが、世界を滅ぼすと言う言葉。

 カテリーナが世界を滅ぼす?一体何を言っているのだろうか?カテリーナが、かつて持っていた力を取り戻すことで、国を守るほどの戦力になるのは明らかだ。

 だが、その力が逆に働いてしまったら?

 もし、何かしらの影響でカテリーナがその力を私達に対して使ってしまう事があったら?

 そんな事は無いと信じたい。だが、この一年間の間で、カテリーナが、『アンジェロ族』と言われる連中と何があったのか、私達は知る由もない。

 もしかして、カテリーナが彼らに洗脳されてしまっていたら?

 今は隠しているかもしれないが、カテリーナには、私達の知らない何かの力が及んでいる。そしてその力によって操られてしまって、今は隠しているかもしれないが、何かの拍子でその力を解放してしまう。

 そうなのではないかと、私は思ってしまっていた。

 それは私の勝手な想像にすぎない事かもしれない。だが、カテリーナの力は確かに、諸刃の剣でもあるのだ。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択